【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第十六話 空からの贈り物

――???

 

 何も存在しない、闇だけが只どこまでも広がる空間。

 そこで湊は目が覚めた。

 しかし、特別驚きはしない。

 何故なら、目の前には囚人服のような物を着た少年が、楽しげに笑って立っていたから。

 

「やあ、久しぶり。元気だったかい?」

「まぁ、そこそこに。そっちは? 封印はちゃんと効いてる?」

「フフッ、僕にとっては残念なことなんだけど、しっかり効いてるよ」

 

 湊から、挨拶のお返しに皮肉気な言葉を受けながらも、少年は苦笑して楽しそうにしている。

 その少年の名はファルロス。正体はアイギスによって湊に封印されたデスの不完全体で、現在は力の欠片である十二のアルカナシャドウが戻っていないことで、力をほとんど失ってしまっている状態である。

 本来ならば、力を失った事で記憶もなくしている筈だったのだが、湊がエールクロイツを宿したことにより、シャドウの母たる存在“ニュクス”の力の一部を受けて自分の存在と使命を思い出したのだ。

 ファルロスはひとしきり笑うと、顔に微笑を浮かべたまま、湊を見つめて再び話しかけた。

 

「さて、今日は最初に君の名前を教えてもらおうかな」

「いいよ。有里湊。それが今の俺の名前だ」

「有里湊、か。うん、すごく素敵な名前だね。それじゃあ、改めてよろしく。湊君」

 

 改造を受け以前の自分の存在を殺した湊は、前回ファルロスと会ったときにはまだ名前がなかった。

 だが、新たに生まれ変わり、別の存在としての名前を得た今ならばしっかりと名乗る事が出来た。

 ようやく名前を聞くことが出来たファルロスも、名前を反芻するように瞳を閉じて、初めて友人となった相手を慈しむ。

 そうして、数秒経ってから、漸く顔を上げて瞳を開くと右手を差し出し握手を求めた。

 

「……うん」

 

 湊は差し出された手を暫し見つめるが、自我を得て一つの個となったファルロスは敵ではない。

 両親を殺したデスとは別の者であると、そう言い聞かせることで、友人に向ける微笑でその手を掴むことが出来た。

 

「フフッ」

 

 自分の手が握り返されたファルロスは、心が喜びで満たされるのを感じた。

 一方的ではない、相手からも反応が返ってくるコミュニケーション。

 前回は言葉でしかそれを行わなかったが、今は触れあったことで相手の体温を感じ、命の温もりを知った。

 

「これが人、これが命……すごいや。シャドウが人を襲ってしまうのは、きっとこの温もりを本能で求めているからなんだね」

「抜け出たあとも人を求めるって? それなら、素直に元の持ち主に帰ったら良いのに」

「元の持ち主自体がきっと求めているんだよ。だから、自分という器から抜け出し、本能のまま他者の存在を求めるようになるんだ」

 

 自分と同じシャドウの行動原理を考え、ファルロスは悲しげで憂いを帯びた表情で返す。

 いま触れあったことで知った温もりを求めている人がいると理解して。

 

「僕は封印が解けたら、色んな人と接してみたい。いま湊君と握手したとき、とても小さいけど温かな光のようなものを感じた。だから、シャドウが抜け出そうになっている人に、決してあなたは孤独ではないと教えてあげたい」

「……うん。いいと思うよ。シャドウであるファルロスなら、きっと他者の心にも敏感だろうし。向いてるんじゃないかな」

 

 真剣な表情で話すファルロスを、湊は存在含めて全て肯定し受け入れる。初めての友人に自身の夢を認められたファルロスはとても嬉しそうに笑った。

 敢えてファルロスをシャドウと言った湊だが、それは人間とは別の存在だと現実を突きつけるためにいった訳ではない。

 シャドウは心そのものである。だからこそ、他の人間の心にもより近付くことが出来るのではと思ったのだ。

 湊の言葉の意味を、当然ファルロスも理解した。

 理解したからこそ、宣告者ではない、ただのファルロスとして自分の意思で決めたことを認めて貰えて嬉しかったのだ。

 そして、ファルロスは期待に満ちた表情で湊に話しかける。

 

「はぁ、すごく待ち遠しいよ。人々との触れ合いが、君と現実で言葉を交わす事が出来る日が」

「自分で言ってただろ。それが叶うのは十年後だって。それまでは大人しくここで話をするだけで我慢してなよ」

「君との会話はとても素敵なことだと思うよ。いまもとても楽しいしね。でも、僕は人々の生活が営まれ、命に溢れた生の世界も見てみたいんだ」

「ふーん。まぁ、世界はとても刺激的だけど、同時に残酷でもあるからね。夢や希望だけに目を向けないで、変えようのない現実も受け入れる心構えだけは今の内からしておいた方が良いよ」

 

 生の世界を知り、そこで暮らしている者としてアドバイス。

 同年代の人間の何倍も非現実的なことを目にしてきているので、湊の感覚が一般人と同じであるかは怪しいところだ。

 けれども、その分、残酷な現実については詳しくなっている。

 自分の実体験を通して語る湊の言葉には重みがあったため、ファルロスも真剣な表情で湊の言葉に頷いた。

 

「さて、ずっと話していたいけど、どうやら時間みたいだ。今日はありがとう、とても楽しかったよ」

「会いに来る方法が分かれば、こっちから行くことも出来るんだけどね。まぁ、呼んでくれれば話し相手にはなるから」

「うん。じゃあ、また呼ばせて貰う事にするよ」

 

 手を後ろで組んでファルロスは笑みを浮かべる。

 湊と話している間は基本的に笑顔だが、その全てが本心からの笑みである。

 それに対し、湊も研究員を相手にするときのような偽りの表情で話したりはしない。ファルロスにとってそうであるように、今の湊にとってはファルロスが唯一の友人なのだ。

 そうして、現実の湊が目覚めることで、二人の談話の時間が終わろうとしたとき、最後にファルロスが何かを思い出したようで、悪戯っぽい笑みで口を開いた。

 

「あ、そういえば。今日は影時間に空から変わった贈り物がくるよ。他の人が持つとややこしくなるから、影時間になったら屋上にでも出ておいた方が良いと思う」

「贈り物? ……良く分かんないけど、わかった。注意しておくよ。それじゃあ、また」

「うん、またね」

 

 二人が笑顔で別れの挨拶を済ますと、湊は急激な眠気に襲われそのまま意識を失った。

 

 

7月27日(木)

昼――エルゴ研・食堂

 

 他の被験体と違い、訓練に参加する義務のない湊は、午前中の空き時間に第二研の幾月と共に、第五研のヘーガーのところへ顔を出していた。

 その理由は、新たな召喚器の開発や、対シャドウ兵器について話し合うためである。

 以前、タルタロスで湊に攻撃されたヘーガーはどこか警戒していた様子だったが、話し合い自体はそれなりに実りあるものだったようで、室長の二人は終始熱く話しあっていた。

 結局、ここの人間は皆、知的好奇心を抑えられない生粋の研究者ばかりなのだ。

 いくら知識が豊富で、知能の高い湊も、流石にそんな人種に付き合っていつまでも議論していたくない。

 そうして、昼ごはんを理由に本日の話し合いを終えてきたため、湊は少し疲れた様子で食堂へとやってきていた。

 他の被験体も訓練を終えてやってきたばかりのようで、食器を受け取った湊に気付いたチドリが手を挙げている。

 気付いた湊は、そのままテーブルまで行くと、今日はチドリの他にマリア・スミレ・メノウ・セイヤの四人も一緒に座っていた。

 マリアはたまに一緒に食べているから分かるが、他の人間は所属もバラバラでよく分からない組み合わせである。

 

「珍しい組み合わせだね。どうしてこのメンバー?」

 

 気になった湊が尋ねながら、空けられていたチドリとセイヤの間に座ると、正面にいるマリアの左に座っていたメノウが答えた。

 

「えっと、ボクは探知能力を上げるためにチドリの傍にいようと思ったんだけど。多分、ミナト君が来るからってマリアが一緒に座って。今日の訓練でマリアの相手をしてたスミレも一緒に来て。セイヤも一応はミナト君目当てだったかな」

「ああ。午前中の訓練にいなかったから、午後の訓練にはくるのか聞きに来たんだ。今日は最近になって始まったペルソナを使っての戦闘訓練なんだが、君と戦ってみたくてな」

 

 メノウに一緒にいた理由を言われて、セイヤが詳しく話す。

 そういえば、被験体らが安定して召喚出来るようになってきたので、ペルソナでの戦闘に慣れさせるために戦闘訓練を開始したと飛騨が言っていた。

 それを思い出した湊は、ふむふむと頷きながら昼食のトンカツを一切れ口にしてから、ご飯を食べてゆっくりと咀嚼する。

 

「それで、ミナトは午後はどうするんだ? 来るなら、是非相手をしてくれ! 俺たちの中で一番強いのは君だからな。どれぐらい差があるか知っておきたいんだ」

 

 話しは聞いているが、答えを返していなかった湊にセイヤが期待に満ちた視線を送ってくる。

 会話を楽しみながら食事をすることは湊も好きだが、騒がしいのは元来好きではない。

 今日会って初めて会話したセイヤに罪はないのだが、先ほどまでいた研究室から出てきたのも、それに近い理由であったのに、食事に出てきてまで同じような熱い人間の相手をする状況になり湊は少々うんざりしていた。

 啜っていた味噌汁のお椀をトレーに置くと、俺に構うなというオーラを全身から出しながら顔をそちらに向けて口を開いた。

 

「これでも色々と調査と研究もしててさ。弱いやつを何人も相手にしてる時間もないから、俺と戦いたいなら、とりあえず他のメンバー内でトップになってよ。ランキング制って言えば良いのかな? まぁ、そんな感じでランキング一位が俺への挑戦権を与えられるってね」

 

 実を言えば、これは相手をあしらうために用意した適当な理由である。

 調査と研究をしているのは嘘ではないが、いまの湊は研究員が準備している副作用の少ない制御剤待ち状態なので、訓練自体には空いた時間を利用していつでも参加できる。

 その証拠に、昨日もフラッとやってきて、ジンとメノウにアナライズをレクチャーし。メノウにはさらに探知のコツも教えていた。

 他の自由時間には、チドリとマリアに小学校で行うような勉強を教えていたので、一週間もあれば被験体全員と個別に戦って訓練することも可能なくらいには空いた時間を作ることも出来た。

 しかし、湊はチドリ関係以外は面倒なことを避けたがる性格なのだ。

 そのため、適当にでっちあげられた理由で、セイヤは丸めこまれることとなった。

 

「わかった。なら、いまの段階でライバルになり得るのは、タカヤとカズキだな。その二人に勝てたら相手してくれよな」

 

 熱いがスポーツマン的な爽やかさも持ち合わせているセイヤは、そう言って笑顔を見せた。

 

「うん」

 

 食事中の湊は、完全に作られた笑みで返し、本日の訓練の相手をすることを断れて内心で喜ぶ。

 だが、ここでマリアから予想外の発言を受けることになる。

 

「ミナト、いっぱいペルソナ呼べるよ? 皆ともいっぺんに戦える!」

「そういえば、そうね。面倒だから、まとめて相手にしちゃえば?」

 

 マリアに続き、チドリもそれを肯定して、尚且つ被験体トップ3のタカヤ、カズキ、セイヤを一度に相手して戦えと言って来た。

 研究員を除けば、チドリ・マリア・ジン・メノウの四人にしか複数同時召喚は見せていなかったので、複数所持したペルソナを付け替えて戦えるとだけ思っているセイヤを、騙しきることが出来ると湊は踏んでいた。

 それだけに、マリアとチドリの発言は味方に背後から撃たれたかのような衝撃を湊に与えた。

 案の定、二人の話を聞いたセイヤが、その話題に食い付いてくる。

 

「それは本当か? すごいな! 他のやつと一緒でも構わない。是非、俺と戦ってくれ!」

「えっと、ほら、他のメンバーが同意するとも限らないしさ。そうなると、後で個別に相手するのも時間取れないと思うし。公平を期すために、全員が話を受けないことには無理だよ」

「わかった。それじゃあ、他のやつにも声をかけてくるから待っててくれ!」

 

 今日の訓練で早速戦えそうだと、興奮してやる気を出していたセイヤは、そんな風に言い残すと食べ終わった食器を片づけて、他の被験体に声をかけに行ってしまった。

 湊や一緒にいた女子らが、去っていったセイヤを視線で追うと、セイヤに話しかけられたタカヤが薄く笑って湊に視線を送ってきたり。

 次に声をかけられたカズキが、口の端を吊り上げていたりと、どうやら戦う事が確定しそうな流れになっていた。

 午前中のことで精神的に少し疲れていた湊は、夢の中でファルロスに言われたこともあり、午後は夕食の時間まで休んでいようと思っていただけに、酷く落胆する。

 

「くそっ……なんで俺が訓練に参加しないといけないんだ。夜に少し用事があるから休んでようと思ったのに」

「用事? それって何の?」

 

 夜に被験体らが出歩けるのはタルタロスの探索のみである。

 それ以外の理由で出歩くことは、セキュリティなどの関係で不可能なため、チドリが不思議に思って尋ねると、テーブルに突っ伏していた湊が身体を起こしながら答えた。

 

「んー、なんか空から変わった贈り物が降ってくるらしいんだ。他の人間の手に渡ると面倒になるらしくて。だから、俺がタナトスで飛んで手に入れてこようと思ってたんだ」

「贈り物? マリア、今日が誕生日!」

「ああ、そうだね。誕生日おめでとう。渡せる物は特にないけど、その贈り物ってやつがあげて良い物ならマリアにあげるよ」

「やったー!」

 

 本日で八歳になったマリアは、湊から誕生日プレゼントが貰えると聞いて嬉しそうな笑顔になった。

 隣に座っているスミレも、「よかったねー。おめでとうなのです」と、おっとりした口調でマリアの誕生日を祝っている。

 元々、冷めた性格であるチドリは呆れた様子でそれを見ているが、湊らの一つ上に当たるメノウは、こんな世間と隔絶された場所であっても誕生日を素直に喜べる幼いマリアたちを少し羨ましそうに見ていた。

 

午後――総合訓練室

 

 昼食と食後の休憩を終えた湊らは、他の被験体と共に、いつもの訓練を行う場所にやってきていた。

 午後の訓練はペルソナを使った戦闘という事で、体術の教官である黒服だけでなく、室長クラスの研究員の姿もチラホラとあった。

 そして、整列するように言われて、湊は一番右の列の最後尾に並んでいると、黒服ではなく第二研の幾月から説明が入る。

 

「やぁ、諸君。今日の午後はペルソナを使った戦闘訓練だが、今回は君たちが召喚しやすいようにある物を持ってきたんだ」

 

 言いながら、背後に置かれていた長机が見えるよう脇に避け、そのまま机の上に置いてある物を一つ手に取ると、皆に見えるよう掲げた。

 

「この一見拳銃にしか見えないもの。実はこれが君たちの召喚を補助してくれるんだ。その名も“召喚器”。これは我々が量産した物だが、召喚器自体を開発したのは第八研にいるエヴィデンスなんだ。今日の訓練では実際に使って、是非、この性能を試して欲しい」

 

 幾月が湊の名を呼ぶと、被験体らの視線が集まる。

 マリアとスミレは素直に感心して「すごい!」と言っているが、この後のことを考えて憂鬱になっている今の湊にそれを相手している元気はなかった。

 

「さて、体術の訓練のときは広がってやってもらっているけれど、ペルソナの戦いはスキルを使って非常に危険だからね。実際に戦う者以外は、壁際で見学しておこう。順に戦っていくことになるが、最初は誰と誰からやるかな?」

「最初は俺たちがやります!」

「ん? 俺たち?」

 

 幾月が順番を尋ねたところで、セイヤが挙手しながら集団の前に出て答えた。

 すると、タカヤとカズキも一緒に前に出たので、しょうがなく湊も集団の前までまわると他三人の横に並ぶ。

 一対一の戦いを順にしていくと思っていた幾月は、湊を含め四人の被験体が出てきたことを不思議に思っているようだが、幾月が聞いてくる前にタカヤが口を開いた。

 

「他の者は我々ほどペルソナの戦闘に慣れていません。なので、先ずはペルソナの戦い方を見せるため、我々と彼とで戦おうと思います」

「君らと彼とって……三対一でかい?」

「ハッ、あいつは一人で何体もペルソナ出せンだから、数は対等だァ。それに、仮に話しにならねェ弱さだったら、オレらでやり合うからよ。他のやつらに見せンのには問題ねェ」

 

 カズキの言う通り、数は確かに対等に出来る。いや、むしろ湊の方が多くすることも可能だ。

 しかし、一人で三体操るのと、チームで三体操るのとでは、難易度がまるで違う。

 ペルソナが少しくらいならば簡単な自律行動が可能であっても、ダメージのフィードバックや、スキルに必要な精神力などを湊は三体分負わなければならない。

 よって、湊の強さを知らぬ者にとっては、無謀にしか思えない話だった。

 

「ふーむ、確かに探索中はチームで動くから、団体戦も必要だが……エヴィデンスもそれで良いのかい?」

「今後の訓練で相手をしてくれって言ってこなくなるようにするためなら、一回くらい我慢するさ」

 

 心から面倒だと思っているようで、湊は不機嫌さを隠さず答える。

 殺気こそ放っていないが、機嫌の悪い湊の相手をするほど幾月や研究員は命知らずではないため、四人が納得しているなら戦闘を許可することにした。

 

***

 

 広い体育館のような訓練室で、湊VSタカヤ・カズキ・セイヤの形で訓練用の武器を持って相対する。

 ペルソナを使った戦闘訓練という名目だが、タルタロスでのシャドウ戦を意識させるのであれば、武器も持って本人が格闘を行うのも許可すべきだろうと幾月が判断したのだ。

 それぞれ、好きに武器を選び。湊が刃渡り十八センチのファイティングナイフ、タカヤは湊と同じ物を敢えて選び、カズキは刃渡り六十センチの片手剣、セイヤは一二〇センチの棒を選んだ。

 湊が初めて使う得物の調子を確かめている間、他の三人は貸しだされた召喚器をじっくりと見ていた。

 

「ルール、制限時間、共に特になし。だが、意識を失った相手や、戦闘続行不可能な相手への追撃はなしだ。それでは、準備が出来たら始めてくれ」

 

 改めて幾月が戦闘方法について確認すると、直ぐに他の研究員にデータを取るよう指示している。

 普段の湊ならば、そういった周囲の事にも僅かに意識を割いておくのだが、今の湊はグリップを何度も握り直し、集中力を高めていた。

 

(向こうに指揮官は居ない。だけど、単独行動を好むカズキに、他の二人が合わせてくるだろう。タカヤが技、カズキが速さ、セイヤが力ってとこか)

 

 静かに集中力を高めた湊が、冷たく鋭い空気を纏う。

 魔眼は発動していないが、それでも今の湊はどこか危険だと、相対する三人ははっきり感じていた。

 そのため、一度目配せをすると、タカヤだけを残して、他の二人は走り出し、こめかみに当てた召喚器の引き金を引いた。

 

「出やがれ、モーモス!」

 

 右側から迫って来たカズキが、引き金を引くと、その頭上に隠者“モーモス”が現れる。

 ギリシア神話のニュクスの子の一人で非難や皮肉を擬人化した『嘲り』の神。

 その見た目は、赤いボロ布を纏い、髪も顔も真っ白で骸骨のようにやせ細っているが、首より下は黒一色の肌。そのような異色な見た目でありながら、さらに、肩からは牛の角が生えており、手には大鎌を持っている。

 

「いくぞ、フレイ!」

 

 カズキに続いて、反対側から向かってくるセイヤもペルソナ、皇帝“フレイ”を呼び出す。

 北欧神話の豊穣の神であるフレイは、ウェーブのかかったくすんだ金髪を肩まで伸ばした筋骨隆々な男性型のペルソナで、古代ローマの服の上に金色のマントを身に着け、その右手には煌びやかな装飾のされた細身の剣を持っている。

 

 現れた二体のペルソナは、召喚者より先行して武器を振り上げながら湊へと迫る。

 だが、別方向からやって来たペルソナを視界に収めながらも、湊は真っ直ぐ正面に立つタカヤを見つめていた。

 自身が見られていることに気付いたタカヤは、薄い笑みを浮かべると、渡されていた召喚器を使わずにペルソナを呼びだした。

 

「ヒュプノス、ガルーラ!」

 

 ギリシア神話で『眠り』を司り、死神タナトスの弟である運命“ヒュプノス”。

 黒い目隠しをした青白い肌の青年の、肩や背中から伸びた太い血管のようなものが絡み合い、大きな翼を形作っている。

 そんな、かなりグロテスクで不気味な見た目のペルソナは、顕現するなり背中の翼をはためかせ、湊に風の一撃を見舞おうとした。

 

「スーツェー、マハラギオン!」

《クォオオオオオッ!》

 

 だが、それに対し、湊は目の前に一枚のカードを出現させると、それを回し蹴りのハイキックで蹴り砕き。

 現れたスーツェーに広範囲に炎を吐かせ、ヒュプノスの放った風を打ち消し、迫ってきていたカズキを牽制する。

 さらに、反対側から迫っていたフレイが湊を切り伏せんと振り下ろした一撃を、軌道を読み切り躱して、跳んで胸を蹴りつけることにより、反動を利用して距離を取った。

 スタン、と軽やかな音をさせながら着地した湊は、左手にナイフを、右手には手の周りで数枚のカードを衛星のように回しながら、いつでも召喚できるよう備えている。

 いまの数手で湊のペルソナの強さ、湊自身の体術のレヴェル、加えてカズキとセイヤは召喚方法の違いから、召喚シークエンスにおいて数瞬遅れてしまう事に気付いていた。

 戦いのための思考に切り替わっている湊が、戦闘中に単純なミスを犯すとは思えない。

 ならば、その数瞬の遅れは致命的な差になり得る。

 静かに視線で自分たちを制しながら、次の行動へ移ろうとしている湊を見て、対峙している三人は、今まで持っていた多対一で勝っても何の意味もないという、小さなプライドを捨てることに決めたのだった。

 

***

 

「ヒュプノス、ジオンガ!」

「モーモス、パワースラッシュ!」

 

 上空からヒュプノスが雷を放ってくると、それに合わせてモーモスが大鎌を振り上げながら接近してくる。

 モーモスは雷に対し無効の耐性を持っている。そのため、ヒュプノスがモーモスごと湊に攻撃を放っても問題はない。

 

「バイフー、デスバウンドで迎撃! スーツェーはマハラギオンでフィールドを焼け!」

 

 しかし、湊は二枚のカードをナイフで斬りつけ破壊しながら指示を出して対処する。

 大鎌で斬りかかってきていたモーモスを、バイフーが爪で斬り裂こうと正面からぶつかりに行き。別の方向から密かに攻撃をしようとしていたセイヤを、炎で視界を奪う事で封じる。

 

「くっ、フレイ、疾風斬だ!」

 

 目の前まで炎が迫って来たことで、焦りを覚えたセイヤがフレイに命じて炎を切り裂かせる。

 その攻撃で斬撃波を飛ばして湊を狙う事も忘れないのは、被験体トップクラスの実力故か。

 だが、

 

「――――タナトス!」

 

 振り向き様に、高同調状態で腕を振り、斬撃波に斬撃波をぶつける事で湊はフレイの一撃を打ち消した。

 完全に背後から放った攻撃を対処され、セイヤは悔しそうに表情を歪めるが、湊は一瞥すらせずに別の方向へ向き直るとタナトスの左手をかざして命じた。

 

「タナトス、メギドラ!」

《グルォオオオオオオ!》

 

 タナトスが極光の奔流を放った方向には、先ほど雷を放った場所から移動していたヒュプノスが同じく極光の一撃を放っていた。

 攻撃を放ったのはヒュプノスの方が早いが、威力はタナトスの方が上だ。

 ぶつかり合う瞬間こそ周囲に衝撃を伝えたが、即座にタナトスの一撃が敵の攻撃を飲み込んで、そのままヒュプノスへと迫る。

 

「ハッハァ! ガラ空きってなァ!」

 

 だが、攻撃が直撃するのを確認する前に、横からペルソナの影に隠れて迫っていたカズキがやってきて湊に片手剣の一撃を振り下ろした。

 それを躱し、カウンターで湊が蹴りを放つ。

 

「寝とけ!」

 

 戦いが始まって既に三十分。

 接近戦も挑んでいるカズキとセイヤは何度か惜しいこともあった。

 しかし、湊の反射神経がその決定的とも思われる隙を即座に埋めて反応してくる。

 そうして、今もまた上体を大きく後ろに逸らすことで攻撃をすれすれで躱し、空振ったカズキの脇腹へと踏み込みの浅い蹴りを叩き込み、三メートルほど吹き飛ばした。

 

「ごあっ!?」

 

 床の上を転がりながら、途中で手をつき滑りながらも体勢を立て直したカズキは湊を睨みつける。

 戦闘によって蓄積してきた疲労により、そろそろ足に力が入らず、呼吸もゼェゼェと荒いままになっていた。

 それは、ペルソナでスキルばかり放っているタカヤも、カズキと同じようにペルソナと己の両方で挑んでいるセイヤも一緒だ。

 けれど、もっとも疲労の色が濃いのは、三人を同時に相手にしている湊だろう。

 敵が迫ってきていない間に呼吸を整えようとしているが、既に多少休んだところで無意味なレヴェルまで疲労が高まっている。

 ポタポタと髪や顔を伝って汗を垂らし、身体が酸素を求めて口を開けたまま肩で息をしている。

 にもかかわらず、敵が来れば対処するのであるから。戦っている三人だけでなく、周りで見ている者もその執念に驚嘆するしかなかった。

 

「……ここまでですね」

 

 そして、突如タカヤがペルソナを消して、そう呟くと同じようにカズキとセイヤもペルソナを消して構えを解いた。

 まだ勝負はついていないというのに、戦闘をやめてしまったことに見ていた幾月は困惑する。

 湊は言うに及ばず、戦っていた三人も既にタルタロスの下層エリアに敵はいない程の実力を持っている。

 そんな者たちの戦闘データがどれほど貴重か分かっている幾月は、冷静さを僅かに欠きながらタカヤたちに尋ねた。

 

「ど、どうして途中で止めてしまうのかね?」

「これ以上は無意味だからですよ。このまま続ければ、確実に誰かが死にます」

 

 静かに答えたタカヤはそのまま歩いてゆくと、膝をついて休んでいた湊に手を貸して立たせる。

 他の二人も顔に疲労の色を浮かべているが、湊とタカヤと一緒に戻ってくると召喚器を近くの被験体に渡してドサッと腰を下ろした。

 だが、納得がいかない幾月は再度タカヤたちに質問をぶつけた。

 

「誰かが死ぬって、あのままいけばエヴィデンスの体力が尽きて君たちが勝っていただろう?」

「オレらはほぼ最初っから殺す気でいってンだよ。それをコイツは殺さねェように力をセーブして対等にやり合ってンだ。ンな状態で、持久戦に持ち込ンで勝ったトコロで勝ちなンて言えるかよ」

「力を、セーブだって?」

 

 カズキの言葉で、三人が湊を殺す気で戦っていたことにも驚いたが、被験体トップの実力を持つ三人を相手に湊が全力を出していなかったと聞き、幾月は固まってしまう。

 殺す気で来ている人間を、殺さずに無力化するのはかなりの熟練の技が必要だ。

 無力化まですることは敵わなかったが、湊は戦闘終了までそれをやりきった。

 だとすれば、試合内容だけ見れば単純に被験体の三倍の強さを持つと思われた湊は、さらにその奥に途轍もない実力を隠していることになる。

 

「これが、(デス)を内包した者の力か……」

 

 小さく呟いたその声を聞いた者は誰もいない。

 座って自分や他の三人に回復魔法をかけている少年が、人間の形をした別の存在であるように思えてしまった幾月は、その後の訓練を他の者に任せると足早に訓練室を後にしたのだった。

 

影時間――エルゴ研・屋上

 

 訓練だけでなく、夕食や入浴も終えた湊たちは、以前タルタロスに向かって湊が飛び立った屋上までやってきていた。

 メンバーは湊・チドリ・マリア・飛騨の四人。

 チドリとマリアが一緒にいるのは、贈り物の正体が気になったためで、飛騨は被験体だけで屋上へ行かす事は出来ないという理由からの付き添いである。

 そうして、影時間独特の生温い風を肌で感じながら、チドリが口を開いた。

 

「贈り物っていつくるの?」

「んー、正確には分かんない。単に影時間に来るよって言われただけだから」

 

 カグヤを高同調状態で顕現させ探知しながら答える湊。

 先ほどから主に上空に意識を向けているのだが、未だに何も発見できないため、湊自身も少々焦れていた。

 

「マリア、たのしみ!」

「うん。変なのじゃなかったらあげるから待っててね」

 

 マリアは屋上に来る前からずっとこんな調子であった。

 前にいた孤児院では誕生日プレゼントを貰ったことがなく、今日は初めて貰えるかもしれず、くれる相手が大好きな湊ということで喜びはさらに大きいらしい。

 普段はマリアを子ども扱いして鬱陶しそうにしているチドリも、年に一回の誕生日ということで気を遣っているようで、無愛想ながら口を挿む気はないようだ。

 そうして、さらに湊が探知を続けること十分。

 ハッとした表情で顔を月に向けると、湊はペルソナをタナトスに切り替え、一気に加速して屋上から飛び立った。

 

(この反応、間違いない。黄昏の羽根だ!)

 

 高度を上げ続け、雲と同じ高さまで昇って来たところで、湊はキラキラと光を発しながら降ってくる二つの物体を発見した。

 低酸素に慣れている事で呼吸は問題ないが、いつまでも飛んでいると他の研究室にばれるかもしれない。

 そう思った湊は、目標物を手に入れると直ぐにチドリらの待つ屋上へと戻った。

 

「おかえりなさい、少年。目的の物は手に入りましたか?」

「うん。確かに、これは他に渡るとややこしくなるね」

 

 屋上に戻りペルソナを消した湊に飛騨が声をかけると、湊は苦笑で返す。

 その左右の手には、それぞれ通常とは異なる形状の黄昏の羽根が握られていた。

 

「そ、それはっ」

 

 淡い青い光を発していたことで、湊が黄昏の羽根を持っていることには飛騨も気付いていたが、形状を見て驚愕する。

 一つは三枚の羽根が付け根の部分で結合し、まるで花の蕾のようになっているもの。

 一つは大小二枚の羽根が交差した状態で結合し、ラテン十字のようになっているもの。

 アイギスのパピヨンハートに続く、天然の結合した特殊な黄昏の羽根。

 それらが同時に降ってくるなど信じられず、無意識のうちに飛騨が手を伸ばしかけていると、湊は開いていた手を閉じる事で相手が触れることを拒んだ。

 飛騨が悪用するとは思わないが、湊はこの二つを手にした時点で使い方を決めていた。

 そのため、例え飛騨が研究させてほしいと言ってきても最初から断るつもりだったのだ。

 湊が手を閉じたことでハッと意識を戻した飛騨に対し、湊は申し訳なさそうな笑みを浮かべて話す。

 

「ゴメン、これは飛騨さんにはあげられないんだ」

「……二人にあげるのですね?」

「うん。今の俺なら手術もなく渡せると思うし」

 

 湊がいう前に用途を理解した飛騨が確認するように尋ねると、湊はどこか嬉しそうに頷いて答える。

 そう、湊はこの二つの羽根をここにいる被験体の少女二人に渡すつもりだった。

 本人たちは分かっていないようだが、事情を説明するため湊は二人に羽根を見せながら優しく話し始めた。

 

「……これは、『黄昏の羽根』って言ってね。ペルソナの力を上げたり、安定化させる効果があるんだ」

 

 他に、これを動力部に組み込めば、影時間でも機械が動くようになったりもするのだが、いまは関係ないとして、その説明を省いて湊は話を続ける

 

「俺はこれを君たちに貰って欲しい。これを内蔵すれば、多分、もう制御剤を飲まなくて済むと思うから」

「ないぞう? 具体的にどうすればいいの?」

 

 言葉の意味があまり理解できなかった二人は、不思議そうな表情のままチドリが代表して湊に聞き返す。

 すると、湊は羽根二つを片手に持ち替えて、空いた手で自身の胸を指しながら静かに答えた。

 

「これを心臓のところに収めるんだ。大丈夫、いまの俺なら手術もせずに入れてあげられるから」

「……マリア、怖い」

「怖くないよ。俺の心臓のところにも、こっちの十字のやつに似たのが入ってるからね。目の色が変わったりしたけど、特にデメリットはないから」

 

 怯えるマリアの頭を撫でながら話す湊に対し、二人の少女は初めて聞かされた情報に目を見開いて驚く。

 湊が色々と肉体に改造を施しているという話しはチドリしか知らなかったが、以前、湊から聞かされた話しにそんな物は含まれていなかった。

 よって、条件的にはマリアと大して変わらず、このようなよく分からない物体を心臓という最も大切な場所の付近に収めていることに驚く以外のリアクションが取れなかった。

 

 そうして、二人が驚きに固まって少し経つと、湊の瞳を真っ直ぐ見つめながらチドリが口を開いた。

 

「……それを使えば、私も湊みたいに強くなれる?」

「ワイルドは無理だけど、今よりはね。俺のはエールクロイツっていうんだけど、こっちの二つにも影時間に触れた機械を任意に起動させるって力があるかは分からない。だけど、ペルソナの安定と出力アップに関しては問題ないよ。こっちの三枚羽なんて、むしろ出力に関しては俺より上になると思う」

 

 傍らで子供らの話を聞いている飛騨も、湊と同じ認識を持っていた。

 アイギスが他の対シャドウ兵装よりも強かったのは、ラストナンバーで最新鋭の技術で作られたことだけが理由ではない。

 他の対シャドウ兵装が通常の黄昏の羽根であるのに対し、アイギスのパピヨンハートは二枚の羽根が結合したものだ。

 よって、適性が同一であれば、ペルソナの出力は羽根の枚数で決まる。

 これがエルゴ研での黄昏の羽根に対する認識であった。

 先ほどまで不安そうにしていたチドリの表情が、湊の答えを聞いて決意の色に変わる。

 マリアも、湊も同じように内蔵していると聞いた時点で不安が消えていたようで、二人の答えが決まったことに湊は内心安堵していた。

 だが、それを表情に出すと、再び少女らが不安になってしまうと思い、顔に出ないよう気をつけると二人にそれぞれの羽根を見せながら尋ねた。

 

「答えは決まったね? それじゃあ、二人はどっちを入れたい? 被ったらじゃんけんとか決めて貰うことになるけど」

「マリア、ミナトと同じやつ!」

「私は強くなれるつぼみっぽい方」

「良かった。別々のやつで」

 

 笑みを浮かべながら湊は持っていた羽根を左右入れ替える。

 右手にはマリアに渡す十字型。左手にはチドリに渡す蕾型。

 二人の胸の前に手を近付けると、ペルソナカードを出すときのように、手に羽根と同じ淡い青色の光を纏わせ、羽根を光の粒に変えてゆく。

 羽根の全てが光の粒状になると、さらに湊が手を近付ける事で徐々に二人の胸の中へ吸い込まれ始めた。

 その不思議で幻想的な光景を見つめながら、チドリが湊に話しかける。

 

「ねぇ、名前つけて。エールクロイツだっけ? 湊のはそういう名前なんでしょ? だから、私たちのにも個別の名前が欲しい」

 

 言われて確認するようにマリアにも視線を向けると、うんうんと首を縦に振っていた。

 そもそも、エールクロイツという名前を考えたのは飛騨なのだが、目の前の二人は湊に名付けるように言ってきたので、飛騨が名付けても納得しないだろう。

 そう思い、作業しながら様々な言葉を組み合わせて名前を考えると、ようやく思い付いた名前を湊は口にした。

 

「それじゃあ、マリアのは『クロワフェーダ』。フランス語とドイツ語を組み合わせて“羽根の十字架”って意味ね。チドリのやつは『ペタル・デュ・クール』。フランス語で“心の花びら”って意味だよ」

「ペタル・デュ・クール……」

「クロワフェーダ!」

 

 それぞれの黄昏の羽根の名前が決まり、チドリは反芻するように、マリアは嬉しそうに名前を呟く。

 飛騨も湊のセンスが気に入ったのか、楽しげに笑ってメモを取ると、湊の作業に視線を戻した。

 初めは湊の掌に納まりきらない程の量があったのだが、光の粒は既に残り僅かとなっていた。

 ジッと眺めていた二人も、光の粒となった羽根が自分の中に入ってくると、何か温かな物を感じ。これが湊の言っていたペルソナの出力アップと安定化なのかと実感していた。

 そうして、ついに最後の一粒が二人の中へ入ると、湊は手に纏っていた光を消して少女らの様子を眺める。

 以前、自分の瞳の色が変わっていたときのような、外見の変化が起こるかもしれないと思ったからだ。

 すると、

 

 

「んっ」

「あうっ」

「っ!?」

 

 二人が小さく声をあげて、直後、二人の身体が先ほどの湊の手のように光を纏う。

 自分のときは麻酔で眠っていたため、こんな事が起こるなんて知らないと、二人の身に起こった現象に湊が驚いていると、さらに輝きが増し始めた。

 

「ぐっ、肩が、熱いッ……」

「あぐっ……」

「適合失敗かっ!?」

 

 光が増すにつれ、チドリとマリアは苦しそうに表情を歪めながら、肩を押さえて蹲ってしまった。

 予想外の自体に驚きながら、光を纏っている二人に触れて、湊はなんとか安定化させられないか能力でコントロールしようとする。

 だが、

 

『あぁあああああっ!!』

 

 制御しようとする前に、二人の纏っていた輝きが、湊の視界を奪うほどに強まってしまった。

 通常の人間よりも神経伝達速度が速いので、瞳孔も即座に合わせて対応したようだが、目に取り入れられる光には限界がある。

 それを超えた光を見たことで僅かな間、視界を奪われていると、視界が回復したとき、湊は目の前に倒れている少女二人の変化に見とれてしまった。

 

「うっ……はぁ……終わった?」

「あぅ、熱かった……」

 

 起き上がった二人の少女。先ほどまで苦しんでいたようだが、身体に異常はないようで額に浮かんだ汗を袖で拭うと座りなおしている。

 しかし、ある一点だけが、変化していた。

 

「――――すごく、綺麗だ」

 

 呆けたように呟いた湊が目にしていたのは、二人の髪の色。

 暗い茶髪だったチドリは、鮮やかな緋色に。

 元々金髪だったマリアは、より輝くような金色に。

 それぞれが、影時間の月光に照らされながら、キラキラと光っている様を見て、湊は自然と手を伸ばし触れていた。

 

「え、ちょっと、なに?」

「ミナト?」

 

 普段と違った様子で、自分たちに触れてくる少年に少女らも困惑する。

 だが、湊はそれに答えず、色の変化した二人の髪をただ黙って梳いていた。

 こんな状況での対応の仕方を知らない少女らは黙ってそれを受けるしかない。

 湊の後ろにいる飛騨は、湊とは違った外見変化を起こした二人を興味深そうに眺めているだけなので、助けを求めることも出来ない。

 そうして、湊が満足するまでされるがままになっていた二人は、湊が離れ解放されたときには顔を紅潮させた状態で俯いていた。

 対して、少女らをそんな状態にした湊は、既に普段通りに戻ったようで、いつもの口調で二人に話しかけた。

 

「二人も上手く適合したみたいだね。俺は目の色が変わったけど、二人は髪色の変化だったみたいだ。チドリは緋色で、マリアは前よりも明るい金色。うん、二人ともすごく綺麗な色だよ」

 

 綺麗な色と言っている本人の表情も、とても綺麗な笑顔になっているのだが、恥ずかしさで茹であがっている二人はリアクションが取れない。

 しかし、話の内容は理解できていたので、頭の片隅で後で鏡で見てみようと考えると、その場から逃げだすように早足で中へと戻る扉へと向かっていってしまった。

 

「……ん?」

 

 二人のそんな様子に湊は少し不思議そうにすると、被験体だけでエルゴ研の中を歩いていると思われれば騒ぎになると思ったので、直ぐに飛騨と一緒に後を追って研究室に戻ることにした。

 

 そうして、研究室に戻ってから、汗をかいたということで風呂に二人が入り直すと、服を脱いだ時に肩にあった紋様が消えていることに気付いた。

 それにより、適合中に肩に感じた熱と痛みは紋様が消えていく際の症状で、失敗作の証として浮かび上がっていた紋様が消えたことで、正式に二人が制御剤の投与の必要がなくなったことが分かった。

 話を聞いた湊は二人の寿命がこれ以上削られないことに喜ぶと、他の被験体用の制御剤が完成次第このエルゴ研を出ていくという計画を、より具体的に立て始めたのだった。

 

 

 




原作設定の変更点
本来は染めて赤髪になっているチドリの髪を、黄昏の羽根を内蔵した副作用によって色素が変化した地毛に変更。
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