【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

166 / 504
第百六十六話 後篇 青年の力-阿眞根-

影時間――月光館学園

 

 天に向かって聳え立つ異形の塔タルタロス。その壊れた外壁の縁に立って青年は空を見ていた。

 暗く沈んだ色を宿しながら、しかし、侵し難い神聖さを感じさせる輝く銀色の双眸には巨大な月だけが映る。

 

「――――お前か」

 

 月を見ていた青年は憎悪に染まった声を漏らすと飛び降りた。

 重力に身を任せ背中から落ちる途中で空に向けて手をかざし、背中から光の触手で出来た羽を生やして空中で停止すれば、彼の掌から空に浮かぶ月に向けて光線が放たれる。

 轟、と大気を震わせ射線上にある雲を霧散させながら伸びていく。けれど、流石に月までは届かなかったようで、光が止んでも月は存在し続けていた。

 それを見た青年は忌々しそうに表情を歪ませ、体勢を立て直すと宙に浮きながらタルタロスの頂上に向けて先ほどと同じ攻撃を放った。

 空に浮かぶ雲に届く光はタルタロスの頂上すらも攻撃圏内に入っており、直撃した頂上部の一部は蒸発して消滅し、蒸発した部分以外は崩れて落下してゆく。

 青年は自分にぶつかる瓦礫は触手で払いのけながら、続けて別の階層の辺りに手を向けて攻撃を放とうとする。

 アイギスがシャドウらに無残に殺される光景を見た彼は、シャドウの母を殺すことでこの世から全てのシャドウを消し去ろうと思ったのだ。

 だが、宇宙までは距離があり過ぎる。飛べば時間がかかっても届くだろうが、怒りに染まっている彼は今すぐに自分の感情を何かにぶつけたかった。

 そして見つけたのがタルタロス。憎き神を喚ぶための祭壇。

 こんな物がなければシャドウたちもこの地に集まらなかったはず。桐条の研究によってこの場所に現れたのだろうが、湊にとっては現れた理由などどうでも良かった。

 消す。消し去る。あんなモノを呼び寄せるためのものなど存在していいはずがないのだから。

 

「――――消えろ」

 

 このまま攻撃を何度も放ち続けてタルタロスを完全に破壊する。影時間の度に復活するのならその度に壊してやろう。

 そうして、神の力が増して背中から生える羽が徐々に巨大化していきながら、湊はかざした手より先ほどと同じ光線を出そうとした。

 

「ベルゼブブ!」

 

 だが、それを阻むように真下から湊に向けて極光が放たれた。

 移動用ではない羽では回避は間に合わないと判断した青年は、触手を何重にも重ねて防御姿勢を取る。

 一本ならば鈴鹿御前の攻撃でも簡単に焼かれてしまうけれど、防御用に力を籠めて重ねれば衝撃を殺し切る事は出来なくともダメージは受けない。

 防ぎきったときには触手が何本もダメになるも、この触手の羽は湊と異界の神の融合が進むときに発生する現象でしかない。空中での姿勢維持に使えると思ったから出していただけだ。

 羽を消した湊はマフラーから九尾切り丸を取り出し、そのまま落下の勢いを乗せて自分に攻撃を放った青服の男に斬りかかった。

 

「はぁっ!!」

 

 空中移動出来ない状態ならば攻撃の軌道は簡単に読める。そう言いたげに青服の男であるテオドアは余裕の笑みで跳躍し回避する。

 躱された湊の剣は地面に衝突し、敷かれたタイルを粉々に破壊して爆発を起こす。

 飛んだタイルの欠片で頬が切れて血が流れようと、次の瞬間には傷口は完全に治っていた。

 その光景を見ていたテオドアは、青年を中心に増した重力下でも普段通りの振る舞いで興味深そうに笑う。

 

「なるほど、器に入りきらない力が余波として外界に影響し、さらにその余っている力で傷は即座に回復されるのですね。ですが、前回の器慣らしに比べれば規模が小さい。顕現時に目的が決まっているからでしょうか」

 

 前回の器慣らしは湊の怒りを呼び水にしただけで目的が設定されていなかった。そのせいで力の方向性が定まらず暴走したが、今回はアイギスを殺したシャドウらに復讐するという明確な目的がある。

 阿眞根は人としての湊が願ったことを叶えられるようにと姿を変えるものだ。人では出来ない事でも神ならば出来る。そうして、自分を核に異界の存在を融合する形で顕現させるのだ。

 目的があるということはそれに適した姿や能力が求められる。故に、器慣らしと違って今の湊は有里湊としての意識が強く残っているように見えた。

 対峙するテオドアは相手の意識が強く残っているなら、会話から元に戻す事も出来るのではないかと淡い希望を抱く。

 けれど、希望は希望でしかなく、十メートルは離れた場所にいた青年の姿がぶれると、一拍後には武器を振り上げた姿で目の前に迫っており、テオドアはすぐに真剣な表情になって手にした本で下ろされる剣の側面を叩いて弾いた。

 

「フッ!」

 

 攻撃を逸らされ剣はテオドアの横の地面を抉る。体重を乗せていたことで次の動作に移るまでに時間のかかる相手の隙を逃すはずもなく、テオドアは相手の内臓を破壊する気で靴の爪先を相手の腹部へ突き刺す。

 

「ぐっ」

 

 骨の折れる鈍い音と内臓の潰れるぐちゅりという異音をさせながら、蹴られた湊は吹き飛び地面を転がってタルタロスの外壁に衝突してようやく止まる。

 時流操作を使わずに予想以上の速さで相手が接近してきた事で、テオドアも少しばかり冷やりとしたと短く息を吐く。

 けれど、骨折と内臓破裂くらいで相手が止まるはずがない。ゆっくりと起き出そうとしている相手に向かって、テオドアは容赦なくペルソナのスキルを見舞う。

 

「ラファエル、ガルダイン!」

 

 呼び出された天使が手をかざし暴風を生み出せば、倒れていた湊に襲いかからんと砂塵を巻き上げながら迫る。

 生木すらへし折りなぎ倒す大気の力だ。骨と内臓を破壊されて倒れる青年が喰らえば意識が飛ぶに違いない。

 だが、彼は素直に負けを受け入れる様な性格ではなかった。

 口から血の泡を垂らしながら迫る風を見つめ、黒い感情が奥底に宿る瞳の輝きを強めると、彼は倒れたまま無動作で死の神を呼び出した。

 

《グルォオオオオオオオオオオオオオオオッ!!》

 

 現れたタナトスは既に攻撃態勢に移っていた。獣の骸骨を思わせる頭部の口を開けて、迫り来る暴風に向かって紫電を放つ。

 収束し直線状に放たれたジオダインはラファエルのガルダインを貫く。自らのペルソナの攻撃を防ぐだけでなく、そのまま仕留めようと迫ってきた事で、テオドアはベルゼブブを呼び出して背中に乗りながら上空へと逃げた。

 回避されたジオダインは地面を焦がしながら進み、学園を囲う外壁を破壊してしまう。その様子を残念そうに見ながら、テオドアは上空にいれば被害は減るだろうかと相手の出方を待つ。

 すると、回復を終えた湊がタナトスを背後に控えさせながら共に飛びあがってきた。自分とテオドアのいる空間をガルダインで起こした竜巻で覆うというオマケ付きで。

 

「風の隔壁とは器用なスキルの使い方をされますね」

 

 馬鹿みたいな力を注ぎこんで発動されたスキルを突破するのは容易ではない。これで自分は逃げられないが、相手が逃げずに自分を追ってくる事を思えば好都合ではある。

 しかし、精神力が枯渇せずにスキルを最高出力で放ち続けられる湊を、真正面から相手するのは少々骨が折れた。

 ベルゼブブに上昇するように指示を出して、テオドアは湊の様子を伺いながら周囲に被害を出さずに戦う方法を考え続けた。

 

***

 

 湊とテオドアが戦い始めたのと丁度同じ頃、増した重力に苦しむチドリたちの元へベルベットルームの姉妹がやってきていた。

 二人はテオドアと同じように増した重力下でも問題なく行動できるようで、涼しい顔のエリザベスが挨拶しつつ話しかけてくる。

 

「どうもご無沙汰しております。こんなところで奇遇ですね」

「貴女たちが出てきた理由を考えれば奇遇ではないと思うけどね」

「ほんの冗談でございます。お察しの通り私たちは八雲様の神降ろしを止めに来ました。人間にアレの相手は難しいでしょうから」

 

 以前の神降ろしの前段階である器慣らしが起きたときは、どちらにせよ客である湊が強くなるからと干渉できなかった。

 しかし、今回は湊が強くなる訳でもなく、悪戯に破壊を振りまいて世界を滅ぼしかねないとして、ちょっと行って止めてこいとイゴールからも許可されている。

 先ずは一番槍としてテオドアを向かわせ、その間にエリザベスとマーガレットが万全の状態で戦えるよう色々と準備を進める手筈だが、姉妹らがペルソナ全書を開いて文字を指でなぞっている間、現状をいまいち理解できていない美鶴が唯一の知り合いであるチドリに状況を尋ねた。

 

「吉野、彼に何があったんだ? それにこの力は一体……」

「全力が見たいって言ったら意図的に暴走を引き起こしたの。けど、湊の暴走は神の顕現とイコールだから、本当に全力を解放してしまったら東京が地図から消えるわ」

 

 正確に言えば東京どころか関東一帯が余裕で吹き飛ぶが、チドリは話でしか阿眞根の力の規模を知らない。

 今は顕現レベルで言えば最低値で、湊の意識の方が強く存在し理性も比較的残っている。テオドアという個人を相手に力を振るっているのがその証拠で、重力が増すなど余波で異常な現象が発生していても、今の湊がそれほど大きな被害を出せるとは想像も出来なかった。

 故に、少女は自分の感覚から被害規模を過小評価して美鶴に伝えてしまうも、聞いた美鶴には十分な衝撃があったのか目を見開いていた。

 美鶴がそんな風にチドリから話を聞いているうちに準備を終え、マーガレットたちは強い輝きを放つペルソナ全書を持ったまま、仕事時の口調でチドリらにこれからの何を行うのかを説明してくる。

 

「とりあえず移動させます。申し訳ありませんが規模が膨らみ過ぎていて、今のアレを転移させるには対象指定ではなく範囲指定になってしまいます。貴女方も一緒に移動させることになりますから、置いて行きたい物は身体から離しておいてください。範囲内の人と装備品だけ移動しますので」

 

 説明を聞いてもチドリや意識を失っているラビリスに鈴鹿御前は特にやることがない。けれど、美鶴はバイクは持って行っても邪魔になるだろうと判断し、増した重力下で動き辛いがなんとか離れてヘルメットもバイクと一緒にしておいた。

 エリザベスたちが誰かは知らないし最終的に何をする気かは分からない。それでも、美鶴は今の自分に出来る事はないと本能で理解している。

 ならば、湊の暴走を止めるために来たという者らを信じて、せめて彼女らの邪魔だけはすまいと指示に従うことにした。

 美鶴がバイクから離れたことを確認したマーガレットらは、短く「始めます」と告げて聞きとれない言語を呟く。直後、二人の持っていた全書から紫色の光が広がり、あまりの眩しさにチドリらは目を閉じてしまう。

 そして、一瞬の浮遊感を感じて眩しさが消えて目を開ければ、そこには荒廃した街が広がっていた。

 現実世界にいたときよりもかなり距離が開いているが、タルタロス周辺の上空で戦っていた湊とテオドアも来ており、被害を抑えるために反撃出来ていなかったテオドアが今までの鬱憤を晴らす様にメギドラオンを撃っている。

 上空から降り注ぐ極光に街では大規模な爆発が発生しているが、それを見てもマーガレットはまるで気にした様子もなく、ここがどういった場所であるかを話してくる。

 

「ここはトーキョー。貴女方から見れば平行世界にあたる別の時空の東京を模したレプリカです。お客人の鍛練用に作った空間なのでいくら街を破壊しても問題ありません。まぁ、完全に顕現して全力を解放されては、空間が崩壊して生じた歪みが元の世界に影響を及ぼしますが」

 

 街が破壊される程度ならば問題ないが、この空間その物を破壊させると流石にまずい。

 時空と言い換える事も出来る世界というものは、平行世界のように交わらずに複数同時に存在している。

 それぞれの世界の中でなら人類が滅びようが地球が割れようが、交わっていない世界には何の影響もない。まさに別世界での話なのだから。

 しかし、時空その物が崩壊するとなれば話が変わってくる。交わってはいないが傍にあった時空が壊れれば、その際に生じた衝撃が別の時空へと伝わってしまうのだ。

 暴走が進み阿眞根の顕現が最大まで行くと、転移してきたこの世界その物が崩壊する可能性もあるため、マーガレットたちは早期に湊の意識を刈り取ってしまおうと考えていた。

 だが、彼女たちは既にある一つのミスを犯していた。

 

「なにあれ、あんなタナトス初めてみた……」

 

 テオドアのベルゼブブの放ったメギドラオンで発生した爆発が治まれば、舞い上がった砂埃の中から湊とタナトスが現れる。

 信じられない規模の攻撃だったことで心配してチドリは安堵の息を吐くが、その直後、上空にいたテオドアに向けて飛んで迫るタナトスの姿が変化した。

 肩に繋がる鎖が砕けマントのように纏っていた棺たちが宙に浮き、代わりに背中から紫の光沢のある黒い光の翼が噴き出した。

 湊と黒い翼のタナトスがそのままテオドアを目指すと、宙に浮いていた八つの棺はそれぞれが別の動きをしながら多方向からテオドアに向けてスキルを放った。

 火炎、疾風、電撃、氷結の四属性だけでなく、棺自体が光に包まれて剣先のような物を形成しながら迫っている。

 タナトスも含めれば同時に九体の敵を相手にすることになり、それぞれが複数の魔法と物理の両スキルを使用できるとなれば、手数の多さで防御と回避に徹せざるを得ず。それらも長続きはせず詰将棋のように徐々にダメージを負うようになっていくだろう。

 

「あれは……マズイですね。棺をビット兵器として利用出来るとは私も存じませんでした。マサカド!」

「ヨシツネ!」

 

 彼の鍛錬に協力していたベルベットルームの住人ですら、今のタナトスの別形態を見るのは初めてだった。

 このままではテオドアが殺されると判断した二人は、すぐにペルソナを呼び出すと戦っている二人の元へ向かわせる。

 ペルソナだけでは細かな指示が利かないので、これから二人も戦場へと赴くつもりであったが、何故タナトスが変化したのかについてチドリに伝える事を忘れない。

 

「タナトスの変化ですが、正確にはあれは八雲様の変化です。先ほどまではタルタロスの破壊の邪魔をするテオを追い払うつもりで戦っていましたが、転移した事で怒りの矛先を向けていたタルタロスが消えてしまい。タルタロスを隠した私どもを目的の邪魔をする明確な敵と認識されたようです」

「それって大丈夫なの?」

「ええ、大丈夫ではありません。目的の遂行が出来なくなった以上、阿眞根の顕現と私どもの排除に力が使われることになりますので、ぶっちゃければ状況を悪化させてしまいました」

《この無能共め》

 

 阿眞根の顕現規模が抑えられていたのは、湊がアイギスを殺したシャドウとシャドウの母たるニュクスを消しさろうと思っていたからだ。

 その目的を達成するには湊としての判断力が必要だったので、状況が変わって目的が達成できなくなれば、湊も力を抑えておく必要がなくなり。顕現を進めながら増した力を使って敵を殺そうとし始めるのも当然と言えた。

 湊を止めるためにやってきた者たちが、逆に状況を悪化させてしまうとは無能としか言いようがない。鈴鹿御前が冷え切った目を向けて吐き捨てれば、二人は申し訳ございませんと謝罪し人を超えた速度で駆けていった。

 戦場を見守る少女らの後ろで金色の瞳の少女が目覚めたことに気付かぬまま。

 

***

 

 人は空を飛べない。何かを利用すれば空を行く事は出来るが、自らの肉体ではない以上イメージ通りに動く事は叶わない。

 真下から来た攻撃を回避するも、逃げた先逃げた先に予測して攻撃を放って来ているため、テオドアは腕や背中に火傷や裂傷など多数の傷を負っていた。

 後ろに下がれば掠った氷が左腕を切り、右斜め上空へと逃げれば紫電がベルゼブブの腕の一本を焼失させる。フィードバックに顔を歪めながら正面に直進したところを青い炎の壁が立ち塞ぎ、勢いを止められずせめてダメージを最小限に抑えようと全身に炎を喰らいながら速度をあげて抜けた先には、集束した竜巻が迫っていてギリギリで躱しきれず大きく吹き飛ばされた。

 攻撃を喰らい続けてもベルゼブブを消さずに保ち続けているのは意地でしかない。この最後の一本が切れれば容易く殺されることだろう。

 湊とベルベットルームの住人の間には大きな実力の差があったが、それは保有するエネルギーの差から一つ一つの威力が違っていた事が大きい。単純な戦闘技術では湊の方が圧倒的に勝っており、今ここで保有するエネルギー量にも差がなくなれば立場は一気に逆転する。

 僅かな時間差で八ヶ所から火炎と電撃が迫り、急降下で躱し被害を最小限に抑えようとしたところ、既に攻撃態勢に移った死神と青年が進行方向に現れた。

 

「ベ、ベルゼブブ!」

 

 回避は不可能。ならば相殺するしかないとして、間に合うか不安を覚えながらテオドアはペルソナにスキルの使用指示を出す。

 けれど、高同調状態になっている相手のペルソナに反応速度で勝てるわけがない。既に攻撃態勢に入っていたなら尚の事。ベルゼブブが杖に光を集中させようというところで、タナトスの口から赤黒い闇色の光が放たれた。

 

「――――“DEATH”」

 

 万能属性が生命から生み出される純粋な力ならば、“DEATH”はその対極。生命の力を奪うためだけに存在する純粋な力。

 どのスキルよりもニュクスに近い根源的なエネルギーを用いているため、生命体では防御する事が出来ず、生命体でなかったとしてもスキルの熱量によって破壊される。

 万能属性ならばまだ相殺という道も残されていたが、間に合わず相殺できない以上はその場にいれば死ぬ。そう判断するや否やテオドアはベルゼブブを諦めてその背中から跳躍する。

 空中での移動手段を失ったことで回避行動は取れなくなる。だが、彼の視線の先でベルゼブブが攻撃に完全に飲まれているのを見れば、あの場に残っていれば未来はなかったと先の判断は間違っていなかった事は断言できた。

 

《ハァァァァァッ!!》

 

 そして、落下するテオドア目がけて紫電が迫ったとき、甲冑を身に付けた青年型のペルソナ、塔“ヨシツネ”が間に割って入り電撃属性のスキルを無効化しながらテオドアを拾った。

 タナトスで宙に浮きながらそれを見ていた湊は、すぐにヨシツネに向けて八基の棺を差し向け自分も向かおうとする。

 だが、それを阻むように極太の光が放たれその一帯の空を焼いた。

 見れば近くのビルの屋上からマサカドが攻撃をしてきており、ヨシツネを巻きこまぬように撃たれた広範囲攻撃は四基の棺を破壊していた。

 単純な出力ではまだ勝てないのを数の優位で覆していたというのに、一気に半分まで減らされたことで、湊は標的の最高位へマサカドとそのマスターを置いた。

 

「……邪魔だな」

 

 敵を定めたならすぐに殺す。残っていた棺を呼び寄せ、それらを合わせることで花弁の様な形状を作る。

 すると、花弁は光を集めながら回転を始め、マサカドのメギドラオンには及ばぬものの極大のメギドラオンを撃ち返した。

 放った瞬間に反動で花弁は僅かに下がるが攻撃は真っ直ぐマサカドへと降り注ぐ。回避も間に合わず地表へと着弾すれば、大爆発が起こって吹き飛ぶ瓦礫すら灰塵へと変えて更地を造りだす。

 マサカドの傍にマスターがいないことは分かっていたので、湊は攻撃を終えると棺を分離して飛ばし、自分目がけて飛んできた槍をタナトスの剣で打ち払った。

 攻撃の飛んできた方へと視線を向ければ、クーフーリンが役目を終えて消えて行くのが目に入り、エリザベスとマーガレットも既にこちらに来ている事を示していた。

 テオドアとの戦闘中にも地表に着弾した攻撃によって建物は破壊していたが、それでもまだ隠れられるだけの場所はいくつも残っている。

 ペルソナに乗る事でしか飛べない相手は、別々の場所から高威力の攻撃を放ち、湊に手数の優位を発揮させない作戦なのだろう。

 隠れる場所をなくすために一帯を焼こうとすれば、その溜めの隙を狙って威力が下がっても攻撃してくるはず。

 いくら湊の攻撃の威力が相手に迫ろうと、別に相手の攻撃が弱くなった訳ではない。喰らえば一撃で沈められる可能性を思えば、このまま戦い続けても意味はないと湊は方法を変えることにした。

 

「うおおおおぉぉぉぉぉっ!!」

 

 銀色の瞳を輝かせながら叫んだ瞬間、彼から噴き出した黒い炎が巨大なペルソナの骨を形作っていく。

 上空にいた湊を守る様に展開された蛇骨は、慌てたように三ヶ所から放たれたメギドラオンを喰らっても一部が欠けるだけで、それもすぐに再生して彼を守り続ける。

 街を覆うほどの巨体が幾重にも重なって守れば、元の防御力が桁違いな事もあって湊への攻撃を全て防いだ。

 その間に湊は内から生じる憎しみで自分を満たし、阿眞根を自らに降ろして完全な神へと至ろうとする。

 増大したエネルギーの密度が増して上空にはプラズマが発生し、さらに、周辺に特殊な力場を生み出しながら青年を分解してゆく。

 以前の器慣らしの時にも起こった現象。自我が薄れようと人格を保ち続け、降ろす神に意識を飲まれないが故に、儀式が正しく完了せずに先に青年の肉体に限界が来るのだ。

 だが今の彼に自分の身に起きていることを正確に理解する事は出来ない。そういった判断力すら削ぎ落して、目的のために純粋な感情を力へと変換して神を喚んでいるのだから。

 

『あああああぁぁぁぁぁぁぁっ!!』

 

 大気が渦巻き地表の瓦礫を吸い上げ、青年の上空でプラズマと衝突して弾けては消えていく。さらに上空には黒い雲が広がって白い雷が爆ぜていた。

 地球最後の日とはこういう光景をいうのか。見た者全てがそう感じるような状況になっても、ベルベットルームの住人らは必死に蛇骨の防御を突破しようと地上から攻撃を放っている。

 合流した三人分の攻撃を集束させて一点突破を狙うが、発生した力場で威力が減衰してしまい。どうやっても最後まで蛇骨の防御を突破しきれない。

 全てがもう遅いのだ。神というペルソナに近い性質を持った存在と融合しつつあることで、シンクロ状態の青年の肉体は不安定な状態になり、既に八割が光になって消えていた。

 アイギス本人がいれば違った結果もあっただろう。しかし、彼女はここにはいない。似た風貌の少女では意味がなく、同じ声を持った機体も核がないので外部の助けがなければ動く事すら出来ない。

 誰も何も出来ないまま青年の身体の最後の一片が光になって空へと昇ったとき、上空に存在していたプラズマごとその場に集まっていた力が解放された。

 

***

 

 その場で何が起こったのか正確に把握出来た者はいなかっただろう。気付けば全身がボロボロになって空を見上げていた。

 こうなる直前の記憶を呼び起こせば、上空の力が膨れ上がって光が全てを飲み込んだのだと思い出す事が出来た。

 爆心地にほど近い場所にいたことでモロに巻き込まれることになったエリザベスたちは、よく生きていたなと痛む身体を押さえて起き上がる。

 大切なペルソナ全書がどこかへと行ってしまったが、エリザベスたちよりも丈夫なくらいなので探せば見つかるだろう。

 そうして、改めて状況を把握しようとすれば、先ほどまで街を覆っていた蛇骨が消えている事に気付く。

 

「蛇神の骨が消えていますね」

「ええ、代わりに何かいるわ。分解されて消滅したと思ったのだけれど」

 

 エリザベスたちのいる地上の遥か上空。先ほどまで青年がいた場所に何かがいた。

 薄らと光を纏っている様子はペルソナを思わせるが、離れた場所にいてもそんな生易しいモノではないとはっきり理解出来る。

 力を司る者たちにすらそう思わせる何かはその場で振り返り、エリザベスたちに気付いたように地上へと降りてきた。

 距離にして三十メートルほど離れた場所に降りてきたことで、エリザベスたちは相手の姿を見る事が出来た。

 その姿は青年と同一。けれど、瞳が凄絶な憎悪と怒りを宿した銀色であることが、相手が青年ではない事を表している。

 近付いて来る度に増す威圧感。常人ならば精神がやられて脳が意識をシャットダウンするか、そのまま狂うに違いない。

 なまじ強いばかりにそれを受け止められる彼女たちは、ペルソナ全書もなく全身が痛むせいでまともに戦える状態ではない。

 青年の肉体が無事で、この空間が完全に崩壊しなかった事は行幸だが、明らかに存在が変わった青年らしき存在なら今のエリザベスたちを殺す事など容易いだろう。

 だが、まだ殺されると決まった訳ではない。諦めるよりも先に相手が何者であるかを確認しておこうとエリザベスは話しかけた。

 

「お名前を伺っても宜しいですか?」

『私を元の世界へ戻せ』

「なるほど、言葉は通じても会話が成立しないようですね」

 

 二重に聞こえる音声。青年の物と澄んだ女性の声だ。

 異界の神である阿眞根が女性だったとは驚きだが、青年よりも阿眞根の人格が濃く出ているようで会話は難しいと察する。

 同時に相手の言葉の意味も理解して、コレを現実世界に解き放てば間違いなく世界が終わるため、エリザベスはその命令を拒否した。

 

「一度冷静になられては如何でしょう。会話が成立する状態になれば冷静だと判断し元の世界へお送りします」

『そうか。なら、消えろ』

 

 阿眞根の左手に力が収束する。まさか触手の羽すら出していない生身でスキルを放てるとは思わず、咄嗟に動く事の出来ないエリザベスたちは自分の死を覚悟した。

 

「アステリオスっ!!」

 

 だが、突如横から牛頭の巨人を思わせる異形の存在が現れ、攻撃しようとしていた阿眞根に襲いかかり。攻撃を中断して回避行動に移ったことで距離を取らせる。

 跳躍して離れた阿眞根は攻撃してきた人物へと瞳を向けるが、シャドウに近い性質を持つペルソナ、運命“アステリオス”を呼び出した金色の瞳をした少女は、獰猛な笑みを浮かべながら大きな戦斧を振り下ろして阿眞根に追撃を放つ。

 

「アハハハハッ! なに雑魚いたぶって遊んでんのよ! こっちはアンタに吹っ飛ばされて頭に来てんだから、そこで大人しくぶっ壊されろ!」

 

 見た目こそラビリスと同一だが、口調がまるで異なり同一人物と判断していいか困るだろう。

 もっとも、今の阿眞根は湊としての人格が薄れており、その分、少女に対する執着も薄れているので、相手の攻撃を避け続けながら冷ややかな視線を向ける。

 

『また邪魔か。そんなに死にたければ望み通りにしてやる』

「うるせー、クソガキ! 訳分かんねえこと言いやがって話通じてねーのかよ。やるのは私、死ぬのはアンタだって言ってんでしょうが!」

 

 横薙ぎに振られた戦斧が阿眞根の腕に当たり相手を吹き飛ばす。本来ならば両断されているはずだが、阿眞根として顕現しているときには耐久力があがるのか相手は無傷であった。

 とすれば、避けられるはずの阿眞根が切られたのは、少女の攻撃など喰らってもダメージはないと思っての事だろうか。

 自分が舐められていると感じた少女は怒りの表情になり、新型戦斧に搭載された銃機構でライフル弾を発射する。

 

「自分に暗示かけておいて忘れやがって。人様に当たってんじゃねーぞ!」

 

 籠められた弾丸は全部で六発。それを使いきれば専用カートリッジを交換しなければ銃は使えない。

 有線式ロケットアームという中距離兵装はあれど、遠距離攻撃を持たなかったラビリス用に付けた新機能だったが、怒りながら発射した弾は全て手で弾かれてしまう。

 それでも少女はすぐに切り替えて近接戦闘に移り、戦斧の推進器を利用した高速の連撃を見舞う。

 相手はそれらを完全に見切り、反対に衝撃波を伴った腕を振る事で反撃してくる。ただ腕を振っただけで衝撃波が発生するのは驚きだが、名切りの不視ノ太刀という身体能力だけで斬撃を飛ばせる技が存在することを思えば理解は出来る。

 故に、少女は相手が元からデタラメと知っていたのか隙を見せずに攻撃を繰り出し続ける。横に薙ぎ、斜めに切り上げ、側面で叩く。

 

「アイギスは死んでないっつの。良い子ちゃんの方の私と赤頭が全力見せろって強請って、アンタは鏡使って自分に暗示をかけたんだよ!」

 

 どういう訳か彼女は事の顛末を全て知っていた。何があって青年に変化が訪れたのかもしっかりと理解した上で、ちゃんと思い出せと怒鳴りつけていたのだ。

 会話は成立せずとも言葉は通じるだけあって、相手は少女の言葉が耳に届くと反応を示し。バック転で戦斧を回避すると、銀色だった双眸は金色と紫水晶色のオッドアイ状態になり纏っていた光が消えていった。

 相手の様子が一気に変わると少女も攻撃の手を止め、青年がマフラーから眼帯を取り出して右眼に付けながらようやくまともに言葉を返す。

 

「……そうだったな。暗示を掛けた事がないから記憶の混乱が生じると知らなかった」

「ったく、ほら、さっさと家に帰るわよ。良い子ちゃんはとっくに寝る時間なんだよ」

 

 湊の暗示の魔眼は全力で放てば記憶を丸ごと改変できる。今回はアイギスが無残に殺される映像を見せただけだったことで、少女に言われれば記憶の祖語と直前のことも思い出せた。

 仮に記憶の書き換えを行っていれば戻れなかったので、そうなっておらず良かったと元に戻った青年を見てとりあえず安堵しながら、少女は呆れた表情で帰宅するぞと言って戦斧を背中に戻した。

 だが、元に戻った湊は目の前にいるラビリスの様な別人に違和感を覚えた。相手は間違いなくラビリスなのだが性格が違い過ぎる。離れていた間に何があったのか分からず、一応の警戒を見せながら素直に思った事を伝える。

 

「……というかお前誰だ。人格変わってるぞ」

「そうだよ、別人だよ。私はあの良い子ちゃんのダークサイドと姉妹機の負の残留思念から生まれたハイブリッド。名前なんてないけどシャドウラビリスとでも呼べばいいんじゃない」

 

 ラビリスそっくりの少女は、自らをシャドウラビリスと称した。

 ラビリスの精神の一部と、彼女に移された姉妹機のメモリデータが結びついて生まれた、ラビリスの破壊衝動を司るもう一人のラビリス。

 フフンとどこか勝ち誇った顔をしている相手を見ながら、湊は傍に落ちていた瓦礫の下からペルソナ全書を引き抜きつつ言葉を返す。

 

「面倒だからシャビリスで良いな。二重OSかもしれないと言っていたが本当に人格があったとは驚きだ」

「勝手に略してんじゃないっての。でもまぁ、特別に許してあげる。アンタも人いっぱい殺してるんだもんね。他の子もアンタの事は認めてるのよ。桐条のことが大嫌いで、私らのことが大好きで、ちゃーんと大切な人を殺す気持ちってのを知ってるアンタをさぁ」

 

 長いからシャビリスでいい。人の名前を勝手に短くしておきながら、湊は一切悪びれた様子もなく言い切った。

 そんな青年にシャビリスは不満げな顔をするも、しょうがないから許してやるかと寛容な態度を見せた。

 彼女はラビリスの中の負の感情や破壊衝動を強く引き継いだ人格だ。だが、湊はそんな少女の在り方を認める発言を以前していた。

 同じように桐条グループを憎み、同じように大切な人を殺さなければならない状況を味わっている。そして、実験の犠牲となった姉妹らに心からの謝罪と感謝を述べた青年を、怨念となった姉妹らもしっかりと認めて人間と知りながらも彼の事だけは赦していた。

 他の者には略させないが湊だけはいいと本人に許可を貰った青年は、探知能力で埋まっていた全てのペルソナ全書を回収すると、シャビリスを連れてベルベットルームの住人の元へ行きそれぞれに全書を渡した。

 

「初勝利だ」

 

 傷を負っても自動再生していたことで傷一つない湊に対し、ベルベットルームの住人らは服もボロボロで血を流し満身創痍だ。

 三人は全力でメギドラオンを撃っていたので、それを防ぎきって今の状況があるのならば、神の力を使おうと自分の勝利だと、湊は親しい者だけが分かる勝ち誇った顔をした。

 それを聞いた姉妹は少しイラッとしたようだが、テオドアは傷を負い過ぎて意識を手放しており、自分たちも疲れているので適当に返す。

 

「ええ、そうね。次の鍛錬の時が楽しみだわ」

「はい。この調子ですと次回からは常に私たち全員を同時に相手で良さそうです」

 

 事実上の死刑宣告。死刑というより私刑かもしれないが、神の力を利用出来ない状態の湊ならば彼女らの誰かが単発で放ったメギドラオンすら正面からは防げない。

 魔眼の力を利用しつつ受け流す様な形でならやり過ごせるものの、二人はそんな事をさせないほど怒涛の攻撃を見せるに違いないのだ。

 コントロールが利かない以上阿眞根にはなれずとも、トーキョーに来た瞬間に湊がどこまで自分の能力を神に近付けられるかで生存確率が変わってくる。

 今からそんな次回の心配をしなければならない事で湊は少し面倒そうだが、とりあえず現実世界に帰る必要があるので、翼が生えたタナトスを召喚すると意識のないテオドアは棺に入れ、他の者らは棺に乗らせて空を飛ぶ。

 

「ねえ、このタナトスってもう元に戻んないの?」

「いや、力を籠めればこれになるだけだ。通常、シャドウ、冥王の順で姿が変化する。いまは先に籠めた分が残ってるから維持してる」

 

 本来、タナトスはヒュプノスと同じく翼の生えた神として描かれている。故に、炎のように噴き出す黒い翼が生えた姿が正しい姿ではある。

 ペルソナは制御するために力の一部をセーブしている以上、死を完全に理解している青年がその枷を外して原初の姿でペルソナを呼び出せても不思議ではないが、シャビリスとしてはペルソナを自在に操ることが不思議なのか興味深そうに棺に触れていた。

 しばらく飛ぶと被害圏外で待っていたチドリたちを発見し、一緒に美鶴もいたことで事情を察した湊が眼帯を外しながら三人の前に降りた。

 

「――――今夜の記憶を失え」

 

 そして、言葉を交わすよりも速く暗示をかける。出会い頭に何かされると思っていなかった美鶴は、それをモロに受けてしまい意識を失った。

 ゆっくりと倒れていく美鶴の身体は湊が途中で受け止めたが、片腕で相手を支えながら器用に眼帯を付け直したところでチドリが話しかけてきた。

 

「そんな扱いでいいの?」

「説明するのも面倒だろ。俺との会話を諦めているから聞かれるのはチドリだぞ?」

「まぁ、話すのは面倒だけど流石に同情するわ」

 

 説明する役目を押しつけられるのは面倒だが、いくらなんでも一言も交わさずに記憶と意識を奪われるのは可哀想だ。湊にお姫様抱っこで抱えられて静かに寝息を立てている少女を見て、チドリは巻き込まれた事も含めて相手を不憫に思った。

 けれど、既に暗示はかけてしまったのだから、湊が掛け直さなければ修正はきかない。

 美鶴への興味を彼はもう失っているので、相手には悪いがこのまま話を進めるしかなく。チドリが諦めてベルベットルームの住人らが現実に帰る用意をしているのを眺めれば、タナトスを消した湊が話しかけた。

 

「さて、とりあえず俺の全力はこういった規模になる。出す出さないじゃなくて、出さざるを得ない状況でしか使えないと思ってくれ」

「そうね。ただ、私は貴方の全力を見せて欲しかっただけで、別に神を呼び出すほどのことは言っていなかったのだけど」

 

 チドリがそう言ったとき、湊はその発想はなかったと少し驚いた顔をした。

 やはり彼はチドリらの言っていることを勘違いして、神降ろしという自滅の可能性のある全力の解放に臨んだらしい。

 彼はこういうところがあるので頭がいいのか悪いのかいまいち判断がつかない。準備が出来たとエリザベスらが帰還の魔法を発動させる中、チドリは深いため息を吐いた。

 一瞬の浮遊感の後、無事に現実に戻った彼らはベルベットルームの住人と別れ、美鶴とバイクを寮まで運んでからチドリを送り、湊も今日は疲れたとシャビリスと共に家へと帰っていった。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。