【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第百四十七話 五式の少女

9月8日(土)

朝――EP社・研究室

 

 アイギスの姉妹機の新型ボディの開発が始まって五日が経った。湊が設計図を二日で書き上げたことで、予定よりも早く製作に取り掛かれることになり、予定では二週間後には完成するとみられている。

 設計図を書き終えた湊は、そのまますぐに桐条宗家近くの元研究所に向かって彼女のことが書かれた研究資料が無いかを探し。あまり目ぼしい物がないと分かれば、今度は英恵の元へ向かって、彼女の家のパソコンから桐条グループのサーバーにアクセスして情報を探した。

 その結果、封印されている少女の名前は“五式ラビリス”。屋久島の研究施設で実験を行っていたところ、施設を破壊して脱走しようとしたため封印されたらしい。

 もっとも、当時行われていた実験は、性能データの収集と精神への負荷を与えることを目的とした同型機との戦闘実験だったようなので、詳細は分からないものの、姉妹と戦わせられることに嫌になって逃げ出したのではと湊は自分の推測を他の者に話していた。

 自我と心が与えられていたのなら、確かにその線はありそうだとシャロンも考えたが、推測を話していたときの湊の瞳が蒼くなっていたことで、刺激するのは拙いかと何も言えなかった。

 

「おっはよー」

 

 そうして、設計図を受け取って実際に開発が始まってから四日目の朝。社宅から出勤してきたシャロンは、夜勤組と既に出勤していた部下たちに挨拶をしながら研究室に入る。

 彼女は割と時間ぎりぎりに出勤してくるため、部屋には既に全員が揃っているが、夜勤組から引き継ぎをしているならともかく、誰も開発室に行かずにこの部屋で事務作業をしているのはおかしいと思い。怪訝な表情を浮かべながら自身の助手に声をかけた。

 

「武多、なんで全員こっちにいるの? ラビリスちゃんの新ボディ開発は?」

「い、いやぁ、それがその……」

「何か問題が発生した? そういうときは夜中でもいいから電話で呼べって言ってたはずなんだけどねぇ。事と次第によっちゃあ、ぶん殴ることもありえるんだけど、何かあったのなら報告してくれる?」

 

 夜勤組で引き継ぎを終えれば帰る予定の武多に声をかければ、パソコンに向かいキーボードを叩いていた彼は肩をビクリとさせて何やら言い淀んでいる。

 対シャドウ兵装はかなりの精密機械なので、ちょっとのミスで修正に時間を取られるのだが、相手の様子からすると最初から作り直しレベルのミスを犯したのかもしれない。

 完全に手遅れになる前に呼べばシャロンなら修正出来ただろう。彼女は飛騨のようなオールラウンダーな天才ではないが、医者としての腕と義肢製作に応用できそうな工学系のことであれば同等の能力を持っている。

 真の天才は万に通じるというのは本当であり、武多も彼女の実力は知っていたはずだが、とりあえず報告を聞かない事には始まらない。

 シャロンが改めて夜の内に何があったのか尋ねれば、武多はやや言いづらそうにしながらも話し始めた。

 

「はい。えっとぉ、ラビリスさんのボディがほぼ完成してしまいました」

「はぁ? 開発に約三週間、つまりあと二週間はかかる予定が、どうなればそんなに早まるのよ?」

「湊殿がですね。僕たちに聞きながら手伝って、途中からはほとんど一人で作ってしまったんです」

 

 確かに湊が研究員らに教わって熱心に勉強していた事をシャロンも覚えている。最初にアイギスの設計図の見方を教え、イヴの新ボディを作る際に細かく教えることで、彼も作業を手伝えるようになってきていた。

 彼がアナライズを使ってラビリスの設計図を書き上げられたのもそのためで、もしも、設計図の見方から教えていれば開発のスタートは九月下旬になっていたに違いない。

 しかし、いくら作業を手伝えるようになってきていたにしても、流石にこの短期間に一人で完成まで持っていくのはあり得ない。

 ラビリスにはアイギスに搭載されていない機能に使うらしい装置が積まれていた。逆にアイギスにはあって彼女に積まれていない装置もあったので、彼女が備えている全機能を残したまま、改良版オルギアモードを搭載させて設計し直したのがラビリス用の新ボディである。

 彼女にしかなかった機能分だけ装置が増えているため、当然イヴよりも開発に時間がかかってしまう。しかも、ラビリスはアイギスよりも背が低いので、積む装置が増えているのにボディは小さくなるという開発者泣かせの仕様だ。

 シャロンはそういった事を気にせず、むしろ装置の小型化を目指して楽しそうにしていたが、半年前は素人だった青年が設計図を完成させたばかりの小型装置まで作ってしまったのなら、なんとも面白くない話だと拗ねたような顔をした。

 すると、武多と同じく夜勤組で近くにいて話を聞いていたエマが、椅子に深く座りなおしてだらけた様子で補足の説明をいれてくる。

 

「最初は普通っぽかったんすけど、何かどんどん集中していって、途中からは主任に止められてた時流操作まで使ってたんす。時流操作を始めたら私らは下手に干渉できませんから、休憩もせずに一人で作業続けるのを見てるしかありませんでした」

 

 その説明を聞いてシャロンもようやく短期間で完成に至った理由を理解した。時流操作を使えば時間を圧縮する事で、現実の一日を一週間や一ヶ月にする事も出来る。

 青年の学習能力が高い事は知っていたが、不自然なほどに成長が速すぎると思っていれば、実際は異なる時流の中、一人で少しずつ作ったようだ。

 あれだけ脅しておいたというのに、使う必要のない場面で時流操作を使う馬鹿さ加減には呆れて何も言えないが、シャロンがインスタントのコーヒーを淹れながら空いている席に座ると、エマがさらに言葉を続けてきた。

 

「つーか、知識や技術の吸収力もヤバいっすけど、ラビリスさん達への執着具合って言えばいいのかあの人なんか異常っすよ。正直、私ら人間よりもアイギスさんやラビリスさんの事を優先してる節があって恐いっていうか。今も一人で開発室にいますけど、何考えてるのか分からないっす」

 

 使えば自分の死期が早まるかもしれない異能を使い。さらに、誰も寄せ付けない空気を放ちながら、休憩もろくにせずに一人で黙々と作業を続ける姿は異様に映る。

 芸術家など作品を作る事に没頭する者はいるが、湊はそういった者たちとはどこか違っている。異常なほどの執着といえばいいのか、何を考えているのか理解出来ず不気味だとエマが眉を寄せれば、彼の事情を他の者より少しばかり知っているシャロンは苦笑を浮かべた。

 

「なるほどねぇ。私も詳しくは知らないんだけどさ。まぁ、アイギスちゃんは命の恩人らしいからねぇ。その子のために世界征服みたいなの計画しちゃうくらいだし。ボウヤにすればアイギスちゃんたちが世界の全てなんじゃないの? ねえ?」

 

 笑いながらシャロンが振り返れば、そこには開発室から出てきた湊がぼんやりとした顔で立っていた。

 休まずに作業を続けていたせいか、珍しく疲れているというか眠そうに見えるが、訊かれた本人は何の話か分かっていないようで首を傾げている。

 

「……何の話だ?」

「べっつにぃ。それで完成したの?」

「ああ、後は最終チェックをして貰うだけだ。今から頼めるか?」

「いいわよぉ、アンタのおかげで暇になっちゃったもの。最終チェックが終わったら第二演習場がいつでも使えるようになってるからさぁ。そっちでラビリスちゃんの再起動の準備もしておいてくんない?」

 

 開発の手伝いをしていた湊は、教えた事はしっかりと出来る様になっていったので、武多やエマが間違った事を教えていなければラビリスの新ボディはちゃんと完成しているはずだ。

 しかし、初めて作ったタイプのボディのため、念入りにチェックするつもりのシャロンは、並行してラビリスの起動準備をさせておくことにした。

 彼女の言葉に頷いた湊は研究室を出ていったので、自分は準備を進め、開発室での最終チェックは完全にシャロンに任せるらしい。他の研究員なら一緒に立ち会って勉強していくのだが、青年はアイギスの姉であるラビリスに早く会いたいのだろう。

 彼は相手がずっと封印されていることも気にしていたので、そんな集中を欠いている状態なら居ても変わらないと、シャロンは見学する者は一緒に来いと誘って開発室で最終チェックを行うのだった。

 

 

午後――第二演習場

 

 屋久島の桟橋で研究員らに拘束され、主電源を落とされ封印されていた少女は、突然体中を信号が駆け廻るのを感じた。

 封印されている間は夢のような物を見ていた気がするが、とりあえず身体が動くのでゆっくりと目を開ける。

 

「んっ……」

 

 久しぶりに起動したからか、目に搭載された光感知センサーがすぐには動かず、眩しそうに目を細めてセンサーが部屋の明るさに慣れるのを待った。

 ようやくセンサーが対応した事で部屋の中を見ることが出来るようになると、ラビリスは自分がとても広い部屋にいる事に気付く。学校の体育館よりも一回り広く、けれど、床や天井は耐衝撃性の素材で出来ている。

 二階と思われる高さの場所には、特殊強化ガラスがはめ込まれ、そこから白衣を着た人間たちがこちらの様子を伺っており、広さ等は異なってもここは自分が実験をしていた耐衝撃チャンバーと同じ用途の部屋なのだと察した。

 そして、五メートルほど離れた場所で左手をポケットに入れて立っている青年が、今日の実験の相手なのだと推測する。

 レオタード姿のようなラビリスと違い。相手は首にマフラーを捲いたカジュアルな私服姿だが、搭載されている黄昏の羽根が共鳴して相手も同じ物を積んでいるのが分かる。

 もっといえば、ポケットに入れていない右手が明らかに機械なので、ラビリスは彼が自分よりも後に開発された新型なのだと考えた。

 

「新型さんなんかなぁ? ウチ、再起動されたばっかりで実験のマニュアルデータも受け取ってへんねんけど、今から何したらええん?」

「……関西弁なんだな」

「ああ、なんか言語インターフェースの初期化が正常に行われてへんかってんて。分かり辛かったら堪忍な」

 

 研究員や“機体番号024”にも最初に同じ事を言われたので、やはり初めて会った相手は気になるのかと苦笑して事情を説明する。

 しかし、以前の実験では始まったら会話する事が出来なかったので、新型の青年とちゃんと会話が出来ている事にラビリスは少々安堵した。

 これならば、現状をいまいち理解出来ていない自分の質問にも答えて貰えそうだと、彼女は改めて質問を口にした。

 

「訊いてもええかな? ここってどこなん?」

「EP社の工場地下にある研究エリアの第二演習場だ。住所という意味なら東京都港区の端、ぎりぎり中央区に入っていないくらいの場所だな」

「東京? ってことは、島やなくて本州におるってこと?」

「東京にも島はあるけどそうだな。思いっきり首都圏だ」

 

 淡々と情報を教えてくれる青年に対し、その話を聞いたラビリスは自分が本州にいると聞いてチャンスだと考えていた。

 凍結封印される前に逃げ切れなかったのは、あそこが四方を海で囲まれた屋久島だったからだ。

 船にこっそりと乗り込むのも難しく、これでは逃げ切れないと諦めて、自分の後に生まれてくる者たちの願いが叶うようにとだけ祈って眠りについた。

 けれど、ここが本州ならばいくらでも逃げられる。自分が会いたいと願った相手がどこにいるのかは分からないが、それでもまた戦わされ続けるくらいなら、起動したばかりで相手も油断しているであろう今逃げた方が成功率は高い。

 

(新型さんは何の武器も持ってへんけど、ウチは背中に戦斧しょっとる。入り口はまだシャッターも閉められてへんみたいやし。これやったら逃げられそうやね)

 

 自分の脱走のために相手を攻撃するのは気が引けるが、現状、もっとも厄介な追手になりそうなのは新型の青年だ。

 基本スペックは自身と同等かそれ以上のはずなので、武装してくる前に斧の平べったい部分で殴り飛ばし、一時的に行動不能に追いやって部屋を脱走しようと決める。

 チャンスは一度きり。ここで相手を行動不能に出来なければ脱走は失敗するため、ラビリスは心を鬼にして背中の斧に手を伸ばすと、それを掴みながら相手に向かって駆けだした。

 

「ゴメンなっ!」

 

 両手で掴んだ斧をテニスラケットのように振り抜く。普通の人間が喰らえば重傷だろうが、自身と同じ機械の身体なら小破で済むはずだ。

 突然の攻撃に相手は驚いているが、自分には託された願いと叶えたい夢がある。故にここで止まってはいられないと、ラビリスが相手を殴り飛ばそうとすれば、

 

「――――急に攻撃とは随分な挨拶だな」

「そんなっ」

 

 その攻撃は相手がマフラーから取り出した、光の紋様が刀身に浮かんだ大剣で受け止められていた。

 一体どういった原理で武器が現れたのかは不明だが、遠心力を加えて威力の上がった攻撃を喰らっても、多少押された程度で相手はほとんどその場から動いていない。

 ガードの瞬間に刀身をぶつけに来て威力を相殺したのか。そう考えるも、仮にその方法で相殺していれば斧が弾かれているはずだ。

 相手の基本スペックが分からない上に、武装の数も不明となれば状況は圧倒的に不利。これは即時離脱を選択し、逃げる途中に新型の青年を撒く作戦にシフトするべきだろう。

 作戦を決めたラビリスは横っ跳びで距離を開けると、入り口に向かって駆けだした。

 

「隔壁閉鎖! 絶対に外に出すな!」

 

 ラビリスの狙いを読んだ青年が叫ぶ。それを聞いた上の研究員らが操作したようで、即座に入り口の扉をシャッターが四重に覆って封鎖した。

 だが、もしかしたら破壊できるかもしれないため、ラビリスは振り上げた斧を勢いよくシャッターに叩きつけた。

 

「っ――――硬過ぎる、せやったら強化ガラスを!」

 

 ぶつけると同時に金属同士の鈍い衝突音が響く。攻撃をしかけたラビリスは、返ってきた衝撃からシャッターの強度を逆算して自分のパワーでは破壊出来ないと判断。

 そして、周りの壁や床も同じだけの強度を有していると推測し、もっともマシだと思われる二階の高さにある強化ガラスを破壊しようとそちらを向きかけたとき、ラビリスは機械の駆動音を聞いて転がる様に回避行動を取った。

 直後、先ほどまで彼女が立っていた場所に銃弾の雨が降っている。受け身を取りながら立ち上がったラビリスが銃弾の飛んで来た方を見れば、青年が右手の指先を向けて立っていた。

 

「火器制御系の搭載モデル……やっぱ、飛び道具はずるいわ」

 

 流石は新型、自身が作られたときには完成していなかった火器制御系を搭載し、見事な射撃を見せてきたことにラビリスは僅かな嫉妬を覚える。

 けれど、強化ガラスへの攻撃に移ろうとした際に攻撃してきたということは、そちらは破壊できる可能性があるということだ。でなければ、扉の隔壁へ攻撃を繰り出す時点で相手が攻撃していなければおかしい。

 脱走への希望が見えてきたことでラビリスはやる気を燃やし。一番の障害である敵の無力化を最優先事項に決定しながら、斧を両手で握り直すと攻撃のために地面を強く蹴り駆け出してゆく。

 

「はぁぁぁぁぁっ!!」

 

 もう自分と同じ機械たちを殺したくない。本当は戦い傷付けるのも嫌だが、脱走するには相手を無力化するしかないので、四肢のどれかのパーツを切り飛ばして大人しくして貰うしかない。

 故に、元の場所から動いていなかった新型へ突進しながら、ラビリスは巨大な戦斧を振り下ろす。

 相手はそれを片手で持った剣でいなし、武器に引っ張られて体勢を崩しかけたラビリスが諦めずに今度は横薙ぎに振るえば、青年はサマーソルトキックで躱しながら顎を蹴りあげてきた。

 

「うぐっ」

 

 重い斧をコントロールしている最中に蹴られたことで、ラビリスは完全にノーガードで攻撃を喰らってしまい、背中を打ち付けながら仰向けに倒れる。

 武器を手放さなかったのは偶然だが、体重を乗せた戦斧の一撃を軽くいなしてくるような相手に、まさか素手で対抗できるとは思わないため、ラビリスは偶然に感謝しながら起き上がり、再び突進すると細かく斧を振るって牽制しながら戦力の分析を続ける。

 

(ウチの斧を凌げてるいうことは、あの剣の強度は斧より上の可能性が高い。武器の破壊は実質不可能。後から動き出して対処できる反応速度を持ちながら、こっちの攻撃範囲を完全に読みきって躱してるみたいやし。基本スペックが違い過ぎるわ)

 

 細かく振るった斧を剣で小さく弾きながら相手は後退してゆく。壁に着かないよう部屋の中で円を描く様に動いているため、ラビリスが諦めるか相手が攻勢に出ない限りは決着がつかない。

 しかし、ラビリスは圧倒的な性能差によって自分が勝てる可能性がほぼ無い事に気付いていた。

 自分の人格の元になった少女に会いたい。仲間殺しなんてしたくない。たったそれだけの願いが、この新型の青年一人に阻まれる。

 

「お願いやから、ウチを外にいかせて! 会いたい人がおるんよ!」

 

 同じ立場である青年ならば、研究員ではなく自分に味方してくれるのではないか。そんな淡い希望を抱いて語りかけるも、相手は表情一つ変えずにラビリスの攻撃を防ぎ続けている。

 前回の脱走時に掴みかけていた謎の力を使えば勝てるのかもしれないが、今の彼女はその感覚を完全に忘れてしまった。

 もっとも、研究員が“ペルソナ”と呼んでいた不可思議な存在を、目の前の新型の青年が使えるのなら自分が出せたところで勝ち目はない。

 だがそれでも、もうあんな辛い実験を行うのは嫌だった。

 

「もう……もう殺すんはイヤや。もうあんな事したないねん! 戦わせんといて!」

 

 “エモーショナル・ティアー”、そう呼ばれる涙を、彼女たち対シャドウ兵装も感情の昂りによって流す事が出来る。

 ラビリスは哀しみによって涙を流しながら必死に訴え続け、大きく振り被った戦斧を相手に向けて振り下ろすと、

 

「――――わかった」

 

 青年は両手を広げてその攻撃を真正面から受けてしまった。

 振り下ろされた戦斧は、相手の左肩から腰辺りまで袈裟切りに一気に切り裂く。着ていた服と肉だけでなく、硬い骨までも叩き斬ってしまった感触が武器越しに伝わってくる。

 そうして、相手が武器を手放して床に倒れるまでに、全身に生温かい液体を浴びたラビリスは、戦斧を取り落として赤い液体に濡れた自分の手を見た。

 

「な、え、なんで? これ真っ赤って……ま、まるで血みたいやん……」

 

 自分の腕部パーツよりも鮮やかな赤色の液体は、まるで血のようではないか。

 しかし、自分と同じ機械の青年から血が出るはずはない。もし、これが血であったなら、彼は機械ではなく人間だったということになってしまう。

 そんなはずないと自分に言い聞かせ、ラビリスは自分の腕から滴り落ちる液体と、青年を中心に広がり続ける床の赤い水たまりを茫然と見つめた。

 すると、少しして部屋の入り口を覆っていた隔壁が解除され、白衣を着た長身の女性と何人かの人間が慌てた様子で入ってくる。

 先頭にいた女性は自分の服が汚れるのも構わず青年の横に膝をついてしゃがみ込むと、相手の首や頬に触れながら呼びかけている。

 

「ちょっと、声を聞こえてる? ……ダメ、意識が完全に飛んじゃってる。武多、すぐに動ける人間を呼んで工場の手術室の準備、エマは手術室までボウヤを運んでくれる人間を呼び出して!」

 

 女性の様子から事態が一刻を争う事が伝わってくる。指示を受けた二人が携帯でどこかへ連絡を取りながら部屋を出て行ってからも、女性は青年の服を破って傷の状態を確認して苦い表情を浮かべている。

 上手く状況を飲み込めないラビリスは、嫌な予感を感じながらも状況を把握しているであろう研究員らしき女性に声をかけた。

 

「な、なぁ、これどういう事なん? ウチ、新型の子と戦ってたんやないの?」

「詳しい事は後で説明するけど、このボウヤは一応は人間よぉ。ただ戦闘力を得るために心臓に黄昏の羽根を積んでるし、右腕を失ってから機械義手を付けてるけどね。それ以外は普通に生身だから傷付けば痛みを感じるし、怪我が酷ければ死ぬってわけ」

 

 女性は普通に会話するような口調で答えてくれたが、表情は強張っており、予断を許さない緊迫した状況であることが見て取れる。

 今も広がり続けている赤い水たまりを見て、ラビリスは背筋に言いようのない悪寒が走った様に感じる。

 黄昏の羽根を積んでいて、火器の付いた機械の右腕を持っていて、何よりあれだけの戦闘力を持っていながら、倒れている青年は人間だったというのか。

 あり得ない、絶対にそんなはずはない。自分に言い聞かせようとするが、機械ではあり得ない鮮やかな赤色が彼女に現実を突きつけてくる。

 そしてさらに、敵だとばかり思っていた青年について、彼の様子を見ている女性が新たに伝えてきた。

 

「ラビリスちゃんは勘違いしてたようだけど、この子は桐条グループを恨んでて全面的にアンタの味方だったのよ。ただ、急に脱走しようとしたから、そのまま外に出すのは危険だと思って、貴女が話を聞ける状態になるまで足止めしようとしたみたい」

「そ、そんならウチは、人を、人を殺して……」

 

 かつて大勢の同胞を殺し、今度は自分たち兵器が守るべき人間までも手にかけてしまった。その事実が重くのしかかり、青年の血で汚れた手が激しく震える。

 

「骨は繋がってるけど、なんでそれ以上の治癒が働いてないのよ。ああもう、不眠不休で作業なんてするからっ!! ちょっと、本気でヤバいわよ! 担架でもストレッチャーでも良いからボウヤを運び出して!」

 

 女性は破いた彼の服を傷口に当てて出血を抑えようとしているが効果は薄い。床に広がった血だまりから出血量を計算し、このままでは本当に死ぬぞと声を張り上げて救助隊を急がせれば、ようやく到着したらしい男たちがストレッチャーを持って駆けこんできた。

 青年の大切な武器は置いて行くと大変だが、普通の者では一緒に運ぶ事など出ないので今は置いて行くしない。

 やってきた男たちが四人がかりで青年をストレッチャーに乗せる際、青年から再び夥しい量の血が流れ出る。それを見たラビリスは自分のしてしまった事の重大さに耐えきれず、血のついた手で頭を抱えるとその場に崩れ落ちた。

 

「イ、ヤ……イヤ……イヤァァァァァァァァ――――ッ」

 

 青年が運び出されていく中、少女の叫びは無機質な部屋に虚しく響いていた。

 

 

 




補足説明

 ラビリスの使っている言葉は人格モデルの少女の影響で京都弁に近いが、厳密にはなんちゃって京都弁や関西弁の設定であるため、中途半端に標準語の言い回しが混じっていたりする。
 また、言語インターフェースの出力のバグでそのような話し方になっているだけなので、彼女が頭の中で考えているときに使われている言葉は、アイギスと同じ標準語の設定となっている。標準語で考えている言葉を口に出そうとすると、出力のバグで関西弁に変換されるのが彼女の仕様である。

補足説明2

 普段、若藻の能力で機械義手の右腕に偽装を施している湊だが、事情を知る関係者くらいしか居ない場所では、エネルギーの節約のために偽装を解除している。
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