【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第百四十四話 初デート

8月15日(水)

午前――巌戸台駅前

 

 まだまだ夏真っ盛りのある日、岳羽ゆかりはクリーム色のシフォンブラウスにショートボトムスと踵のあるサンダルという涼しげな格好で駅前を目指していた。

 左手を反しながら腕時計で時刻を確認すれば待ち合わせの十時まで二十分ある。まだまだ余裕だなとのんびり歩く彼女は、ようやくお互いの都合がついて実現したデートをそれなりに楽しみにしていた。

 前日から悩んで決めた服で寮を出るときには、普段よりお洒落な姿を見た何人もの寮生に妬ましいと言われたが、仮にだろうと付き合っているのだからデートしても文句を言われる筋合いはない。

 そも、最初は修学旅行と期末テストを終えたら一回デートする予定だったものが、相手が助っ人で出ているバスケ部の大会で順調に勝ち進み、八月末に行われる全国大会出場を決定するほどになったせいでここまで伸びたのだ。

 いつデートが出来るか電話で尋ねたときなど、部活以外にも仕事だなんだと多忙アピールされキレかけて電話を切ってしまったが、湊が色々と普通ではないことは理解していたため、もう一度電話をかけ直していつなら会えるかを聞き直してデートへ漕ぎ着ける事が出来た。

 どうしてデート一つに自分がこんなにも苦労しなければならないのかと疑問を持ちはした。

 普通は男性の方から誘うのではないか、などという自分のイメージもあったので余計に思った部分はあるものの、夏休みに行った女子会では彼の家族であるチドリですら男から誘うものと答えたので、やはり世間一般の女子はそう思っているに違いない。

 だが、相手は年中無休で人助けをしているような人間だ。幼少期の時点で、火事で燃えている建物に侵入し、そのまま人を抱えて二階から飛び降りてくるという、異常とすら言える行動を取っている。

 どうして彼が人を助けるのかは分からない。本人に訊いたときには「目の前で困っていたら助けるだろ」と返されて思わず頷いてしまったけれど、青年の場合は頻度と内容の度が過ぎている。

 こんな事を続けていれば、いつか彼自身が取り返しのつかない事故に遭うのではないか。そんな不安を覚えてしまう。

 しかし、今日はただお互いの新しい一面を知るためのデートを楽しむだけだ。駅前に到着してみれば、既に青年が到着してベンチで読書しているのが見えた。

 強い日差しの下で本を読むと紙面に反射した強い光で視力が落ちると聞くが、真夏なのにやはり黒いマフラーは外さないのかと突っ込みたい衝動の方が強かったので、ゆかりは相手の前まで向かうと先にお決まりの台詞で話しかけてみた。

 

「ゴメン、待った?」

「……徹夜でな。十二時間の遅刻だぞ」

「うぇっ!? いや、私ちゃんと朝の十時ってメールしたよ?」

 

 夜の十時から待っていた。疲れた表情で恨めしそうに言ってくる湊へ、ゆかりは送信履歴から待ち合わせ時間の連絡メールを探して相手に見せる。

 そこには本日の午前十時に駅前集合と書かれており、どうすれば前日の午後十時と勘違い出来るのかと首を傾げるしかない。

 相手が勝手に勘違いしたにしろ、ゆかりが遅刻したと思いながら十二時間も待ってくれていたことはありがたい。が、それなら電話の一本でもくれれば正しい時間を教えてやれた。

 変なところで融通の利かない青年に、ゆかりが少々呆れていれば、湊は本を閉じてマフラーに仕舞いながら立ち上がりつつ口を開いてくる。

 

「ただの冗談だ。夏らしい涼しげな服だな。岳羽の髪色にもよく合っている」

「え、あ、ありがとう。君は……黒いマフラーって暑くないの?」

 

 突然の冗談に驚く間もなく、服装を褒められたゆかりは戸惑ってしまう。友人と遊んだときに服装を褒められる事はよくあるが、彼氏に褒められると何だかこそばゆい気持ちになる。

 自分たちが付き合っているという自覚がまだ湧いていなかった彼女は、恋人とはこういうものなのかと不思議に思いながら、話しかける前から抱いていた疑問を湊にぶつけた。

 すると、湊は光沢のあるマフラーを撫でつつ素直に答えてくる。

 

「暑ければ外してるさ。それで、今日の予定は考えてるのか?」

「買い物してお昼食べて、少し遊んでオヤツ食べて、また買い物して晩ご飯食べて帰宅って感じ」

 

 途中に食事を挿んでいるのは休憩という意味も含んでいる。身体能力だけでなく体力も化け物じみてそうな相手だが、病院の診断書を学校に提出しているのは事実だ。

 さらに、修学旅行から約一ヶ月後ということは、周期を考えると相手はホルモンバランスを整える時期のはず。完全に同じかどうかはともかく、そういった女性特有の辛さを知っている身として、湊の体調の事も考えて大まかなプランを提示したのだが、返ってきた相手の反応はどこか呆れが含まれていた。

 

「なるほど、具体的な内容はないのか」

「むっ、デートプランは彼氏に考えて貰いたいっていう、この乙女心が君には分からないかなぁ」

「食事の場所も含めて考えてないとは言ってない。ただ、岳羽が何かみたいものがあるなら、普通にそちらを優先しようと思っただけだ」

「そうなの? へー、やるじゃん」

 

 相手の体調を考えて休憩を挿みつつのプランを考えていたが、それを素直に話すのは恥ずかしい。そう思ってノープランを指摘されたゆかりが小馬鹿にした表情で誤魔化せば、なんと湊はちゃんとデートプランを考えて来ていた。

 相手はマメな性格をしているため、なんとなく考えていそうな予感はしていたのだが、実際に考えてくれた上で自身のしたいことを優先してくれていたのは嬉しい。

 そんな事を思いながらゆかりは、せっかく考えて来てくれたのなら湊のデートプランに従うと答え、彼に渡されたバス券を受け取ると駅前から移動した。

 

――ショッピングモール“ミルキーウェイ”

 

 中央区にかなり近いがギリギリで港区にある大型商業施設“ミルキーウェイ”。

 ここはEP社の土地であり、入るテナントの決定も含めて湊も経営に関わっているので、ほとんどの者が案内板や無料のパンフレットを見ながら目的地を目指していても、彼は問題なく最短ルートで辿り着く事が出来た。

 知らない場所へ行って調べたり迷ったりで時間を使うくらいならば、自分がちゃんと案内できる場所で相手の興味ありそうなものを見て貰った方が良い。

 そんな風に意外と真面目に考えて湊がここへ連れてくれば、夏前にオープンした事は知っていたが、近場にポロニアンモールがあるせいで来た事のなかったゆかりは、パンフレットを片手に目を輝かせた。

 

「うわっ、ここマリ・アンジュが入ってる! それにJJピーリスが日本初出店って聞いたけど、ここだったんだぁ。ポロニがあるからノーマークだったけど、知ってたら開店セールとか狙ったのになぁ」

「……詳しいな。俺はファッションブランドはさっぱりだ」

「えっとね、マリ・アンジュは私が好きな服のブランド。革物の小物とかも結構扱ってて、そこのレザーケアセットは安いのにすごく質がいいの。今まで関東は渋谷と銀座、関西は神戸にしかなかったから渋谷に行ったときに見てたんだけど、近くに出来たのはかなり嬉しいなぁ」

 

 実家が金持ちと言っても、ゆかりも月々の小遣いをやりくりしている立場なので、好きなブランドの開店セールがあると知っていたなら、一人でだって来たのになと少々残念がる。

 しかし、今までは渋谷まで行かなければならなかったのが、バスで十五分ほどで行けるようになったのは非常に嬉しいと楽しそうに笑う。

 それを見た湊が柔らかい表情を浮かべて歩き出すと、ゆかりも隣を歩きながら先ほど口にしたブランドについて説明を続けた。

 

「JJピーリスは海外のブランドで、日本初出店でニュースにもなったんだけど、そっちは二十代後半とか大人の女性向けかな。ただ、日本限定品もあるらしいからちょっと見てみたいかも」

「岳羽は普段からファッションに気を遣っているが、海外のブランドまでチェックしてるんだな」

「んー、やっぱ入ってくる情報量も考えると日本のがメインになるけど、雑誌で海外ブランドの特集ページとかもあるから、気になったのとかはメモしたりはしてるかな。てか、有里君も基本的にブランド物ばっかりだけど、興味無いならそれって誰が選んで買ってるの?」

「……保護者」

「Oh……」

 

 皇子と呼ばれる青年は普段からブランド物ばかり身に付けている。裕福な家で暮らしてるらしい事は、入学式で運転手付きの高級車から降りてきた時点で分かっていたが、服は親に選んで買って貰っていると聞いてゆかりは複雑な表情を浮かべる。

 確かにモテたいと思っている者や最初からファッションに興味があるでもなければ、男子中学生は自分で選んで服を買ったりしない者も多い。

 けれど、大人びたこの青年もそういうタイプだとは思っていなかったので、意外だなと驚きながらゆかりは隣を歩く相手の服装を改めて眺めた。

 黒いマフラーは置いておくとして、下は黒とグレーのチェックのズボンに茶色のレザーベルト、上は薄ピンクのシャツに深緑のネクタイを締め、白い縁取りがされた濃紺のジャケットを着ている。

 彼はある中で選んで着ただけかもしれないが、とても似合っていて格好良いため、元々この服を選んだ人物は湊の魅力をしっかりと理解している人物なのだろう。

 だが、よく考えたらこれは春先か秋の服装だ。まだまだ暑さの残る八月中旬にここまでキッチリとしては暑いに違いない。そんな暑さも無問題な彼は現在一人暮らしなので、本当にファッションに無頓着なのだと、青年の意外な弱点を発見したゆかりは相手が少し可愛く思えて口元を緩ませる。

 

「フフッ、有里君もちょっとファッションの勉強しなきゃ駄目だね。季節感とかちゃんと意識するともっと良くなるよ?」

「元々の私服は着物だからな。着物ならちゃんと季節に合わせて柄と生地を選べる」

 

 湊の持っている着物は基本的には無地の黒ばかりだが、柄のあるものや女性用の着物だって持っている。それらは季節や気候に合わせて選んで着るため、洋服のファッションに疎いだけだと青年が答えれば、ゆかりは彼の保護者もそういえば着物だったなと思い出していた。

 

「あー、なんか保護者の人も着てたね。やっぱり実家は和風の造りなの?」

「実家がどちらを指しているのか分からないが、生家は田舎ということもあって広い武家屋敷みたいなもんだ。チドリが暮らしている家も少し山の上にあるが、立派な山門のある武家造りの日本家屋だぞ。まぁ、ちゃんと洋室もあるが」

 

 和室ばかりの桔梗組にも洋室は存在し、実際にチドリや湊の部屋は洋室になっている。トイレやキッチンも完全に洋式なので、和風ではあるものの昔ながらの伝統的な暮らしをしているわけではない。

 とはいえ、百鬼の実家も桔梗組も馬鹿みたいに広いので、そんな場所で生まれ育った彼は、母方の実家を知っているゆかりからしても相当の金持ちに思えた。

 

「君って真面目にいいとこの坊ちゃんなのね」

「……初デート記念のプレゼントは一つまでだぞ」

「いや、集るつもりで言った訳じゃないから」

 

 興味を引かれる店が沢山並んでいる場所へ連れて来て貰ったのだ。こういうのは見るだけでも楽しいので、何かを奢って貰うつもりなどゆかりはなかった。

 だというのに、育ちの良さを指摘しただけで集り目的と思われては心外だ。

 ゆかりが抗議もかねて眉根を寄せて彼を見れば、相手は一度視線を合わせただけですぐに正面を向いてしまう。

 交際開始直後にキスしてきた人間が視線を合わせて照れることなどないはず。ならば、何故相手が視線を外したのか疑問に思って正面を向けば、少女はその理由をすぐに理解した。

 

「わぁ! テナントだから狭いのかなって思ってたけど、ここのマリ・アンジュって独立店舗のワンフロアより広いくらいじゃん」

 

 二人の進む正面に見えていたのは目当てのファッションブランド“マリ・アンジュ”だった。店舗の広さも十分にあり、これはかなり期待できそうだと自然とゆかりの歩く速度が速くなる。

 隣を進む青年は彼女のそんな様子に小さく笑い。速度を合わせながら店へと入ってゆく。

 夏休みということもあり人は多いが、湊はかなり目立つので人は自然と避けてくれる。一緒にいるゆかりはそれに気付かず、ただスムーズに店内を見て回れて気分は上々のようだ。

 

「あ、この上着可愛い。今年の秋冬はグレーが流行色なのね」

「……どこで流行色なんて判断するんだ?」

「んとね。一番目立つ場所でディスプレイされてる物があるでしょ。そこをパッと見た感じで何色が多いかっていうのが一番分かり易いけど。流行色ってファッション系の団体が決めてるものだから、そこのホームページみたら来年とかのも分かるよ」

 

 ゆかりが秋物のトレンチコートを見ていれば、湊が不思議そうに流行色について尋ねてくる。何でも知っていそうな彼が訊いてくるなど珍しいが、ファッション系に疎い事は先ほど分かっていたので、ゆかりはディスプレイされた商品をいくつか指しながら丁寧に教えてやる。

 デザイン等は異なっても置いてあるのは彼女の言う通りグレーが多い。同じ色だから固めて置いていると思っていた湊は感心したように頷いているため、ちょっとずつでもファッションについて学び始めているのだろう。

 彼ならば独自路線に走っても何も言われないとは思う。実際、制服の時点で多数のアクセサリーを身に付けていたり、ジャケットの代わりにフード付きコートを着ていたりと半分私服状態だ。

 それでも特に何も言われず、むしろ着こなしが格好良いと評価されているので、素材が良い人は何を着ても似合うから得だとゆかりは小さく嫉妬を覚えて苦笑する。

 

「フフッ、まぁ、流行色は頭に入れておくくらいで意識し過ぎる必要はないけどね。人によって似合う色っていうのがあるし。ファッションの勉強するなら、自分の髪や肌の色で何色が似合うかを考えた方が良いよ」

「そうか……なら、これとかは岳羽に似合いそうだ」

 

 言いながら青年が手に取ったのは、小物の棚に置かれた白いチョーカーだった。レザー生地で出来たそれは、ベルトの太さよりも大きなハートがついており、派手さはないがその分色んなファッションに合わせ易そうである。

 手渡されて商品を眺めるゆかりも、元々ハート柄が好きなのもあって、非常に心惹かれるデザインだと熱い視線でジッと見ながら感想を述べる。

 

「これ、すっごくいい! 渋谷店じゃ見たことないけど新作なのかな?」

「店舗限定物っぽいな。そこに書いてある」

 

 言われて視線を向ければ、チョーカーの置かれていた棚のポップに『ミルキーウェイ店限定!売り切れ次第終了!』とカラフルなペンで書いてあった。

 店舗限定物で売り切れ次第終了というのは、高確率で再販されない本物の限定品であったりする。

 後に再販するときには、リニューアルバージョンといって微妙にデザインが変わる事もあるので、気に入ったならここで買っておかなければ次に来たときにはなくなっているだろう。

 商品を確保しつつ値段を確認することにしたゆかりは、元々チョーカーの置かれていた場所にあるプレートを手に取った。

 

「よ、四千円+税ってことは四二〇〇円かぁ。うー、微妙に高い。有里君、クーポンとか持ってない?」

「……施設内の店なら基本的に十五パーセントオフの会員証ならある」

「それ使うといくら?」

「三五七〇円だな」

「よし、買おう」

 

 縫い目や金具など細かな部分まで吟味し、デザインと造りの良さが値段と釣り合っていると判断したのか、ゆかりは店内を見ている途中だというのに購入を決定した。

 かさ張る物ではないので別に構わないのかもしれないが、中々に思いきりのいい性格だなと湊も感心していれば、チョーカーを持ったままゆかりはさらに店内を見て回り、二十分経ってからようやくレジへと向かう。

 

「すみません、会計お願いします」

「ようこそ、いらっしゃいませ。こちら、すぐに付けられますか?」

「んー、どうしようかな。まぁ、合わせれるし、それでお願いします」

「かしこまりました。こちら、四二〇〇円になります」

 

 店員がレジを打って値段を言いながらタグを外すのを眺め、湊は横から会員証とクレジットカードを出す。

 その際、店員と目が合って相手が少々驚いた顔をした後、隣のゆかりを見て何やら口の端を歪めているので、やはりこの施設内の従業員らには顔を覚えられていたかと内心で溜め息を吐いた。

 

「お値段変わりまして三五七〇円になります。カード一括でよろしいですか?」

「……ああ」

「では、カード一括でお預かりします。こちら、サインをお願いします」

 

 会員証価格になった後、湊はペンを受け取りサインしようとする。しかし、自分が買うつもりで財布まで出していたゆかりは、驚いた表情で湊の腕を掴んで相手を止めた。

 

「え、ちょっ、私これ自分で買うよ?」

「初デートの最初に買った物がプレゼントっていうのも良いかと思って、俺が岳羽に贈りたいんだが駄目だろうか?」

「な、なんかずるい……。どこでそんな女子のツボを押さえるテクニックを学んだんだか」

 

 青年が真っ直ぐ見つめて尋ねてくれば、ただ頷くと負けた気になるのか目を逸らして口を尖がらせながらも、記念や思い出を大切にしたい少女としては、最終的に照れながら頷くしかなくなる。

 そんなやり取りを目の前でされた店員は目元が緩むほどの笑みを浮かべているが、仕事もちゃんとこなすらしく、サインを受け取るとカードを返して来た。

 

「カードのお返しとお客様控えでございます。それとこちらレザーケアセットを現在サービスしていまして、“彼女さん”にお渡ししておきますね」

「わ、すごいラッキー! どうもありがとうございます」

「いえ、また“彼氏さん”と一緒にいらしてくださいね」

 

 プレゼントにオマケまで貰えたゆかりは、店員に礼をしてご満悦で店を出てゆく。

 だが、レザーケアセットのサービスなど本来はしていない。どこにもそんな事は書いておらず、渡した後こっそり湊にウインクを飛ばされれば如何なニブチンでも気付く。

 そう、渡されたオマケには「応援してますよ、有里さん」という意味が籠められていた。

 これで次に会議等で会ったときには、この店の店員からゆかりとの関係について色々と訊かれるに違いない。

 人を寄せ付けない雰囲気を纏っているようで、実際には人助けをして大勢に慕われている弊害だ。もっと厳格なオーナーとしての顔を見せておけばよかったと、湊はテナントの従業員らとのこれまでの付き合い方を今さら後悔した。

 そうして、湊もゆかりの後を追って店を出ようとしたところ、先に出ていたゆかりが背中を向けて何やらゴソゴソとしていたかと思えば、突然得意げな顔で振り返ってくる。

 

「じゃーん! どう? 似合ってる?」

 

 振り返ったゆかりの首には白いチョーカーが巻かれていた。確かにすぐに付けると言っていたが、店を出るなり付けたことに湊は少々驚く。

 とはいえ、白いチョーカーはゆかりによく似合っていた。ハートのデザインも彼女のイメージにピッタリで、感想を求められた湊は小さく笑いながら頷いた。

 

「ああ、やっぱり岳羽の髪色に合ってる。普段から身に付けてくれると嬉しい」

「フフッ、白だから合わせ易いしね。まぁ、ファッションによっては付けれないときもあるけど、優しいゆかりさんが彼氏の頼みをちゃんと聞いてあげますよ。ていうか、プレゼントありがと。大切にするね」

 

 レザーケアセットの入った袋を持つ手とは反対の手でチョーカーに触れ、ゆかりは悪戯っぽい表情を浮かべてから、すぐに嬉しそうに笑顔を弾けさせる。

 時々暗い表情を浮かべることもあるが、やはり年頃の少女には歳相応の笑顔がよく似合っている。

 

「さて、それじゃあ優しいゆかりさんは次は何を見たいんだ?」

「えっとね、ここのティンクル・フェアリーに行きたい。あ、ティンクル・フェアリーっていうのは雑貨屋さんなんだけど、ファンシーなインテリアとかも置いてる店でね」

 

 ゆかりがパンフレットを指して次の行き先を告げると、湊は相手に歩調を合わせて隣を歩く。

 チドリだけでなくその友人であるゆかりたちにも笑っていて欲しいと思っている青年は、今の相手の顔をしっかりと記憶に焼きつけ、彼女らがこんな日常をいつまでも送れる様に影時間の戦いへの決意を新たにした。

 

 

影時間――巌戸台駅裏

 

 分寮を出て少し行った場所にある商店街を抜け、駅の改札口から線路を挿んで反対側にある個人商店の並ぶ路地の交差点。そこでは、今まさに戦闘が行われている最中であった。

 

「ポリデュークス!」

 

 赤いベストを着た少年、真田が走りながら召喚器を額に当てて引き金を引く。

 彼の呼び掛けに答えるよう、渦巻く水色の欠片の中から金髪を揺らし現れた人型ペルソナ“ポリデュークス”は、上空へと飛びあがると敵目がけて雷を落とす。

 攻撃は見事命中し、巻き上がった砂埃が晴れる前に会心の手応えを感じて真田が口元を吊りあげれば、次の瞬間、砂埃の中からカブト虫型のシャドウ・皇帝“死甲蟲”が飛び出してきた。

 

「ぐあっ!?」

 

 翅を羽ばたかせて飛び出した死甲蟲は、そのまま先端が仮面になった角でポリデュークスの腹部に突進を仕掛け、相手を街灯のポールへと叩きつける。

 敵の突進と背中からぶつかったダメージがフィードバックし、真田がその場に蹲れば、敵を挿んで少し離れた場所から情報を探っていた美鶴が声を飛ばした。

 

「このシャドウは雷に耐性を持っている! お前たちは物理スキルで攻撃を仕掛けるんだ!」

 

 バイクに積んだ補助機材を使いながらアナライズを使用した美鶴は、敵の持つ耐性を看破するなり、自身も戦線に参加しようと左手に剣を持ち、右手で召喚器を掴んでペルソナを呼び出す。

 

「こい、ペンテシレア!」

 

 冠を戴き、鉄仮面を被ったアマゾネスの女帝“ペンテシレア”は、呼び出されるとポリデュークスを街灯へ押さえつけている敵へと接近し、両手の剣で素早く敵を切りつける。

 いくら背中が甲羅のように硬いと言っても、飛んでいるときにはその部分は開いている。そこさえ避ければ、下にある透き通った翅など簡単に切り裂く事が出来た。

 

《ギギギィッ!?》

 

 翅を切られ飛ぶ力を失い、背中から敵が落下すればその瞬間に最大の攻撃チャンスが生まれる。真田はまだ完全に復帰できておらず、自分は召喚したばかりだった美鶴は、このまま敵を倒してしまえと右の路地にいた荒垣へ指示を送った。

 

「決めてくれ、荒垣!」

「まかせろ!」

 

 斧を持って走り込んできた荒垣は、起き上がろうとジタバタもがいている敵を見つめ、召喚器をこめかみに当てると躊躇いなく引き金を引く。

 

「ぶっつぶせ、カストール!」

 

 一本足の黒い騎馬に跨り現れた、法王“カストール”は大きく跳躍すると上空から敵に向かって勢いよく落下する。

 相手越しに路面が割れるほどの威力で踏みつけられた敵は、手足をピンと伸ばすと最後は耐えきれなくなったらしく、黒い靄になって消えていった。

 それを見た美鶴は、今日もどうにか敵を倒すことが出来たと安堵の息を吐き。ペルソナをまだ消していない荒垣に近付き、もう敵の反応がないことを伝える。

 

「荒垣、今日のイレギュラーシャドウは今ので最後だ。ペルソナを消していいぞ」

「っ……ああ」

 

 声をかけられた荒垣は、目を瞑って何やら集中するような様子でペルソナを消している。光の粒になって消えてゆくペルソナを見てホッとした顔をしているが、別にそんな事をせずとも消せるはずだ。

 昔からペルソナ召喚の訓練を受けている己と違い。呼び出せるようにはなったが、まだ召喚に慣れていないのだろうかと美鶴が不思議に思っていれば、先ほどまで地面に蹲っていた真田が不貞腐れた顔でやってきた。

 

「まったく、ラストの敵が雷耐性とはついてないな。もっと早く分かっていれば拳で挑んだものを」

「それについては悪かった。まだアナライズの勝手に慣れていなくてな。もう少し訓練を積めば解析までの時間も短縮できるだろう」

 

 敵の耐性さえ分かっていれば、最初から雷で攻撃せず敵の反撃を受けることもなかった。活躍出来なかった真田がそんな風にいえば、未だに敵の能力解析に時間が掛かっている美鶴は困ったような表情で謝罪するしかない。

 美鶴のペンテシレアは本来戦闘タイプのペルソナだ。しかし、アナライズや索敵に応用出来る能力も備えていたため、調整と補助機材の使用によってなんとか実戦で使えるようにしているのだ。

 S.E.E.Sの活動は去年から始まったが、最初は真田たちがペルソナの召喚に慣れるために、ラボの方で調整個体の訓練用シャドウ相手に戦っていた。

 それが一段落して今年になってからは、街中に現れたイレギュラーシャドウと戦うことで、アナライズ等も実戦で使うようになり。まだまだ不慣れなことで時間はかかっているが、戦闘では美鶴のこの能力に助けられている部分も多々ある。

 だというのに、自分の判断ミスを棚に上げて八つ当たりする真田に、話を聞いていた荒垣は幼馴染として呆れた顔を向け、何かと背負い易い性格の美鶴のフォローへと回った。

 

「様子見の段階で突っ込んだ馬鹿の不注意だ。お前が気にすることじゃねえ」

「いや、私自身も現状に満足していないんだ。あと一人くらい増えればタルタロスへ行くようにもなる。その際、今の解析速度では迷宮のようなあの場所の攻略を進めるのは難しいだろう。感知型のペルソナ使いが仲間になってくれればいいが、それまでは私が何とかするしかない」

 

 イレギュラーシャドウを狩るのも大切な仕事だが、最終的な目標はタルタロスの謎を解明し、影時間を消すことにある。

 外では逃げ場があるので戦えているが、逃げ場のない迷宮での戦闘になれば今の解析速度では間に合わない。

 専門家が加わればそちらに任せるが、仲間が増えても感知型がいなければ美鶴がサポートに回るしかないので、美鶴は誰に言われずとも能力を向上させるつもりでいた。

 フォローしてくれた荒垣に感謝しながら美鶴がそんな風に言葉を返していれば、何やら名案を思い付いた顔で真田が口を開いて来る。

 

「探し物が得意な人間をスカウトすればいいんじゃないか? ペルソナは自分の分身なんだろ。なら、探し物が得意な人間なら感知型のペルソナに目覚めるはずだ」

「その可能性はあるが、まず影時間の適性を持っている人間がいないんだ。そこからさらにペルソナに目覚める者など極一部。狙った能力を持つ者をスカウトするのは難しいな」

 

 真田の言いたい事は分かる。力自慢の人間のペルソナがパワータイプになるように、感知型も探し物が得意な人間に目覚める可能性は確かにあるのだ。

 けれど、それ以前に影時間への適性を持っている者がまずいない。

 湊とチドリという中等部に入学した時点で馬鹿げた適性値を叩き出していた者もいたが、チドリとの約束で二人を勧誘出来なくなった以上は他を当たるしかなく。現状、その“他”にあたる人物が発見されていない。

 そういう訳で、狙った能力を持った者のスカウトなど夢のまた夢だと美鶴は答えた。

 

「つか、アキはそんな人間に心当たりはあんのか?」

「そうだな。やはりそういった事は本職の人間の方が得意なはずだ。黒沢さんとかどうだ?」

 

 真田がいった黒沢さんとは、ポロニアンモールの交番に勤務している男性警察官だ。孤児院の火事があった後、色々とよくして貰い。真田夫妻に養子に貰われた後も付き合いが続いている。

 彼のような警官なら本職だけあって探し物は得意なはず。真田の言葉に納得した荒垣は感心したように頷いた。

 

「あー、確かに警察や探偵なんかは探し物も得意そうだな。けど、警察って探し物が得意っていうより、経験則に基づいて見つかるまで探してるだけじゃねえか?」

「……一理あるな」

「フフッ。まぁ、候補者探しはグループでもしている。何か進展があれば君たちに伝えるから、今日は一先ず帰ろう。ご苦労だった」

 

 二人のやり取りに思わず笑ってしまった美鶴は、戦闘で疲れている二人を労いつつ寮への帰還を促す。

 大きなダメージは負っていないが、影時間での戦闘は慣れるまでは余計に疲労が溜まるのだ。

 また明日にでもイレギュラーシャドウが現れるかもしれないので、休める内に休んで貰おうと美鶴もバイクの元へ向かえば、徒歩で帰る二人は先に行くと声をかけてから寮へと歩き出していった。

 

 

 




補足説明

岳羽ゆかり
武器:なし
体防具:ゆかり中学私服(夏)
足装備:キュートサンダル
アクセサリー:NEWハートチョーカー

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