【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第百五十二話 暴走

10月4日(木)

放課後――月光館学園

 

 本日の授業と清掃活動を終えた放課後、自由の身となったチドリたちは、夏のコンクールへの応募を終えたことで実質引退状態になっているため、部活メンバーで集まって買い物にでも行こうかと階段を下りて生徒玄関を目指していた。

 部活の顧問である佐久間は、皆が活動するなら暇つぶしに自分も手伝うといったスタンスで参加していたので、全員が引退状態として行かなくなっても、卒業までに部室の私物を撤去していけば、後は本人たちの判断に任せると気にしていない。

 そういう訳で、部室に集まるときには彼女に声をかけるが、基本的に部活はもうないものとして考え、改めて伝える必要のないチドリらは階段を降りてくると真っ直ぐ靴箱に向かう。

 だが、エントランスに到着したところで、職員室のある方から桐条美鶴が現れ、何故中等部に彼女がいるんだと四人は首を傾げた。

 相手もエントランスに来た事でチドリらに気付いたらしく、顔見知りということで挨拶をしに近付いてきた。

 

「やあ、お疲れ様。君たちは帰るところか?」

「そうだけど、なんでこっちにいるの?」

「少し先生方に聞きたい事があったんだ」

 

 チドリの問いに答える美鶴は少し疲れた表情をしている。

 “籠球皇子”ブームでのマスコミ対応は、仕事に支障を来たすとして桐条グループが学校に専用ダイヤルと担当者を用意したので、彼女や教師が疲れることはもうなくなったはずだ。

 ならば、一体何に疲れているのか。チドリらが彼女をジッと見つめていれば、突然美鶴はフッと表情を真剣なものに変えて、どこか躊躇いがちに口を開いて来る。

 

「その、君たちは最近有里に会ったか?」

「……また付き纏ってるの?」

「違う。ただ、彼の安否が知りたいんだ」

 

 美鶴が湊について尋ねてきたときには、高確率で付き纏っているイメージなため、チドリは呆れた表情を浮かべた。

 しかし、美鶴としてはそういったふざけた話のつもりはない。ただ彼が今も無事でいるのかが純粋に知りたくて、最も学内で親しい者たちに情報も求めたのだ。

 胸の下で腕を組みつつ、溜め息まじりにチドリの言葉に美鶴が否定で返せば、今度は彼女の言葉に反応したゆかりが一歩前に出てチドリの隣に立ち問い返す。

 

「安否って有里君に何かあったんですか?」

「……先に聞かせて欲しい。君たちが最後に彼と会ったり、連絡を取ったのはいつだ?」

 

 湊と仲の良かった者たちなので、質問に答えること自体は構わないのだが、美鶴は彼についての情報を先に整理しておきたかった。

 九月二十五日の午後になってからの目撃情報があれば、相手は海から上がって移動していることになる。

 数十メートルの高さから海に飛び込んでいるため、生きているにしても普通ならば骨折などの重傷を負っているはず。それでまともに動けるとは思わないが、目撃情報があればとりあえず生死不明という状態からは脱する事が出来る。

 そのための問いだったが、彼と同じクラスである風花から返ってきた言葉は、美鶴の望んでいた物ではなかった。

 

「先週の月曜日に学校で会いましたけど、それからはメールとかもないですね」

「やはりか……。その、先週の火曜日、九月二十五日に彼と会ったんだが、様子が変だったんだ。突然何かに耐える様に苦しみだして、限界が近いと思ったのか彼は急にやってきた銀髪の少女と一緒にムーンライトブリッジの上から海に飛び降りた」

 

 美鶴の話を聞いた部活メンバーは一斉に美紀に視線を集める。彼女の髪の色は、兄である真田明彦と同じく銀髪っぽくも見える変わった色だ。

 別に異国の血が混じっている訳ではないが、色白な事もあり色素が薄めの家系なのかもしれない。

 そのため、チドリたち三人が身近な銀髪の少女を見るのは仕方ないにしても、ムーンライトブリッジからの紐無しバンジーという、全く身に覚えのない話の人物として見られた方は、当然、人違いだと慌てて否定した。

 

「わ、私じゃないですよっ」

「ああ、美紀よりも背は小さく赤い目をしていた。関西弁と言えばいいのか、方言だったし完全に別人だ」

 

 どちらかと言えばお嬢様系美人である美紀に対し、美鶴が出会った少女は活発そうな明るく可愛らしい容姿をしていた。

 まぁ、湊に何かした人物として怒りの感情を向けられたので、その容姿を観察する余裕はあまりなかったのだが、それでも非常に整った容姿であった事と方言で話していたことは記憶に残っている。

 銀髪と赤い瞳であることから日本人ではないと思うが、流暢な方言から推測するに関西での暮らしが長かった外国人かハーフなのかもしれない。

 外国人の女性と歩いていたとの目撃情報を度々聞く湊だけに、今さら学外の知り合いがいることに驚きを見せたりはしない。

 だが、チドリたちも知らない人物のようなので、もしかしたら少女に対する情報を得られるかもしれないと期待していた美鶴は、有力な情報は結局得られなかったかと心の中で肩を落とした。

 

「……湊に何をしたの?」

 

 会話が途切れると今度はチドリの方から美鶴へ問いかけてくる。

 口調は普段通りの淡々とした物だが、瞳の奥には曖昧な答えは許さないという意志が見て取れる。

 湊がチドリを大切に想っている様に、チドリも彼を助けるためなら自分の命を使っても構わないほど湊のことをとても大切に想っているのだ。

 そんな相手を前にして曖昧な事を話したり、何かを誤魔化すつもりなどない美鶴は、真っ直ぐ視線をぶつけたまま返した。

 

「私は何もしていない。車から彼と父が話しているのを見ていたら突然苦しそうにするのが見えて、心配になって車を降りたんだ。そうしたら、先ほど言った通りに」

「どうして話なんかさせたのよ。両親の命日に事故現場で桐条の人間と会って、湊が正気でいられる訳ないじゃない」

 

 湊の両親を殺したのは桐条武治ではない。けれど、実験の深い部分に彼が関わっていたことは事実。

 後の人工ペルソナ使いの実験に関しては、幾月の発案、桐条の承認によって行われているため、チドリの寿命が常人よりも短くなっていることや、大勢の子どもたちが死んだ元凶と言える。

 そんな相手と両親の命日に事故現場で会えば、当然、感情が揺さぶられて冷静さを保つ事など出来ない。

 普段は静かな青年が、父に対して怒りと憎しみを向けて声を荒げていたのを見た少女は、自分の認識が甘かったことを認めて謝罪した。

 

「ああ、本当に済まない。私の中で彼とムーンライトブリッジが繋がらなくて、彼が“そう”だと気付くのが遅れてしまった。分かっていれば、父を止めたんだが」

 

 美鶴はチドリから湊が桐条を殺したいほど憎んでいる事を聞いていた。ただし、それは両親をポートアイランドインパクトで失ったことで、その原因となった桐条グループのトップに恨みを持ったのだと思っていた。

 だが、相手が百鬼八雲であったのなら少しばかり話は違ってくる。美鶴は幼少期に彼と話したことはあまりないが、それでも大きなパーティーなどでは出席している姿を何度か目にしている。

 そのパーティーには七歌やゆかりも出ていたけれど、顔見知りの人間に両親を殺されたとなれば、相手がどんな人間か知っているだけに、「何故そんな事をした?」と個人への怒りと憎しみはより深くなるかもしれない。

 美鶴が湊の過去について知った事を匂わせても、話を聞いたチドリは表情を変えなかったため、きっとチドリも彼の過去についてある程度は知っているのだと推測し、美鶴はこれまでの状況について説明を続けた。

 

「すぐに父が捜索隊を手配したが二人とも見つかっていない。潮の流れから考えられる範囲にはおらず、流れに逆らう範囲も探す様にしたんだが結果は同じだ。もし、捜索隊が出る前に岸に上がっていたなら、学校に来ているんじゃないかと毎日確認しているんだが、吉野たちにも連絡がないとなると最悪の事態も……」

 

 いくら湊が超人的な身体能力を有していても、相手を常人として認識している美鶴は、彼の生存の可能性は低いと考える。

 青年の家族である少女の前だったことで、美鶴は最後まで言葉を続けなかったが、暗い表情を浮かべた彼女に対し、チドリは普段通りの様子で声だけ真剣な調子で返して来た。

 

「……それはないわ。死んだら地球の裏側にいようと分かる様になってるの。だから、最悪のパターンは考えなくていい」

「では、何故誰にも連絡を寄越さないんだ? 彼は休むときには学校や君たちに連絡を入れていたんだろう?」

「海に入って携帯が壊れてから、まだ機種変更とかしてないんじゃないの? あとは、連絡できる状態ではないとか」

 

 死んだら分かる様になっている理由は、オカルト的な要素が混じってくるため説明出来ないが、チドリがはっきり断言した事で相手も特に疑問を挟んでこなかった。

 とはいえ、生きているなら連絡してこない理由が分からない。ムーンライトブリッジから落ちたのだから、生きているとすれば岸にたどり着いているはず。

 生存を桐条に悟られぬように潜伏していることも考えられるが、美鶴がチドリたちと出会っている時点でチドリや部活メンバーに連絡を取ればいずれ生存が伝わるため、そんな一時的に不安を煽る程度の効果しかないことはしないだろう。

 だとすれば、連絡してこない理由として最も可能性が高いのは、生きてはいるが連絡できる状態ではないという事だ。

 飛び込み競技の選手でも、数十メートルの高さから波と流れのある海に飛び込めば、流石に無事では済まない。

 二人は少女が大柄な青年を抱えた状態で飛び込んでいたので、入水時の抵抗をほとんど殺せずにいたと思われる。

 考えれば考えるほど悲惨な想像ばかりしてしまう美鶴は、色々と聞かせてくれたチドリたちに礼を言って別れを告げると、連絡のない青年の安否を気にしながら、中等部の校舎を後にして寮へと帰っていった。

 

影時間――巌戸台分寮

 

 学校から帰った美鶴は寮に戻ると夕食や翌日の学校の準備を済ませ、作戦室に籠もって作業しながら先日の事を考えていた。

 街中にイレギュラーシャドウの反応がないか、装置を操作する手を動かしながらも、あのときに見えた映像と街を覆い尽くすほど巨大な龍のような存在についての思考を続ける。

 

(巨大過ぎて全体像が掴めなかったため、長い胴体を見て龍だと思ったが実際は蛇など爬虫類の可能性もある。まぁ、姿がなんであれ間違いなくペルソナだろう。適性値十万ともなるとあの規模になるのか。恐ろしいな)

 

 学期ごとの身体測定で適性も計測しているが、湊の適性値は十万から変動がなかった。ラボの人間の話によれば人間の限界値らしいので、それより上昇しないのはラボの研究データ通りと言える。

 だが、美鶴は仮に自分が同じだけの適性値になろうと、街一つを覆うほどの規模の力を発現させられるとは思っていなかった。

 あれでは動くだけで周囲を更地にしてしまうので地上では召喚出来ず、かといってタルタロスでも通路の広さを超えているので呼べばタルタロスが崩壊するか自分が圧死してしまう。

 ペルソナの大きさは自在に変えられないため、力を持っていてもあれでは戦えないだろうというのが美鶴の判断だった。

 

(しかし、あれが彼のペルソナだとすれば、見えた映像の中で戦っていたペルソナは誰の物なんだ?)

 

 上空に現れた存在は間違いなく湊のペルソナだ。名前も強さも分からないけれど、ペルソナであることだけは美鶴にも分かった。

 けれど、あれが彼のペルソナなら流れ込んできた映像の中で見たペルソナが、一体誰の物なのかという疑問が浮かぶ。

 ボロボロのローブに身を包んだ髑髏のシャドウ、作り物の身体をした竪琴を持った男性型のペルソナ、そして僅かに見えた女神像のようなペルソナ。

 傍には燃え盛る車があったことを考えれば、シャドウとの戦いがあったのはポートアイランドインパクトと同日。むしろ、あのシャドウが原因で百鬼一家の事故が起きたと考える方が自然だ。

 シャドウに両親を殺された後、八雲はペルソナ能力に目覚めて何者かと一緒に戦った。つまり、あの場には八雲以外にもペルソナ使いがいたはず。

 もしこれが真実だとすれば、桐条グループ内のデータに存在する、初の自然適合型ペルソナ獲得者が美鶴だという記述は誤りになる。

 シャドウの出現は桐条グループの行った実験が原因のはずなので、当時既に研究に関わっていた桐条武治がムーンライトブリッジの戦いを知らないはずはない。

 影時間に起きた事故が原因で百鬼夫妻が死亡し、一緒にいた八雲も同じように事故に遭ったことで、記憶の補整が働いて死体が無くとも八雲も死亡したことになったと考えれば、七歌が言っていた八雲の棺は空で何も入っていない骨壷を墓に納めたという話も納得できる。

 故に、適性を持たぬ者が気付かなくとも無理はないが、桐条は英恵と一緒に百鬼一家の葬式に出席していたのだ。適性を持っていた彼は八雲の死体がないことに気付いていたのだろう。

 

(七歌も不自然な点をはっきり認識するほど高い適性を持っていたことは驚きだが、彼女の生まれを考えれば納得も出来る。それよりも、百鬼一家の事故は不審な部分が多過ぎる。有里が八雲なのはほぼ間違いないが、どうしてお父様は彼の生存について秘密にしていたんだ?)

 

 鬼と龍、その正統血統である子どもらが、揃って適性を持っていたことを考えれば、両家に関しては最早血筋のなせる業だと思う他ない。

 他者よりも優れた頭脳と身体能力を持っている二人だ。桐条の教育を受けて現在の地位にいる秀才からすれば、羨ましい気持ちより“やはり”という納得の方が強い。

 力を持たない美鶴にはそれがどんなものか分からないが、七歌は所謂“幽霊”というモノが視えるらしく、ある程度の力を持った一族の人間ならば標準装備の異能だとか。

 よって、霊視能力を持つ彼女たちならば、ペルソナや影時間など現世とは異なる理の存在も、何かしら感じ取ることが出来るのだろう。彼女が適性を得ることはある意味で当然だと言える。

 そう考えて美鶴は、七歌が適性を持っていても多少驚く程度で気にしていないが、問題なのは気付いていたはずの桐条が、どうして八雲の生存について何も言及せずにいたのかという点だ。

 適性を持っていて気付いた桐条が伝えれば、英恵も棺と骨壷に八雲がいないと気付く事が出来た。親友と息子を同時に失った彼女に、息子だけはまだ生きているかもしれないと希望を与えておけば、病んで狂人のようになることもなかったはず。

 彼の生存を伝えた場合のメリット・デメリットを美鶴も考えてみるが、英恵が八雲を養子にしようとするくらいで、桐条家が鬼を招き入れたという周囲の目を除けばデメリットはほぼない。

 百鬼家は富裕層で一生遊んで暮らせるだけの遺産を湊が継ぐため、遺産目的で養子になったという見方をされることもなく、そも湊が桐条家の遺産相続を放棄すれば、分家の人間たちも桐条家の財が彼に流れる心配をする必要もない。

 美鶴も昔から弟妹がいればいいなと思っていたので、英恵の暮らす別邸に遊びに行って八雲と仲良くするような未来があったなら、今よりも楽しい毎日が送れていたのではと思ってしまう。

 実際はそう単純ではないだろうが、妻と娘からすればメリットの方が大きい選択を敢えてしなかった理由は何故かと考えたとき、美鶴は彼がペルソナ使いとして覚醒していたからではないかと推測した。

 

(覚醒してすぐに戦闘可能なペルソナ使いなど、当時の桐条グループにすれば喉から手が出るほど欲しい人材だ。もし、養子にしていればお母様や私は八雲にシャドウに対抗する力があると聞いても、人々の安全より彼の幸せのために戦いから遠ざけていただろう。だからお父様は真実を隠し……個人より世界を優先した)

 

 美鶴は自分の中で全てが繋がる感覚を覚えた。

 ペルソナに目覚めた美鶴は、攻撃範囲の予測という能力を探知に応用するため、自分自身も研究に協力し実験体となったが、美鶴しかペルソナ使いがいない状態でどうやってその研究法は確立されたのだろうか。

 美鶴の能力を細かく計測して研究し、こういった使い方も出来るのではと仮説を立てられたとしても、それを実用レベルにするまでに臨床実験なりが必要なはずなのだ。

 つまり、美鶴が能力の拡張実験を受ける前に、研究法確立のためのデータサンプルを提供したペルソナ使いが桐条グループにはいた事になる。

 

(……以前から疑問には思っていた。ペルソナの制御剤、私はそんなものを使った事はない。では、ラボの人間たちはどうして薬の効果と副作用を知っていたのか。考えれば簡単な事だ。私以外に制御剤を使っていた者が過去にいたんだ)

 

 事故で大勢の犠牲者を出しながら、世界を影時間とシャドウの脅威に晒すことになった以上、組織のトップとして桐条は人々を守るための決断をしなければならなかった。

 その結果が八雲や名前も知らぬペルソナ使いによるペルソナの研究。シャドウに対抗するため、規模は分からないがペルソナ使いや素養を持った者を集めて、適性が低い者には制御剤を服用させながら美鶴が行った実験などの研究法を確立していったという訳だ。

 制御剤は寿命を縮める劇薬である。仮に先日の湊の症状がペルソナの暴走だとすれば、十万という破格の適性を持っていても御しきれないほどのペルソナを宿しているため、彼も制御剤を服用していて副作用の影響から休みがちなのかもしれないとも考えられる。

 世界のためを思っての苦渋の決断を下した父を、感情で批難するほど美鶴も子どもではないが、両親を殺されただけでは説明が付かない湊の憎悪の原因に至り、美鶴は余計にどうすればいいのか分からなくなってしまった。

 治療の副作用で瞳の色が変わったと言っていたが、チドリも同じ治療で髪の色が変わったと聞いている。ならば、彼女も同じく桐条の被害者なのかもしれないと考えたところで、突然機械からブザーが響き、美鶴はハッとして顔をそちらに向けた。

 

(シャドウ反応、それほど大きくないが住宅のある辺りか。被害者が出ては困る。急いで出動するか)

 

 場所を確認した美鶴は、すぐに館内放送の呼び出しボタンに手を伸ばし、男子二人を作戦室に呼ぶと状況を説明して出動の準備に移った。

 

 

――ポートアイランド駅・路地裏

 

 煙草の吸殻や空き缶などの転がる薄汚れた路地を通った先にある駐車場。そこにシャドウの反応を感知して美鶴たちが向かうと、鉄球の付いた鎖が首に繋がれているライオン型のシャドウが一体いた。

 これまで見た事のない姿のシャドウに一同は警戒し、美鶴はアナライズに専念、他の二人は牽制しながら美鶴のアナライズが終わるまでの時間を稼いでいた。

 

「やれ、ポリデュークス!」

 

 走りながら額に銃口を当てて、真田が召喚器の引き金を引く。硝子の割れるような音が響き、眩い光と共に現れたポリデュークスは左手を振り上げて、ライオン型のシャドウ・剛毅“ハンドルアニマル”に鋭い一撃を打ち下ろす。

 しかし、敵は素早い身のこなしで回避し、拳の一撃で小さな石の敷き詰められた地面を抉っているポリデュークス目がけ、ステータスダウンの魔法スキルを放ってきた。

 

《グルァアアアッ!》

「くっ、攻撃力を下げられた。こいつ、シャドウのくせに小賢しいことを」

 

 敵が放ってきたスキルはタルンダ、“力・魔・耐・速・運”と五つに分類されるペルソナの能力値の内、力の値を一時的に下げるスキルである。

 攻撃型のペルソナであるポリデュークスにとって、自分の長所を潰されたことは非常に痛い。

 

「こいつの弱点は光と闇、貫通には耐性を持っている! それ以外の攻撃で仕留めるんだ!」

 

 だが、真田は一人で戦っている訳ではない。美鶴がアナライズを完了して指示を飛ばし、真田が敵の注意を引いている間に相手の背後に回り込んでいた荒垣は、強く地面を蹴って接近し横薙ぎに斧を振るってシャドウを斬りつけた。

 

「おらぁっ!!」

 

 ヒュンッ、と空気を切り裂く鋭い音をさせながら振るわれた斧は、相手の胴体を直撃して真横へと吹き飛ばす。

 途中、力負けして斧を離しそうになるも、こんなチャンス逃せば次にいつ来るか分からない。故に歯を食いしばって振り抜いた荒垣の一撃は、見事相手に傷を負わせることに成功した。

 地面を転がってから起き上がった敵は、右の脇腹辺りから黒い靄が漏れ出している。荒垣の攻撃によって出来た弱点だ。攻撃を喰らったばかりで敵の体勢が崩れている以上、そこを突かない手はない。

 丁度、敵も含めて正三角形の位置取りにいる真田と荒垣は、アイコンタクトを取ると二人同時に召喚器を頭に当ててペルソナを呼び出した。

 

『ペルソナっ!』

 

 白と黒、対となる色の兄弟神は同時に敵へと迫る。

 ポリデュークスが素早く接近し拳を打ち放ち。それを躱すため敵が跳躍して駐車場の周りを囲うフェンスに跳び移れば、すかさずカストールが追って突進をしかける。

 だが、敵はフェンスの上という高低差を利用し、獣らしく俊敏な動きでカストールの頭上を越えて再び回避した。

 それだけでなく、相手の動きに反応出来ずフェンスにぶつかったカストールの背後を取り、前足に力を溜めて攻撃を狙ってくる。

 タフさが売りのカストールが一撃で沈められるとは思わないが、そんな攻撃を素直に受けてやる訳にはいかない。

 身体を屈めて敵がカストールに飛びかかった瞬間、初撃を躱され待機していたポリデュークスが真横から敵に突っ込み殴り飛ばした。

 

《グラァウっ》

『よっし!』

 

 それぞれの初撃は敵を誘いこむための囮。攻撃する瞬間という最も無防備な状況を作り出すため、二人はわざと一撃ずつ単発の攻撃を繰り出して敵を誘導したのだ。

 ポリデュークスの渾身の攻撃はクリーンヒットし、相手を駐車された軽ワゴン車へ叩きつける。

 シャドウにぶつかられたドアはベッコリと凹み、車の持ち主には申し訳ないが補償等はきっと桐条グループがしてくれると信じて、真田はフィニッシュを決めにかかった。

 

「ポリデュークス、ジオ!」

 

 空中にいたポリデュークスの身体が光ると、それに呼応するように上空から敵に向かって電撃が降り注ぐ。

 目を焼くほどの眩い閃光は敵をその場に縫い付け、動けない相手の身体の表面を徐々に焦がして屠る。

 荒垣の付けた傷と体表から黒い靄を漏らしていた相手は、ついに耐えられなくなったのか最期は弾けるように消えていった。

 

「フッ、勝ったな」

 

 初めて見た相手だったが、無事に勝利を収めた真田が拳を握って仲間たちの方へ振り返る。

 しかし、その直後――――彼の背後で爆発音が響いた。

 

「うおっ!?」

 

 影時間であることも手伝い薄暗いはずの路地裏が爆発の炎で照らされる。音と爆風の衝撃で真田は転倒し、少し離れた場所にいた荒垣と美鶴は突然の事態に呆然とした。

 

「くっ、敵か!?」

 

 地面に倒れた真田は素早く起き上がると辺りを警戒する。影時間にあれだけの規模の爆発を起こせる存在など、シャドウをおいて他にない。

 感知した反応が小さくて見逃しただけで、出現したシャドウは複数体だった可能性もあるのだ。

 燃え盛る車を視界に入れながら真田が警戒を続けていれば、後ろから近付いてきた荒垣がその後頭部を引っ叩いた。

 

「いてっ。おいシンジ、作戦行動中だぞ!」

「敵はもういねーっつの。さっきのはお前のジオが車のガソリンに引火しただけだ」

「何? ……まぁ、シャドウ討伐のためだ。車の一台や二台、犠牲になるのはしょうがないよな」

 

 先ほどの敵は車に衝突して、真田はその場に縫い付ける様に攻撃した。ならば、当然車にもジオは直撃しており、少し時間差になったがガソリンに引火して爆発するのも分かる。

 けれど、安い軽ワゴン車でも弁償するだけの金を持っていない真田は、表情を引き攣らせながらも尊い犠牲だったと、あくまで敵を倒すためにしょうがなかった事を主張した。

 車は爆発したのに敵が倒れていなければ真田の責任だが、彼は確かに同じ攻撃で敵をしっかりと倒していたので言い分は通る。

 元より彼に補償をさせようとは考えていなかったが、罪悪感等を感じるなら隠蔽にも限界があることを知っておいて貰おうと合流した美鶴が口を開いた。

 

「一般人には記憶の補整がかかるにせよ、戦いの中で出た被害については桐条グループの方で上手くやっておくが、被害は少ないに越したことはない。目的はシャドウの討伐だが、被害を抑える事も頭の片隅に入れておいてくれ」

「ああ。今後は気をつける」

「うむ、荒垣もよろしく頼む」

「ああ。まぁ、俺は魔法攻撃スキルは持ってねえけどな」

 

 真田や美鶴のペルソナと違い、荒垣のペルソナは属性を持った魔法攻撃スキルを持っていない。

 そのため先ほどのような事は起こせないが、それでも衝撃波を放つような物理スキルも存在するため、被害を抑えることについて一応は覚えておくと頷いた。

 男子二人がしっかり返事をしたことに満足した美鶴は、今回の件で出た被害箇所を軽くメモしてから踵を返してバイクの元へ歩き出し。男子らに撤収の指示を出した。

 

「さて、敵の反応もなくなった事だし、今日は引き上げよう」

「よし。シンジ、どちらが先に寮に着くか勝負しよう」

「んな疲れる事、わざわざやらっ……!?」

 

 駐車場から出て元の駅の方へ向かおうとしていた途中、急に荒垣は言葉を止めてシャツの胸元を押さえ出す。

 

「おい、シンジ! どうした!?」

「くるなっ」

 

 何やら様子がおかしいため真田が心配して駆け寄るも、腕を横薙ぎに振るって荒垣は接近を拒む。

 

「ぐ、が……あっ……」

 

 脂汗を掻きながら、苦しそうに胸を押さえて少しずつ離れる荒垣。彼の頭上には半透明な状態のカストールが浮かび上がっており、美鶴はこれに似た症状を先日見ていた。

 

「これはまさか、ペルソナの暴走か!? 落ち付け、荒垣! ペルソナに呑まれるな!」

 

 あの日、ムーンライトブリッジで見たほどの規模ではない。けれど、暴走したペルソナがどのような事態を引き起こすか不明であるため、美鶴たちも迂闊に近付く事が出来ない。

 駅に向かう路地側に立っている美鶴と真田に対し、荒垣は少しずつ後退して距離を取っているが、そんなとき、荒垣の背後から人の声が聞こえた。

 

「い、一体何なの?」

「影時間に人? くっ、こんなときに! ダメだ、来るな!!」

 

 そこにいたのは一人の女性だった。適性を持っているのか、影時間に偶然迷い込んだのかは分からないが、物音を聞きつけてやってきたらしい。

 普段ならば保護すべき対象だが、今このときに現れるというのは、考えられる中でも最悪の展開だった。

 訳の分からない状況に置かれた女性は、美鶴の制止も聞かずに近付いて来ると、そのタイミングで荒垣に限界が訪れる。

 

「う……ぐ……があぁぁぁぁっ!!」

 

 荒垣の叫びに呼応するように、召喚時と同様はっきりと顕現したカストール。だが、その双眸は怪しい赤光を宿しており、制御を失ったカストールは暴れて近くの建物を破壊し始めた。

 

「きゃあぁぁぁっ」

 

 崩壊した建物の瓦礫が降り注ぐ。突然の事態に動けずにいた女性の真上にも落ちていき、女性を下敷きにした瓦礫を中心に赤い液体が飛び散った。

 目を背けたくなるような光景。けれど、女性が瓦礫に押し潰される瞬間を、その場にいた()()はしっかりと目にしていた。

 

「お、かあ……さん?」

『!?』

 

 近くにある家の扉が開いていた。女性の現れた方向、そして突然現れた幼い少年の発言から、美鶴たちは正確に事態を把握する。

 荒垣の暴走したペルソナの起こした事故によって、偶然居合わせた女性を子どもの目の前で死なせてしまったのだ。

 親子揃って影時間に活動しているということは、きっと遺伝的に高い適性を有していたのだろう。

 影時間に遭遇しただけなら保護で済んだ。暴走しても誰もいない場所なら建物の一部倒壊で済んだ。ただ、それらは偶然にも重なってしまった。

 

「あ、あぁ……うあぁぁぁぁぁぁっ?!」

 

 人の死を目撃し、急速に冷静になった荒垣の暴走が治まれば、薄暗い路地に少年の叫びが響く。

 その後、少年はショックから気を失ったが、美鶴たちは影時間が明けるまで誰一人動く事が出来なかった。

 

 

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