【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第百三十一話 EP社のお仕事

6月16日(土)

午前――港区・新興開発地区

 

 港区の北のはずれ、中央区にほど近く以前まで旧工場地帯と呼ばれてその場所は、EP社の手が入り開発が進んだ事で新興開発地区と呼ばれるようになっていた。

 真新しい病院や工場、オフィスに大型スポーツジムなどEP社関連の建物が建ち並ぶ広大な土地の前に、四月から路線が増設された都営バスがやってくるとキャリーバッグを持った女性が一人降りてくる。

 歩く度ふわりと揺れる肩まで伸びた金髪、袖を前で結んだ薄いカーディガンを肩にかけた半袖の花柄膝丈ワンピースを着こなし、黒のハイソックスとブラウンのヒールサンダルを履いて可愛らしいお洒落な服装で現れたシスター・アンナは、初夏の日差しに目を細めながらEP社の建物を見やった。

 

(広い場所ですね。色んな建物がありますが、公園なども敷地内にあるようで他よりも自然が豊かなようです)

 

 都会だと聞いていたので自然がないのは寂しいと思っていたが、花壇や植え込みだけでなく、広い公園もあるようで近辺の土地の中では最も自然が多いのではないかと思われる。

 来る途中には海も見えていたので、立地としては最高の場所だと感じながらパンフレットの地図を確認して、シスターは約束の場所を目指し敷地内を進んでゆく。

 

(小狼さん……ではなく、湊さんの話では公園まで行ってから海の方へ歩けばあるんでしたよね)

 

 彼女が目指しているのは敷地内に建っている教会で、今後の彼女の務め先となる場所だ。

 暮らす場所はEP社の社員寮だが、先にこちらに来て欲しいと言われているので、湊から普段の名前を教えて貰ったシスターは聞いていた順路を進んで教会を探す。

 EP社の敷地は奥が海側として見たとき、一番左が広大な工場区画、その横に手前からオフィス、スポーツジム、食堂が並び、広い公園と教会を間に挿んで一番右側に病院が建っている。

 社員寮などはここから徒歩十五分ほどの場所にあり、少し歩いた場所にはEP社が土地を提供しているショッピングモールや遊戯施設などもあるので、ポートアイランドや巌戸台が桐条の街ならこちらは既にEP社の街といっていいほどEP社の力が及んでいた。

 病院が始まるのは七月二日の月曜日からなので、病院にはまだ研修中のスタッフしかいない。それでも公園では近所の人たちが温かい日差しの中でのんびりと過ごしており、少し離れたオフィスの方ではやる気に満ち溢れた顔のサラリーマンたちが歩いているので、随分と活気のある街だとシスターは公園の中を歩きながら思った。

 そして、公園に生えている色んな種類の木や、置かれているプランターの花などを眺めながらゆっくり進んでいると、あるとき急に荷物が軽くなって何事だとそちらを見る。

 すると、いつの間に現れたのか、学校の制服らしき物の上からフード付きのコートを着た湊がいて、彼女の持っていたキャリーバッグを持ち上げていた。

 

「あ、湊さん。どうもお久しぶりです」

「……日本語が上手いな。というか、シスターとは思えないお洒落な格好に少し驚いた」

「昔より規則が緩んでいて休日は私服で過ごしても問題ないんですよ」

「そうなのか。まぁいい、迷っているのかと思って迎えに来たんだ。荷物は持つから教会へ行こう」

 

 久しぶりに会ったシスターはしっかりと日本語をマスターして流暢に話して来た。元々勤勉な性格のようなので、現地の人ともコミュニケーションが取れるように頑張ったのだろう。

 彼女の荷物を持ちながらそう考えた湊は、近辺にどんな店や建物があるかを話しながら教会へと向かった。

 

***

 

「大きな教会ですね……」

 

 教会の前についたシスターは、自分がいたシャテーニュ村の教会の数倍の大きさの建物を見てしばし呆ける。

 暮らしている人口が違うからというのがその理由だが、こんな大きな教会を一人で切り盛りするのは流石に無理だと思い、自分以外に働く者はいるのかを青年に尋ねた。

 

「あの、私以外にも働く方はおられるのですか?」

「シスター一人だが?」

「え、流石にそれは……」

 

 以前いた教会でも街の人に少し手伝って貰ってどうにか掃除などが出来ていたのだ。聖職者としての業務を行いながら、その倍近い大きさの建物を一人で掃除したりするなど絶対に不可能。

 そもそも、司祭がいないのでは教会として活動できないのではと思って、やや困惑した表情で隣の青年を見上げると、相手は煙管など咥えて軽い調子で口を開いてきた。

 

「まぁ、本当は司祭が一人とブラザーとシスターが四人ずついる。ブラザーは二人が外国人、シスターは一人が外国人なので、司祭とシスター・アンナを含めれば男女比は五対五だな」

「んんっ、もう! そういう冗談で人の反応を楽しまないでください!」

「信じる方がどうかしているだろ。疑う事を知らないのは純粋ではなく無知というんだ」

 

 からかわれた事を怒ってシスターが抗議するも、湊はまるで相手をせずに扉の方へと歩いてゆく。

 以前、廃人状態から復活したばかりの頃はもう少し優しげな感じだったというのに、再会してからは年上である自分にもタメ口で話して敬意の欠片も払っておらず、シスターは湊の変化に未だに慣れずにいた。

 年齢を考えると一回りほど違うので、生意気盛りの子どもと思えばおかしくはないのだが、やはりシスター以上に大人びた雰囲気を纏っている事で、実は年上で年下の自分をからかっているのではと疑っている。

 もっとも、疑ったところで湊が戸籍上は十五歳になった青年である事は覆しようのない事実である。肉体年齢は十八・十九歳である事を考えてもシスターよりは若いので、湊が大人びているのはそんな雰囲気を纏ってしまうような人生を生きてきた以外に理由はなかった。

 そうして、先をいく湊に置いて行かれぬよう後に続き、彼が開けた扉から聖堂内に入ったとき、目に飛び込んできた光景にシスターは思わず言葉を失った。

 そこに広がっていたのは、色取り取りのステンドグラスを通して指し込む光に照られた幻想的な空間。まるでパリで見たサント・シャペルのようだと、感動のあまり一筋の涙を流し、彼女は感謝の祈りを捧げずにはいられなかった。

 

「主よ、私をこの場へとお導きくださった事に感謝致します」

 

 ポケットにいれていたロザリオを取り出し祈りを捧げたシスターは、顔をあげると広い聖堂の中を進み、どのような柄のステンドグラスなのかを見ていく。

 教会のステンドグラスには柄自体に意味が込められているものや、何かの場面を切り取った絵を象ったものなどがある。

 この聖堂のステンドグラスは青を基調としながら様々な色を使って複雑な柄を描いているので、きっと何かの意味が込められているのだろう。教会を建てた企業の者ならば意味も知っているのではないかと、後ろにいた湊に尋ねようとしたとき、奥の扉が開いて一人の老人が現れた。

 

「おお、着いていらしたのですね。はじめまして、シスター・アンナ。私はこの教会を任された司祭のアンデレといいます。どうぞよろしく」

「はじめまして、修道女のアンナです。こちらこそ、よろしくお願いします」

 

 現れた老人は少し背の低い白人男性で、白髪を短く切り揃え身なりに気を遣っているようだった。優しげな雰囲気はシャテーニュ村のニコラ司祭に少し似ていると感じながら、シスターは司祭にステンドグラスについて尋ねる。

 

「とても素敵な教会ですね。ステンドグラスから差し込む光に照らされた聖堂を見て、あまりに幻想的過ぎて感動しました」

「ふふっ、我々も同じですよ。他の者たちは感動のあまり涙を流していました。とても神聖で侵し難い場所だと、皆、時間があるとここへ来て祈りを捧げています」

「お気持ちは分かります。それであの、こちらのステンドグラスにはどのような意味が込められているのですか?」

「それは作ったご本人に聞いた方がよろしいかと。やはり製作者自身の言葉の方が伝わる物もありますから」

 

 言いながら司祭はシスターの隣にいる人物に微笑みかける。そこには彼女も知る青年が一人いるだけだが、まさか彼が作ったのかとシスターは驚きながら尋ねた。

 

「え、湊さんが作られたんですか?」

「俺はデザインしただけで作ったのは職人だ。地震大国だから割れないように強化ガラス製だぞ」

「それでもすごいです。どういった意味を籠められているのか教えてください」

 

 言いながら湊に近付き、シスターは瞳を輝かせながら教えて欲しいと頼み込む。

 青年はデザインしただけで作ったのは職人だというが、彼がデザインしなければそもそも作れてないのだ。彼と職人たちの力が合わさり、見ただけで人を感動させる素晴らしい作品が生み出された。デザイナーと職人どちらか一方だけが想いを籠めたのではこうはならない。

 やはり彼もきっと口では色々と言いつつも確かな想いを持って作品作りに臨んだはずだと、シスターは彼の言葉が返ってくるのを待った。

 

「……安らぎだ。もっといえば、ここを訪れた者に癒しを与えようと思った。こんな俺が他者に癒しを与えようなんて笑えるだろ? 馬鹿な餓鬼の勘違いから生まれた作品だと考えていいぞ」

「そうやって自分を卑下しないでください。貴方はとても立派な方です。私はそれを知っています」

 

 自虐的な言葉を吐いて己に対する嘲笑を浮かべる彼に、シスターはそんな事はないと優しく笑いかける。

 初めて会った日の彼の姿をシスターは今も覚えている。心身ともに弱りきっていて、しかし、大切な人をちゃんと弔ってやらねばという気持ちだけで動いていた。

 いくら裏の仕事をしながら生きてきたといっても、頼れる者のほとんどいない異国の地で大切な人を亡くしたばかりの少年が出来る事ではない。

 無事に葬儀が終わった後には涙を流し、張り詰めていた糸が切れたように心を壊してしまったが、他者をそんなにも強く想える湊は年齢不相応に立派過ぎるくらいだとシスターは評価する。

 

「湊さん、貴方もカトリックに入信しませんか? 他者にまで主の存在を感じさせるこんなにも素晴らしい作品を作られるのなら、貴方も主の存在を感じていると思うのですが?」

「……いや、遠慮しておこう。俺がやるなんて真剣に祈りを捧げている者に対する侮辱にしかならない」

「そんな事はありません。誰にでも祈りを捧げる権利はありますから」

 

 シスターは湊が人殺しだという事を知っている。だが、どんな大罪人であろうと祈る権利はある。

 彼の人となりを見れば理由もなく人を殺すような人物でない事は明白だ。依頼を受ける時にも報酬よりも依頼者から理由を聞いて納得して受けていたに違いない。

 そんな人物ならば、祈りを捧げ続ける事で今まで犯してきた罪を清算し、これまでとは別の生き方を選ぶ事も出来るはず。

 罪人である事を理由に遠慮する必要はないとシスターが優しく微笑みかければ、湊は少し申し訳なさそうな表情で口を開いた。

 

「……俺は人工的に生み出された試験管ベビーなんだ。存在自体が教義に反している以上、悪いがカトリックにもクリスチャンにもなる事は出来ない」

 

 宗教ではよく信徒にいくつかタブーを課しているが、カトリックでは生命は崇高なものであるため自然な営みによって生まれるべきだという考えがある。

 それ故、不妊治療だろうと人工授精なども本来は禁止しており、湊やソフィアのような存在は生まれからして教義に反しているのだ。

 生まれた命に罪はないといっても、そういった者はやはり立場的に難しいものがあるため、事情を知らずに強く誘ってしまったシスターは湊に頭を下げて謝罪した。

 

「あ、その、すみません。湊さんの事情を全く知らず困らせてしまって」

「気にしなくていい。誘ってくれた事は嬉しかった。ありがとう」

 

 善意から誘ってくれた事に気を悪くしたりはしない。湊は気にするなと返し、気持ちは嬉しかったと礼を言った。

 その後、やってきた他のシスターやブラザーと挨拶を交わし、教会の場所も分かった事で湊は彼女を用意した社員寮の部屋へと案内した。

 知らない街ということでしばらくは慣れない事も多いかもしれないが、教会で働いている者たちは基本的に近くに住んでいるので、湊がいなくても相談する事は出来る。

 新しい生活への不安もそれで少しは薄れたのか、後は色々と自分でもやってみると張り切っていた彼女と別れ、湊は何かあれば電話しろと言い残し、彼女の部屋を後にした。

 

 

午後――EP社工場・研究室

 

 シスターを新居に案内し終えた湊は、食堂で昼食を取ってから工場の地下にある研究室へとやってきた。

 グループの総帥をしているソフィアは頻繁にこちらへ来る事は出来ないが、湊の義手開発を担当しているシャロンたちは全員既に来ており、こちらに移った事で本格的に影時間に関する研究などにも取り組み始めていた。

 影時間についてはあまり話を広めることが出来ないので限られた人数で頑張って貰う事になるが、シャロンたちは特に気にしていないらしく、湊が部屋に入ってきた事に気付くと見ていた設計図から顔をあげて気安く挨拶をしてくる。

 

「あら、いらっしゃーい。お昼食べたぁ? 私はまだぁ」

「……なら食べに行けばいいだろ。別に制限した覚えはないぞ」

 

 特殊な研究をしている部署だが、一応、他の部署と同じように出社や昼休憩などの時間を決めている。

 作業を切りのいいところまで行っていたのなら、その分だけ昼の時間をずらせばいいので、三時になろうという時間に昼食がまだだと言われても湊は何も出来ない。

 そもそも、何をしていて昼を食べれていないのか分からず、湊は部屋の中を進み適当なパイプ椅子に腰かけてから理由について尋ねた。

 

「なんで昼を食べていないんだ?」

「今朝、有里さんに貰ったペルソナだとかについて資料を、シャロンさんだけずーっと読んでたんスよ。私らは昼に行かないんスかって聞いたッスけど、後でって言われまして今に至ると」

 

 表の企業としても活動する以上、彼らに仕事屋としての名前で呼ばれると困るので名前を教えたのだが、ぼさぼさの長髪に太い黒縁眼鏡をかけたぽっちゃり研究員のエマが早速戸籍名で呼びながら説明すれば、湊は呆れたように嘆息する。

 確かに研究大好き人間にとってペルソナやシャドウという超常の存在は興味深いだろう。義手製作のために対シャドウ兵器の設計図を先に渡したが、そのときにはシャドウ等について詳しく話していなかったので、日本での活動を開始した現在になって渡したのだが、こんな効率の悪い事をされるのであれば先に渡しておけばよかったと僅かに後悔する。

 

「……栄養補給した方が効率良いだろ」

「ほら、私って集中してる間は疲れないタイプだからさぁ。ま、それはそれとして、ご飯は後で行くから先にアンタに訊きたい事がいっぱいあったのよね。いま質問しても大丈夫?」

「答えられる事ならな」

「んー、そう言われるとどんな質問には答えられないのかって興味が出てくるわねぇ。今はペルソナの方が興味あるからソッチ聞くけどねん」

 

 変な語尾で楽しそうに笑うシャロンは湊の近くまでやってくると、同じようにパイプ椅子を一つ広げて腰掛ける。

 先ほどまで一緒に設計図を見ていたエマや武多らもやってきたので、渡した資料には全員が既に目を通していたようだ。

 他の者も座った事を確認して、シャロンは白衣のポケットからメモ帳を取り出し、先に用意していた質問事項を尋ねてくる。

 

「そんじゃ、一つ目ね。ペルソナは精神の具現化らしいけど、その精神の定義って明確に存在するの? 動いている姿は見てないけど、アンタと一緒にいた金髪の子も持ってるって資料には書いてたんだけど、AIでも発現させる事が出来るなら高性能なパソコンにデータコピーしたら大量生産できたりする事にならない?」

「重要なのは自我だ。自己を確立できなければペルソナは発現しない。そして、データコピーした場合の話は研究していないので分からないが、ペルソナを使っている身として言わせて貰えば多分自己認識が不足して出来ないと思う。コピーされた内の一つなんて知れば自己価値を抱き辛いだろうしな」

 

 ベルベットルームの者たちも言っていたが、ペルソナとはもう一人の自分だ。そんな存在を目覚めさせるには、まず自分というものを認識し定義する必要がある。

 しかし、見た目・人格・名前・記憶に能力まで自分と全く同じ存在がこの世にいた場合、その人物はしっかりと己を定義する事が出来るだろうか?

 絶対に不可能とは言いきれないが、一度はペルソナを手に入れた者でも自分の完全同位体を前にすれば自己認識が揺らぎペルソナを呼び出せなくなる可能性はあった。

 よって、完全同一では運用出来ず、完全同一のままでいられないのならコピーする意味もなかった。

 

「それと、アイギスたちはAIではなく独立した自我を持っているんだ。人間の人格サンプルを基に彼女らの人格を形成したにしろ。ちゃんと自分の考えと感情を持っている。限りなく人間の思考に近付けたとしても“0”と“1”で作られ心を持たないAIとは異なるものと思って貰っていい」

「んー、そこで出てくるのが黄昏の羽根ってわけね。機械にも心を与えるって人類の技術だと何百年後に出来るのかしら? 未来の技術に触れてるって探究心とインスピレーションをくすぐられるわぁ」

 

 ケタケタと楽しそうに笑ってノリは軽いが、彼女は一度見ただけの対シャドウ兵器の構造を把握するほど優れた頭脳を持っている。

 一般的な科学者が信じないような事でも気にせず研究するタイプらしく、シャロンは湊の話を聞いて自分の考察もメモしながら続けて次の質問を口にした。

 

「じゃ二つ目、ペルソナとシャドウの境界ってあるの? 例えば暴走してコントロールを外れたペルソナがいたとしたら、それって制御下にないからシャドウって事になるわよね? でも、資料にはペルソナの暴走って書いてある。これって矛盾してない?」

「いや、暴走したペルソナとシャドウは別物だな。暴走はどちらかと言えばシャドウに近付きつつある状態だ。完全にシャドウ化してしまったらシャドウが戻るまで持ち主は影人間になる」

「でーも、資料にはペルソナをシャドウに戻しコントロールした被験体もいたって書いてるんだけど。そこら辺はどうなのか本人の口から聞きたいわねぇ」

 

 言いながらにやりと口角を歪めてシャロンは湊に視線を送る。

 湊が彼女たちに渡したのは、エルゴ研脱走時に飛騨から貰った研究データを印刷したものだ。それらは基本的に当時の内容であるため、ペルソナをシャドウに変えて操っていた被験体番号000、通称“エヴィデンス”についても当然載っていた。

 聞かれた湊は椅子に深く座り直すと、煙管を手で遊ばせながら淡々と答える。

 

「……シャドウってのは、ある意味人の心の本来の姿なんだ。“死”をトリガーとして能力を発現させる者なら、死を視続け、死を想えば、その本来の姿を解放する事も出来る。まぁ、ワイルド以外がやれば影人間になると思うけどな」

「んー、よく分かんないけど、制御するために掛けているリミッターを解除するみたいなもんって事なのね。そんで、アンタはリミッター解除してても別の力があるから影人間化しないしコントロールも可能と」

 

 彼女が要約すればその考え方で概ね合っていると湊は頷いて返す。

 強力なシャドウは人間のような高い知能を持っていると思わせる動きを戦闘中に見せてくるが、本来のシャドウは獣のような本能で動く存在だ。それは思考が極単純で一つの事だけを考えているとも言い換えられる。

 色々と考えて動くよりも集中した方が強いのは当たり前で、湊のシャドウ・タナトスも敵の殲滅を目的として顕現させる事により、戦闘時には普段のタナトス以上の力を発揮できるようになっていた。

 ただし、シャドウ状態ではリミッターを外して出力が高くなっている分、細かなコントロールが難しく。下手をすれば自分から抜け出て行ってしまう事も考えられるので、様々な力を手にした湊はタナトスのシャドウ化を最近では控えるようにしている。

 

「あのぉ、僕からもいいですかな?」

 

 湊がシャロンからの質問を受けていると、ずっと傍で話を聞いていた武多も挙手して質問したいと言ってきた。

 彼は空気を読む事も出来るが、テンションがハイになると面倒なタイプなので、湊は僅かに嫌そうな顔をしつつ一応質問を認めてやる。

 

「……ふざけないならな」

「え、ええ、勿論ですぞ。えー、では、ペルソナとは心の力で精神の強さが関係すると書いておりましたが、僕たちのような一般人も条件を満たしていれば手に入れる事は可能なのですか?」

「まぁ、才能というか親和性も関係してくるが、ある一定以上の適性を持てば理論上は猿や犬でも持てる」

 

 本当に動物がペルソナを持てるかなど知らないが、生物ならばニュクスの欠片たるシャドウを宿しているため、理論上は制御する事によりペルソナを獲得する事も出来る。

 人間よりも動物の方が死に敏感なので、適性があれば目覚めるのは人間よりもむしろ簡単かもしれない。動物の言葉を理解出来る湊とアイギスが二人で頑張って探していけば適性持ちの動物を見つけられる気もするが、現在動ける湊に探す気がないので世にも珍しいペルソナ使いの動物は当分見つかりそうになかった。

 

「もう一つお聞きしますが、ペルソナの姿とかは何によって決まるのですか? 本人の姿との関連性はあるのでしょうか?」

「前提としてペルソナは神話的存在や妖怪などの姿を取るんだが、その存在に対し本人の持つイメージが部分的に反映されているような気はする。ペルソナがどんな存在になるかは本人との共通点とでも言えばいいのか、熱血漢だと闘神や太陽神が目覚めたりといった感じで後はほぼランダムかもな」

 

 例えば湊のタナトスは死神“デス”をあの日に見ていた事で、同じ死の神であるタナトスも似たような物だろうとイメージが反映され似ていたりする。

 もっとも、イメージが反映されるにも二パターンあって、一つは先ほど湊が話したペルソナの元ネタに対するイメージが反映されるのが一つ。もう一つは戦う存在のイメージがアイギスだった事で、戦う力として目覚めたオルフェウスの姿がどこか彼女に似たように、本来は無関係のはずの物が“戦う”など本人の考える共通点で結びついて反映されてしまうパターンもあった。

 けれど、何事にも例外というものがあり。その代表が名切りのペルソナたちだ。

 彼女たちの姿は最終的に湊に続く血筋の子どもを産んだ当時のものであり、湊のイメージなどは一切反映されていない。

 さらに、名切りとは別にもう一人いる自我持ちのペルソナ、隠者“ジャック・ザ・リッパー”も手に入れた経緯からして特殊だった。彼女について話すためにカードを握り砕いて湊が呼び出せば、水色の欠片の中から姿を現した赤いフードとマントを身に付けた少女を見て、急に武多が立ち上がって鼻息荒く叫び出した。

 

「フォー!! ロリッ子キター!」

「ロリッ子? ジャックは俺と二つくらいしか違わないぞ」

 

 この男は突然何を言っているか。相手の気持ち悪い視線から逃れるようにジャックは湊の後ろに隠れ、本気で言っている意味が理解出来なかった湊は怪訝な表情を浮かべて相手を見る。

 とはいえ、シャロンらも聞いているのにこのままでは話が進まないので、武多がジャックに何かしようとすれば蹴り飛ばす用意をしながら続きを話す。

 

「まぁいいが、さっきのは一般的な話だ。このジャックみたいに、元は残留思念や怨霊のような人の想いの塊だったモノからペルソナになった者もいる。その場合は自分との共通点は関係なくなるぞ」

「で、では、いつか我々の妄想もとい理想のおにゃの子をペルソナに出来る可能性もある訳ですな!」

「……可能性だけはな」

 

 言われてみれば生霊という言葉もあるので、呪いレベルに想いを籠めれば人工的にペルソナの元になるものは作れるかもしれない。

 急にやる気を漲らせている武多ならば、執念によって本気で自分の理想の女の子をペルソナとして具現化させるような気すらしてくる。

 しかし、相手がジャックと同じように自我持ちだとすれば同情を禁じ得ない。理想の女の子というくらいだから、きっと武多は相手がペルソナであっても欲情したりするのだろう。

 ペルソナは普通に触れることが出来、湊の持つ自我持ちのペルソナにいたっては体温を感じるだけでなく飲食まで出来る。

 だとすれば、湊は自分のペルソナたちが見た目的に年下であったり、本当に血縁者だったのでしようと思った事すらないが、キスどころか性交までも可能かもしれなかった。

 

(……そのときはペルソナを切り離すか)

 

 いくらペルソナのマスターだったとしても、自我を持っている相手の意志を無視してそんな事をするのは許されない。

 それ故、湊は武多が馬鹿な事をしでかそうとしたときには、アベルでペルソナを切り離して呼び出せなくしようと心に決めた。

 そうして、その後もシャロンらの質問にいくつか答えると、湊は無理矢理に時を進めた自分の身体が現在どういった状態なのかを調べて貰うため、細胞や血液のサンプルを採取してシャロンに預け。既に遅い時間になっていたことでシスターを誘って夕食を取り、そのまま自分のマンションへと帰って行ったのだった。

 

 

 


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