【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第百五十六話 仲介人

11月3日(土)

影時間――路地裏

 

 世界が緑色で塗り潰され一種の異界と化す影時間。

 一般人では存在を知る事も出来ぬそんな時間に、荒垣真次郎はポートアイランド駅の近くにある溜まり場で人を待っていた。

 目的の人物は名前も知らぬ男だが、仲介してくれた怪しげな男タカヤも本日は同席するらしい。

 そうして、元はバーだったシャッターの下りた店の前の階段に座り、目的の人物らが来るのを待っていれば、先に到着したのはタカヤたちの方だった。

 

「どうも、お久しぶりです」

「ああ。それで、お前らが言ってたやつとは連絡がついたのか?」

「ええ、場所も知らせましたし、制御剤を実際に持ってくるとも言っていました。彼は約束を守る人物なので信用していいですよ」

 

 裏稼業の人間のいう信用とは仕事が絡んでくるため一般人のそれより重い。薬を譲ってほしいと言っているだけの荒垣を騙す可能性も低い事から、待っていればその人物もすぐに現れることだろう。

 薄い笑みを浮かべているタカヤを見ながら、ぼんやりとそんな事を考えていれば、タカヤの後ろにいる人数が先日よりも増えている事に気付く。

 前回はタカヤを入れて男三人と女一人だったというのに、今日は男女三人ずつになっている。

 増えたのは幼い顔付きながら発育のいい金髪の少女と、どこかおっとりした雰囲気のハの字眉毛の少女。

 見た感じでは自分よりも年下で中学生かと思われるが、そんな年齢の少女も目の前の男と同じように人殺しをしているのかと、荒垣はあまりに現実離れした世界に軽く眩暈がした。

 とはいえ、今からやってくる人物も裏世界の住人だ。少女らの様に見た目では判断できない存在かもしれないため、改めて気を引き締めて待っていれば、駅前へと続く路地の方から静かな足音が聞こえてきた。

 同じくその音が聞こえたらしい他の者たちも小さく反応を示し、もうすぐ現れると思ったところで、フードを被ったパーカー姿のカズキが召喚器を抜いて、自分のこめかみに当てながら唐突に引き金を引いた。

 

「来やがれ、モーモス!」

 

 水色の欠片と光の中から飛び出した大鎌を持ったペルソナは、溜まり場へとやってこようとしていた人物へと突進して行く。

 真田のポリデュークスよりも速く、アナライズ能力を持っていなくとも、見ただけでそのペルソナが自分たちよりも遥かに強い事を荒垣は理解する。

 あれほどのペルソナの強襲を受けた方は無事では済まない。薬を都合してくれる人物を紹介すると言いながら、その人物が現れた瞬間に亡き者にしようなど、最初から制御剤を渡す気がなかったと思ってしまうのも無理はない。

 けれど、驚き腰を上げて荒垣が立ち上がった次の瞬間、それを上回る驚愕の光景が飛び込んできた。

 

「パラディオン!」

 

 聞き慣れぬ名を呼んだ声が響けば、今まさに大鎌を振り下ろそうとしていたペルソナが吹き飛び、その勢いのまま溜まり場の方へ戻ってくる。

 いや、正確には吹き飛んだのではない。モーモスはその腹部を現れたペルソナから生えた突撃槍に突かれ、力負けして押し返されたのだ。

 押し返したペルソナはそのまま相手を壁へと叩きつけ、突撃槍を高速回転させて貫き、最後は靄のようにして相手を消し去った。

 ペルソナを消されたカズキは腹部を押さえて忌々しげに路地の方を睨み、やってきた蒼い瞳の青年に言葉をぶつける。

 

「テメェ、また訳の分かンねえペルソナ増やしやがって」

「……ペルソナで相手してやっただけマシだろ」

 

 声の主を見て荒垣は言葉を失った。瞳の色や纏う空気は明らかに違うが、その声も姿も、荒垣は今まで何度も目にしてきた。

 彼がこんな場所にいるはずがない。幼馴染の妹の同級生で、助っ人で入ったバスケ部で活躍したことで有名人となった表の世界の住人が、こんな人殺しを生業とする裏稼業の住人らと関わりを持っている訳がない。

 頭の中で何度も否定するが、首に巻かれた黒いマフラーや編み上げブーツなど、彼と合致する特徴があり過ぎて、ソックリさんと言い張る事も出来なくなってしまった。

 そして、後ろに銀髪ポニーテールの少女を連れながら、蒼い瞳の青年が溜まり場に到着すると、今まで黙っていた金髪の少女が顔を輝かせて青年に駆け寄り抱きついた。

 

「ミナトー!」

「急に抱きつくと危ないぞ」

「うん!」

 

 注意されて頭に手を置かれた少女は嬉しそうに笑って顔を擦り寄せている。

 だが、その少女の呼んだ名前を聞いた荒垣は、その名が自分の知る青年と同じであったことで、認め難い現実を受け入れなくてはならなくなり、深くため息を吐きながら青年に声をかけた。

 

「はぁ……有里、お前どういう事だ。ペルソナ使いだってずっと隠してたのか」

「隠すも何も訊かれてませんよ」

 

 訊かれたところで正直に答えはしなかっただろうが、訊かれていないのに自分から話さなくてはならないなどおかしな話だ。

 それならば、荒垣の方こそ湊たちに自分がペルソナ使いで、巌戸台分寮に住んでいる者はそういった活動をしていると話していなければ筋が通らない。

 けれど、知り合いの青年が裏稼業の人間と繋がっていた事が信じられないのか、荒垣は少しの距離を空けた場所で立ち止まり、真剣な瞳で湊を睨みながら言葉を続ける。

 

「会ったばっかで詳しくは知らねえ。だが、こいつらがどういう仕事をしてるかは想像がつく。お前、そういうやつと関わりを持つって意味を分かってんのか?」

「自分から接触を持とうとしてきた先輩に言われる筋合いはないですね。それに貴方も先日女性を殺したばかりじゃないですか。幼い子どもの目の前で」

 

 青年の言葉に荒垣は心臓を掴まれた錯覚を覚える。あのとき現場にいたのは荒垣たち三人と被害者の女性とその子どもの五人のみ。

 先日テレビで放送された事故の真相がペルソナの暴走だと気付き、被害者の女性が死んだという情報まで入手しているのはいい。

 だが、その現場に少年がいて、彼の目の前で母親を殺したことを青年が知っているはずがないと動揺しながら荒垣は叫んだ。

 

「な、んで、どうしてテメェがその事を知ってんだ!」

「……どうしてって、能力の目で視てたからですよ。そっち側のペルソナ以外にも索敵能力を持ったモノがいたっておかしくないでしょう」

「見てたならなんで止めなかった?! テメェは人助けばっかしてる人間じゃなかったのかよ!」

 

 怒鳴りながら詰め寄った荒垣は、湊に抱きついていたマリアを押し退け、湊の胸倉を両手で捻り上げる。

 荒垣自身、自分が理不尽なことを言っているのは分かっているのだ。

 いくら見てようが彼は無関係の第三者。助ける義理も義務もない。

 それでも、自分の幼馴染を上回るほどの格闘術を身に付け、自分が敵わないと思ったカズキのペルソナを力で押し返すほどの強さを持った彼ならば、あの悲劇を回避させられたのではないかと考えずにはいられなかった。

 頭に血が上って全身を震わせながら荒垣が詰め寄っていれば、湊の後ろにいた少女がやってきて荒垣の手を弾いて湊を解放させる。

 そして、そのまま湊を背後に庇うように立ち、真っ直ぐ赤い瞳を荒垣に向ければ、あの事故の日のことについて話し始めた。

 

「ウチらそのときタルタロスにおったんよ。ここで起きた事故を止めるんは物理的に無理やわ。それに仲間が傍に居てはったんやろ? 暴走したペルソナが危険やいうても、二人がかりでそこの広い駐車場に押さえつけたらなんとかなった思うよ」

 

 湊を背後に庇った少女は特に怒っておらず、淡々と当日の自分たちの状況と、荒垣らだけで事故に対応出来た可能性を指摘する。

 突然の事態に冷静に対処できる者ばかりではないため、湊たちは別に美鶴や真田の対応を責めたりはしない。

 ただ、いくら精神的に不安定になっていると言っても、そんな八つ当たりで責められては敵わないと、傍で眺めていたタカヤが呆れたように首を振った。

 

「やれやれ、貴方が呼んだというのに随分な態度ですね。我々の仕事内容を理解しているのなら、裏の世界には裏の世界のルールがあることを理解するべきだ。貴方の今の態度では交渉決裂とみなして口封じに殺されても文句を言えません。いまは影時間、見ている者は誰もおらず、死因は勝手に作られますから」

 

 言いながらタカヤはベルトから抜いた銃を荒垣に向ける。

 影時間の怪しい月明かりに照らされ、余計に不気味に光る銃口に、向けられた方は嫌な汗が背中を伝うのを感じる。

 銃なら荒垣も持っているが、それは弾の出ない召喚器だ。タカヤの持っている物とは迫力から何から全く異なり。銃口を向けられた状態では下手に動く事も出来ない。

 指の動きに注意して、引き金が引かれる瞬間に回避すれば無事に済むだろうか。

 そんな事を考えながら周囲の状況にも気を配れば、荒垣は自分が敵に囲まれている事に気付く。

 後ろには湊と彼を庇う銀髪の少女。そのすぐ傍には湊の胸倉を掴まれたことに対して憤って殺気を放っている金髪の少女。荒垣から見て斜め右の方向にはカットラスを持ったカズキ。斜め左にはメノウとハの字眉毛の少女。そして正面には銃を構えたタカヤとその後ろに控えるジン。

 湊の強さはこの中でも上位なのは先ほどの交戦で理解したが、他の者がカズキと同程度の力なら荒垣に勝ち目はない。

 感情で動きながらも、頭では自分の馬鹿さを分かっているつもりだったが、住む世界が違えば常識も違うと理解していなかった彼は、今さらになって感情的になったことを後悔した。

 

「……やめろ。この人は人を殺してまだ精神的に不安定なだけだ」

 

 しかし、荒垣が絶体絶命だと生き残る方法を必死に考えていれば、コートのポケットに手を入れて立っていた湊がタカヤに銃を下ろすように言った。

 聞いていた荒垣は、何故彼が自分を庇うのか理解出来なかったが、言われたタカヤは素直に銃をベルトに差し直したので、もしかすると本気で撃つ気はなかったのかもしれない。

 銃が下ろされたことに安堵して荒垣がどっと疲れを感じていれば、腕に付けた機械を見ていたメノウが仲間たちに画面を見せて口を開いてきた。

 

「その人の適性は“4020sp(レベル7強)”だって」

「なんや、昔のわしらと同程度かい。天然覚醒者いうても大したことあらへんな」

 

 荒垣は初めて見る機械に目を凝らす。影時間に稼働するという事は黄昏の羽根を詰んでいるのだろうが、あんな小さな機械で適性を測れることが驚きだった。

 そしてさらに、ジンの言葉を信じるのであれば、彼らはかなり小さい頃からペルソナに目覚めており、荒垣や真田の実力はそれと同じくらいという事になる。

 先ほど見たカズキのペルソナの強さを思えば納得だが、自分たちしか戦える者がいないと言われていた事を思えば胸中は複雑だった。

 彼の適性を聞いてジンたちがつまらなそうな表情を浮かべていれば、腕を組んで立っていたタカヤが銀髪の少女に視線を向ける。

 

「メノウ、そちらの女性の数値はどうです?」

「そっちの人は……へぇ、“15600sp(レベル31強)”だって」

 

 今度の数値を聞いたタカヤたちは、少々驚いた様子で興味深げな視線を少女に送る。

 湊とタカヤたちは以前からの知り合いだが、彼が銀髪の少女を連れて来たのは初めてだ。

 てっきり赤髪の少女を連れてきたのかと思っただけに、青年と一緒にいる新顔がどんな人物なのか興味を持っていたのだろう。

 自分たちとほとんど変わらぬ適性を持つと知り、どことなく楽しそうな薄い笑みを浮かべてタカヤは改めて少女に挨拶をした。

 

「挨拶がまだでしたね。私はタカヤ、ストレガというチームで一応リーダーをしています」

「ウチはラビリス。話は湊君から聞いとるから、そっちの人らの顔と名前は一致しとるよ」

「そうでしたか。しかし、これだけの適性を持ったペルソナ使いをよく見つけてきますね。この時間に迷い込んだ者は稀に見ますが、我々がペルソナ使いと遭遇したのはそこの彼が初めてです」

「まぁ、ウチも純粋なペルソナ使いやないけどね。桐条グループの実験で目覚めかけて、湊君と出会ってからちゃんと覚醒したんよ」

 

 “自分も”と少女が口にしたことで、タカヤは顔と名前以外の情報も少女には伝わっているのだと察する。

 別に人工ペルソナ使いであること自体は弱点でも何でもない。非人道的な実験を行っていたという動かぬ証拠なので、桐条にとっては弱所となり得るが、タカヤにすればそんな物は過去の話でしかないのだ。

 故に、少女に自分たちの情報を話した湊を、タカヤたちはどうこうしようというつもりはないが、突然現れた近い強さを持ったペルソナ使いの実力に興味を示していたとき、彼らのいる溜まり場に招かれざる客が訪れた。

 それに気付いたストレガのメンバーは面倒そうな表情を浮かべ、タカヤは肩を竦めて来客の方へと振り向く。

 

「おや、珍しい事もある物です。我々の力に引き寄せられでもしたのでしょうか?」

「へっ、この程度の雑魚じゃ。何体来たところで楽しめもしねェよ」

 

 やってきたのは複数のイレギュラーシャドウ。魔術師“臆病のマーヤ”、女教皇“残酷のマーヤ”がそれぞれ六体ずつ。

 ご丁寧に駅前に続く路地と、反対側の路地から挟みこむ形で集まってきていた。

 シャドウは本来タルタロスにしか現れない存在だが、ポートアイランド駅というタルタロスと駅一つ分しか離れていない場所に、力を持ったペルソナ使いが複数人集まっていた事で惹かれたイレギュラーシャドウらが集まって来たらしい。

 タカヤは銃を、カズキはカットラスを装備して戦いに備える。それを見てジンも召喚器を用意しながら、ハの字眉毛の少女であるスミレに声をかけた。

 

「スミレはそっちの男の傍におり。お前のペルソナやとここじゃ戦いづらいやろ」

「えー、別に建物を壊してもいいなら戦えるよ?」

「それやっちゃうと面倒だから今回は休んでて。どうせすぐに終わるし」

 

 大して広くもない場所でスミレの巨大なペルソナを出されては困る。メノウもジンと同意見だったことで、召喚器と両端に菱形の刃がついた槍を準備しながらスミレを荒垣の方へと送り出した。

 仲間から言われては渋々従うしかなく、シャドウに囲まれたことで自分も戦うべきか迷っていた荒垣の傍にいけば、スミレは他の者たちを笑顔で応援する。

 その応援を聞きながら湊に抱きついていたマリアもククリ刀を構え、ラビリスは深紅の手甲を装備して湊から戦斧を受け取り敵を睨んだ。

 男子三人は駅側を、女子三人は反対側の敵と対峙し、スミレと荒垣と湊はその真ん中で戦いを見守る。

 そうして、全員が戦いに意識を切り替えると、

 

『――――ペルソナ!』

 

 全員の声が重なり一斉に六体のペルソナが現れた。

 迫りくる臆病のマーヤを、モーモスが大鎌で二体同時に切り裂き、ヒュプノスが電撃を放ち、モロスが火炎で焼き払う。

 反対側では残酷のマーヤを、デュスノミアが氷結で凍てつかせ、ティアマトの槍とアリアドネの糸が形作った大剣で敵ごと砕いて消滅させた。

 あまりに一方的な戦いに荒垣はレベルの違いをはっきりと理解する。これが本物のペルソナ使いの戦いかと、これまでの自分たちの戦いぶりとの違いに愕然としながら、ふと上を見上げれば、そこに新たな敵の姿を発見した。

 

「上だ!」

 

 上空からやってきたのは三体の女帝“ヴィーナスイーグル”、咄嗟に叫んで荒垣は召喚器を構えるが、先日の暴走がチラついてしまい引き金を引けなかった。

 敵が迫っている状況でそれは命取りだ。敵を倒した他の六人が荒垣の声に反応して振り返り、敵のいる上空を見上げるも、彼らが動いたところで間に合わない。

 自分が召喚を躊躇ったばかりに一緒にいた他の二人を巻き込んでしまった。その事を後悔しながら、せめて直撃を避けさせるため荒垣が二人を押そうとしたとき、今までポケットに手を入れていた青年が、上空に向かって黒くなった右腕を突きあげた。

 

「消えろ」

 

 直後、彼の腕が黒い炎となって上空にいた敵を呑み込んだ。

 雑居ビルよりも高く立ち上った黒い炎に一同は唖然とし、敵の反応がなくなったことで腕の炎を霧散させた青年は、元通りの人間のモノになった手を何度か握りしめ、その調子を確かめるようにしながら静かに口を開いた。

 

「……敵の反応は消えた。だが、突然のシャドウ反応とその消滅を感知して、桐条側のペルソナ使いが来るかもしれない。薬の受け渡しはこちらでしておくから、今日はここで解散しよう」

「先ほどの攻撃について色々とお訊きしたかったのですが、確かに鉢合うのは面倒ですね。分かりました。後はお任せします。それでは、また縁があれば会いましょう」

 

 別に会ったところで美鶴たちを撒くのは簡単だ。しかし、後でつけ回されるのは勘弁したい。

 桐条グループが本気で捜査網を引けば、近隣の街に潜伏している人間くらいは一月もかからず見つけられるはずだ。

 相手の能力の網くらいなら潜りぬけられるだろうが、人海戦術と防犯カメラの映像等で追われれば逃げ切れない。

 裏の仕事を続けていく上でそれは不都合なので、ここは大人しく帰ることにすると言ってタカヤたちは去って行った。

 

***

 

 ストレガたちと別れた湊は、その場にいては拙いからと場所を変える事を提案し移動した。

 相手が何か言ってくるかも知れないと思ったが、荒垣は素直に言う事を聞いて湊とラビリスに同行し、今はテーブルの向かいに大人しく座っている。

 

「んー、ウチは塩チャーシュー麺にするわ」

「……荒垣先輩は?」

「あ? 俺は……普通のラーメンでいい」

「じゃあ、ラーメンと塩チャーシュー麺と麻辣担々麺の餃子天津飯セットで」

 

 注文を聞いたラーメン屋の店員はメモを取って厨房に戻って行く。

 その姿を見送ったラビリスはおしぼりで手を拭き、湊は出された水に口をつける。

 溜まり場を離れた三人は、夜食でも食べようと思っていた湊とラビリスの発案により、深夜までやっているラーメン屋にやってきていた。

 てっきり、人のいない場所で話すのだとばかり思っていた荒垣は少々面食らう。けれど、薬を融通して貰う立場として拒否権はないため、大人しく座っている。

 先ほどはシャドウとの戦闘という非日常なことがあったが、並んで座っている湊とラビリスはどこにでもいる普通の中高生にしか見えない。

 こんな者たちが、人殺しを生業にしている裏稼業の人間と繋がっている事が信じられず、荒垣は尋ねていいものか迷いながらも、意を決して周りに聞こえない大きさで二人に尋ねた。

 

「お前らもあいつらみたいな仕事してんのか?」

「……してませんよ。一口に裏稼業といっても内容は様々で、仲介屋や情報屋なんてのもいれば、運び屋に殺し屋なんてのもいます。ストレガは年長の四人だけが仕事をしていますが、彼らの仕事は復讐代行といって、対象を懲らしめる程度で済ませる事もあれば殺したりもしますから、職種としては結構特殊なんです」

 

 ストレガの請け負っている依頼はかなり幅の狭い物である。

 それはリーダーのタカヤがターゲットの生の感情を見たがっている事も影響しているが、実際は彼らだけでは多種多様な依頼をこなせないことと、恨み辛みというのはいつの時代も誰かしら抱いているため仕事がなくならない事が、復讐代行などという仕事を選んだ主な理由だ。

 依頼者の希望と報酬から報復の内容を決定し、軽ければ全治数週間の怪我を負わす程度のこともあるが、大体は報酬が高額な依頼を中心に受けるので殺しになってくる。

 彼らの元に届いた依頼の中には湊への復讐依頼もまぎれているそうだが、どう考えても数百万では割に合わないので無視しているらしい。

 湊はストレガがその依頼を受けたところで何も言ったりはしない。依頼者がいるからこそ仕事がある訳で、彼らが誰の望みを叶えようと湊には関係ないのだ。

 しかし、それは彼らが誰かの望みを叶えるために協力し、素直に殺されてやるという意味ではない。

 知り合いや恋人でも敵であれば殺す。そういった思考をしている彼を殺そうというのだから、やる以上は自分が殺される覚悟を持って挑まねばならない。

 最新鋭の兵器を配備した軍事施設すら墜とし、数千人規模の軍隊を一人で殺し尽くす化け物。その戦力の強大さを畏怖して付けられた異名が“個人要塞”。

 “死神”というのは彼の存在その物を示した名に過ぎず、裏の世界に関わっている者たちにすれば、彼の戦力をそのまま言い表している“個人要塞”の異名や、裏界最大組織の久遠の安寧を壊滅させた“名切りの鬼”の名の方が恐れられていた。

 

「俺がやっていたのは仕事屋といって所謂なんでも屋です。護衛や物資の入手などもありましたが、色々と危険な事もありましたね。まぁ、今はやっていませんが」

 

 小皿に餃子のタレとラー油を入れてかき混ぜながら話す青年の表情は普段通り。けれど、その色々と危険な事とやらが、一般人では想像もつかないレベルの内容であることは荒垣も察する事が出来た。

 中等部への入学当初の時点で身体が鍛えられているとは思っていたが、まさか本職の人間を相手にした実戦の中で鍛えられているとは思わず、ほとんど才能の一言で片づけてしまっていた過去の自分の思慮の浅さを荒垣は小さく悔いる。

 とはいえ、ラビリスとは今日会ったばかりでよく知らないが、やってきた餃子を仲良く分けて食べている二人が、まさかペルソナやシャドウに関してかなり深い部分まで知っているとは思わないだろう。

 まして、裏稼業に関わる人間が昼間は普通に学校に通っているとは夢にも思わない。おかしいのは自分ではなく相手の方だと、冷静さを取り戻しながら荒垣は再度質問した。

 

「お前がそういう仕事してるってまわりのやつは知ってんのか?」

「学校関係者以外は大体知ってますよ。学校の方だと佐久間や櫛名田は家庭の事情の方から、薄々勘付いているようですが、部活や生徒会の人間だと山岸が少しだけ触れた程度ですね。勿論、どの程度の事をしているかは知らないでしょうけど」

 

 そも、湊が桔梗組で暮らす様になったのは、初仕事でマンションの部屋を事務所にしていた桔梗組の人間を立ち退かせるため、桔梗組本部に乗り込んだことが切っ掛けである。

 エルゴ研を抜けてから築かれた人脈は仕事を通じて得た物ばかりなので、学校関係で出会った者や街中で助けた者でもなければ、大概の知り合いは湊が人殺しである事も知っていた。

 話を聞いて教師だけでなく風花の名前も出た事で荒垣は表情を険しくしたが、風花が少し触れたというのは、以前、武器博物館で湊が武器を扱う姿を見たという程度のことである。

 紅花とのキャッチナイフも大道芸的な危ない遊びでしかないので、荒垣が心配するような事は何もないのだが、念のためか彼はラビリスにも尋ねた。

 

「そっちの、ラビリスだったか? お前も有里と同じようなことしてんのか?」

「ウチは何もしてへんよ。湊君と会ったんは湊君がお仕事やめた後やし」

「じゃ、なんで今日は一緒に来たんだよ?」

「なんでって、はよ終わったらタルタロスに行くかもしれんかったから一緒に来とっただけやで」

 

 湊のシャドウ狩りはほぼ毎日行われている。翌日に朝から仕事があるときはラビリスだけ休んでいるが、仕事が昼からであったり休みならば、前日は湊に同行してタルタロスに赴いて訓練を積んでいる。

 今日は仕事の話が終わらなかったので諦めたが、早く終わっていれば湊もそのつもりだったため、ラビリスが一緒にいるのは裏稼業とは全く無関係であった。

 

「……まぁ、そういう話はいいでしょう。こっちは依頼のためにきただけだ。別に俺たちの情報を貴方に渡す義理はない」

 

 これ以上の質問は受け付けない。はっきりと湊がそう告げれば荒垣は黙るしかなくなる。

 相手は見るからに怪しいタカヤたちほど危険な雰囲気ではないが、非日常の存在が日常の中に溶け込むからこそ危険だと荒垣は本能で理解している。

 自分より遥かに強いカズキを上回る実力、上空のシャドウを一掃した黒い腕など、有里湊には謎が多過ぎた。

 学校での彼のことはそれなりに信用していたが、裏の顔があると知ってしまえば、その危険度も含めてタカヤたち以上に信用ならないと荒垣は判断する。

 そうして、しばらくは会話もなく運ばれてきた料理を食べていると、ほとんど食べ終わった頃になって、湊が薬の入った瓶と銀色の携帯用タブレットケースをテーブルに置いた。

 

「これが制御剤です。一日に一錠、もし二錠飲むなら間に六時間は開けてください。飲むタイミングはなるべく食後で、風邪を引いたときなど体調が悪いときは飲まないでください。ビタミン剤など栄養補填のサプリメントとは一緒に飲んでも構いませんが、例え鼻炎薬や酔い止めであっても他の薬とは一緒に飲まないように。優先順位は他の薬の方が上ですから、体調不良時は飲むのを止めていいです」

 

 出された瓶を受け取って荒垣は中の錠剤を見つめる。

 丸い形をした一センチほどの小さな白い錠剤。こんな物でペルソナが制御出来るとは到底思えないが、実際に服用している風だったタカヤたちのペルソナはとても力強かった。

 ならば、彼らが紹介した人物の持ってきた物も同一の薬なのだろうととりあえずは信用して、いくつかをタブレットケースに移してから、両方をポケットにしまい込んだ。

 荒垣が薬を受け取ったのを見た湊は、

 

「後は――――これも預かっておきます」

 

 そういって、荒垣が瞬きをした間に“法王”の描かれたタロットカードを持っていた。

 彼が何をしたのか分からない。だが、荒垣は自分の中に存在したはずの力が消えていることに気付いた。

 

「お前、いま何した?」

「何ってペルソナを抜いただけですよ。ああ、俺が持ってる間は先輩はどうやってもペルソナを召喚出来ませんから、もしシャドウと出会ったら逃げてください。ただの適性持ちと違って、ペルソナがいなくても武器とかでダメージは通せますけど、先輩のレベルだとタルタロスの第一層にいる低級シャドウしか倒せないと思うんで」

 

 そんな事が可能だとは初耳だ。影時間が消えれば能力も消えるかもしれないが、当面その見通しが立たないので、荒垣は力を封じて擬似的にペルソナを捨てるために制御剤を求めたのだ。

 しかし、湊がやったように他者にペルソナを預ける事が出来るのなら、毎夜影時間を体験しなければならないことは変わらないが、とりあえずは暴走の危険を考えず力を放棄できることになる。

 桐条グループにも同じ事が可能かは不明だが、どうして他者のペルソナを奪える湊が制御剤まで用意したのか荒垣は尋ねた。

 

「ペルソナを抜いたら制御剤は必要ないんじゃねえのか?」

「より安全策を取っただけですよ。抜いても結びつきが完全に消える訳じゃない。制御が弱まれば先輩の中に戻ってしまいますから、制御剤を服用するかは先輩の判断に任せます」

 

 この青年はペルソナを抜いたと言っただけで、奪ったとは言っていない。なら、彼の言う通り制御が弱まればお互いを呼び合って戻るのかもしれない。

 もっとも、それはただの嘘で、本当は制御剤を飲む必要がなくても、飲む必要があると言われただけで“寿命を削る毒”を飲み続ける覚悟があるかを試している可能性もある。

 目の前にいる青年の表情からは一切内面が読めないので真実を知ることは諦めるが、ここは彼の言った事が真実であると仮定してより安全策で行こうと、瓶から取り出した薬を荒垣は水で流しこんだ。

 

「フゥ……代金はいくらだ?」

「とりあえず、貸しにしておきます。近いうちに何か頼むと思うので」

 

 受け取った薬の代金を払おうと財布を取り出した荒垣に湊は薄い笑みで返す。

 裏稼業の人間は全員がこんな人を馬鹿にしたような笑みしか浮かべないのかと尋ねたくなるが、対価は金とは指定されていなかったので荒垣に選択権はなく、ただ完全に言いなりになる気はないという意思表示だけはしておく。

 

「そっちの仕事なんざ頼まれてもやらねえぞ」

「そういうのじゃなくて、まぁ、俺が影時間に動き易くするための仕込みです」

「……そうか。俺は先に帰らせて貰う。代金は置いて行くぞ」

「ええ、さようなら」

 

 テーブルの上に千円札を置いた荒垣は席を立って店を出ていった。料金は七百円だというのに、丁度出すのが面倒だったのかお釣りにこだわらないのかは不明だが、置かれたお札を回収してから食事を再開する湊にラビリスが尋ねる。

 

「なあ、アベルって盗ったペルソナは戻らへんいうてなかったっけ?」

「ああ、本人がカードを砕かない限り戻らない」

 

 湊がアイギスのペルソナを持っていると聞いたときに、ラビリスはアベルの能力について説明を受けていた。

 現在はネガティブマインドの期間だが、若藻やアベルのような特殊能力持ちのペルソナはホルダーに入れて時期に関係なく呼べるようにしてあるため、湊があの一瞬だけ時流操作で加速しながら“楔の剣”を呼び出してカストールを奪ったのだとラビリスも気付いている。

 しかし、人を殺めた後悔から力を捨てたがっている者の望みを、リスクなく叶えるだけの力を持っていながら、どうして嘘を吐いて制御剤という劇薬を飲ませたのか彼女は理解出来なかった。

 

「せやったら、なんで嘘吐いて制御剤なんて飲ませたんよ?」

「罪には罰を、そうじゃなきゃ背負う人間は救われない」

「よーわからんけど、影時間の記憶補整で罪に問われんから、それで苦しんでるあの人に罰を与えたったいうこと?」

 

 荒垣が人を殺めたのは事実。けれど、記憶の補整で別の事件として置換わった罪は一生問われる事がない。

 自分の犯した事に少しでも罪悪感を覚える人間であれば、そういった状態は罰を受ける以上に辛いのだ。

 罰を受ければ、その代わりに赦される可能性がある。だが、存在する罪をあやふやにされれば、赦される機会を失い、ゆっくりと心が蝕まれ最後は壊れてしまうだろう。

 そんな状態はあまりに可哀想なので、わざと逃げ道を用意しながら薬を飲むという辛い方を選ばせたのかとラビリスが問えば、レンゲで天津飯を口に運んでいた湊は頷いて返した。

 

「ああ、よく分かってるじゃないか」

「あんま分かりたないけどね。それって気持ちはマシになるだけで、結局は自殺に追い込んでるだけやろ?」

「薬を飲むのを強制した覚えはない。やめるかどうか自由だ。というか、あんなのいくら飲み続けたって体調が悪くなる程度で死にはしないさ」

 

 罪悪感を薄める効果があればそれで十分であって、最終的に薬を飲み続けるかどうかは本人次第。

 さらに言えば、渡した薬を飲み続けても、説明した服用方法を守っていれば死にはしないと、食べ終わった湊は水を飲みながら淡々と告げる。

 EP社の方で制御剤についての説明を聞いていたラビリスは、青年の言葉の意味を理解しかねるが、もしかして天然ペルソナ使いと人工ペルソナ使いでは効果が違うのかと考える。

 

「制御剤て寿命削る劇薬やろ? 天然覚醒者やと効果が違ってたりするん?」

「身体の構造が一緒なんだから、効き目に違いはあっても身体に負担がかかるのは一緒だ。ただ、あれはカルシウムのサプリにバイアグラやグリメピリドを少量混ぜた物で本物じゃないんだ」

「え、バイアグラってその……大丈夫なん?」

 

 渡した薬が偽物と聞いて少し安心するが、その偽物の薬の種類を聞いて、ラビリスは視線を泳がせつつたまに湊のズボンの方をちらりと見る。

 彼女も一応子どもの作り方くらいは知っており、バイアグラがどのような効果を持っているかも知っている。

 故に、そんな物を飲んでしまったら、荒垣の真次郎が大変なことになってしまうのではと思ったのだが、ラビリスの視線に気付き、顔を掴んで見るのをやめさせながら湊は彼女の問いに答えた。

 

「何故そっちだけ心配するのか分からないが、どっちも少量だし混ぜてはいない。バイアグラ入りの錠やグリメピリド入りの錠があるから、血圧が上昇することもあれば、血糖値が下がる事もある。飲んだ錠によって効果がランダムで出るため、先輩は制御剤の副作用だと思うだろうな」

 

 そも、バイアグラを飲んだところで、性的な刺激がなければ何もなく効果時間を終えることもある。その場合は血圧の上昇で少し苦しくなる程度だろうが、血糖値を下げる効果のあるグリメピリドと効果がランダムで出る事により、薬を服用した本人はそれが副作用だと思うはずだった。

 

「せやから、食後とか他の薬と併用したらアカンって言ってたんや」

「そういう事だ。空腹時にグリメピリドの方を飲んだら血糖値が下がり過ぎて倒れるかもしれないからな。一応、医者として最低限の気遣いはしてるさ」

「湊君のそういうちょっと意地悪やけど優しいとこ好きやわ」

「別に優しさでやってる訳じゃない。あれには今後は駒として動いてもらうんだ。使える物は使う主義だからな」

 

 言いながら湊が伝票を持って立ち上がるとラビリスも後に続く。

 ただのサプリメントではなく薬を混ぜたのはどうかと思うが、それも本物の制御剤だと信じさせる仕込みと思えば納得できる。

 薬の販売をしているEP社にいて、本人も薬の知識があるからこそ出来る裏技だが、傷付く人がいないのであれば何も言うまいと、会計を終えて店を出た湊の隣に並ぶラビリスは笑みを浮かべていた。

 

 


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