【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第百三十三話 前篇 九尾切り丸-準備-

7月7日(土)

午後――市内体育館

 

 外では蝉たちの合唱が聞こえ始めるようになった七月上旬。本来ならば学校で授業が行われているのだが、大会があるという事でバスケ部の部員らは公欠を取って試合に臨んでいた。

 現在試合が行われているコートの中には湊の姿もあり、彼も他の部員らと同じように袖のない白いユニフォームを着て参加している。

 復学した湊は右腕が上腕の中頃から機械義手になっているので、夏でも長袖のフード付きコートを着ていたのだが、ライン際でドリブルしている相手とのすれ違い様にボールを奪った彼の右腕は機械ではなく生身の人間のものになっていた。

 

「会長、いっけー!」

 

 相手からボールを奪ったのを見た渡邊が、声援を送りながら自身もゴールに向かって走り出す。

 湊も味方の位置を確認しながらドリブルで走り出し、スリーポイントライン辺りで進路を塞ぐようにディフェンスの選手が現れると、相手の目の前で急停止してから後方に逃げるように跳躍しながら空中でボールを放った。

 手を離れたボールは山なりの軌道を描いてバックボードにぶつかり、跳ね返ってそのままゴールに吸い込まれる。

 

「有里、ナイッシュー!」

「今日トータルで四十点超えたッスね。よっしゃ、オレらも点取っていくぞ!」

『おおー!』

 

 キャプテンや他の選手らからシュートを褒められ、それに手をあげて答えながら湊はコート中央へと戻ってゆく。

 先ほどから使っている右腕はどうみても人間のものだが、別にデスの治癒能力を使って生やした訳でもなければ、シャロンたちにEP社で開発させている義手が人間のものとそっくりの見た目になった訳でもない。

 実はいまの湊は、ペルソナの部分顕現と完全同調を組み合わせる事により、右腕だけ鈴鹿御前(バアル・ペオル)と融合しているのだ。

 ペルソナの力の行使は召喚者に主導権がある。けれど、自我持ちの場合は完全に独立した自我を持っているので、湊の指示を聞いて動いてはいるが実際は完全独立行動である。

 そんな存在と完全同調という自身をペルソナ化する秘術を使えば、当然、支配権は本来の身体の持ち主であるペルソナ側になってしまう。

 だが、今の湊が必要なのは鈴鹿御前の身体ではなく、義手である事がばれないようにするための生身の右腕なので、部分顕現と完全同調を併用することで自分が主導権を持ったまま鈴鹿御前の右腕を自分の腕のところで召喚したのだった。

 ただし、いくら鈴鹿御前が長身の部類に入るとは言っても、それは女性の中での話であり、長身な上に身体を鍛えている湊とは長さや筋肉の付き方も含めて似ても似つかない。

 助っ人を受けた湊も腕の問題は後になって気付いたので、今は間に合わせで鈴鹿御前の腕を使っているが何かしらの対策を考えなければならないと思っていた。

 

「有里!」

(試合中は動きまわっていれば気付かれづらいが、止まってしまうとバレ易くなる。というか、長い爪に真っ赤なマニキュアなんか塗っているのも理由の一つだな)

 

 キャプテンから飛んできたパスを受け取って、センターラインからドリブルで左サイドに走り込みながら敵を引きつける。

 初日は各ブロック三校なので二試合する訳だが、無名だった湊は二試合目の現在で二試合トータル四十点をあげている事もあってマークがきつくなっていた。

 駆け寄ってきた二人の選手がパスもシュートもさせないとばかりに、大きく両手を広げて両方のコースを塞いでいる。

 今いるのはライン際で先ほどのスリーポイントラインより距離があるため、ここからシュートを狙うのはバスケ初心者の湊には厳しいものがある。いい場所にいる味方は敵がマークしているせいでパスも通り辛そうだ。

 そうして、ボールを持っていられる残り時間が少ないと考えた湊は、ディフェンスに触れられないよう大きくその場で跳びながら、バックボードめがけて左手で思いきりボールを投げつけた。

 ほとんどストレートな軌道で投げられたボールは絶対にゴールには入らない。敵だけでなく味方までもがそう思っていると、皆の予想通りボールはバックボードに強くぶつかって跳ね返って飛んでゆく。

 だが、跳ね返ったボールの落下地点に視線を向けると、そこには完全にフリーな状態で渡邊が立っていた。

 

「ナイスです、会長!」

 

 飛んできたボールをキャッチした渡邊は、そのままシュート体勢に移って悠々とスリーポイントを決める。

 それで点差はさらに開き。68対46で勝利した湊たちは、ブロック一位通過により翌日の準決勝への切符を手にしたのだった。

 

***

 

「皆さん、お疲れ様でした!」

 

 試合終了後の礼が終わって戻ってきた選手らを労い、夏大会限定マネージャーの水智恵がタオルとドリンクを渡してゆく。

 受け取った二年生の選手はタオルで身体を拭きつつ、汗として出てしまった水分を補給しながら緩んだ顔で三年生や他の部員らに向かって話しかけた。

 

「いやぁ、マネージャーがいるって最高っすね! 今までは一年と盛本先生からしかタオルもドリンクも渡されませんでしたから、水智さんの笑顔が最高に眩しいっす!」

「勝ったのはいいが気を抜いてるんじゃないぞ。お前さっきの試合で三回もファンブル(お手玉)してただろ。一年生もバンバン使っていくから、大会中にスタメンが変わる事もあるんだからな。もっと気を引き締めていけよ」

 

 今までいなかった女子マネージャーにベンチで迎えてもらえる事で、二年生の男子は緩みきった表情をしている。

 だが、顧問の盛本はその男子が試合中にパスを受け取り損なっていたのを見ていたので、今日の反省会と明日の打ち合わせの前に窘めておいた。

 

「は、はいっす。けど、先輩らもマネージャーが入ってくれて喜んでますよね?」

「そりゃ嬉しいけど、応援して貰ってる分だけ気合入るからファンブルとか初歩的なミスは減らすっしょ。会長は入ったばっかだからオレらが練習じゃしてないプレイもしてくるし、ああいうのにも咄嗟に対応できるようにプロの試合ビデオ見てイメトレとかしといた方がいいぜ?」

 

 言いながら肩にタオルをかけたまま渡邊は荷物を片付け始める。普段はおちゃらけた軽いノリの渡邊も、部活関係になると切り替えて真面目モードになったりするのだ。

 彼は本来バスケ部のキャプテンになるはずだったのだが、湊が生徒会長になると聞いて生徒会役員になるために副キャプテンにして貰ったという経緯があり。そのため、部活中の彼はしっかりとオンオフを切り替える優秀な選手として他の部員らからも慕われている。

 顧問の盛本だけでなく、そんな彼からもちゃんとしろと言われた事で男子はしょんぼりと肩を落として本日のミスを深く反省した。

 そのあまりの落ち込みぶりを心配したのか、空になったボトルを元々入れていたクーラーボックスに片付けていた恵は、男子に近付いていき励ましの言葉をかけた。

 

「確かにミスしちゃってましたけど、今日ミスした所は次までに直せばいいんです。相手の攻撃に移ったときには誰よりも速く守りにいってましたし。相手の得点を抑えられたのは貴方の活躍があったからですよ!」

「う、うぅ……俺、頑張って明日も点取られないように走って守りまくります。メチャクチャ頑張るんで見ててください!」

 

 顧問と副キャプテンから厳しく当たられてへこんでいた男子は、恵の励ましの言葉に感動の涙を流してやる気を取り戻す。

 別に顧問らも相手が嫌いで厳しく言った訳ではないのだが、反省した上でやる気も出しているようなので、男子の様子に笑いながら運営に結果の報告と明日の予定を聞くと、そのまま割り振られたロッカールームへと場所を移して反省会と打ち合わせを始めた。

 

「有里、渡邊、最後のプレイよかったぞ。即興なのによく合わせられたな」

「あれはほとんど会長のおかげっスよ。ドリブルでディフェンスを引きつけて行ってくれたんで、ボール来てからホントにフリーで打てました」

 

 選手は各チーム五人なので湊が二人を引きつければ味方は一人フリーになる。顧問から褒められた渡邊も当然それを分かっているため、二人にマークされながらでもパスを通した湊のおかげで決められたシュートだと言って笑った。

 だが、彼の言葉を聞いた盛本は、謙遜するな、と言って彼のプレイのどこが良かったかを詳しく説明してくる。

 

「試合終盤のあそこで冷静にしっかりキャッチしてシュートに持っていくのも集中力がいるんだぞ。だからあれは、有里の機転とお前のこれまでの努力があって成功したプレイだ。明日の試合も今日みたいに落ち着いていけよ」

「は、はい!」

 

 味方がフリーで打てる状況を作り出したのは湊だが、そこでしっかりと決めたのは渡邊の実力である。彼の努力を見てきた盛本から純粋な称賛の言葉を受ければ、渡邊は少し照れながら嬉しそうな笑みを浮かべ返事をした。

 

「よし、全体の反省をしてから個人の評価もしていくぞ」

 

 今まで地区大会上位レベルの成績しか残せていなかった男子バスケ部も、ようやく努力が実を結び始めてきた。そこへさらに驚異的なフィジカルを持った有力選手の湊が入ってきた事で、攻守ともに戦術の幅が出来かなりの戦力アップが期待できる。

 助っ人として参加するまでボールに触れた事すらなかったという話は本当のようで、確かにボールの扱い等にぎこちなさは残っているが、試合が進むにつれてパスもシュートも精度も上がっていた。

 盛本はバスケ部の顧問となってから選手らの成長する姿を何度も見てきたが、湊ほどはっきりと成長する選手はこれまで見た事がない。これは化ければ化けるかもしれない、と密かに選手としての大成を望みながら、彼は選手らに個人の評価として良かった点と注意点を説明してゆくのだった。

 そして、出場した選手の評価を終えて明日の集合場所と時間を伝え終えると、盛本は車に積んで帰る荷物を持って選手らに向き直った。

 

「それじゃあ、今日はこのまま解散するが明日もあるししっかり休めよ。水智さんも今日はありがとうございました。また明日もよろしくお願いします」

「いえいえ、私も楽しくやらせていただいてますから。こちらこそ、明日もよろしくお願いします。皆さん、明日も怪我なく勝って次の大会に進みましょうね」

『うーすっ! おつかれっしたー!』

 

 挨拶を終えると盛本に続いて恵も部屋を出てゆく。ユニフォームから制服やジャージに着替えた選手らも一緒に出ると、それぞれバス停や駅に向かって別れて帰っていった。

 

――湊自宅

 

 恵を社員寮まで送った湊は自宅に帰ってシャワーを浴びて着替えると、自分の右腕についてどうするか考えていた。

 シャロンに人間の腕に見えるような偽装を施すことが可能か尋ねれば、戦闘用の義手に人間の肌のように見える偽装を施しても一回り大きくなるのでばれてしまうと言われ、さらに言えば時間的に明日までに用意するのは難しいとの事で義手の偽装は諦めるしかなかった。

 けれど、明日は日曜日で学校の人たちが応援に来る事もあって、左右の腕が別人の物であることに誰かしらは気付いてしまう。

 見に来ている人間の目だけならば騙す方法もあるのだが、それだとビデオカメラなどは騙せない。機械の支配権を奪えばビデオで撮られる事はないが、記念として他の保護者たちが撮影しているものまで停止させるのも申し訳ない。

 そうして、どうにも上手い方法が思い付かない湊は、ソファーに深く座りこむと溜め息を溢した。

 

「……はぁ」

《大分困っておるようじゃな。妾の腕を貸してやったというのに、それで不満とは随分と贅沢な悩みだ》

 

 言いながら背後に現れたバアル・ペオル状態の鈴鹿御前は、ソファーの背もたれ越しに湊の首に腕を回して立ったまま抱きついてくる。

 他の自我持ちと違って彼女だけはネガティブマインド側の期間中も出られるので、大切な愛子が何か悩んでいるときには話を聞いてやっていた。

 それ故、勝手に現れたことも慣れたものとばかりに、湊は特に気にした様子もなく右腕の義手をあげて見せながら言葉を返した。

 

「肌の色はともかく長さと太さが違うからな。ばれれば大騒ぎになる事は確実だ」

《まぁ、背丈が違っておるからな。それも無理からぬことよ》

「……名切り式パンプアップ術で腕が肥大化したりしないか?」

《名切りにそんな珍妙な術などないわ。仮にあったとしても、妾の白く美しい細腕を太い筋肉の塊になどさせはせん》

 

 パンプアップとはトレーニングなどにより筋肉が一時的に肥大化する事をいう。数千年の歴史を持つ名切りの一族であれば、そういった一時的に体型を変化させる技術もあるのではないかと睨んだのだが、鈴鹿御前は呆れた顔でばっさりと湊の言葉を切り捨てた。

 そもそも、名切りは肉体を最高の状態に持っていきパフォーマンスで万能を目指した一族だ。隠密行動でばれないための変装術はあるが、それは服装や声色などで騙す技術であって体型を変化させるようなものではない。

 正式に当主となって名切りの全てを受け継いだ湊ならば、自由に血から情報を引き出せるはずなので、鈴鹿御前は相手が諦めモードに入って考える事を放棄しているのだろうと思った。

 見た目は美しい大人の姿に成長したが、こういったところはまだ子どもだなと可愛く思いつつ、彼女は少し間をおくと勿体ぶった口調である事を話す。

 

《とはいえ、何も心当たりがない訳ではないがな》

「あるのか、パンプアップ術」

《そんな珍妙な術などないと云うとろうが!》

 

 せっかく有力な情報を教えてやろうと思ったというのに、まだパンプアップというふざけたネタを湊が引き摺っていた事で、思わずずっこけそうになりながら鈴鹿御前はツッコミを入れる。

 彼女だけでなく他の者も感じていることだが、ときどきこの青年が本当に賢いのかどうか分からなくなるときがあった。

 知識量は相当なもので、頭の回転も他者の数倍速く、各分野のスペシャリストには一歩譲る程度の能力を持った究極のジェネラリストが彼だ。

 だが、本当に極稀に大真面目に斜め上の発言や行動を取ってくる。本人は一切ふざけているつもりはないのだ。桜や英恵など母親たちから見れば、母性をくすぐられ苦笑しながらも可愛い可愛いと頭を撫でてあげたくなる萌えポイントなのだが、真面目に話していた方にすれば「このお馬鹿」と言って頭を叩きたい衝動に駆られた。

 ツッコミと同時に出そうになった手をなんとか我慢しつつ、一度深く息を吐く事で冷静さを取り戻した鈴鹿御前は飛び上がり湊の正面に立つと、次はおふざけなしだぞと視線で釘を刺しながら先ほどの続きを話す。

 

《名切りには、殺して以降ひっつき続けている化け狐がおるのじゃ。ジャックをペルソナ化出来たのであれば、きっと其奴もペルソナとして手に入れられるはず。もっとも、ペルソナになれば陽の領域に居付くだろうから、負の領域期間でも呼べる仕組みを考えねばならないが》

「だが、ペルソナ化したとしても化ける能力なんてあるか分からないぞ?」

《いや、それは確実にあるとみてよい。時が経って力が衰えているやもしれんが、あれで元は都を騒がせた存在じゃからな。化けるのは得意中の得意だ》

 

 いつ頃の話かは分からないが、当時から既に変化の術で人を化かしていたとなれば、相手は本物の妖怪や心霊の類いと思われる。

 名切りのルーツも人外なので、悪魔等がいることを考えれば別に妖怪がいても不思議だとは湊も思わないが妖怪に会うのは初めてだ。

 退魔刀を所持していた名切りならば、そういった悪霊や物の怪として恐れられた存在も依頼で狩っていたのだろうが、狩られても怨霊として存在し続けるとは大したものである。

 ただ、会いに行ったら「積年の恨み!」と呪われる可能性もなくはないが、名切りの記憶から陰陽術の知識を引っ張りだせば呪詛返しも出来るので気にしたりはしない。

 

「それで、その化け狐はどこにいるんだ?」

《フェアティルゲンという大剣にひっついておる。別名だと九尾切り丸(くびきりまる)じゃが、その名の由来となった切られた九尾が化け狐のことよ》

「日本の九尾と言ったら玉藻前じゃないか。同名さんか?」

《詳しい事は知らぬ。妾よりも一五〇年近く古いからな。時代的には百鬼アウラ(アタランテ)の孫か曾孫の時代じゃから、詳しく知りたければ化け狐自身か彼奴に聞けばよい》

 

 戦車“アタランテ”の生前名は正しくはカタカナ表記だが漢字で書くと百鬼翕羅となり、異国の鍛冶師だった父と名切りの鍛冶師だった母という二人を両親に持つため名前も異国風となっている。

 名切りは相手が外国人だろうが罪人だろうが、個体として何か優れていれば招き入れていたので、ハーフ自体は別に珍しくない。そんな一人である彼女は平安中期の人間であり、鈴鹿御前は室町初期の人間なので、玉藻前が日本にいたという平安末期にはお互い存在していなかった。

 血に宿って以降の事は子孫が知覚した事は情報共有出来るので分かるが、先祖の持っている記憶も含めた情報は血から取り出すのに才能がいる。武芸の才を持っていた鈴鹿御前は個体としては優れていたが、先祖の持っていた情報を取り出すのは得意ではなかったので詳しくはない。

 故に、九尾討伐の真相を知りたければ、自分で血から情報を取り出すか、九尾討伐以前から血に宿っていた者に聞けと言って、今はネガティブマインドの期間で会えないと分かっていながら鈴鹿御前は言ってきた。

 

「……それで、その九尾切り丸ってどこにあるんだ?」

《龍の者たちが何もしておらぬのなら、多分、名切りの屋敷に眠ったままじゃろ。まぁ、管理状況も含め一度英恵に訊いてみればよいのではないか?》

 

 彼女の言う通り、湊は屋敷の管理状況などを一切知らないので、連絡が取れる中で知っていそうな人物に尋ねる必要がある。

 そうすると該当するのは英恵しかいないので、携帯を取り出してソファーから立ち上がりながら湊は英恵に電話をかけた。

 携帯を耳に当てたまま窓際まで進み、コール音を聞きながら巌戸台の景色を眺めてしばらく待つ。すると、五コール目になろうかというとき、プツッ、と音が鳴って電話が繋がった。

 

《八雲君? 急に電話してきて何かあったの?》

「いや、名切りの武器に用があるんだけど、屋敷も含めて管理状況が分かったりしないか聞きたくて」

《そうなの。詳しくは分からないけど、お屋敷は今も残っているわ。武器の置かれているような蔵は危なくて帰省したときに掃除している七歌さんしか近付いてないようだけど、他の母屋とかは業者に頼んで定期的に掃除もしているみたい》

 

 名切りは守護していた九頭龍家の者が勘違いを起こした事で、永きに亘って下僕のように扱われてきた。血の盟約で始祖の妹の血族を守護しながら完全なるモノを目指した彼らは、そのような不当な扱いにも黙って耐えていたが、本来の役目ではない戦に投入された事も多々あった。

 元々富裕層だった九頭龍家は彼らを戦に貸し出す事で権力者からさらに報酬を得ていたが、報酬の内いくらかは名切りにも支払われていたので、現存する屋敷は田舎の古い武家屋敷の形ながら敷地面積は桐条宗家よりも広いくらいである。

 そして、それよりもさらに広いのが隣接する九頭龍家の屋敷であり、そこで暮らしている湊と七歌の祖父である先々代九頭龍家当主は、湊が生まれた事で血の盟約が解かれた名切りを恐れ、未だに彼らの屋敷へほとんど近付こうとはしていなかった。

 名切りの屋敷には表に出せば騒ぎになる国宝級の文書や武器が多数眠っているが、下手にその蔵に足を踏み入れれば名切りの怨念なのか業者の者たちが大怪我を負ってしまうので、名切りを敬っていた先代当主だった七歌だけは帰省したときに蔵の掃除をしていたりする。

 よって、何か必要な物があるのなら屋敷に残っているはずだが、武器に用があると聞いた英恵は湊がまた危険な事に顔を突っ込んでいるのではないかと心配した様子で尋ねてきた。

 

《武器に用があるって、また危ない事でもするの? 裏のお仕事はやめたって言っていたけど》

「別にそういう訳じゃない。武器といってもその内のフェアティルゲンだか九尾切り丸って大剣に憑いてる妖孤の悪霊に用があるんだ」

《九尾切り丸? それだったら桐条宗家に置いてあるわよ。前に私の誕生日パーティーで七歌さんが弓や退魔刀と一緒に持ってきたけど、百キロ以上あって運ぶのが大変だから美術品とかを置いている保管庫にそれだけ持って行ってもらったの》

 

 面白い名前だと思って名切りの大剣の銘を覚えていた英恵が所在を話すと、湊もそういえばそんな話もあったなと記憶から掘り起こす。

 あのときは受け取れなかった武器の名を聞いていなかったが、そういう話なら実家に帰るよりも楽に済みそうである。湊は桐条宗家の見取り図を頭の中に思い浮かべながら、家人である英恵に許可を求めた。

 

「……忍び込んでもいい?」

《え、ええ、別に構わないけど大丈夫?》

「問題ない。何か良さそうな物があったら一緒に持って帰ってくる」

《目録があるからばれてしまうと思うけど、八雲君が好きそうな物は確かなかったと思うわ。それなら宗家近くに研究所があって、そっちにはエルゴ研の遺産が保管されているから使える物もあるんじゃないかしら? 当時の試作品だとか事故後のごたごたで放置されている物もあって、色々といじると危ないのだけど》

 

 英恵はあくまで嫁入りした身であるが、桐条宗家が湊に事故後の賠償金を一切支払っていない事を知っているので、高級な調度品や美術品を多少チョロまかしても気にしたりはしない。仮に桐条に許可を求めたとしても、代々伝わる家宝でもなければ被害者であり恩人でもある湊の願いは聞き入れるはずなので、順番が前後するだけで大きな問題にはならない。

 とはいえ、湊は目利きが出来るので嫌がらせのためだけに高い物から順に盗んでいきそうだが、彼の好みが偏っていることを理解している英恵は、保管庫にあるものよりもエルゴ研の遺産の方が役に立つと思ったので場所だけ伝えておいた。

 それを聞いた湊はしばらく黙って考え込み、結局何があるか見てみないと分からないと結論付けたのか、出掛ける準備をするためリビングから私室に向かいながら返事をした。

 

「……とりあえず行ってくる」

《ええ、気を付けてね。宗家の使用人たちは貴方を知らないから見つかったら大変だけど、意識を刈り取ったりはしないであげて頂戴》

「わかった。あと、関係ないけど生徒会の部下に頼まれて、夏大会中だけバスケ部に入る事になった。悪霊に会うのは義手の偽装のためだけど、明日も勝ったら七月末に都大会に出る事になる」

《そうだったの。バスケットボールのユニフォームは腕が露出するから大変だものね。せっかく八雲君が試合に出るなら私も応援に行きたいのだけど行ったらばれちゃうかしら?》

 

 以前幼児退行していた湊を匿っていたことで、英恵の屋敷にいる使用人たちは今も湊が屋敷に出入りしていることを誰にも漏らしていない。それどころか精神が元に戻ったことで回復を喜んでくれるほどだった。

 相手の記憶の封印や消去も考えていた湊としては意外だったが、心を読んでも彼らが本心から湊の回復を喜んでおり、また主の命を守って桐条や美鶴にも話すつもりはないと分かり信用してそのままにしておいた。

 英恵に昔から仕えていた執事の新川は、死んだはずの湊が生きていたことで裏に複雑な事情があることを察して何も訊かずにいてくれている。

 それ故、英恵の屋敷に訪れたときには百鬼八雲として過ごしている湊が試合に出ると言えば、英恵本人が応援に行く事はできなくとも、使用人の誰かがビデオで録画するかテレビ電話でリアルタイムに試合の映像を英恵に届けることだろう。

 応援に来たがってくれることはありがたいが、お互いの繋がりがばれるリスクを考えた湊は申し訳なく思いながら我慢してくれるよう頼んだ。

 

「試合が進むと母校の代表を応援する名目で桐条美鶴も会場に来るかもしれない。そうすると見つかってしまうから、使用人かその家族に撮影を頼むくらいで我慢して欲しい。リアルタイムがいいならパソコンでテレビ電話を繋いでもらうとかの方法もある」

《それは確かに拙いわね。わかったわ。残念だけど直接行くのは我慢するから、試合の日程や会場が分かればまた教えて頂戴》

「了解。月光館学園のホームページでも見れるとは思うけど、分かったら連絡する」

《ええ、ありがとう。それじゃあ、気付かれないように気を付けてね。いってらっしゃい》

 

 話を終えて英恵との通話が切れると、湊は髪を結いあげて動き易くする。別に縛っておかなくとも問題はないのだが、今回はかなり私的な理由とはいえ潜入ミッションなので出来る限り動き易くしておくのだ。

 日が暮れるまではもう少し時間がある。それならば、ベルベットルームで正負のペルソナを月齢の時期に関係なく呼び出せるようにする方法がないか聞いてから行こうと考え、契約者の鍵を呼び出して十字を切った湊は、現れた扉を潜ってベルベットルームへと向かった。

 

 

――ベルベットルーム

 

 機械義手の偽装のため、人を化かす力を持つという化け狐が宿る九尾切り丸を手に入れようと潜入ミッションを計画した湊は、日が暮れるまで時間があったので先にペルソナの召喚時期の問題をクリアするべくベルベットルームを訪れた。

 今なお上昇を続けるエレベーターの中央、そこに置かれた竪琴の意匠を象った椅子に座るなり、青年は部屋の主たるイゴールに質問をぶつけた。

 

「時期に関係なくもう一方のペルソナを呼び出せるようにする方法はないか?」

「フフッ、今日はまた突然ですな。そもそも、お客人の能力はペルソナ使いだけでなくワイルド能力者としても異質。月齢によってペルソナが切り替わるなど聞いた事もありません」

「そうか。邪魔したな」

 

 湊のような特異なペルソナ能力について知らないのであれば、当然、そこから発生する問題の対処法など知るはずもない。

 今日は対処法を知っているかどうか訊きに来ただけなので、知らないのなら長鼻の老人に用はないと席を立った。

 すると、急に来て質問してきたかと思えば、すぐに帰ろうとする忙しい青年の反応に驚きつつイゴールが呼び止めてくる。

 

「お待ちくださいお客様。この部屋は現実世界と異なる時の流れの中にあります。そう急がれず、話を最後までお聞きになってから出られても遅くはありますまい」

 

 力の管理者たちもそうだが、ベルベットルームの住人は基本的に話が回りくどい。そのせいで意味が伝わり辛く、率直に言えば、と改めて説明して二度手間になることもしばしば。

 自分のペースを乱される事を嫌う青年は、話が長引きそうなときには会話を誘導して結論を先に言わせたりもするが、この老人は他の住人よりも抽象的で曖昧な表現を多用するため、中身のない会話をするようなら帰るぞという空気を全身から出しながら湊はストレートに尋ねる。

 

「……結論から言ってくれ」

「ええ、結論から言わせて頂けば方法はあります。といっても、これはお客人のアベルの能力の補助に使えればと用意させておいた物です」

 

 そう話してイゴールが目配せをすると、傍に控えていたテオドアがペルソナ全書を使って十二芒星の魔法陣を展開し、テーブルの上に何かを呼び出し始める。

 そして、白い光を放つ魔法陣が回転し出せば、そこから金属製のカードフレームらしきものがいくつも現れた。

 テーブルに置かれたそれは四辺を覆うような形状ではなく、カードを入れるスリットの入った上部と反対側の底辺だけがカードの辺を覆うようになっており、上部と底辺を繋ぐようカード背面側にもX字にフレームがあるだけで側面の部分にはフレームが存在しなかった。

 つまり、カード背面側から見ればX字の上下に横一本のフレーム部が存在するのだが、正面から見れば上下の二辺のみ覆っているようにしか見えないのだ。上部のフレームには一体となった小さなリング型の金属も付けられているが、そこには紐やチェーンでも通すのだろうかと思って眺めていれば、長鼻の老人はカードフレームを手にとって楽しそうに説明をしてくる。

 

「ペルソナの宿ったカードをこのホルダーに入れた状態で召喚しますと、ペルソナが消えたときには再びカード状態で戻ってくる仕組みになっております。側面を覆っていないのは握るなどしてカードを砕き易くするためです」

 

 言われて試しに一つ手に取ると青年はカードを具現化してセットしてみる。ほぼぴったりのサイズだがカードを入れづらいという事はなく、多少振り回しても抜け落ちないのでホールド力は中々のものらしい。

 先ほど説明にあった握り砕き易いようにと空けられた部分も、確かにパッと掴んでカードに力を籠める事が出来るので丁度いい塩梅だ。作った者のこだわりを感じる仕上がりに湊も満足していると、老人はホルダーの説明をしながらそれ以外にも召喚時期を無視する方法がある事を伝えてきた。

 

「召喚したままにしておく事や、無の武器と融合させておき必要なときにカードを抜き出すことで召喚時期をやり過ごす方法もありますが、お客人が他者にペルソナを貸し出す場合を考え、誰にでも扱えるよう用意させて頂きました」

「……という事は、結構前から用意していたのか?」

 

 先ほどイゴールはアベルの能力の補助に用意していたと言っていた。湊がアベルを手に入れたのはエルゴ研で肉体の改造を施し始めた頃であるため、当時はまだ固有スキルである“楔の剣”で他者のペルソナや適性を奪っていなかったにしろ、能力は判明していたので補助の道具を用意すること自体は可能だ。

 現実ではあれから六、七年ほど経っているが、それだけの期間があって尚、今日自分の方から尋ねなければ渡すつもりがなかったのかと湊は老人に呆れた視線を向ける。

 しかし、彼の問いに答えたのは老人ではなく、先ほどホルダーを呼び出した従者の方であった。

 

「咄嗟にも召喚出来るよう使い易さに重点を置きながらも、日常でもアクセサリーとして所持していられるデザインの折り合いが難しく、設計を終えて実物が完成したのは八雲様が日本に戻られてからです」

 

 以前からテオドアは姉たちに頼まれて、適性値測定アプリの開発や鍛錬に使う道具の準備に天井の修理など、アナログもデジタルも関係なく色々な物を作ってきた。

 それらは全て手が込んでいて使い易いので、物作りに携わるようになって彼なりのこだわりが出てきたのだろう。

 湊も武器や道具の整備だけでなく、自分でも色々と作ることがあるので、機能美を究めるだけでなく意匠にもこだわりたい職人としての考えは理解出来る。

 けれど、テオドアとしては渡すのが遅くなった事を申し訳なく思っていたようで、深々と頭を下げて謝ってきた。

 

「普段、契約者ではない私の事も気遣ってくださって頂いているので、修業に向かわれると聞いてから、感謝の気持ちも込めて帰って来られたときにお渡ししようと思っていたのですが、お渡しするのが遅れ大変申し訳ありませんでした」

「いや、必要なときに完成しているんだから十分だ。いいデザインだと思う。作ってくれてありがとう」

 

 青年の心からの感謝の言葉を受け、テオドアは感激のあまり笑顔のまま瞳に涙を滲ませている。貰った側が嬉し泣きするのなら分かるが、送った相手に喜んでもらえて泣くなど完全に職人になってきているなと苦笑しつつ、湊はテーブルに置かれたホルダーを一つ残して他はマフラーにしまっておいた。

 使わない分をマフラーに仕舞い終えると、残していた一つにマフラーから取り出した茶色い革の紐を通して首に下げる。

 普段の湊は、右眼に眼帯、左耳にピアス、首にはマフラー・チョーカー・熊の爪のお守り、左腕に待機モードでリストバンドになっているEデヴァイスを付けているので、さらにカードホルダーまで首に下げては装飾過多になってしまう。

 だが、首につけている物は基本的にマフラーで隠れている上に、熊の爪のお守りはシャツの中にいれているので普段は見えない。

 よって、シャツの胸元に来るようなカードホルダーのネックレスを付けたところで、今さら気にするような者はいなかった。

 

「素材に使用している金属が大変希少なものでして用意できたのは七つだけです。ホルダーに入れたカードはホルダーから出さなければ八雲様の中に戻れませんから、くれぐれも取り扱いにはご注意ください」

「わかった。また何か面白いものを見つけたらお土産に持ってくる。今日はありがとう」

 

 ホルダーから出さなければカードが湊の中に戻って来ないということは、ホルダーを奪われたり無くしてしまえば、そのままそのペルソナを失うという事だ。

 ペルソナ全書で再び呼び出せるものならばまだ良いが、自我持ちのペルソナでそうなれば偶発的にカードが砕かれて召喚されない限りは、一生孤独にカードのまま過ごす事になる。

 既に本人は死んでいるといっても、彼女たちは湊の中で自由に過ごし会話もしているので、ある意味生きているようなものだ。そんな者たちを地獄のような苦しみの中に落とす訳にはいかないので、ホルダーの扱いには何よりも気を付けると約束し、湊はベルベットルームを後にした。

 

 

 

 


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