7月29日(日)
朝――電車内
まだまだ厳しい暑さが続くある日、湊は少々混雑した電車に乗って少し離れた場所にある運動公園の体育館を目指していた。
本日はバスケ部の都大会二日目、準決勝が行われた後に三位決定戦と決勝が行われる予定だが、月光館学園の男子バスケ部は見事に準決勝へ駒を進めていたため、今日も朝から試合という訳である。
今日までに他の運動部は既に敗退し、ゆかりも都大会で入賞まではいったらしいが次の大会へは進めないので、弱小部だった男子バスケ部は広告塔の湊がいることもあって現在学校からかなりの期待を寄せられていた。
とはいえ、それはそれ、これはこれということで、湊は少し離れた場所で痴漢されている少女がいることを発見し、通報していたりしたら試合に遅れるなと考えつつも、そこまで移動すると痴漢の腕を掴んで捻り上げた。
「いだだだだっ!? こ、こら、離せ! 急になんだお前は!?」
「……痴漢の現行犯で逮捕する。次の駅で降りろ」
「はぁっ!? 急に何を言って」
「梅田正志、五十七歳、埼玉在住のくせに痴漢のために東京まで出てくるとはご苦労なことだな」
日に焼けた肌をした男が抵抗しようとするので、湊は記憶を読んで相手の個人情報を次々と口にしてゆく。相手は自分の個人情報を何故知っていのかと驚いていたが、電車に乗った時刻まで正確に言われてしまうと諦めたのか肩を落として沈黙した。
今日は休日ということもあって人も多く、次の駅まではもう少しかかるので手を離しても逃げようがない。
そうして、湊は男を入り口の扉の前へ行かせると、先ほどまで痴漢されていた少女に声をかけた。
「助けに入るのが遅れて悪かった。体調は大丈夫か?」
「は、はい。助けてくださってありがとうございました」
腰に届く長い髪を揺らしながら頭を下げてきた相手は、胸に響ヶ峰中学と書いたスポーツ用のジャージを着ていることからほぼ同い年だと判明する。
身長と胸のサイズは羽入かすみとほぼ同等だが、こちらは少し大人びた雰囲気があるため明るい美人系と評す事が出来る。このスタイルの良さならジャージでも痴漢されたのは頷けると、湊は美術工芸部の女子メンバーたちのスタイルを思い出して格差社会だなと一人失礼なことを考えていた。
すると、顔を上げた相手が湊のことを改めて見るなり少し驚いた表情をしている。こんな知り合いなどいない方にとっては、どこかで自分を見たことがあるのかと少し不思議に思い、驚いた理由について尋ねることにした。
「……どこかで会った事あるか?」
「え、あの、月光館学園の有里君ですよね? 私、響ヶ峰中学の男子バスケ部のマネージャーをしてて、決勝で当たる可能性が高いチームの有力選手としてチェックしてたんです」
「俺はお前なんてチェックしてないぞ」
「そ、それは普通だと思います。他校のマネージャーをチェックしてるのは一部の男子だけだと思いますから」
イケメンだからとチェックしている者も中にはいるかもしれないが、マネージャーが他校の選手をチェックしておくのは普通であっても、選手が他校のマネージャーをチェックしていたらただの女好きである。
故に、自分を知らないのは普通だと少女が苦笑を浮かべれば、湊はバスケ部関係でも名前が売れ始めているのは面倒だなと思いつつ、相手が自分を君付けで呼んだことで同い年だと判断し、他の同級生と同じように接しながらこの後の事について説明することにした。
「次の駅で痴漢を駅員室に連れていって警察を呼んで貰うが、お前にも被害者として証言して貰いたいから同行して貰っていいか?」
「はい、電話で先生に事情を話せば遅れても大丈夫だと思います。それより有里君は試合に遅れてしまってもいいんですか?」
「まぁ、助っ人で入っただけでスタメンじゃないしな。そもそも、バスケ歴一ヶ月の人間が一人抜けた程度で負けるならそれまでの実力だったってことだ」
主力選手であるはずの湊が抜ければ月光館学園はかなりの痛手のはず。女子がそのことで心配そうにすれば、自分がボールを触ってまだ一月も経っていない初心者だと暴露しつつ、痴漢を警察に引き渡すまでは一緒にいることを約束した。
けれど、少女には主力選手が遅刻を気にしていないことよりも、相手がただの初心者であるという情報の方が驚きだったらしく、信じられないとばかりに目をパチクリとさせている。
「ば、バスケ歴一ヶ月っ!? えと、それってミニバスとかストリートを含めずにって話ではなくてですか? ていうか、助っ人ってのもよく分からないんですけど」
「……同い年だろうから別に敬語じゃなくていいぞ。それで、バスケットボールに初めて触ったのが今月の頭で、助っ人というのは本来は美術工芸部で運動部ですらないって話だな」
確かに運動部ではないが、武道系の部活よりも余程厳しい鍛錬を行いつつ実戦で身体を鍛えてきたので、身体の丈夫さと運動能力に関しては成人男性どころか世界トッププレイヤーとも余裕で渡り合えるレベルである。
もっとも、湊は『日常・戦闘・小狼・名切り』といった感じに身体能力を段階的に解放するため、日常に設定されているバスケ部の試合では、単に身体能力が高い細かな技術では他の者たちに劣る選手となっていた。
それでも部活の練習と試合で徐々に成長し、他校のエースと張り合えそうなところまで来ているのだから成長著しいが、彼の普段を知らない者にとってはこんな金の卵が今まで放置されていたのかという驚きの方が強いらしい。
「あれだけのフィジカルで運動部じゃないって、今まで勧誘とかなかったの?」
「身体が弱いことを理由に基本的に体育は見学してるからな。何より入学してすぐに部活を作ったから他所も声をかけるタイミングを失ったみたいだ」
敬語じゃなくていいと言われて早速タメ語になった相手の質問に返しつつ、湊はそろそろ駅に着くなと降りる準備を始める。
痴漢は既に諦めているようで自主的に降りる準備をしているため、女子にもう少しで着くぞと教えれば、相手はエナメルバッグを肩にかけながら降りる用意をした。
「確かに今まで有里君の名前は聞いたことなかったなぁ。一応、都大会までに地区大会の優勝校は調べておいたんだけど、君の情報は地区大会のものしかなかったから、昨日観戦するまでほとんどノーマークだったの。実際に見たら筋肉の質の良さと運動性能の高さに驚いたけどね」
「……筋肉フェチか? 悪いがそういった特殊な性癖には付き合わないことにしてるんだ。夏にはボディビルの大会もあるし、そっちで好みなのを見つけてくれ」
「そ、そういう作った筋肉には興味ないですから!」
雑談をしながら二人は到着した駅で降りると、捕まえていた痴漢を駅員室まで連行し、駅員に警察への通報と監視を頼んでそれぞれの顧問への連絡を済ませた。
女子の方はマネージャーだったので直接の影響はほとんどないが、湊は実際はスタメンだったのでかなりのダメージだったらしく、渡邊たちはかなりの苦戦を強いられて準決勝に臨むことになった。
昼――都立運動公園・体育館
痴漢を警察に引き渡し、急いで会場に向かった湊たちが到着したのは試合終了間際の昼前だった。
今から走っても結果は変わらないからと関係者用の通路を歩いて移動していると、廊下の先から知った顔が何人もやってくる。
「あー、会長! ほんっと、急に遅れるとかマジでやめてくださいよ! ギリギリ勝ったから良かったっスけど、四点差でかなり危なかったんですからね!」
「痴漢の逮捕に協力してたんだ。市民の義務だし許せ」
「いや、先生から聞きましたけどね。ったく、どこのオッサンか知らないけど、休日に痴漢なんかしてんじゃねーっつの」
相手も準決勝に来るだけあって強かったはずだが、湊がいない状態でも勝利を収めたようで渡邊は文句を言いながらもどこか嬉しそうにしている。
やはり湊という助っ人の力に頼って勝ってきたとどこか引け目を感じていたようだ。今回の勝利でそれも少し薄れたはずなので、湊だけのチームではないと今後は胸を張っていえるだろう。
そうして、他の部員らも疲れた様子だがどこか満足気に試合の様子を話していれば、彼らの後ろから別の試合を終えたらしい他校の選手らが現れた。
「ミヤ、大丈夫?」
「あ、ああ、少し痛むだけだから三決の試合には出れるって」
「クソっ、あいつら本当にきたねーよ。審判から隠れたところで思いっきりファールしやがって」
マネージャーと思われる日焼けした肌の女子に心配されながら、一人の男子が他のメンバーに肩を借りて歩いている。膝にアイシングを装着し左足を床につけないでいるため、もしかすると試合で怪我をしたのかもしれない。
その一団が通れるように道を開けると、湊と一緒にやってきた女子がどこか暗い表情で視線を逸らしていた。
月光館学園の相手は彼女の学校ではなく、先ほどの一団の学校名が響ヶ峰中学ではなかったことから推測するに、悪態を吐かれていた“あいつら”というのが彼女の学校のはずである。
湊は他校の情報など何も持っていないので他所の戦略等は知らないが、先ほどの一団の言うことが真実ならば反則上等なラフプレーをするチームという事なのだろう。
「……さっきのお前の学校の話か?」
「……うん、多分そう。ていうか、絶対」
「まぁ、ばれないように小細工するのも一つの技術だしな」
「あんなのは違うよ。真っ向勝負じゃ格上には勝てないからって、卑怯な手段で相手の戦力を落として。昔はもっと普通にやってたんだけどね」
どこか諦めたように話す少女は悲しげな表情を浮かべる。格上を殺すために策を弄するのは悪い事ではないと思っている湊にすれば不思議に感じるが、湊は自分の感覚が他の者とずれていると自覚があるので口を挿んだりはしない。
すると少女は、自分の学校の者たちがラフプレーをするようになった経緯について語り始める。
「東京にはね。早瀬君ってすごいプレイヤーがいるの。今年は開催地枠で全国大会への出場が決まってるから出てないけど、彼のいる学校は全中バスケで連覇してるんだ」
「あー、早瀬ってのはすっげー色黒のやつッスよ。つか、あいつの地元って巌戸台らへんだから本当なら月光館学園と地区が被ってんスよ。ま、今年は全国の舞台でぶっ潰せるんで開催地枠で出場が決まってて丁度よかったッスけどね」
早瀬という名に聞き覚えのなかった湊が首を傾げれば、渡邊が身振りで相手の身長などを伝えつつどんな人物か教えてくる。
先ほど渡邊が言った通り、相手は巌戸台が地元なので中学の間は地区が被っており、最初の大会から優勝候補とぶつかるため今まで月光館学園は上の大会に上がることすら出来なかった。
高校からは推薦で他所の地区の私立に行くようなので、大会で会うとすれば都大会になるだろうが、その前に全中三連覇の偉業を阻む機会が出来たので渡邊はどこか嬉しそうにやる気を漲らせている。
その様子が面白かったのか少女はくすくすと笑っているが、少しすると再び暗い表情になってしまった。
「最初はうちもそんな風だったんだけど、早瀬君にはどうやっても勝てないって私の幼馴染の忍足君が審判にばれないファールの研究とか始めてね。今じゃチームでそんな事して相手の選手を潰したりしてるの。確かに試合には勝つようになったけど、こんなの絶対おかしいよね」
勝つためには手段を選ばないのは湊的に好印象だ。自分もそういったタイプなので、性格の捻くれ方に関しては気が合いそうではある。
けれど、捻くれ者というのは同族嫌悪が他より酷い人種だった。エゴの塊で自分が卑怯なことをするのは気にしないが、他の者がしようものなら様々な手段を講じて二度と出来ないようにする。さらに青年にとって、他人を害する存在は排除すべき対象だった。
少女の話を聞いて少し考える素振りを見せていた湊は、顔をあげると踵を返して一人ですたすたと歩き出す。
昼休憩を挿むので試合までに戻ってくればどこかに行ってもかまわないが、これから昼を食べながらミーティングを行う予定だった事で渡邊が慌てたように呼び止めた。
「あ、会長どこ行くんスか? オレらこれから昼メシ食べますよ?」
「……さっきの選手のところに行ってくる。あんなアイシングじゃ三位決定戦なんか無理だ。運営が用意した医者でも多分難しいだろうし、テーピングとマッサージで応急処置だけしてくる」
「そんなの出来るんスか?」
「出来なきゃ言わないさ」
それだけ言うと湊は行ってしまった。学校でも怪我人が出れば完璧な応急処置をしてみせ、保険医の櫛名田が仕事が減ってつまらないというほどだ。
部員や共に来た少女も、彼なら本当に選手の治療が出来るのではないかと不思議な安心感を覚え、去っていく背中をただ見送った。
午後――体育館
昼を挿んでからまず最初に三位決定戦の試合が行われた。決勝戦はそれが終わってからなので、試合が終わって両校の選手らと入れ替わりに湊たちはコートへと入ってゆく。
「有里!」
他の者と同じように湊も自分たちのベンチに荷物を持って移動していれば、先ほどの試合に勝利した学校の選手が一人手を振って声をかけてきた。
左膝にテーピングと黒いサポーターを付けた、
彼はペースはゆっくりとだが嬉しそうに歩いてやってくると、手を上げて湊に礼を言ってくる。
「有里、テーピングあんがとな。おかげで夏最後の試合に勝てた」
「……そうか。まぁ、ただの応急処置だから閉会式が終わったらちゃんと病院に行け。それ、今の内に治さないと長引く上に癖になって走る事も出来なくなるぞ」
医療関係の知識を持っている上にアナライズが出来る湊の診断は正確だ。本来ならば専用の機械を使わなければ発見できないような小さな腫瘍や血栓でも発見出来てしまう。
けれど、少年はテーピングで足の負担が減っていることもあり、怪我がそれほど深刻だと感じないのか不思議そうに首を捻った。
「最初は痛かったけど今は多少張る感じがするってレベルだぞ? そんなに酷いのか?」
「ああ、昼に診たときに分かったが一歩間違えたら靭帯をやっていた。重度とはいえ打撲と炎症で済んだのは幸運だったとしかいえない。今日はもう歩かない方がいい。顧問かマネージャーに言って、施設の案内所から車椅子を取って来て貰ってくるべきだ」
もう少しで靭帯をやっていたと言われれば、流石の素人でも怪我の酷さを理解出来る。ニュースでプロスポーツ選手が肘の靭帯をやって手術後に何ヶ月もリハビリするという話はよく聞くため、そんなにも酷くなりかけていたのなら、ここは大人しく言うことを聞いておこうと彼は少し顔を青褪めさせながら近くにいたマネージャーを呼んだ。
「あ、西脇! わるいけど、ちょっと案内所から車椅子借りてきてくれ」
「車椅子って、そんなに膝酷いの? 先生に言ってすぐ病院行った方がいいんじゃ?」
「いや、有里が今日はもうあんまり歩かない方がいいっていうからな。病院は閉会式の後でいいらしいから、決勝とかは観ていきたいし。ちょっと頼まれてくれ」
車椅子を借りて来て欲しいなどと言われ、マネージャーの
彼の膝は試合が終わったときには内出血で紫色になり腫れていたのだ。三位決定戦にすら本来は出られなかったはずなので、湊のテーピングがあっても試合をした事で限界を越えてしまったのではと思っても無理はない。
けれど、試合で無茶をすることで本当にそうなる可能性があったなら、湊は医者として無理矢理にでも宮本を病院へと連れて行っていた。
準決勝のように相手が膝を狙ってきたのなら危険だったが、そんなチームばかりが出ているはずもなく、病院に行くまで足の負担を減らすためだと説明すれば、西脇は安心したように頷いた。
「わかった。有里君、これから試合なのに色々とゴメンね。私もミヤも応援してるから頑張って」
「なんでお前が俺の分も言うんだよ。ま、応援してるのはホントだけどな。気を付けろよ、有里」
付き合いが長いらしい二人は夫婦漫才のようなことをしつつも、自分たちによくしてくれた湊を心から心配しているようだった。
湊はそれに手を上げて返すと分かれてベンチに向かい。荷物を置くと周りで準備をしていた部員らと同じようにストレッチを始める。
相手は反則を使わずともそこそこの実力のようだが、湊は試合を見ていないのでどんな風に攻撃してくるか分からない。
記憶を読めば分かるのかもしれないが、助っ人として呼ばれてきた以上は他の者と同じように異能に頼らず自分の力で挑むようにしていた。
異能を使えば簡単に勝てる。身体能力だって小狼にならずとも戦闘状態に切り替えるだけで誰一人勝てなくなるだろう。
しかし、渡邊が頼ってきたのは生徒会長である有里湊だ。裏社会で生きていくために付けた力は必要ない。
もしかするとトッププレイヤーだという早瀬なる人物には負けるかもしれないが、それでも湊は“有里湊”として最後まで勝負しようと決めていた。
「助けた子が敵側ってやり辛くないッスか?」
湊が開脚して身体を伸ばしていると、屈伸をしながらニヤニヤと笑みを浮かべた渡邊が話しかけてくる。
確かに相手側のベンチには先ほどの少女が座っているが、湊にすれば名前も知らないその他大勢の一人だ。相手は湊が怪我をしないように心配していたので、反則を使うようになった現在のチームの勝利に関してはそれほど執着がないように思われる。
それなら何ら気に病む必要はなく、ただ全力で勝ちに行くだけだと淡々と返した。
「……別に。全国に行くまでに何百人も泣かせるんだし一緒だろ?」
「うわ、カッケー。ヤマ、オレたちもついに女泣かせになれるぞ」
「ばーか、試合前にくだらないこと言ってんな」
渡邊はバスケットを通じて同じ地区の他校生と知り合いになったりもしていたが、いくら仲が良くとも試合になれば話は別だと全力で勝ちに行っていた。
だが、湊はまだ素人でおまけに知り合いになった相手は女子だ。女子に優しいと言われている湊ならば、情に流され動きが鈍る可能性も十分あり得たため、返事を聞いた渡邊は心配無用だったかと湊の妙なドライさに苦笑した。
もっとも、湊がしっかり戦ってくれるにしても相手が危険なことに変わりはない。一年生は身体が十分出来ていないので投入はタイミングを計る必要があり。レギュラーを潰されたら夏が終わるため誰を出すにしてもリスクがある。
他の者よりも身体が出来上がっている湊だけは唯一対抗出来そうではあるが、素人を潰される危険のある軸に使える訳がないので、顧問の盛本と話し合った部長が部員らにしっかりと念押しした。
「相手はラフプレーしてくるからな。細かくパス回していくぞ。ゴール下でリバウンドを取るときも注意しろよ」
『ウースッ!』
「ジャンプはナベだ。序盤からラフプレーなんてしてこないだろうから、ボール取ったやつは速攻を仕掛けろ。最初にどれだけ点を取れるかで後半の危険度が変わってくるから集中していくぞ」
キャプテンが注意事項を述べるとグループに分かれて軽くウォーミングアップに移ってゆく。ドリブルで軽く走ってみる者や、シュートの練習をする者などグループですることは異なるが、一人だけ集団から離れ、湊が両チームのプレイヤーの動きを見ていると相手チームの選手が一人歩いてきた。
身長は湊より低めだが目測が得意な湊が見たところ、一七八センチくらいで中学生では十分に長身の部類に入るだろう。髪は耳が隠れるくらいと長めだが、雰囲気は好青年といった感じで相手は爽やかに挨拶をしてくる。
「君、有里君だよね? 俺は
「気付いたから助けただけだ。気にしなくていい」
「まぁ、これも一つの礼儀ってことで。じゃあ、いい試合をしようね」
気にしなくていいと言われた相手が苦笑するが、ラフプレーをする人間とは思えないほど礼儀正しく爽やかな少年だ。湊と忍足が相対すれば、試合をするというのにピアスを付けたままの湊の方が不良に見える。
もっとも、実際の性格の捻じれ具合を考えれば湊は十分不良かもしれないが、試合中はちゃんとスポーツマンシップに則ったプレーを心掛けているため、見た目はともかくとして二人の選手としての在り方は対極だ。
道を外れても勝ちにこだわる姿勢は評価するが、それで他人の選手生命を終わらせる一歩手前まで行くのはやり過ぎだと、相手の雰囲気はともかく実際の行為自体を認める気は湊にはなかった。
お礼を言い終えた相手がベンチに帰っていくのを見送り、湊もベンチに座っておくかと戻りかけたとき、
「あ、そうそう」
帰っていく途中で立ち止まった相手は、振り返って湊を見るなり口元を大きく歪めて嘲るような笑みを浮かべた。
「体育館に入ったとき俺らに負けたやつと話してたよな? なに言われたか知らねぇけど、さっきの雑魚と同じようにしっかり潰してやっからせいぜい必死に頑張ってくれよ」
「……お前、素の方がいいぞ。遠慮しなくて済みそうだからな」
好青年から一転、口が悪く人を見下したような態度になった相手に、湊は面白いと思って小さく笑う。
先ほどの好青年の雰囲気は少々やり辛いものがあったが、こっちが相手の本性だとすればやり易い。
別に喧嘩でぶっ飛ばす訳ではないにしろ、ただ陰湿なやつよりも殴りたくなるほど性格が悪い奴の方が倒して楽しいというモチベーションの話だ。
今まで出た試合ではただ試合に勝つ事を目的としていたが、今回の試合では“こいつを潰して勝つ”という具体的な目標を立てる事が出来る。こっちの方が随分と楽しそうだと湊が試合自体に興味を持てば、忍足も同じように“相手を潰す”ことを主目的にしているようで試合開始を待ち遠しそうにしながら笑みを深めて返す。
「遠慮とかいらねぇよ。必死こいて頑張ってる馬鹿を潰すのが愉しいんだ。やる気がないやつは潰し甲斐がないから、やるなら出来るだけ本気で頼むぜ」
「ああ、わかった」
それだけ言い返せば二人は自分たちのベンチに帰ってゆく。朝助けた少女は二人が話していたことで何やら心配そうに見てきていたが、月光館学園のベンチでは戻ってきた湊の表情を見た水智恵が不思議そうに首を傾げる。
「湊さん、なんか楽しそうですけど、都大会決勝だとやっぱりやる気が違うんですか?」
「……いや、ただ点を取って勝つことしか考えてなかったんだが、この試合で何か別の物が見えそうなんだ。それでようやくこのスポーツにも興味が持てるかもしれないと思ったら、ちょっとだけやる気が出てきたって感じだ」
「なるほど、楽しみ方が分かってくるとモチベーションも上がってきますよね。見つかるように応援してますから頑張ってくださいね」
何事も興味を持って楽しんだ方がいいに決まっている。基本的に何に対しても興味なさげな青年が言っているだけに、恵は湊がバスケを好きになれるよう心から応援することにした。
そうして、ウォーミングアップの時間が終わると全員がベンチに戻り、声かけをして気合を入れ直す。
勝てば関東大会に進めるのだ。創部から一度として進む事の出来なかった場所へ、ついに手が掛かるところまで来ている。目標は全中制覇だがそれもここで勝たなければ叶わない。円陣を組んで気合を入れたメンバーたちはスタメンだけがコートへと進んだ。
ジャンプボールを担当するのは渡邊、その他のメンバーはコートに広がっていくが、湊が相手コートに視線を向けると、先ほど挨拶してきた忍足もちゃんとスタメンで出ている。これならば、最初から勝負が出来そうだと湊が考えている間に試合が始まっていた。
「うおぉぉぉぉっ!!」
ジャンプボールで跳んだ相手のチームの選手と渡邊の身長はほぼ同じ。けれど、僅かにジャンプ力で勝った渡邊の手が先に触れてボールが弾かれる。
緩い放物線を描いて落下していくボールの先には、運悪く誰もおらずキャプテンが最初に言っていた速攻は難しいかと思われた。
だが、ボールが床に着く前に横から影が滑り込んでボールを手にする。
「会長!」
完璧に回り込んで湊がボールを手にしたのを見た渡邊は、着地するなりゴールに向かって走りながらパスを求めた。確かにゴールにはジャンパーだった者が一番近いが、その分敵に囲まれているのでパスは通しづらい。
しかし、湊ならば通せると信じて渡邊や他の味方も走り出せば、湊は何を思ったのかボールを両手持ちから左手持ちに切り替え、そのまま片手だけでゴール目がけ投げていた。
『っ!?』
最序盤からそんなプレーをするなど事前の打ち合わせにはなかった。確かに速攻は速攻だが、自陣からそんな投げ方で入る訳がないと思って観客含めて全員がポカンとしている。
だが一同のそんな予想に反し、投げられたボールはそのままゴールに向かって真っ直ぐ飛び、バックボードに跳ね返りつつ綺麗にネットに吸い込まれていった。
試合が始まって僅か四秒。都大会決勝は湊の片手スリーポイントから始まった。
原作設定の変更点
正確な年齢設定が発表されていない早瀬の年齢を主人公と同年齢と変更。