【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第百六十二話 年末特番

12月30日(日)

夕方――桔梗組本部

 

 その日、鵜飼桜は張り切っていた。

 先日、年末年始の予定を湊に聞いたところ、三十日に帰ると言われたのだが、そのとき一緒に連れて行きたい人がいると言っていたのだ。

 聞いた瞬間にピンときた桜は即断即決でOKを出し、彼が帰ってくる今日までに組員にも手伝ってもらいながら大掃除を終えて、料理の下準備まで済まして彼の到着を待っていた。

 

「相手の子が驚いちゃうから、皆さんは広間の方で待っててくださいね」

『ヘイ!』

 

 湊とチドリの実家がヤクザだとは、学校側である教師や美鶴以外誰も知らないので、やって来てすぐに大勢のチンピラに出迎えられれば驚いて怖がってしまうはず。

 相手の家に挨拶に来て緊張している女の子に、そんな可哀想なことはさせられないと、桜は宴会に来た組員たちに広間で大人しく待っているように告げた。

 子ども好きの多い組員たちも事情は把握しているため、勿論分かっているといい笑顔で頷いて返す。

 それを確認した桜も満足げに笑い返し、玄関の引き戸が開く音がしたことで玄関に走って向かった。

 

「お帰りなさい、みーくん! そして、いらっしゃい。たけ――」

 

 玄関に向かうと青年の姿が先ず目に入り彼が帰ってきた事を喜ぶ。

 もっとも、桜にとってのスペシャルゲストは彼の後ろにいる少女だとして、桜はゆかりの名前を呼ぼうとした。

 

「――たつ、さん?」

 

 だが、そこにいたのは予想していた茶髪の少女ではなく、銀髪に赤い瞳という共通点を持った二人の少女であった。

 

「……誰の事だ?」

 

 途中まで言いかけて別人だった事で、桜はポカンとしながらよく分からない名前を口にした。

 それに湊が首を傾げてブーツをアンクレットに変えて上がってくれば、彼の後ろにいたラビリスとソフィアも靴を脱いで青年の隣に並んだ。

 

「えと、どうもはじめましてウチは汐見ラビリスいいます」

「ソフィア・ミカエラ・ヴォルケンシュタインです」

「あ、どうも、鵜飼桜です。えっとぉ、岳羽さんは?」

 

 随分とまた綺麗な子を連れてきたなと、桜は彼の対人関係の何パーセントが美女および美少女なのか知りたくなったが、それよりもメインゲストの姿がないことで、まだ入って来てないのかなと扉の方をちらりと見る。

 聞かれた青年は彼女の言葉の意味を理解出来ないようで、とても不思議そうな顔をしたが、聞かれた事には素直に答えた。

 

「岳羽なら実家に帰ってると思うが、何か用でもあったのか?」

「ううん。特に用事はなかったけど、みーくんが連れて行きたい人がいるって言ってたから、てっきり岳羽さんのことだと思ってて」

「別に呼ぶ用事もなかったから誘ってすらいないな。二人は年末年始に暇らしいから連れてきた」

 

 正式な恋人になった事はゆかりが部活メンバーにメールで知らせている。

 湊が他者を愛せないし、異性として好きにもならないという事はチドリにだけ伝えたらしいが、彼の言う大切に想うというのが一般人のそれにあたるとして、本人的にはそれほど問題だと考えていないとか。

 その連絡が回ってすぐに部活メンバーや佐久間から湊の方へ連絡が来たが、肩書きが変わる程度の違いでしかないという何とも冷めたコメントを返した事で、とりあえず彼の思っている恋人と他者の考える恋人は異なっていると察したらしく、周囲は様子見の立場を取ると決めたようだ。

 そして、桜はチドリから湊とゆかりが正式に付き合うことになったとだけ聞いていたので、今回来ないのは残念だと思いながら、やってきた三人を中へと案内しながら話しかける。

 

「えっと、ラビリスさんは珍しい響きのお名前だけど、もしかしてアイギスさんの妹さんかしら?」

「あ、すみません、姉です」

「ご、ごめんなさい」

「……ちっちゃいからな。しょうがない」

 

 身長もスタイルもラビリスの方が負けている。精神の成長度はモデルの人格をそのままコピーしたラビリスの方が上だが、そんな物は最終的に個体差でしかないので、生体パーツを手に入れるまでは、ラビリスの方が妹のように見られるのはしょうがない。

 だが、それを彼に指摘されるのはムカついたようで、ラビリスはムスッとした顔で湊の背中を叩いた。

 二人のやり取りを見ていた桜は、どこで彼女と出会ったのか疑問に思っていたが、それよりも二人のさらに後ろを歩いている少女の事が気になったので、先にそちらについて訊く事にする。

 

「それでえっと、ソフィアさんは……EP社というか久遠の安寧の方じゃなかった?」

「はい。今はわたくしが両組織の顔役として運営させて頂いております」

「あ、えっと、そういう事じゃなくて、みーくんと色々あったんじゃ……」

 

 大陸にまで名を轟かせた最凶の暗殺一族である名切りの鬼と、裏界最大組織である久遠の安寧の実質的なトップであった裏界の姫君の戦争。

 世界中で話題となったそれは、久遠の安寧側に一万人以上の犠牲者を出して名切りの勝利で終わった。

 今まで世界を裏から操っていた組織が墜ちたことで、世界のパワーバランスが崩れるのではないかと噂されたが、組織を墜とした張本人が組織を自分の傘下に治めてトップに君臨した事により、組織の力が以前よりも増した状態で裏界最大で在り続けることが可能となった。

 そうして、両者の戦争が終わったことで世界は元通りになっていったが、年末に暇でも因縁のある相手を実家に連れてくる神経が桜には理解出来ない。

 最終的に二人は互いを殺そうとまでしていたはずだ。それをどう間違えれば仲良く帰省になるのか、桜は湊の方にも表情だけで尋ねた。

 すると、それを見て彼女の言いたい事は何となく理解したらしく、湊はどうして連れて来る事になったのかを語る。

 

「こいつを独りにしたのは俺だからな。年末年始に独りもあれかと思って、本人も日本の正月に少し興味があると言ってて丁度良かったから連れてきた」

「その事はもう気になさらないでいいとお伝えしたのですが、極東独自の文化は以前から興味がありました。ライスを叩くだけでオモチが出来るのが未だに信じられませんし。コタツという暖房器具にも興味あります」

 

 ジャパンEP社を作るまで日本にはあまり来た事がなかったソフィアは、ほとんど家に籠もって過ごすような生活をしていた事で、今回の同行はちょっとした旅行気分だった。

 洋室もあるが基本的には武家造りの大きな屋敷で、内風呂の他に天然の温泉を引いた露天風呂まであるため、田舎の景色も相まって下手な旅館よりも豪勢である。

 料理は湊と桜が日本食に関してプロ級の腕前を持っており、宴会に呼ばれた組の幹部だけでなく、湊から今回は本気で料理を作ると聞いているソフィアとラビリスも非常に楽しみにしていた。

 

「ああ、そういえば今朝ラビリスと釣りに行ってきて土産用に真鯛を釣ったんだ」

「本当に? わぁ、素敵な御馳走になりそうね。いっぱい釣れたの?」

 

 ソフィアがオモチという食べ物について話した事で、湊は土産があったんだと黒いマフラーを撫でながら桜に伝える。

 湊の力を吸収して成長したマフラーは、食材など生モノも収納しておけるようになった。内部は時間凍結されているので、数年後だろうと入れたときの鮮度のままとなっており、ちゃんと下処理をして入れておけば、簡単に調理して食べられるという訳だ。

 真鯛は春の桜鯛が有名だが旬は秋頃と言われている。けれど、真冬の真鯛は越冬のために蓄えた脂が少し落ちて、代わりに味と身が引き締まり、そちらの方が好みだという人もいるくらいの逸品である。

 料理は色々と用意しているが、まるごと一匹の鯛は用意していなかったので、桜は素敵なお土産だと顔を綻ばせ釣果を尋ねた。

 

「湊君は八匹くらい釣ってはったけど、ウチは一匹しか釣れんかってん。でも、ウチの釣ったのが一番大きかって、まわりのオッチャンたちもすごいねって褒めてくれはったんよ」

「七十センチ前後も小さくはないんだがな。九十センチなんてサイズを釣られたら勝てないさ」

 

 湊の釣果も大したものだが、ラビリスの釣った九十センチは人によっては一生に一度釣れるかという大物である。

 それと比べられては勝てないと湊が苦笑で返せば、サイズを聞いて驚いていた桜は、これは腕がなると真剣に調理法について考えだす。

 

「きゅ、九十センチは大物ね。うーん、でもそれだと何がいいかしら。大き過ぎると味が薄いっていうから、旨味を凝縮させるために塩釜焼きとかかなぁ」

「いっそ、タレで食べさせるしゃぶしゃぶや鍋でもいいかもしれない。最初は尾頭付きの舟盛りで出して、そこから鍋に入れて行く形で」

「あ、それいいね! うん、やっぱりすごい大物って見て貰いたいものね。味付きの出汁でしゃぶしゃぶにしましょっと」

 

 現在この家にいる者は組員も含めてほぼ全員料理は出来る。チドリも面倒だからしないだけで、普通に食べられる物は作れるし、ラビリスは湊から料理を習っているので家庭料理は得意だ。

 ソフィアは専ら食べる側だが、紅茶を淹れることやお菓子作りは嗜んでいたので、レシピさえあれば料理は出来た。

 しかし、実際にプロの下で和食を学んだ湊や、湊の料理の師から太鼓判を押されるほどの腕前を持った桜に及ぶ者は一人もいない。

 その二人が楽しそうに決めた料理ならば、きっと美味しい物になるに違いないと、案内されて廊下を進む二人は夕食が楽しみだった。

 

***

 

 六時から始まった宴会はかなり盛大に行われた。

 本来、極道の集会は後継者争い等で裏ではドロドロとするものだが、忘年会にそんなものを持ちこむのは無粋だとして、組員らは湊と桜の作る美味しい料理と極上の酒を楽しみ、ただただ大騒ぎで宴会を楽しんだ。

 湊たちも途中までは付き合っていたが、流石に酒も飲まずに食事で何時間も騒いでいるオッサンを見ているのは苦痛なので、八時過ぎには子どもたちと桜は抜けてリビングに移動していた。

 他の者たちはまだ飲んだり食べたりしているが、祭りの屋台で鍛えた腕があるので、湊と桜が抜けても料理を作るのは問題なかったりする。

 そうして、酔っ払いの相手をせずに済んだ湊たちだが、いまリビングにはラビリスを含めた五人の人間と九体の自我持ちのペルソナが揃っていた。

 

「……なんか知らないのがいっぱいいるんだけど」

「逆に誰なら知ってるんだ?」

「座敷童子と鈴鹿御前とそっちのアタランテだっけ? それは前にタカヤたちと戦ったときに出してたから知ってる」

 

 現在はネガティブマインドの期間だが、テオドアに貰ったカードホルダーと無の武器に融合して置いたカードを抜き取る事で時期をやり過ごし、呼び出されたペルソナたちは湊の保護者である桜に挨拶をすると自由に過ごしている。

 その内、チドリは数人しか名前を知らなかった事で、いつの間にこれほど自我持ちが増えたのかと湊に説明を求めた。

 

「フェイスペイントが茨木童子、白髪がカグヤの人間形態で赫夜比売、狐耳は若藻、巫女服っぽいのが出雲阿国、フードがジャック・ザ・リッパー、金髪がアリスだ。若藻は妖怪、ジャックは怨念の集合体、アリスは部下が自分の理想の少女を生み出そうと魂を籠めて作った人工ペルソナで、その他は俺の遠い祖母だ」

 

 カグヤは九頭龍の血筋から合流した存在だが、茨木童子の妹なので結局は直系と大して変わらず、むしろ、一族全員に血に宿る力を与えて己の力が弱まった茨木童子よりも、読心能力や魔眼など太古に失った人間の能力を湊に与えたという点では素晴らしい功績を残している。

 その本人は桜の隣に座ってお茶を飲みながらテレビを見ているが、湊の膝の上に座っていた見た目は少女なペルソナは紹介が気に入らなかったのか、湊に体重をかけて抗議の視線を向ける。

 

《私は……そんなに遠く、ない……》

「祖父の曾祖母は遠くないか?」

《幕末から……明治に生きてた……だから、ちゃんと洋服着てる》

 

 座敷童子こと本名“百鬼雪菜”は湊の五代前の名切りである。人に戻る前の力を持った名切りではあるが、平均的な能力は名切り内でそれほど高くない彼女は、湊に近い時代の中で力を持っていたためにペルソナ化している。

 よって、本人もそれなりに若いつもりで、この立派な洋服であるドレスを見ろと湊に言った。

 傍から見ればどう見ても年の離れた兄弟だが、実際は少女の方が祖母であるためチドリは紛らわしいと視線をテレビに移す。

 するとそこには、サングラスをかけたスーツ姿の男たちから逃げる湊が映っていた。

 

「やっぱ湊君って足速いなー。鬼の人ら追い付けてへんやん」

《追い付けそうで追い付けぬ絶妙の距離じゃな。此れならば相手の体力を消耗させ味方に余裕を与えられる》

 

 他の者たちが見ているのは年末の特別バラエティ番組『逃亡者』。一度くらいは出演してもいいかと湊が十一月に撮影してきたものだ。

 ザックリ言えば鬼ごっこのようなゲームで、二十人の参加者が東京ドーム三つ分のエリア内で一三〇分鬼から逃げ続ければいいだけ。独裁を目指す政府が反政府勢力の者を捕えるために開発したサイボーグという設定の鬼と、政府の野望を砕くために活動を続ける反政府勢力のメンバーという設定の湊たち逃亡者による本気の鬼ごっこだ。

 片手だろうと鬼がタッチすれば捕まえたことになり、一秒につき二百円、逃げた時間だけ獲得賞金が増していき、途中に出される課題をクリアすると賞金が上がったり、逆にクリアしないと不利になったりする。

 フィールドは普通の街中だが、建物の中へは課題に挑戦する以外では侵入禁止。スタート時点で鬼は四人いて時間経過で増えることもあるが、湊は鬼に追われる途中でさらに二人の鬼に見つかり、現在は三人から追われているものの、上手い具合に他の者がいない方向に逃げながら追い付かれるのを防いでいる。

 その様子にラビリスとバアル・ペオル姿の鈴鹿御前は楽しそうにしているが、桜やカグヤは湊が捕まらないかハラハラといった表情だ。

 

《皇子、挟まれた! この先は川のところへ出てしまい、そこからは右折して川沿い一本道を行くしかありません! しかし、鬼の一人が既に先回りしている。皇子はここで終わるのかー!!》

 

 逃げている湊の先には、舗装され四メートルほど低い位置を流れる川が横切っている。落下防止のガードレールまで行けば右折して川沿い一本道だが、追っていた鬼の一人が先回りしていたため、これで挟みうちだと実況が視聴者の不安を煽る。

 道路の幅は車がギリギリすれ違える程度と狭いので、身体能力が高くガタイの大きな成人男性ならば、かなり余裕を持って捕まえられるポジションだ。

 いくらバスケで敵を躱すテクニックを身に付けているとはいえ、これは流石に厳しいかと思っていれば、なんとテレビの中の湊はそのまま直進してガードレールに足をかけると跳躍した。

 

《飛んだー! 皇子、ここにきて幅六メートルの川の上を飛んで行きました! 二ヶ所ある橋を使わずにショートカットされ、流石の鬼たちも唖然としています! 恐るべき身体能力!!》

 

 見事に鬼の包囲網を突破すると桜やアリスが嬉しそうに拍手している。

 この番組は勿論録画予約済みで、美鶴の母親である英恵もちゃんと録画予約しましたと放送前にメールを送ってきている。

 保護者や湊たちと同年代の精神年齢の少女ペルソナたちは楽しそうだが、パソコンで仕事のメールの確認をしながらテレビを見ていたソフィアは、小狼や名切りの鬼に切り替えなくてもこれだけの身体能力が出せるのかと素直に感心していた。

 

「忍者みたいですわね」

《マスターは壁走りも出来ますから現代の忍者です》

《まぁ、そういった事をしていた時代もあったからな。忍者の末裔と言っても間違いではない》

 

 素早さと隠密性の高い暗殺者タイプなジャックが、湊はペルソナ顔負けの身体能力だと自慢げに話せば茨木童子がそれを肯定する。

 高いところから飛び降りたり、三次元的な動きで敵を惑わしたり、一般人の想像する忍者の動きは優れた名切りの者なら可能なのだ。

 もっとも、今の湊は身体能力をかなり抑えているので、先ほどの動きは湊なりの一般の範疇内だが、男子中学生の走り幅跳びの記録は七メートル越えなので、多少のアップダウンな動きが入ろうと六メートルなら許容レベルだろう。

 そうして、場面が湊から他の出演者である芸人やアイドルに移れば、桜は今のうちだとみかんの沢山入ったカゴを持ってきてラビリスの前に置いた。

 

「あ、どうもありがとうございます」

「いっぱいあるから気にしないで食べてね。ソフィアさんもパソコンが汚れるかもしれないけど、コタツにみかんは伝統の組み合わせだから是非堪能してね」

「ええ、もうすぐ終わりますので、後ほどいただきますわ」

 

 元のソフィアを知らない桜にとっては、湊との出会いで改心した状態のソフィアは、他の子よりも大人びているだけでいい子に思えた。

 それ故、過去の事はここでは掘り返したりせず、湊が連れてきた友達として普通にもてなすことにし、コタツに入ってテレビを見ている二人にみかんを渡せば、ラビリスは早速一つ剥いて半分を若藻にあげながら食べている。

 

《おっと、ここでサーヤが鬼に見つかった! 距離はあるがこれは厳しいかー! このまま進むと皇子と合流する事になります。皇子は果たしてどう動くのか!》

 

 四人いる内の鬼の一人が、柴田さやかというアイドルを追いかけて走り出す。

 その先にはショートカットして移動した湊が歩いているが、両者とも存在を確認したようで、徐々に距離を詰められているアイドルが、走りながら湊に状況を説明した。

 

《ゴメン、有里君! 鬼に追われてるから逃げてー!》

 

 鬼とアイドルの距離は四十メートルほど、湊の足ならば今から逃げれば余裕だが、アイドルは走力の差もあって捕まってしまうだろう。

 湊が囮になって近距離で回避しながら時間を稼げば生き残る可能性もあるが、果たして彼がどう動くのかテレビも効果音を付けて盛り上げる。

 そして、逃げてくるアイドルを見ていた湊がアイドルの方へ駆け出すと、

 

《……しっかり掴まってて》

《きゃあっ!?》

 

 相手と合流した途端にお姫様抱っこして鬼から逃げ始めた。

 

《お姫様抱っこです! 皇子、まさかのお姫様抱っこでサーヤを抱えたまま鬼から逃げます! しかし、速い!!》

 

 アイドルは湊より二つ年上だが、体格的にはゆかりやチドリと変わらない程度だ。

 よく人助けで動けない人を背負ったりしてやっている湊にすれば、少女一人くらい抱き上げたところで何の問題もない。

 人を抱えているとは思えぬほど普段通りの走りを見せると、上手く曲がり角を利用して鬼を撒こうとしている。

 

「……これって放送して大丈夫なの? アイドルをお姫様抱っこって普通に事務所やファンからクレーム来るんじゃ」

 

 しかし、大人気アイドルの少女を、時の人となっているイケメン青年がお姫様抱っこするのは如何なものか。

 桜とアリスはキャーキャー嬉しそうに騒いでいるが、チドリは純粋に問題があるのではと指摘する。

 一方、言われた青年は膝に乗せている座敷童子に剥いたみかんを食べさせながら、ちゃんと放送されている時点で大丈夫だと答える。

 

「いや、ちゃんと相手の事務所からOK貰ってる。ダメだったらそのシーンはカットしてたしな。多分、ここらへんが瞬間最高視聴率を叩き出すんじゃってスタッフが言ってたよ」

 

 チドリに言われなくても問題になりそうな事はテレビ局だって分かるだろう。だが、ちゃんと事務所に許可を取れば、湊は別に放送されても問題ないので放送可能という訳だ。

 

《なんとか鬼を撒きました。ここで皇子とサーヤは一度別れるようです》

 

 アイドルを抱えた状態で鬼を撒いた湊は、周囲に鬼がいないことを確認すると相手を下ろす。

 別れる前にさりげなく鬼のいる方へ湊が行こうとするのは、走力で劣るアイドルが逃げられる様にという配慮である。

 

《助けてくれてありがとう。疲れさせちゃってゴメンね》

《いえ、追手から女性を守って逃げるなんてドラマみたいで楽しかったです》

《フフッ、ホントだね! じゃあ、鬼がまだ近くにいるかもしれないから気を付けて。有里君も無事に逃げきろうね!》

 

 湊がそちらに行くのならと別の方へ去っていくアイドル。お互いに爽やかな別れとなったことで、これならば事務所が許可を出したのも頷けると、チドリはテーブルに置いていたお茶に手を伸ばしながら呟いた。

 

「……へぇ、アイドルだけあって助けられたくらいじゃ靡かないわね」

「俺の方が年下だし、顔がいいやつなら芸能界なら捨てるほどいるだろ。あの人、話して分かったがかなり真面目で頭もいいぞ」

 

 今回はバラエティ番組に出演しているが、相手は歌だけでなくドラマにも出演する、人を元気にさせる明るい正統派路線のアイドルである。

 お馬鹿系と違って知的な役もこなすためイケメン俳優との共演も多いが、仕事にはとても真面目で誇りを持ってアイドルをしている。

 色々な俳優や業界人からアプローチもかけられているようだが、それでも相手との関係を悪くせずに躱し続けている事から、アイドルを卒業すればそのまま女優になるに違いないと湊は思っていた。

 そして、そのまま番組を見ていると、ズボンのポケットに入れていた携帯にメールの着信があり、相手を確認すると渡邊や順平など主に男子の知り合いからだった。

 

「学校のやつらからだ。“今度サーヤを紹介してください”……する訳ないだろ」

「連絡先は交換したの?」

「まぁ、お互いに仕事用の携帯だが、せっかくのコネクションだし交換はしておいた」

 

 真面目で頭もいい相手ならば、話題性のために湊を利用する事もないはずなので、別にプライベート用の方でも構わなかった。

 けれど、プライベートで交流があると分かれば、ゴシップ誌に熱愛報道をされかねないので、そういったリスクを減らすために二人は撮影終了後に仕事用の携帯で番号を交換した。

 なので、今も相手と連絡を取ることは可能だが、一ファンでしかない邪まな男子らをアイドルに会わせてやるほど、湊は男子らと仲良くないしアイドルを軽く見てもいない。

 似た内容のメールを送ってきた者全員に一斉送信で設定すると、すぐに「相手の仕事の邪魔になるから無理だ」と返しておいた。

 女子の方からは彼ならこういう事をやりかねないと認識されているのかメールはない。信用されている様な、逆に最初から諦められている様なで湊としては複雑な気持ちだ。

 

《残り時間七十三分、ここでヤンバルの石見が鬼に捕まりました。これで残る逃亡者は十二名です》

 

 頑張って走るも鬼に捕まった芸人が悔しそうにしている。残り時間はまだまだあるというのに、これで約半数の逃亡者が捕まった事になる。

 各自に支給された携帯に味方が捕まったとメールの連絡がくれば、相方の男が敵は取るぞと決意を新たにした。

 そして、鬼に見つかった逃亡者が何とか逃げたりしながら時間がさらに進み、残り六十五分となったところで全員の携帯に課題のメールが送られてくる。

 

「へぇ、残り五十五分になるまでにミッションクリアで秒給が倍にアップやて。湊君も挑戦したん?」

「……先の展開聞いて面白いか?」

「あ、そやね。ならこのまま見とくわ」

 

 このまま見続ければ答えは分かる。それを先に聞いたら楽しさが半減してしまうだろうと湊が言えば、ラビリスはみかんを食べてお茶を啜りながらテレビに視線を戻した。

 出された課題はサイボーグである鬼の生産工場に潜入して、その生産ラインをストップさせるスイッチを押してくるというもの。

 ただし、体育館ほどの広さの工場の中には警備用の鬼たちが六人配備されており、機械が置かれているのでそれほど自由に走り回る事が出来ないようになっている。

 秒給倍アップは賞金が一五六万円から三一二万円まで上がるので大変美味しい。しかし、課題をクリアしなくてもデメリットが発生しないタイプなので、ほとんどの者は「これはスルーで」と保守的な姿勢を見せた。

 参加することに決めて工場へ向かっているのは三人。先ほど相方が捕まった芸人、熱血系のピン芸人、そして割と工場に近い場所にいた湊だった。

 

《皇子やん! 皇子もミッションしに来たん?》

《はい。なるべく挑戦しようと思ってたんで、場所も近いし丁度良かったです》

《ヨッシャ、これは百人力やで。あっ、鈴宮さんや。鈴宮さん! ミッションしに来られたんですか?》

《うん、川辺と皇子も?》

 

 ピン芸人と湊が出会うと芸人もそこにした合流し、三人は周囲に鬼がいないか注意しながら工場へと向かっていく。侵入するのは裏口からで、中に入るとそこには部品の流れるベルトコンベアと巡回する鬼たちがいた。

 

《うわ、これ無理やろ》

《え、ベルトコンベアの上って走ってもいいのかな?》

 

 三人がいるのは二階の通路。そこから階段で直接生産フロアに下りて、一番奥にある階段を上ってそこにあるスイッチを押せばクリアとなる。

 ピン芸人と芸人は思ったより逃げられる場所が少なく、仮にベルトコンベアの上を移動してもいいルールだろうと、階段に辿り着くまでに捕まってしまうと諦めムードに入る。

 これをクリアするにはもう一人くらい人数が必要で、三人が囮になっているうちに一人が突破するという形になる。

 それをすれば囮役はそこでゲームオーバーなので、仲間の賞金アップのために自分の命を使えるかどうかが試された。

 

《……一応、鬼の巡回ルートは決まってるみたいですね》

《うん。多分、フロアに下りて見つかった時点で捕獲モードになる感じだと思う。それまでは決まったルートを一定のペースで行くから、突入するならタイミングを計った方がいいね》

《お、追加報告や。ベルトコンベアの上は走ってOKやって》

 

 作戦を立てている三人の元へ追加でメールが送られてくる。フロアにあるベルトコンベアは番組が設置したものなので上を走っても大丈夫ということらしい。

 これで少しは成功確率があがったと芸人たちはやる気を燃やし、ジッと鬼たちの動きを観察していた湊は、タイミングを計り終わったのか他の二人に告げた。

 

《もう少しで鬼たち全員が階段に背中を向けるタイミングになります。その瞬間に突入するので、良かったら応援しててください》

 

 言うなり湊は十数段ある階段を一気に飛び降りて、着地と同時に強く地面を蹴ってフロアに侵入した。

 湊が言っていた通り、侵入の瞬間には鬼たち全員が背中を向けていたことで相手の反応が遅れる。

 侵入者を告げる警報が鳴ってからようやく湊の方へ集まるが、壁際を進んでいた湊は正面から鬼がやってくると、さらに加速して壁を数メートル走って跳躍する。

 距離を稼ぎながら鬼を一人振り切った湊が着地したのは、目的の方向へ進むベルトコンベアの上。近くにいた鬼二人が駆け寄ってくるが、鬼とは反対方向に転がって下りながら、再び階段を目指した。

 

《皇子、後ろ来とる!》

《さっきのやつが右から来るよ!》

 

 二階は安全圏なので、そこから全体の動きを見ている芸人達がナビゲートすれば、湊は二人の言う通りに右から来る鬼と後ろから来る鬼を警戒し、とりあえず誰もいない正面へと走ってゆく。

 入り口付近で既に二人の鬼を完全に振り切っていたので、追ってきている鬼たちとベルトコンベアのところで捕まえようとしてきた鬼たちを突破すれば、このまま湊の勝ちだ。

 しかし、左後方から二人、後ろから一人、右後方から一人が同時によってくれば、湊は階段への通路もふさがれ追い込まれてしまった。

 

《ああ、アカン!》

 

 鬼の一人が湊に迫る。万事休すかと思ったそのとき、

 

《……手でタッチされるか掴まれなきゃ捕まった事にはならない、ですよね? すみません、投げます》

 

 伸びてきた鬼の右手首を右手で掴むなり、湊は相手の掌に触れないように注意しながら、掴んだ右手をやや下向きに強く引いて相手のバランスを崩す、そして前のめりになりかけた相手の足を同時に刈り取り、ほとんど片手だけで放り投げた。

 投げられた鬼は迫っていた鬼二人の方へと飛んでいき、ややふんわりとした投げられ方だったことで、無事にキャッチされて怪我はないようだ。

 

《うわ、すっご?! 鬼を投げるとかありなん?》

《掌で触られてないからセーフみたい。これルールの穴を突いた攻略法だけど、皇子ってばよくやるなぁ》

 

 見ていた芸人達が話している通り、これがルール違反ならば全員の携帯に湊が捕まったと連絡が行く。

 しかし、鬼の包囲網を突破して階段を上がって行った湊がスイッチを押せば、ミッションはクリアとなりベルトコンベアが停止したことで、復旧のために警備にあたっていた鬼たちは去って行った。

 映像を見ていた番組側はきっと際どいラインだと判断に困っただろう。けれど、スローで見ても掌どころか指先ですら触れられておらず、彼がいた方が番組も盛り上がると判断してOKを出したに違いない。

 全員の携帯に湊の活躍により賞金アップの連絡が行けば、上でナビゲートしていた芸人達が湊と合流し、背中をバシバシと叩いて褒めている。

 そして、そんな光景をテレビの前で見ていたチドリは、呆れた顔で湊に話しかけた。

 

「なんで本当に壁を走ってるのよ」

「……ただの三角飛びでも良かったが、少しでも前進したかったんだ」

《八雲は……すごく、身軽…………皆の役にたって、えらい》

 

 小狼状態ならそのまま壁を駆け上がってスイッチに辿りつけたが、普段の状態ではそれだけの身体能力は発揮できないので、先ほどの動きがほぼ限界だった。

 それでも発想の転換で危機を脱してクリアした湊を、とても素晴らしいと言って膝に座った座敷童子が頭を撫でた。

 年齢的には合っているが、見た目的には幼女が大人を撫でているようにしか見えない。もっとも、他の者たちは名切りのペルソナが子どもである湊を甘やかすと知っているので、特に気にしたりせずテレビを見る。

 さらに時間は進み、先ほど湊と一緒にミッションに向かった二人は、途中で鬼に遭遇し捕まってしまった。

 残り十七分の時点で残っているのは湊を含めて四人。湊、アイドル、元陸上選手の外国人タレント、若手お笑い芸人といったメンバーだ。

 そして、残り時間が十五分になったところで、最後の課題がそれぞれの元に届く。画面に映っているアイドルは携帯を取り出すと内容を読み上げた。

 

《“残り少ない反政府勢力のメンバー一斉検挙のため、政府が五人の鬼を放つ計画を進行中だという事が分かった。それを阻止するため味方と合流し、装置に暗号を入力して妨害のためのハッキングプログラムを起動せよ”だって》

 

 携帯には暗号を入力する装置の場所も書いてある。地図を見て場所を確認したアイドルは、入力するための暗号キーを見て首を傾げた。

 

《暗号キーはそれぞれの携帯に一文字ずつ送られて計四文字、私はアルファベットの『O』。通信は傍受されている可能性があるから禁止ってことは、最低でも誰かと合流しないと予測出来ないじゃん! いそがなきゃ!》

 

 味方同士は携帯で連絡を取り合う事が出来る。だが、今回の課題では使用不可なので、アイドルは装置を目指しながら味方との合流を考えた。

 すると、画面が他の逃亡者のものに切り替わり、カメラマンと合流した湊は携帯電話の画面をカメラに向けた。

 

《暗号キーはアルファベットの『H』ですね。後、一斉検挙に向けて現在徘徊中の鬼のバージョンアップが図られ、鬼の身体に触れた時点で相手を麻痺させる電気ショックが流れる仕様になったらしいです。多分、さっき俺が投げちゃったからですね。もうあの手は使えないみたいなので、とりあえず行きます》

 

 湊が装置の置かれている広場の方へ向かうと、他の逃亡者たちも同じタイミングでそちらへと向かい出す。

 現在鬼は四人、残り僅かだというのにさらに五人も追加されれば逃げのびる事は出来ない。

 そうして、湊が広場に向かって走り続ければ、比較的近くにいたアイドルが湊の姿を発見し、二人は合流しながら先を急ぐ。

 

《あー! 有里君、暗号キーおしえて!》

《アルファベットのHです。柴田さんは?》

《私はアルファベットのOだよ。OとHで出来る四文字って何だろ》

 

 二人ともアルファベットということは四文字で作れる英単語なのだろう。しかし、その二つが入った四文字の単語などいくつもある。

 これは後一人くらい合流しなければ難しいかと思ったとき、考えていた湊が口を開いた。

 

《……政府の野望を砕くための反政府勢力ですから、多分、希望って意味の『HOPE』じゃないですか?》

《あ、それっぽい。有里君って頭良いね。よし、一緒に行こう!》

 

 世界観が設定されているゲームであるため、こういった問題はそれに関連した答えを用意しているはず。

 そこから湊が予想を立てれば、アイドルも納得がいったようで笑顔で広場に向かって駆けた。

 入力するための装置が置かれている広場には、先に捕まった者たちを入れた檻がある。中にいる者たちは逃げきる者を当てれば賞金一万円というゲームをしており、二人に賭けている者や純粋に二人に頑張ってほしい共演者が声援を送った。

 

《皇子、あともう少しや! 君に賭けたから頑張ってくれ!》

《サーヤちゃん、女の子は後一人だけど頑張ってね!》

《ありがとうございます! あ、あったよ! 暗号キーは『H・O・P・E』でホープ! やった正解した!》

 

 檻の中にいる者に手を振り返して装置に辿り着けば、先ほど湊が予想した答えをアイドルが入力した。

 すると、画面にコンプリートの文字が表示され、すぐに携帯へ二人の活躍で課題は達成されたとメールが送られてきた。

 先ほどの課題がラストなので、これで何とか残り時間を逃げきれば三一二万円の賞金ゲットとなる。お互いの健闘を祈って課題をクリアした二人が急いでここを離れようとしたとき、アイドルが広場に入ってくる鬼の姿を確認した。

 

《やばっ、鬼だ!》

《……とりあえず、時間を稼ぐので逃げてください》

 

 鬼は既に二人を視界に捉えたようで走ってくる。街中ならばお姫様抱っこで走りつつ、複雑な路地を利用して撒く事も出来るが、見通しのよい広場ではそれは難しい。

 よって、湊が選んだのは自分が囮となってアイドルを逃がす作戦だった。

 湊を心配するアイドルにさっさと行けと手で追い払う仕草をすると、湊は鬼に向かって駆け出す。

 鬼は二人の身体能力の差を当然理解しているが、片方が圧倒的に近い場合はそちらを捕まえようとする設定になっている。

 そのため、アイドルを捕まえる絶好のチャンスだが、自分に向かってくる湊を捕まえなければならないと、鬼はフットワークを駆使して湊を捕えようと動いた。

 正面から来る湊に向かって走りながら手を伸ばす。横に飛んで躱した湊を追って、鬼も方向転換するが、勢いを殺さぬよう着地と同時に転がって立ち上がった湊は、再び伸ばされた手を躱しながら相手の横を抜けるように飛んで翻弄する。

 

《躱す、躱す、躱すー! 皇子、近距離でアクロバティックに鬼の手を躱し続けます! 鬼は確実に追い付けるサーヤを追いたいでしょうが、目の前に逃亡者がいる以上はこの場を離れられません!》

 

 相手の身体に掠るだけでアウトなので、余裕を持って躱す必要のある湊の方が運動量は多い。

 ただし、勝負は一対一なので隙を突いて距離を取れば、湊もそれなりの余裕を持つ事が出来た。

 だが、番組を盛り上げるために製作側が連絡したのか、やってきた鬼がもう一人広場へと入ってきてしまう。

 来る途中に捕まったらしい若手芸人が歩いているので、残りは湊も含めて三人になったようだが、携帯を見ている余裕のない湊は、今度は二人の鬼を相手に回避劇を続けることになる。

 

《鬼が二人に増えました! けれど、皇子は必死に躱しています! 四人中二人の鬼を足止めしていることで、残りの逃亡者たちにとって非常に大きな助けとなっているでしょう!》

 

 前方から一人接近中だが、後ろから来る者の腕を頭を下げながら斜め後方に滑り込むことで避けて、優先度の高い危険を回避する。

 しかし、前から進路修正して来た鬼の追撃をしかけてきたため、横っ跳びで避け片手の側転で立ち上がるも、一人目の鬼が再び来た事で、バスケの大会で見せた助走をつけた頭上越えで振り切る。

 先に広場にやってきた鬼は、湊を捕まえようとしてずっと動いているので動きにキレがなくなってきていた。つまり、後から来た鬼をより注意しておけば、このまま残り時間を過ごす事は十分に可能だった。

 そして、

 

《3・2・1……終了ー!! 皇子、何と二人の鬼を相手に残り時間全てを躱し続けました! これにより皇子・サーヤ・ベンヤミーンさんの三人が逃亡成功です!》

 

 激しく動いていたことで汗を垂らしながらも、十分以上も相手を躱し続けて湊は逃亡を成功させる。

 湊を捕まえようとしていた鬼たちは体力の限界が来たのか、その場に座り込みそうになっているので、番組的にサイボーグ設定の相手が疲れている画はまずかろうと、湊は檻が背景になる位置に移動した。

 檻の中にいた者で逃亡成功した三人に賭けていた者は喜び、さらに躱し続ける湊を見て応援していた者は盛大な拍手を送る。

 少しすればアイドルや元陸上選手の外国人タレントもきて、悪逆政府を倒すことに貢献した三人に褒賞金が支払われた。

 三人が喜びのコメントを言えばエンディングとなり、ずっと、番組を見ていた桜たちも湊が無事に逃げたことで拍手して大喜びしていた。

 

「みーくん、すごいすごい! 三人とも初参加で逃げ切りって番組史上初だってさ。DVDも発売されるっていうし買わなきゃ」

《あちらの女子からは収録後にも非常に感謝され、二人が話していると八雲を応援していた芸人の方たちがやってきて、一緒に打ち上げをしに行こうと夕食を御馳走になったのですよ。八雲は貰ったお金で支払おうとしたのですが、子どもは素直に御馳走になれと言われとても気持ちのいい方たちでした》

 

 湊の中にいて収録中やその後のことも知っていたカグヤが言えば、テレビで見ていても分からない出演者たちの素の姿に桜が感心する。

 彼らは話題の皇子とお近づきになろうとした可能性も否めないが、それでも会ったばかりの子どもを焼き肉に連れて行ってくれた事は事実で、湊としても貴重な体験だったと思っている。

 テレビを見終わったことで桜が湯飲みなどを下げ始めると、出雲阿国やアタランテたちも手伝い。

 いい時間だったことで子どもたちは風呂にでも入ろうかと、ずっと座っていた身体を伸ばしながら立ち上がった。

 

「んー……はぁ。そろそろ時間も遅いしお風呂に入らな」

「内風呂と露天があるぞ。今日は晴れてるし、最初は少し寒いが露天でもいいと思う」

「露天風呂まであるって豪華やな。まぁ、オススメなんやったらそっちにしとくわ。どこにあるん?」

「準備したら案内しよう。タオルはあるから着替えを持ってこい」

「了解!」

 

 自分の食べたみかんの皮を片付けると、ラビリスは着替えを取りに荷物を置いた湊の部屋へと駆けて行った。

 少しすれば着ていたフリースなどを置いてきたラビリスが、髪を解いたTシャツ姿になって現れ、その手には寝巻のジャージと下着があった。

 

「湊君、準備できたで」

「わかった。じゃあ、俺たちは風呂に行ってくる。何か用事があったらそっちに来てくれ」

 

 それだけ言うと二人はリビングを出て行き露天風呂へと去って行った。

 リビングにはパソコンを操作しているソフィアとチドリの他に自我持ちのペルソナも何体か残ったが、ペルソナたちはテレビを見ていたりコタツで寝たりしているため、先ほどの二人に誰も反応しなかったことで、チドリが時間差で突っ込みを入れる。

 

「…………は? え、なんであの二人一緒にお風呂に行ったの?」

「なんでと言われても一緒に入浴するからでしょう。わたくしも日本に滞在しているときは湊様とたまに入浴しますし。あの方は一人で入浴することの方が少ないですわよ」

「一緒にって歳の近い男女よ?」

「あの方は女性でもありますし、ラビリスさんはロボットです。もっと言えば、わたくしは湊様に何度も抱かれた事がありますから今さらでしょう。では、わたくしもメールの確認が終わったのでお風呂へ行ってきます」

 

 パソコンの電源を落としたソフィアが立ち上がり、ラビリスと同じく荷物を置いている湊の部屋に寄ってから露天風呂へ行ってくると告げて出て行った。

 一緒に入浴していたという事実だけでも衝撃だったというのに、戦争までして復讐しようとした相手と肉体関係を持っていた事が驚き過ぎて、チドリは何も考えられなくポツリとこぼした。

 

「……そんなの聞いてない」

 

 大変なショックを受けた彼女はそのまま彼が戻って来るまで機能停止し、戻ってくるなり掴みかかって事情を聞き出したのは言うまでもない。

 

 

 


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