【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第百二十六話 ベルベットルームからの呼び出し

4月25日(水)

放課後――月光館学園・生徒会室

 

 生徒たちがそれぞれの放課後を過ごしている中、湊は生徒会室に置かれたテーブルの上座に座って暇そうに本を読んでいた。

 そして、少しすると少々騒がしくしながら、二人の生徒が両手にお菓子やジュースを抱えて部屋に入ってくる。

 

「会長、食料調達してきましたよー!」

「あ、まどかミッチーの隣の席が良い!」

 

 部屋に入ってきたのは副会長に就任した渡邊と書記に就任した西園寺だ。二人はテーブルにお菓子とジュースのペットボトルを置くと、紙コップを並べて適当に注いで他の者に配ってゆく。

 他の者はそれを黙って見ているが、一人だけ肩を震わせていたかと思えば立ち上がると声を上げた。

 

「貴方たちは生徒会を何の集まりだと思ってるんですか! 桐条先輩のときは活動初日からこんなふざけたお菓子パーティーなんてしませんでしたよ!」

 

 紙コップを配ったり、お菓子の袋を鋏で開けていた三年生二人を見て、庶務に就任した二年生の木戸がイラついた様子で叫ぶ。

 今日、ここに湊たちがいるのは、生徒会役員が決まったので就任初日に集まる様に言われてだ。

 湊を含めたメンバーは六人で、残りのメンバーは副会長女子に就任した三年生の高千穂楓、会計に就任した宇津木香奈となっている。

 宇津木は他薦されただけで本人にやる気がなかったので、所信表明では他薦されただけなので就任してやりたい事はないですとはっきり言っていた。

 けれど、意見ははっきりしていたのだが、彼女は長めの前髪で両目が隠れている上に話すときは聞きとりにくいボソボソとした話し方だったことにより、生徒らにはよく聞こえていなかったようで、対抗馬の一年生よりも学年が上な分だけしっかりしていそうだと思われ選ばれてしまったという経緯がある。

 無事に落選したと思っていた彼女は、当選したと知ってショックだったようだが、普段から暗いので暗さが増した以上の変化は他の者では感じることが出来なかった。

 

「甘いな、おチビ。今日からここは我らが会長のテリトリーとなったのだ。過去の会長さんがどうだかは関係ないのだよ」

「っていうか、トップが替わったら方針が変わるなんて社会でも普通なんだよ? 今からそんな風に好き嫌いしてたら将来苦労するって思うな」

 

 広げたお菓子を食べつつ渡邊は木戸に言い返す。上座に座っていた湊の隣へ無理矢理やってきた西園寺も、ニコニコと笑いながら至極真っ当な意見で木戸を封殺しにかかった。

 けれど、どうみてもノリだけで生きているようにしか見えない頭の悪そうな二人に言われるのは癪だったのか、木戸はテーブルに手を突いて湊に文句を言ってきた。

 

「有里先輩も、会長になったんだったら部下の行動をもっとコントロールするとかしてくださいよ! この人たちやりたい放題じゃないですか!」

「……別に今日は顔合わせだけだろ。雑談で親睦を深めたいというなら、飲み物とお菓子くらいあっても普通だ」

 

 それを湊はさらっと流して受け取った紙コップに口を付ける。

 別に今日はこれといってやる事はないのだ。顧問の教師も来る予定はなく、集まったのは役員同士が改めて顔合わせをするためでしかない。

 だというのに、メンバーが集まってすぐに渡邊と西園寺が食料調達に出た時点で、木戸は苛々とし始めついに爆発してしまった。

 相手が他の者の態度に不満があって怒っているのは分かる。しかし、ろくに会話も交わしていない状態で喧嘩腰に言われると、仮にそれが正論であったとしても素直には聞き辛いものがあった。

 先ほどの木戸の発言はその正論にもなってもいないので本来は聞くに値しない。そう感じながらも後輩だからと甘く見て湊が言葉を返してやれば、木戸はまだ納得していないのか言葉を続けようとしてくる。

 

「だからってこんなっ」

「木戸君、貴方は少し桐条先輩のことを引き摺り過ぎじゃないかしら? 西園寺さんも言っていた通りトップが替われば色々と変わるものよ。ここにいるメンバーは民意によって選ばれたの。それを桐条先輩と違うからって否定するのは随分とずれているわ」

 

 木戸がさらに反論してこようとしたとき、今まで黙っていた高千穂がばっさりと切り捨てた。

 彼女は木戸と同じく美鶴の下についていた人間だ。成績も学年四位と優秀であり、そんな彼女から言われれば黙るしかないのか、木戸は納得できない表情をしながらも黙って椅子に座りなおした。

 すると、話が一段落したようなので、今までポテトチップスをパリパリと食べながら眺めていた渡邊が、後輩の態度から気付いたあることを指摘してくる。

 

「つーか、おチビってオレらの会長のこと桐条先輩より下に見てるだろ。そういうのって良くないぜ?」

「じゃあ、有里先輩の方が上だって言うんですか? 桐条先輩は全体の九割の票を取って当選しましたけど、有里先輩は八割でしたよね。数値で比較すれば優劣は簡単に付くと思いますけど」

「誰も有里君の方が上だなんて言ってないわ。というより、まだ何もしていないのに比較する方がおかしいもの。大勢に支持されて選ばれただけでは人気があることを証明しただけで、それと優秀かどうかは別の話でしょう」

 

 やたらと美鶴贔屓な後輩に他の者たちは呆れている。西園寺などは木戸が美鶴に抱いている淡い感情を察知してニンマリしているが、ずっと会話に参加せず俯いてテーブルに視線を落としていた宇津木に湊は声を掛けた。

 

「……何か取るか?」

「え? あ、その、じゃあクッキーを……」

 

 声をかけられた宇津木は最初ぼんやりとしていたが、湊に焦点を合わせるといつも通りのボソボソと聞きとり辛い声で返して来た。

 人と会話をするのが苦手なのか、知らない人間ばかりで緊張しているのかは分からない。この程度で他人の心を覗こうとは思わないので、相手の表面上から読み取ったもので立てた推測になるが、置かれたクッキーを相手に取ってやりながら湊は告げる。

 

「生徒会が嫌なら別に無理に参加する必要はないぞ。全校集会とかでは生徒会の席にいて貰う必要があるけど、それ以外では仕事もそんなにないし五人でも十分回せるはずだ」

「いえ、別に、面倒なだけなので。選ばれてしまったなら我慢します」

 

 湊は就任前に学校側へ色々と条件を突きつけている。成績上位である事が前提条件だが、常にテストで学年三位以上なら、アクセサリーの着用や私服での登校を許可されたのである。

 その他にもいくつか条件を付けて“業務契約”のような形で会長へ就任した湊と違い。宇津木は何のメリットもなく貧乏くじを引かされ就任させられた立場だ。

 よって、弱者に甘い湊は彼女を生徒会に縛る気はなかったのだが、どうやら真面目な性格をしているようで嫌そうにしながらも参加を告げてきた。

 物事の好き嫌いははっきりしていそうなのに、規則に従順なのでは随分と生きづらそうだ。相手を観察しながら湊がそう思っていれば、宇津木の話を聞いていた木戸が、どこか呆れた表情で彼女に話しかけた。

 

「あのさ。もっと普通に話せないのか? 所信表明のときもぼそぼそ言ってて聞こえなかったし。話す気があるなら口開けて相手に伝える努力をしろよ」

「……別にお前と話す気はない」

「なっ!? 話す気がないって仕事の打ち合わせや連絡があるだろ!」

 

 やや俯いたまま前髪で隠れた目だけを動かし木戸を見やって、宇津木はボソッと拒絶の意志を示した。

 先ほど湊が話しかけたときは、言葉を紡ぐ事に手間取りながらもしっかりと返して来たというのに、相手が同学年であったり格下と認識した場合には、結構はっきり言うものだなと三年生らは素直に驚く。

 木戸もその反応は予想外だったのかムッとして言い返すが、宇津木はどこか面倒そうに相手を睨んでいるので、このままでは二人が口喧嘩を始めそうだと思った湊は静かに声を発した。

 

「――――五月蝿い」

 

 たった一言で場を支配するように、湊のよく通る低い声はそれぞれの耳に真っ直ぐ届いた。

 感情的になりかけ睨み合っていた二年生二人も、少し驚いた様子で声の主を見てきたことで、丁度いいと湊はさらに話を続ける。

 

「宇津木、あまり相手を睨むな。木戸も少しは落ち付け。とりあえず、今後の予定について話そう。飲み物とお菓子に手を付けながら聞け」

 

 生徒会としての活動もせず雑談で進めるのが嫌なら、木戸の希望通りにそれらしい話をしてやればいいのだ。

 湊が場を仕切れば、渋々従って木戸はジュースを飲みながら話を聞く姿勢を見せてくる。

 宇津木は好き嫌いがはっきりしているが序列や規則には従順、木戸は真面目過ぎて柔軟な対応が出来ない面倒くさい性格をしている、そう二人の内面を把握しながら、席を立ってホワイトボードに『今後の予定』と書いて湊は話し出した。

 

「もうすぐゴールデンウィークに入るが、本格的に活動するのはそれ以降だ。俺が所信表明で言っていた赤点のライン引き上げ等は先生方にも許可を頂いた。もっとも、学力向上を掲げても生徒の俺たちがする事はないので、生徒会は各月毎にテーマを決めて何かに取り組むことにしようと思っている」

 

 教師は生徒が思っているよりもかなり多忙だが、それでも学力の向上自体は学校として取り組むべきだと考えているようで、定期試験で“六十点未満”ならば追試と追々試を行うことに賛成して貰う事が出来た。

 追試と追々試の問題は定期試験のものをそのまま使うので、教師側は放課後に一時限分の時間を監督官として付き合う必要はあるが、新たにテスト問題を作成する労力を割かずに済む。

 夏期と冬期の補講は以前から行っていたので、学校側は新しく何かをする必要がほとんどないこともあり、湊がここにいる三年メンバーと練り直したアイデアはすんなりと承認された。

 ただし、相互理解のためにと言っていた身体測定のデータ掲示は却下されてしまった。理由は単純にそんなものを貼り出すほどスペースがないという事だったが、別に職員室前でなくとも良かった湊は、民意は得ていると言って密かにデータだけは貰っていたりする。

 アナライズで部活メンバーの身長・体重・スリーサイズ等は知っているが、全生徒のデータを持っていれば使えることもあるかもしれないので、データを入手した時点で今回の選挙はある意味湊の一人勝ちだった。

 

「それって冬とかにある、“風邪予防強化月間として手洗いうがいをしましょう”って感じのっすか?」

「ああ、そんな考え方でいい。遅刻ゼロ月間だとか校内美化月間だとか、そういうテーマに沿った活動を生徒にさせつつ掲示物もやっておけば活動してるっぽく見えるだろ」

 

 学力向上の取り組みは学校側に任せるとして、生徒会は生徒会で何かしなければならない。様々な学校行事の運営は実行委員がすることになっているが、生徒会も裏方で動く必要があるため年中暇という訳ではない。

 けれど、それ以外に何もしないのでは便利屋と変わらないので、湊は外部から何かしているように見える姿勢だけは見せておこうと考えていた。

 渡邊が挙げた例を肯定しつつ、湊が来月以降のテーマや実際の掲示物の案などを考える際の注意をホワイトボードに書き足すと、チョコプレッツェルをポリポリと食べながら西園寺が声を掛けてくる。

 

「じゃあ、五月は何にするの? いきなりイジメ撲滅とか大きいテーマ掲げちゃう?」

「それにしたいならそれでいいんじゃないか。イジメをしてる生徒を退学にしたりはしないが、まぁ、見つけたら相応の罰を受けて貰う事にしよう」

 

 ノリは軽いがテーマ決めなど適当だ。五月のテーマはイジメ撲滅強化月間に決定し、昼休みや放課後に校内を見回るという意見を一つ書いて、湊は他の者にも活動内容のアイデアを出す様に言った。

 すると、渡邊が嬉々として席から立つなり、マーカーを持って自分の考えたアイデアをホワイトボードに書き始める。ノリは軽いがどうやら頭の回転は悪くないようだ。

 

「うっは、何かマジで生徒会っぽくなってきましたね。ほれ、おチビよ。オレらの会長はクールに実績を作るタイプなんだぜ」

「実績ってまだ何もしてないじゃないですか。あと、ちゃんと名前で呼んでください。っていうか、この学校にイジメとかあるんですか? 一年間過ごして来ましたけど聞いた事無いですよ」

 

 渡邊は生徒会と保健室にイジメの相談窓口を設置すると書いて、そのままマーカーを座っていた木戸に手渡す。

 受け取った少年は呼び名に不満げだが、作業自体にはやはり真面目に取り組む様で、しっかりと自分が考えた案を記入し始めた。

 けれど、木戸がこの学校でイジメなど聞いたことがないと言ったとき、湊の視界の端で宇津木が僅かに身体を固くしていた。

 他の者は木戸が書く内容に視線を送っていて気付かなかったようだが、メンバーの異変に気付いてしまったのなら何もしない訳にはいかない。

 とはいえ、彼女がイジメにどのような立ち位置で関わっているのか不明であるため、被害者・加害者・目撃者のどれかを知るまでは気付いていないフリを続ける事にした。

 

「……ないならそれでいい。あれば解決していくと言うだけの話だ」

 

 心や記憶を読んだりはしない。それは相手が他人に知られたくない事まで暴く事になる。情報などいくらでも人から集められるのだから、湊はプリンス・ミナトの会員を使って早速明日からでも情報収集を行おうと決めた。

 そして、全員の案が出されると、実行可能なものや細かな仕様を詰めてゆき、最終下校時刻になるまで話し合いは続けられた。

 

 

――ベルベットルーム

 

 学校から帰って一度自分の部屋に寄った湊は、羽入が待っていない事を確認すると、鍵を使って扉を呼び出し、ベルベットルームを訪れた。

 モノクロタイルの境道を通り抜け、もう一枚の扉を潜ると上昇するエレベーターの中へ抜け出る。

 以前来たときには天井の一部にブルーシートが張られ、雨漏りの応急処置のようになっていたのだが、どうやら修理を無事に終えたようで部屋は以前の姿を取り戻していた。

 

「ようこそ、いらっしゃいました。本日はどのようなご用件でしょう?」

 

 部屋の中を進み椅子に座るなり部屋の主が話しかけてくる。湊としては別に用などないのだが、Eデヴァイスのメールボックスにマーガレットからの呼び出しがあったので今日は来たのだ。

 連日の作業で疲れているらしい目の下にクマが出来たテオドアが寄ってくると、丁寧な仕草で湊の前に紅茶を置いて後ろに下がったので、それを話し始める合図と捉え湊は口を開く。

 

「……マーガレットが会いたいと言ってきたんだ。まぁ、ここでは若い男との出会いもないだろうから、息抜きも必要だろうと思って誘いに乗ってみた」

「素敵な勘違いをしているようだけど、気を遣って頂いた事は感謝しておくわ」

 

 湊の言葉を聞いた妹が意味ありげに口角を上げているのを視界の端に捉えながら、何を馬鹿なことを言っているのだと呆れたようにマーガレットは溜め息を溢す。

 とはいえ、自分から呼び出して客人に足を運ばせたのは事実なので、マーガレットは感謝の気持ちを伝えつつ仕事時の口調で改めて話しかけてきた。

 

「今回御呼びしたのは、お客様のコミュニティについてお話させて頂こうと思ったからです。現実時間で昨年の九月下旬、御自身がどのような事をしたかは覚えていらっしゃいますよね?」

 

 そういった彼女は持っていたペルソナ全書のあるページを開いて見せてきた。他のページは白を基調としているのに、いま開かれているページだけ漆黒に染まっている。

 エリザベスやテオドアの全書がそんな色をしているのを見た事がなかったので、開かれているページが何を示しているかは分からないが、彼女がいった湊が九月下旬にした事が関係しているのだろう。

 直前にコミュニティの話をしたいと言っていたので、普通に考えればコミュニティに関わる何かをしたんだと思われる。

 だが、絆を捨てたくらいで他に何かした覚えないため、湊は身に覚えがないとはっきり答えた。

 

「……分からない。血に目覚めて絆を捨てたりはしたが、コミュニティに細工をしたりはしてないはずだ」

「お馬鹿、その絆を捨てたのが原因でコミュニティがこんな風になったんでしょうが」

 

 何を天然でずれた発言をしているのか。そんな風にマーガレットは見た目より子どもな相手を諌めながら、改めて湊に漆黒に染まったページを見せて話を続ける。

 

「これまでもコミュニティを築いた相手に愛想を尽かされ絆を失う者は居りました。ですが、お客様のように自ら絆を捨てた方は初めてでして、一方的に貴方が繋がりを断ったためにこのような状態になっております」

「……それで?」

「現在、お客様のコミュニティは凍結状態になっており、その恩恵を受けられません。ですので、恩恵を受けたいのであれば、この凍結状態を解除しなければならない事をお伝えするため本日は御呼びした次第でございます」

 

 説明を受けて成程と納得する。以前は何となく外部から力を集めるような感覚も持っていたが、今は自分一人で力を発現させているだけだった。

 それがコミュニティの恩恵を受けていないからだと言われれば、確かに絆とやらの力も侮れないなと考える。

 しかし、今の湊は普通に戦闘していればエネルギー切れの心配はない。ベルベットルームの住人と本気で戦うのなら、流石にどれだけ力があっても困らないだろうが、最凶のシャドウである死神“刈り取る者”ですら湊の敵ではないのだ。

 ならば、面倒でしかないコミュニティを再開する必要はないのではと思い、それを率直に相手に伝えてみた。

 

「……別にいらなくないか? なくても適性は足りてるだろ」

「フフッ、コミュニティの力はそれだけではありませんな。絆を束ね生まれる力は、我々の想像を遥かに超える可能性を秘めておりますゆえ。“孤独”な力を手にしているお客人であれば、その対極の力についても想像していただけるかと」

 

 湊は自分を縛っていた絆を捨てたことでネガティブマインドのペルソナを手に入れた。自在に使いこなせるほど名切りの業は軽くないが、それでも力を分割する事で扱えるようにはなっている。

 名切りたちの悲願。“完全なるモノ”という個としての極致を目指して生まれたのが湊だ。誰に頼る必要もない。ただ万能であれと数千年積み上げてきた歴史によって造られた現代人類から進化した存在。

 その存在一つで桐条の掲げる“調和する二つは、完全なる一つに優る”という理念を真っ向から否定し、どんなモノよりも優っているからこそ“完全”と言えるのだと、圧倒的な強さでエルゴ研を壊滅させ桐条武治にも知らしめた。

 並ぶモノのない力を持って生まれた湊は、幼い頃から我が身を顧みず他者を優先してしまう特異な考えを持っていた。誰かに染められた訳ではなく、初めから“そういうもの”として生まれたからこそ、湊が一族の悲願であった“完全なるモノ”なのだと母・菖蒲も理解したほどだ。

 自分を人の環から外して考えている湊は、どれだけ人に囲まれていようと心は孤独である。近しい場所にいて、彼を家族や子どものように思っている者たちですら湊を“特別”だと認識してしまっているのだから、本当の意味で理解することなど出来るはずがない。

 そしてそれは、現実と夢の狭間に存在するこのベルベットルームにいる、“人にあらざる者たち”にも同じことが言えた。

 彼らも生い立ちや内包する力が人間と異なっているため、どんな者よりも湊に近しい存在ではある。

 しかし、湊は人として生を受けて人の中で暮らして来た。最初から人を超越した存在として生きてきた者と、人の中から生まれた超越者ではその性質が違っている。

 故に、真の理解者を持たない青年は、今まで誰とも真の絆を得ることが出来ておらず。これからもきっと得る事はなかった。

 

「……真の絆に必要なのは相互理解だ。俺は他者を完全に理解出来るが、他者は俺を理解する事は出来ない。一生極まる事のないコミュニティを見たいなら勝手にすれば良いさ」

 

 湊は読心能力で完全な記憶の読み取りが出来る。相手が当時抱いた感情も、五感で感じ取った事も、全てを完璧に読み取って追体験出来るのだ。

 それは本来本人しか分からないはずの心の痛みなども理解することになるため、湊が言っていた通り、彼は他人を完全に理解することが可能だった。

 だが、そんな事が出来る者など他にはいない。生前から湊と同じ読心能力を持っていた赫夜比売も、相手の思考や感情を読み取る事は出来るが、記憶は断片的に読み取るのがやっとで記憶の中に眠っている対象の経験した感覚など読み取れはしない。

 だからこそ、完全に他者を理解可能な異常者を他の者では理解できないのだった。

 そうして湊はテーブルに置かれたペルソナ全書に手を伸ばすと、漆黒に染まったページに指先を当てて全書に力を送りこんだ。

 途端、ページ全体に白いヒビが広がり、そこから光が漏れ出してくる。最初はページの表面を照らす程度だった光は、徐々に全書が置かれたテーブル周辺を照らすほどまで強まり、ひと際強く輝いたかと思えばページを覆っていた黒が砕け散って消えていた。

 色が元に戻った事を確認したマーガレットは、「失礼します」と声をかけて全書を手に取ると内容に目を通している。

 現実の時間にして約半年ぶりに見たコミュニティは、先ほど本人が言っていた通り、一つのコミュニティも極まることなくいくつかが消滅していた。

 少年だった彼の平穏の望みながら死んでいった研究者も、本当の親子のように過ごしていた仕事屋の女も、そのコミュニティはランク9で止まったまま対象者死亡により消滅している。

 対象に愛想を尽かされコミュが消滅するときには相手の名前だけが残るが、対象者が死んだときにはコミュランクなどは書かれたまま文字の色が薄いグレーになる。飛騨の魔術師コミュ、イリスの運命コミュ、ついでに壊し屋・仙道弥勒の剛毅コミュも全て文字がグレーになっているため、三名とも死んでいる事は確実だった。

 しかし、戦いを通じてお互いを理解する特殊なコミュだった仙道はともかくとして、あれだけ心を許していた者であっても最期まで絆が満たされない事が事実であると分かり、マーガレットはどこか悲しげで憐れむ様な視線を青年に向けた。

 

「……寂しくはないの? 誰にも“本当の貴方”を理解されないだなんて、存在を肯定されないことと同義よ?」

 

 青年は理解されようとは思っていないとよく言っているが、彼の場合は他者に“分かって貰えない”のではなく、人間では百鬼八雲という存在を“把握出来ない”のである。

 自分が何者であるかを探しているマーガレットも、主や妹弟という理解者はいるので、それすらいない孤独な青年に同情を覚えた。

 

「理解出来なくても、理解しようとしてくれる者たちがいた事を俺は知っている。それに愛情は確かに感じていた。だから、それ以上を望むのは贅沢だ。俺は十分に恵まれてる」

 

 だが、マーガレットの言葉に湊は静かな声で答えた。

 理解出来ることと想うことは別だと、そういって青年は歳相応のどこか照れたような顔で笑ったのだ。

 彼の経験してきた辛い過去を思えば、たったそれだけで相殺できるはずはない。

 けれど、そんな小さな事でも彼にとっては何より尊いものなのだろう。マーガレットは彼の強さの本質を僅かに垣間見たような気がした。

 

「ところで、訊いても宜しいでしょうか。八雲様に降ろされた異界の神はその後どうなったのでしょう?」

 

 マーガレットの話が終わると、今までやり取りを見ていたエリザベスが話しかけてきた。エリザベスとマーガレットには桔梗組に集まった際、血に目覚めてからの話を聞いてもらっていたが、確かに神降ろしが中断して結局どうなったかは詳しく話していなかった。

 途中まで話していたこともあって、訊かれたのならば答えようと湊が口を開きかけたとき、突然水色の欠片が渦を巻いて茨木童子が現れる。

 

《阿眞根の事であれば、八雲との間に繋がりを残したまま異界に存在している。己の内という心の世界から呼び出すのがペルソナだ。阿眞根もそれと同じように異界から呼び出すことで現れる事が出来る》

「あら、随分と呼び出されておられない御様子だったので、てっきり八雲様が編み出された“ロック機構”によって封印されているものだと思っておりました」

 

 涼しい顔で嫌味をぶつけるエリザベス。そして、そんな言葉を気にした様子もなく湊の隣に立った茨木童子は、久しぶりに現れたのだが僅かに見た目に変化が起こっていた。

 今の湊と同じように上腕の中頃までしかなかったはずの右腕に、陶器のような真っ白な義手らしき物が生えている。彼女の肌が白いとは言っても純白ではないため、純白な上に球体間接であることでその右腕が生身でない事は一目で分かる。

 これは湊が義手を手に入れてから起こった謎の変化であり、湊の機械義手と違って彼女の腕は本気で物を殴っても壊れたりはしない。

 召喚者の変化に応じてペルソナも同じような変化を起こしたと見られているが、とりあえず、生身と同じように自在に使える右腕が手に入ったことで本人は喜んでいた。

 

《八雲はそのような矮小な男ではない。何より、我らとて八雲が八雲のままであるならその方が良いのでな。一族の悲願によって業に憑かれもしたが、神をも取り込む器であったことに皆驚き喜んでいる》

「八雲様は彼女たちを許されたのですか?」

「……消されかけたが終わってみれば別に何ともなかったしな。茨木童子たちも人から神に昇華できるのなら最初からそうしていたらしいし。イレギュラーとは言え俺がそれを為せる存在だと分かって前以上に過保護でべったり状態だ」

 

 エリザベスの質問に答える湊が言った通り、茨木童子たちも湊の人格を消したくて消した訳ではない。最優先事項として名切りの悲願という自分たちも母と同じ神の座に辿り着くことがあり、それを実現するために神の器を作って異界の神と融合させ、名切りから神の座に至る者を作り出そうとした。

 人格を消し去るのは肉体の中で本来の持ち主と異界の神の意識がぶつかり合い、力が暴走して肉体が壊れるのを防ぐためであり、人格を消去される者にも感情からエネルギーを作り出す炉としての役割を与えていた。

 だが、子孫の肉体を無事に残しつつ神に至る手段がそれしかないと思っていただけで、人格を消去せずとも神に至れる手段があるのなら、茨木童子たちも全力でそれを行うつもりはあった。

 名切りの肉体、感情によって無限のエネルギーを生み出す、その二点を押さえながら湊は自我を残して神を取り込み、自らが意志決定の主導権を持ったまま神になることに成功する。

 それを知った茨木童子たちは、最愛の愛子(まなご)が自分たちの想像を完全に超えていた事に喜び、以降は業に憑かれる事無く以前よりもさらに親馬鹿になって湊の事を見守っていた。

 

「殺されかけたはずなのですが、八雲様が宜しいのであればこれ以上は触れずにおきましょう」

「まぁ、エリザベスがチドリを罠に嵌めて危険にさらしたことも不問にしてやっているしな」

 

 普段の湊ならば、チドリやアイギスを囮として使うような作戦を考える者がいれば、即座にその作戦に異を唱えて最悪相手を行動不能に追い込み、二度と愚かな考えを持たぬようにしたりする。

 あの日のエリザベスはさらに悪質で、一歩間違えれば実際にチドリが死ぬような計画を実行に移していた。

 時間がなかったので湊はそのままベルベットルームを通ってタルタロスに向かったが、もう少し余裕があれば顔の形が変わるほど顔面に拳を叩き込んでいたところである。

 もっとも、あの日からかなり時間が経っている事や、英恵との暮らしが心地よくて覚醒を遅らせていたのは湊自身だったので、いつまでも目覚めない自分のために強硬策に出た彼女だけを責める事は出来なかった。

 そんな風に、湊がエリザベスの独断行動を責めずにいれば、彼女は「ありがとうございます」と言って深々と頭を下げて礼をしてから再び話し始める。

 

「私の思い違いでなければ、八雲様の神としての名が阿眞根様だと仰られていたように記憶しているのですが、呼び出される上位存在の名も同じ名なのですか?」

《そも、異なる世界ということはこの世とは違った理の中に存在するという事だ。であれば、この世で称する名など存在せぬのが実情ではある》

 

 湊の身に降ろされた神は異界の存在である。この世界の存在よりも高次に位置するため神と定義しているが、そもそも神と呼んでいい存在なのかも不明であり、それ故この世での名前など持ってすらいないのだ。

 神の血を引く茨木童子などは、相手が自分の母と同じ上位存在であることは把握出来ているが、それ以上の情報は持っておらず、相手本来の容姿はおろか性別があるかどうかも分かっていない。

 もし仮に相手の情報を少しでも持っている者がいるとすれば、それは相手を自分の身に降ろし、さらに一度は閉じた扉を再び開いて干渉した湊だけなのだが、残念なことに湊は神について何も語ってくれはしない。

 

《けれど、呼び名がないのでは如何にも不便であろう? 故に、便宜上は八雲の神としての名で其方も呼び習わしているのだ》

「人である内から八雲様にも神としての名を与えていたのですか?」

《別におかしくもあるまい。私とて幼名でもあるキサラという名の他に、生まれたときから天津日像比売神(あまつひがたひめのかみ)という神としての名も持っていた》

 

 神を母親に持つ茨木童子と赫夜比売は半神人のハーフだ。よって、幼名というより彼女たちが普段呼ばれていた人として名の他に、茨木童子ことキサラは天津日像比売神(あまつひがたひめのかみ)、赫夜比売ことユーリは綿津日矛比売神(わたつひぼこひめのかみ)という神としての名もしっかりと持っている。

 名切りと九頭龍の生まれで他に神としての名を持っているのは湊だけだが、最初から神になる存在として生まれた以上は、人としての名と一緒に神として名も用意しておくのは当然だ。

 茨木童子がその事を伝えるとエリザベスも納得したのか感心したように頷いている。

 

《再び阿眞根が降臨するには、八雲の心が強い感情で占められなければならん。だが、八雲が阿眞根となれば街は火の海に沈む事になる。以前のように蛇骨で守るかどうか分からぬ以上、お前たちが実際に目にしたいのならベルベットルーム内の扉から何もない世界へ行くしかないだろうな》

 

 呼び出された阿眞根の行動は直前の湊の意志に左右される。以前は皆を守り、敵を殺すために蛇骨で街を守っていたが、次も同じように街や誰かを守るとは限らない。

 それでも気になるのなら、被害が出ない場所へ湊を連れていって、外部から干渉する形で感情を刺激し無理矢理に呼び出させるしかなかった。

 

「フフッ、お客人は“固有存在”に至った御方だ。それが神の姿となり猛威を振るえば一週間で世界は滅ぶ。好奇心で触れるには些か度が過ぎておりますな。お前たちもお客人と戦闘訓練を行うときには強い感情を呼び起こさぬよう気をつけなさい」

 

 茨木童子の言葉を聞いたイゴールは愉しそうに笑っている。アイギスが計測した阿眞根の適性値は不完全体で一千万を超えていたのだから、阿眞根が暴れればイゴールの言う通り一週間で世界は滅ぶのかもしれない。

 湊は既に対人・対シャドウで十分な力を持っている。けれど、力の管理者にはまだまだ勝てないので夢を通じた戦闘訓練を最近になって再開しており、その際に精神に干渉するような状態異常スキルを使って眠れる獅子を起こしてくれるなとイゴールは釘を刺した。

 いくら現実世界に影響のない空間で戦おうと、その空間にいる者や扉で繋がった場所にいる者の安全までは保障できない。力の管理者たちも親しい客人に殺されたくはないので部屋の主の言葉に頷くと、本日の用事は済んだことで帰ると告げた湊を見送り、再び彼が訪れたときのためにそれぞれ備えておくのだった。

 

 

 

 




新生徒会メンバー

 会長:3-D有里 湊
 副会長男子:3-A渡邊 凛太郎
 副会長女子:3-A高千穂 楓
 会計:2-D宇津木 香奈
 書記:3-D西園寺 円
 庶務:2-A木戸 武蔵

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