【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

161 / 504
第百六十一話 少女との別れ

12月24日(月)

夜――ポートアイランド駅

 

 今日はクリスマス・イヴ、日本では恋人や家族と少し特別な日を過ごすといったイメージが強い。

 肌を刺すような寒気に白い息を吐きながら、普段よりも落ち着いた印象の服でお洒落をしてきたゆかりは、待ち人が来るのを静かに待っていた。

 

「……意外と早いな。メリー・クリスマス、と言っておくべきか?」

「それよりも久しぶりって挨拶すべきじゃない? まぁ、とりあえず私からもメリー・クリスマス」

 

 駅前の街灯のところで待っていると、高級そうなスーツとコートにいつものマフラーを巻いた青年がやってきた。

 その見た目は中学生とは思えず、どちらかというと若手社長やインテリマフィアのようでもある。

 しかし、部屋で別れてから一回メールのやり取りをしただけで、電話も何もしていなかったゆかりは、彼がいつも通りの様子でやってきた事を嬉しく思いながら挨拶を交わした。

 

「それで、答えは決めてきたのか?」

「会ってすぐにそういうこと聞くかな普通」

「悩んでいる状態で義務感から恋人イベントの消化に来ていたらお前に悪いからな」

 

 最初に予定していたからと義務感でやってきたなら、そんな事をする必要はないので答えを決めてきた方がいいと湊は告げる。

 呆れたように嘆息しながら答えたゆかりの様子から察するに、彼女は既に答えを決めて彼を呼び出したのだろう。

 一メートルほどの距離で向かい合っていれば、ゆかりは真っ直ぐ湊を見つめながら口を開いた。

 

「……チドリから話は聞いた。それから五代さんとロゼッタさんって人からも君の事を聞いた。君がただ自分勝手な理由でそんな道に進んだ訳じゃないって分かって安心した。だけど、うん、やっぱりそういうのは良くないって思う」

「当然だな。一応言っておくとチドリや桜さんも俺の選択には反対したし、その点においては俺を軽蔑してもいる。まぁ、完全に悪だと、犯罪者だと言い切らないのは身内への甘さだな」

 

 青年の味方であり家族である者たちも、無条件で彼の事を肯定している訳ではない。

 正常な善悪の判断力を持っていて、彼のこれまでの行いは悪であると思った上で、それを除いた部分では善性だと認識しているのだ。

 本人は自分を救いようのないクズな殺人鬼として見限っているが、彼が一定のルールに則って仕事を受けていたことを知っている者からすれば、復讐に駆られる以前の彼は悪を持って巨悪を討つ力を持たぬ者の味方だった。

 故に、身内への甘さを抜いても、彼をただの悪人とみなすことはないだろうが、青年のこれまでの生き方を聞いた少女は、以前挨拶したときの桜の様子からそれを理解していると返す。

 

「話を聞いてから何となくは分かってたよ。有里君がバスケ部で大会に出てたり、私と付き合ってるって聞いた保護者の人が、やけに嬉しそうにしてたのを覚えてるから。あれは君が真っ当な生活を送っていることに喜んでたんだよね?」

「ああ、俺が芸能人になることを推しているのも、そういった世界との関係を切って生活して欲しいと思っているからだろうな」

「んー、そこは多分、純粋に親馬鹿なんだと思うな。他の人にも君の良さを知ってもらいたい的な」

 

 桜の茶目っ気やノリの良さを考えると、湊の芸能界入りを望んでいるのは湊の活躍をテレビで見たいといった素直な気持ちからだと思われる。

 似た感性を持っている美鶴の母である英恵も、やはりテレビに映る湊に喜んでいたため、裏との繋がりを断って欲しいという思いも混じっているだろうが、本心では純粋に非常に魅力的な青年を世間の人にも知ってもらいたいという子ども自慢が主な理由と推測された。

 笑いながらゆかりがその事を伝えれば湊も苦笑して返し、しかし、いつまでも雑談ばかりしていられないと本題について切り出した。

 

「ま、そういう話はいいだろ。岳羽の選んだ答えを教えてくれ」

「……うん」

 

 街灯や周囲の店の看板の光が反射し、輝いて見える不思議な透明感を持った金色の瞳。

 そこから相手の感情を読み取ることは出来ないが、ジッと見つめる彼をしっかりと捉えたまま、ゆかりはこの一週間考えて出した自分の答えを告げる。

 

「私は君と別れる。今日でこの関係を終わりにする。ただ、仮初の恋人として最後にデートしたい。それくらいの我儘はダメかな?」

「……いや、予定は空けておくって言ったろ。それくらい問題ないさ」

「そっか、良かった。じゃあ、イルミネーション見てそれから晩ご飯食べに行こ!」

 

 惜しい気持ちもなくはない。初めて好きになった相手と仮初でも恋人でいられるのだから、歪な関係であっても続けてもいいじゃないかと囁く部分はあった。

 けれど、未来のない関係で彼を縛るのは嫌だった。自分の気持ちだけで相手を振り回したくはない。

 だからこそ、ゆかりは今日これからのデートを最後の思い出として、半年に及ぶ仮初の恋人という関係をお仕舞いにしようと思った。

 

――都心・ホテルレストラン

 

 それから二人は並んで歩いて色々な場所のイルミネーションを見て回った。

 巌戸台周辺だけじゃなく電車に乗って移動し、デコレーションされた巨大なツリーを見たり、特別な色でライトアップされた東京タワーを見たりして、気付けば時刻は八時になっていた。

 既に夕食の時間は回っているので、コースメニューを提供する様な店はどこも満席だろう。

 だが、時間は遅くともせっかく都心の方まで出てきたのだから、周辺でいい店がないかとゆかりが携帯で調べようとすれば、ついて来いと言って湊が彼女をある場所まで連れてきた。

 彼が連れてきたそこはゆかりでも知っている超有名ホテルで、海外の要人もよく泊まるという中学生カップルとは縁のない場所だった。

 しかし、湊はそのまま中へと進み、フロントで名前を伝えるとボーイがやってきて二人を上層階にある広い個室へと案内した。

 

「な、なにここ……」

「何って普通に食事用の個室だが?」

「いや、こんなとこ来るって聞いてないし。ていうか、なんで名前伝えただけで案内されたの?」

「予約しておいたからな。岳羽の行動は予想済みだ」

 

 部屋の中に入ると湊はコートを脱いでボーイに預けて席に向かい。状況に困惑していたゆかりも、彼に続いて部屋に入ると同じようにコートを脱いでボーイにかけて貰う。

 そして、夜景の見えるテーブルに移動すると、湊の方はボーイが、ゆかりの方はやってきたギャルソンが椅子を引いてくれたので、礼を言ってそのまま座った。

 二人が席に着くとボーイは礼をして部屋を出ていき、そこからはギャルソンが二人をもてなす。

 

「本日はお越しいただきましてありがとうございます。私は給仕を担当させて頂きます東山でございます。どうぞよろしくお願いします」

「あ、えと、岳羽です」

「……丁寧なことは結構だが自己紹介は返さなくていいんだぞ」

「……そうだね」

 

 状況に困惑してつい自己紹介し返してしまったが、よく考えればする必要はなかったと思ったところで、目の前に座る青年が呆れ気味に指摘してきたため、ゆかりは目を細めて失敗しただけだと睨む。

 若い二人のそんなやり取りをギャルソンの男性は微笑ましそうに眺めながら、二人にナプキンを渡して今日の料理について確認を取る。

 

「本日はクリスマスディナーの肉のコースとお伺いしていますが、お間違いないでしょうか?」

「ええ、合っています。食前に俺はサンドリヨンを、彼女にはサラトガ・クーラーをお願いします」

「かしこまりました。では、本日はごゆっくり楽しみください。失礼します」

 

 湊が頼んだのはどちらもノンアルコールカクテル。別にアルコールを飲んだところで少しも酔いはしないが、目の前の少女にも気を遣って、ルールを守りながら大人っぽい雰囲気を楽しめる物を選択した。

 相手も湊が頼んだのはノンアルコールカクテルだと分かっているらしく、御品書きを眺めてどんな料理が出てくるのかを確認すると、すぐ傍の窓の外に広がる絶景に目を輝かせた。

 

「うわぁ、すっごーい。イルミネーションしてるとこもあって、なんか普段以上に綺麗に見える」

「お前の方が綺麗だよ、とか言った方がいいのか?」

「気持ち悪っ、鳥肌立つからやめてよ」

「ああ、鳥料理も出るぞ」

「いや、そういう話じゃないけどね……」

 

 青年なりのジョークなのかもしれないが、相手は素で女たらしな台詞を吐くと格好良いのに、わざと言ってくると途端に胡散臭くなる。

 このアンバランスさが極一部には受けているらしいが、とりあえずゆかりにとっては気持ち悪いだけで嬉しくもなんともない。

 その事を素直に伝えると彼はそのまま流して来たが、これ以上言って何か言われると面倒なので、少女は膝にナプキンをかけながらドリンクと前菜が運ばれて来るのを待った。

 そして、景色を眺めつつ、横目でフォーマルなスーツ姿の青年を見ていると、扉がノックされて先ほどのギャルソンともう一人男性がやってきて、二人の前にドリンクとこじんまりとした料理を置いた。

 

「こちら本日のアミュールの手まり寿司でございます。黄色がパプリカ、赤がローストビーフ、緑がホウレンソウとなっております。周りの白いソースはサワークリームでしてお好みでお付けください」

「わぁ、可愛い! クリスマスカラーになってるんだ」

 

 アミュールとは前菜の前に出される所謂“お通し”や“つきだし”と同じ物である。客を楽しませるための一品で、これの出来によってシェフの実力が試されるという者もいる。

 今日のこの品は一口サイズの可愛らしい手まり寿司で、クリスマスカラーということもあり、ゆかりは食べるのが勿体ないなと困った笑みを浮かべた。

 それを見てギャルソンたちは嬉しそうな顔をして、礼をすると再び部屋を出て行った。

 

「……とりあえず乾杯しよう」

「うん。じゃあ、今日の思い出に乾杯」

「乾杯」

 

 二人しかいない場所なら多少のマナー違反も許される。手に取ったグラスを小さく鳴らし、二人はドリンクに口を付けて味わう。

 ちゃんとフルーツを絞って作ったカクテルは非常に爽やかな口当たりで、グラスを置いた二人はアミュール用の箸を使って料理を口に運ぶ。

 ゆかりはパプリカの寿司は初めてだったが、柔らかく甘みもあって非常に食べ易く、寿司というよりはサラダに近い感じだと思った。

 続けてローストビーフの寿司には少しサワークリームを付けて食べるが、これもお肉が柔らかくソースの味がとても絡んでいて美味しかった。

 最後のホウレンソウに包まれた物はどうだと期待を寄せて口に運べば、中に隠れていた酢飯にゴマが混ざっていて、ほんのり香ばしく先の二つとは異なる味わいが楽しめた。

 一品目からこれほどとなると、弥が上にも前菜や他の料理への期待が高まる。

 

「有里君、連れて来てくれてありがとう!」

 

 特別な日にこんな素敵なところへ連れて来てくれた青年へ、ゆかりは心からの感謝を伝えた。

 すると、ドリンクのメニューを眺めていた相手は、不思議そうに視線を向けてくると斜め上の発言で返してくる。

 

「……もう帰るのか?」

「いや、帰らないから。どういう流れで帰ると思ったのよ」

「食事の礼は食べ終わってからされることが多いからな。まぁ、可能性として聞いてみただけだ。楽しんで貰えているなら良かったよ」

「君との会話は時々疲れるけどね……」

 

 相手との時間は楽しい。だが、人とずれた感覚の持ち主である湊は、ときどき変な発想で返してくるので、割と常識人で突っ込み属性持ちのゆかりとしては、突っ込みどころ満載の青年の相手には少々体力がいった。

 とはいえ、彼も今のは確認として聞いてきただけなので本気ではない。ならばこれ以上は何も言うまいと、ゆかりは次々と運ばれてくる料理に舌鼓を打った。

 

***

 

 美しい夜景を眺めながら美味しい料理を堪能し、途中で催しとしてヴァイオリンの生演奏を聴いて感動したりと、ゆかりは今日のディナーに大満足だった。

 本日最後の料理であるクリスマスデザートの盛り合わせと、二人が頼んだコーヒーと紅茶が置かれてギャルソンたちは出ていく。

 ブッシュ・ド・ノエルのまわりに色とりどりのフルーツとバニラアイスが盛られ、これだけでもお腹がいっぱいになるのではと思える豪華さだ。

 だが、そんな見た目も綺麗で可愛らしいデザートを前にしても、ゆかりの表情はいつの間にか暗くなっていた。

 これを食べ終わったら今日のデートは終了で、後は寮の門限を大幅にオーバーした電車で帰るだけとなる。

 楽しい時間が過ぎるのは速いというけれど、子どもである少女にはあっという間過ぎて、今日のこのデートが夢なのではないかとすら思えていた。

 しかし、これは紛れもない現実だ。なら、最後の料理を食べる前に彼に言わなければならない事がある。

 彼女が料理に手を付けていない事で、どうしたんだという視線を向けながらコーヒーを飲んでいる青年を真っ直ぐ見ると、ゆかりは意を決したように姿勢を正して口を開いた。

 

「あの、ね。聞いて欲しいことがあるの」

「……それは食べ終わってからじゃ駄目なのか?」

「うん。食べ終わったらデートが終わっちゃうから」

 

 正確には帰るまでがデートかもしれないが、彼女にとっては今日のイベントが終わるという意味では、ディナーの終了がデートの終了とイコールだった。

 だからこそ、このデートが終わるまでに伝えようと思っていた事を正直に伝える。

 少女の様子からくみ取って話を聞く姿勢になってくれた青年に、ゆかりは湧き上がってくる恐怖を抑え込んで自分の気持ちを言葉にした。

 

「私は有里君の事が好きです。だから――――私と付き合ってください」

 

 ゆかりの突然の告白に湊は目を細める。それはまるで相手の真意を探るようであり、遠回しにゆかりの考えが分からないと言っているようでもある。

 

「……別れるんじゃなかったのか?」

「うん、仮初の恋人は今日でお仕舞い。それで今度は正式に付き合って欲しいって告白したの」

 

 そして、湊がストレートに尋ねれば、彼女は視線を逸らすことなく答えて見せた。

 ゆかりが待ち合わせ場所で言っていた“今日でこの関係を終わりにする”というのは、今の歪な関係の清算宣言。

 何も言わなければずっと付き合ったままでいられただろうが、自分の我儘で相手を縛り続けるのは嫌で、真剣に彼を想っている他の子たちに悪いと思った。

 故に、ゆかりは一度別れてから改めて告白した。一度無関係になってから、今度は正式な恋人にして欲しいと。

 

「俺が今まで何をしてきたかを聞いておいて、出した答えがそれか?」

「そう。有里君がしてきたことは悪い事だと思う。それはきっと一生赦されないこと。でも、そんなのは関係ないの。好きだから一緒にいたい。考えて最後に残ったのはその気持ちだった」

 

 恋に恋する少女では彼と一緒にいられない。湊の事を知った上でその罪について考え、罪も彼の一部だとちゃんと理解してゆかりは答えを出した。

 甘い考えだということは分かっている。自分の気持ちを優先して、湊の事をちゃんと見れていないと言われたらそうかもしれない。

 だがそれでも、ゆかりなりに真剣に考えて出した答えだ。可否を問わず湊の返事が聞きたい。

 そう思って待っていれば、

 

「……はぁ、理解出来ないな。岳羽はもう少しまともな人間だと思っていたよ」

 

 返ってきたのは無慈悲な言葉だった。

 深いため息を吐いて呆れた顔をした湊は、メニューの傍に置いてあった呼び出しのボタンを押す。

 拒絶の言葉で返し、ギャルソンを呼んだという事は、湊はもう帰るつもりなのだろう。

 せっかくのデザートが勿体ないという気持ちと一緒に、一人で盛り上がって結局は振られてしまったという気持ちが混ざり、ゆかりは滲む視界で少しでも食べてしまおうとフォークを皿に伸ばす。

 そして、彼女が鼻をすすりながら食べていると、呼ばれたギャルソンがすぐにやってきた。

 

「何かございましたでしょうか?」

「すみません、頼んでいた物を持って来ていただけますか?」

「はい、かしこまりました」

 

 湊に言われた相手はすぐに出ていく。てっきり帰るとばかり思っていただけに、デザートを食べるまではいてもいいのかと考えていれば、戻ってきたギャルソンは六つのリングがはめ込まれた指輪置きをゆかりの前に差し出した。

 

「こちらがお選びいただいていたリングでございます」

「岳羽。三種類までは絞ったから、後はお前の好みで選べ」

「……は? え、え?」

 

 突然指輪を見せられた上に話しかけられ、ゆかりは充血した目をぱちくりとさせながら指輪と湊を交互に見る。

 そんな彼女に湊はおしぼりを渡して涙を拭けと伝え、とりあえず彼女が言う通りにすると、目元を拭き終えたおしぼりをテーブルに置いたところでギャルソンが話しかけてくる。

 

「ご説明させて頂きます。こちらがホワイトゴールドにピンクダイヤ、こちらがシルバーにカナリーイエローダイヤ、そしてこちらがプラチナにダイヤモンドをあしらった物になります。男性の方のリングは石がブルーダイヤ、グリーンダイヤ、ブラックダイヤとそれぞれなります」

 

 指輪置きにはめ込まれていたのは対になった三組の指輪。

 どうみてもペアリングにしか見えず、実際に色が男女で違うだけでデザインはそれぞれ共通している。

 だが、男女用のペアリングはカップルではめる物。先ほど振られた自分には関係がないはずだと、状況が飲み込めないゆかりは混乱しながら尋ねた。

 

「これ、あの、え? だって、さっき振られたのになんで?」

「別に振ってないぞ。ただ、お前が度を超えた馬鹿で呆れたと言っただけでな。まぁ、予想はしていたんだ。だから、ジュエリーショップもあるこのホテルをディナーの場所として選んだ。最後にサプライズとしてペアリングを渡せるように」

「なっ、なによ、それ。ずるい、すっごくずるい。私、泣き損じゃん」

 

 あんな言い方をされれば誰だって振られたと思うはず。もし、もっと素直に受け入れてくれていたら、自分は悲しい涙など流さずに済んだ。

 さらにいえば、せっかくの美味しいデザートをしょっぱくする必要もなかった。

 乙女心を弄び、紛らわしい返事をしたクズをぶん殴ってやりたいところだが、クリスマスにペアリングを贈られる事が嬉し過ぎて、ゆかりは口元を緩ませながら指輪の方へと向き直る。

 

「あー、えと、どうしようかな。ていうか、どれも綺麗だし。こんなの付けていいのかな?」

「岳羽に似合うと思って真剣に選んだんだ。貰ってくれるなら付けて欲しい」

「そ、そっか。んー……じゃあ、このダイヤモンドのでお願いします」

 

 ゆかりが選んだのはプラチナにダイヤモンドがはめ込まれた指輪。色つきのダイヤも綺麗だが、ペアリングはシンプルで洗練されたデザインの方がいいと思えたのだ。

 彼女が指輪を選ぶと、それを聞いたギャルソンはしっかりと頷き、サイズの確認をするかと問うてくる。

 

「かしこまりました。こちら、試着はされますか?」

「ええ。岳羽、一応サイズが合ってるか付けてみてくれ。よければ磨いて包んで貰うから」

 

 試着すると答えた湊は女性用の指輪を取ると、ゆかりに手を出す様にいう。

 恋人とのペアリングなど初めてなゆかりは、これは左右のどっちに付けるのが正解なのだろうかと悩むが、左手薬指は婚約指輪や結婚指輪用なので、カップルなら右手薬指にしようと右手をおずおずと差し出した。

 ゆかりがちゃんと手を出してくれば、湊は彼女の手を取って優しく右手薬指にリングを通す。関節で引っ掛からないよう気を付けてはめた指輪は、サイズも丁度良いようで彼女の指で可愛らしく輝きをみせる。

 

「だ、大丈夫だよ。うん、ぴったり」

「じゃあ、これでお願いします」

「かしこまりました。では、すぐにご用意いたしますので少々お待ちください」

 

 サイズに問題がなければ、後はちゃんと磨いてからケースとチェーン付きで戻ってくる。

 リングを預かったギャルソンが去っていくと、ゆかりは先ほどの事が嬉しいのか口元だけ緩んだまま、しかし彼に聞いておかなければならない事を尋ねた。

 

「ね、ねえ、右手に付けちゃったけどいいの? その、有里君の右手……あれ? 今日は生身っぽい?」

「前回は擬装用スキンを付けてなかったんだ。というか、普段はチェーンで首にかけるから問題ないし。そのうち生身の腕が出来るから大丈夫だ」

「生身の腕が出来る? 腕って生えるの?」

「いや、会社でそういう研究をしてるんだ。生体パーツを使った義肢のな。俺が以前から言ってた仕事っていうのはバイトじゃないんだ。色々あってEP社の最高顧問になってて、ジャパンEP社の代表をやってるから仕事は本当に仕事なんだよ」

 

 失った四肢がそんな簡単に生えてたまるか、と言いたい気持ちになったが湊はグッと堪える。

 ゆかりは湊に気遣って聞いてくれているのだ。ならば、ちゃんと説明できていなかった仕事の事も含めて、ここで説明しておく事にした。

 それを聞いた彼女は目を丸くするも、恋人よりバイトを優先していた訳ではないと分かって少し安心したらしく、社長さんならしょうがないと一定の理解を示した。

 

「そ、そうだったんだ。あ、あとさ、あとさ。私たちってその正式な恋人になったって事でいいの? 有里君、そういうの作らないって言ってたのに」

「……正直に言えば俺は誰も愛せない。異性として好きという気持ちも理解出来ない。ただ、大切っていう気持ちはちゃんとあるんだ。死なせたくないとか、守るとか、そういう物騒な方向性の気持ちだし。チドリみたいに何を犠牲にしてでも守らなきゃいけない人もいる。それでもいいならとしか俺は言えないんだがどうだろうか?」

 

 恋人となる上で湊の人としての欠陥は致命的だ。人を愛せないし異性として好きにもならない。大切だと思う事は出来るが、それがどういった意味で大切なのか他人には理解出来ない。

 さらに、チドリやアイギスにラビリスなど、大切だと思っている桜や英恵を見捨ててでも助けようと決めている少女たちもいる。

 優先順位が最初から明確に決められているのは、やはり年頃の少女としては悩むのだろう。ゆかりは少し複雑な表情を浮かべると湊に尋ねた。

 

「その何を犠牲にしても守らなきゃいけない人って何人いるの?」

「……最重要は今のところ三人」

「最重要ってことは次点とかもいるって事よね? 割とぶっ飛ばしたいんだけど、君にとっては自分の命より大切なんだろうね。……まぁいいよ。後から割り込んだのは私の方だし。ただ、ちゃんと私の事も見てよね」

 

 彼が真っ当な道から外れたのは、きっとチドリたちを守ろうと思ったからだろう。大切な物を守るために敵を殺すような人物ならば、そういった人との違いもちゃんと受け入れて行かねばならない。

 胸中は複雑だろうが、自分の事も大切に思ってくれるようなので、ゆかりはしょうがないと苦笑して彼の歪な在り方を認めた。

 そうして、ゆかりがそれでもいいと答えた事で、二人は仮初ではなく正式な恋人となった。

 青年の方は相手を愛していないし異性として好いてもいない。それでも、彼の言う“大切”という言葉は、そこらへんのカップルの「愛してる」よりも気持ちが籠もっているような気がする。

 なので、ゆかりは特に不満はなく、むしろ幸せだと断言できるほどの嬉しそうな表情で、改めてデザートを食べ始めた。

 それを見た青年もデザートを食べ始めたが、まだ伝えていないことがあったと少女に話しかける。

 

「……そういえば、一応ここのホテルで一部屋取っておいたんだが、せっかくだし泊まって行くか?」

「えっ、ほ、本当に予約したの?」

「岳羽が告白してくると予想してたって言っただろ。そしたら、その後にどっかに泊まるとか言い出すかもしれないと思って、VIPルームが空いてたから一部屋押さえておいたんだ」

 

 この男は先回りの達人だった……という事は特になく、別にそんなスキルは持っていないが、久遠の安寧との戦争中に人や動物の心の声を聞き続けていた事で、読心能力を使わずとも相手の考えを予測出来るくらいに他者の思考について理解しているのだ。

 ゆかりとはそれなりに付き合いが長いので、どういった人物か把握している分、その思考も読みやすい。

 それ故、告白してくれば、その後に時間も遅いしクリスマスだからどこかに泊まろうと言い出すに違いないと思っていた。

 彼の予想はまさにその通りで、浮かれている少女はここを出たらそんな事を言おうかと少し考えていた。

 けれど、よく考えれば何も持って来ていなかったので、その事を湊に伝える。

 

「私、泊まる用意持って来てないよ?」

「部屋にバスローブはあるし、洗濯機もあるから服は大丈夫だぞ」

「そ、そうなんだ」

 

 VIPルームは伊達ではない。ホテルのクリーニングサービスも無料で使えるが、部屋にはキッチンや洗濯機など普通に生活できる設備があるのだ。

 一般人でも金を出せば泊まれるスイートルームと異なり、VIPルームはホテルから信用を得ている超一流でなければ泊まることは出来ない。

 少女はそこまで知らないだろうが、彼と恋人になれた特別な日に、一生にそう何度も泊まれないだろう有名ホテルの、さらにVIPルームという特別な部屋に宿泊出来るなんて夢の様である。

 こんなチャンスは逃せないとばかりに覚悟を決めたゆかりは、頬を薄らと染めながらぺこりと可愛らしく頭を下げた。

 

「あの、その、よろしくお願いします」

「ん? まぁ、よく分からないが分かった」

 

 何故彼女がそんなに丁寧に言ってきたのか分からず湊は首を傾げる。

 しかし、相手の同意を得た事で、完成した指輪を持ってきたギャルソンにフロントに連絡して貰い。鍵を持って来てもらうと二人はVIPルームに移動し長い時間を過ごした。

 

 

12月25日(火)

朝――ホテル・VIPルーム

 

 翌日、寝室に置かれた大きなベッドの上でもそもそと目覚める者がいた。

 半分寝惚けたような状態で起きたゆかりは、現在の時刻を確認しようとベッドランプの傍に置いていた携帯を手に取った。

 

(んー……まだ七時前か。チェックアウトは十一時って言ってたからもう少し寝れる)

 

 時間を確認してまだまだ余裕があると分かったゆかりは、携帯を先ほど置いていた場所に戻して、伸ばした手の薬指に輝くリングを見て、途端に表情を緩ませる。

 

(やっぱり可愛い。素敵なクリスマスプレゼント貰っちゃったなぁ)

 

 誰かと付き合う事に興味のない青年が、大切には思っているからと交際の申し出を受け入れてくれた。

 それだけでも十分嬉しかったというのに、憧れていたペアリングまでプレゼントされて彼女は幸せすぎて今日死ぬんじゃないかと思ったほどだ。

 もっとも、それはある意味で現実となり、部屋に行ってからゆかりは本当に死ぬような思いをした。彼女の隣で既に起きていて携帯をいじっている男のせいで。

 

「……起きてるなら服着とけばいいのに」

「自分は生まれたままの姿なのに、先に起きていた恋人が着替え終わってたら寂しくないか?」

 

 毛布の中でヌクヌクとしているゆかりも、その隣で起き上がり腰辺りまで毛布をかけている湊も、衣類を一切身に付けていなかった。

 ディナーを終えた後部屋に移動した二人は、泣いたなら顔を洗うついでにお風呂に入って来いと湊が言った事で、ゆかりが先に入浴する事になった。

 そして、入浴を終えてバスローブ姿で彼女が出てくると、今度は湊がお風呂に入って部屋着のようなラフな格好で出てきた。

 すると、何故だかゆかりがベッドの上で正座しており、湊が傍によると初めてなので優しくしてくださいと頭を下げたのだ。

 湊としてはそういったつもりは一切なかったのだが、覚悟を決めた少女に恥を掻かせる事は出来ないと、青年も相手の言葉を聞き入れて一線を越えた。

 

「なんか、まだ下腹の辺りに違和感残ってる。私、優しくしてって言ったのになー」

「俺は意地悪で有名なんだ」

「でしょうね。気持ち良くされ過ぎて意識飛びかけてるのに、そのまま続行して強制的に意識戻すとか初めての子にやることじゃないし」

 

 少し怒ってますよといった表情でゆかりが睨むのには実は理由がある。

 そういった技術を習得しているだけあって、湊はリードするのも相手に快感を与えるのも上手かった。

 快感に慣れていない彼女の身体を徐々に慣らし、十分に受け入れられる状態になってから繋がったことで、ゆかりは破瓜の痛みもほとんど感じずに初めてを経験できた。

 下腹部に感じる彼の存在に愛おしさを抱き、全身を包まれる事でこれ以上ないほどの充足感を覚えた。

 そうして、最高の思い出として初体験を終えるはずだったのだが、二回戦から彼はその卓越した技術をフルに発揮し、ゆかりを気持ち良くしてやろうと頑張ったせいで、快感で気を失い、快感で強制的に起こされるという拷問に等しい攻めを受け続けたのだ。

 彼女は途中で全身に力が入らなくなっていたし、絶頂をむかえて失禁したりもしてしまった。

 確かにもっと愛し合いたいと受けいれた自分も浅はかだったが、それでもあそこまでやる必要はなかっただろうと、ゆかりはうつ伏せでベッドに肘を突いて彼をジッと見つめた。

 

「……胸、見えてるぞ」

「へんたい。初めての子にあんなことするんだもんなー。皆が知ったら幻滅するだろうなー」

 

 肩まで毛布をかけていても、うつ伏せで上半身だけ起こせば胸は見えてしまう。

 湊がそれを指摘するとゆかりは毛布を身体に巻く様にして隠し、頬を染めて照れ隠しに昨日の彼の行いについての文句を言った。

 だが、悪魔の様な男がそんな言葉を意に介するはずもなく、皮肉っぽい笑みで口元を歪ませて言葉を返す。

 

「お前の乱れっぷりに比べたら問題ないレベルさ。あれは他人様に見せられるような姿じゃなかったからな」

「……有里君にしか見せないもん」

 

 けれど、今回は少女の方が上手だった。恥ずかしそうに枕で口元を隠し、視線を逸らして言った彼女の言葉に、湊は少し驚いた様子を見せると、天然で中々の殺し文句をいった少女の頭に手を置いて優しく撫でた。

 生身である彼の左手から伝わる温もりをしばし堪能し、彼の手が離れるときには名残惜しそうな顔をした少女は、彼の膝にかけられた毛布の上に頭を置いて、膝枕状態で彼を見上げると口を開く。

 

「これからは恋人だけどさ。その、え、えっちはたまにしかダメだからね!」

「……そうか」

「あー、なんか返事が適当だ。昨日はあんなにいやらしく触ってきたくせにさ。このムッツリ」

 

 彼と恋人となり、愛しい人と繋がったことで、ある意味浮かれている状態の彼女は、普段抑圧されている甘えたい衝動が発動しているのか、彼氏の素っ気ない態度にむくれて割れた腹筋をぺしぺしと叩く。

 チドリや羽入も遊んで欲しいときには触れてくるので、一部の女子にとってボディタッチは構って欲しい合図なのだろう。

 そのサインをしっかりと受け取った湊は、直前にムッツリと言われてイラッと来た事もあり、携帯をベッドランプの傍に置くと、その場で身体を捻って直前まで膝枕していたゆかりを組み伏せる形になった。

 

「……チェックアウトまで約四時間ある。身支度やシャワーに一時間かかるとして、三時間も余裕があるな」

「え、な、なに? 朝だよ? もう外も明るいし皆も起きてる時間だよ?」

 

 毛布をかけているので外からは見えないが、ゆかりを組み伏せた湊は左手で彼女の脇腹を撫でつつ徐々に手の位置を下げていく。

 相手が何をしようとしているか既に理解している少女は、朝のこんな明るい状態でするのは恥ずかしいと抵抗を見せようとするも、

 

「そうだな。朝からなんて岳羽は随分と不良だな」

「ちょ、タイムタイっんむ!?」

 

 喋っている口を相手の唇で塞がれ、腹部や胸を撫でてくる相手に身体を捩じらす。

 

「ん、はぁ、ダメだってぇっ」

「安心しろ。昨日の疲れを取るための全身マッサージだから」

「や、あんっ」

 

 一応の抵抗は見せるも触れられる事は嬉しい。そんな少女が彼を拒み続けることなど出来る訳もなく、二人は再び長い時間を過ごした。

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。