【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第百五十八話 理想の少女

午前――ゆかり自室

 

 その日、ゆかりは自室のベッドに寝転がって一人考えに耽っていた。

 湊との恋人期間は今年一杯で、それ以降はゆかりが別れを切り出すまでは自動で延長される。

 ゆかりとしては、相手が別れたいと言ってきても期間終了でいいと思っているが、変なところで律義な相手の事だから、きっとゆかりが言って来るまでは今の関係を続けるのだろう。

 

(……真剣に考える、か)

 

 自分が湊の事をどう思っているかなど分かっているつもりだった。

 不良みたいな見た目で、だけど色んな人に親切。面倒臭がりで、だけど色々と世話焼き。そんな天邪鬼な性質の彼はゆかりにとって大切な友達。

 しかし、言われてみると、少女は自分の考えと行動はとてもチグハグだと思った。

 ゆかりと湊は恋人である。仮初だろうと現在の関係はそれで通っている。

 恋人ならキスをしても問題ない。だから、ゆかりは湊からキスされても拒まなかった。

 

(けど、肩書きが恋人でも友達だと思ってたら拒むよね)

 

 そう、ゆかりが一番おかしいと思ったのはそこだった。

 自分は湊を友達だと思っているのに、関係の上では恋人だからとキスを受け入れた。

 周りからすれば恋人なのだからキスくらいして当然と思うだろうが、主観では友達のままなはずなのに、受け入れてしまっているのはおかしい。

 ゆかりが誰彼構わずキスを受け入れるような人間であれば、別に友人の男子と簡単にキスしてもおかしくはない。

 だが、彼女にそういった趣味は無く、むしろスキンシップで触れられるのも拒む程度にガードが固い少女であった。

 そんな少女が肩書き一つでキスを受け入れるだろうか。他の者より信用しているというプラス効果が働いたのかと考えるが、同じように信用していても荒垣や真田からのキスを受け入れる気にはならない。

 自分の過去や家庭環境について聞いていて、尚且つ相手も自分と同等かそれ以上に辛い目に遭っているから、同じ目線で物を見ていることにシンパシーを感じて近付く事を許可しているのかもしれないと考えるも、だからと言ってそれだけではまだ条件が不足しているように思えた。

 

(有里君は優しい。色々と気を遣ってくれるけど、同情とかじゃないって分かるから安心して話せる。お母さんのことを話したら、単純に同意するんじゃなくて、どうしてお母さんがそんな風になったのかも考えた上で自分の思った事を正直に話してくれた)

 

 同意して貰えるとばかり思っていたのに、ゆかりも十分ガキだと言われたときには少しムッとした。

 おかしいのは母親で、誰だってそう考えると思っていただけに、全くの予想外だった彼の言葉は今でもしっかりと覚えている。

 しかし、今では彼の言葉はむしろ自分のことを考えて言ってくれたのだろうと、そんな風に思えるようになっていた。

 母親の生き方が許せなくて、盲目的に嫌うようになってしまっていたゆかりの目を覚まさせてくれた。

 そのおかげで、今も苦手意識や母親の生き方に対する不信感などは残っているが、少なくとも原因などについても意識を向けられる程度に余裕が出来た。

 

(彼は優しい、あったかい、一緒にいると……嬉しい)

 

 そんな自分にも色々と変化を齎してくれた青年と一緒にいると嬉しく感じる。楽しかったり、安心したりもするのだが、最も適していると思える言葉が“嬉しい”なのだ。

 どうして彼と一緒にいると嬉しくなるのか。仰向けになって天井を見つめながらゆかりはチョーカーに触れる。

 

(嫌いじゃない。むしろ……好き)

 

 最初は苦手だった。自分勝手で、人を馬鹿にしたような皮肉屋で、どういった環境で育てばこんな風になるのかと親の顔が見てみたいとすら思った。

 きっと甘やかされて育ったのだろう。何不自由なく、望めば全てその通りになるような、そんな環境で周囲の人間に我儘放題で接してきたに違いない。

 そう思っていたのに、彼の過去には自分以上の傷跡と闇が広がっていて、安易な気持ちで訊く事が躊躇われて、ほとんど何も知らずに今日まで来てしまった。

 接してみて、人と接する彼の姿を見ているうちに、自分の心の中に彼という存在がはっきりと残って、今では一部の領域を占有するほどに大きくなっている。

 他の友人たちはどうか、チドリや美紀や風花の存在は彼ほど自分の心の中に残っているか。考えてみると結果はあっさりと出た。

 

(風花たちより有里君の領域の方が広いし深い。もう、多分、心の中から消せそうにないくらい、有里君の存在が大きくなってる。そっか。これが恋なのか。やだな、有里君のこといつの間にか好きになってた)

 

 気付いてしまうと愛おしさが湧いてくる。彼に会いたい。彼に触れてもらいたい。どんどんと欲望が湧いて来て、自分が自分でないようにすら感じる。

 目元を腕で隠しながら彼の顔を思い浮かべれば、途端に一人でいることが寂しく思え。こんな事なら気付くんじゃなかったとゆかりは後悔する。

 

(あー……失敗したな。うん、これはダメだ。自分がどんどん弱くなっていくみたい)

 

 腕で目を隠しているはずなのに視界が滲んで歪む。

 期間はもう一月もない。自分たちの関係はそれで終わり。もっと早くに気付いていれば思い出も作れた。完全燃焼といった感じにパッと火が点いて、後腐れなく燃え尽きてしまう事も出来たかもしれない。

 しかし、ゆかりはずっと気付かないフリをして時間を無為に過ごしてしまった。気付かなければ傷付かなくて済むと無自覚に分かっていたから。

 

(先生たちはすごいな。素直に自分の気持ちを表に出せて)

 

 大切な人と一緒にいるだけで、自分の過ごす普段の日々に色が増えた気がした。当たり前の日常が輝いて見えて、そういった小さな幸せに包まれていることが心地よかった。

 これを失うのは自分の一部を失うのと同義だ。母親もきっとその欠けてしまった自分の一部を、別の何かで埋めようとして色んな男性と付き合っているのだろう。

 ようやく、本当の意味で母親のことを理解出来たゆかりは、湊が佐久間やファンの子ではなく何故自分を“仮初の恋人”として選んだのかも同時に理解する。

 本物にはなれず、彼から真に愛される事もない。未来のないこの関係は、本気で彼を好きになった者にとって非常に残酷な制度だ。

 

(……別れたくないよ)

 

 無自覚に少しずつ惹かれていたため、きっと仮初の恋人になっていなくとも、いつか自分の恋心を自覚していたに違いない。

 ゆかりとしてはその方が良かった。それなら他の者と同じスタートラインから恋人を目指す事が出来たから。

 けれど、ゆかりは既に仮初の恋人になってしまった。終わることが決まっている関係であるが故に、報われない恋心を自覚した少女は一人涙を流した。

 

 

12月12日(水)

夜――EP社・第四研究室

 

 工場の地下に存在するEP社の研究区画。その中でも普段誰も使っていない予備のような扱いである研究室で、シャロンの助手である武多が一人灯りも点けずにとある作業に没頭していた。

 席についてノートパソコンで一心不乱にキーを叩く彼の傍には、分厚いノートやプリンターに缶コーヒーなど色々な物が置かれている。

 本日はシフトが組まれておらず、休日となっている彼が何故ここにいるのか分からない。湊らも彼が会社で作業をしていることは把握していないので、今の武多は完全に個人の作業のために空いている研究室を使用していた。

 

(もう少し、もう少しで僕のアリスたんに会える!!)

 

 鼻息荒く武多の作業しているパソコンの画面にはいくつものファイルが開かれており、いま彼がキーを叩いて文字を入力しているのは文章ファイルで、そのファイル名は『アリスプロジェクト』となっている。

 言葉だけ聞いても意味不明だが、そこには身長や体重など人間のプロフィールらしきものが書かれていた。

 

(ハァ、ハァ、呼び方はどうしようか迷いますな。ここはベーシックにマスターか、それともアリスたんの性格を考慮してお兄ちゃんも捨てがたいでゴザル)

 

 考える間、武多はマウスを操作して別のファイルを開いてそれを眺める。今度のファイルには、白のフリルのついた水色のドレスを着た金髪の少女の絵が表示されていた。

 頭には黒い大きなリボンが結われており、カールの巻かれた長い金髪と合わせるとお嬢様といった雰囲気を感じさせる。

 手には魔法の杖の様な可愛らしいステッキを持ち、武多が操作する度にポーズや表情の違う画像が次々と表示されていく。

 そうして、緩んだ表情で画像を見ていた武多は、意を決したように文章ファイルを開き直し、“呼び方”と書かれた欄に『普段はマスター、たまに間違えてお兄ちゃん』と入力しエンターキーを強く叩いた。

 

「で、できたー! ついに完成したでゴザル!」

 

 作業を終えたらしい武多は椅子から立ち上がって飛び跳ねて喜ぶ。ここがマンションなど集合住宅であれば、下の階の人間が怒鳴りこんでくるほどの暴れっぷりだ。

 一頻り喜びの舞を踊って満足したのか、少しして冷静になった武多は椅子に座り直すと再びマウスで操作して行く。

 新たに立ち上げるのは二つの画像ファイル。片方はペルソナのタロットの背面が描かれた画像、もう片方は“恋愛”のアルカナが描かれた画像、そこに先ほどの少女の画像を加えて印刷画面を出し。少女と背面、恋愛と背面という二つの組み合わせで両面印刷の実行を選べば、パソコンと繋がっていたプリンターが稼働し、二枚のカードが出てきた。

 恐る恐るそれらを手に取り、印刷ミスがないかをしっかりと確認した彼は、約半年ほど掛けて製作した自らの理想の少女ペルソナであるアリスの完成に歓喜の叫びをあげた。

 

「しゃー! おっしゃー! あとはこれで召喚したら僕もペルソナ使いの仲間入りですぞ! やっふー!」

 

 武多が『アリスプロジェクト』なる自らの理想の少女を、ペルソナとしてこの世に具現化させる計画を思い付いたのは約半年前。

 湊からペルソナの説明を聞いた際、ペルソナは人の心から分化して表出するものだが、例外もあって人々の強い念が思いの塊となってペルソナ化すると言われたからだ。

 実際、湊の持っているジャック・ザ・リッパーは古いナイフに宿っていた、使用者と複数の被害者の怨念が混ざり合った怨霊ともいえる存在がペルソナ化したものである。

 さらに、普通のペルソナならば持ち主のイメージが反映されたり、その存在に関係したような姿を取るけれど、強い思念から生まれた存在はそういった制約から外れる。

 そのため、武多は姿からプロフィールまで緻密に設定し、他の外的要因が混ざりようのない状態で理想の少女“アリス”を作りあげた。

 ペルソナにも同名の者が存在し、そちらは“死神”のアルカナだったりするのだが、武多はそんなペルソナがいるとは知らないし、可愛い少女には可愛いイメージのアルカナが似合うといって“恋愛”のアルカナに設定した。

 湊のペルソナも一部はアルカナが異なった同名存在だったりするので、別に武多の設定したアルカナが同名存在と違っていても問題はない。

 しかし、理想の少女を具現化させるためだけに、湊からカードを借りて全アルカナのスケッチを取ったり、高価な紙とインクを買ってきたり力の入れどころが色々と間違っていた。

 というのも彼は、年末にある一大イベント『コミックフェスティバル』こと通称『コミフェ』に、この理想の少女を連れて行こうと必死に頑張っていた。

 自分の理想とした超絶美少女を連れていけば、周囲からの羨望と嫉妬の入り混じった視線が心地いいに違いない。

 女子と一緒にコミフェに行ってみたいという夢も同時に叶い。まさに一石二鳥だとして、グフフ、と厭らしい笑いを漏らしながら武多はアリスのカードに優しい視線を落とすと、隣に置かれた恋愛のアルカナの描かれたカードを取って立ち上がった。

 成功するかは分からない。だが、湊に言われた通りに魂を籠めて武多は理想の少女を作り続けた。

 当初は理想の少女というだけだったが、半年という期間を共に過ごしてきたことにより、彼にとってアリスは妹や娘のような存在にもなっている。

 ようやく、その少女と対面できるということで目頭が熱くなり、武多は泣きながら湊の様にカードを握り潰した。

 

「ペルソナ!」

 

 ぐしゃり、と音を立ててカードが握り潰される。ガラスの割れるような音も、水色の光も現れたりはしない。

 カードを握り潰した格好で固まっていた武多は、今のは気合を入れ過ぎたのがいけなかったんだろうとして、くしゃくしゃになったカードを一度伸ばすと再び召喚を試みる。

 

「ペルソナ! ペルソナ、ペルソナ、ペールッソナー!」

 

 何がいけないのか。訳が分からず武多は発音を変えたり、ポーズを変えたりして何度も試すが、結局一度も成功せず、そのまま哀しみの涙を流しながら床に膝をついた。

 すると、丁度四つん這いになったそのタイミングで部屋の入口が開き、誰かが入ってくるなり部屋の灯りを点けた。

 

「……気配がすると思ったらお前か。今日はオフだったはずなんだがな」

「ああ、武多さんやん。ここで何してはるの?」

 

 部屋に入ってくるなり、休日だったはずの男が四つん這いで泣いてる姿を見て呆れた顔をする湊。

 さらに、彼に続いてラビリスと水智恵、シャロンとエマ、それから日本に来ていたソフィアも一緒に部屋の中に入ると、机の上に置かれたパソコンやプリンターを見て不思議そうな顔をする。

 休日だった彼はここで隠れて何かの作業をしていたようだが、床に転がったくしゃくしゃの紙を前に泣いている巨漢というはちょっと不気味に映った。

 とはいえ、私的な理由で勝手に施設を利用されては困る。彼がスパイである可能性はないが、一応何をしていたのか確認するべくソフィアがパソコンの画面を見れば、そこにはよく分からない単語が羅列していた。

 

「えっと、『アリスプロジェクト』? 身長一五五センチ、体重四六キロ、声は木之本凛子たん……誰ですのこれは?」

「木之本凛子ってのはアイドル路線で売り出してる声優ッスよ。一大ブームを巻き起こした“カードキャプチャー・サフラン”の主役のサフランの声とかしてるッスから、まぁ、武多さんみたいな大きいお友達に今も大人気ッスね」

 

 日本のアニメ文化やオタク文化に詳しくないソフィアに、この中で唯一武多とタメを張れるほどそっち方面の知識を持っているエマが教えてやる。

 彼女はソフィアに場所を変わってもらうと、開かれていたファイルにも次々に目を通して、机の上に置かれた“アリス”のカードと床の転がったカードを見て、彼がここで何をしていたのかを理解した。

 

「なーるほど、武多さんはどうやらペルソナを作ろうとしてたみたいッス」

「ペルソナを作るて、そんなことできるん?」

「湊さんの話じゃ強い思いの塊がペルソナ化することもあるって言ってましたし。その話を聞いてから設定やら姿やらをしっかりと作り込んで本気で呼び出そうとしてたみたいッスね」

 

 尋ねたラビリスにエマは難しくても可能ではあるはずだと答える。パソコンに表示されていたファイルの他にも、設定やらをまとめたらしい専用フォルダもあったので、武多がどれだけ本気だったかが伺える。

 シャロンもエマに場所を換わってもらい。自分の部下がどんな内容を設定に組み込んでいたのかを眺めつつ、試み自体は面白いなと興味深げにしながら、視線を四つん這いの男に移して口を開いた。

 

「ま、私としては仕事もきっちりしてれば文句ないんだけどさぁ。ペルソナが自由に出せるなら研究も捗るし」

「せ、拙者のアリスたんを研究なんかさせませんぞ!」

「いや、研究するも何もアンタ失敗したんでしょ。それじゃあどうやったって無理よ」

 

 成功していれば貴重な存在として研究したかった。人工ペルソナ使いならぬ人工ペルソナとは大変希少だ。

 湊のジャックの場合は、人の魂と感情が寄り集まって一つの念の塊になっていたため、名切りのペルソナと同じように霊がペルソナ化した存在である。

 対して、武多のアリスは完全に武多の想いのみから生み出されようとしていた。必要なのは生み出す人物の執念であり、揺らぐ事のない強固なイメージ。

 それだけで他のペルソナと同じように戦闘力を有し、考えた設定通りの性格等を持った自我持ちのペルソナが生まれていれば、武多はある意味で人工的に魂を作り出したことになる。

 アイギスやラビリスのように人から採取した人格パターンから人格を作るよりも一歩先、人類が未だに到達していない神の領域に指の先をかけるほどの偉業といえた。

 もっとも、それは失敗に終わったので、やはり神というやつは後を追う人間にそう簡単には背中を見せたりはしないらしい。

 

「う、うぅ……湊殿ぉ、一体何がダメだったんでしょうか。本気で魂込めてたのに、カードをいくら握り潰してもウンともスンとも言わなかったでゴザルぅ」

 

 大の男がぼろぼろと泣いたところで、湊としては見苦しいという感想以外抱かない。

 しかし、これでも能力は確かで重要な部下の一人である。彼の研究自体には興味はないが、とりあえず原因を究明するべく彼の傍に腰を落とすと転がっていたクシャクシャのカードを拾い上げた。

 

「……お前が握り潰したのはこのカードだな?」

「はい。アルカナを“恋愛”に設定したので、湊殿が召喚時に使っているカードのレプリカを作ってそれを利用したんですぞ。でも、結果はこの通り……うぅ」

「……そうか」

 

 召喚時にカードを握り潰すのは間違っていない。湊は回し蹴りやナイフで切りつけて破壊して呼び出したこともあるが、カードを具現化出来るのならカードを壊せば召喚出来る。

 ただ、いくら緻密なスケッチから精巧にカードを作ろうと、武多が握り潰したのはペルソナカードのレプリカであるただのタロットカードでしかない。

 製作者自身もこのカードには握り潰せる程度の愛着しか持っていなかったはずなので、こんな物をいくら握り潰そうが召喚出来る可能性はゼロだった。

 武多の話を聞きながら湊は拾い上げたカードをゴミ箱に捨て、彼から離れるとシャロンたちが見ていたパソコンの方へ向かい眺め出す。

 少しは慰めたりするのではと思っていたのに、湊が完璧にスルーの方向にいったことで、呆れた表情を浮かべたラビリスは恵と一緒に武多の傍にしゃがみ込んだ。

 

「武多さん元気出しって。今回は失敗やったみたいやけど、このまま研究続けたら成功するかもしれへんやん」

「そうですよ。ほら、このカードの女の子すごく可愛いですし。ペルソナに出来なくっても、ちゃんと価値はありますよ」

 

 恵はテーブルの上にあったアリスのカードを手に取ると、まるで売り物みたいだと完成度の高さを褒める。隣のラビリスも同意するように頷いているため、ペルソナ化させられなくても武多の生み出したアリスの価値は無くなったりしないと彼女は断言した。

 そんな二人の少女の優しさに感動したのか、武多も身体を起こすと涙を袖で拭いながら少女たちに礼を言った。

 

「ラビリス殿、恵殿……うぅ、温かい言葉ありがとうございます。そうですな。ここで諦めては試合が終了してしまいますな。うむ、一度の失敗で諦めるのなら研究者にはなっておりませんでした。拙者、今後もアリスたんをこの世に呼び出すべく頑張っていくでゴザル」

 

 言い切り武多は元気よく立ちあがると天に向けて拳を突き上げた。

 研究者とは誰よりも失敗を繰り返して、この世の謎を解き明かしてゆく者である。これくらいの失敗など日常茶飯事、諦めの悪さなら自信があると、今後もこの個人研究を続けていくと宣言した彼の瞳には力が宿っていた。

 そうして、復活を果たした武多にラビリスたちは小さく拍手を送り、武多が照れたように「どーも、どーも」と返していたとき、今までパソコンを見ていた湊が振り返るなり三人に話しかけた。

 

「いや、その必要はない。水智、そのカードをかせ」

「え? はい、どうぞ」

 

 湊は普段通りの感情の読み取れない表情で話し、言われた恵は自分が持っていたアリスのカードを素直に相手に渡す。

 カードを受け取った湊は絵柄をジッと眺めているが、何やら嫌な予感がした武多は慌てて青年に制止の声をかけた。

 

「ちょ、まさか、お待ちくだされ湊殿ぉぉぉぉっ!!」

 

 彼の元まであと三メートル。しかし、武多の叫びも虚しく、彼の手が届くよりも速く湊はカードを握り潰した。

 

「 ペ ル ソ ナ 」

 

 瞬間、建物が小さく揺れた。

 ガラスの割れるような音が響き、青年の頭上に水色の欠片が渦巻いて、カードに描かれていたのとソックリな姿をしたお人形さんのように可愛い少女が光と共に現れる。

 最初からペルソナにすることを前提として劇画調で描かれていたため、少々ファンシーな服を着ていても違和感はない。

 現れた少女が床の上にゆっくり降りてくると、本当に武多の生み出したアリスがペルソナ化したことに目を丸くしていたラビリスが呆けながら口を開く。

 

「ほわぁ、ホンマに武多さんのアリスがペルソナになってもうた」

「確かに驚きですわね。湊様、一体何が違っていたのですか?」

 

 傍で見ていたソフィアもこれには驚いた。武多の試み自体は面白いと考えていたが、自分もペルソナを所持しているだけあって、超常の存在をそう簡単に生み出せるとは思っていなかったのだ。

 けれど、アリスは実際に呼び出されて、床に降り立ち目を開けると、周囲に立っている人間たちへ不思議そうに視線を向けている。

 呼び出したのが武多と湊で差はあったかもしれないが、それだけが理由とは思えなかったソフィアの問いに、湊は他の者にも説明するよう簡潔に答えた。

 

「武多の想いが籠められていたのはアリスの方だったんだ。部屋に入ってアリスのカードを見た時点で、人のどす黒い執念らしき物で包まれていたから不気味に思っていたんだが、床に転がってた方には何も感じなかった。つまり、アリスの方を握り潰していれば良かったという訳だ」

 

 説明を聞いた者たちはなるほどと納得する。武多は大切な少女の描かれたカードを握り潰すことができないため、湊がアルカナの描かれたタロットカードを握り潰しているから、と理由を付けてタロットカードを握り潰していた。

 しかし、本当に魂を籠めたのはそちらではない。それではいくら潰したところで、召喚出来るはずもないのは当然だった。

 もっとも、少女を生み出した本人は頬を染めて照れながら少女を見つめており、湊の説明など一切聞いていない。

 彼の瞳には少女しか映っていないようで、意を決すると自分が生み出した理想の少女に話しかけた。

 

「あ、その、どうもはじめまして。僕は武多克平と申します」

《どうもはじめまして! ワタシはアリスです!》

「ふ、ふおぉぉぉぉ!! 凛子たんボイスキター!」

 

 元気一杯に明るく笑った少女の声は、武多の設定通りアイドル声優そっくりのものだった。

 受け答えがしっかりできるという事は自我も所持しており、武多の執念によって人工的に自我持ちのペルソナを作ることは可能だと立証され、さらにその能力や容姿もデザインできる事も判明した事になる。

 これには様々な業界で天才と呼ばれているシャロンも素直に驚き、自分には無理だと助手の努力が実った事をしっかりと称賛した。

 

「すごいじゃない、武多。アンタのおかげで、人工的に自我持ちのペルソナを作ることが可能だと証明されたわよ。ま、執念というか魂込めなきゃ無理みたいだけどさぁ」

「確かにこれは大変貴重なデータになりますわね。個人の精神から生じる物と違って、本人の能力や性格等の影響を受けずに作れるようですし。戦力の補充を考えれば前向きに検討すべきかもしれません」

 

 執念ともいえる魂を籠める事が最も難しいはずだが、その点をクリア出来れば人工的にペルソナが作れると分かった。

 影時間の戦いはまだまだ続くので、戦力は少しでも多い方がいいと考えているソフィアも、武多のデータを参考に、組織の方でも研究を始めてみようかと考える。

 しかし、またしても武多は話を聞いていないようで、先ほどから無視されている三人の上司はデレデレとした表情を浮かべる男に冷たい視線を向けた。

 

「ア、アリスたん。拙者と一緒にケーキを食べに行きませんか? うちの食堂のケーキは絶品で大人気なのです」

《マスターも一緒ならいきます!》

「当然一緒ですとも! さぁ、早速行きましょう!」

 

 武多の考えたアリスの大好物は甘いケーキ。EP社の敷地内にある食堂には絶品スイーツが多数揃っているため、彼女にも満足して貰えることは請け合いだ。

 美味しいケーキがあると聞いて嬉しそうにする少女を見て、武多も負けず劣らず嬉しそうな顔をしながら少女の手を引いて部屋から出ていこうとする。

 だが、あと数歩で部屋を出ようというとき、少女は武多の手を離して不思議そうな表情で振り返り口を開いた。

 

《あの、マスターは来られないんですか?》

『…………え?』

 

 その一言に部屋にいた全員が首を傾げた。

 アリスを生み出したのは武多だ。想いの塊がペルソナ化すると聞いて、自分の自由な時間のほぼ全てを費やして、アリスという少女の存在を作りあげてきた。

 パソコンに表示されているファイル以外にも、かなり多数のイラストや設定のファイルが存在しており、サブカルチャーに興味のない者でも、よくもまぁこんなに細かく考えたなと感心するほどだ。

 けれど、そんな武多が想いを籠めて生み出した少女は、生み出した本人ではなく、金色の隻眼を輝かせている青年をジッと見ている。

 アリスの様子から薄々理解しているが、まさか、と思っていたところで湊が静かに言葉を発した。

 

「……武多、一つ伝え忘れていたが想いの塊をペルソナに出来るのは高い適性を持った人間だけだ。想いの塊を取り込んで自らの精神に落とし、それをペルソナという形式に作り変えて召喚するには、相応の適性が必要になる」

 

 言いながら指を一度鳴らすとアリスがその場から消えていなくなる。恵は以前これと同じ光景を青年の実家で見た事があった。

 

「そして、そうやって生み出されたペルソナは、取り込んだ時点で作り変えた者の精神と繋がっているので、当然、その人物の所持ペルソナになるんだ」

「そ、そそそ、それでは、つまりっ」

 

 全身から汗をだらだらと流し、身体をぶるぶると震わせながら武多は止めてくれと懇願するような瞳で尋ねる。

 それだけは嫌だ。あまりにも残酷すぎる。そんな悲痛な思いが伝わってくるが、尋ねられた青年は邪悪に口元を吊り上げながら、具現化したカードを左手で握り砕いた。

 直後、水色の欠片が渦巻き先ほど消えたアリスが再び現れ、青年の隣に並んで立つと武多に笑顔を向け、青年は淡々と事実を告げる。

 

「ああ、このアリスは俺のペルソナだ」

「うぼっ、現実でネトラレとかマジ勘弁……がくっ」

 

 受け入れがたい事実を聞かされた武多は、倒れる音まで口で言いながらその場に沈む。

 それを眺めていたラビリスと恵とエマは武多に同情的な視線を送り、シャロンとソフィアは冷めた目で見ながら、研究に活かすため武多のパソコンのデータは研究所のサーバに転送していた。

 武多にとっては不幸な事件だったが、“恋愛”のアルカナを持つ珍しい“アリス”を手に入れた青年は、マフラーから薄い毛布を取り出すと武多にかけてやり。他の者に行くぞと声をかけて部屋を出て行った。

 

 

 




【武多の考えた設定の一部抜粋】
・身長:155cm  体重:46kg
・スリーサイズ:86/55/85
・声:木之本 凛子たん
・アルカナは可愛い『恋愛』
・普段は『マスター』呼びだけど、たまに間違って『お兄ちゃん』と呼んでしまうドジっ子
・趣味はお菓子作り、特技は裁縫


補足説明

 今話で登場したアリスは死神“アリス”と見た目が異なっており、湊のアリスは見た目的には中学三年~高校一年となっている。原作のアリスが青いワンピースなのに対し、本作のアリスはフリルのついた水色のエプロンドレスを着ているなどファンシーな要素はこちらの方が強い。

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