【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第百六十五話 前篇 青年の力-発動の鍵-

3月19日(水)

影時間――辰巳ポートアイランド

 

 荒垣が寮を去ってから特別課外活動部の中では変化があった。

 最初はイラついていた真田も徐々に落ち着き、荒垣はいつか絶対に呼び戻すと強い決意で組織に残る選択をした。

 それを認めた美鶴は、二人だけになったことで戦力的に厳しく、以前よりも強い結束が求められるだろうとお互いを名前で呼ぶことを提案した。

 元々、真田は荒垣のことを名前で呼んでいたので、呼び方一つ変えるだけでも距離感が変わる事を理解している。

 故に、それを受け入れて名前で呼ぶようになり、さらに影時間ではコンビネーションの訓練を積んだ。

 おかげで二人での戦い方には慣れたものの、やはり戦力的には厳しいと言わざるを得ず。覚醒には至っていない適性の高い者を集め、寮での生活の中で目覚めるのを待つ事は出来ないかと考えたりもした。

 しかし、その適性の高い者というのが問題で、ほとんどが有里湊の関係者なのだ。

 桐条のラボにいる研究者の話では、高い適性を持つ者の傍にいると覚醒が促されるらしい。湊には及ばぬものの、現状美鶴よりも遥かに高い適性を持っているチドリは彼とずっと暮らしていたので、研究者たちは寮で暮らすより彼のクラスに適性の高い者を集めた方が早いと言っていた。

 それで目覚めるのなら理事長や父に掛け合ってそうして貰うが、目覚めた彼女たちが湊側についてしまっては意味がない。

 去年の九月、ポートアイランドインパクトの事故があった日に美鶴は彼が百鬼八雲だと知った。さらに自分や真田とは比べ物にならないほど強大なペルソナを宿していることも。

 不完全な顕現だったとはいえ、街を覆い尽くすほどのペルソナが上空に現れ人の目に触れない訳がない。

 何故だか電子機器が使えず写真に撮られることはなかったようだが、インターネット上でも多数の記事が出るほど一時は話題になっていた。

 死んだはずの少年の生存、理解を超えた強大なペルソナ、彼に関する情報を伏せ続ける父。それらを踏まえた上で、自分が使った事もない制御剤が存在している理由を考えれば、彼が桐条グループでペルソナの研究に関わっていたことは容易に想像がついた。

 元々所持していたのか研究で目覚めたのかは分からないが、ペルソナを持っているのなら情報を得たい。ムーンライトブリッジから飛び降りて行方不明になっていた彼が復帰してから、悪いとは思ったが美鶴は施錠した学内の個室でペルソナを召喚し、離れた場所から彼とチドリにアナライズをかけてみた。

 しかし、結果は不発。二人にアナライズをかけようとしても見る事が出来なかった。能力の不調かとも思ったが、試しに真田にかけてみるとポリデュークスの存在を感じ取れた。

 そこから推測するに、二人かもしくはどちらかに感知を阻害する能力があり。アナライズをかけても適性を持たない一般人にしか見えないようにしているらしい。

 阻害する事が可能という事はアナライズの存在を知っているか、同系統で美鶴以上の力を持っていると思われる。

 前者ならばいいが、後者ならばその力を使ってペルソナに目覚めかけている者を見つける事も可能だろう。それが自分たちの知り合いなら尚の事、美鶴たちよりも早く情報を伝えて味方にするか保護するに違いない。

 同じクラスなら余計に先回りされ易いので、それならクラスを別にして話をする猶予くらいは作りたい。美鶴はそれを研究員らに伝えて理事長たちにも意図的に同じクラスに集めないでほしいと頼んでおいた。

 そうして、来年度の新しいクラスを操作する計画は見送られたが、本日は中等部で卒業式が行われた。

 母親に八雲の生存を伝えると父に言ったものの、どう伝えればいいのか分からず話せていない美鶴は、とりあえず後で渡せるよう写真を撮るため卒業式に保護者側の席で参加した。

 隣には妹の卒業式を見に来た真田がいたが、やけに本格的な一眼レフを持っていたことには驚き、どうせなら自分もそういったカメラにしておけば良かったと少し後悔したりもしたが、無事に式は終了し真田も今日は美紀の卒業祝いで実家に帰ると言っていたので美鶴は一人で行動していた。

 黄昏の羽根を搭載する事で影時間でも稼働できるバイクに乗り、美鶴は風を切りながらタルタロスを目指す。

 タルタロスを目指すと言っても、別に一人で戦いに来た訳ではない。今日はただタルタロスの様子を見るために来ただけだ。

 以前、いつの間にかエントランスに剣が現れていることがあった。そこには少し古い英国語で『王の選定の剣』と刻まれており、美鶴たちは三人とも挑戦してみたが一ミリたりとも動かなかった。

 とはいえ、謎の多いタルタロスに突如そんなものが現れた事で、上階だけでなくエントランスすらも変化する事があると分かり、美鶴たちは戦わない日でもエントランスの様子を見に来るようにしていた。

 そして今日も、剣が現れて以降は特に変化のないエントランスを見るつもりでいたのだが、あともう少しで駅前に到着するとき、地面が揺れて思わず急ブレーキをかけた美鶴は信じられない物をみた。

 

「なにが、起こっているんだ……」

 

 そう距離のない場所に聳えているタルタロスの外壁を貫通し、空に向かって一条の極光が伸びる。

 轟音を立てて崩落した部分からは小さな影が飛び出て来て、着地をするなり美鶴の方へと向かってきた。

 最初は相手が誰か分からなかったが、よく見ると長い黒髪の女性に抱えられたチドリと湊と一緒に海に落ちた銀髪の少女だった。

 女性一人で少女二人を抱えて走っていることが信じられないが、向こうは美鶴の存在に気付いたようで、近くにやってくるなり焦った様子で話しかけてくる。

 

《急いで逃げろ。ここにいれば巻き込まれるぞ!》

「に、逃げろというが一体何に巻き込まれるというんだ?」

 

 状況が飲み込めずに聞き返した直後、美鶴は謎の重圧を受けて息苦しくなる。

 チドリも表情を苦しそうに歪めている事から、美鶴以外の人間も同じように感じているようで、その原因は何かと顔をあげたとき壊れた外壁の縁に立つ存在を目にした。

 薄暗い影時間に淡い光を纏い現れたのは美鶴の知る人物、強大なペルソナをその身に宿す青年・有里湊だった。

 

***

 

 美鶴がタルタロスを訪れる少し前、湊はチドリとラビリスを連れてタルタロスの地下階層である深層モナドへやってきていた。

 卒業式を終えた日くらいゆっくりしていればいいというのに、春休みで自由な時間が増えるのだから大丈夫だと言って、湊は習慣となっているシャドウ狩りに出向いた。

 翌日が朝からの仕事ならラビリスも休むが、偶然にも休日であった事で湊が行くならと同行し、チドリもたまには戦わないと鈍るからと眞宵堂からやってきた。

 そうして、三人で組んでモナドに潜ったのは良いが、強力な敵ばかりで必死に攻撃せねばダメージすら与えられないチドリとラビリスとは対照的に、青年は現れた皇帝“キングキャッスル”に駆け寄り。振り上げた九尾切り丸を袈裟切りに振り下ろし一撃で仕留めた。

 一撃一撃の音がとんでもなく重く、そもペルソナがなくても戦えるだろうという圧倒的なフィジカルには、彼の戦いを目にしている者として舌を巻くしかない。

 けれど、素直に褒めるのは悔しい。彼の出自と経歴を考えれば当然の差と言えるが、対シャドウ兵器として生まれた少女と彼よりも高出力の黄昏の羽根を宿す少女としては、何か一つでも彼に勝っている部分が欲しかった。

 残念なことに戦闘に関して二人が勝てる点は無いが、せめて精神的な優位さだけは取っておくため、敵を排除して戻ってきた湊に二人は話しかけた。

 

「……ペルソナ使いならペルソナで戦いなさいよ」

「タフさに自信があるのに大剣の一撃でやられるとか、流石にシャドウも想定してないやろうしな」

「俺は“自称・最強のペルソナ使い”って感じのスタンスだから、別に倒せるならその辺の石ころだって投げるぞ」

 

 ベルベットルームの住人はペルソナ全書の力でペルソナを呼び出しているので、彼女たち自身はペルソナ使いではない。故に現状では湊が最強のペルソナ使いということで正しいが、本人は冗談として言っているので細かい突っ込みは無粋だろう。

 そして、武器をマフラーに仕舞った湊は何でもないようにいうが、彼なら本当に普通の石ころでシャドウを倒せそうなところが恐い。

 もしも、そんな風にしてモナドの敵を倒せるなら自信を失うところだが、いくらなんでもモナドの敵は石ころでは仕留められないので、彼女たちも一応の心の平穏が保たれるはずだった。

 敵がいなくなったことで三人は再び移動を始め、少女らを前衛に湊が殿(しんがり)を務めていれば、周囲に敵の反応がないことを確認済みのチドリが話しかけてくる。

 

「……そういえば、湊ってなんで本気で戦わないの?」

「いや、ちゃんと真面目に戦ってるぞ」

「真面目と本気やと意味がちゃうと思うわ。チドリちゃんが言うてんのは、なんで全力出さんのってことやろ?」

 

 補足するように話すラビリスにチドリは頷いて返す。湊の攻撃は敵を確実に仕留める一撃であったり、連撃し易いように考えられた動きばかりである。

 詰将棋のように緻密に練られた一連の動きは無駄がなく見事なものだが、それは全力とは別の話で、チドリは彼が圧倒的な力を振るって全力で戦う姿を見た事がなかった。

 タルタロスの通路を埋め尽くし、壁や床を高熱によって融解させるタナトスやアザゼルのメギドラオンですら彼の全力ではない。

 全力を出すほどの相手に出会っていないことも原因だろうが、それでも全力がどれほどか把握しているのといないのとでは、彼が全力を出さざるを得ない相手が現れたときの対応に差が出る。

 故に、こういった普段のシャドウ狩りのときに片鱗でもいいから見せろと彼女が催促すれば、湊は少し考える素振りを見せ、前から二体の恋愛“淫欲の蛇”がやってきたタイミングでマフラーから黒漆仕立ての短刀を抜くと、左眼を蒼くして強く地面蹴って駆け出した。

 敵まで十五メートル、途中から壁を走ってその距離を一秒に満たない時間で詰めれば、湊は敵の前で跳躍し、二体の間を抜ける際に短刀を素早く二度振ってそれぞれを一撃で弾けさせ消し去った。

 淫欲の蛇には物理耐性がある。それを一撃で仕留めるには相当の実力差が必要だが、先ほどのシャドウは風船が割れるように弾けて消えた。通常は一撃で仕留めようと黒い靄が散って薄まりつつ消えるというのに、不自然な消え方をしたことでチドリは彼が直死の魔眼の力を使った事を理解した。

 敵を倒し終えて戻ってくる青年の瞳は元の金色になっており、先ほどの魔眼を使っての戦闘法が本気だと言いたいのだろう。

 しかし、いくらなんでも地味過ぎる。能力について理解していなければ普通に一撃で殺したようにしか見えない。チドリはもっと派手なビックリ技が見たいと彼にクレームを付けた。

 

「確かにすごいけど一撃で仕留めるっていう結果だけみたらさっきと一緒じゃない。もっとペルソナの力を使った様なのにしなさいよ」

「はぁ……注文が多いな」

 

 敵を倒せているのだから問題はないはず。そう言ってもチドリは納得しないので、湊は渋々ながら相手の言う事を聞いてやり、マフラーに短刀を仕舞って代わりに召喚器を取り出した。

 彼は召喚器を使わずに呼び出せるはずだが、側面に“S.E.E.S”と刻まれた召喚器を手に持った湊は、遠くに法王“白のシジル”の姿を確認して、こめかみに当てた召喚器の引き金を引いた。

 

「ペルソナ!」

 

 ガラスの割れるような音が響き彼の正面にペルソナが現れる。だが、その姿に二人の少女は驚いた。

 炎の灯った金の杯を手に持ち、羊の頭骨から金色の髪を垂らすそのペルソナは、チドリの所有するメーディアに他ならない。

 

「メーディア、アギダイン!」

《ルルルゥ!》

 

 そして、彼が命じればメーディアは金の杯から通路を埋め尽くすほどの炎を放ち、遠く離れた場所にいたシャドウを飲み込んだ。

 炎が治まったときには敵の姿は無く、先ほどの攻撃で倒しきったらしい。

 役目を終えたことを確認したメーディアは消えていったが、今度は背後から女教皇“狂乱のマリア”が現れ、チドリとラビリスが武器を構えるよりも速く湊が再び召喚器でペルソナを呼び出す。

 

「アリアドネ! ストリングアーツ・椿!」

 

 続いて呼び出されたのはラビリスと同じアリアドネ。彼女の専用スキルであるストリングアーツは、赤い糸で複雑な形状を作り出して攻撃するという応用の利くスキルである。

 だが、湊の使ったストリングアーツはラビリスの知らない形状をしており、椿の花の形をした糸が回転しながら敵に向かい。開いた花弁で敵を切り刻み、中央のおしべでドリルのように貫き抉るというなんとも恐ろしい技であった。

 単体に対しての技だが攻撃回数が非常に多いので優秀な技と言える。ストリングアーツは技の性質から形状さえ思い浮かべばほぼ無限にスキルを増やせるので、ラビリスが今後の技考案の参考にさせて貰おうと思い眺めているうちに敵が消滅する。

 役目を終えたアリアドネも静かに消えて周囲に敵の反応がなくなったところで、少女たちは湊に何故自分たちと同じペルソナを持っているのかを尋ねた。

 

「ベルベットルームで私たちと同じペルソナを作ってきたの?」

「いや、作る意味もないだろ」

「せやったらなんでソックリやったん? 固有スキルのストリングアーツも使えとったし、もしかして、アベルで抜かんでもウチらのペルソナを借りたり出来るん?」

 

 同じペルソナを作ってきた訳ではないと言われても、固有スキルまで使えているということは完全に同一な存在という事になる。

 スキルの威力など細かな違いはあれど、自分たちの中にペルソナがいる状態で同じペルソナを使ったとなれば、アベルの楔の剣で完全に抜かなくとも他人のペルソナを使えるというくらいしか思い浮かばない。

 彼の所持するペルソナについて全て把握している訳ではない少女らは、彼がちゃんと説明するまでジッと見つめた。

 左手で召喚器を遊ばせていた湊は答えるのが面倒なのか嘆息するも、二人から訊かれたことで答える気になったのか口を開く。

 

「あれは両方とも若藻だ。弱体化しているが化ける能力は持っている。だから、俺がアナライズで読み取った対象の情報を若藻に与えてサポートし、姿と能力を完全にコピーしているんだ。まぁ、強さは若藻が基準だからコピー元より強くなることもあるが」

「若藻って確か狐の人やったよね? あの人、そない色々なペルソナになれるってすごいな」

「ええ、コピーするだけで能力の再現が可能っていうのがとくに恐ろしいわね」

 

 見た目だけ真似るのならばまだ分かるが、その能力までも再現できるというのは非常に恐ろしい力だ。

 湊はアナライズで読み取った相手の情報を与えてと言っていたが、情報を得たところで多属性スキルまで扱えるかどうかは別の話になる。

 彼女が元々全属性スキルを扱えるというなら納得もいくけれど、湊の様子から推測するに化けているから能力も使えるといった風に思えた。

 もし本当にそうならば、若藻はあらゆるペルソナの能力を使用できるトランプのジョーカーの様な存在という事になる。アナライズでのサポートが必要にせよ、ワイルドの能力を一体で体現するペルソナを彼が所持しているというのは反則染みていた。

 

「でも、それって説明してなかった能力ってだけで別に全力とは関係ないわよね」

 

 湊と若藻のコンビを恐ろしいと思いつつ、けれど、それを見せられたところで全力ではないとチドリはばっさりと切り捨てる。

 チドリとラビリスは湊の全力が見たいのだ。何度も死に名切りとしても覚醒した彼の適性値は十万など疾うに越えている。それだけに十万にすら到達していないチドリたちにすれば、差があり過ぎる相手の正確な強さが把握できない。

 よってチドリたちがしつこく強請れば、いい加減やり取りに飽きてきた様子の湊が通路を進みながら言った。

 

「全力ってそんなの見てどうするんだ」

「実力の正確な把握が出来るじゃない。分かっているのといないのじゃ、もしものとき行動に移れるまでの早さが違ってくるわ」

「まぁ、純粋な興味ってのもあるけどな。湊君って敵を倒すときに的確なダメージを与えとるけど、動きとかには余裕が見えるやろ?」

 

 戦闘時の湊は針の穴に糸を通すような正確さで敵の弱所に攻撃を加える。さらに物理無効や反射の耐性を持っている敵にすら、“通し”とも呼ばれる技術を用いて身体の内部にダメージを送り込む。

 無効はともかく反射相手にどうやってダメージを送るのか疑問に思い、ラビリスが戦闘後の移動中に尋ねた事もあったが、反射膜に触れた瞬間に一瞬引いてから押しこむと、引いた時点で反射をコンマ二桁以下の時間だけ中和する事が出来ると答えた。

 少しでも遅れて失敗すればダメージが四倍になって返ってくるリスクもあるらしいが、攻撃の瞬間だけ時間を圧縮する事が可能な湊ならばタイミングは外さない。

 別にそれを使わずとも直死の魔眼は防御不可能な技なので、どちらにせよ湊には敵の物理耐性など無視できるものであった。

 そんな彼と体術で同じレベルに達する事は出来ないと理解しているが、高いレベルの戦闘は見ているだけで色々と勉強になる。現状、湊以上の強さを誇る者をラビリスは知らないので、自分の知る中で最も強い青年から戦い方等を学びたいと話す。

 

「ウチ的にはボディのスペックをフルに発揮しても迫れへんと思うとるんよ。せやけど、やっぱ元になるイメージがあると動きも違うてくるから、そういった意味で体術でもペルソナでも見せて欲しいなぁって」

「戦闘スタイルが違い過ぎるだろ」

 

 湊は確実性を上げるために接近戦を主に取っているが、実際は中距離や超遠距離もいける万能型で、複数の敵がいても同時に相手をするタイプだ。

 対して、チドリとラビリスは高度な接近戦も出来る中距離型で、複数の敵がいれば一対一の状況を作り出して確実に仕留めていくタイプである。

 本人に合っているかどうかなので、この二つのタイプに優劣はない。けれど、客観的に見れば一度に多数を相手に出来る湊の方が高度で優れていると思うに違いない。

 第三者が見てはっきりそう思えるということは、実際に両者の戦い方は大きく異なるという事で、湊が二人の戦い方に合わせない限りはあまり参考になりそうにもなかった。

 それらを理解した上で見たいというなら諦めさせるのは難しいだろうと判断し、湊は開けた大部屋になったエリアに入ってから二人に最後の確認を取る。

 

「……俺が全力を出せば君らは傍にいられないぞ」

「そのときは離れるわよ」

「うん。ヤバそうならウチがチドリちゃんを抱えて走るし大丈夫やで」

 

 機械であるラビリスには体力や息切れが存在しない。さらにマシンスペックから常人の数倍から最大で十倍を超える身体能力を発揮できる。

 最大値は一時的なブーストを利用しないと無理だが、それでも走って逃げるくらいは可能だと自信ありげに答えた。

 

「……俺自身どうなるか予想がつかない。だが、最悪のパターンになる前にベルベットルームのやつらが止めに来るだろう」

 

 言いながら湊はマフラーから掌サイズの長方形の板を取り出した。

 一体何のアイテムだと少女らがジッと見つめれば、それが何の変哲もない鏡である事に気付く。

 全力を出すというから何かとっておきのアイテムでも使うのかと思えば、普通の鏡を出して来たことで少し拍子抜けするが、彼が意味もなくアイテムを出すはずがないので、チドリは確認のために用途を聞いた。

 

「それを使って何をするの?」

「自分に暗示をかける」

「暗示?」

 

 暗示、催眠術と言い換えることも出来るが、意識に働きかけて感情等に別の命令を割り込ませることをいう。

 湊は戦闘になれば小狼や名切りに意識を切り替えることで身体能力が増すが、それも自己暗示によってスイッチを切り替えセーブしている能力を解放しているに過ぎない。

 一流のスポーツ選手たちもそういった技術は習得しており、普段と試合じゃ雰囲気が違うというのは、切り替えることでまさしく別人になっているのだ。

 だが、その話を聞いてチドリは一つ疑問を覚えた。シャドウやペルソナのスキルに精神干渉系のものがあり、相手に恐怖や魅了の効果を及ぼして戦闘を有利に進める様な技なのだが、湊は精神力が強過ぎてそういった精神干渉を完全に無効化していた。

 外部からの干渉に意思を強く持って抵抗するのではなく、最初から一切を無視してそんなスキルを放った相手の隙を突いて倒すほどだ。

 そんな青年が自分自身に暗示をかけると聞いても、彼にそんな能力があったことも含めて首を傾げるしかない。

 チドリがそんな風に状況を飲み込めずにいれば、彼の能力について聞いていたラビリスがチドリになら話して大丈夫だろうと事情を説明する。

 

「湊君は暗示の魔眼っていうのをもっとるんよ。強力な催眠術が使える眼って感じらしいけど、それで自己暗示で何かするんやと思うわ」

「……一人につき魔眼は一つだと思ってたけど、複数の能力が宿ることもあるのね。ま、いいわ。じゃあやってみて」

 

 今さら彼に話していない能力があろうと驚かない。これから見る事の出来る全力はそれすら超えた光景を見せるかもしれないのだ。

 部屋の中央まで進む青年を入り口の辺りに残った二人の少女が見つめる。彼がどんな暗示を自分にかけるのかは不明だけれど、全力を引き出すというからには相当なものに違いない。

 まだ気すら放っていないというのに部屋の中の空気が張り詰めていくのを感じ、少女らは静かに青年が力を解放するのを待った。

 そして、彼は回転させた鏡を上に放り投げると、その瞬間に右眼の眼帯を外し紫水晶色の瞳を露わにした。

 ゆっくりと回転して落ちてくる鏡、彼の目線まではあともう少し。

 五、

 四、

 三、

 二、

 一、

 ――――――零。

 

「ああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――――っ!」

 

 鏡が湊の目線まで来た次の瞬間、全身に鳥肌が立つほど深い絶望に染まった絶叫が響いた。

 そして、両手で顔を覆った青年の背中からは羽のようにも見える光の触手が現れ、誰も反応出来ない速度で地面を叩く。

 

『キャアッ!?』

 

 触手の叩いた地面が砕けて崩壊し、その余波で少女たちは壁まで吹き飛ばされた。

 この速度で壁に衝突すれば生身の人間は無事では済まない。そう咄嗟に判断したラビリスは空中でチドリを抱きとめ、相手の頭部を守るように抱え込みながら壁にぶつかった。

 

「あぐっ」

 

 チドリの分まで負ったにせよ想定以上のダメージ。背中に巨大な戦斧を背負いそれが直撃の衝撃を和らげたというのに、ラビリスは過負荷で一時的に意識をシャットダウンしてしまう。

 それは人で言えば気絶したという事だが、部屋の中央で頭を抱えながら地面に膝を突いている青年に声が届くとは思えず。チドリは痛む身体を起こしながら、未だに光の触手が消えていないというのに、どうやってラビリスを連れて逃げるのかと絶望しかけていた。

 湊があげた絶叫はイリスが死んだときと同等のように思えた。とすれば、そのときの記憶を呼び起こしたのか、それとも彼女の死に匹敵する何かを自分に見せたのか。

 どちらにせよ湊が全力を出すといった以上、アイギスに止めて貰った神降ろしとやらが再現されるのかもしれない。

 チドリやラビリスは有里湊にとっての全力を出せと言ってたつもりだったが、彼は文字通りに自分の身で出せる全力をこんな都会で解放しようとしたらしい。

 

「ああ、もうっ」

 

 悪いのはしつこく強請った自分たちだが、少し考えれば都会のすぐ傍にある人工島で、一度は世界を滅ぼしかけた力を解放しろというはずないと分かるはず。どうして彼はこんなときに限って人とずれた天然スキルを発揮してしまったのかと、チドリは髪型が崩れるのも構わず頭を掻いた。

 しかし、そんな事をしていても状況が好転する訳ではない。まずは死なないために引き摺ってでもラビリスと一緒に離れなければならない。

 彼女の背負っている超重量の戦斧は桐条製をEP社で改良したもので、研究所に行けばまだあると言っていた。なので、ここで捨てても大丈夫なはず。

 戦斧は無理でもラビリスだけなら抱えて移動出来るだろうと考え、アタッチメントから外そうとチドリが彼女を動かしかけたとき、

 

「消えろォォォォォォっ!!」

 

 顔を上げた青年が部屋に入ってこようとするシャドウに反応し腕を振った。

 途端、触手が横薙ぎに振られて壁を破壊しながらシャドウを消し去る。けれど、そのまま勢いは止まらず、彼を中心に三六〇度まるまる薙ぎ払おうとしていた。

 壁に衝突したチドリたちはまだ部屋の中にいて、おまけに触手の先端が届く壁際でモタモタしている。

 通路に逃げ込むにも距離は九メートル以上あり、戦斧をアタッチメントから外せていないラビリスを連れて移動するのは不可能。

 もう僅かな時間で触手が到達するなら、覚悟を決めてペルソナの攻撃で止めるしかない。アナライズせずとも今の湊から感じる絶望的なまでの力の差に、チドリはきっと死ぬ気で攻撃しても止められないだろうと思いながら、それでも砂粒ほど生存の可能性があるのならと召喚器に手をかけようとした。

 

《伏せろ!》

 

 だが、チドリが召喚器に触れる直前、横から声が聞こえてチドリは素直に指示に従いラビリスに覆い被さる様に伏せた。

 すると、声の聞こえた方から熱気を感じ、僅かに目を向けると鈴鹿御前が掌に集めた極光を投げるようにして触手に放っているのが見えた。

 放たれた極光は一条の光となり、迫ってきていた触手とぶつかり消滅させる。そのまま先にあった壁を大きく破壊してしまったが、そんな事に構っていられる状況ではないので、鈴鹿御前は普段と違って余裕のない真剣な表情でチドリの元までやってきた。

 

《そっちの娘は気を失っておるのか》

「攻撃の余波で壁にぶつかったのよ」

《ふん、貴様らが八雲に余計なことをさせるからじゃ。貴様らが全力を見たいなど抜かすせいで、八雲はアイギスがシャドウに惨たらしく殺される様を己に見せた。限度を知らぬ莫迦の扱いには気を付けぬか!!》

 

 激怒する彼女の言葉を聞いてチドリは絶叫の理由に納得した。復讐に駆られていてもアイギスの事を考えていた青年が、その心の支えとなっている少女の一人を失えば壊れる。

 心が壊れると分かっているものを躊躇いなく自身に見せるあたり、実に青年らしいとは思うが想像以上に馬鹿すぎて理解を超えているとしか言えない。

 気を失っているラビリスもきっと彼がそんな暗示をかけているとは思うまい。

 しかし、既に起こってしまったことは変えられない。勝手に顕現できる鈴鹿御前のおかげで助かったが、ここはまだ戦場であると理解しているチドリは女性に退避しようと申し出る。

 

「とりあえず外に行きましょう。ここじゃ生き埋めにされるわ」

《構わぬ、死ね。三度瓦礫に埋まって死にさらせ。けったいな色の頭をしおって、そっちののびてる阿呆と一緒にここで死ねばよいものを、八雲が気に掛けておらなんだら妾が手ずから葬ってやったというのに》

 

 とても嫌そうな顔をして死ねと言いながら、鈴鹿御前は白い細腕で乱暴にラビリスを拾い上げて片手で抱える。

 さらに反対の手をチドリの腰に回して、同じように雑に扱いながらも地面につかない程度に抱えた。

 抱えられた方は非常に不安定で落ち着かないが、腕力か握力かどちらにせよ見た目からは想像できない力で、鈴鹿御前はしっかりと二人を落とさないように持っている。

 

《地上まで打ち抜いて最短を行く。瓦礫がぶつかっても文句は聞かん。主らの自業自得じゃからな》

 

 そういった彼女は金色の瞳で斜めに天井を見ながら、足元に先ほど同じ極光を集めて蹴る様に振り上げた。

 手以外からもスキルを放てるとは知らなかったチドリは驚くが、地上まで一直線に進んで行く光が完全に治まる前に鈴鹿御前は駆け出す。

 途中、本当に瓦礫の石ころなどが降ってきて当たったが、文句を言っていられる状況ではない。逃げる際に背後でなにやら大きな気配が動いたのを感じたのだ。

 今の湊が追ってきて地上に出るまでに追い付かれればまずい。鈴鹿御前も舌打ちをしながら足を速め、急に浮遊感を感じると思えば既に外に出ていた。

 背後から迫る気配が大きくなっているのを感じながら、チドリは着地の音を聞いて鈴鹿御前の再加速に揺られる。

 しかし、このまま海の方にでも逃げるのかと思っていれば、鈴鹿御前が急に速度を緩めて大声を上げた。

 

《急いで逃げろ。ここにいれば巻き込まれるぞ!》

「に、逃げろというが一体何に巻き込まれるというんだ?」

 

 聞き覚えのある声にチドリは顔を上げる。そこには困惑した表情でバイクに跨る美鶴がいて、影時間に他の者と会ったというのにリアクションが薄い。

 きっと突然の事態で思考が追い付いていないのだろう。後で騒ぐ可能性もあるが、とりあえず今まだ冷静なら逃がす事が出来る。

 湊が外まで追ってくれば逃がしている余裕があるかも不明なため、いいから行けとチドリらが言いかけたとき、突然全身に途轍もない重力がかかり息が詰まった。

 こんな事が出来るのは一人しかいない。鈴鹿御前に降ろして貰いタルタロスの方へと振り返れば、チドリたちの出てきた壁穴の縁に、輝く銀色の双眸を空へと向けた青年が立っていた。

 

 


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