【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第十五話 第四研究室

午後――第四研・研究ラボ

 

 会議室を出て湊たちがやって来たのは、第四研の研究ラボ。

 執務室兼研究室と被験体らの部屋が繋がっている第八研は特殊な例で、他のほとんどの研究室では、執務室・研究室・被験体らの部屋はそれぞれ分かれて存在している。

 それだけで、第八研がいかに他所と違っているか実感したチドリは、移動する面倒の少ない第八研で良かったと密かに思っていた。

 そうして、データ収集の機器類の置かれた部屋と、実際に実験を行う部屋とが、強化ガラスで仕切られた第四研のラボへと湊が足を踏み入れる。

 途端に、悪い意味で有名な湊に、中で作業していた研究員らの視線が集まるが、特別話しかけられることもなく、湊は少し大きな画面をした機械の前に案内された。

 少し待っていてと伝えて、機械の電源を入れている沢永を見ながら、湊が声をかける。

 

「それで? 俺に何を教えて欲しいの?」

「片方は質問ではないけど、大きく分けると二つよ。一つはうちに所属するアナライズ能力持ちの二人にアナライズの方法を教えて欲しいの。素質を持っているのは分かっているのだけど、最近になってペルソナをまともに呼べるようになっただけだから、上手くアナライズ出来ないのよ」

 

 沢永の話を聞いていると、丁度そのタイミングで入り口が開き。二人の子どもが研究員によって連れて来られた。

 その二人が自分たちの前までやってくると、顔に覚えのあった湊とチドリは少々驚く。

 何せ、目の前に並ぶ二人は、あの満月のタルタロス探索でチドリと一緒にいた二人だったからだ。

 少々不安げな様子の女子を湊が見ていると、沢永が口を開く。

 

「二人とも、彼に挨拶を」

「は、はい。えと、顔は覚えてくれてるかな? ボクは藤崎 瑪瑙(ふじさき めのう)

「わしは白戸 陣(しらと じん)や。呼び方は、ジンでええ」

 

 メノウと名乗った相手は、少々アッシュがかった茶髪のおかっぱに、赤茶色の瞳をした少女で、二人に挨拶をしたはずなのだが、頬を軽く染めてチラチラと湊を見るという、チドリにとっては不愉快な行動を取っている。

 それに対し、ジンと名乗った関西弁の少年は、湊よりもさらに青みがかった髪の七三分けで、虚ろな瞳をしてメガネをかけている。

 両者とも、自分たちよりも少し年上に見える二人が挨拶をしてきた事で、湊も改めて自己紹介をする事にした。

 

「前にも言ったかも知れないけど、俺は湊。研究員からはエヴィデンスって呼ばれてる」

「私、チドリ。今日は湊についてきた」

 

 メノウの湊への態度に、若干不機嫌になったチドリが無愛想に挨拶をして、全員の自己紹介をすませる。

 大人ならばここで握手なり礼なりをするところだが、そこまでする気のない湊は、照れたような笑みを向けてくるメノウが少々気になりながらも沢永に向き直った。

 すると、起動を終えていた機械をいじっていた沢永が、画面を見ながら話し始めた。

 

「挨拶は終わった? なら、話を進めるわね。その二人は貴方たちと同じアナライズ能力を持っているのだけど、さっきも言った通り上手くやり方が分からないの。加えて、十四号……えっと、メノウは探知能力も持っているから、出来ればそちらのアドバイスも頼めるかしら?」

「了解。だけど、俺と話をしたければ、次からは全被験体を名前で呼べるようにしておけ。そっちの事情は知らないし、知るつもりもないけど。カーストの下位が上の者をそんな風に呼ぶなんてあり得ないだろう?」

 

 沢永が誤って普段の呼び方でメノウを呼んでしまうと、先ほどまでと打って変わったように、湊の言葉がナイフの様な鋭さを宿していた。

 傍にいるチドリが実際に冷気を感じるほど、いまの湊は静かな怒りと殺気を放っている。

 これには、メノウとジンも目を見開いて驚き。幾月や他の研究員は、嫌な汗が背中で流れるのを感じた。

 そして、睨まれている沢永が、自分の命が簡単に消される恐怖に身体を震わせながら答える。

 

「は、はい。わ、わかり、ました」

「うん。それじゃあ、他の人間もそれで頼むよ。他の研究室にも言っておいて。呼び方のミスは一度きりだって」

 

 言いながら振り返った湊の瞳の色に、研究員らは息をのむ。

 湊の瞳の色は、珍しい金色をしていた事を明るい場所で確認している。

 しかし、いま振り返った湊の瞳は、不思議な輝き方をする蒼。全てを見透かすようなその視線に射抜かれると、他の者は首を縦に振る事しか出来なかった。

 研究員らの反応に満足したのか、湊はそれを確認し終わると、すぐに沢永の方に向き直り。その時には、瞳はいつもの金色に戻っていた。

 それにより、先ほどの根源的な恐怖から解放された沢永は、どっと冷や汗が吹き出すのを感じながらも、自分がいま無事であることを実感し安堵する。

 常とは違う様子の研究員らにメノウとジンが驚いていると、湊は横から引っ張られるのを感じた。

 そちらに視線を向けると、非難するような目で自分を見つめながら、マフラーを引っ張るチドリが立っていた。

 

「えと、なに?」

「湊のせいで寒くなったからマフラー貸して」

「貸すのはちょっと無理かな。これ色々としまってあるから」

 

 先ほど冷気を実際に発するほどの殺気を湊が出したことで、入院着のようなものしか着ていないチドリは寒くなってしまったらしい。

 それを理解しながらも、マフラーには武器や召喚補助媒体の試作品を入れているため、苦笑しながら貸す事は出来ないと湊は断る。

 だが、チドリがそれでは納得しないことも分かっていたので、湊はマフラーを緩めると、手に力を纏いながら二人で巻ける長さになるよう念じてマフラーを伸ばす。

 そうして、元のサイズの約二倍になったマフラーをチドリにも巻いて、そのままギュッと手を繋いだ。

 

「これでいい?」

「……うん」

 

 湊が優しく微笑みながら尋ねると、チドリは顔の半分をマフラーで隠しながら小さく頷く。

 よく見ると、耳が赤くなっていたりするのだが、マフラーに顔を埋めているチドリを眺めている湊はそれに気付かない。

 

「さてと、それで? もう一つっていうか、研究の質問は?」

「え? あ、ああ、今から説明するわ」

 

 急に話しかけられ、ビクリと肩を跳ねさせ反応が遅れる沢永。

 しかし、湊を呼んだ元々の理由を思い出したため、画面に自分たちの仮説と疑問点をまとめたものを表示した。

 

「うちの専門は耐性や弱点に関する研究なのは知ってると思うけど。私たちはこれを後天的に変更することや、一時的にでもスキルを用いて変える事が出来るかが知りたいの。研究と鍛錬の結果、ペルソナが巨大化した者もいるから、私たちは可能だと見ているのだけどどうかしら?」

「率直に言えば答えはイエスだよ。ただ、後天的に変更っていうのとは少し違う。スキルには常時発動型と随時発動型があるんだ。だから、光無効や光反射ってスキルを覚えれば、元は弱点でも上書きされて光が効かなくなったりするんだ」

 

 説明を受け、スキルの種類が二つあると初めて知った沢永は、興味深そうにメモを取る。

 後ろで話を聞いている幾月も、手帳を取り出しメモしていることから、エルゴ研全体で未だスキル自体の研究があまり進んでない事が伺えた。

 

「次に、随時発動型だけど、そっちもスキルとしては存在する。そんなに効果が持続する訳ではないから、常時発動型ほど安心することは出来ないけどね。でもその代わり、そっちは他の人間のペルソナにも使う事が出来る。まぁ、ペルソナに覚醒してる人間にしか使えないから、適性しか持たない研究員らには使えないけど」

「それは相手の耐性や弱点を変更する方もあるのかしら?」

「弱点変更はないけど、耐性を消すのはあるよ。効果時間は味方に耐性を付加するのよりも短くなると思う。ああ、先に言った味方に耐性を持たせる方もだけど、あるのは火炎・氷結・疾風・電撃の四種だけだから。呪いの闇属性と浄化の光属性は喰らえば一発でダウンする技だから注意して」

 

 湊の言葉により、自分たちの仮説が正しいことが証明された第四研の人間たちは、お互いに握手し合うなど、顔を輝かせて喜んでいる。

 それは、シャドウに関する研究も扱っている第二研の幾月も同様で、シャドウの耐性を消す事が出来ると分かり。これを利用すれば、シャドウとの戦いをより有利に進める事が出来るだろうとして、自分の研究室でも調べていこうと考えていた。

 大人たちの喜びようを見ていた湊は、まだスキル名も教えていないのにと心の中で嘆息するが、一緒にマフラーを巻いているチドリが上機嫌だったことで、本人も気分が良くなっていたため、細かいことを言うのは止めておいた。

 そうして、研究員らがある程度落ち着いてから、苦笑気味に湊は沢永に話しかける。

 

「スキル名を言っても良いかな?」

「あ、ごめんなさい。ええ、教えてもらえるかしら?」

 

 自分より二回りほど若い相手に、気を遣わせてしまったことに申し訳なさと羞恥心が湧き。頬に僅かに朱の差した沢永が笑顔で返す。

 湊はそれに一度頷くと、先に常時発動型についての説明を始めた。

 

「常時発動型からいくけど、これは斬・打・貫の物理も含めた全属性にあって。それぞれ、耐性・無効・反射・吸収って感じ。ただし、光と闇には吸収はないよ」

「物理にも吸収があるの? でも、吸収って?」

「無効+回復って感じかな。敵の力を奪って体力なり精神力なりが回復するんだ。でも、それはペルソナやシャドウの攻撃のみの話ね。これは耐性系全てに言える事だけど、例え炎無効のペルソナ持ちだろうと、科学や自然発生した火は普通にダメージを負うんだ。だから、物理の反射・吸収を持っていようと、シャドウの攻撃の余波で飛んできた物とかは、防ぐことは出来ないってワケ」

 

 そう告げると、湊は右手をあげて節制のカードを出現させる。

 掌の上で浮きながら回っているカードに他の者の視線が集まっていることも気にせず、湊はそれを握り砕いた。

 

「こい、スーツェー!」

 

 カードを握り砕くと同時に現れたのは、煌びやかな尾羽を持つ朱い鳥、節制“スーツェー”。

 突然呼び出されたペルソナに、他の者が驚いていると、湊は微笑を浮かべて呟いた。

 

「スーツェー、俺にアギラオ」

 

 湊の指示に驚き、他の者が止める間もなく、スーツェーの口元で作られた火球が湊とチドリを襲った。

 ドゴォン、という爆発にも似た音がラボ内に響き、沢永も幾月も、二人が炎に包まれるのを黙って見ている事しか出来ない。

 そうして、ようやく炎が治まると、命令したときと同じ微笑を浮かべた湊が一切の怪我なく立っていた。

 同じように急に炎に包まれたチドリも、じとっとした目で湊を睨み、繋いでいた手を力いっぱい握っているが、特に怪我をしているようには見えない。

 それにより、二人とも火炎属性に対し、無効の耐性を持っていたことを他の者は理解した。

 事情は理解したものの、躊躇いなく自身とさらに共にいる少女にも炎を放つという異常な行動を目の当たりにして、沢永は嫌な汗が額に滲むのを感じながら口を開いた。

 

「そ、それが無効耐性なのね?」

「そう。影時間だろうが、平時だろうが、それがペルソナやシャドウの攻撃であれば、耐性は絶対に効果を発揮する。で、それ以外だと……ああ、誰かライター貸して?」

 

 実演するために、湊がライターを求めると、研究員の一人がポケットから取り出したライターを持ってきて、それを湊に手渡した。

 チドリと繋いでいた手を解いた湊は、受け取ったジッポータイプのそれで、何度かカチャンカチャンと鳴らしながら、火をつける練習をする。

 三回ほど繰り返すと、火の点け方に慣れたのか、火を点けたままにして、湊は躊躇いなくその火を自らの腕につけた。

 

『っ!?』

 

 湊が自分の腕を焼き始めて数十秒経った頃、先ほどのペルソナのスキルと違い、実際に肉の焦げる臭いがし始める。

 顔色一つ変えず、平然と湊がそんな真似をしていることに、研究員の誰もが動けずにいると、チドリが先ほどまで湊と繋いでいた方の手で、湊の持っていたライターを払い遠くに飛ばす。

 カランと軽い音を立てながら落ちた衝撃で蓋が閉まったので、火事になる心配はないが、危ないなと湊が相手を見返すと、明らかに怒った表情のチドリが湊を睨んでいた。

 

「……何で自分の腕焼いてんの?」

「分かりやすいかなって。大丈夫、簡単に治るし。そこまで痛くないから」

「治るとかそういう問題じゃない! わざわざ怪我するようなことしないで!」

「……気をつけるよ」

 

 予想外のチドリに怒りに、少々驚いた湊は、それだけ返すと高同調状態でカグヤを呼び出し自分を治療する。

 身体が回復スキルの光に包まれ、光が治まると、湊の腕は傷の跡すら残らずに回復していた。

 それを確認させるように、チドリに傷のあった部位を見せると、ペタペタと実際に何度も触れてようやくチドリは納得したように手を離した。

 

「さてと、ああ、貸してくれた人はゴメンね。壊れてはいないと思うけど、壊れてたら飛騨さんに請求まわしていいから」

「それより、君は大丈夫なのかい? 顔色一つ変えていなかったけど……」

 

 肉の焦げる臭いが未だ消えないことから、先ほどの湊の行為が現実である事を嫌でも認識させられる。

 何名かの研究員が、口を手で押さえながらラボから出ていった事で、よりはっきりとそれを理解しながら、引き攣った表情で幾月が尋ねると、湊は普段と変わらぬ声色で答えた。

 

「大丈夫だよ。俺も、死んでいった他の被験体も、もっと苦しくて辛い痛みを知ってるから。あの程度なら普通に我慢できる」

「出来ないわよ。少なくとも私は、自分のときでも、湊のときでも、あんな風に笑ったままではいられない」

「そう? そっか……そっか……」

 

 湊の言葉を否定すると、繋ぎ直していた手を離し。今度は腕を絡ませて組み、チドリは悲しそうな瞳で湊を見上げる。

 すぐ近くでその表情を見ながら、自身を気遣う言葉をかけられた湊は、少し照れたように年相応の笑みを浮かべた。

 飛騨曰くプロヴィデンスでもある少年のその笑みと雰囲気に、それを引き出した、ただの被験体でしかないチドリの重要性を研究員らは再度理解する。

 湊の行動原理は被験体らの安全の確保だと思われていた。

 しかし、それは間違いだったのだ。

 確かに、被験体らの安全を確保したいというのも、湊の本心かもしれない。

 けれど、その根底にあるのは、チドリという一人の少女をただ守りたい。それだけなのだ。

 

(あの子をコントロール出来れば、エヴィデンスはこちらの言う事を聞いてくれるかもしれない。だけど、エヴィデンスと接しているからか、あの子自体の精神の成熟度も小学生のレベルを超えている。だとすると、刷り込みも出来ないでしょうし、手段は第一研のようなマインドコントロールに限られてくるわね)

 

 最も扱い辛く、目下最大の障害になり得る湊をコントロールする。

 これは第八研を除く、全ての研究室で考えられた事だ。

 ペルソナやシャドウに関する知識で湊を超える者は、いまのエルゴ研には存在しない。

 ならば、その相手をコントロールできたなら、自分たちの研究は一気に真相へと至る事が出来るだろう。

 よって、いま湊をコントロールする鍵を見つけた沢永が、このように本人らを目の前にして、その方法を考えてしまうのも無理はない。

 そして、当然、それは幾月にも同じ事が言えた。

 

(だが、それは不可能だ。エヴィデンスが彼女を自分の傍から離すわけがない。仮に離れたとしても、探知が出来るためこちらの行動は相手にばれる。それに、我々が彼女にマインドコントロールをしようとすれば、情報がばれた時点で皆殺しにされる。それとも、彼女を人質にして、こちらの言う事を聞かせるか? 流石のエヴィデンスも一瞬で数百メートルを移動することは出来ない。彼女の無事を保障する代わりに、彼の持つ知識全てを吐かせれば……)

 

 “ハイリスク・ハイリターン”。チドリを人質にして、湊をコントロール出来れば、得る物はかなり多い。

 腕を組んで、右手を口元に当てながら、難しい表情で考える幾月は、その齎される情報の誘惑に沢永以上に惹かれていた。

 自分たちが皆殺しにされるかも知れないと、そう分かっていても手を出したくなる。

 研究者だけでなく、一人間として、未知なる存在であるシャドウやペルソナを理解したい。

 そんな根源的な欲求に駆られながら、寄り添いあう二人の子どもを見つめる瞳には、死を齎す湊とは別の狂気が混じっていた。

 

 対して、チドリに見つめられ、周囲への警戒を緩めていた湊は、楽しげに顔を綻ばせながら、先ほどの話を思い出し。沢永の方へ向き直りながら、口を開いた。

 

「あ、話を戻すね。今度は随時発動型のスキルで、火耐性付加の“赤の壁”、氷耐性付加の“白の壁”、風耐性付加の“緑の壁”、雷耐性付加の“蒼の壁”の四種類があるんだ。でも、無効ではないし、元から耐性類を持ってる人間に重ね掛けしても効果はないから、そこは注意して」

「重ね掛けしても効果がないってことは、後天的には常時発動型でしか無効・反射・吸収はつけれないってことね?」

 

 話を聞きながら興味深そうに頷いていた沢永が尋ねると、湊は小さく笑いながら「そういうこと」と返事を返す。

 腕を絡ませ、湊の肩にこてんと頭を載せているチドリがいるため、湊も雰囲気が穏やかになっており、恐怖は微塵も感じない。

 それを見ている者にすれば、殺気を放つときとのギャップが激し過ぎるだろうと少々面食らうが、それでも生命を脅かされると思った先ほどとでは天地の差だ。

 もうあんな目には遭いたくないと思っている研究員らは、言葉を交わさずとも、お互いが同じ事を考えていると理解し。不用意な発言をせぬよう、気を付けながら今の湊を扱うことにした。

 

「それでは、今度は相手の耐性を消すスキルを教えてくれるかしら?」

「うん。まぁ、そっちは単純に火炎・氷結・疾風・電撃の属性名のあとにガードキルって付けるだけなんだけどね。敵単体を対象に耐性・無効・吸収・反射を全て解除するんだ。さっきいった壁系のスキルと違って単純に耐性を付加させるよりも複雑な術だから、その分、効果は短くなるからこれも注意ね」

 

 湊のいった注意点もしっかりとメモしながら、沢永は自分たちの仮説が実在すると分かり、自分たちの研究に手応えを感じ内心でガッツポーズをしていた。

 仮説が湊によって肯定されただけだが、無駄な嘘を吐く相手ではない。

 よって、無条件にとはいかないが、湊をある程度信じることは出来るのだ。

 そして、今回のこの情報を元に、第四研の被験体らで耐性付加・消去スキルを発現させる方法を確立出来るかもしれない。

 そうなれば、自分たちの研究は他の研究室よりも一歩抜きん出ていると認められ、影時間に関わる研究を終えた後も、組織のトップである桐条武治から自分のしたい研究の資金を融通してもらえるようになる。

 そんな未来のことを思いながら、喜びで緩みそうになる表情をどうにか引き締めると、メモを終えた沢永が顔をあげた。

 

「それで、いまいったスキルはどうやれば発現するようになるのかしら?」

「……さぁ?」

「そ、そんなっ!?」

 

 直前の喜びから一転、地面に叩きつけられるような精神的なショックを受け、沢永ら研究員は顔を驚愕に染める。

 自分たちを導いてくれる筈の湊に、まさか知らないことがあるなどとは思わなかったのだ。

 

「そもそも、ワイルドの力を持ってる俺は、皆と違った理論でペルソナを行使してるからね。弱点も耐性も、それを持っているペルソナに付け替えれば良いんだから、スキルを目覚めさせる方法なんて分からないんだ」

「ひ、ヒントは? 何か、切っ掛けになりそうな事でも良いの。何でもいい、能力の発現に繋がりそうなことを教えてちょうだい」

「いや、そう言われてもね……。まぁ、ペルソナは心の力だし、本人が強く望めば得られる可能性もあると思うけど? いま弱点でも、それを克服すれば耐性になるかもしれないし。苦手な物を強く拒絶し続けていれば、反射になったりってさ」

 

 ワイルドを持つ湊は、個人レベルで足りない力を補うという方法が分からない。

 足りないのならば、それを持っている別のペルソナを使えば良いのだから、補うのではなく完全に他所から持ってくる発想なのだ。

 故に、ことペルソナの弱点・耐性の改善という分野に限り湊は教師として不適任であり。それならば、自身の運動性能の低さを補う形でペルソナを進化させた、第一研のスミレのような者の方が教師としては適任だと言えた。

 

「本人の弱点の克服という、精神の変化がペルソナに強い影響を齎す。心その物であるペルソナだからこそ出来る方法ね……」

 

 しかし、第八研を除き、各研究室は研究成果の独占を計り、自分たちの元にいる被験体の能力発現の過程を公表したがらない傾向にある。

 そのため、スミレに関して、ペルソナが巨大化したという最低限の情報しか持たぬ第四研の人間から、その発想が出る事自体が起こる筈もなく。

 沢永は素直に湊の助言だけを信じてしまった。

 その選択で、第四研に所属する被験体らは、第一研とは違うペルソナの成長を迎える事になるのだが、それを皆が知る事になるのは当分先のことである。

 そうして、耐性・弱点変化に関する研究について、今日中に部下たちと話し合う事に決めた沢永は、気持ちを切り替えると、顔をあげて湊に話しかけることにした。

 

「それじゃあ、研究に関する質問は以上で終わりよ。どうもありがとう。それで、後はジンにアナライズを、メノウにはそれに加えて探知も教えて欲しいのだけど。時間的にもう第二研にいかないといけないかしら?」

 

 ラボ内に設置されたアナログな時計を見て、沢永は幾月にちらちらと視線を送りながら湊に本日のスケジュールを尋ねる。

 湊は被験体番号000の番外個体なので、普段から、チドリらのように戦闘訓練も課されていなければ、命令権を誰も持たないので自由時間も多い。

 だが、その分、湊は湊で被験体のためになる研究や、エルゴ研から去った後の事を考えて準備を始めているので暇だという訳ではない。

 よって、今日のような、助力を得ることが出来る機会を逃したくない沢永は、第二研の方では既にアナライズ持ちは死んでしまっているものの、幾月も興味を引く内容で湊を第四研に残そうとした。

 そして、その結果、

 

「いや、構わないよ。アナライズや探知の仕方が分かれば、いまは目覚めていなくとも才能が眠っている者の力を目覚めさせてあげることも出来るかもしれないからね」

 

 幾月から、その言葉を引き出す事に成功した。

 確かに、初期段階からアナライズの力があると分かっていた者に劣るにせよ。後の強化で使い物になるレベルまで力を高める事が出来る可能性もある。

 そうなれば、探索時の被験体らの損害を最小限に抑えることも出来ると思うので、沢永も湊も幾月の案自体に反論はなかった。

 メガネの位置を直しながら、落ち着いた様子で自分を眺める幾月にもう一度視線を向けると、湊は視線を沢永に戻し口を開く。

 

「いいよ。もう少ししたら今日は帰るけど、最低限の知識は今日中に教えるから」

「知識? アナライズは対象の情報をデータとして知覚するだけのものではないの?」

 

 不思議そうな表情で、沢永はそういって湊に尋ねる。

 沢永ら研究員の仮説では、アナライズは対象をスキャンし、情報のみを読みとるという発想のものであった。

 だが、湊が“最低限の知識”というからには、情報を読みとるだけではないのだろう。

 能力自体の全貌が分からず、尋ねたまま沢永が視線を湊に固定していると、湊は苦笑しながら後ろにいたメノウとジンに向き直った。

 

「沢永さんさぁ、ゲームのやり過ぎじゃない? アナライズはそんな単純なものじゃないよ。探知なんて、さらに難しいしね。俺は世界とリンクする感覚で探知してるけど、チドリは生体反応を元に知覚するって感じだし。情報の得方すら何タイプもあるんだよ」

「世界とのリンクに、生体反応? タイプが違うとやはり能力の強弱や、目的ごとの得手不得手も変わってくるのかい?」

 

 現在、実際に探知を行えているのはエルゴ研では、第八研の二人しかいない。

 そのため、どんな些細な情報でも貴重だとして、幾月が尋ねると、それにはチドリが答えた。

 

「アプローチは違うけど、私と湊の能力は結構似ているから、そこまで差はない。だけど、一度に処理出来る情報量の違いもあって、湊は私より速く広範囲を調べられる」

「ああ、そこはそうだね。けど、明確な違いもあって。チドリは生体反応を元に情報のやり取りをする訳だから、他の誰かが似た系統の力を持てば、乗っ取ったり乗っ取られたりする可能性があるんだ」

「では、貴方はそんな事には成りえないと?」

「周波数が違うようなもんだからね」

 

 小さく笑って湊が能力のタイプを周波数に置きかえると、話を聞いていた者もいくらかすんなり理解することが出来た。

 車で携帯オーディオ機器をトランスミッターで繋ぐと、近くに同じ周波数を使っている車があると、混線してスピーカーからは同時に二つの音楽が聞こえてしまう事がある。

 湊のいう、乗っ取ったり乗っ取られたりというのは、まさにそれと同じ事なのだろう。乗っ取れば相手の車のスピーカーからは自分たちのかけている曲が聞こえ、乗っ取られれば自分たちの車のスピーカーからは相手のかけている曲しか聞こえなくなるのだ。

 しかし、湊は周波数が違うので混線することがない。

 乗っ取ることが出来ない代わりに、自分も相手からハッキングを受ける心配もないなど。タイプの違う湊とチドリの能力は、どちらも一長一短であった。

 

「さて、話を戻すけど、先にアナライズを説明しようか。アナライズの基本は相手を観察すること。全てを見透かすように、対象の構造だけでなく、その内面すらも探る。まぁ、強さに差があり過ぎると、把握出来なくてあんまり役に立たないけど、差が縮まれば分かるようになるから気にしなくて良い」

 

 そんな風に説明を受ける二人だが、まともにアナライズをしたことがないため、湊の具体性に欠ける説明では欠片も理解できていなかった。

 しかし、そんな事を言えば、自分たちも研究員のように脅されるかもしれないという恐怖から、何も言う事が出来ず。

 最低限理解した、相手を観察するという事だけとりあえずやってみることにした。

 

「えと、ペルソナを召喚しても良いかな?」

「良いよ。けど、最終的には召喚しなくてもある程度は調べられる様になるから、非召喚時でも対象を解析する練習もしておいてね。それと、これ貸してあげるよ。これ使えば召喚が安定しやすいから」

 

 そういって湊は、マフラーから召喚補助媒体を取り出してメノウに手渡す。

 武器としての機能はなくなっているが、それ自体は本物の拳銃であるため。受け取ったメノウは不安そうにしている。

 しかし、以前の訓練時にも黒服から借りた拳銃を使った召喚を行っているので、今回のこれも同じ物だろうと思う事にし。

 メノウは銃口を喉に向けて引き金を引いた。

 

「……来なさい、デュスノミア!」

 

 引き金を引くと同時に光を纏って現れたのは、メノウのペルソナである正義“デュスノミア”。

 ギリシア神話で『不法』を司るデュスノミアは、赤い瞳に、長い銀髪をたなびかせている女性型のペルソナである。

 その瞳と髪のある頭部は、石膏像を思わせる真っ白い肌をしているが。首より下は薄っすら透き通った水色のガラスのような素材で出来たマネキンで、右手には高さ二メートルほどの拷問器具である鉄の処女(アイゼルネ・ユングフラウ)を鎖に繋いだ状態で持っている。

 メノウによって呼び出されたペルソナを見ながら、湊が改めてアナライズをしていると、一発で召喚出来たメノウが少々驚いた表情をしていた。

 

「これ、すごいね。なんか、いつもよりすんなり召喚出来たよ」

「仮名は召喚補助媒体。俺には関係ないけど、他の人が召喚しやすいようにって試作したんだ」

「へぇ。じゃあ、勝手に名前付けても良いかな? 召喚補助媒体って長くて言い辛いし」

 

 手を後ろで組んだまま顔を傾け、やや上目使いにメノウが尋ねてくると、名前に拘りの無かった湊は頷いて返す。

 そんな二人のやり取りを、チドリが不機嫌そうにしながらみているのだが、メノウの視界には湊しか入っていないようで。

 少し考える素振りを見せると、顔をあげて口を開いた。

 

「決めたよ。やっぱり難しいのにしても覚え辛いし、シンプルに“召喚器”か“召喚銃”が良いと思う。ミナト君もこれからはそう呼んでよ」

「召喚器に召喚銃ね。いいよ。それじゃあ、正式名称は召喚器ってことで。ジンも召喚器を使ってペルソナを呼び出してみて」

「おう。こいや、モロス!」

 

 メノウに続き、召喚器を受け取ったジンがこめかみに銃口を当てて引き金を引くと、ジンの頭上に隠者“モロス”が現れる。

 ギリシア神話で『定業』を司るモロスは、湊の持つ死の神タナトス、タカヤの持つ眠りの神ヒュプノス、カズキの持つ嘲りの神モーモスの兄弟で、ニュクスの子どもとされている。

 そのデザインは、上から順に大中小と大きさの違う三つ重なった独楽で、頭部・胴体・腰を表しており。独楽同士が重なっている部位の回りに浮いているリングから手足が生えているという、非常に奇抜な見た目をしていた。

 他の者のペルソナは人間から離れたデザインをしていても、どこか生物らしさを残していたりするのだが、ジンのモロスには顔のパーツすら存在しない。

 故に、これは機械なのではないだろうかと思ったチドリが、小さく毒を吐く。

 

「……変なロボット」

「あん? こいつはわしのペルソナのモロスや。ロボットちゃうぞ」

「顔もないし、ロボットにしか見えないわよ」

 

 急にチドリが言ってきたので、湊に召喚器を返していたジンが言い返すと、チドリはさらに小馬鹿にしたような呆れ顔で返した。

 ジンからすれば、言われたから召喚しただけだというのに、ここで自身のペルソナを貶される覚えはない。

 そのため、怒りからチドリを睨みつけると、苦笑した湊がチドリの腰に手をまわして抱き寄せ。ジンの視線から隠れるようにしてから、チドリに話しかけた。

 

「モロスっていうのはね、定業を司る盲目の神なんだ。だから、その概念を形として表すのなら、目がなくてもおかしくないんだよ」

「じょうごう? それってどういう意味?」

「ある行いをしたことで起こる結果が定まった事って意味だよ。ただ、モロスの場合は死の定業だから、どちらかというと死という概念を定義づけた存在って考えた方が近いと思う。でもまぁ、その定業自体を司ってるんだし、分かりやすくいうなら、その起こる結果を定める神って感じかな」

 

 説明してから、湊は相手が理解できているか確認を意味も込めてどんな表情をしているか、視線を向ける。

 すると、最初は眉根を寄せて難しい表情をしていたチドリは、最後の言葉で理解出来たらしく、フムフムと頷いていた。

 同じように説明を聞いていたメノウとジンも、神話などまるで知らなかったようで、年下である湊の話にも素直に感心していた。

 

「さっきも研究所の人に色々教えてたし、ミナト君って物知りなんだね。ボク、すごく尊敬するよ」

「そう? まぁ、それは良いから、アナライズの練習をしよう。俺が基本属性を持った四体のペルソナを呼ぶから、今日はペルソナを呼び出したまま、相手を観察して。そのとき、ただ眺めるだけじゃなく、中身や本質を見抜くよう意識することを忘れないで。それじゃあ、皆でてこい!」

 

 言い終わるなり、湊は相手の返事を聞かずに、カードを連続で握り潰し四体のペルソナを呼び出した。

珍しい青毛の虎、節制“バイフー”。緑の鱗を持つ竜、節制“チンロン”。赤い羽根の鳥、節制“スーツェー”。黒い亀とその甲羅に絡みつく黒い蛇、節制“シェンウー”。

 次々と呼び出された、巨大な四神のペルソナたちに、第四研の二人は怯え気味に驚いている。

 しかし、ゆっくりするつもりの無かった湊が、二人に声をかけて直ぐに練習を始めさせ。夕食の時間になるまでやらせると、その日の練習と他所の研究室訪問を終えたのだった。

 

 


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