【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第百三十四話 後篇 九尾切り丸-潜入-

深夜――桐条宗家

 

 仮面舞踏会の小狼として裏の仕事をしなくなった湊は、久しぶりの任務に僅かな気持ちの昂りを感じていた。

 シャドウとの戦いで銃を抜き、刀を振るってはいるが、任務には特有の緊張感のようなものがある。それを感じたのはイリスと行った最後の依頼だったかと、少しばかり懐かしく思いながら、安全な影時間での侵入をわざと避けて深夜に決行する事にした。

 ペルソナは索敵以外には使わない。時流操作も影時間の展開も無しだ。イリスと依頼をしていたときとほぼ同じ条件に揃え、エールクロイツで機械制御を奪いセキュリティーが働かないようにしながら敷地を囲っている高い柵を蹴り上って跳び越える。

 久遠の安寧の構成員を殺してまわっていたときには、庭に番犬が放たれていたパターンもあったが、流石に平時からそんな事をしている所など稀だ。

 少し離れた場所に警備の人間や使用人の気配はするが、他は防犯カメラ等のセキュリティーでカバーしているようなので、それらをスルー出来る湊は音も立てずに庭を走り抜けると、誰もいない部屋の窓の鍵を外から開けて侵入する。

 

(ここは……ただの客間か。保管庫は部屋を出て左にずっと行ったさらに先だな)

 

 保管庫は貴重な品を多数置いているので、防犯のために屋敷の奥にあり出入り口も廊下に繋がる扉一つしかない。

 そこは夜でも夜勤の使用人が定期的に見回っているため、中に入るには邪魔な使用人を排除するしかないが、英恵から意識を刈り取ったりしないで欲しいと頼まれている。

 敵の武力的排除が駄目となればそれなりのハンデを背負う事になるが、それを言えば影時間に来ていれば楽々クリア出来ていたのを、イリスと過ごしていた頃を懐かしむためにと敢えてしなかったのは湊なので文句を言う気はなかった。

 静かに扉を開けた湊はセキュリティーや部屋から人が出てくる事を警戒しながら進んでゆく。時に天井付近まで上って息を殺してやり過ごし、またあるときは近くの部屋に入って索敵で経路を確認しながらついでに部屋の中を物色する。

 ある部屋で桐条武治や美鶴を描いた肖像画を発見したりもしたが、別に桐条家の人間だからと無条件で復讐や嫌がらせをする訳ではないので、本人たちにしか価値のない品は無視して一目で高級品と分かる壺や皿ばかりをマフラーに仕舞い。総額で三千万以上も失敬しながら保管庫の近くにやってきた。

 

(見回りは一人、女か)

 

 この時間の当番らしきメイドが廊下の掃除をしながら一人扉の近くに待機している。それほど長くない黒髪を頭の左右で縛り、フリルのついたヘッドドレスで髪をまとめ、コスプレ衣装のような丈の短いスカートではなく、清廉さすら感じさせる黒のエプロンドレスを身に付けたその姿は、まさにプロの使用人たるヴィクトリアンメイドに他ならない。

 とはいえ、湊はソフィアやヒストリアに英恵の家と言った場所で和洋どちらのメイドも見慣れており、沢山あるからと何故か渡されたメイド服が何着もマフラーの中に眠っているので、今さら生のメイドを見たところで何の感動もありはしない。

 何より、保管庫の門番となっている女は目的の邪魔をする敵でしかないのだ。相手は美鶴と同じ年頃のようだが、それなら早寝早起きしていろと思いかけたところで明日が日曜日であることに気付く。

 

(普段は学校に行っているから休日前に夜勤をしている可能性があるな)

 

 別に相手の素性など欠片も興味はないが、自分が雇っている水智恵のように周囲の人間が協力して少しシフトを融通してくれているのだろう。

 本人は同じように扱ってくれて構わないと思っていても、自分の子どもと同じ年頃の少女には他の使用人たちもどうしても甘くなり世話を焼きたくなるに違いない。

 その分、自分の仕事が回ってきたときには他の者よりも真剣に取り組むため、こういうときには厄介なのだが、相手を観察しているとき、以前英恵が見せてくれた一時的に影時間の適性を得られる簡易補整機の指輪をつけている事に湊は気付いた。

 

(あれを持っているという事は影時間を知っているのか。となると、桐条かその娘に近い場所の人間なんだろう。まぁ、影時間の関係者なら少し小突いても問題ないな)

 

 彼女の名前は斉川菊乃と言って、美鶴のお傍御用を勤める幼馴染でもあるのだが、相手の素性よりも影時間の関係者である事の方が重要なので、排除を決めた湊は上着のフードを被りマフラーで口元を隠すと、天井付近まで上って行って扉への接近を開始した。

 常人ならば上れないような場所であっても、指先が引っ掛かるだけのスペースがあれば湊は上れてしまう。そして、そのまま壁と天井を伝って相手の頭上まで移動した湊は、そのまま相手の正面に着地するよう飛び降りた。

 

「っ!?」

 

 突如上から人が降ってきたことで、相手は驚きのあまり声を出せずにいる。大声を出せないのなら好都合。

 

「怪しいやっ、コキャッ!?」

 

 相手が一拍置いて声をあげかけた瞬間、湊は相手の肩を掴んで強引に後ろを向かせるなり、腕を使って首を絞めてそのまま変な方向へと曲げることで意識を刈り取った。

 首を変な方向に曲げたとき、相手は出してはならないような声を出していた気もするが、アナライズで確かめたところ軽く首を痛めた程度で全治一、二週間ほどの怪我でしかない。

 これならば意識が戻った後も大して業務に影響は出ないだろうと、ぐったりとした相手を肩に担いで近くの女子トイレの個室まで運び。スカートを捲いてショーツを足首まで下ろした状態で便器に座らせ、あたかも用を足している最中に眠ってしまっていたように偽装した。

 もちろん、そんな偽装に意味はほとんどなく、仕事で警備をしていただけなのに邪魔だからと力技で意識を刈り取られ、さらに意味のない偽装のために下着を脱がされ秘所まで見られた彼女にとっては災難でしかない。

 目を覚ましたときには首の痛みに違和感を覚えながらも、自分がトイレにいることで用を足しているうちに眠ってしまったのかと反省するに違いない。だがその直後、意識を失う寸前の記憶を思い出し、下着が脱がされている事から意識を失った後にトイレに連れ込まれて暴行を受けたと勘違いしてしまうだろう。

 相手は美鶴と同じ高校一年生だ。そんな年頃の女子が気絶している間に誰とも分からぬ不審者に純潔を奪われたとなれば、下手をすれば自殺してしまうほどの心の傷になる。そうでなくとも一生物のトラウマで男性不信に陥る可能性すらあった。

 久しぶりの潜入が愉しくて警備への対処が雑になったことによる弊害だが、有里湊という男は何かすると新たな問題を発生させるトラブルメーカー体質なのかもしれない。

 そうして、被害者視点ではうら若き乙女の純潔を奪ったことになった青年は、悠々と扉の前に戻ってくるとマフラーからピッキング道具を取り出して簡単に鍵を開けてしまう。

 分厚く重い扉を開けた先には、現在では輸入が禁止されているような動物の剥製や大きな彫像、さらにアンティークの柱時計に有名な画家の絵画など、数多くの美術品や高級品が綺麗に並べられ保管されていた。

 

(……一応、貰っておくか)

 

 英恵が言っていた通り、この保管庫にはあまり湊好みの品は置かれていなかった。けれど、好みではなくとも価値があるのなら貰っておいて損はない。

 入ってすぐ目に付いた五百万はする柱時計、棚に整理しておかれた総額一四〇〇万はいくグラスやティーカップのセット、多数の宝石がちりばめられたティアラやネックレスなど、今日一日で青年に盗まれた被害総額は一億円を軽く超えていた。

 それだけの品を盗み警備のメイドの意識を刈り取っただけでなく、保管庫以外でも物品を多数盗んでいた事で、犯人の特定には至らぬものの青年の犯行は当然ばれることとなる。

 以前の彼ならばばれぬようもっとスマートに犯行に及んでいただろうが、本人も気付かぬうちに桐条家に嫌がらせをしてやろうという気持ちが働いた事でこんな事になってしまった。

 後で母親の一人に怒られることになる青年は、そんな事に気付かぬまま部屋の最奥に安置されていた鈍い輝きを放つ鉄の箱へと近付いてゆく。

 箱まで残り三メートルほどの距離になると、そのタイミングでバアル・ペオル姿の鈴鹿御前が勝手に出てきて話しかけてきた。

 

《ふむ、随分と気配が弱いな。眠り過ぎて霊魂が錆び付いておるのやもしれぬ。偽装くらいには使えるだろうが、本来の力を取り戻すには時間がかかりそうじゃな》

「……まだ起こしてもないのに分かるのか?」

《まぁ、怨霊になろうと九尾は大妖じゃからな。妾が生きていた頃は使わぬときには札と鎖と陣を使って厳重に封印せねばならなかった。それが今では何の変哲もない鉄の箱と鎖で保管できておる。居るには居るようだが、この距離で危険を感じないとなれば魑魅魍魎と変わらぬ程に衰えているということじゃろう》

 

 彼女が生きていた時代は九尾が狩られてから一五〇年ほどしか経っていなかった。それならば、現代まで語られる大妖の怨念も相当なものだったろう。

 だが、今は見る影もないほど衰えているようなので、湊はそのまま箱まで近付き鎖を外すと重い蓋を開けた。

 

「……これが九尾切り丸か」

 

 姿を現した名切りの武器を前に湊はジッと視線を向ける。それはまるで巨大な金属の塊だった。

 鍔のない金色の柄が直接白銀の刀身と繋がるそれは、六尺三寸(一九〇センチ)三十貫(一一二キロ)という大剣にしても異色の長さと重量を誇っている。また、これ自体は両手剣に分類されるが、名切りの家に残る書物によれば片手持ちの剣だというのだ。

 現代よりも手に入れるのが困難であった希少なレアメタルを惜しげもなく使い、名切りが長年培って編み出した技術の粋を集め一振りの剣として仕上げたオーバーテクノロジーの塊。アタランテの母であり、名切り一の鍛冶師であった百鬼千香の最高傑作にして歴史に残る怪作がこの九尾切り丸こと“フェアティルゲン”であった。

 西洋剣はあまり趣味でない湊もこれほどの逸品となると欲しくなる。何より、正式な当主となった以上これは湊の物なので、返して貰うと心の中で呟いた湊は左手で剣を掴んだ。

 

《……ほう》

 

 湊が剣の柄に触れると、まるで正統な所有者をずっと待っていたかのように剣が淡く光った。今まで何もなかった刀身に光の紋様が走り、剣自身が湊を所有者と認めているようである。

 己を含めこれまで何人もの名切りがこの剣を手にするのを見てきた鈴鹿御前も、このような不思議な光景を目にするのは初めてだった。

 これも完全なるモノに至った愛子へ過去の名切りからの贈り物だと思えば、随分と粋なことをしてくれると口元を歪めずにはいられない。

 一一二キロの鉄の塊を片手で軽々持ち上げて眺めている青年に近付き、鈴鹿御前は箱の底にまだ何かが残っていることを教えた。

 

《八雲、箱の中になにやら残っておるぞ》

「ん? ああ、本当だ。これは……極小の鎖で編んだ手甲か?」

 

 武器の納められた箱ごと桐条宗家へ持ってきた七歌も気付かなかったようだが、女性用のネックレスチェーンよりもさらに極小の鎖で編まれた黒い手甲が剣の下敷きとなり入っていた。

 オープンフィンガーグローブのようにそれぞれの指を通す穴はあるが、掌と手の甲から前腕ほぼ全てを覆う形になっており、基本的に防具を身に付けない湊もこれならば動きを阻害されずに済むので良いかもしれないと、左手首に付けていた待機状態のEデヴァイスを上腕まで上げてから手を通してみる。

 締めるための紐もないというのにサイズはピッタリで違和感がなく、こういった鎖を編んで作られた手甲は防刃用に使用されるが、どうやって作るのか分からないほど小さな鎖を丹念に編み込んでいるため、もしかするとライフルは無理でも普通の拳銃の弾くらいならば防げるかもしれないと思えた。

 無論、銃弾に対しては弾くか避けるかするので受ける事などないだろうが、今まで武器を使って弾いていた物が手甲で弾けるのなら非常に楽になる。

 これら名切りの装備を作った者たちは、自分たち一族の者がどのような戦いをするのかをよく分かっていたのだろう、時を超えて受け継がれた装備の製作者に湊は深く感謝した。

 

《ん、やはり出たか》

 

 良い物を手に入れたことで親しい者しか分からぬほくほく顔を湊が浮かべていると、その頭上から一枚のタロットカードが降って来たのを見た鈴鹿御前が小さく呟く。

 降ってきたカードのアルカナは“XIII・死神”。持っていた九尾切り丸をマフラーにしまってから手に取り、それを首から下げたホルダーにいれて青年はペルソナの名を呼ぶ。

 

「こい、シトゥンペカムイ!」

 

 ホルダーに入れたカードを握り砕き呼び出せば、渦巻く水色の欠片の中心に力が集まりペルソナが姿を現す。

 最初に見えたのはもふもふの大きな尻尾、さらに艶のある毛並みに琥珀色の瞳など、その姿は紛れもなく大人の狐である。だが、珍しいことに尻尾の先が白い以外その狐の毛色は全て黒だった。

 尻尾は一本しかない上に、白面九尾の異名とは大きく違った毛色に湊も驚きを隠せない。とはいえ、ただの黒狐にしか見えない目の前の存在も一応はペルソナだと、湊が抱き上げようとしたとき、相手の身体が一瞬輝いたかと思えば次の瞬間には姿が変化していた。

 

《おおぅ、急に起こされたかと思えばまさかのイケメン登場。何やらにっくき鬼っころの子孫まで隣に居りますが、そこなイケメンさんにお名前を伺っても宜しいでしょうか?》

 

 狐の姿から変化してフランクに話しかけてきた相手は、かなり短い丈の黒い改造着物を着た黒髪の美女だった。瞳は琥珀色だが頭の上に狐状態と同じ毛色の狐耳が生えており、さらにはどうやって着物から出しているのか不明な尻尾も生えているので狐の化けた姿なのは分かる。

 しかし、鈴鹿御前よりも昔の存在であるのに、言葉使いがあまりに現代的過ぎやしないかと思いながら、湊は相手の問いに答えてやった。

 

「……戸籍名は有里湊。本名は百鬼八雲だ」

《なぬっ!? そ、その姓から推測しますに、もしやそこにいる女郎の子孫だったり?》

「ああ、当代の名切り当主だ」

《なんと……おのれ、鬼っころめ。こんな好みどストライクなイケメンで、三つの国を落としかけたこの私を懐柔しようとは》

 

 相手のいう“鬼っころ”はどうやら鬼の異名を持つ名切りのことのようで、死んでから八〇〇年は経っているというのにまだ恨みは消えていないらしい。

 けれど、その末裔である青年がモロ好みにヒットしているため、過去の事は水に流して歴史的和解をするべきか悩んでいるようだ。

 三つの国を落としかけた話が真実であれば、相手はその土地毎で名と姿を変えても傾国の美女と謳われ続けた玉藻前という事になる。

 そんな相手を逆に落とそうとしている青年の美貌はやはり大したものだが、話を聞いていて険しい表情をしていた鈴鹿御前が我慢できなくなったのか口を挿んできた。

 

《戯け。貴様のような獣如きのために愛子である八雲を用意する訳があるか》

《あぁ、はいはい。死人は黙っててくれます? 私はいまこちらのイケメンとお話するので忙しいんですよ。さぁ、八雲さん。私、妖術や呪術とか得意なんで鬼っころたちに掛けられた洗脳を解いてあげますからね》

 

 言いながら女は白く細い指を伸ばし湊の頬に触れようとするが、傍にいた鈴鹿御前が裏拳で弾いて触れさせまいとする。

 確かに血に宿った名切りは、子孫へ完全なるモノを生み出させようと洗脳に近いものを施すことがあり。湊が持っていた殺人衝動もその一つであるため、封印されていた割に名切りに詳しいのだろう。

 目の前で二人の女が殺意の籠った視線で睨み合っているのを眺めていた湊は、そんな事を考えながら他に疑問に思っていた事を尋ねることにした。

 

「……白面九尾じゃないのか? 一尾な上に毛色が黒のようだが」

《え? うっわ、マジだ。なんか寝てる間に感覚鈍ったみたいですねぇ。そのうち思い出してゴージャスな黄金の毛色になるんで楽しみにしててくださいね》

《何が黄金なものか。貴様の毛など馬糞色じゃろうが》

《これだから鬼っころは言う事がいちいち下品で嫌だわぁ。つーか、死人ならマジさっさと成仏しろっての》

 

 女は鈴鹿御前を死人というが、それを言うならお前の方が先に死んでいるだろうと湊は突っ込みたい衝動に駆られる。

 だが、ここはまだ桐条宗家の屋敷内なので、話を切り上げて移動する前に相手が現状をどの程度把握しているか確認しておく事にした。

 

「……お前ら五月蝿い。それより、狐の方は今の自分の状態を把握してるのか?」

《狐のって……なんとも距離を感じる言い方をされますね。まぁ、この弱体化した姿で玉藻とか言われても微妙なんで、昔の名前の若藻って呼んでくださいまし。それで状態ってなんかペルソナとかいう式神っぽいのになって八雲さんと主従契約結んでる感じですよね?》

 

 人間で言えば“そこの人”呼ばわりされたようなもので、なんとも微妙な表情を浮かべて若藻は呼び方を指定してくる。

 それから続けて湊の問いに答えた事で、相手が一応の状況把握は出来ていた事に青年も安堵するが、召喚時に頭に思い浮かんだ名と指定してきた名に齟齬が存在した事に湊は首を傾げて問い返す。

 

「状況認識は合っているが、ペルソナ名はシトゥンペカムイだぞ?」

《いや、そんな事をいわれても北海道とか行ったことないですし。狐ですけど強いて言えばホンドギツネであってキタキツネじゃないですし》

「……そうなのか。まぁ、言いづらいしな。シトゥンペカムイって」

《噛みそうですよね、シトゥンペカムイって》

 

 アイヌの人々には申し訳ないが、言い慣れぬ言葉に湊も別の名前でいいかと思ってしまう。若藻も湊と一緒に発音してみて何とも言えぬ表情を浮かべているので、シトゥンペカムイと呼んでも反応してくれなさそうな気配があった。

 呼び出すときに重要なのはカードを破壊する事や、自分の内から相手の存在を引き上げることなので、名前など言い易いもので構わないはずだと青年も別の名で呼ぶ事に決める。

 

「それで若玉」

《はい、混ざった。なんか混ざってますよ八雲さん。若藻、もしくは玉藻。どっちかにしましょう。貴方もヤナトとかミナクモとか呼ばれたくないでしょう? まぁ、若玉より格好よさげですが》

 

 早速別の名前で呼んだかと思えばどういう訳か混ざっていた。発動した青年の天然ボケボケスキルに若藻もお姉さんぶった笑顔をにっこりと向けてきているが、その瞳は次はねぇぞと一ミリも笑っていない。

 相手は変な名前が嫌なのだろうが、あまり他人の名前を覚えたりする気のない青年は華麗にスルーして話を進める。

 

「まぁ、それはいいがお前の変化の力を借りたいんだ。俺の右腕を生身のように偽装する事は出来るか?」

《偽装ですか? まぁ、衰えた状態でも自分の姿か八雲さんの姿を変えるくらいは出来ますけども。万全なら村や里一つくらい余裕で作れたんですけどねぇ。てか、いま気付いたけどペルソナになった私、攻撃スキルほとんど持ってねえし》

 

 攻撃スキルの少なさで改めて弱体化を感じてしまい。ゲンナリした顔で肩を落としながら話す若藻は、そのまま湊の右腕に触れると光になって腕を覆い尽くす。

 自分の腕が覆われても特に何の感触も感じず、不思議なものだと思いながら光が治まるのを待てば、そこには手甲を装備した生身の腕が確かに存在した。

 この状態でも指先から銃弾を放てるのか試しにやってみると、見た目はそのままだというのに弾は発射できた。保管庫の天井に弾痕を残してしまったが、偽装している若藻にもダメージはないようなので、湊は手に入れた右腕を握って見せて鈴鹿御前の方へ振り向いた。

 

「……よし。右腕を手に入れたぞ」

《そんなものはちょん切ってしまえ。可愛い八雲に獣臭さが移っては敵わぬ》

 

 せっかく他の名切りのペルソナと違って自分だけが時期に関係なく共にいられるというのに、偽装のためとはいえ他の自我持ちが四六時中一緒なのは気に入らない。

 そんな風に鈴鹿御前が不機嫌な顔をしても、今の湊は義手を隠す必要がなくなったことで機嫌がよくなっており、九尾切り丸の入っていた箱の蓋を締めて鎖で巻きながら饒舌に話す。

 

「分離した状態で召喚してるから召喚時補整が付与されないし便利だな」

 

 通常、影時間外でペルソナを召喚すると、影時間中には及ばずとも僅かに補整が付与されてしまう。基本的には多少防御力が上がる程度だが、湊の適性レベルだと身体能力も向上してしまう。

 加えて、ペルソナは特殊な波長を出しており、桐条グループはそれをペルソナ反応として捕捉出来てしまうので、自身から切り離したホルダー状態での召喚ならば補整も波長もカットされ双方の心配がいらないと湊はご機嫌だった。

 普段あまり嬉しそうな顔を見せない湊がそんな風にご機嫌だと、子どもに甘い鈴鹿御前はしょうがないなと苦笑して若藻と共にいることも許可してやるしかなくなる。

 

《とはいえ、駄狐が傷を負えば八雲にその痛みは還る。十分に気を付けるのじゃぞ》

「ああ、分かってる」

 

 鈴鹿御前たち名切りのペルソナも湊が右眼と右腕を失ったのを悲しく思っていた。機械義手という形で新たな腕は手に入れたが、それでも周囲に隠してというのは生きづらいはず。

 だが、これで少しは彼も光のあたる世界に戻れるだろうと、若藻自体は気にくわないが殺した一族の末裔だというのに力を貸してくれる事には彼女も感謝した。

 

――旧研究所

 

 若藻と九尾切り丸を回収した湊は、すぐに桐条宗家を出て英恵から教えてもらった研究所に来ていた。

 今もかすかに使われている痕跡はあるが、基本的には倉庫のような扱いらしく、人は誰もいないのでセキュリティーのみカットすれば自由に見て回ることが出来た。

 旧エルゴ研の遺産と呼ばれる物はそれなりに数があり、英恵や先ほどのメイドが付けていた簡易補整機の指輪のストックや小規模空間に影時間を展開する装置など、湊が思っていたよりも様々な実験を行いそれなりの成果も出していたらしい。

 

「……この装置で展開出来る広さは言って建物一つ分くらいか」

《八雲の力の方が上じゃな。しかし、それでも影時間を生み出せるほどに研究が進んでいたとは驚きじゃ》

 

 桐条鴻悦の実験は空間を操る段階には踏み込んでいた。まだ足の先が入った程度ではあるが、そのまま実験を進めればもしかすると時間を操る事も出来たかもしれない。

 しかし、それはあくまでIFの話だ。湊という一個人で持つには大き過ぎる力を最大限使ったとしても、時の針を進めるのがやっとで戻す事など出来はしない。

 時を概念的に理解出来る者でそうなのだから、事象を観測して過去と未来に干渉するなど、世界中の人間から力を集めても出来たかどうか。

 そんな風に過去の遺物に触れて、身に余る大望を抱いた果てに死んだ哀れな男について考えていると、今まで黙っていた若藻が変化したまま話しかけてくる。

 

《あのぉ、八雲さん? 影時間ってぶっちゃけ丑の刻みたいな常世と繋がり易い時間って考えでOKですか?》

「説明しようとすると難しいがニュアンスは近い。現世と常世が混ざり合って成り立っているのがこの世界だとすれば、影時間はこの世界と表裏一体のもう一つの世界だ。本来ならば背中合わせで交わることなどなかったが、シャドウを集めた桐条の実験により歪みが生じて限定的に交わるようになってしまったんだ」

 

 桐条グループでは影時間は事故の影響で生まれたものだと思われている。だが、それは半分正解なだけで全体の認識としては間違っていた。

 そもそも、シャドウたちの世界である影時間は遥か昔から存在しており、この世界の裏側に常に在った。

 伝承などに存在する神隠しは、そういった裏側の世界に偶然落ちてしまって戻れなくなった事件の一つであり。妖怪などもこの世界に紛れ込んでしまったシャドウを見た人間が噂しただけだろう。

 勿論、中にはメッチーのような魔界から来た悪魔や、湊の祖先である豊玉姫命のような古の神、または若藻のように偶発的に生まれた本物の妖怪などもいただろうが、それと同じくらいシャドウや影時間の歴史は古い。

 そんな常に傍に在りながら交わることのなかった世界が交わる様になったのは、ニュクスの肉体の欠片である黄昏の羽根がこの世界に紛れ込んでしまったからだろう。

 シャドウよりもニュクス自体の力を強く宿している羽根は、影時間側の性質を強く持っているせいで二つの世界の境界を揺らがせ易かった。

 そのため、以前は極稀に発生していた影時間の頻度が増し、黄昏の羽根を偶然手に入れた桐条鴻悦が実験を進めシャドウらを捕獲する事で境界は曖昧になり、ポートアイランドインパクトで周期的に繋がる様になってしまったのだ。

 

「この装置や俺はあちら側の情報を持つ物を利用して、両方の世界を隔てる壁に小さな穴を開けているに過ぎない。だから、仮に全てが終わって影時間が発生しなくなっても、それは元通りの背中合わせに戻っただけなので、限定的になら似たような方法で影時間を引き出す事は出来るだろう」

《なるほどぉ、なんか難しいんですね》

「お前にも後でペルソナや影時間など世界が置かれている状況を教えてやるさ」

 

 せっかく説明したのだがペルソナ等について詳しくない若藻には理解しきれなかったようで、それを悟った湊は順序立てて説明するから今は気にするなと返す。

 分からないのに分かったフリをするのは恥ずかしい事だが、難しくて一度で理解出来ないのは別に恥ずかしい事ではない。

 湊はあくまで若藻に力を貸して貰う側であり、力を貸して貰う以上は詳しい事情を説明する義務がある。さらに、対価として顕現するエネルギーを分けることで、若藻は現世で活動する肉体を与えるのでこの時代の事も知りたければ教えるつもりだった。

 もっとも、どういう訳か若藻は話し方だけでなく、思考も色々と現代風なので日常生活面ではあまり教える事はないかもしれない。

 そんな風に思いながら研究所の奥へ進めば、湊はなにやら機械で出来た大剣のようなものを発見した。壁に掛けられたそれを手に取り、アナライズで構造を解析してみる。

 

「これは……可変機構付きの武器か。しかし、推進器なんて付いていても普通の人間じゃコントロール出来ないだろ」

 

 解析した結果、それは機械制御で変形して大剣や斧にもなる推進器付きの謎の武器だった。

 しかし、普通の人間では機械制御の武器を使用中に変形させる事などほぼ無理で、推進器を使った移動など完全に不可能に思えた。

 だとするとこの武器は人間用ではないのか、そう思ったところで湊はすぐ近くに他よりも強い黄昏の羽根の反応を感じて顔をあげた。

 

「この反応は……対シャドウ兵器か?」

 

 反応のした方へ近付いてゆくとそこには立てて置かれた大きな金属の箱があった。縦長のその箱は九尾切り丸が入っていた物よりもさらに大きく、サイズから計算すると長身の湊ですらすっぽりと入れてしまうほどだ。

 傍から見ると金属の冷たい質感もあって棺桶のようにも見える。羽根の反応は箱の中からしており、さらにアナライズしてみると中には先ほどの武器と同系統の武器を背負った、アイギスとは異なる型番の対シャドウ兵器の少女が入っているらしい。

 能力で箱の中を見ているとは言え、外身を見る限りでは相手は完成しているように思える。

 黄昏の羽根を搭載しているという事は、少なくとも初期稼働させたかその準備は進められていたはず。脚部パーツの底、人間でいう足の裏を確認すれば歩いて付いたと思われる細かな傷があるようなので、アイギスがラストナンバーであることから察するに、この機体は彼女の姉にあたる存在だと思われた。

 

「……アイギスの姉がどうして研究所に。よく分からないが、こんなとこに居させるくらいなら連れていくか」

 

 こんな倉庫のような場所に置いていれば、この箱の中で眠る少女が再起動される可能性はかなり低いだろう。黄昏の羽根を搭載した心を持った相手を、そんな状態で放っておく訳にはいかない。

 湊はマフラーを首から外すとサイズを変えて大きくしてから箱に被せる。すると、箱はそのまま見る見るうちにマフラーに入っていき、最後には完全に消えてしまった。

 とても大きな箱だったので、次に研究員が何かの用事で訪れたときに箱がなくなっていることに気付くだろうが、髪の毛一本落としていないので湊に辿り着く可能性は極めて低い。

 そもそも、圧力をかけて公安にも捜査させないようにしているので、ここで盗難があろうと桐条グループはグループの力以外に使う事は出来ないのだ。

 先ほど触れた可変武器もついでに回収し、大量に置かれていた簡易補整機の指輪も数ダース単位で失敬すると、時間も遅いので今日は帰る事にして、また少ししたら見に来ようと湊は場所を覚えておくことにした。

 そして、日曜日に行われたバスケの試合では、腕を気にする必要がなくなったことで本来のパフォーマンスを発揮し。まだ慣れていないとはいえ前日以上の活躍を見せて無事に次の大会への切符を手にしたのだった。

 

 

 




補足説明

 今回登場した斉川菊乃はドラマCD「NewMoon」「FullMoon」に登場する美鶴の幼馴染のメイド。P4Uの美鶴のストーリーモードではボイスだけ登場し、P4U2では姿も確認出来るようになっている。
 また研究所に置かれていた限定的に影時間を展開する装置も、P4Uの美鶴のストーリーモードで登場したもので、指輪はドラマCD「NewMoon」「FullMoon」とP4Uの美鶴のストーリーモードでも再登場している公式の存在である。
 湊が侵入した桐条宗家近くの研究所は、画像等では登場していないが、上記の影時間を限定的に展開する装置や封印されていたアイギスの姉妹機を保管していた場所としてP4Uで美鶴たちの台詞の中に登場している。

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