【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第百五十五話 特別課外活動部からの離脱

10月14日(日)

夜――巌戸台分寮

 

 ペルソナの暴走事故から十日が経った日の夜、荒垣真次郎は必要な物をまとめた鞄を背負って部屋を出ようとしていた。

 行く当てはない。だが、止められたところで彼はもう学校に行く気も、ここに残るつもりもなかった。

 部屋を出て、扉に鍵をかけ、廊下を進んで階段を下りてゆく。一階のラウンジには明かりが点いており、ソファーに座っている真田と美鶴の姿が見えた。

 相手も荒垣が来た事に気付いたようだが、二人が来るより先に荒垣の方から近付いて、美鶴の前に召喚器と腕章に加えて部屋の鍵を置いた。

 

「こいつを返す」

「これは……まさか、出ていくつもりなのか?」

「ああ。俺はもう戦うつもりはねえ。なら、ここにいる理由もねえだろ」

 

 それだけ言って荒垣は出入口の扉へと向かっていく。

 けれど、そんな言葉だけでは納得できない真田が立ち上がり、出ていこうとする荒垣を追って肩を掴んだ。

 

「待て、シンジ! あれは事故だ。別にお前の責任じゃない」

「じゃあ、なんであのガキの母親は死んだ? 俺のペルソナの暴走に巻き込まれてだろうが。それでテメェの責任じゃねえだなんて逃げが許されると思うか?」

 

 荒垣とて故意にペルソナを暴走させたわけではない。心神喪失や心神耗弱状態での罪が軽くなる様に、先日のことはあくまで事故だと真田が説得すれば、荒垣は肩を掴んでいた手を払って言い返した。

 自分の責任ではないと言ったところで、荒垣のペルソナの暴走が事故を引き起こした原因である事実は変わらない。

 元々、暴走の予兆はあったのだ。荒垣はそれを隠し、桐条グループは彼の適性では暴走の可能性があると知りながら、上手くコントロールして戦えているという結果のみで安全だと判断してしまっていた。

 ペルソナには不明な点が多いため、桐条グループの研究員が判断を誤ったのはしょうがない。報告書の上ではコントロール出来ていたのだから。

 けれど、それと荒垣本人の話は別だ。確かに、暴走と暴走したペルソナの破壊活動は彼の意志とは関係ないが、ペルソナの力が増すにつれてコントロールが利き辛くなっている時点で言っておけば、前線に出さないという選択肢も取り得た。

 本人は暴走の兆候があればすぐに制御剤を服用しなければならないと、そんな風に考えたのかもしれないが、命を削るほどの副作用のある劇薬を、そう簡単に呑ませるほど今の桐条グループは非道ではない。

 これ以上ペルソナが強くならないよう戦闘から離れ、カウンセリングを受けて意志の力でペルソナを制御する方法を探していけば、暴走を起こさない程度のコントロールは可能になっていたかもしれないのだ。

 事故が起きた今となっては考えても無意味かもしれないが、そういった事故が起こらなかった可能性がある以上、周囲がどれだけ言おうが荒垣は事故の責任からは逃げられないと分かっていた。

 荒垣がその事をはっきりと告げれば、真田は悔しそうに拳を握りしめて何も返せなくなる。

 だが、傍で話を聞いていた美鶴は、客観的な立場から今後について彼がどのように考えているか尋ねた。

 

「特別課外活動部を抜けたとして、これからどうするつもりだ? 一般寮に戻るというのなら二、三日待ってもらえれば部屋は用意するが」

「部屋は勝手に用意する。しばらくすれば休学届を出すつもりだからな」

 

 訊かれた荒垣はすぐに答えた。その答えの速さから、予め決めていた事は容易に想像できた。

 彼は普通の高校生だが、危険を伴う特別課外活動部での活動の成果に応じて、桐条グループから手当てが支給されていたため、学業と両立してバイトをしている一般的な高校生よりは経済的に余裕がある。

 部屋の契約は高校生だけでは難しいかもしれないが、知り合いの紹介などであれば、家賃の先払いで古いアパートを借りるくらいは出来るだろう。

 そこまでしっかりと考えての決断ならば、相手が頼ってこない限り自分から干渉したりはしないでおこうと決め、美鶴は素直に相手の言葉を受け入れ頷いた。

 

「そうか、わかった」

「おい、シンジが出ていこうとしてるんだぞ。そんな簡単にっ」

「本人の意志は固い。これでは私や理事長が説得したところで無駄だ」

 

 相手を引きとめるとばかり思っていた美鶴が、あっさりと荒垣の退部を認めたのは意外だった。

 彼に去って欲しくない真田が、もっと引きとめるべきだろうと抗議するも、同じ寮で生活し、仲間として戦ってきた中でお互いのことをそれなりに知っていれば、引きとめたところで無駄なことくらいは分かっていた。

 

「一生の別れという訳じゃない。あんな事があったんだ。荒垣にも色々と考える時間が必要だろう」

 

 仲間になってからの付き合いしかない美鶴でも分かるのだから、兄弟同然で育った真田にそれが分からないはずがない。

 認めたくないのだろうが、少し距離を置いて考える時間を与えてやれと、美鶴は真田を諌めてから改めて荒垣に向き直った。

 

「君の考えは分かった。だが、召喚器だけは持っていけ。君が望もうと望むまいと必要になる状況は突然にやってくる。そのとき、傍に守らねばならない人間がいても、これがなければろくに守ることも出来ないだろ。保険という訳ではないが、備えくらいはしておくべきだ」

 

 あんな事故を起こした事で、荒垣はペルソナという能力その物を捨てたいと思っているかもしれない。

 けれど、それが出来ない以上、自ら戦いに向かうかどうかはともかく、巻き込まれたときに身を守るくらいの備えはしておいてもいいはず。

 自分一人なら彼は逃げられるだろうが、もし、影時間に迷い込んだ人間がシャドウに襲われていれば、荒垣は葛藤しながらも助けようとするだろう。

 召喚器はそういったときのための保険。使わないなら弾も出ないオブジェでしかない。

 美鶴のそういった気遣いを理解したのか、荒垣は少し考えてから差し出された召喚器を手に取った。

 

「……わかった。世話になったな」

 

 受け取った召喚器を鞄に仕舞い、荒垣は背を向けると寮を出ていった。

 美鶴はそれを黙って見送り、真田は悔しそうに壁を殴りつけると自室へ戻って行った。

 

 

10月31日(水)

影時間――ポートアイランド駅・路地裏

 

 寮を出た荒垣はマンスリーのアパートを借りて、バイト先を探しながら新しい生活を始めていた。

 学校には休学届を出し、たまに真田から電話やメールがくるがそれを適当に返しながら、最近では事故現場近くの路地裏によく来るようになっていた。

 ここは不良のたまり場として有名だが、ガタイもよくシャドウとの戦闘を経験していることで雰囲気も出ている彼に近付こうとする者はほとんどおらず、たまに会話する程度の関係を維持しながらいつの間にか場に溶け込んでいた。

 もっとも、いくら溜まり場にくる不良と知り合いになっても、影時間では彼は基本的に一人だ。

 迷い込む者も稀にいるらしいが、荒垣は自分の目の届く範囲ではそういった人間を見た事がない。

 それだけに、駅前と溜まり場を繋ぐ通路の方から砂を踏む様な物音がしたときには、イレギュラーシャドウかと思わず身構えてしまった。

 

「おや、これは珍しい。ターゲット以外の方とこの時間に出会うのは久しぶりですね」

 

 警戒して座っていた階段から腰をあげた荒垣が通路の方を見ていれば、そこから数人の人間が現れた。

 荒垣の姿を見て楽しげに口元を歪める上半身裸の男、頑丈そうな鞄を持って彼の後ろを歩く男、ダボダボなパーカーとカーゴパンツ姿の男、そしてニットのセーターとスカートという唯一まともな格好をしているせいで逆に異様な集団の中で浮いているおかっぱのような髪型の女。

 そんな四人組は上半身裸の男を先頭に荒垣の元までやってくると、どこか観察するような視線を向けて話しかけてきた。

 

「どうもこんばんは。突然ですが、貴方はこの時間がどういった物かご存知ですか?」

「……そういうお前は知ってんのか?」

「ええ、それなりに知っていますよ。その反応を見る限り、どうやら貴方も知っているようですが」

 

 荒垣は知っているとも知らないとも答えていないが、むしろ、平然と返事を返せていることが答えだとばかりに、男はくすくすと楽しげに笑う。

 異様な雰囲気ながら対応自体は丁寧で、これまで会った事のないタイプの相手に荒垣は距離感をいまいち掴みきれない。

 けれど、そんな荒垣側の事情など気にもせず、男は薄い笑みを口元に浮かべながら自身の名を告げてくる。

 

「挨拶が遅れました。私の名はタカヤ、彼らは私の仲間でジンとカズキとメノウです」

「俺は荒垣だ。それはいいがお前らこんな時間にぞろぞろと何してんだ?」

「仕事ですよ。影時間の方が色々と都合がいい事もありますから」

 

 言いながら右手を腰に当て、左手で肩を竦める仕草をするタカヤ。

 影時間は日常の間にひっそりと存在する隠された時間だ。人よりも一時間多く一日を過ごせるというのは色々なメリットがあるが、黄昏の羽根を積んでいない機械は止まってしまうので、その恩恵を受けられる仕事というのは限られてくる。

 だが、荒垣は相手のベルトに差された大型リボルバーを見つけた事で、その仕事が決して真っ当ではない事を察した。

 人を殺してしまった事を後悔し、影時間の記憶の補整で真実は葬られ罪に問われないことに荒垣は苦しみを感じている。

 だというのに、目の前に立っている者たちは、気付かれず罪に問われない事を利用して人を殺しているらしい。

 影時間での殺人という条件は同じだが、考え方が対極であるため、荒垣はタカヤたちとは根本的に相容れない事を理解した。

 

「この時間に順応しているという事は、貴方は適性を持っているのでしょうが、ペルソナという存在はご存知ですか?」

「知ってたらどうなんだ?」

「質問に質問で返すのは感心しませんね。まぁ、今の返事を聞く限りでは貴方もペルソナ能力者のようですが」

 

 思想が相容れないと分かった事で荒垣の返しは棘のあるものとなったが、タカヤはそれほど気にした様子もなく、彼がペルソナ使いだと分かって笑みをさらに深める。

 だが、タカヤの言った“貴方も”という部分に引っ掛かるものを感じ、自分たち以外にペルソナ使いがいないと聞かされていた荒垣は驚いた顔をした。

 

「お前らもペルソナ使いなのか? こっちが聞いた話じゃ、俺以外は先に見つかった二人しかいないって事だったんだがな」

「なんや、桐条グループのペルソナ使いのくせに何も聞いとらんのかい。召喚器や制御剤が開発されとって、三人しか見つかってないはずないやろ」

 

 桐条グループが確認したペルソナ使いは見つけた順に美鶴、真田、荒垣の三人だけ。それが荒垣や真田が聞いていた情報である。

 彼らしかペルソナ使いがいないから、人々をシャドウの脅威から守るために戦い続けていたのだ。

 しかし、何も知らない彼に呆れた表情を向けたジンの言う通り、荒垣よりも先に目覚めた二人のペルソナの制御は薬など必要ないほど安定しているというのに、臨床実験を済ませておかねば副作用すら分からないはずの薬が存在するのはおかしい。

 少なくとも、薬でペルソナを制御できると確信を持てるほどの治験を繰り返し、命を削るほど重大な副作用があると分かる程度に被害者を出したに違いない。

 説明してくれた美鶴や理事長に騙されていたのか、それとも美鶴ですら聞かされていない桐条グループの暗部なのか、この場で判断出来るほどの情報を荒垣は持っていなかった。

 

「お前ら、制御剤のことも知ってんのか」

「制御剤に興味がおありですか? あの薬は副作用が強く命を削りますが、ペルソナを抑える力は確かです。もっとも、特殊な薬ですから一般の病院では調合すら出来ませんが」

 

 言われて荒垣は当然だなと納得する。ペルソナというオカルト染みた異能の存在など世間に知られていない。それでどうやって一般の病院で専用の薬の調合法が分かろうか。

 薬どころか人体に対しても詳しい知識を持ち合わせていないため、制御剤がどういった理屈でペルソナという異能をコントロール可能にするのか荒垣には分からない。

 可能性としてはペルソナは心の力だというので、鎮静剤のようなもので精神の昂りを抑え、ペルソナの能力を部分的に制限しながら扱えるようにするのかもしれない。

 もっとも、鎮静剤は興奮作用のある物質の分泌を抑える薬だと思われるので、それで寿命を削るほどの副作用を出しては、普通の人間は廃人や影人間の様な状態になってしまうのではという疑問が浮かぶ。

 やはり、こういった頭を使う専門的なものは自分には向かない。そう考えたところで、荒垣は色々と知っていそうな彼らに制御剤が手に入る場所に心当たりがないかを尋ねることにした。

 

「……どこなら手に入る?」

「テメェの情報もろくに寄越さねェヤツに教える訳ねェだろ。情報はタダじゃねェンだよ」

「そうですね。最低でも制御剤を欲する理由くらいは情報料として教えてもらわなければ」

 

 聞いて即座にカズキが嘲笑を浮かべて教えることを拒否してきた。それにタカヤも頷いているため、彼らの生きている世界では何事にも対価が必要であるらしい。

 相手が先に聞いてきたから自分も少しは話していたというのに、こちらが聞けば何も教えないとは随分と自分勝手なやつらだと、改めて相容れない性質であることを認識しながら、荒垣はタカヤのいう情報料を払う事にした。

 

「ペルソナが制御出来なくなったんだ。元々、ペルソナの強さに対して適性ってやつがギリギリだったらしい。それでこの前、ついに暴走が起きた。暴れたペルソナが建物を破壊して、影時間に迷い込んだ一般人を巻き込んじまった。だから、もうあんな事が起きないよう、力を封印するために制御剤が必要なんだ」

 

 話しながらあのときの光景がフラッシュバックする。暴走するカストールを見て恐怖に顔を引き攣らせながらも、女性は身体が竦んで逃げられず瓦礫に押し潰された。

 潰される直前の悲鳴、押し潰される瞬間の生々しい音、そして母親の死を目の当たりにした少年の絶叫。それらが耳の奥にずっと残っていて、荒垣は今でもあまり寝られていなかった。

 もうあんな事は沢山だ。そのためなら自分の寿命を削ってでもこの力を捨てたい。それが荒垣の純粋な望みだった。

 

「なるほど、自分が生きるためではなく、力を捨てるために制御剤が欲しいと。随分と贅沢な悩みですね」

 

 荒垣の正直な願いを聞いたタカヤは一転変わって、どこか呆れたような薄い笑みを彼に向ける。

 どうして相手がそんな顔をするのか荒垣には分からないが、荒垣に対して感じた想いは他の者も同様らしく、それぞれが冷めた瞳で荒垣を見ながら口々に言う。

 

「相手するだけ無駄だ。こンな野郎はアイツにでも回しとけ。あの救いたがりなら丁寧に世話するだろうよ」

「せやな。薬屋は一般人の紹介を嫌うもんやから、必然的にわしらが薬を横流しすることになるけど、こない面倒なやつの相手ばっかしとれんわ」

「彼も別に暇って訳じゃないけど、ボクたちよりここの近くに来る機会は多いだろうから、確かに薬の安定供給を考えたらそっちの方がいいかもね」

 

 彼らの話に出てくる“アイツ”や“彼”なる人物がどんな人間なのかは分からない。

 けれど、その人物も彼らと同じようにペルソナや制御剤について知っており、尚且つ、裏稼業で生きる者たちに一定の信頼を得ているくらいには、親切であり信用出来る人物なのかもしれない。

 荒垣としては情報が得られれば誰から聞こうが構わないので、その人物を紹介してくれるのなら、それだけでありがたかった。

 タカヤたちの方もその人物を紹介する方針でまとまったようで、改めてその旨を伝えてくる。

 

「そういう訳で、薬を横流ししてくれる人物なら紹介出来ます。まぁ、相手側の都合もありますので、都合がつかないときには我々が取り引きしても構いませんが、それでもよろしいですか?」

「ああ、問題ねえ。それで頼む」

「分かりました。では、相手と連絡を取っておくので、また三日ほど経ってからこの場所で落ち合いましょう。薬の準備には時間がかかりますから、期間が伸びるときにはまた伝えます」

 

 それだけいうとタカヤたちはその場から去って行った。

 後に残った荒垣は薬が手に入り力から解放されることに安堵しながらも、自分の寿命を対価として払い続ける不安に強く拳を握りしめるのだった。

 

***

 

 荒垣と別れてその日の仕事を済ませに行ったタカヤたちは、影時間が明けると携帯を取り出しある人物に電話をかけた。

 影時間明けということで既に時刻は午前零時をまわっているが、相手がこんな時間に寝ているとは思わないので、遠慮なく電話をかけて繋がるのを待つ。

 呼び出し音が数回鳴り、そろそろ出る頃かと思ったところで、プツッ、と電話が繋がる音が聞こえてタカヤは自分から話し始めた。

 

「どうもお久しぶりです。お時間はよろしいですか?」

《……用件を言え》

 

 電話の相手は酷く冷たい反応を返してくる。電話の向こうではバイクのエンジン音らしきものが聞こえているので、どうやら相手は移動中に呼び出された事を迷惑しているらしかった。

 彼がバイクを移動手段に使っているなど知らなかったので、せっかくのツーリングを邪魔して悪かったと、小さく笑いながら本題に入る。

 

「ええ、桐条側のペルソナ使いである荒垣という少年はご存知ですか?」

《一応な》

「先ほどポートアイランド駅の裏手にある溜まり場で会ったのですが、彼が制御剤を欲しいと言ってきたのです。まぁ、手間はかかるものの、対価を頂けるなら、横流しするだけですし受けても良かったのですが、他の者たちの反応があまりよくなくてですね。貴方に任せろという意見が出たのです」

 

 相手に伝えた通り、タカヤとしては貰える物が貰えれば、頻繁に会う訳ではないので小遣い稼ぎとして横流しくらい構わなかった。

 ただ、仲間たちが相手に対してあまりいい感情を持っておらず、チームで動いている以上彼らの意見を蔑ろに出来ない立場としては、自分の意見よりも他の者たちの意見を優先しなければならなかったのだ。

 その事を伝えれば、面倒がると思っていた相手は意外にも他の者たちの意見に理解を示してくる。

 

《まぁ、生きるために薬を使っている者にすれば、力の責任から逃げるために薬に頼ろうとしている奴はムカつくだろうな》

「ええ、まさにその通りでカズキとジンは嫌悪感を一切隠していませんでした。人を巻き込んで殺した程度で怯え、せっかくの力を手放そうとするなど理解出来ません。ですが、個人的にはそういった希少な考え方は興味深くもあります」

 

 桐条グループによって無理矢理に力を発現させられ、生きるために寿命を削り続ける制御剤の服用が必須となっていながらも、タカヤはペルソナと影時間の適性を得た事自体には感謝していた。

 誰もが知覚出来る訳ではなく、限られた者、言い換えれば選ばれた者しか入る事を許されていない神聖な場所に入る事を許されたのだ。

 それだけではなくペルソナという超常の力まで手に入れた。その力を振るっているときには、タカヤは確かな生の実感が得られていた。

 大切なのは生きる事ではない。何を成し、どのように生きるかが重要なのである。

 薬の副作用で着々と確実に死に向かっているからこそ、曖昧な未来よりも、今という瞬間を生きることに価値を置いているタカヤにとって、自分とまったく異なる考えの荒垣は理解の外の存在ではあるが、どういった結末を辿るかという観察対象としては興味をそそられた。

 

「ですので、我々は貴方の紹介と、貴方の都合が悪いときに代理で取り引きをする方針で行く事にしました。三日後に同じ場所で会う事になっていますが、薬を用意してその時間に来る事は可能ですか?」

《……まぁ、可能だが、随分と面倒な事を押し付けてきたな》

「こちらは貴方ほど金銭的に余裕がある訳ではないですからね。小遣い稼ぎ程度にしかならない事より、もっと稼ぎの大きい依頼のために時間を使いたいのです」

 

 制御剤の横流しなど言って一、二万程度の稼ぎにしかならない。自由に価格を設定し直せるといっても、信用が大切なので制御剤の価格は最初に見せるつもりでいるし、横流しのときには事前に四割増しの価格を請求するなどの説明もする。

 発注はまとめてになるので、数週間から一ヶ月ほどは新しい注文もこないと思われ、そんな地味な小遣い稼ぎに時間を使うくらいならば、タカヤは自分たちの本業である復讐代行に専念したい思いの方が強かった。

 もっとも、金銭的に余裕がある訳でもないというのは嘘だ。一年間チマチマと大して強くもないシャドウを狩るだけで、電話の相手から五千万円もの大金を報酬として貰ったのである。

 仕事に使うものを色々と新調しても八割以上が残っており、自分たちの元々の稼ぎと合わせればそれなりに裕福な暮らしが出来るだけの蓄えがあった。

 無論、そんな事は裏に通じている相手も分かっているだろうが、その点については特に触れずに返して来た。

 

《とりあえず話は分かった。三日後、土曜と日曜の日付を跨ぐ影時間にポートアイランド駅の裏路地に向かう。仲介屋としての責任は果たせよ》

「ええ、ちゃんと立ち会いますとも。では、またそのときに。失礼します」

 

 電話を切ったタカヤは携帯を仕舞いながら三日後のことを思って口元を歪める。

 被験体であるタカヤたちよりも、電話の相手だった彼の方が桐条グループに抱いている憎しみは大きい。

 何がそこまで憎しみを募らせたのかと不思議に思ったが、死を齎す存在となったときの彼は、命に執着を持たないタカヤですら見ただけで呑まれて自然と全身に汗を掻くほどだ。

 そんな彼が桐条側のペルソナ使いと出会ってまともな対応をするはずがない。知り合いだというのなら、相手の精神を揺さぶるような言葉を吐くはず。

 言われた者がそれでどんな表情をするのか、想像するだけでタカヤは三日後が待ち遠しくなった。

 立ち会いはする。彼が来ると言えばマリアも会いたがるだろう。なら、復讐代行屋ではなくペルソナ使いとしてのストレガメンバーで当日は出迎えることにしようと、タカヤは三日後の事を他の仲間にも伝えた。

 

 




原作設定の変更点

 特別課外活動部を離脱する際、荒垣が召喚器を置いていかなかったという設定に変更。離脱中の住居が不明だったため、マンスリーのアパートを借りて暮らしていると設定。

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