【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第五章 -Preparation-
第百四十六話 三年、二学期開始


9月3日(月)

朝――月光館学園・校門前

 

 中学最後の夏休みを終え、新学期開始の月曜日。

 今日は朝練がないということで遅めに寮を出たゆかりは、駅でチドリたち部活の女子メンバーと出会い。どうせなら一緒に行こうと改札を出てから並んで歩いていた。

 ゆかりと湊は運動部で大会に出場し、美術工芸部は全員が別々のコンクールに応募して、コンクールの方はまだ結果が出ていないが充実した夏だったと言える。

 だが、年頃の女子ということもあり、大会やコンクールよりも恋愛関係の方が気になるのか、チドリが駅の階段を下りながらゆかりに尋ねてきた。

 

「それで、夏は湊とどれだけ遊んだの?」

「え? んー、なんか向こうが忙しいとかってあんまり会えなくて、デートとして二人で会ったのは一回だけかな」

 

 答えながらゆかりは首に付けた白いチョーカーに触れる。初デートの思い出の品として大切にしているが、結局、その後は一回もデートしておらず、会ったのは部活メンバーで集まるときだったこともあり、未だに恋人としての実感はあまりない。

 それを聞いたチドリは呆れたように溜め息を吐き、他の二人は同情的な視線を送ってくる事で、青春真っ盛りのカップルとしては駄目な夏休みの過ごし方だったなとゆかりも反省する。

 とはいえ、相手が忙しくて会えないと言っている以上、家の場所も知らないので自分から会いに行く事は出来ず。カップルで過ごす最初の夏が寂しく終わったのは八割方湊のせいであった。

 

「ってか、部活と生徒会で忙しいのは分かるんだけど、大会が終わってからも忙しいって会えなかったんだよね。もしかして、浮気とかしてるのかな?」

「本人に訊けば答えるんじゃない? 浮気しても言い訳せずに開き直りそうなタイプでしょうから」

「隠さないのはいいけど、開き直ってたら十分に悪質だと思うけどね」

 

 家族であるチドリの意見だけに、確かに湊は言い訳せずに事実を認めてきそうだと素直に納得出来てしまう。

 浮気していたら少々お話する必要があるが、けれど、あの青年が自ら女子に近付いて行くとは考えづらい。

 きっと、浮気も相手に言い寄られて、「抱いてくれなきゃ自殺する」といった風に脅されてしょうがなくするのだろうなと、一年の頃から彼の人となりを見てきたゆかりも一応の信頼はしていた。

 そうして、雑談を続けて校門へと近付いたとき、何やら人が集まっているようで、それに気付いた風花が不思議そうに口を開いた。

 

「あれ、なんか人が集まってるね。何かあったのかな?」

「よく分かりませんが、学生以外の姿も見えますね」

「うわ、あれテレビ局じゃない? なんか大きなカメラ持ってる人とかいるし」

「……どこかの有名人が転校してくるとかかしらね」

 

 新学期早々、学校にテレビ局が来るようなニュースなどなかったはず。よって、何やら大勢の女性やテレビ局の人間と思われる人たちが集まっているのは、きっと有名人か有名人の子どもなどが転入してくるのが理由だろう。

 そんな風に当たりを付け、四人は警備員が工事現場にあるようなカラーコーンを置いて作ってくれている道を通り、マスコミと集まった女性らの前を通過して校門の内側に入ったとき、リポーターの女性がカメラに向かって話している声が耳に届いた。

 

「こちら私立月光館学園では今日から新学期。バスケ界のニューヒーロー、“籠球皇子”こと有里君も登校してくるということで、彼の姿を一目見ようとこんなにも沢山のファンの方たちが集まっています。まだその姿は捉えていませんが、他の生徒さんの話によりますと来る時間は幅があるということなので、もう少し待っていたいと思います」

 

 朝から爽やかな声で話すリポーターは、よくプロスポーツ選手にインタビューしている若い女子アナだった。

 正確には芸能人ではないが、生の美人女子アナがいるということで生徒らが携帯のカメラを向けており、都会に住んでいながらも年頃だけあって結構ミーハーな者が多い事が分かる。

 そして、売り出し中の美人女子アナを送ってくるとは、テレビ局もかなり本気で“籠球皇子”ブームを狙っているのだなと、とても分かり易い業界の流れにチドリは肩を竦めた。

 

「……ついに湊も全国デビューね」

「学園のアイドルが随分と出世したわねー。ていうか、皇子って称号は変わらないんだ」

「そもそも、“籠球皇子”って呼び始めたのは湊のファンクラブだもの」

「あ、そっか」

 

 普通ならば“皇子”ではなく“王子”と表記されるはずだが、プリンス・ミナトでは高貴っぽく見えるからと、あえて“皇子”の方を採用していた。

 バスケ部の応援のときには、バスケの漢字表記である“籠球”と、彼の称号を組み合わせた“籠球皇子”という横断幕を作って応援に行っていた。

 テレビ局はそれをしっかりと確認していたため、彼をアイドルのように持て囃す際に利用しただけで、元々の考案者はプリンス・ミナトだとチドリが教えれば、ゆかりも思い出したようで納得したように頷く。

 しかし、二人と一緒に歩いていた美紀は、湊がテレビで騒がれるようになったのが意外だったのか、テレビ局が来ていてもあまりに普段通りの少女らの様子に面食らっている。

 

「いや、あの、お二人とも驚かれないんですね」

「大会が終わった日の夕方のニュースで、三連覇を達成した学校を最も苦しめた選手として紹介されてたもの。あのルックスと全中での優秀選手賞の受賞で、話題に飢えてたテレビ局が食いつかない理由がないわ」

「私も寮にいたときに有里君がテレビに映ってるって他の子から聞いてたから、まぁ、話題が大きくなればあり得るかなとは思ってたの。流石に新学期早々こんな風になるとは思ってなかったけどね」

 

 苦笑して答えるゆかりだが、湊がテレビで騒がれ出したのは昨日今日の話ではない。

 全中バスケが終了した日の夕方の時点でニュースで取り上げられ、次の日には朝のニュースや昼のワイドショーでも早瀬との一騎打ちを何度も流して紹介していた。

 あるニュースで解説に呼ばれた元プロ選手など、湊と早瀬をどちらもすぐにプロに呼びたいほどの逸材とべた褒めし、実際に二人にはバスケ強豪校の高校以外にも、国内外のプロチームから練習に参加してみないかとの誘いも来ている。

 もっとも、湊はそもそもバスケ部じゃないからと誘いを断り、早瀬も高校は実家から通える範囲で選ぶことにしているので、プロチームの練習には参加してみたいが色々と難しいと保留にしているのが現状だ。

 とはいえ、冷静に自分の生活のことも考えている子どもたちと違い。桜や英恵は大喜びでその特集を録画しまくっていたりする。サインはまだ用意していないのかと直接電話で訊いてくる辺り、もしかすると二人は湊が芸能人になるのもありだと思っているのかもしれない。

 だが、湊本人は外を歩くのも大変だからと、現在はEP社の研究所に引き籠もっており、食事もマフラーに入れている食材を使っての自炊生活で食堂にも顔を見せていなかった。

 助っ人を終えて時間に余裕が出来たので、本当は研究所と病院を行ったり来たりする予定だったが、病院にいると大勢に見つかって大変だったことで、とんだ災難だと湊はバスケ部で活躍したことを後悔していた。

 

『他の生徒の迷惑になりますので校門から離れてくださーい。テレビ局の取材は本人が学業に専念したいからとお断りしています。申し訳ありませんがお引き取りくださーい』

 

 チドリたちが湊のことについて話していると、バスケ部顧問で湊のクラス担任である盛本と数名の教師がやってきて、校門前に集まっているギャラリーをどかせ始める。

 以前は湊に助けてもらった人からのお礼の電話に対応するくらいだったが、今度はその比ではない苦労に新学期早々疲れが見て取れた。

 しかも、リポーターは盛本がバスケ部の顧問だと知っていたようで、急遽インタビューされてしまっている。

 生徒玄関に向かいつつ風花はその様子を心配そうに見つめながら、これでは湊が学校に入れないのではと素直な疑問を口にした。

 

「先生たちも大変だね。でも、有里君ってこんな状態で学校来れるのかな?」

「もしかすると学校が送迎を用意して裏口からってことも考えられますね。というか、有里君が大会後も忙しかったというのは、取材を求めたマスコミの対応をしていたからかもしれませんね」

 

 学校には騒ぎが治まるまでしばらく休むと伝えているが、美紀の想像は見事に当たっており、湊がゆかりと会えない原因はマスコミやブームに乗って騒ぐ人間を避けるためだった。

 もしも、皇子に彼女がいるという情報が流れ特定されれば、当然、ゆかりは日常生活に支障をきたす。

 それくらいで済めばいい方で、ファンになった者たちから誹謗中傷や危害を加えられる可能性もあるとなれば、チドリやゆかりらが傷付くのを由としない青年は、ファンクラブを使って恋人関連の情報について緘口令を布いて距離を置くしかなかった。

 プリミナの会員たちの情報網や統率は素晴らしい物があり、現在のところどのテレビ局にも恋人関連の情報はばれていない。

 普通なら口の軽い生徒がばらしてしまいそうなものだが、以前、いじめを解決した際に湊が生徒らの個人情報をかなり詳しいところまで知っていた事で、リークした人間はすぐに分かってしまうと生徒らも認識している。

 そのため、湊が引き籠もっている間、情報窓口として機能しているプリミナから改めて生徒らに緘口令について説明すれば、生徒らも自分の命惜しさに黙るしかない。

 

「あ、プリンス・ミナトの会長さんたちが入会受け付けとグッズ販売はじめた」

「……商魂逞しいわね。まぁ、湊からちゃんと許可貰って活動するようになったから、別に何か言ったりはしないけど」

 

 とはいえ、真田のファンクラブである“真田王国(キングダム)”と勢力を争っているプリミナにとって、このブームは世界中に自分たちの崇める皇子の存在を知って貰うチャンスでもある。

 以前のバレンタインイベントでも発揮されたチームワークを見せ、会員たちが長机と段ボールを何箱も持ってやってくるなり、校門の外でグッズの販売と入会受け付けをし始めた。

 一応、プリミナは湊の公認ファンクラブなので、彼女たちの販売するグッズが現在のところは唯一の公式商品である。

 “プリンス・ミナト”は組織してすぐに、“籠球皇子”もバスケ部に助っ人として入部すると決まってすぐに商標登録の申請を行っているなど、学生ながら彼女たちもかなり本気で入れ込んでいるので、そこまでの熱意を持ちながら規律に従って動く人間を排除しようとはチドリも思っていなかった。

 だが、それは家族であるチドリが彼女たちの存在や活動を認めているだけで、学校側まで彼女らの活動を認めているという訳ではない。

 

「おー、警備員連れて桐条先輩まで出てきた。こりゃ、当分は騒がしいままかもしれないわね」

 

 生徒玄関前についてからもゆかりらが校門の方を眺めていると、高等部の方から大勢の警備員を連れて桐条美鶴が現れた。

 テレビ局や集まったファンに湊が今日は学校を休むことを伝えているのか、テレビ局のクルーががっかりしたように撤収していっている。

 そしてさらに続けて、学校の前で商売しているプリミナたちにも注意しているようだが、新発売の『鞄にも付けられる“籠球皇子”マスコット(全長八センチ)』を握らせて、会長の雪広繭子が美鶴の説得を試みているみたいだが、実際はただの時間稼ぎで他の会員らが入会受け付けとグッズ販売を続けていた。

 あの桐条グループの御令嬢である美鶴を前にしても引かず、反対に説得して認めさせようとするのはすごいが、美鶴と繭子は一応同級生なのでゆかりたち後輩よりも距離は近いのかもしれない。

 そんな様子を途中まで眺めながら、チドリたちは生徒玄関の中へ入ると靴を履き替え、そのまま各自の教室へと別れて向かった。

 

 

午後――EP社・研究室

 

 世間では皇子ブームで騒がれていても、研究室の方では最初に少々からかわれた程度でその後は普通に業務を続けていた。

 現在行っているのは対シャドウ兵装の新型ボディの開発で、最初にアイギスの設計図を基にイヴを製作してからは、研究を進めてEP社独自の技術を組み込んだ新型ボディの開発にも成功している。

 もっとも、それらは全て湊の義手と彼の計画に必要だから作っているだけで、アイギスのような自我を持った対シャドウ兵装を生み出そうとしている訳ではない。

 

「あー、ちょっと壁にぶつかったかなぁ」

 

 コーヒーを飲みながらパソコンで何やら作業していたシャロンが、急に頭を掻きながら難しい表情を浮かべて独り言を呟く。

 その近くでエマや武多からプログラミングや設計などを習っていた湊は、研究主任である彼女が何に詰まっているのか気になり、教えてくれていた二人に断って彼女に声をかけた。

 

「何か問題が発生したのか?」

「やっぱり、ボウヤがいないとイヴの動作テストが出来ないってのがネックなのよねぇ」

「……どういう意味だ?」

 

 EP社製の対シャドウ兵装であるイヴは、バージョンアップを重ねて既に三世代目まで製作されており、性能を向上または維持しながら見た目はかなり人に近くなっている。

 自分の義手開発にも繋がるイヴの研究を進める上で、湊が優先事項として挙げた条件は、“外見を生身の人に近付ける事”、“兵器としての機能を維持する事”の二つだった。

 チタンボディに布張りしていると言っても、戦闘時のアイギスはある意味で素っ裸の首元にリボンを結んでいるだけだ。

 服を着ればほぼ人間にしか見えないが、真夏でも関節部など機械であることが分かってしまう箇所を隠すような、丈のある服や厚着ばかりするなど不自然でしかない。

 真夏でも黒いマフラーを首に巻いて、丈の長めの上着を着ていた湊だからこそ、周囲の人間がそういった者をどんな目で見るかを知っている。

 湊は機械義手である右腕を隠すためで、途中からはペルソナを使って偽装を施せるようになったが、アクシデントで偽装が解除されたときのことを考え、七分袖ならともかく半袖を着る事は今でもない。

 本人は服装に無頓着で、ゆかりに言われて今は少しだけ勉強しているものの、基本的にファッションなどどうでもいいと考えている。

 だが、アイギスは女の子だ。それも超が付くほどの美少女である。そんな彼女が身体のせいで自由にお洒落を楽しめないなど認められない。

 とまぁ、たったそれだけの理由で、湊は研究員らにかなりの無茶な要求を突きつけたのだ。

 ほとんどの研究員はパーツの換装によって、日常と戦闘用を切り替える様にしてはどうかといったが、湊は「お前らは自分がいつ事故に遭うのか普段から知っているのか」と言って黙らせた。

 いつ何が起こるか分からないからこそ、突然の事態にも対処できるように二つの条件を両立するように言ったのである。戦闘時のパーツ換装など最初から考えており、それをしなくても人を超えた戦闘力を持てるようにというのが湊の注文だ。

 話を聞いたシャロンはそれを過保護と言って笑ったけれど、湊の世界の中心は二人の少女であるため、この先の計画の土台となる対シャドウ兵装の開発に妥協は許されなかった。

 

「そのままの意味よぉ。パーツの耐久力だとか、実際の運動性能を計りたいと思っても、アンタがいないと動かせないんだもん。義手や新造ボディなんて動作チェックしまくってナンボだから、正直、今の状態はすごく効率悪いの。アンタの彼女のコアを盗んできて積み直すとか、他に残ってる対シャドウ兵器とかいたら協力して貰いたいんだけど、そういう子いないの?」

 

 湊が尋ねるとシャロンは溜まっている動作チェックの項目一覧をパソコンに表示し見せてくる。その数は千を超えており、如何に作業の効率が悪いかを物語っていた。

 イヴの仕様はアイギスが元となっているので、高機動を活かし相手を撹乱し、両腕のマシンガンで制圧することを主体としている。

 球体関節人形を参考に、関節部の仕様変更で見た目を人に近付けたことで、イヴには脚だけでなく踝より先の足が追加された。

 湊捜索中のアイギスも、足部分がないのでシフトレバーが操作出来ずMTバイクに乗れないとぼやいていたため、これを知れば彼女はきっと喜ぶ事だろう。

 ただし、高機動は関節部に負荷がかかる。足部分を追加した事も含めて、耐久度を上げるだけでなく衝撃の吸収等にも気を付けなければならない。

 短時間しか使えない上にオーバーヒートで動けなくなる、“オルギアモード”の改良版も第三世代のイヴには搭載されているので、毎日何かしらの動作チェックを行っているくらいでもなければ、開発ペースは今後急激に落ちていく事は明白だった。

 

「そも、正式シリーズはラストナンバーのアイギスくらいだろうし、それ以前のテストベッドの機体は実際に稼働した機体がそんなにいないはずだしな。効率が悪いって、もし協力する対シャドウ兵装の機体がいたら、どれくらい開発速度が上がるんだ?」

「最低でも四割はあがるわね。こっちはシフトの組み方を調節して、常に誰かが研究と開発している状態に出来るのよ。けど、アンタは会社の仕事もしてるし、朝は学校行ってたりとかでしょ? だから、アンタがいないときは、九時に来て五時に帰るみたいな規則正しい就業時間くらいしか無理なのよ」

「なるほど、けど、そんな機体なんて……」

 

 開発ペースが最低でも四割上がるのは確かに魅力的だ。しかし、イヴを動かせる湊がいないときにも動作チェックするために、わざわざアイギスの宿ったパピヨンハートを盗んできたり、残っているかも不明な対シャドウ兵装の機体を探すのは無理があると湊は考える。

 アイギスはそもそも寝ていて起きないと思われ、本人の同意も無しに別のボディへ移し替えるなど湊が認めない。

 よって、現状ではシャロンの要望に応えられないと言いかけたとき、湊は以前桐条宗家の近くにあった旧研究所で見つけた機体のことを思い出した。

 

「ああ、そういえば一人いた。マフラーに入れたっきり忘れてた」

「アンタのマフラーって時間凍結された無限収納じゃなかったっけ? そんなとこに人を入れて大丈夫なの? ほら、メンタル的な意味で」

「……まぁ、封印されてたようだし大丈夫のはずだ」

 

 言われてみると不安になってくる。相手は封印されていて意識はないはずだが、アイギスは寝ている間に夢を見ていたというような事を話していた気もするので、仮にマフラーに収容されている相手もそうならどうなっているか想像もつかない。

 けれど、やってしまったことはしょうがない。問題があれば謝ってから許しを請い、最悪湊の力を使ってその部分の記憶を一時的に封印してしまうことも出来ると持ちかければいい。

 湊がそんな風に色々と穴のある解決策を考えて自信満々な顔をすれば、シャロンは嘆息しつつも希望が通りそうなので何も言わずに話を進める。

 

「ま、なんでもいいわぁ。それで、すぐ会えるの? それとも、その子用の新型ボディを用意してから?」

「……ボディを用意してからにしよう。載せ換えるかは本人の意思を尊重するが、桐条製のボディで運用してると信号の送受信でここがばれるかもしれない」

 

 顎に手を当て、少し考えてから湊は答える。相手が今のボディがいいと言えば現状維持だが、出来ることならEP社製の新型ボディを使って貰いたい。

 パーツは互換性を持たせるアタッチメントを開発しているので、それを付ければ桐条製ボディにも使えるが、やはり全体のバランスというものがあり、桐条グループからの干渉を防ぐためにも、湊個人としては交渉してすぐに新ボディにコアである黄昏の羽根とメモリのデータを移したいと考えていた。

 

「りょうかーい。ま、そういう信号は遮断する構造になってるんだけどねぇ。アイギスちゃんより前の機体なら、比較して桐条グループがどんな風に改良していったのかが分かるから、ただ作るだけでも収穫ありそうだわ」

 

 青年の言葉を聞いたシャロンは、さっそく新型ボディを試せそうだと嬉しそうな笑みを浮かべながら、新ボディ製造のための部品の在庫チェックを始める。

 しかし、流石に一人では色々と手が回らないため、自分の部下たちにも指示を飛ばす。

 

「エマ、武多、EP03の仕様で新しいボディ作るわよ」

「は、はぁ……でも、それって設計図はあるんすか? 前に湊さんから渡されたのはアイギスさんので、換装用の腕部パーツとかのデータはちょっとありましたけど、旧世代機の情報なんてまるっきりないっすよ?」

「その人の黄昏の羽根を積み替え、メモリのデータをスパコンを使って移すにしても、新ボディと旧ボディで外見が違っていたら混乱するでしょうしな。心を持っているのなら、かなり忠実に再現しないと自我崩壊を起こすやもしれませんぞ?」

 

 開発するのはかまわないが、相手の仕様も分からなければ外見も知らないと、部下である二人は困った顔をする。

 湊が飛騨から貰った対シャドウ兵装の設計図は、アイギスと彼女用の換装パーツ等の設計データと運用実験データばかりで、旧世代機の情報は全くなかった。

 一応、話としては一式から三式までは戦車として作られ、四式以降は人型で作られるようになったが、ペルソナを獲得するために黄昏の羽根を搭載しているのは五式以降の機体だけらしい。

 湊は自分の心臓を包んでいる黄昏の羽根の共鳴で、相手が黄昏の羽根を搭載している事は確認済みだ。

 よって、七式はアイギスしか作られていないことを考えれば、相手は少なくとも五式か六式の機体だと思われるが、データが無いでは済まないので、湊は相手の入っている箱の中身をアナライズで解析し、手ずから設計図を書き上げることにした。

 

「……少し時間をくれ。アナライズを使って設計図を書き上げる」

「それならガワだけ先に教えてくれれば作っておきますぞ? 武装やスペックが異なるのは中身の正確な設計図が必要ですが、顔や髪などは言ってしまえば外装パーツですから、色やそれぞれの幅や高さの数値が分かっていれば型を先に作っておけるのです」

「分かった。お前のパソコンにデータを送っておく」

 

 イヴの外見をデザインして作りあげたのは武多だ。彼は自分でフィギュアを作ったりしているそうなので、細かい部分にまでこだわって職人レベルの素晴らしい仕事をしてくれる。

 医者や研究者としては努力で一流までにはなれたが、シャロンや飛騨のような超一流になるだけの才能やセンスは持っていない。

 本人もそれを早期に自覚していて、シャロンとは別の分野の才能を今の仕事に活かす様になったらしいが、湊としてはアイギスたちの新型ボディの開発には欠かせない人材であるため、彼も立派な戦力として才能ともども認めていた。

 

「……ああ、そういえば、相手が持っている物と酷似した武装を持ってる。設計図が書き上がるまで時間が掛かるから、先にそっちの解析をして貰ってていいか?」

 

 言いながら湊はマフラーに左手を入れると、そこから推進器の搭載された人の身の丈ほどもある大剣を取り出した。

 貴重な研究資料であることもあり、流石に床に突き立てる訳にはいかないので、傍にいた武多に両手を出す様に言って寝かせた状態で剣を置いて渡した。

 すると、

 

「ふんぬぉおおおおおっ!? ちょちょ、持って、これ持って!!」

 

 顔を真っ赤にして腕をぷるぷると震わせながら、武多が一度剣を持ってくれと必死に頼んできた。

 額からは脂汗を滲ませ、呼吸も荒くなっているので近付きたくなかったが、あまりに必死に頼んでくるので無碍には出来ず。湊はもう一度左手で柄を握って持ち上げた。

 剣から解放されるなり武多は床に座り込んで腕をマッサージして、少々恨めしそうに湊を見上げてくる。

 

「はぁ、はぁ……おえっぷ……いや、マジで腕が千切れるかと思いましたぞ。そんな馬鹿みたいに重い物を普通に渡さないで欲しいでござる」

「……悪い。けど、そんなに重いか?」

「奥に大きい物の重さを量れる秤があるから、それで試せば一発で分かりますぞ」

 

 ここでは対シャドウ兵装のボディのデータを取るため、相手を運ぶ道具に載せたままでも重量などを量れるよう、大きな電子秤なども用意されている。

 相手がそんなに言うなら実際に計量しておこうと、湊は台車に剣を載せると台車の重量を引いた状態で計量を始めた。

 シャロンやエマも見守る中、画面に表示された数値は“約九三キロ”、シャロンは小数点以下の数値も含めてすぐにそれをメモしているが、三十貫(一一二キロ)の九尾切り丸に比べれば軽い物だと湊は肩を竦めた。

 

「……名切りの武器より軽いな」

「いやいやいや、僕の五分の三の重さですぞ。一般ピーポーにとっては十分重すぎるくらいです。というか、こんなの重量で叩き斬られますから、普通の武器では受け止められませんしな。流石はロボット用の武器といったところでしょうか」

 

 人を超えた力を持ったロボットの武器なら頷ける仕様に、武多が台車を秤から下ろして移動させながら感心する。

 武器が武多の体重の五分の三ということは、彼の体重は一五五キロということになり。湊にすればある意味でそちらの方が衝撃だったが、アイギスの最大積載量は三百キロを超える。

 そのデータを知っていれば装備の重量も別段おかしくないため、武器の研究を彼らに任せた湊は、研究所内の一室に移動してアイギスの姉妹機が封印された箱を取り出し、そこで設計図の製作に取りかかって行った。

 

 

 




本作内の設定

 ラビリスの同型機が持っていた多変機構付き大剣の重さを約九三キロに設定。

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