――体育館・観客席
中学男子バスケの都大会決勝、母校のチームが出場すると聞いて中等部だけでなく高等部の者など学校関係者が多数応援にやってきていた。
チドリたち部活メンバーは生徒会メンバーやプリンス・ミナトに美鶴たちといった、大勢の湊の関係者に囲まれて観戦している。
試合開始直後の湊のシュートには会場中が驚いたが、その後の試合展開は相手有利で進んでおり、第二Qが始まって一分の時点では“19対24”と離されている。
妹にくっついて試合を観戦しに来ていた真田は、二年生の選手に向けたキャプテンのパスが忍足にスティールされているのを眺めながらぽつりと呟いた。
「有里ってチームスポーツも出来たんだな」
「……まぁ、かなり苦手なのは間違いないわよ。ルール含めてどうしても湊に不利な部分が多いし」
スティールされたボールを手にした敵チームの選手がドリブルで駆けてゆく。それを行かすまいと渡邊が立ち塞がるが、避けるために急減速した瞬間を狙って渡邊がボールを奪おうとしたとき、相手選手はあたかも手を叩かれたようにバランスを崩してボールを手放した。
実際は渡邊の手は相手には触れていない。しかし、審判の位置からではバランスを崩したことも含めてファールしたようにしか見えず、渡邊のファールとしてホイッスルが吹かれた。
この展開は第一Qから何度かあり、相手チームはリバウンド狙いのゴール下では肘や膝で攻撃をしたり、今のようにファールされたように見せかけて月光館学園の攻撃を防いでいた。
中学生で審判にばれないよう反則を繰り返すテクニックは素晴らしいが、その被害を受けている方は堪ったものではない。
自分は触れていないと渡邊が抗議しても、巧みに計算されたプレーは審判からはファールにしか見えていなかったため聞き入れられず、これ以上の抗議を続けるとさらにファールを取られるため渋々引き下がっている。
観客席からは一部始終が見えていたので、アンフェアなプレーに美鶴は眉を顰めるが、直前のチドリの言葉に気になった点があったので試合を見ながら訊き返した。
「ルールは公平に課されるものだが、そのルールが彼に不利とはどういう意味だ?」
「得点だとか最低限の枠組みみたいなのは確かに公平だけど、スポーツのルールは一部弱者救済のために作られているでしょ」
「なるほど、ルール改訂で禁止になるようなプレーの一部は、確かに一部のチームや選手しか出来ない強力なプレーだったりするな。最初から出来なかった者には関係ないが、それを武器にしていた者からすれば、出来ない者がいて不公平だから禁止などおかしな話だ」
特定のスポーツに限定した話ではないが、強力な技ばかり使うと試合がワンパターンになるため、スポーツの発展や選手たちの創意工夫を促すために禁止などと言って、一部のプレーをそれらしい理由で禁止しているパターンがある。
けれど、オフェンスに有利だから、ディフェンスに有利だからと、そんな風にルールを改訂して被害を被るのは強者側である事が多い。弱者はそんなプレーは止められないし自分たちでは出来ないので、禁止になれば何のデメリットもなく恩恵だけ受けられるという訳だ。
もっとも、ルール改訂もそれが全てではないので美鶴も完全に同意した訳ではないが、一応、チドリのいう湊に不利だという話に納得できたため、持っていたペットボトルの水に口を付けながら視線をコートに戻す。
試合は進み、味方の二年生の放ったシュートが外れ、湊と相手チームの選手二人がゴール下でリバウンドの確保を狙っている場面になっていた。
敵はほとんど密着して飛ばせないようにマークして来ているが、実際は一人が湊の片方の靴の爪先を踏みながら膝で足に蹴りを入れ、もう一人が肘で腕や脇腹を攻撃している。けれど、ファールは取られていないのだから、見えている方としては現状に納得がいかないのも無理はない。
「ちょっ、思いっきり肘とか蹴り入れて来てるじゃない! なんで審判は反則取らないのよ!」
意識しているのか分からないが、他の選手よりも内側でプレーしている湊はかなり集中的に狙われている。その分、味方が攻撃されないのでプレー出来ているが、ゆかりが怒って観客席から抗議すると近くにいた車椅子の男子が反則を取られない理由を語った。
「あの坊主の選手が壁になってんだよ。間に人がいたら見えづらいし、ちゃんと見えないと審判も反則を取ってくれない。なにより、有里は攻撃されても全く表情を変えてないからな。気付くのは難しいって」
湊たちと審判の間に相手チームの選手が割り込み、攻撃する瞬間を審判から隠しているため反則を取られない。これで湊が痛がっていれば少し違うのかもしれないが、どういう訳か湊は全く効いた様子もなくジャンプしてボールを確保したため、余程注意して見ていない限り気付くのは難しい。
一度敵と戦って反則の仕方を見ているだけあって、しっかりと分析して宮本がそう語れば、ゆかりは相手が三位決定戦に出ていた選手だと気付いて、午前中に同じ敵と戦ったのなら実力も知っていそうだとついでに尋ねた。
「あ、えと、さっき試合してた学校の人だよね? やっぱり相手の反則って上手なの?」
「褒められたもんじゃねえけど、中学生のレベルは完全に超えてる。というか、それをメインに持って来て練習してるっぽいから、合間の点取りも含めてそういった意味じゃかなり巧い」
素の実力もそこそこある方ではあるが、響ヶ峰の選手らは上手なのではなく巧みであった。ドリブルやパスのテクニックより、ばれずに反則をするような純粋な技とは別の部分を鍛えているのだ。
そして、それらで相手を翻弄しつつ、合間合間にパスを奪って点を決めに行くなど、着実にしっかりと得点を取りに行く安定感も持ち合わせている。
派手な攻撃力はないが、その分だけ相手の土俵に上がれば抜け出すのは難しいと宮本が言えば、再び肘や膝で攻撃されている湊を見てゆかりは心配そうな視線を送った。
「……さっきから気になってたんだが、なんかパスが通ってねえな。有里の動きもぎこちないっつーか」
第二Qも終わりに近付きつつあるが、その中で荒垣は月光館学園のパスの成功率がかなり悪い事に気付いた。それは味方のミスというより、相手にスティールされまくっているのだ。
加えて、素人であることを除いても湊の動きが悪く見える。あんなに彼は遅かっただろうかと違和感を覚えるほど、真田との試合を見た者からは湊の動きにキレがないように映る。
それを聞いた風花が今まで攻撃されている場面を目にしていた事で、彼も他の選手同様に怪我を負ったのではと不安な顔をする。
「やっぱり、有里君も怪我しちゃったのかな?」
「あんなの全くダメージないわよ。攻撃を喰らう瞬間に衝撃を吸収して、残りは足の裏から地面に逃がしてるから肩に手を置かれるとかってレベルの接触でしかないわ」
「そうなのか? んじゃ、なんで動きがぎこちないんだ?」
世界最高ランクの達人技量によって、肘鉄や膝蹴りがそんなダメージとも言えないレベルに抑えられるのはすごいが、だとすれば湊の動きの悪さに余計に疑問が湧く。
他の者も彼の動きの悪さが不思議でしょうがないのか、チドリに視線が集まると、少女は少し面倒そうにしながら理由を口にした。
「味方が足を引っ張ってるからよ。さっき湊はチームプレイが基本的に苦手って言ったけど、その原因は味方が枷でしかないからなの」
「協力した方が勝つのも楽じゃないんですか?」
「湊は他の選手の本気に反応できるけど、他の選手は湊の本気に反応出来るレベルに達してないのよ。だけど、必然的にチームは湊に頼るし、敵も主力の湊を強力にマークしてくるからやり辛いでしょうね」
その説明をしている間もゴールに向かっていた味方が、湊にパスを出して敵に阻まれている。
他の選手間のパスも奪われているが、味方から湊へのパスが最も奪われているように見えるため、少女の説明はそれなりに説得力があった。
それをさらに裏付けるよう、チドリは今のプレーに関していくつか指摘する。
「ほら、今のパスで言うなら二メートル先に投げておけばよかったの。湊なら追い付けるし、それなら相手のスティールも届かなかった。だけど、他の選手は湊がどれだけ動けるか把握出来ていないから、他の選手と同じレベルのパスしか出せない」
「ふむ、しかし、突出した天才にだけ合わせると全体のチームプレイが出来なくなる。彼が駄目なら他の者で勝ちに行くしかないのだから、練習期間が短いことも含めて、この場合は仕方がないのでは?」
いくら他の者が湊の身体能力等を把握していないとしても、現状、湊へのマークが強過ぎるのでパスをしようとボールを奪われる事を考えれば他の者で勝ちにいくしかない。
これでまだ湊を使おうとすればもっと酷い事になるぞと美鶴が言えば、チドリは嘆息して首を振りながら言葉を返した。
「既に正規バスケ部の力はほとんど通用してないのよ? なら、既存の戦術を捨てて勝てるようにするしかないじゃない。というか、湊にとってあんなのマークの内に入らないわよ。敵も味方も湊を舐め過ぎだわ」
言いながらチドリがコートに視線を戻したところで、“36対47”という結果で第二Qが終了した。
一発逆転がないからこそ、差が広がるのを見た観客たちを重い空気が包んでいた。
***
「有里、身体は大丈夫なのか?」
ハーフタイムで戻ってきた選手らを迎えた顧問の盛本が、手にアイシングの用意を持ちながら心配した様子で尋ねる。
他の選手らも何度か足を踏まれたり膝で蹴られたりしていたが、湊は他の者の倍ではきかない回数の攻撃を受けていたのだ。相手は湊への攻撃が効いていないと思ったのか、試合が進むにつれて攻撃を激しくしていたこともあり、湊に抜けられるのは戦力的に厳しいが盛本は交代も視野に入れていた。
しかし、ベンチに座って汗を拭きながらドリンクを飲んでいた湊は、身体を冷やさぬようにジャージを羽織って淡々と答える。
「……素人の攻撃で怪我するほどやわな鍛え方はしてないです」
「ここで無理をして膝でも壊せば走れなくなるんだぞ? 本当に大丈夫なんだな?」
「ええ、むしろ相手の方がダメージ溜まってると思いますよ」
攻撃を受ける際、湊は衝撃を吸収しながら受け流してもいた。それに対して敵は鍛えられた硬い肉体に攻撃を繰り返していたことで、少しずつダメージを蓄積しているはずだった。
今すぐにそれが効果を発揮するとは思わないが、試合が進めば足か腕に限界が訪れることは間違いない。被害者よりも加害者の方がダメージを受けているとは流石に誰も思わないだろう。
自滅の未来が確定している馬鹿は放置しておくとして、ボトルから口を離した湊は味方が攻め切れていない方が問題だとして、全員に聞こえるよう話しかけた。
「悪いけど少し戦い方変えて良いか? 他のやつには味方含めて誰もいない場所にパスを出して貰いたい。そして、パスを出すやつ以外はここからなら自分は攻めていけるってポジションに移動してくれ」
「え、誰もいないってそれじゃ取れないじゃないッスか」
「俺が取る。ほとんどコート外に出るようなボールでもいい。投げれば俺がパスとして受けて中継する」
それはパスとして投げたボールに後からスタートして追いつくという話だった。
山なりのボールならそれも可能かもしれないが、ほとんど高さを変えずに真っ直ぐ放られるボールに追いつくなど無理に決まっている。
コート内ならバウンドしたボールを取っても構わないため、転がるボールを追いかけるように取るつもりなのかもしれないが、キャプテンの山井は腕組みしながら難しい表情を浮かべる。
「さっきからスティールされまくってるから、こっちのパスパターンは読まれているのかもしれない。それなら有里の言う通り異なるパターンで攻める必要があるが、流石にそれは……」
パスパターンなど急に変更出来る物ではない。こんな風にパスが来るから次にこう動く、と言った具合に練習で身体に沁み込んだ動きをするからその後のシュートやパスも上手くいく訳で、ただでさえ素人で練習外の動きをする湊に合わせるのがやっとだというのに、ここからさらに難度の高いプレーなど月光館学園の選手たちのキャパシティを超えている。
準決勝では見事に自分たちだけで勝利を収めた選手らも、実際は都大会がやっとの実力ばかりで、次のブロック大会への切符をかけて戦えるほどではないのだ。
それでもここまで来れたのは、助っ人による戦力の底上げと試合の組み合わせに救われた部分が大きい。既にいっぱいいっぱいだと分かっている山井が、キャプテンとしてやはり賛成出来ないと首を振りかけたとき、普段以上に真剣な様子で湊が言葉を発した。
「今まで黙っていたが正直お前たちとのパスはやりづらい。俺からすればパスが短すぎるんだ。移動する分も含めてさらに数メートル先に投げるくらいで丁度いい。逆にこっちはお前たちが少し離れていようとパスを通してみせる」
眼帯をしていない左眼が力強い光を発している。その様子に他の者は先ほどの言葉を本気で信じてしまいたい気持ちに駆られるが、部員らが最後の一歩を踏み出せずにいれば、話し合う部員らを見ていた盛本が口を挿んできた。
「有里、お前五十メートルは何秒で走れる?」
「日本記録は余裕で」
「ははっ、お前が言うと冗談に聞こえないな」
本人は冗談のつもりはなかったのだが、体育の授業に参加していなかったことで走力を正確に把握していなかった盛本は、湊の自信たっぷりな言葉を聞いて信じてみる事に決めた。
「よし。それじゃあ、山井、渡邊、お前らが軸になって有里へのパスを出せ。他のやつらはそれで距離を掴め。勿論、受ける側として自分が安全圏に走り込んでおくのを忘れるなよ」
「いいんスか? 失敗したら崩れて終わりッスよ?」
「お前も他のやつらも有里を信頼してるんだろ。なら、ここで取ってくれってパスを投げこめ。そうすれば期待に応えてくれるさ」
他に取れる作戦が無い以上は時間切れで負ける未来しかない。ならば、湊を信じてやれるだけやってみよう。
背中を押された部員らはどこか吹っ切れた表情を浮かべ、まだまだ逆転を諦めないぞと円陣を組んで気合を入れ直す。
「こっから逆転するぞ!」
『オウ!!』
諦めている者は一人もいない。ハーフタイムを終えた選手らは逆転を誓ってコートへと戻って行った。
***
「え、有里君ってば何してるの?」
ハーフタイムを終えて第三Qが始まろうとしているのだが、選手らがコートに広がりつつ戻る中で湊だけ誰もいない自陣コートの隅に向かっていた。
そこからでは味方のパスを受けることも、相手の選手を止めに行く事も出来ないだろう。
味方は誰も気にしていないようだが、敵チームや観客は全員が意図を理解出来ず不思議そうにしている。
すると、傍に座っていた赤髪の少女がそれを見て呆れながらも、どこか楽しげに口元を歪ませて答えた。
「……バスケをやめたんでしょ。変えてくるとは思ったけど、ここまで本気でやるとは思ってなかったわ。全員馬鹿なのね」
「バスケをやめたって諦めたってこと?」
「見てれば分かるわ」
言っている間に味方のスローインで試合が始まった。二年のボールを受けた渡邊がドリブルで上がってゆく。味方はそれを見て先回りするように走り込むが、ボールを持っている渡邊を阻むように二人の相手選手が寄ってくれば、渡邊は無理に抜きに行かずに急停止から一歩下がって逆サイドの誰もいないエリアにボールを投げ込んだ。
片手で投げられたボールは勢いよく飛び、そのままコート外へと出ていこうとする。明らかなパス失敗だ。
負けているせいで攻めを焦ったのか。会場中が自滅していく選手に溜め息を吐きかけたとき、突如現れた黒い影がボールへと迫り、ライン際で踏み切って跳躍すると、そのまま先にコート外に出ていたボールを空中でキャッチして後ろ向きのまま放り投げた。
突然のことに敵は動けずにいたが、ボールの飛んでいく先にはスローインをした月光館学園の二年生が丁度構えて待っている。
気付いたときにはもう遅い。敵が慌てて動き出すも、完全にフリーだった二年は悠々とシュートモーションに入って、そのままスリーポイントを見事に決めた。
ミスと思われたボールからのアクロバティックなパスに、綺麗な放物線を描いた見事なスリーポイントシュートを見た場内は、決勝開始直後の開幕スリーポイントと同等の盛り上がりを見せる。
しかし、それに乗り切れなかったピンクの少女は、目を丸くしながら傍にいたバスケ経験者の少年に質問をぶつけた。
「え、空中キャッチってセーフなの?」
「いや、まぁ、サッカーとかと一緒で選手も空中ならセーフだけど。ジャンプの滞空時間なんて一秒くらいだし、弾くならともかくキャッチしてパスとか誰もできねーよ」
衝撃のプレーに半笑いのような微妙な呆れ顔をしながら、ルール上はセーフだが物理的に出来ないので普通はやらないと宮本は答える。
彼の隣にいるマネージャーも頷いているため、バスケをよく知っている者からすれば、常識外れのあり得ないプレーなのは明白だった。
「な、なんか今の有里君って動物っぽいね」
風花が視線をコートに向ければ、ドリブルで上がっていく相手選手にスプリンターのような走り方で追い付き、追い抜く瞬間に高速スピンでボールをぶん取っている湊がいた。
しかし、湊はスピンからそのまま振り被ったようなパスに移行し、相手ゴールの傍にいた山井にボールを送る。あんな獣じみた荒々しい存在にまともに反応出来る訳もなく、ボールはまたしても味方に届いてフリーでシュートが決まった。
相手選手にすれば恐ろしいだろう。前半に散々痛めつけたはずの相手が誰よりも元気に動きまわっているのだから。
ちまちまとしたパスやドリブルでは獣に取られる。そう思ったのか相手選手はスローイングを一番近い場所にいた味方に渡すと、そのままロングパスに移っていた。
これならば流石の相手も追い付くまい。パスは見事に届き、そのままドリブルでゴール下に向かうとジャンプしながらレイアップでボールを放り投げようとした。
「マジであいつ何なんだよ……」
しかし、げんなりした宮本の視線の先では、相手選手の手を離れたボールがリングの高さに届きそうなところで、後ろから追い付いて空中片手キャッチしている湊がいた。
このままではゴールにぶつかるのではないかと思われたが、空中で頭を引っ込めつつ右手で取ったボールを左脇腹越しにバックパスまでしている。
受けた渡邊は大爆笑してドリブルで上がっていくが、反対に相手選手たちはどう受け止めればいいのか複雑そうな表情になっている。観客でも一部を除いて「アレは何だ?」と不思議に思っているのだから、相対している者たちの衝撃はその比ではないだろう。
先ほどまでゴール下で攻撃を受け続けていた相手が、ここまで高機動型の選手だと思っていなかった者たちは、全員が度肝を抜かれた。
***
当初の湊の話ではあり得ない高機動でパスを受けて、それを中継することで相手にパスコースを読ませず味方へのファールもさせないという話だったが、高機動どころか変態機動でボールまで奪いに行っていたことで、第三Qを終えて最終Qに入ってからもコート内の響ヶ峰の選手らは大混乱に陥っていた。
「ふざけんじゃねーぞ! んなもんがバスケなもんかよ!」
「……お前らがいうなよ」
ドリブルで上がっていた渡邊が囲まれると、彼はそのまま誰もいないエリアに向けてボールを投げた。
それを見た忍足たちはまたこのパスかと進路変更し、ボールの飛んだ方向へ駆け出すが、さらに後ろからやってきた湊が全員を追い抜いてジャンプしながらボールを確保する。そのままライン際で着地した直後、湊は敵を引き寄せてからコート外に飛んで空中から味方にパスを出した。
こんな湊の身体能力頼りのパスにコースもなにあった物ではない。後半に湊の動きが変わってから響ヶ峰はほとんどパスをスティール出来なくなっていた。
要所要所ではショートパスで湊を振り切って点を取っているが、湊たちの追いあげるペースの方が速くて逆転を許してしまう。
ゴール下での反則プレーも攻撃対象が動き回っていては出来る物ではない。これで本人は身体能力を一般人レベルに抑えているのだから、事実を知れば相手は悪い冗談にしか思えないだろう。
「全員あがれ! 馬鹿一人を振り切ればこっちのが上だ!」
相手の選手らの実力は、確かに湊を除く他の選手よりも僅かに高い。ドリブルを最小限に抑え、長距離でのパスを多用し、湊が来ればショートパスで回して誰か打てる者がシュートに持っていけばいいだけだ。
逆転を許しはしたがまだ四点差で追い付く事は出来る。このとき、忍足は勝つために必死になっていることで、自分たちが久しぶりにまともなバスケをしていることに気付いていなかった。
忍足たちが必死に再逆転を目指せば、それをさせまいと渡邊たちもボールを奪ってパスとドリブルでゴールを目指す。
残り時間は二十秒をきった。ここをしのぎ切れば湊たちの勝ちだ。ボールを受けた渡邊はドリブルしながら湊とアイコンタクトを取って、彼にゴールに向かうように伝える。
湊が動けば相手はそれにつられるので、ディフェンスでやってきた相手の視線が湊に向かった一瞬の隙を狙い、渡邊は切り返して躱すとゴールに向かって投げながら、ゴール下に到着した湊に声を飛ばした。
「会長、決めちゃってください!」
その声に反応するように青年が跳ぶ。ギリギリでゴールを外れかけたボールをキャッチし、そのままリングへと叩きこんだ。
中学生の試合では滅多に見れないアリウープに場内は沸き、響ヶ峰の選手がスローインしたと同時に都大会決勝の終了を告げるブザーが鳴った。
「試合終了!」
審判の声に響ヶ峰の選手が数人膝を折る。卑怯な手を使っていたが、最後の瞬間は正々堂々と試合に臨んでいたのだ。マネージャーによれば元々は勝つために反則をするようになったとのことなので、人一倍勝利に執着していたに違いない。
けれど、結果は“81対75”で月光館学園の勝利。これまで都大会へ出場すらしたことのなかった学校が、一気に関東大会への出場を決めたのだった。
試合後の礼を終えると、湊らは一列に並んで観客席にも礼をする。観客席では大興奮と言った感じのプリンス・ミナト会員たちが、『籠球皇子』と書かれた横断幕を揺らして勝利を喜んでくれている。
せっかく大勢が応援に来てくれたため、他の部活が都大会までに消えたこともあって、部員らは期待に応えられてよかったと最高の笑みを浮かべた。
そうして、挨拶も終えて閉会式の前に一度撤収しなくてはならないため、ベンチで荷物を片付けていれば、早々に支度を終えたらしい響ヶ峰の忍足が憎々しげに湊を睨みながらやってきた。
「お前ら、いまみたいな馬鹿頼みの曲芸が早瀬らにも通用すると思うなよ。さっきの手が使えたのはコート内で有里だけが突出してたからだ」
そう、先ほどのワンマンプレーが通用したのは、湊以外の選手が並みの選手であったからだ。速さと体力を武器にコート内を掻きまわし、純粋な身体能力のみで他の選手の実力を上回っていたからこそ、響ヶ峰の選手は完全に封じられて負けたのである。
「あいつらは全員が高校行ってもレギュラーレベルで、その中でエース張ってる早瀬は同世代に敵無しのバケモンだ。身体能力では有里が上かも知れねぇが、身体能力で一歩劣るだけで技術じゃ同世代最高の早瀬のが現状お前よりも強ぇよ」
しかし、中学最強の早瀬率いるチームは、レギュラー全員が強豪校のエースレベル。そんな者らが相手ならば、バスケの技術に関して素人な湊では手も足も出ないはずだと、小馬鹿にしたように笑って相手は告げてきた。
いくら身体能力が高かろうが、テクニックがお粗末ならばボールを奪うチャンスはいくらでもある。対戦する事になればせいぜい気を付けろと言って去ろうとする相手に、湊は普段通りの何を考えてるのか分からないやる気のない表情で返す。
「……そうか、それは少し楽しみだ。お前も試合を観に来るといい」
「なに上から目線で調子乗ったこと言ってんだボケ!」
負け惜しみのような台詞を吐いて去ろうとする相手に言い返せば、湊の言葉が気にくわなかったようで、相手はわざわざ戻ってきてまで暴言を吐いてきた。
忍足が負けた腹いせに何かするのではと、痴漢から助けた少女が後ろで心配そうに見ているが、相手にそんな気がないことが分かっている湊は、忍足にお互いの立場を教えてやる。
「俺は勝者、お前は敗者。現実は厳しいな」
「こんのクソ野郎がっ……次にやったらテメェだけは絶対に潰してやるからな」
「……俺、本業は美術工芸部で、バスケ部は今大会のみの助っ人だからもう出ないぞ」
「……は?」
予想外の発言にポカンと口を開けて呆ける忍足。だが、バスケをするのが今大会中のみというのは事実だ。
マネージャーの少女も今朝電車で聞いた湊の情報について、これくらいなら話しても問題ないと思われる部分まで幼馴染に教えてやる。
「忍足君、有里君って助っ人で出場してるだけでバスケ歴も一ヶ月しかないんだって」
「お、おい。お前ら、まさかマジでそんな文化部から引っ張ってきた助っ人を、中学最後の大会でエースに置いてるとかふざけたこと抜かさねえだろうな?」
「んのなのオレらの勝手だろ。つか、会長は会長だから文化部とか運動部とか、そんな狭い括りに納まる御方じゃねーんだよ」
マネージャーからも告げられた信じたくない事実に、忍足は肩を震わせながら渡邊たち正規部員を問いただす。
すると、渡邊は湊は特別だから何部だろうと関係ないと胸を張って自慢げに言い返すも、それが余計に気に障ったようで、忍足は語気を荒げてバスケ部としての矜持はどうしたと言ってきた。
「プライドの問題だろうが! この馬鹿におんぶに抱っこで恥ずかしくねえのか!」
「隠れてファールしてるお前に言われたくないっつの。つか、負けたならさっさと帰れよ。もうやることないだろ?」
「これから閉会式があんだろうが! くっそ、格好から何から、どこまでもふざけやがって! テメェら中途半端なとこで負けたら許さねえからなっ。いくぞ、櫻井!」
「あ、待ってよう」
怒って去っていく忍足を追いかけて少女も去っていく。閉会式の前に荷物を置きに行っただけだろうが、急に話しかけて去って行った相手を渡邊は不思議そうにみていた。
「なんなんスかね、あいつ」
「……久しぶりに真剣にやって楽しかったし、それで負けて悔しかったんだろ。まぁ、最後の言葉が全てだと思えばいいさ」
「応援なら素直にしろっての。ま、それはそれとして、今日は関東大会出場を祝して盛本先生の奢りで焼き肉ッスかね。よーし、くうぞー!」
渡邊の言葉に部員らが大はしゃぎで喜べば、そんな事は一言も言っていなかった盛本は、食べ盛りの男子らを引き連れて焼き肉など悪夢でしかないとギョッとしている。
しかし、初めての関東大会出場ということもあり、何も御褒美なしは可哀想だと思ったのか、「食べ放題の店でもいいか?」と譲歩案で約束してくれ、閉会式を終えた一同は、湊と恵の社員割引が効くEP社系列の店で祝勝会を開くのだった。