【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第百六十四話 後篇 テスト勉強-食いしん坊万歳-

昼――マンション・湊の部屋

 

 窓際と部屋の中央辺りに置いていた二つのテーブルをくっつけ、一つの大きなテーブル状態にすると、キッチンからお盆を持って出てきた湊が、窓に近いところに座っていた順平と渡邊の前に料理を置く。

 

「ほら、鯛茶漬けと鳥皮串だ」

 

 一つは丼でホカホカと湯気を立てる鯛茶漬け、もう一つは小皿に載った塩とレモンで味付けされた鳥皮。

 友人宅でこんな料理を出されるのが初めてな二人は、出汁の香りと鳥皮の香ばしい匂いに唾液が分泌するのを感じながら、箸を手に取り食べていいかを尋ねた。

 

「お、メッチャ美味そうじゃん! 休日の昼っていえばチャーハンとか焼きそばが定番だけど、サラッと食えてこういうのも良いよな」

「会長、これマジで食べて良いんスか?」

「ああ、汁を吸うから先に食べ始めておけ」

『お先ッス! いっただっきまーす!』

 

 ご飯が汁を吸ってしまうと不味くなる。そういった食べ方もあるが、出汁を注いだばかりなので早く食えと湊がいえば、二人は他の者にお先に失礼しますと言って食べ始めた。

 

「うお、うめぇ!」

「出汁からちゃんと取ってる茶漬けとか初めて食ったけど、こりゃ贅沢な味だわ!」

 

 普段自分が家で食べる様な茶漬けとは違う。出汁で作った物を茶漬けと呼んでいいかは不明だが、お茶漬けの素をふりかけてお湯を注ぐだけのものと異なり、立派な料理だと思って二人は上品な味の茶漬けと途中に鳥皮を摘まみながら食事を続ける。

 そして、他の者の料理を取りにキッチンに行っていた湊は、今度は大きな盆に載せた二つの皿を持って来て順平と渡邊以外の前に置いた。

 

「……トリュフ入りチーズリゾットで作ったライスコロッケだ。先にこれを摘まんでてくれ」

 

 置かれたのは一口サイズのライスコロッケ。高級食材と言われているトリュフ入りのチーズリゾットを、さらに加工してライスコロッケにしてしまうとはお洒落感が半端じゃない。

 

「あ、あれ? そっちなんかお洒落じゃね?」

「え、会長? オレらにはライスコロッケなるものはないんスか?」

 

 しかし、それが自分たちの前には置かれず、取り皿も他の者にしか配られていない事で、順平と渡邊は食べる手を止めて自分たちの分はないのかと尋ねる。

 すると、出てきたコロッケを二つほど皿に載せていた女子副会長の高千穂が、二人の方へと身体を向けて話しかけてきた。

 

「貴方たちぶぶ漬けって知ってる?」

『ぶぶ漬け?』

「京都の方言でお茶漬けのことを指すのだけど、帰って欲しい客に出すって言われているの。まぁ、実際にそういった文化が存在したかは不明らしいけど、有里君は百パーセントそれを理解して貴方たちにお茶漬けを出してるわね」

 

 この扱いの差はそれしか考えられない。サラッと告げてチーズのいい匂いをさせたコロッケを頬張る高千穂。

 男子二人はそんなまさかと信じられないようだが、再びキッチンから現れた湊は、とても大きなお盆に載せたいくつもの料理並べていく。

 

「生ハムとラディッシュとミズナのサラダに、ゴボウやレンコンにニンジンなど根菜で作った食感を楽しむオムレツだ。こっちは仔牛のフィレステーキのマッシュポテトとフォアグラ添え、牛タンと三種のチーズを使ったピザ、スズキとハマチのカルパッチョ、ラム肉のハーブ串焼き、ホロホロ鳥の蜂蜜焼き、エビとキノコのトマトクリームパスタになる。ご飯もあるがパンがいいなら焼く準備をしてあるから言え」

 

 最初のコロッケも入れて九品、ご飯やパンを付ければ合計十品という、中学生の男子が一人で作ったとは思えぬ豪華さのランチだ。

 この有里湊という青年は料理に対して手を抜かない。調理工程の短縮など効率化を図ることはあるが、野菜の切り方すら一切の妥協を許さずにこだわる。

 教えるとき以外は他人の料理に口出ししたりせず、出された物を黙って食べるありがたい消費者だが、他人の手が入らず己だけで料理をするとなれば、キッチンは戦場となり彼は調理器具(ぶき)を持って食材(てき)へと挑む。

 手抜き料理と呼ばれる物を作る事もあるが、あれは実際に手を抜いて作っている訳ではなく、異なるレシピで似た味を作るという所謂再現料理の一種だ。

 そういった物を作るときでも手を抜かない湊は、他者の口に入り血肉となる物を雑に扱うというのを嫌って、再現料理ですら真に迫り時には凌駕する物を作りあげる。

 こんな料理は高級なレストランやパーティーでしか見た事がないという他の者たちは、匂いだけで美味しいと分かる彼の料理の腕前に素直に感嘆し、以前、寮に来たときに手料理を振る舞って貰った事のあるゆかりが、まだこれだけの腕前を隠していたのかと彼のレパートリーに驚き尋ねた。

 

「うわ、すっごーい。これ一人で作ったの? 有里君って和食と中華が得意料理じゃなかったっけ?」

「得意料理はな。別にイタリアンや洋食が作れないとは言ってない」

「ミッチー、お金持ちの上に料理も出来るとかイケメンポイントがカンストしてるよ!」

 

 プロ級で作れるのは実際にプロの下で学んだ和食と中華だが、他の料理だって作ることはあるし、作った事がなくてもレシピを見ながら味を調節して作って仕上げる事も出来る。

 特殊な調理法は練習が必要だとしても、ここに並んでいる料理は火加減等に注意すれば、後は下拵えを丁寧にすれば作れるため、作った物を内部では時間凍結されるマフラーに入れておけば、この通り全て出来たての状態で提供することも簡単だった。

 それぞれからご飯とパンのどちらにするか聞き、湊が全員の分を用意すると他の者たちも料理に手を付け始める。

 最初にカルパッチョを食べた風花は、新鮮な魚の脂の甘みに感動を覚え、作った青年に感謝の意味も込めて美味しいと伝える。

 

「このカルパッチョすごく美味しい! とっても脂がのったハマチなのに全然くどくない」

「ハーブのマスタードを少し混ぜてるんだ。サッパリの中にもアクセントを付けた方が素材の味が引き立つからな」

「蜂蜜焼きなんて初めて食べましたけど、深いコクのある照り焼きみたいですね」

「砂糖の代わりに蜂蜜でタレを作った照り焼きなら近い味になるぞ。まぁ、普通の肉でやるとカロリーが高くなるから、そこらへんの注意は必要だが」

 

 普段は生意気な庶務の木戸も、これらの料理には流石に文句のつけようがなかったのか、ホロホロ鳥の蜂蜜焼きとサラダを一緒に食べている。

 チドリや宇津木もピザやステーキを食べては次の料理を試しているので、湊は口の周りを汚している羽入の顔を拭いてやりつつ、自分も食事をして他の者から料理について質問があれば答えていた。

 だが、そうやって一同が楽しくランチタイムを過ごしていると、

 

『申し訳ございませんでした!! オレたちにも料理を恵んでください!!』

 

 順平と渡邊が湊の近くへ滑り込むようにやってきて突然土下座をし始める。

 湊は一度視線を送ったがすぐにテーブルの方を向いて、ラビリスに黒ウーロン茶を注いでやりながら二人に言葉を返した。

 

「……お茶漬けと鳥皮を出しただろ」

「これも美味いっス。美味いっスけど、そっちの料理も食べたいんです」

「悪気はなかったんだ。ちょっとしたジョークのつもりで、別に見つけても女子にいうつもりはなかったし」

 

 湊も男の子なのでアダルトブックの一冊や二冊持っていると思った。仮にそれを見つけても女子には何も言わず、ただ後でお互いの趣味について語り合って、持っている本を貸し借り出来ればと軽い気持ちで考えていたのだ。

 集まっている人間の約半数は、そんなくだらない事をして何が楽しいのか理解出来ず、勝手に家捜しされて怒った湊が料理に差を付けるのも当然だと思っていた。

 けれど、そんな呆れた様な冷たい視線で他の者から見られても、少年たちは豪華な食事を食べたい一心で頭を下げ続けた。

 すると、湊はとても深いため息を吐いて、憐れみの色が混じった瞳で土下座している二人を見る。

 

「……はぁ。お前らが探していたような物は持ってない。そもそも、そんなの見てどうするんだ?」

「え? いや、それは……芸術鑑賞っスよ。ええ、はい」

「綺麗な女性は見ているだけで癒されるんだぜ」

 

 そんな本を見る理由など、エロい物が見たいからという男の本能でしかない。改めてそれを可愛い女子たちのいる場で言う事など出来ず、二人は目を泳がせながらもそれっぽい理由を何とか答えた。

 だが、そんな一般的な男子とは脳構造からして違う湊は、相手が何を言っているのか全く分からないと返す。

 

「欠片も理解出来ないな。別に食べてもいいが次に勝手な真似をすれば、お前らは裸足で帰ることになるから気を付けろよ」

『あざーっす!』

 

 悪戯心が湧いても悪さをするな、余計な事をすれば放りだす。その事を肝に銘じておくよう言って、湊は二人にも取り皿を渡した。

 皿を貰った二人は満面の笑みで料理を皿に盛って、それらの味を堪能しながら、座っていろと言われた事で聞けずにいた事をラビリスに尋ねる。

 

「お、串焼きめっちゃジューシー。でさ、なしてラビリスちゃんって有里君と一緒に暮らしてんの?」

「んー、どう説明したらええやろ。とりあえず、ウチって元々は特殊な施設におったから湊君と会ったときは頼る人とかおらんかったんよ。外での暮らしとかも分からんかったし。しばらくは湊君と会った施設におったらいいやろうけど、その後はどないするかなって感じやってん」

 

 実際には、湊を同じ対シャドウ兵装だと思って切りつけ殺しかけ、そのまま廃棄されるだろうと思っていたのだが、湊本人が絶対にそんな事はさせないと彼女を守る側に回ったことで運命が変わった。

 EP社の研究所にいる人間はラビリスをロボットだとは考えておらず、接するときは他の者と同じように普通の少女として扱っている。

 桐条の研究所にいた頃は、命令と報告という形でしか研究員から話しかけられなかったので、昨日のテレビの話をしたり、どこどこの店に可愛い小物が置いてあるなど、そういった兵器にとっては無駄で人間にとってはごく当り前なコミュニケーションとしての会話を楽しめる今をとても幸せに感じている。

 

「そしたら、湊君が部屋も余っとるし一緒に住まへんかっていうてくれて。その前に、学校に憧れとったら受験の申し込みもしてくれるって言うてくれはって、色々とお世話になりっぱなしやから、家やとウチが家事とかしとる感じかな」

 

 そして、そんな日々を送れるように取り計らってくれた青年に恩を感じ、ラビリスは彼の下で暮らす様になった。

 会ったばかりの頃は、何でも出来て迷わずに行動する青年の姿に、人はこうまで強く生きられるものなのかと感動を覚えた。だが、近くで過ごし彼の事を知っていくにつれ、ラビリスは彼の脆さや抱えている問題を理解して目が離せなくなる。

 彼が強い理由は強くなければ生きていけないから。迷わないのは自分が出来ないこと知っているから。そんな弱者としての思考であり続けながら、大切な物のために何かを成そうと足掻いている青年をラビリスは放っておく事が出来ない。

 故に、最初は誘われて一緒に暮らしている形だったが、今では自ら彼の傍にいようと思いながら、ラビリスは彼から教わった家事に精を出して、出来る事が増える楽しさを感じつつ彼のお世話をしていた。

 順平の質問にラビリスがそんな風に答えると、他の者は複雑な事情があって暮らす様になったのかと感心し、湊の隣に座って家事が楽しいと話す彼女を順平はとても眩しく感じている。

 しかし、そんな彼女に家事を任せる青年の家での姿にも興味が出たらしく、ピザを一ピース取りながら順平は続けて尋ねる。

 

「おー、なんか結構訳ありって感じなのね。けど、ラビリスちゃんが家事とかしてるって、有里君って家では何もしないタイプなんか?」

「一人で暮らしていたときは自分でしてたが、ラビリスが来てからはあまりしてないな。まぁ、別に今でも出来るが、本人が鼻歌を歌いながら家事をしてるし任せてる」

「湊君は普段は学校行っとったり、在宅時でも仕事があって忙しいからしゃあないんよ。手が空いたら手伝ってくれはるし。勉強とか色々と教えてくれて役割分担はちゃんと出来てるで。それにまぁ、湊君って色々と危なっかしいからウチが傍にいたらなアカンなぁって」

 

 この家で家事の大部分を任されている彼女は家事を苦に思っていなかった。掃除して綺麗になれば気持ちがいいし、ベランダで育てている植物が少しずつ成長する様は見ていて感動すら覚える。

 料理が美味しく出来たときは手ごたえを感じ、さらにもっとレパートリーを増やしたいとも思えて挑戦の毎日である。

 真面目で負けず嫌いなとこもある性格のおかげか、そういった主婦業が性に合っているとラビリスは自分でも思っている。だが、家事自体の楽しさもあるが、やはり一番の理由は強さの奥に脆さを隠した青年には誰かがついておかねばという使命感だと考えていた。

 ラビリスの新型ボディを作ったとき、湊は時流操作を使用して最低でも一ヶ月はほぼ不眠不休で作業をしており。その事をシャロンたちから聞いたラビリスは、ちゃんと世話をしていないと彼はまた無茶をするとして、研究所にいるときも家でもなるべく彼の傍にいて身の回りの世話をしていた。

 どこか苦笑するように彼女が言った事で、裏にそこまでの意味があるとは思われなかっただろうが、周囲から完璧超人のように思われている青年にそこまで言って世話を焼く彼女の姿に、渡邊は感動を通り越して尊敬の念を抱いた。

 

「すげー。会長を相手にこんな世話焼きな正妻属性を発揮する子がいたとは。これは家族と彼女と正妻の三者で壮絶な修羅場がくるかっ」

 

 以前、修学旅行二日目の朝食時に湊とゆかりが仮初の恋人になると聞いたとき、チドリは底の見えない井戸の様に不気味な闇色になった瞳を見せた。

 そして、彼女であるゆかりは、彼が浮気をしていたらとりあえず一発殴ってから、その相手と彼氏に話を聞くと言っていた。

 そんな二人の前に正妻属性を身に付け同棲している美少女が現れれば、当然、三者による湊争奪戦が勃発するに違いない。

 渡邊は茶化す様に言ったが、内心では実際に始まれば全力で退避しようと心に決めながらゆかりたちを見た。

 けれど、ラビリスは話がよく分かっていないようなので除外するにしても、他の二人もどこか呆れた顔はしているが、特にこれといって怒った様子もなく食事を続け、チドリが何も言わないのでゆかりの方が言葉を返す。

 

「いや、別にそういうのないから。君らは何でそんなに人で遊びたがるのかねー」

「でも、ゆかりちゃん的には心配じゃないの?」

「複雑と言えば複雑だけど、二人が一緒に暮らし始めたのって私たちが正式に付き合うより前でしょ? それに色々と事情があって暮らし始めたなら、まぁしょうがないかなって」

 

 風花の質問にゆかりは彼女としては納得しきれないが、相手に事情があるのは理解しているので大丈夫だと苦笑して返す。

 彼女は昨年の十二月に湊とチドリから二人にまつわる話を聞いた。中々に複雑かつ重い話で、完全に信じられた訳ではなく、大まかな内容と下手に踏み込むことが出来ない類いの話であると理解しただけの状態であるが、ラビリスの話の中に『特殊な施設』という単語が出てきた。

 そこから推測するにラビリスも同じ境遇か似た境遇にいた存在で、チドリが何も言わないということは彼女が事前に話を聞いていたと察する事が出来た。

 故に、湊が言っていた最重要人物の内の一人であると思われる少女を、ゆかりはどうこうするつもりはなく、ただ家族のように接しているなら気にしないと答えた。

 どことなくサバサバとしていて、からかわれると途端に不機嫌になる短気なイメージがあった少女がそんな理解ある反応を見せれば、彼女と同学年の者たちは僅かに驚き、西園寺と高千穂がそれぞれ意見と助言を漏らす。

 

「わー、岳羽さんってば大人だぁ。まどかだったら相手の子を追い出してって彼氏にいうのに」

「事情も聞かずにそれはどうかと思うけど、岳羽さんのスタンスだと駄目男に引っ掛かったら終わるわよ?」

「あぁ、大丈夫。有里君も普通に駄目男だから」

 

 時すでに遅し。そう言いたげにゆかりは湊の方へ小馬鹿にした顔を向ける。

 他の者にすれば、学業だけでなく助っ人で参加したバスケ部でも記録を残しているため、彼は見た目がいいだけでなく文武両道の完璧超人なのかという印象を持っている。

 さらにお金も持っていて、料理を始めとした家事も出来る。性格は色々と難しいが老若男女問わず人助けをする紳士っぷり。これでダメ人間ということは流石に出来ないのではと順平たちが言い返すよりも早く、青年の家族である少女と同棲している少女がゆかりの言葉に同調する。

 

「……そうね。グータラとかって意味ではないけど、駄目男なのは否定しないわ」

「いやいや、休みの日とかは結構グータラやで。起こして準備始めたらシャキッとするけど、ベッドから起きてくるまでに時間かかるんよ」

「まぁ、有里君って基本的に面倒臭がりだからね。他人にあれこれするとき以外は基本的にどうでもいいってスタンスだし」

 

 彼を知っているからこそ持てる共通認識。美紀と風花も他の者より関わっている時間が長いため、言葉は濁すがなんとなくは理解している。

 能力は高いが根本的な人間性はダメ系。そんな風によく知る者から認識される青年は、話の内容自体に興味がなさそうな顔をしながら串焼きを頬張って、口の中の物を飲み込んでから嘆息気味にこぼす。

 

「……好き好んでそんな男の傍にいるのもどうかと思うぞ」

 

 自分を救いようのないクズだと認識しているからこその反論。ラビリスに関しては事情が異なるが、湊は他の二人を一度は自分から遠ざけようとしたのだ。

 それでも傍にいたいと思ったのは彼女たちの方で、湊もしっかりと考えて選んだのならば好きにさせようと思っている。

 知らずに懐いて来る羽入のようなタイプならともかく、知ってて尚傍にいると決めた時点で、相手の事を言えないくらい異端であることは間違いない。

 少女たちもそれには言い返せないのか、とても微妙そうな表情で湊にジトっと責めるような視線を送って食事を続ける。

 他の者は青年と少女らのやり取りに苦笑いや呆れ顔をしている中、今までずっと他の者の倍速に近いスピードで食事を続けていた羽入が、お箸を置いてコップのお茶を飲み干すなりムスッとした顔で口を開いた。

 

「あのね、湊君はぜんぜん駄目な男の子じゃないんだよ。困ってたら助けてくれるし、知らない事は教えてくれるし、寂しかったら一緒にいてくれてとっても優しいんだよ。それにね。駄目な男の子だったら一番偉い生徒会長さんにもなれないの」

 

 彼女がムスッとした顔になっていた理由、それは青年の事を悪く言われたからだった。

 チドリたちも湊が嫌いで言っていた訳ではなく、半分は雑談での冗談として口にしていただけだ。

 けれど、精神的に幼く純粋な羽入にとっては、少女たちの言葉が自分の大好きな相手を悪く言ってるように聞こえ、我慢出来ずにそんな事はないと反論したのである。

 普段はどこかポヤっとした表情で楽しそうにしているだけに、羽入が珍しく怒っていると理解した他の者は、別にチドリたちも本気で言っている訳ではないと宥めつつ、随分と湊は慕われているのだなと感心する。

 

「いやぁ、有里君ってば後輩ちゃんに愛されてるなぁ。どうやったら可愛い後輩の子に、そんな風に言って貰えるようになるのか教えて貰いたいぜ」

 

 順平には後輩らしい後輩がいない。部活にも入らず、放課後はゲームセンター通いやコンビニで立ち読みばかりしていれば、同じ寮生の下級生に会うくらいで、先輩後輩という間柄にはなりづらい。

 しかし、湊が可愛い後輩に慕われているのを見て羨ましくなったのか、どういった経緯で親しくなれたのかと尋ねた。

 すると、ほとんど食事を終えてお茶を飲んでゆっくりしていた青年は、顎に手を当てつつしばし考え、自分がどうして羽入に懐かれるようになったのかを答えた。

 

「……基本は餌付けだな。最初に会ったのは去年の今頃で、羽入が鍵を学校に忘れ家の前で野宿しようとしていたときなんだ。親は仕事で日本におらず、学校も最終下校時刻を過ぎていたから入れない。そうして、朝まで部屋の前で寝ていようと思ったらしい」

 

 湊と羽入の出会いは昨年二月。丁度、木戸との勝負を行った期末の結果発表の日だったことを、湊は今でも覚えている。

 エレベーターを降りて家の扉まで行く途中に、猫のように丸くなって寒そうに彼女は寝ていた。

 ここはマンションの最上階、オマケにまだまだ春先とは言えない冬真っ只中。いくら都会でも朝までに凍死する可能性が高かった。

 

「だが、真冬にあんな場所で寝ていれば当然風邪を引く。下手をすれば凍死もあり得たから、まぁ、拾って家で看病してやった訳だ」

 

 相手が同じ学校の制服を着ていたことで余計に目に付き、湊は生きているのかを確認してから抱き上げて部屋に連れていった。

 あの時点で既に身体は冷え切っており、もう少し発見が遅れていれば死んでいたかもしれない。

 本人はその事に気付いていないだろうが、風呂に入れて身体を温め、鍼治療で風邪の症状を治してやり、一晩寝て起きてからは軽食事を与えて、翌朝の食事と昼の弁当まで用意してやった。

 親が仕事でいないことで寂しい思いをしていた少女にとって、学校の先輩で自分によくしてくれる青年は非常に頼りになる存在らしく、以降は頻繁に遊んでとやってくるようになった。

 

「食事と寝床を提供したからか、それ以降は暇だからと遊びに来たり、出掛けるときについて来て欲しいと頼まれたり。頻繁に相手をさせられている。よって、後輩が欲しければ餌付けをすればいい」

「いや、普通に無理っしょ。真冬に家の鍵忘れて野宿なんて気合入った子なんてまずいねーし。寮暮らしのオレっちじゃ料理提供するのも難しいっす」

 

 前提条件が厳し過ぎる。順平は肩を落として自分には無理だと溜め息を吐いた。

 他の者はその様子を見て思わず笑ってしまい。女性陣に受けた事が嬉しいのか、順平は満更でもない表情で食事を続けた。

 そうして、談笑しながら食事は続き、しばらくすれば大量にあった料理も綺麗に片付いた。一番食べていたのは湊と羽入だが、湊が馬鹿みたいに大量に食べることは知られていたので、料理を作った本人が食べるのは当然の権利だと誰も何も言わなかった。

 片付けるときには協力して皿を重ねて運びやすくし、空いたテーブルを布巾で綺麗にしたところで、煙管を咥えた湊が今後のスケジュールについて話す。

 

「さて、食事も終わったようだし、三時くらいまで食休みを取って。それから勉強を再開しよう」

「まだ一時半にもなってませんよ? テスト前だっていうのに、食休みにしても休憩し過ぎじゃないですか?」

 

 湊の言葉に木戸が異を唱える。食休みは必要だが今日はテスト前日なのだから、ここは休憩を短く設定して勉強すべきではないかと。

 美味しい物を食べて満足した順平や渡邊は、休みたいのかその言葉を聞いてブーイングしており、木戸が湊の意見に反対したことで宇津木も彼を睨んでいる。

 しかし、反対された本人は気にしていないのか、煙管を手で遊ばせながら静かに口を開いた。

 

「……木戸、食後は消化のために胃に血液が集まることは知ってるな?」

「ええ、だから昼休み明けの五限目は眠そうにしてる人が多いんですよね」

「そうだ。食後は脳に血液が不足しており、血液が不足しているという事は酸素が少ないということになる。これが眠気の原因だが、仮に眠気を感じていなくても酸素不足は起こっているんだ」

 

 眠気の度合いに違いはあれど、胃に血液が集まって脳に酸素が不足気味になる現象は誰にでも起きる。

 その事は木戸も知っているらしく、話を聞いて頷いている事を確認しながら湊は言葉を続ける。

 

「そのため、自覚していなくても集中力を欠いている事になり、そんな状態で勉強してもほとんど知識として定着しない。だが、勉強していたことで脳は疲労を感じ、栄養補給で軽食を取れば、また胃に血液が集中するという悪循環が発生する」

 

 集中力を欠いた状態では著しく効率が落ちる。それでは勉強する意味が薄くなり、さらに悪循環まで引き起こすとなればデメリットが勝ち過ぎる。

 

「なにより、人は自分で思っているほどそう簡単に意識の切り替えが出来ない。だからこそ、休日に勉強するなら二時間やって三時間休んで二時間やるという程度の周期の方が効率がいいんだ。ま、慣れてくれば勉強の時間を増やせるが、一回の限度は三時間くらいだと覚えておいた方がいい」

 

 学年末考査だけあって勉強を頑張りたい気持ちは分かる。しかし、どうせやるのなら効率よくするべきだろう。

 そんな風に、学内最高の頭脳を持つ先輩から諭す様に話されては頷くしかなく、ばつが悪そうな表情をした木戸は、指示に従うが教えてほしいと一つ尋ねた。

 

「先輩もそういった勉強法でやってきたんですか?」

「いや、俺は小学校にはほとんど通わず他の人間より暇な時間が多かったから、単純に時間にモノを言わせた泥臭い勉強法で知識を得ていた」

「小学校に通ってなかったってさぼりですか?」

「身体が丈夫じゃなかったんだ。意識不明が数日間続くなんてのもざらだったぞ」

 

 一応、これは嘘ではない。原因は身体の丈夫さではなく仕事で殺されていたからだが、蘇生を受けてもダメージや疲労が酷いと意識が戻るのに数日を要することもあった。

 学校に医者の診断書を提出していることを知っている者は、その話だけで幼少期の彼が身体の弱い子だったと信じたようだが、木戸はあまり信じていないらしく、最後まで湊に疑わしげな視線を送っていた。

 その後、ちゃんと湊の言った通りに全員が決められた時間で勉強を進めてその日は終了し。翌日からのテストは、かつてないほどの手ごたえを感じたという。

 そして、テスト期間明けの翌週の昼休みに張り出された結果は、

 

第三学年

 一位有里湊   1000点(前回一位)

 一位真田美紀  1000点(前回二位)

 一位吉野千鳥  1000点(前回三位)

 一位高千穂楓  1000点(前回四位)

 五位渡邊凛太郎 987点(前回六位)

 六位西園寺円  971点(前回十四位)

 六位山岸風花  971点(前回十一位)

 三十位岳羽ゆかり 884点(前回六四位)

 六一位伊織順平  777点(前回一七八位)

 

第二学年

 一位羽入かすみ 998点(前回一位)

 二位宇津木香奈 990点(前回二位)

 九位木戸武蔵  968点(前回三十位)

 

 と、このようにいつも通りの湊以外は全員が過去最高点を叩き出し。一学年約二四〇人いる中で順位が二十位以上あがったゆかりと木戸はポカンと口を開けて呆け、百位以上もあがった順平は一周回って冷静になって湊を拝んでいた。

 昼休みが終わる頃になると全員が元通りに戻っていたが、テストで好成績を出した事で皆どこか嬉しそうであり、順平が勝手に命名した『真剣ゼミ』を定期考査の度に開催して欲しいと本気で頼みこむ一幕も見られた。

 ただし、多忙な湊はそれを当然断ったため、密かにインテリ路線計画を練っていた順平は呆気なく散った夢に涙を流すのだった。

 

 


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