【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第百五十話 新説・シンデレラ

夜――お屋敷

 

 むかしむかし、あるところにシンデレラ(有里湊)というとても美しい貴族の娘がいました。

 彼女の母親は病に倒れて早くに亡くなりましたが、父親が再婚した事で継母と二人の姉が出来ました。

 けれど、一家揃った新しい生活も長くは続かず、父親も病に倒れて亡くなると、継母と二人の姉たちが本性を現しシンデレラにきつくあたるようになったのです。

 父親の遺した遺産で暮らしているというのに、継母たちはシンデレラに掃除、洗濯、お風呂やご飯の用意まで頼んでまるで召使の様に扱います。

 でも、シンデレラは強い子だったので、継母と姉たちのいじめに屈しず、見る者すべてを魅了するほど大変美しい女性に育ちました。

 腰よりも長い艶やかな黒髪、青いバラを象った右眼の眼帯、そして豪華な紫色のドレスを身に纏って優雅に紅茶を飲みながらリビングで読書をしていると、廊下の方からばたばたと足音が聞こえて誰かが部屋へと入ってきました。

 

「シンデレラ! ちょっとシンデレラ! お風呂を用意しておいてって言ったのにお湯が張られてないじゃない! どういう事なのよ!」

 

 バスローブにスリッパ姿で現れたのは、義理の次女であるマドカ(西園寺円)でした。

 シンデレラには劣るが彼女もそれなりに美しい容姿をしているものの、気の強い性格とPAD偽装を施した貧乳であることがネックとなり、持ち上がった縁談話は顔合わせの会食の時点で毎回破談となっています。

 今日も破談になってぷりぷりと怒りながら帰って来たのですが、先に電話でお風呂の用意をしておけと言っておいたというのに、服を脱いで風呂場に入ると新居のようにピカピカな風呂があるだけで、そこには一滴のお湯も溜まっていませんでした。

 電話で話したときには「了解です」と答えていたというのに、一体どういう事なのかと問い詰めれば、シンデレラは面倒くさそうに本から顔を上げてクッキーに手を伸ばしながら答えました。

 

「……ちゃんと洗ってからお湯を張りましたよ」

「嘘をおっしゃい! じゃあ、なんでお湯が無いのよ?」

 

 屋敷にはお風呂は一つしかないので、お風呂の栓を閉め忘れていたのでなければ、最初からお湯を張っていなかったとしか思えない。

 けれど、クッキーを食べてから優雅に紅茶のカップに口を付けるシンデレラが、あまりに淡々と普段通りの様子で答えるので、嘘を吐いているのなら承知しないぞと脅して次女は問い質しました。

 

「お湯が張れたので、いい時間だったしせっかくだから一風呂浴びたんです。で、上がったときにお湯を抜いて綺麗に掃除しておきました」

「抜いてるじゃない! 一番風呂は百歩譲っていいとして、そこはちゃんとお湯を残しておきなさいよ!」

 

 シンデレラが綺麗好きな事は知っているため、帰ってくるまでに風呂に入っておく事をとやかく言うほど次女の心は狭くない。

 しかし、どうしてお風呂に入ってその後にお湯を抜いてしまったのか。まだ姉たちと継母が入浴するというのに、自分が入ったらその日の風呂は終了だとでも言いたげなシンデレラに怒りを表しながら、次女はしょうがなく自分でお湯を張るためお湯張りのスイッチを押しに部屋を出て行きました。

 その後ろ姿を見送ったシンデレラはようやく静かになったと嘆息し、少し温くなってしまった紅茶を飲みきってしまおうとカップに手を伸ばしたとき。

 

「シンデレラ! ご飯はまだなのシンデレラ!」

 

 またしても彼女の時間を邪魔するように、今度は黄色のドレスを着た義理の長女であるリオ(岩崎理緒)が怒った様子で部屋に入ってきました。

 いちいち人の名前を大声で呼びながらやってくるなと感じつつ、シンデレラが時計に目をやると既に午後八時を過ぎています。

 普段の夕食は六時から七時の間には始まるというのに、この時間までよく我慢したなとシンデレラは薄い笑みを浮かべながら長女に言葉を返しました。

 

「嫌ですわ、リオお姉さま。ご飯なら今朝食べたじゃありませんか」

「いや、そんなボケたおじいちゃんを相手するみたいな反応止めなさいよ。確かに朝ごはんは食べたけど、晩ごはんの話をしているんだけど?」

「贅沢は敵ですよ。大丈夫、塩と水があれば数日は死にませんから」

 

 水だけなら危険かもしれないが、塩分も摂っておけば二、三日は大丈夫。ダイエットにもなって丁度いいだろう。

 シンデレラがそんな事を言いながら、どこから取り出したのかテーブルにペットボトルの水と岩塩を塊のまま置いて本に視線を戻せば、“せめて粉末にしろよ”と空腹を我慢している長女は肩と拳を震わせて末妹を睨みつけます。

 そんな視線を意に介さず空腹の人物の前でクッキーを食べながら、シンデレラが読書を続けていれば、またしても大声で彼女の名前を呼びながらやってくる者がいました。

 

「シンデレラ! ちょっとシンデレラ! 私のクローゼットから服が減っているんだけどどういう事なの!」

 

 歩幅も大きく怒った様子で部屋に入ってきたナイトワンピース姿の女性は、シンデレラの継母であるトモティカ(友近健二)

 彼女はシンデレラの前までやってくると、どうして自分のクローゼットが随分とスッキリしているかとシンデレラに尋ねます。

 すると、シンデレラは空になったカップに紅茶のおかわりを注ぎ、その紅茶の香りをゆっくりと楽しんでから、やる気の感じられない表情を継母に向けて口を開きました。

 

「傷んでいた物やサイズ的にもう着れない物があったので、新しい物を買ったときに入れれるように処分しておいたんです。いけなかったでしょうか?」

「思い出の詰まった物もあるんですから、そういうときはちゃんと言いなさい」

 

 確かに既に着なくなっていた物もあったので、自分で整理するのが面倒な継母は、そういった理由なら納得出来ると頷きます。

 ただし、次からちゃんと言ってからやる様にと言っておくことも忘れない。他人から見ればただのボロかもしれないが、本人にとっては初めて恋人に買ってもらった大切なドレスかもしれないのです。

 本人以外が思い出の品かどうかを判断できると思わないので、継母がしっかり言い聞かせるとシンデレラは紅茶を飲みながら素直に頷きました。

 それを見た継母は満足して部屋に戻ろうとしたとき、何か引っ掛かると思ってシンデレラの方へ振り返ります。

 何かがおかしい、一体この違和感はなんだ。ジッとシンデレラを見つめて違和感の正体を突き止めようとしていると、彼女の着ているドレスが目に入りました。

 

「ちょっと、シンデレラ。貴女そのドレスはどうしたの?」

「これですか? お母さまのドレスやアクセサリーを売ったお金で買ったんです。今年の新作らしいですよ」

「人の服を売ったお金で買うな!」

 

 優雅に椅子から立ち上がって一回転してドレスを見せてくるシンデレラに、継母は人の物を売って得た金で自分の物を買ったのかと激怒します。

 今年の新作だけあってとても美しいドレスだ。シンデレラの美貌を引き立てており、このドレスを作った者もシンデレラのような女性に着て貰えて満足しているでしょう。

 だが、勝手に服を処分されていた方にすれば、何で自分の物になるはずの金を懐に入れているんだと怒らずにはいられない。

 お湯張りのスイッチを押して戻ってきた次女も、食事の用意もせずほったらかしにされている長女も、継母と同じようにシンデレラに怒っていますが、彼女たちがシンデレラの行動に振り回されるのは今に始まったことではありません。

 様々な家事を押し付けて召使のように扱っていますが、シンデレラはとにかくゴーイングマイウェイな性格で、街に買い物に行く姉にコーラをダース単位で買ってきてと頼んだり、継母たちの写真を板に貼り付けて流鏑馬をしたり、突飛な行動を取っては継母たちを疲れさせるのです。

 父親が生きている頃は素直で従順そうな少女だったというのに、亡くなってからは本性を表していじめようとしていた継母たちを逆に驚かせたのだから、彼女と継母たちの関係はある意味いまのままで良いのかもしれません。

 

***

 

 そんなこんなで、それから数日が経ったある日。継母たちが化粧や他所行き用のドレスを着て忙しそうにおめかししていました。

 もう夕方になるというのにどこへ行こうというのか。のんびりとピザを食べながら眺めていたシンデレラに、準備を終えたらしい継母たちが声をかけてきました。

 

「シンデレラ、これから私たちはお城の舞踏会に行ってきます。その間、貴女は一人で家に残って掃除をしておきなさい。それとピザ臭いからちゃんと換気もしておくんですよ」

「ええ、行ってらっしゃい。お母さまとお姉さまにはちゃんと保険をかけてあるので、お城に行くまでに何かあっても心配しないでください」

 

 ピザと一緒にコーラを楽しんでいるシンデレラは、とてもいい笑顔でそんな事を言ってくる。三人は複雑そうな表情を浮かべたが、ここで無駄に言い合いをして疲れたくないので、言葉を飲み込むとそのまま屋敷を出て行きました。

 広い屋敷に一人になったシンデレラは、席を立つとオーディオのところまで行き、お気に入りのクラシックを流し始める。

 美しい音楽、美味しい料理、一人の留守番を存分に楽しんでいるこのシンデレラは、なんと欠片もお城の舞踏会に興味がなかったのです。

 そも、お城の舞踏会とは言ってしまえばこの国の王子の結婚相手の選定会。本物のオーケストラの演奏を聞きながらのタダ飯は魅力ですが、街を歩くだけで町民や貴族の男たちに交際を申し込まれるシンデレラにすれば、一国の王子だろうと下心を持って自分に近付いてくる一匹の雄に過ぎず。

 今も父親の遺産で悠悠自適に生活しているシンデレラにとって、わざわざそんな者に会いに行くなど余計なトラブルを招く元。姉たちのように婚期を気にしているならともかく、気に入った相手が見つからなければ、生涯お一人様でもいいと思っている彼女には何の魅力もありませんでした。

 

《おお、一人だけ留守番をさせられるなんて可哀想なシンデレラ》

 

 しかし、シンデレラが一人で留守番ライフを満喫していると、突然声が聞こえてきて光と共に人が現れました。

 小さな星の杖を持ち、深緑のローブを纏った姿はまさに魔法使い。突然現れた女性はシンデレラの傍に降り立つと、優しい笑顔で彼女に話しかけました。

 

「泣くのはおよし、シンデレラ。私が来たからにはもう大丈夫ですよ」

「……さて、警察の番号はっと」

「ま、待って! 怪しい者じゃないの!」

 

 女性に話しかけられたシンデレラは、冷静に携帯電話を取り出して通報しようとします。いくら相手が女性だからといって、突然家に入ってくれば怪しい不審者でしかありません。

 女性は通報されそうになって慌ててシンデレラを止めようとしますが、シンデレラは一八〇センチを超える長身と長い腕を活かして、邪魔をさせまいと相手の頭に手を置いて近付かせませんでした。

 まぁ、シンデレラも本気で通報するつもりはなかったのですが、あまりに女性が必死に通報しないでくださいとお願いするので、しょうがなく話くらいは聞いてやるかとテーブルについて相手の素性と訪問理由を尋ねる事にしました。

 日本刀のような鋭く凛とした美しさを持つシンデレラに対し、膝の上に置いた手をぎゅっと握りしめている女性は縮こまっているので、傍から見たら叱る親と叱られている子どものようにも見えます。

 

「それで、お名前は?」

「えっと、魔法使いです」

「ほう、それがご両親に貰った名前なんですね。随分と変わった趣味をしていらっしゃる」

「あ、すみません。フーカ(山岸風花)です」

 

 女性の名前は魔法使いのフーカ。名前を聞いたのにしっかりと答えなかった事で、シンデレラの手がテーブルに置かれた携帯に伸びたため、フーカは頭を下げながら今度こそ自己紹介をしました。

 呆れた表情で嘆息するシンデレラからは、最初からそうやって答えろよとフーカの態度を弾劾する意思がありありと見てとれます。

 それでもまだ会話を続けるあたり、シンデレラも意味もなく怒ったりするタイプではないのでしょう。それをフーカも理解したので、今度からはちゃんと答えようと彼女の言葉にしっかりと耳を傾けます。

 

「それでフーカさんは、本日は何をしにいらっしゃったんですか?」

「シンデレラが一人で家に残されて可哀想だから、舞踏会に行けるようにしてあげようと思って来たんです」

「別にブトウ会に行きたいなんて一度も思っていませんが?」

 

 サプライズは計画した本人が一番盛り上がる。そして対照的に、受けた側が冷めているのはよくあることだ。

 一般的な女子と感覚のずれているシンデレラは、タダ飯とBGMには惹かれなくもないが、催し物自体に興味無いことを淡々と告げました。

 

「……すみません」

 

 自分がとんだ勘違い野郎だったことに気付いたフーカは耳まで真っ赤にして俯き、消え入るような声で謝罪しました。

 相手が自分のことを考えてくれたのはシンデレラもありがたく思いますが、正直、今まで一度も喋ったことのない相手にやられても、なんで自分の事を知っているんだと不気味なだけです。

 勘違いに気付いて謝っているため、別に悪い人ではないようですが、色々と不明な点の多い相手の事を知るためシンデレラは質問を続けます。

 

「失礼ですがご職業は?」

「えと、魔法使いをやっています」

「魔法と一口に言っても治癒であったり、呪いであったり様々な種類がありますが、どういった事を専門にしていらっしゃるので?」

「得意なのは変化の魔法です。ネズミを馬にしたり、カボチャを馬車にしたり、そんな風にしてシンデレラをお城に連れて行ってあげようと思っていたんです」

 

 話を聞いたシンデレラはどこから取り出したのか、バインダーに挿んだ紙に相手の情報を書いています。

 これではまるで面接のようですが、フーカが気になって紙に視線を送ったところで、シンデレラは書く手を止めて口を開いて来ました。

 

「必要な物がないときには代用品を用意出来て便利かもしれませんが、特に不便さを感じていないときには必要ない能力ですね。それしか出来ないんですか?」

「あの、はい、すみません」

「いえ、別に責めている訳ではありませんから。では、その変化の魔法はずっと使えるのですか?」

「一応時間制限があります。制限を超えると元に戻っちゃうので注意が必要なんですが、それさえしっかりしてれば色々出来て便利なんです」

 

 使用する魔法の程度によって制限時間に差が出るが、ちょっと使うには十分でまぁまぁ便利な魔法だとフーカは力説する。

 伊達にこれを専門として仕事をしている訳ではない。貴女がお城の舞踏会に行くのもばっちりサポートしてみせますと説明すれば、返ってきたのは先ほどの比ではないほど大きな溜め息だった。

 

「はぁ……時間を気にしなきゃいけないのにブトウ会に行かせるつもりだったんですか? もし、向こうで時間が来てしまったら、帰りはカボチャとネズミを抱えて徒歩で帰る事になるじゃないですか。それなら普通に馬を借りてお城まで行った方が楽です」

「はい、仰る通りです。出しゃばってすみませんでした」

 

 せっかくお城の舞踏会で楽しい気分になれても、帰りにカボチャとネズミを抱えて歩かなければならないなど惨め過ぎる。

 フーカも指摘されて初めて気付いたようで、考えが足らず申し訳ないと深々と頭を下げた。

 相手の事を考えていたつもりだったが、逆に相手が後々困るような事をしていたなど、未遂とは言え許される事ではない。

 本当に御免なさいとフーカは謝り、何か罪滅ぼしをさせてもらえないかと言おうとしたとき、テーブルを挟んで正面に座っていたシンデレラが突然立ち上がった。

 

「まぁ、良いでしょう。ブトウ会には興味ありませんが貴女には少し興味が湧きました」

 

 立ち上がったシンデレラはテーブルから離れ、優雅な仕草で指をパチンと鳴らしました。

 すると、どういう訳か彼女の身体が黒い炎に包まれ、炎が治まるとそこには彼女の姿はなく。代わりにベルばらの軍服のような豪華な黒い衣装を着て、髪をアップにした美麗な青年が立っていました。

 魔法使いは自分のはずなのに、一瞬で服装や髪型が変化した相手にフーカは驚きを隠せません。

 

「え? あ、あの、え?」

「私の本当の名前はサンドリヨン・ヒュッケバイン・フォン・アシュリゲーテ。先代ガルバン・フォン・アシュリゲーテの一人息子です。幼い頃から容姿と頭脳に恵まれていた私を、父は跡取りとばれれば命を狙われかねないと女児として育てていました」

 

 息子ならば跡取りになるだろうが、例え一人っ子でも娘ならば家督を継ぐことはない。それ故、自分たちの息子をシンデレラの婿にしてアシュリゲーテ侯爵家を乗っ取るか、当代の当主が死ねばアシュリゲーテ侯爵家は終わりだと、サンドリヨンは他所の貴族から嫌がらせを受けずに育つ事が出来ました。

 父親の作戦が見事に成功してここまで立派に成長したサンドリヨンは、久しぶりに纏った衣装や腰に差した剣の柄に触れて調子を確かめつつ、フーカに自分が本当の姿を晒した訳を話します。

 

「そのおかげで貴族の醜い蹴落とし合いにまきこまれずに済みましたが、父が死んで家督を継いだので、そろそろ身を固めねばと思っていたのです」

「身を、固める?」

「ええ、貴女の事がそれなりに気に入りました。少々抜けていますが、ちゃんと気を遣える性格のようですし、容姿も悪くない。金銭面では苦労させません。まずは婚約という形になりますが、私と共に人生を歩んでくださいませんか?」

 

 座っていたフーカの手を取って立たせると、サンドリヨンは微笑を浮かべつつ相手を口説きました。

 突然プロポーズを受けたフーカは、相手があまりにも綺麗なこともあり、緊張で頭が混乱してしまい。どことなく満更でもない雰囲気ですが、頬を染めながらも返事に困ってしまいます。

 

「えと、急にそんな事を言われましてもすぐにお答え出来ないっていうか、そもそも台本とかなり違ってるんだけど、これで大丈夫なのかなって色々と心配になってたりなんかしちゃってたりして」

 

 “ダイホン”とやらが何なのかは分かりませんが、左手を掴んだまま熱い視線を送ってくるサンドリヨンに、フーカはテンパってよく分からない事を返して来ます。

 それを面倒に思ったのか、サンドリヨンは腕を引いて相手を抱き寄せると、右手を腰に回して、左手を相手の顎に添えて上を向かせるとよく通る低い声で呟きました。

 

「――――黙って俺の物になれ」

「は、はい……」

 

 フーカ、陥落。強引だが男らしく、真剣な瞳で情熱的に相手が言ってくるものだから、フーカは完全にとろんと惚けた様な乙女な瞳になって頷いてしまいました。

 対して、よい返事を貰えたサンドリヨンは満足げに口の端を歪ませ、一度フーカを解放すると彼女の細い腰に腕を回して隣に立ちながら今後について話を進めます。

 

「どうもありがとう。とても嬉しいです。では、早速これから共に暮らす新居を探しに出かけましょう」

「新居って、ここで暮らすんじゃないんですか?」

「ええ、せっかくですから一番良い家に住みたいでしょう? なので、これからお城に行こうと思います」

 

 てっきりこの屋敷で暮らしていくと思っていたフーカは首を傾げます。侯爵家の屋敷だけあって、ここもかなり広くて調度品も豪華で不満などなさそうなのです。

 実際に暮らしている者からすると違うのかもしれませんが、どんなにいい家でも何か一つは不便なところがあるものですから、住み慣れた家の方がよいのでは考えながら、とりあえずどうして家探しにお城へ行くのかフーカは尋ねました。

 

「えと、よく分からないですけど、王子様に良い場所がないか聞くんですか?」

「いえ、お城を明け渡して頂こうかと。せっかくの武闘会ですから、勝って総取りです」

「え、勝ってって、“ブトウ会”って声に出したら一緒ですけど、戦う方じゃなくて踊る方ですよ?」

「細かい事は気にしない。さぁ、貴女もそんなみすぼらしいローブからドレスに着替えて行きますよ」

 

 同音異義語であるとフーカが指摘するもサンドリヨンは気にしません。せっかくのおでかけにローブ姿など無粋であると、彼女をドレスに着替えさせるためサンドリヨンはフーカと共に私室へと向かったのでした。

 

***

 

 サンドリヨンたちがそんな事をしている頃、お城では盛大な舞踏会が開かれていました。王宮お抱えのオーケストラたちの生演奏で、参加している貴族たちが楽しそうに踊っています。

 しかし、他の者たちの踊る姿を眺めていた、赤と黄色の派手なカボチャパンツに白タイツ姿の王子“ジューン・ペイラン・ド・タイツホワイト(伊織順平)”は、専用の豪華な椅子に座ってつまらなそうに頬杖を突いていました。

 

「あー、マジだっりぃ。そんなダンスばっかり何曲も踊ってられないっつの」

「殿下、ご婦人方に聞こえますぞ。この度の舞踏会は殿下の伴侶を探すために開かれたもの。ダンスで相手の教養などを見ながら、お互いの相性を知るのはとても理に適っているのです」

「いやいや、面接とかして少しはそっちで選定しておいたらいいじゃん。それを国中から人呼ぶってどういうことよ。明らか母親世代のマダムが色目使って来るとか聞いてないし」

 

 何人もの女性とダンスを踊った王子でしたが、中々にティンと来る女性に巡り合えず舞踏会自体に飽きてしまった様子。

 中には結構いいかなと思った相手もいたのですが、話してみると腹の黒さが透けて見えてしまったり、化粧で上手く誤魔化してるけどアラフォーですよねと騙されかけたことで、今回の舞踏会では結婚相手を選ぶ気が殆どなくなっていました。

 けれど、まだしばらく舞踏会は続くのでこの場にいなければなりません。他人の踊っている姿を眺めたり、挨拶にやってくる貴族たちの相手が面倒になっていた王子が、何か面白いことでも起きないかなとボンヤリ考えていたとき。

 

「アシュリゲーテ侯爵、御入来!」

 

 入り口のところで警備をしている兵が、大きな声で新しい客がやってきた事を告げました。

 一目で上等と分かる黒衣を纏う美青年、そんな相手にエスコートされる新緑色のドレスで着飾った愛らしい少女、そんな二人が登場した瞬間に会場の至る所で女性たちの熱の籠った溜め息が聞こえてきます。

 同性である王子ですら青年と少女に見惚れてしばらく動けなかったのですから、貴族と言っても成り上がり者も多数混じっている他の者たちが魅了されるのも無理はありません。

 現れた二人は青年が堂々と会場の真ん中を進んでいくため、他の者たちも道を開けて真っ直ぐ王子の元までやってきました。

 近くで見ると思っていた以上に綺麗で格好良い。自分なんかかぼちゃパンツに白タイツだぞと、内心で愚痴りたくなりながらも王子はやってきた二人を歓迎します。

 

「ようこそ、我が舞踏会へ。私はジューン・ペイラン・ド・タイツホワイト、この国の王子です」

「はじめまして、殿下。私はサンドリヨン・ヒュッケバイン・フォン・アシュリゲーテと申します。本日はアシュリゲーテ侯爵家の当主として、妻のフーカと共にお願いがあって参りました」

「え、妻? 山岸さん、いつから奥さんになったの? てか、シンデレラから名前変わってるけど、なんかそっち格好良くね? オレっちなんか服も名前も白タイツなんだけど」

 

 王族に生まれたからと言って服装や見た目が格好良いとは限りません。ダンスで疲れてしまった王子が何を言っているのかは分かりませんが、傍からみればこっちが王子だろうという気品を漂わせているサンドリヨンが口を開きます。

 

「殿下、本日は武闘会です。是非、私と戦って頂きたい。私が勝てばこの城と国を貰います。殿下が勝てば継母と二人の義姉をあげましょう」

「え、なして、舞踏会で戦いになんの? てか、勝ってもそれ不良在庫処分でそっちが得するだけじゃね?」

 

 王子の言葉に何も返さずサンドリヨンは玉座から離れると、フーカに下がっておくように言って禍々しい黒剣を抜き放ちました。

 かの剣こそは、一度抜き放たれれば、生き血を浴びて完全に吸うまで鞘に納まらぬと語られた魔剣“ダーインスレイヴ”。

 その剣の持ち主と死合うのなら、王子も相応の剣を持たねばならないと側近が煌びやかな剣を持ち、恭しく王子にそれを手渡します。

 

「殿下、王家に伝わる宝剣“エクスカリパー”に御座います」

「ちょっ、んなもん用意してるとか聞いてないって!? つか、それパチモンじゃねえか! おい、お前らグルだろ! 山岸さんも驚いてるってことは、オレとか一部の人には別の台本渡してやがったな?!」

 

 王子に剣を渡した側近はすぐに離れて行きます。古来より決闘は誇りを賭けて行うもの。余人が入る余地などないのです。

 剣を受け取り戦いを前に王子は興奮した様子のようですが、対してサンドリヨンは氷よりも冷たい殺気を放ち、ゆっくりと剣を構えて王子へと向かっていきます。

 六メートル、五メートル、四メートルと距離が縮むにつれて、サンドリヨンから放たれる殺気が重さを増していきますが、残り三メートルになったところで彼の姿が突如消えました。

 

「…………はへ?」

 

 彼の姿が消えたと思ってから数瞬後、カランッ、と甲高い音が聞こえた事で下に視線をやると、王子は自分の持っていたエクスカリパーの刀身が半分になっている事に気付きました。

 一体何が起きたのか分かりませんが、とりあえずサンドリヨンによって斬られた事だけは理解します。

 そうして、恐る恐る王子が振り向けば、先ほどまで自分が座っていた玉座に自分が付けていたはずの王冠を冠したサンドリヨンが座っていました。

 とても高貴な見た目をしている彼によく似合っていますが、持っている剣も含めて魔王にしか見えません。

 ただ、圧倒的な実力差によって敗北したことを理解した元王子は、持っていた剣だった物を床において潔く土下座をしました。

 

「わたくしの負けです。ですから、どうか、どうか命だけはお助けくださいっ」

「かまわん、その方を許そう。今この瞬間より城は余と妃であるフーカの物だ。代わりに貴様にはアシュリゲーテの屋敷と余の継母と二人の姉妹をくれてやる」

「え、すみません、後半はいらないです」

 

 新たにこの城の主となったサンドリヨンは、寛大な処置によって元王子に引っ越し先の家をあげました。おまけに三人もの女性まで貰えて、元王子は感動のあまり涙を流さずにはいられません。

 元王子の側近だった男は城の主に付くようで、サンドリヨンが手を払う仕草をすると兵士を呼んで元王子を連れて行かせました。両側から腕を組んで後ろ向きに引き摺られていく姿は、中々にユニークでサンドリヨンも口の端を歪ませます。

 連れて行かれた元王子が扉の向こうに消えれば、危険だからと下がらせていたフーカを呼んで、サンドリヨンは彼女の手を取り音楽に合わせてステップを踏み始めます。

 これまでダンスなど踊った事のないフーカは慌てますが、サンドリヨンがしっかりリードしてやると、相手の動きに身を任せて徐々にそれらしくなっていきます。

 自分の妻の初々しい姿を見たサンドリヨンは、ゆったりとした動きで踊りながらフーカに話しかけました。

 

「フーカ、余はお前を幸せにする。共に生き、この国を平和で豊かな物にしてゆこう」

「え、その……はいっ」

 

 リードされて踊る彼女はとても幸せそうな笑みで頷きました。

 そうして、二人は舞踏会を楽しみ。次の日からは新たな王として民を導きながら、国を繁栄させて幸せに暮らしましたとさ。めでたし、めでたし。

 

 

9月22日(土)

午後――月光館学園

 

 湊たち3-Dの舞台が担任の盛本のナレーションで締めくくられると、場内から拍手が鳴り響いて幕が降りて行く。それを見ていたチドリは、普段以上にやる気のない半目になってポソリと呟く。

 

「……私、こんなシンデレラ知らないんだけど。てか、何もしてない魔法使いが玉の輿に乗ってるじゃない」

 

 彼女の言う通り、湊たちの劇である『新説・シンデレラ』の魔法使いは原作と違って何もしていない。それで侯爵家の当主と婚約、その後は革命を成功させて新王になった者の妃に自動でコンバートしているため、これでは魔法使いのシンデレラストーリーではないかと突っ込みがはいるのも無理はない。

 傍に座って一緒に劇を見ていた美鶴も、その辺りは超展開だと思ったようだが、魔法使いのシンデレラストーリーということでタイトル詐欺でもないかもしれないと考え、とりあえず劇の内容についての感想を口にした。

 

「随分と斬新な設定だったが、小道具もしっかり作られていて良かったじゃないか。有里がどうやって着替えたのか不思議だが、まぁ、魔法使いがいる世界のようだから、魔剣を持っていた彼も魔法が使える設定だったのかもしれないな」

「……湊の衣装だけファンクラブからの寄贈なのよ。会員が増えたからそういう技能持ちもいたみたいね」

「なるほど、ふむ、まぁいいか」

 

 劇をやるクラスは演劇部に衣装を借りたりすることもあるので、そういった衣装のプレゼントも別に禁止してはいない。なので、美鶴は双方が納得しているのなら何も言うまいと黙った。

 これで劇は終了で、後は有志が色々と交代で出し物をしていくだけになる。そちらまで見る気のないチドリらは他の観客と同じように荷物を纏めると、色々な意味で面白い劇だったと講堂を後にして残りの時間も文化祭を楽しんでいった。

 

 

 




3-D『新説・シンデレラ』
-キャスト-
シンデレラ、サンドリヨン:有里湊
魔法使いフーカ:山岸風花
継母トモティカ:友近健二
長女リオ:岩崎理緒
次女マドカ:西園寺円
ジューン王子:伊織順平
ナレーション:盛本先生

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