【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第百二十九話 班決め

6月1日(金)

午前――3-D教室

 

 生徒会会計である宇津木が受けていたイジメを解決し、翌週の中間テストを全教科満点でクリアした湊は、机の上でまるでパソコンのキーボードを叩くような仕草をしながら、フレームから上着の内ポケットまでコードが伸びている眼鏡をかけて授業を受けていた。

 他の者はその仕草や眼鏡などがとても気になるようだが、英文の書かれた書類を時折見ていることで、なにやら忙しそうだと誰も話しかけられずにいた。

 しかし、今はホームルームの時間であり、今日のホームルームはそれなりに重要な話をする回なので、担任の盛本は一応湊に声をかけてから話を進める事にした。

 

「あー、有里? 話を始めてもいいか?」

「……ええ、勝手にどうぞ」

「そ、そうか。お前も忙しいのかもしれないが一応聞いておいてくれな」

 

 話しかければ湊はしっかりと顔をあげた。そのとき、正面から湊の目を見た教師は、眼鏡のレンズに何やら画像や文字のようなモノが映っている事に気付く。

 詳しくは分からないが、あの眼鏡がパソコンの画面の役割を果たし、キーボードを叩くような仕草はどういう技術かは不明だが、ちゃんとあれで文字を打てているらしい。

 ちょっとした未来テクノロジーだなと思いつつ、湊が話を聞いていることを確認した盛本は気を取り直して、各列の先頭にプリントを配ってから黒板に今日のテーマを書きだした。

 

「よーし、それじゃあ今日は来月にある修学旅行の班決めとそれに合わせて席替えもするぞ。一班は基本的に男女各三人の計六人だ。一部は男子が四人の七人班になるが、決め方は自由。お前らの思い出作りだからな。好きなやつと組め」

 

 盛本がそういった途端、クラスの女子半数以上が獲物を狙う肉食獣が如き瞳でデスクワークに励んでいる湊を見た。

 同じクラスになった時点で、中学最大のイベントである修学旅行で愛しの彼と同じ班になるのを夢見ていた。旅行先は沖縄で期間は二泊三日、ここは友情に亀裂が入ろうとも他の女どもを蹴散らして同じ班になってみせる。

 と、そんな欲望百パーセントな心の声がそこかしこから聞こえてきそうな、一触即発の空気が教室内に漂い始めていたことで男子らはドン引きしていた。

 教師が好きなやつと組めと言った時点で自由に班を決めていい時間になっているはずだが、女子らがお互いを牽制し合っているせいで誰も動く事が出来ない。

 このままでは精神が持たなくなる。そう思った男子の数名が、とりあえず男子らだけでも組んでおこうかと動きかけたとき、湊の後ろに居る順平のさらに斜め右後ろに座っていた一人の女子が口を開いた。

 

「ミッチー、一緒の班になろうね」

「……勝手にしろ」

「わーい、一緒に楽しもうね!」

 

 お互いに牽制し合って誰も動けない状態の中、その均衡を破ったのは湊と同じ生徒会役員である西園寺だった。

 別に誰と同じ班になろうが気にしない湊は彼女の申し出を受けてしまい。その時点で湊の班は男女各二人ずつしか空いていない状態となる。

 湊は女子の大半と一部の男子から絶大な人気を誇るが、西園寺もかなりの男子人気を誇っている校内女子ランク上位メンバーの一人であるため、二人と同じ班というのは一種のプレミア席だ。

 そんな残りのプレミア席を手に入れようと男女双方が大きく動き出そうとしたとき、またしても西園寺がニコニコとした笑顔のまま話し出した。

 

「それじゃあ、えっとぉ……あ、山岸ちゃんもおいでよ。可愛いから山岸ちゃんも入れてあげるよ」

「え? あ、うん。ありがとうございます」

 

 自分を可愛いと思っている西園寺は、可愛い自分の傍にいていいのは自分が認めたルックスの女子だけと考えている。そして、風花は少し地味だが癒し系で守ってあげたくなる愛らしさがあるため、湊と親しいこともあって班員に相応しいと判断し勧誘した。

 どこの班になるかまるで決まっていなかった風花は、彼女からの誘いを素直に受けたが、これで残る席は男子二人と女子一人である。

 プレミア席をゲットする最大の障害は西園寺になりそうだが、逆に誰でもいいと考えている湊や風花に取り入れば西園寺はスルー出来るかもしれない。将を射るために馬を射ようと思っていたのに、これでは逆に馬が邪魔をしてくるので改めて将を直接狙わなければならない状況になってしまったようなものだ。

 もっとも、どちらにせよ湊との会話は必要だったので順番が前後しただけと思う事も出来る。問題はどのタイミングで切り出すかという事だが、他の者が悩んでいる間に湊と西園寺は話を進めていた。

 

「ミッチー、他はどうする? まどか的に男子はミッチー一人で良いんだけど」

「無茶を言うな。そうだな……伊織、うちの班に入るか?」

 

 と、ここでまさかの事態が起こった。なんと湊が自ら後ろの席に居る順平を班に誘ったのだ。

 効率を重視する彼の事だから、班などさっさと決めてしまった方がいいと考え、丁度自分の席の後ろに居た者に声をかけただけなのだろう。

 しかし、湊・西園寺・風花の三名以外はまだ誰も班が決まっていない以上、大勢が羨むこの誘いを順平が断る可能性は極めて低かった。

 案の定、順平はあまり話した事がなかったため湊に誘われた事を不思議に思いつつも、ニカッと楽しげに笑って返事をした。

 

「お、いいの? んじゃ、ともちーも一緒に入っていいか?」

「誰か知らないが別にいいぞ」

「あー……一応、去年も同じクラスだった友近健二くんなんスけどね」

 

 順平としては仲の良い友人も班員にして貰おうと言ってみたのだが、去年も同じクラスだった者を知らないとばっさり告げた事で微妙な空気が漂う。

 もっと正確に言えば、友近は風花と同じく中学三年間を湊と同じクラスで過ごした希少な人間であるのだが、流れ弾的な感じでショックを受けている友人を後でフォローしようと思いながら補足説明を加えれば、湊は眼鏡の位置を直しながら二列隣にいる友近に向き直り挨拶した。

 

「その名前なら分かる。友近も宜しく」

「お、おう、よろしく」

 

 あまり正面から見られて話す事がなかったので、急に挨拶された友近は僅かに照れながら言葉を返す。

 相手は男だが変に色気があるせいで妙な返しになってしまった。自分が好きなのは女で、さらに言えば年上のお姉さんが最高である、とそんな風に心の中で言い聞かせながら、友近は自分を落ち着かせる意味も込めて話題を別の物へ変えた。

 

「それじゃあ後は女子一人か。理緒、お前こねえ?」

「え、別にいいけど。有里君とか西園寺さんもいいの?」

 

 友近に理緒と呼ばれた少女の名は岩崎理緒。順平の後ろの席であり、西園寺の隣の席でもあるのだが、彼女は友近と家が近所で幼馴染という関係であった。

 長い髪をポニーテールにしている彼女は、生徒会副会長の高千穂と同じ女子テニス部に所属していて身体が絞られており、背が高めなこともあってスタイルは抜群である。

 そんな彼女が元々の班員であった湊と西園寺に確認を取れば、ニコニコと笑顔を浮かべていた西園寺が愛想よく答えた。

 

「岩崎さんも綺麗系だから、まどか的にはOKだよ。ミッチーも別にいいよね?」

「ああ、班長は伊織だ。お前らも自分のプリントにそう書いておけ」

 

 西園寺だけでなく湊も理緒の加入を認めた事で班員は全て揃った。後一人だけ男子を足す事も可能だが、面倒を嫌った湊が班長に順平を指名すると他の者らが配られたプリントに班長と班員の名を書いてゆく。

 しかし、指名された側としては湊こそが班長だと思っていたので、驚きの声をあげて尋ね返していた。

 

「ちょっ、普通そこは有里君が班長じゃねーの?」

「あのね、私とミッチーは生徒会の仕事があるの。修学旅行実行委員の補助とか、ミッチーは開会と閉会の挨拶とかもあるし。班長会議の後には先生との打ち合わせもあるから、班員への連絡を考えるとどうしても無理なんだ」

「ああ、そういう理由ね。そういう事ならしょうがねえな。先生、オレっちが班長っす!」

 

 生徒会の仕事で班の仕事が疎かになることを申し訳なさそうに言われれば、順平は理由があるのならしょうがないと笑い、盛本に自分が班長に決まった事を伝えた。

 

「おう。お前らの班だけやけに早く決まったが、他のやつらも似た感じで話し合って組んで行け。異性を誘うのが難しいなら、後でくじ引きで組み合わせるから同性の班員だけ決めておいてもいいぞ」

 

 班決めは旅行の主役である生徒らの自由だが、多感な時期というのもあって異性を誘うのが難しい者もいるだろう。故に、ちゃんとその場合の事も考えておいた盛本は、簡単なあみだくじを既に用意しているのを見せた。

 生徒の一部はその事に安堵するも、大勢の者が狙っていた特定人物と同じ班になる夢は既に断たれてしまった。

 そうして、一度は限界まで高まっていた教室の空気は、どこか試合後のような気の抜けたものになりつつ、それぞれ仲の良い者同士で班を決め始めたのだった。

 

***

 

 各班が決まると今度は席替えが行われた。湊たちは窓側後方の二班というとても良い場所に当たり、前から順に窓側一列目が順平・湊・友近、窓側二列目が風花・西園寺・理緒という席に決まった。

 盛本はそれぞれの班員をメモし、それを旅のしおり係の元へ届けてくるので、その間に自由行動時間にどのような場所を回るか話しておけと旅行会社のパンフレットを各班に配って教室を出ていった。

 もっとも、話しておけとは言われたが細かく決めるのはしおりが配られてからだ。よって、今は新しい班員と共通の話題で話し合い、旅行前に親睦を深めるための時間という意味合いが強い。

 生徒たちもそれを分かっているので机を組み替えて合わせてはいるが、パンフレットを見ながらも自由時間のコース等を決めるより普通の雑談で盛り上がっている。

 

「ねー知ってる? オニイトマキエイの事をマンタっていうんだって」

「水族館で見れるんですよね。私、沖縄って行った事ないから水族館もすごく楽しみにしてるんです」

 

 (ちゅ)ら海水族館で見ることが出来るというオニイトマキエイの別名を西園寺が言えば、風花が子どものよう――湊以外は実際に子どもではあるのだが――に目を輝かせ、パンフレットの水族館紹介を眺める。

 彼女は今まで両親の実家への帰省ぐらいで、ホテルに泊まるような旅行をほとんどしてこなかった。美術工芸部に入ってからは日帰りも含めて色々な場所に行くようになったが、それでも沖縄には行った事がなかったので非常に楽しみなようだ。

 そんな微笑ましい女子らの会話を聞いていた順平も、この流れならいけると踏んだのか、ここぞとばかりに知識を披露しようと会話に参加してくる。

 

「じゃあ、これ知ってっか? マグロの事を英語でシーチキンっていうんだぜ!」

 

 良い笑顔を浮かべて自信満々に告げる順平。この知識は先日コンビニのシーチキンマヨおにぎりを買った際、裏の原材料に『シーチキン(マグロ)』と書かれていた事で得たものだ。

 それまでシーチキンが何の肉であるかなど意識した事はなかったが、自分が知らなかった事なら同級生も知らない可能性はある。

 そうして、仕入れたばかりのネタを言ってみたのだが、彼に集まっていた他の者たちの視線はどこか死んでいた。

 話を聞きながらも作業を続けて無反応な湊はまだいい。だが、ニコニコと笑って話していたはずの西園寺など汚物を見るような蔑む視線で数瞬見るなり、まるで何事もなかったように再び笑顔で風花たちに話し始めた。

 

「……あ、それでね」

「ちょ、ちょ、反応薄くね? そこは伊織君って英語も出来るんだねって意外性を褒めるとこだろ」

 

 時が止まったままよりはマシだが、それでもスルーは悲し過ぎる。常識だったなら常識だろと突っ込むでもいいから反応が欲しかった。

 順平が腰を半分浮かせて慌てたように言えば、湊を挟んで向こう側にいる友近が嘆息してから頬杖をつき言葉を返した。

 

「お前、自分で言ってて虚しくないか? それにマグロが英語でなんて言うかは知らないけど、シーチキンじゃないってことは分かるぞ」

「え、マジで? でも缶詰のシーチキンってマグロだろ?」

「いや、まぁ、それはそうだけどさ。ってか、留学してた有里君がいるんだし。そういうのは有里君に聞けば一発だろ」

 

 そこでどうして自分を巻き込むんだと一瞬湊が嫌そうな顔をする。けれど、班員らの期待するような視線が集まっていたことで諦めたのか、湊はディスプレイ代わりの眼鏡についているオンオフのスイッチを押してから口を開いた。

 

「……一般的にマグロは英語でツナだ。ネイティブにいうならトゥナの方が近いが、ツナ缶とかっていうだろ。まぁ、正確に言えばツナはマグロだけでなくカツオなども含めた総称で、もっと細かくそれぞれの呼称がある。カツオなんてボニートやスキップジャックなんて言ったりもするしな」

 

 普段あまり話さない湊も仕事や説明のときは饒舌になる。説明したがりという訳ではないが、相手にしっかりと教えてあげる面倒見のいい性格からの行動なのだろう。

 他の者が感心したように聞いているのを確認しながら、湊は先ほど順平が言っていた『シーチキン』に関しても捕捉で説明をいれてゆく。

 

「そして、シーチキンは固有の商品名だ。さらに言えばツナがマグロやカツオの総称であるように、シーチキンには原材料にカツオが使われている場合もある。まぁ、カツオの方はシーチキンマイルドという商品の方に使われているから、ただのシーチキンならマグロだと考えて貰っていい」

 

 そこまで話すと説明は終わりだとばかりに眼鏡のスイッチを入れ、湊は再びキーボードを叩くような仕草を始めた。

 しかし、知りたい事はちゃんと教えて貰えたので、西園寺はパチパチと小さく拍手をしながら湊を称賛した。

 

「わぁ、ミッチーたら博識だね。伊織君も頭脳派アピールしたいならこんな風にためになる知識もちゃんと言えなきゃね」

「は、はい。今後は気を付けます」

 

 間違った知識を自信満々に披露してしまったが、湊がマメ知識のように解説してくれた方に皆の意識がいったので恥はほとんどかかずに済んだ。

 普段ならば寮の部屋に帰ってから恥ずかしさに悶絶するところなので、ほとんどダメージを負わずに済んだのは僥倖だろう。

 そして、がっくりと肩を落として反省する順平に他の者たちがクスクスと笑う中、気を取り直した順平はせっかく同じ班になったのだから交友を深めようと、相手が作業中であるにもかかわらず湊に話しかけにいく。

 

「んじゃ、有里君さ。なんか知ってたら人に自慢出来そうな話のネタってないか? 出来れば覚えやすいやつで」

「どんなくだらない事でも、知らないよりは知ってる方が自慢できるだろ」

「そういうのじゃなくて、こう、いつか合コンとかするときに女の子の興味引けそうな話題とかさ。有里君クラスになるとモテテクの一つや二つはあるだろ?」

 

 まだ中学生なので合コンなどしたことないが、高校生になったらせっかくの都会という事もあり、一度くらいは参加してみたいと思っている。

 女子のセッティングが大変そうだが、そこら辺はサッカー部などに所属している寮仲間に頑張って貰おうと思っているので、順平は今の内にスキルを磨いておこうと考えていた。

 それ故、間違いなく女慣れしていそうな湊に掴みの要素だけでも教えて貰おうと思ったのだが、作業をしている相手から返ってきたのは淡々とした疑問の言葉だった。

 

「……そんなその場限りの相手にモテてどうするんだ?」

「え、いや、そういう場で運命の相手と出会う可能性もあるだろ?」

「運命の相手ならモテようとしなくても親密になったり再会できるだろ」

 

 ぐうの音も出ないほどの正論に順平は思わず沈黙する。

 確かに運命の相手ならば途中に何があろうが最終的にくっつく事になるだろう。どれだけ仲良くなろうが、交際などに至らなかったのなら、結局は運命の相手ではなかったという事だ。

 実際は合コン中に女の子に興味を持たせたい程度に考えていたのだが、『運命の相手』という言葉を使ってしまったせいで、これ以上会話を続けられなくなった順平は、まるで燃え尽きたボクサーのように寂しく椅子に座っていた。

 しかし、その様子があまりに不憫に映ったのか、今まで二人の会話の聞き手に回っていた友近から救いの手が入る。

 

「あ、あのさ。前から聞きたかったんだけど、有里君のまわりって女子ばっかりだけど本命っているの?」

「ちょっと、友近。そういうプライベートな事にずかずか突っ込んじゃ駄目だよ」

「いや、単純な興味だって。別に聞き流してくれていいんだけどさ」

 

 理緒に注意されながらも恐々と相手の機嫌を窺うように言っている本人は、実に間抜けな質問だと内心で自嘲していた。

 相手のまわりに校内でもハイレベルな女子が集まっている事は周知の事実だ。年上趣味である友近でも、女子らに囲まれている青年を年頃の少年として羨む気持ちは当然あった。

 彼を囲っている女子の中に成人を迎えている教師が数名混じっている事も、彼を羨む理由としては挙げられる。

 だが、それらを脇に置いておいても、友近は純粋な好奇心から誰が本命なのか気になっていた。

 最本命は家族でもありよく一緒にいるチドリだろう。相手も傍から見ていて色々と複雑な想いを湊に抱いているのは分かるので、湊が少女を大切に思っている事もあって可能性は一番高い。

 次点で有力なのは祭りを二人でまわっていたゆかりだ。お互いに他の者よりも遠慮のない態度で接しているので、距離感から言えば最も恋人らしく映る。

 他の部活メンバーなどはどっこいと言った感じだが、それでもただの同級生よりも親しいようなので、風花がいることを気にしつつも友近は好奇心を優先して尋ねた。

 すると、尋ねられた本人は新たにドイツ語らしき書類を手に取り、それらの内容を確認しながら淡々と答える。

 

「……普通、そういう話は旅行の夜にするものだと思うけどな」

「ああ、確かにそうか」

 

 言われてみればその通りだ。修学旅行の夜に行われる好きな人の暴露大会は、定番中の定番である。

 しかし、それを口にしたのが湊となれば話は別だ。彼もそういった事に理解や興味があったのかと、燃え尽きていたはずの順平が再起動し、他の誰よりも食い気味に距離を近付けた。

 

「え、てか、有里君もそういう話にノってくれるの? うっわ、オレっち、なんか急に旅行の夜が楽しみになってきたんだけど!」

「誰も乗るとは言ってないし。他人の恋愛事情に興味なんてない。さらに言えば、本命も何も周りの者たちを特別異性として意識してもいないさ」

 

 今まで遠く感じていた存在が恋愛話に乗ってくれるとなれば、順平は急に距離が縮まったように感じて旅行の楽しみが増えると喜ぶ。

 しかし、湊は一般論で友近に言葉を返しただけであり、もっといえば自分の性別すら定まっていないのに恋愛も何もないと思っていた。

 そこへジッと彼を見つめて話を聞いていた西園寺が、以前した会話の内容と齟齬を感じ、率直に疑問としてぶつけてくる。

 

「でもぉ、この前に山岸ちゃんを可愛いって言ったら同意してくれたよね?」

「え、そ、そんな話をしてたの?」

 

 急に話題にあげられた風花は頬を染めて慌てたように二人に尋ねる。影で悪口を言われるよりはいいが、学内でもルックスが整っている者らに褒められていると聞けば、自分に自信のない彼女は嬉しさよりも恥ずかしさが勝ってしまうのだ。

 そんな照れている少女の質問に西園寺がにっこりと笑って頷き、湊の方も西園寺と同様に話していた事は否定せずに眼鏡のスイッチを切りながら会話を続ける。

 

「同意したんじゃなくて否定しなかっただけだ。西園寺の言う通り山岸の顔の造形は整っているため、一般的に見て可愛いと言える部類に入るのは間違いない。柔らかい雰囲気や優しい声質も含めて癒し系と呼ばれるタイプだろう」

 

 言いながら湊は眼鏡に繋がっていたコードを外し、左手中指で眼鏡の位置を直しながら風花の方を向く。

 そして、一拍置いて再び口を開いた彼は、

 

「先ほど言った通り、俺は山岸を異性としては見ていない。だが、チドリの友人である事を別にしても“山岸風花”という個人を俺は好いているよ」

 

 優しい声色で言って最後に穏やかな微笑を浮かべた。

 

「えっ、あの?! あ、あうぅ……」

 

 途端、微笑を向けられた少女は首まで真っ赤すると、膝の上にぎゅっと握った拳を置いて俯き。他の者たちは非常に珍しい青年の笑顔の浮世離れした美しさに見惚れ、男子までもが頬を薄く染めて照れながら口を僅かに開けて暫し呆ける。

 普段笑わない人間の笑顔のギャップは凄まじい物がある。青年は演技で笑顔を浮かべる事はあるが、極稀に引き出される天然の笑みの破壊力はその比ではない。とある社会科教師曰く、「本気で鼻血が出そうになる」ほどだとか。

 それをまともに受けた初心な少女は、彼の優しい微笑と素直な言葉に心を乱されこの時間中は使い物にならないだろう。

 流れ弾でも十分なダメージを負った順平は、彼は男で自分はノーマルだと心の中で何度も繰り返す事でようやく復活すると、先ほどの湊の言葉と表情に対する感想を述べる。

 

「……うっわー。なんていうか、うっわー。これすげぇな。仮に狙ってだとしても、イケメンって平然とこういう事を言えるからモテるんだろうな。自分が女子ならキュンときてる自信あるわ」

「キュンどころじゃないよ! まどか、自分が言われたんじゃないのに危うくキュン死にしそうになっちゃったもん。いいなー、山岸ちゃんったらいいなー!」

「これで告白じゃないって不思議だね。私は自分が不意討ちにこんな風に言われたら、それまで何とも思ってなくてもその後から意識しちゃうかも」

「理緒でもそうなるなら、他の女子もそんな感じかね。素で駆け引きまで出来ちゃうとか、有里君ってホントに女の子ホイホイだな」

 

 順平らは口々に先ほどの湊の発言と笑顔について楽しそうに話しているが、対照的に湊のテンションは低いままだ。

 両親の死後から感情の一部が麻痺している湊は楽しい事や嬉しい事に対し、感情の起伏が人よりも起こり辛くなっている。そのため笑顔など滅多に出るものではなく、普段の表情がつまらなそうな物であったり冷たかったりするせいで、貴重な湊の笑顔を見た人は今の彼らのように騒ぎ出す。

 しかし、少し笑ったくらいで騒がれた方は、笑う度に大騒ぎされるのでは鬱陶しい事この上ないとして余計に笑わなくなるのはある意味必然だった。

 騒いでいる者たちを見て溜め息を吐いて立ち上がると、湊は自分の席を離れて風花の元に向かい。彼女が倒れないように注意して椅子を引くなり、貴重品や弁当の入っている相手の鞄を肩にかけ、そのまま風花の背中と膝の裏に手を回して抱き上げた。

 

「……山岸が極度の緊張で貧血を起こしたようなので保健室に連れていってくる。お前らはそのまま雑談しておいてくれ。どうせ次は昼休みだから、この授業中は多分戻らない。教師が帰ってきたらその事を伝えておいてくれ」

「あらら、山岸さん大丈夫なん?」

「症状自体は普通の貧血だ。仮に何かあっても櫛名田はあれで優秀な医者だし、何も心配はいらない」

 

 それだけ言うと湊は教室中の注目を集めながら教室を出ていった。扉が閉められ少しすると先ほどの湊について他の班の者たちも騒いでいるが、理由は風花がお姫様抱っこで運ばれて行ったからだろう。

 お姫様抱っこは女子の憧れと言われる事がよくあるが、実は男子の方でもする側として憧れを抱いている者は大勢いる。

 憧れている男子らの理想とするシチュエーションは様々で、今のように貧血になった女子を保健室に連れていくのは、トップ3に入るほどの人気シチュだった。

 実際は、女子らの平均体重が男子に比べれば軽いにしても、それなりの重量を持ち上げているのだから筋力が重要であったりする。

 教室から保健室までは階段を下りなければならないので、ただ重い物を持って道を歩く以上に大変だが、そこは湊がやっているのだから補助すら必要ないと全員が謎の信頼を寄せていた。

 そうして、湊のお姫様抱っこについて一同が盛り上がっていれば教師が帰って来たため、西園寺らが頼まれていた言伝を伝えて無事に授業を終了し。昼休み中ずっと休んで風花も気分がマシになったのか午後の授業から復帰した事で、クラスメイト達も安心して午後の授業を受けたのだった。

 

 

 

 


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