【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第百二十七話 聖剣の鞘

影時間――深層モナド・5F

 

 どこか異様な空気の流れる、不気味な雰囲気の廊下を青髪の青年と赤髪の少女が歩いていた。

 以前来たときはこの階層まで降りて来なかったが、今日は湊が余計な敵を殺しつつチドリのレベルアップに付き合っている事で、敵から逃げ回ることなく探索を続けることが出来ている。

 

「……敵だ」

 

 長い廊下を進んでいると前方から三体の敵がやってきた。宙に浮いた台座の上で座禅を組んだ女性型のシャドウ、女教皇“狂乱のマリア”。

 敵の姿を見た瞬間にチドリは苦虫を噛み潰したような嫌そうな表情を浮かべる。その理由は相手の持つ耐性にあった。

 

「ほら、敵だぞ。頑張れ」

「……相手に炎も闇も効かないって分かってるくせに、よくもそんな事が言えたわね」

 

 敵が近付いて来ているというのに、湊は上着のポケットに手を入れたまま感情の籠もっていない声援を送る。

 けれど、狂乱のマリアは火炎と闇の反射耐性持ちだ。物理スキルを持たない魔法特化型のメーディアでは、火炎と闇を封じられれば毒を与えるスキルくらいしか使えるものがない。

 幸いな事にチドリの持っているハンドアックスは斬撃なので、物理耐性は貫通反射しか持っていない相手に有効ではある。

 だが、氷結魔法というチドリが耐性を持っていないスキルを使ってくる相手が複数いて、攻撃を喰らわずに接近するなど彼女には不可能だ。

 アナライズが使える湊は当然それらを分かっているはずなので、先ほどの応援はわざと言ってきたに違いない。

 そう判断したチドリはイラついた様子で湊にローキックをかまし、背後に回るとハンドアックスを構えた状態で睨みつけてきた。どうやら馬鹿にした罰として戦えという事らしい。

 少女のそんな無言の抗議を受けた湊は、カードを具現化すると右手で握り砕いた。

 

「……ペルソナ」

 

 赤と黒の召喚光が通路を照らし、その中から鋭い鉤爪を持った双頭の黒いグリフォンが現れる。

 呼び出されたペルソナの名は、刑死者“マモン”。蛇神の力を分割して生み出されたネガティブマインドの存在である。

 現れたマモンが羽ばたき天井付近で滞空すると、召喚者の青年は敵を見つめながらポツリと呟いた。

 

「あ、呼ぶペルソナ間違った」

 

 その言葉にチドリは驚き目を大きく開く。何をどう間違えたのか分からず、敵の射程圏内に入るまで時間がまだあったことでメーディアを呼び出し、マモンにアナライズをかけてみた。

 

「メーディア、おねがい」

《ルルゥ!》

 

 水色の欠片の中から現れたメーディアは、滞空しているマモンを見つめてチドリに読み取った情報を伝えてくる。

 マモンは打撃耐性と火炎、闇無効というステータスをしており。氷結の耐性は持っていないが、別に弱点という訳でもないので問題はなさそうだ。

 では、何が問題なのかを調べ続け、召喚者が閲覧許可しているスキルの情報を見たときにチドリは思わずゲンナリとした表情を浮かべた。

 状態異常付与スキルに特化した性能なのは問題ない。ただ、攻撃が貫通・火炎・闇に偏っており、斬撃スキルも持ってはいるが、上級スキルまで習得している他の攻撃スキルと比べ威力の劣る剛殺斬やポイズンカットしかないのだ。

 ダメージの通る斬撃スキルを持っているので戦えない事はない。けれど、もっと有効なペルソナを持っている中で、どうして明らかに不向きなペルソナを呼び出したのか。

 青年が耐性の分かっている敵に対して判断ミスをするなど珍しいが、とりあえず敵が迫っている状況は変わっていないので、チドリは呆れた表情で忠言しておいた。

 

「はぁ……調子が悪いなら先に言いなさいよ」

「特に考えていなくて鈴鹿御前が選んでくれたんだが謀られたな。まぁ、せっかく呼び出したから足にでも使うさ」

 

 チドリの言葉にそう答えた湊は、マフラーから中華剣“星噛”を取り出して敵に向かって駆け出す。

 湊の接近に気付いた敵は止まってスキルを放つ体勢に移るが、走りながら僅かに身体を沈めた湊は突如加速し、敵が攻撃を放つよりも速く到達したかと思えば、すれ違い様に一太刀ずつ浴びせて相手を黒い靄へと変えていた。

 敵まで到達する速さだけでなく、一撃で屠るだけの鋭い攻撃を繰り出せる青年の実力にチドリは軽い羨望を覚える。

 彼の体術は力で敵を砕く雄々しい剛の型もあるが、速さや鋭さに特化させた閃の型というものも存在する。チドリは鵜飼や渡瀬から剣術や中国拳法を習っているが、それらを扱う上での理想形を湊の閃の型だとして目指していた。

 敵の攻撃を掻い潜り、流れるように相手の弱所を切りつける。如何に相手が硬くとも、呼吸を合わせ最適な角度で切りつければ殆ど抵抗を感じることなく攻撃を通せるのだ。

 それには敵の呼吸を読み取り、弱所を見抜いた上で、素早く的確な攻撃をする必要がある。今の自分ではまだ技量も速さも足りていない自覚のあるチドリは、相手の強さへの憧れを抑えて戻ってくる湊に労いの言葉をかけた。

 

「お疲れ様……ってほどでもないわね」

 

 ペルソナを呼び出したが無駄に終わったので消費はほとんどない。倒すときには魔眼を使っていたようだが、それ以外純粋な体術のみで倒したならば疲れは皆無だろう。

 戻ってきた湊を迎えながら思ったままをチドリが伝えれば、湊は苦笑しながら滞空していたマモンを着地させ、チドリをお姫様抱っこしながらその背に跨った。

 

「グリフォンって何の合成獣だっけ?」

「鷲とライオンだな」

「……ライオンにしては大きいわね。馬くらいあるんだけど」

 

 二人が乗るとマモンはゆっくりと歩き出す。ベリアルと違って敵が出てすぐ攻撃に移ることが出来るのか不安はあるが、手綱がないため横座りで乗っているチドリは湊の腰に片腕を回し、落ちないようにしながら通路の先を見つめて敵の居場所を探りつつ考える。

 鷲とライオンの合成獣ならば大きさはライオン基準になるはず。けれど、二人が乗っているマモンは馬くらいの大きさがあった。

 以前見た白虎や大口真神は牛くらいあるので、それを思えばマモンの方が少し小さく感じるが、やはりライオンのサイズにしては大き過ぎるだろうとチドリは疑問を感じた。

 不思議そうな顔でチドリが漏らした言葉を聞いた湊は、マモンの背を撫でながら率直な意見を一つ伝える。

 

「双頭のグリフォンに見えるが元は悪魔だしな。上半身が鷲で下半身が馬のヒッポグリフという架空の生物もいるが、一応、ライオンの身体のようなので能力の強さが影響して大きいんだと思う」

「ふーん……敵、来てるわよ」

 

 話していると正面からキャタピラで走る音をさせながら、近代兵器の戦車型シャドウである戦車“洗礼の砲座”が向かってきていた。

 相手は既に湊たちに狙いを付けているので、防御や迎撃をしなければならないが、青年もまさか自分たちが乗っているマモンに戦闘をさせるつもりはないだろう。

 少女がそんな風に考えながら対応を待っていると、湊は“悪魔”のカードを握り砕いてペルソナを呼び出した。

 

「こい、ベルゼブブ!」

 

 二人の視線の先で赤と黒の召喚光が発生し、その中から髑髏の杖を持った巨大な蝿の王が現れる。

 空気が重くなったと錯覚するかのような威圧感を放ち、召喚されただけでその力が途轍もなく強大である事を嫌でも理解させられる。

 だが、敵にそんな物は関係ない様で、召喚光が消えきる前に砲弾を放ってきた。

 

「あっ!?」

 

 それを見たチドリは思わず声を上げてしまう。

 ベルゼブブが顕現し終えるのと攻撃が到達するのはほぼ同時だろう。だが、ペルソナは召喚時が最も弱いのだ。

 顕現が中途半端な状態では力を十全に発揮出来ず、さらにいえば、自我持ちや高同調状態で呼び出さなければ普通のペルソナでは自分で咄嗟に防御や回避をする事も出来ない。

 目の前に現れたベルゼブブが回避してしまえば、攻撃は後ろにいる自分たちに直撃するので防御して貰わなければ困るのだが、青年がフィードバックダメージを負う事になると思えばチドリの心は複雑だった。

 そして、ベルゼブブが完全に顕現した直後、敵の放った砲弾がその身体に直撃した

 

「……は?」

 

 ように思われたのだが、目の前の光景にチドリはポカンと呆ける。

 以前自分が必死に回避や迎撃した敵の攻撃は、どういう訳かベルゼブブに当たる直前に半透明な光の壁に遮られてシャドウの方へと跳ね返ったのだ。

 壁に当たれば砲弾は爆発するはずなので、あの光の壁は物理障壁とは異なる性質を持った魔法由来のものなのだろう。

 しかし、反射耐性以外に攻撃を跳ね返してしまうスキルがあるなど知らなかったチドリは、とりあえず便利なスキルもあるものだと感心した。

 跳ね返って敵の元まで飛んでいった砲弾を見ながら、そのまま自分の攻撃で沈めとチドリは心の中で念じる。

 けれど、敵に攻撃が当たると思った瞬間、先ほどベルゼブブが見せた光景があちらでも再現されていた。

 

「また返って来た……」

「あいつ、物理反射か。まぁ、ベルゼブブは打撃無効だから敵の通常攻撃は効かないんだが」

 

 敵の攻撃は砲弾という見た目に騙されがちだが、物理三属性に分類すると打撃になる。先ほどはハイパーカウンターというたまに発動する自動防御スキルで返したが、別にそれがなくとも無効耐性を持つベルゼブブには効かないとして、湊は再び返ってきた攻撃をベルゼブブに受けさせた。

 直撃した砲弾は爆炎と煙を出しているが、湊が言っていた通り耐性を持っていたベルゼブブは一切のダメージを負わずに佇んでいた。

 その様子にチドリがホッと胸を撫で下ろすと、今度はこっちの番だと湊はベルゼブブに命令を下す。

 

「ベルゼブブ、マハジオダイン」

《ヴヴヴヴヴゥゥッ!》

 

 背中の翅を高速で動かしながら、ベルゼブブは杖を掲げて激しい雷を敵へ向けて放つ。

 通路を埋め尽くし、時折爆ぜながら進む雷は壁や床を焼いてゆく。あまりの閃光にチドリはほとんど目を開けておく事が出来ず、攻撃が治まるまで湊の胸に顔を埋めて待った。

 ほどなくして音が消えたことで顔を離すとベルゼブブは既におらず、チドリは敵がいた場所に視線を向け、焼け焦げた跡が残っているのを発見した。

 

「……焼き消したの?」

「まぁ、そんなところだ」

 

 完全に敵の気配が周囲から消えた事でマモンは再び歩き出す。本当はチドリのレベルアップのために訪れていたのだが、湊の補助を受けながらでも既に何体か倒しているので、チドリ本人としては別にこれ以上戦う必要はない。

 湊もそれを理解しているのかマモンから降りようとせずに進み続けると、転送装置と金色の宝箱を発見した。

 宝箱は通路の奥にあるので、湊は通路入り口でマモンに待っているように告げて、チドリと二人で並んで宝箱まで歩いてゆく。

 

「……開けてみてよ」

「ああ」

 

 前にチドリが一人で回っていたときには太刀が入っていた。今度も似たようなモノが入っているのだろうと思って湊が開けるのを見ていれば、宝箱の中には金色の鞘が入っていた。

 

「……綺麗」

 

 湊が箱の中から取り出したのを見てチドリは思わず呟く。

 純金で出来ているのではないかと思わずにはいられぬ上品な輝きを見せる黄金の鞘。表面には見事な細工が施されており、これだけで美術品として大層価値のあるものだと推測するが、きっとこれには収められていた剣が別に存在するはずだった。

 けれど、宝箱の中にはもう何も残っていない。それを見たチドリは少し残念そうにしながら湊に言った。

 

「中身がないわね。もしかしたら別の宝箱に入っているのかもしれないけど、それまではお預けだわ」

「いや、そうでもない。特殊アイテムみたいにこの鞘自体にも付与効果があるみたいだ。光・闇無効、それにあまり強くはないが傷の治癒促進か」

 

 驚くべき事に手に入れた鞘は特殊効果を持っていた。対象は所持している者のみに限られるが、敵の放つハマ系とムド系スキルの無効化、それに加えて時間経過で負傷を治癒させるスキル“治癒促進・大”と同等の効果を有しているらしい。

 ペルソナを付け替えられる上に、ファルロスのおかげで傷の超速再生だけでなく、死亡からの蘇生までされる湊には大した効果ではない。

 だが、他の者ならば即死系スキルに怯える必要がなくなり、怪我をしても休むだけで治ってゆくので多少の無茶が可能になる。普通の特殊アイテムでは一つくらいしか効果が付与されないので、それを考えればまさに破格のアイテムと言えた。

 

「鞘だけでってすごいわね。何の鞘なのかしら?」

「……上で何かしているあいつらに聞けば分かるだろ」

 

 チドリが鞘について尋ねると、湊は探知能力でエントランスに誰かがいることに気付いたようで天井を見上げた。

 こんな特殊な装備について知っていそうな者などそういないはずだが、知っている者がいるというのなら聞いた方が早い。

 湊の後に続いてマモンと合流すると、二人はそのまま転送装置の元まで進み、ある人物の待っているタルタロスのエントランスへ向かった。

 

――タルタロス・エントランス

 

 転送特有の浮遊感が消え、光が治まるとチドリは目を開けてエントランスに視線を向ける。

 すると、階段を挟んで丁度反対側に力の管理者三人が立っており、そこで何やら黄色の安全帽を被って作業していた。

 と言っても、実際に何かしているのはツルハシで白と黒の床の一部を破壊している三姉弟の末っ子テオドアだけで、マーガレットとエリザベスは偉そうに指示を飛ばしているだけなのだが、一日も経てば自然に修復される床に何をしているのか気になり、チドリは湊の隣に並んだまま進み声をかけた。

 

「……何をしてるの?」

「モニュメントの設置よ。ある程度の深さの場所に陣を刻んで呼び出すの。そうしないとタルタロスの修復機構に巻き込まれてしまうから、テオドアの作業に成功の可否がかかっているわ」

 

 答えたマーガレットは愉しそうに口元を歪めており、自分の作業にかかっていると言われた弟が緊張した様子でツルハシを必死に振り下ろすのを見て楽しんでいるようだ。

 しかし、そんな作業も一メートルほど穴を掘れば終了し。出来た瓦礫は全てエントランス周辺に広がる深淵に落として片付けてしまった。

 この後は出来た穴に陣を刻むとの事だが、以前、エリザベスがヘブンズ・ドアを呼び出すのを見ていたチドリは、それと似たような事でもするのだろうかと思いながら見守った。

 

「それでは、僭越ながら私めが陣を刻ませて頂きます」

 

 そういって手に持ったペルソナ全書を開いたエリザベスは、手に力を纏ってページに書かれた文字をなぞってゆく。

 なぞられた文字は輝き始め、全てをなぞり終えたエリザベスが揃えて伸ばした右手中指と人差し指を穴に向けると、光っていた文字が浮かび上がり穴の底に魔法陣を描きだす。

 円や六芒星など複雑な紋様を組み合わせて作られた魔法陣は、今も輝き続けておりまだ作業が続いている事を理解させる。けれど、エリザベスは魔法陣が完成した時点で本を閉じてしまったので、最後の締めは長女のマーガレットがやるようだ。

 

「では、締めに取りかかるわよ。少し離れていて」

 

 マーガレットの言う事を素直に聞いて、妹弟と湊らは少し離れた場所まで下がっておく。皆が距離を取った事を確認した事で、マーガレットはペルソナ全書を開いて聞きなれぬ言語を呟きだした。

 詠唱らしき呟きが続くと本が輝きだし、それに呼応するように穴の底の魔法陣も目を眩ますほどの光を放っていた。

 あまりの眩しさに目を開けておく事が出来ず、チドリは湊の広い背中を壁にしてやり過ごそうと思ったとき、エリザベスも同じように考えていたようで動いた二人の肩がぶつかった。

 肩がぶつかったエリザベスは薄い笑みでチドリを見つめてくるも、この背中は自分が使うのでお前は自分の弟の後ろへ行けとチドリはジェスチャーで伝える。

 だが、エリザベスは薄い笑みのまま首を横に振って、貴女がどうぞとばかりに丁寧な仕草で手で指し示し返して来た。

 女同士によるそんな無言の戦いが起こっている事に当然気付いている湊は、右腕に蛇神の力の欠片である黒い影を纏って、それを広域展開して後ろの二人を包んでしまった。

 別に背中を光を遮る壁にするくらい構わないが、流石にごちゃごちゃとやられると鬱陶しく感じたらしい。

 湊らがそのように色々としている間に作業は終わったのか、光が治まると穴のあった場所に剣が刺さった石の台座が出現していた。

 影を消して包んでいた二人を解放した湊は、本を閉じて安全帽を脱いでいるマーガレットに声をかけた。

 

「……それがこの鞘の中身か?」

「ええ、“剣が抜けないなら台座ごと引っこ抜けばいいじゃない”という考えのもと、鈍器としてしばらく使われていた聖剣エクスカリバーよ。鞘だけモナドに流しておいたのだけど、貴方たちが手に入れたみたいだから本体も出しておこうと思って」

「そんな使い方でよく折れなかったな」

「異世界産だもの。貴方の短刀や煙管と同じ入手経路だから品質は保証するわ。まぁ、私たちにも抜けなかったから使い勝手は分からないのだけど」

 

 言いながらマーガレットは刺さっている剣を抜こうとしてみる。しかし、言っていた通りビクともしないことで諦めて苦笑しながら彼女は戻ってきた。

 それを眺めていたチドリが今度は自分がやってみるとばかりに柄に手をかける。

 

「ふっ……!!」

 

 全身の力を伝えるように一気に力を込める。だが、一向に抜ける気配はなく、諦めたチドリは手を離すとつまらなそうな顔で刀身に一発蹴りをいれて戻ってきた。なんとも足癖の悪い少女である。

 

「……あれ、壊れてる。別の剣でも入れて鞘だけ使いましょ」

「別にそれでもいいが、少し出っ張り過ぎて危ないから押し込んでおこう」

 

 台座に刺さっている剣は台座から三十センチほど刀身が出ている。これでは横から触れてしまったときに切れてしまうので、危ないと思った湊は近付くと上から押し込み台座から柄と鍔だけが出ている状態にしてしまった。

 それを見ていたチドリは安全な状態になったことで頷いているが、反対に力の管理者たちは少し驚いた顔をしていた。

 

「これは……押して駄目なら引いてみろ、の反対でございますね」

「何を馬鹿な事を言っているの。というか、貴方も試す前に押し込むなんて何を考えているのよ。押してでも動かせるなら引っ張れば抜けるに決まっているのに」

 

 今までエリザベスやマーガレットが試したときには引いても押しても駄目だった。それを簡単に押し込めたのなら、それすなわち動かすことが可能という事になり、湊はエクスカリバーを手にする資格を持っているという事になる。

 妹のずれた発想と同レベルでずれた行動を取った青年に頭を痛めながら、マーガレットは早速抜いてみろと言ってきた。

 傍で見ているテオドアは聖剣が抜けるのをわくわくした様子で待っており、チドリも湊が選ばれし者のみが持つ事を許される聖剣を手にすると知って少し誇らしげにしている。

 そうして、一同の視線が台座の前にいる青年に注がれると、それらを一身に受けた青年は静かに口を開いた。

 

「……聖剣ってキャラじゃないだろ」

 

 瞬間、全員が納得し過ぎて空気が凍った。

 名切りの鬼である彼は、裏の世界では一部の人間に“死神”や“魔王”と呼ばれているのだ。そんな青年には、確かに聖剣よりも魔剣が似合う。

 本人に抜く気はないようで、フード付きコートのポケットに手をいれたまま湊は入り口へ向かい出したため、チドリも後を追うとタルタロスを去っていってしまう。

 残された力の管理者らは少々残念に思いながらも、青年にやる気がないのではしょうがないと諦め、青い扉を潜ってベルベットルームへと帰っていった。

 

 

5月7日(月)

昼休み――月光館学園・2-D教室

 

 生徒会会計である宇津木香奈は移動教室から帰ってくると、陰鬱な気分で自分の鞄を漁る。探している物は弁当箱。特に珍しくないシンプルなアルミ製のものだ。

 包みに入ったそれを見つけると、鞄から出す前に軽く持ち上げて重さを確かめる。

 

(……そう、またやったのね)

 

 持ち上げた弁当箱は軽かった。理由が分かっている彼女は心の中で溜め息を吐きながら、財布や携帯など貴重品を持つと教室を出た。

 教室を出ていく彼女を見て一部の生徒がくすくすと笑っていたが、流石に何度もされていると慣れてきて反応するのも面倒になる。

 弁当の中身を捨てた犯人は女子三人と男子二人の計五人のグループ。昼休み前の四時限目が移動教室のときに他の者がいなくなるまで教室に残ってわざわざ宇津木の弁当の中身を捨てているのだ。

 女子らは全員が帰宅部で、男子らは今年から野球部のレギュラーだと話していたが、こんなくだらない事をしている人間でも教師の前では猫を被っているので評価はそこそこ良いらしい。

 彼女が特定グループの人間にいじめられるようになったのは一年の頃からだ。前髪で目元が隠れていて暗い彼女は、名字にかけた蔑称として“鬱木”と影で呼ばれている。

 呼んでいる者らはそれを漢字で書く事など出来ないだろうが、誰とも話さずに休み時間は一人で本を読んでいる彼女は、調子に乗り易い人間にとって格好の獲物だった。

 最初は机に入れていた筆箱が鞄に入れられているなど、少し困る悪戯程度しかされていなかったが、徐々にエスカレートして教科書への落書きや弁当の中身を捨てられるようになっていった。

 相手も有名私立に通っているだけあって頭は回るようで、弁当箱自体を捨てるような事や、定期テストで提出するようなノートやプリントには一切何もしてきていない。宇津木はこれでも学年次席の成績をテストで収めているので、そんな彼女の提出物に何か痕跡を残そうものならすぐに学校から処罰を受けてしまうと分かっているのだ。

 

(この時間に食堂へ行くのも面倒ね)

 

 今から食堂へ向かうのは席の確保を考えると難しいだろう。ならば、残るは購買部でパンを買うくらいしか選択肢はないので、階段を降りながら宇津木はどんなパンが残っているだろうかと考える。

 出来ればお腹に溜まりそうな焼きそばパンやコロッケパンが良いが、そういった総菜パンは人気メニューであるためすぐに売り切れてしまう。

 そうすると菓子パン系になるのだが、餡子が苦手な彼女はどうかチョコやクリーム系のパンが残っていますように願いながら一階に到着したところで、校内で最も目立つ男子生徒に遭遇した。

 

「……どうも」

 

 相手は現生徒会長である有里湊。手首に袋をかけつつ紙パックのジュースを飲んでいる事から購買帰りなのだと思われる。

 べらべらとよく喋る他の生徒会メンバーは苦手だが、この青年は気を遣ってたまに話しかけてくるだけなので、友人が一人もいない宇津木としては学内で唯一付き合い易い人間に分類されていた。

 

「……これから購買か? パン類は既に売り切れてしまってお菓子か飲み物しかないぞ」

「え……あ、その……そうですか。じゃあ、帰ります」

 

 まさかこんなにも早く売り切れるとは思っていなかった。連休明けで弁当作りを面倒に思った家庭が複数あったことを計算に入れられていなかった彼女は、僅かにショックを受けた顔をすると、すぐに踵を返して元来た道を戻ろうとする。

 だが、階段に向けて一歩を踏み出しかけた彼女に、湊が普段通りの淡々とした口調で再び声をかけてきた。

 

「……パンを買うつもりだったのならいくつか譲るぞ。どうせ放課後に小腹が空いたら食べようと思っていた買い置きだからな」

 

 声をかけられて宇津木が振り返れば、相手は言っていた通りに袋からコロッケパンや焼きそばパンなど競争率の高い総菜パンをいくつも出して来た。

 買い置きというからにはこれとは別にお昼にも何かを食べているのだろうが、相手は身長一八〇センチを超える長身だ。

 制服のジャケットの代わりにオリーブドラフ色のフード付きコートを着ているが、それの上からでも身体を鍛えていて体格がいいのが見て取れる。

 そんな身体を維持するには人よりも沢山食べなければならないのだろうと思いながら、宇津木は相手の申し出をありがたく思いながらも断った。

 

「いえ、それは先輩のものですから」

「なら、俺はこのままパンを捨てるぞ」

「……は? 放課後に食べるんじゃなかったんですか?」

「気分が変わったんだ」

 

 言いながら湊は近付いてくると袋から出したパンを三つほど宇津木に押し付けてきた。

 焼きそばパン、コロッケパン、ミックスサンド、どれも人気のメニューである。これらを全て手に入れている辺りに相手の変な能力の高さが窺えた。

 しかし、流石にタダでこれらを貰う事は出来ない。何より三つも食べきるなど不可能だ。

 どれか一つを返品した上で、譲って貰った分の代金を払おうと顔をあげたとき、既に相手の姿はなかった。

 周囲を見渡しても影も形もなく、けれど、手に抱えた三種類のパンが実際に彼がいたことを証明している。

 

(……なんなの、あの人)

 

 訳が分からない。そんな思いが胸中を占めるのを感じながら、宇津木は今度会ったときに代金を払う事にして昼休みの内にパンを食べてしまおうと教室へと戻るのだった。

 

 

 

 




登場ペルソナ解説
 能力は第百二十七話終了時点のもので、後に成長する事でステータスやスキルの増減や変動もあり得る。スキルはP3系・P4系・PQで登場した全スキルを扱うため、P3作中よりも覚えているスキルの種類が増えているペルソナもいるが、魔法攻撃スキルはアギもアギラオも使えようと覚えている中で最も強いものだけを表記する。
 性能は大きく分けて魔法・物理・バランス型の三つがあり、そこへさらに数値の高い項目によって耐久や俊敏、得意な属性によって火炎系や氷結系なども加えて表記する。
 

刑死者“マモン”
【召喚者】湊
【説明】七つの大罪で“強欲”を司る悪魔。馬ほどの大きさをした、鋭い鉤爪を持った双頭の黒いグリフォンの姿をしている。性能は状態異常系物理型。
【ステータス】耐性:打撃 無効:火炎、闇
【スキル】
・剛殺斬:単体斬撃
・ポイズンカット:単体斬撃+毒
・アイオンの雨:全体複数回貫通
・アギダイン:単体火炎
・ムドオン:単体闇
・マハムドオン:全体闇
・テンタラフー:全体混乱
・フラッシュノイズ:全体動揺
・デビルスマイル:全体恐怖
・亡者の嘆き:恐怖状態即死
・淀んだ空気:状態異常付着率アップ
・デカジャ:全体敵能力上昇魔法解除



悪魔“ベルゼブブ”
【召喚者】湊
【説明】七つの大罪で“暴食”を司る地獄の魔王の一柱。髑髏の杖を持ち、他のペルソナよりも一回り巨大な蝿の姿をしている。性能は電撃系魔法型。
【ステータス】無効:打撃、疾風、電撃 反射:闇 弱点:光
【スキル】
・ジオダイン:単体電撃
・マハジオダイン:全体電撃
・ガルダイン:単体疾風
・マハガルダイン:全体疾風
・メギドラオン:全体万能
・イノセントタック:単体貫通
・ハイパーカウンタ:高確率で物理反射
・マカラカーン:味方全体一度だけ魔法反射
・コンセントレイト:一撃のみ魔法攻撃力超強化
・無力の魔法陣:魔法陣展開中、中確率で物理スキル封じ及び物理攻撃力超弱体化
・悪魔召喚:展開中の他魔法陣を利用して発動可能、全体万能属性ダメージ



補足説明

 聖剣の鞘:マーガレット曰く異世界産の聖剣エクスカリバーの鞘。アーサー王伝説で語られているように不思議な力を宿しており、装備している者に光・闇無効、治癒促進・大と同じ効果を付与する。
 聖剣本体も一緒にあると本来の性能が発揮され効果が追加されるが、湊が選ばれし者の聖剣など趣味ではないからと抜く事を拒否したため当分は現在のままである。

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