【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第百六十九話 放課後の取り引き

4月25日(金)

昼休み――1-F教室

 

 昼休み、それは午前中の授業で溜まった疲労を腹を満たすことで癒すリラックスタイム。

 湊の昼ご飯はラビリスが作ってきた弁当で、入学当初は購買や食堂を利用していたラビリスも、移動時間が勿体ないから自分で作った方がいいと弁当を作る様になった。

 そうして、ラビリスや風花が集まって来て一緒に弁当を食べていれば、教室の扉が開いて男子が入ってくるなり湊の元まで真っ直ぐやってきた。

 

「有里。頼む、バスケ部に入ってくれ! 皆、お前のプレーを見たがってる」

 

 入ってきたのは隣のクラスの宮本。去年の大会で出会った彼は高校から月光館学園に通い出した。

 今週の頭から部活に入れるようになり、バスケ部に行ったら湊がいなくて、初日からは入っていないのだなと思っているうちに週末になり、中等部から上がってきた他の者から多分入らないんじゃないかと聞いて直接勧誘に来たという訳だ。

 彼のクラスには渡邊だけでなく、去年の大会で宮本の足を潰そうとした忍足もいるらしい。それぞれのマネージャーは高千穂や友近の幼馴染である理緒と同じ別のクラスということで、色々と気まずい空気もあるもののバスケ男子で趣味は合うので話自体はしているとはゆかりの談だ。

 

「……俺のプレーが見たければ販売している試合のDVDを買えばいい」

「そういうのじゃねぇって。お前も早瀬との試合で燃えただろ? 去年はまわりの人間がついていくのがやっとで地力の差で負けた。けど、今年から俺や忍足にレベルアップした渡邊たちもいる。それなら夏にリベンジしかないだろ」

 

 彼の言う通り今年の一年生は粒が揃っている。中学時代にレギュラーやエースを張っていた面子もいるので、単純な個人の技量で言えば上級生に勝っている者もいるくらいだ。

 チームスポーツなので一人が強くても勝ち続けることは出来ないけれど、戦力に厚みが出ている今、全中で最優秀選手に選ばれた湊がいれば古豪、強豪にも十分通用するチームになることは間違いなかった。

 売上は全て寄付するという条件で販売された試合のDVDなど、出てすぐに買って何度も見直している宮本にすれば、出来るだけ早く湊と一緒にプレーして全国レベルというものを体験したいと思っていた。

 仲間だがライバル。そういう関係で切磋琢磨してチームが強くなれば早瀬にも勝てる。だから早くお前も合流しろと強く誘えば、湊は箸で唐揚げを口へ運びながら呟いた。

 

「ん、今日の唐揚げはいい感じだな」

「あ、それ塩麹つかってみたんよ。病院で主婦さんがおしえてくれてん」

「真面目に聞けよ! 全国だぞ、全国。日本中の高校バスケプレイヤーの夢の舞台に立てるんだって。優勝だって狙える可能性があるんだから才能を無駄にするなよ」

 

 湊としては醤油ベースの唐揚げの方が好みだが、塩麹によって柔らかくジューシーに仕上がった塩唐揚げも悪くないとご飯を口に運ぶ。

 研究所だけでなく病院の方にも顔を出している事で知り合いになった主婦さんに教わったラビリスは、試しにやってみたが上手に出来ていたなら良かったと可愛らしい笑みを浮かべた。

 しかし、完全に話をスルーされていた宮本は語気を強めて、それだけの才能を帰宅部なんかで腐らせておくなと告げた。

 確かに湊は全国でもトップレベルのプレイヤーだ。中学時代は早瀬以外に相手をできる者はいなかった。それは高校に上がってからもほぼ変わらず、きっと彼と一人で相対できる者など十人もいないだろう。

 トッププレイヤーは大きな大会でしかライバルと戦えないが、それだけに相対すれば化学反応を起こす様に互いに自らの能力の全てを解放して飛躍的に成長を見せる。

 昨年の湊と早瀬の試合でそれは既に証明されており、ここで湊が抜けてしまえばトッププレイヤーらの成長の機会が一つ減ることになり、長い目で見れば日本バスケ界にとって大きな損失であるとも言えた。

 バスケが好きでも頭はイマイチな宮本はそこまで考えられていないだろうが、野生の勘で何かしらを感じ取っているらしく、お前のいるべき場所はここだと湊を強く勧誘していれば、ポテトサラダを飲み込んだラビリスが一つ教えておこうとある情報を口にした。

 

「ってか、湊君は放課後に色んな部活回ってるからその内バスケ部にも行くと思うで」

「え、そうなのか?」

 

 それは本当か。宮本が湊を見ればコクリと首肯した。

 しっかりと確認した宮本は嬉しそうに顔を輝かせ、熱くなって前のめり気味になっていた姿勢を戻して満足気に頷く。

 

「じゃあ、お前が来るのを待ってるよ。来たときはミニゲームでもしようぜ。直接やったことないから楽しみにしてたんだ」

「……ああ、行ったときはな」

「うっし。そんじゃ勧誘はこれくらいにしとく。邪魔して悪かったな、午後も頑張れよ」

 

 負けず嫌いで諦めも悪いがしつこい性格という訳ではない。湊が来てくれるならこれ以上は言わないと、宮本は手をあげて別れを告げると帰っていった。

 食事中だというのに随分と騒がしかったがこれで安心して食事を再開できる。湊がやれやれと疲れた顔をしていれば、今まで黙ってやり取りを見ていた風花が何か引っ掛かったらしく首を傾げた。

 

「あれ? 有里君が色んな部活回ってるのってラビリスちゃんの付き添いじゃなかったっけ? それだと男女で分かれてるバスケ部は女子バスケ部の方しか行かないんじゃ」

 

 そう、確かに湊は放課後に少し部活を回っているが、それは部活に入ろうとしているラビリスの付き添いであった。

 湊自身は部活に入るつもりはなく、元部活メンバーと佐久間からは高校では美術工芸部はどうするのか聞かれているが、美術部があるので入りたい人間は自由にすればいいと答えている。

 元々、美術工芸部はチドリが入ろうと思っていた美術部がないからと設立したものだ。正確には休部状態で顧問がまだいたから佐久間が自分も顧問になりたいと作り直したのだが、どっちにしろ美術部が存在して部員数も足りているなら湊が入る理由はない。

 ただでさえ学校に時間を取られて研究が出来ないのだ。生体パーツの研究もスタートしており、自分の細胞で生体パーツが完成したら、今度はラビリスとアイギスの生体ボディを作らなければならない。

 黄昏の羽根を遺伝子として代用した核で作った細胞が、無事に二人の姿で成長するか分からない以上、湊は研究室に籠もって別の姿になる可能性を排除するにはどうすればいいかを研究したかった。

 しかし、人の中で暮らすことにまだ不慣れなラビリスを一人にはしておけない。

 ゴールデンウィークを過ぎれば、この学校での過ごし方に慣れて、風花をはじめとした友人と共に彼女も学校で自由に動けるようになるはず。湊もそれまではラビリスに合わせて学校にちゃんと通っておこうと思っており、彼にとって必要のない部活動に精を出すつもりはなかった。

 

「……俺は行ったときはと言ったんだ。行くとは言ってないし、行かなければ何もする必要はない。ほら、嘘はついてないだろ?」

「フフッ、それ詐欺やん」

 

 嘘はついていない。薄く笑って口元を歪ませる青年に、ラビリスは言葉遊びでしかないと苦笑する。

 二人のそんなやり取りを見ていた風花は少女の反応を意外に思い。自分が彼女に対して真面目で不正等を許さない性格のイメージを持っていたことを伝えつつ尋ねた。

 

「えーっと、ラビリスちゃん的にはいいの? 嘘とかそういうの嫌いみたいだったのに」

「いいとは思てないけど、さっきの人も結構失礼やったし多少はええかなって」

「え、強引ではあったけどそんなに失礼だった?」

 

 食事中にやってきて熱心な勧誘をしてきたので、それを失礼だと断ずることは出来るが、言うほど酷いとは思えなかった。

 風花がそれを伝えればラビリスも笑って「別にそこはかまへんよ」と返し。では、何がそこまでに失礼に感じたのだと答えを待っていれば、ラビリスは口の中の物を飲み込んでから喋り出す。

 

「才能を無駄にするな、って言ってはったやろ? 確かに活かせるならそれに越したことはないけど、でもそれは本人も望んでたり納得した上での話やん。才能だけで判断して本人の意思を無視するのはよくない思うんよ」

 

 人は用途が決められて作り出された機械ではない。何にでもなれるし、何にだってなっていい。

 心を持った機械というどちらでもない立場だったラビリスは、湊にその事を教えて貰って今ここで学校生活を楽しめている。

 だからこそ、才能という枠に嵌めこみ本人の意思を蔑ろにする者に、かつての自分や姉妹機を道具として扱っていた者らを重ねてしまい。ラビリスはあまり良い気分がしなかった。

 それを聞いた風花はなるほどと頷いてホウレン草とベーコンのソテーを口に運ぶ。才能を持っているばかりに、周囲が期待を押しつけて本人が思い通りに生きられないというのは、成績ばかりを気にして個人をあまり見ていない親と自分の関係に通じるものがある。

 身内がそういった目で見てくるのと不特定多数が見てくるのはどちらが辛いか。風花にはその答えは分からなかったが、相手が嫌がっているならダメだよねと、再び誰かが勧誘に来ても湊自身の考えを支持しようと思った。

 

放課後――長鳴神社

 

 学校が終わると湊は部活見学をせずに、そのままラビリスを乗せてバイクで長鳴神社まで来ていた。

 石段の下にバイクを止め、ヘルメットを脱いで歩けば、一台の黒いバイクが止まっており、そこで荒垣が座って待っていた。

 

「……今日は暇なんですか?」

「そう毎日バイトばっかやってられねえだろ」

 

 以前、湊から免許を取る様に言われた荒垣は、しっかりと教習所で技術を磨いて勉強にも励み、二月中には既に免許を取得していた。

 夏は暑く、冬は寒い。雨も風も凌げず、バイクとはひたすらに不便な乗り物だがロマンがあった。

 オフシーズンとも言える真冬に免許を取得した荒垣だったが、彼は手に入れたばかりの免許を携帯しながら、本屋で雑誌を眺めバイクショップを巡って様々なバイクを見た。

 そして、財布と相談しつつ自分が乗りたいバイクを見つけて金を貯めようと思っていた頃、制御剤の追加注文と免許を取得したことを伝えるために会った湊から、そのバイクなら持っているからあげると言って2005年式ゼファーχを譲り受けたのである。

 初めてのバイクは自分で買いたいという気持ちと、こんなチャンスは二度とないという気持ちの間で揺れ動き。湊から最初は立ちゴケしたりするので、中古バイクで練習してから欲しいのを買った方がいいと勧められ甘えることにした。

 もっとも、中古バイクと言いながら車体は新品同様で、細かな部分にまで手入れが行き届いており、パーツもグレードの高い物に変更されていたので、住んでいるアパートの近くのバイク屋に手入れの仕方を聞きに行ったところ、本体代込みで百三十万はいくぞと言われ驚いた。

 流石にそれは受け取れないと電話するも、湊は通学用や普段使いのバイクを含めて中型だけで五台以上持っており、整備を頼む代わりに乗っていいという変則的ながら結局は荒垣に譲渡する形で話をまとめられてしまう。

 以降、その事をしつこく言わなくなったが、今でもバイクの調子を細かく伝えるなど、荒垣は湊に感謝して大切に乗っていた。

 綺麗に洗車されワックスでコーティングされたピカピカの車体を見ながら、湊はポケットに手を入れると錠剤の入った瓶を荒垣に投げて渡す。

 

「……これ、追加の二ヶ月分です」

「ああ、悪ぃな。今回の支払いはなんだ?」

「いえ、召喚器のコピーで結構助かったので半年分は費用はいりません」

 

 本人には伝えていない偽の制御剤の代金をいらないと断った湊は、彼に借りて特別課外活動部の召喚器をコピー出来た事を実際に感謝していた。

 以前、二度目の神降ろしを行った日に使っていた召喚器は、いつか素性を隠しても戦えるようにと準備した物だ。

 顔を隠した謎の人物が、特別課外活動部の召喚器を使って法王“カストール”を呼び出せば、荒垣を知る人物なら当然荒垣本人だと認識するだろう。

 奪ったペルソナは元の能力ではなく、召喚者である湊の力を基にスキルやステータスが決定する。

 よって、変装してカストールしか使えずとも、弱くてまるで戦えないという事にはならない。

 特別課外活動部タイプの召喚器をコピーして五つ製作し、オリジナルを荒垣に返した湊は、ちゃんと自分が荒垣のフリをする可能性を伝えており、本人からもそれで人を殺さないなら勝手にしろと許可を得ている。

 女性を殺した直後は精神的に不安定というのもあり、湊が裏に通じた人間と知って壁を作っていたが、バイクに乗る様になってから少しは落ち着いて以前と同じ距離感を保っていた。

 けれど、会話の内容には少々の変化があり。荒垣は受け取った瓶をポケットに仕舞いながら湊に一つ尋ねる。

 

「なぁ、有里。お前はなんでシャドウと戦ってるんだ?」

「部屋に虫が入ってきたら殺すでしょう。そんな感じですよ」

 

 自分たち特別課外活動部よりもずっと強いストレガやラビリス。それと比較して尚、底の知れない実力を秘めた青年が戦う理由に荒垣は興味を持った。

 ペルソナは心の力だ。何かしらの決意があってこそ強さも増すはず。そう思っていたのに、湊は何でもない事のように答えて当てが外れる。

 しかし、彼がただ特殊な可能性もあるので、荒垣は気を取り直すと青年の隣に立つ少女にも同じ質問をぶつけた。

 

「お前はなんで戦ってる?」

「んー、なんでって訊かれると困るけど、湊君の傍にいようおもたら戦う力も必要やからかな。今のとこは自分の力を把握して効率的に使える方法を探しとるから、こう何か使命感を持って戦ってる訳やないんよ」

 

 何か特別な理由などない。強いて言うなら湊の傍にいるという目的のため、手段として戦っているだけに過ぎない。

 対シャドウ兵器として生み出されながら、今の彼女にとってシャドウ討伐は最優先事項ではなくなっていた。

 目の前で困っている人がいれば助けるし、シャドウが人を襲っていれば蹴散らす。しかし、そのために生きているのではなく、平和に暮らしている中でそんな場面に出会えば動くだけだ。

 命令でも何でもない自分の意志でそうしたいからそうする。封印を解かれて人の中で暮らす様になった彼女は、既に他の者らと変わらないほどに精神の成長が見られた。

 もっとも、荒垣はラビリスがロボットだとは知らない。何故か湊と一緒にいる新顔の少女というくらいの認識なので、こんな少女まで戦い自体には何の決意もなく臨んでいると聞いて複雑な表情を浮かべる。

 すると、マフラーから取り出した煙管を咥えていた湊は、相手の様子から何を考えて今の質問をしたのかを見抜き、随分とくだらないことで悩んでいるなと嘆息する。

 

「……先輩も理由なんてなかったでしょう。知らないうちに真田先輩が戦ってて、自分も同じ力があると分かったから手を貸してた。強いて言うなら幼馴染が無茶しないように見てたってとこですか」

「テメェのそういう人の心を見透かしたような言い方は本当にムカつくぜ」

 

 人は図星を突かれると驚き、それが後ろめたい負の面であったなら苛立ちすら感じる。

 けれど、ポケットに手を入れたまま煙管を口のところで遊ばせている青年は、以前から人の心を読んでいるのかという発言が度々あった。

 そのおかげで彼に関してはいつもの事だと割り切ることが出来たが、荒垣はポケットから薬の瓶を取り出して視線を落としながら、何故自分だけがペルソナを制御出来なかったのか、自分なりに考えた推測について語った。

 

「アキはより強い力を求めつつ、妹に被害が及ぶ可能性を減らすためにも戦ってた。桐条は自分の家が発端だからと使命感で戦ってた。そんな中で俺は戦う理由について深く考えた事はなかったんだ。ペルソナの制御に差があったのはそういう点なのかもしれねぇって最近思った」

 

 戦う理由は言い換えれば決意だ。その行動の芯になるものが定まっていない状態で荒垣は力を行使していた。

 だからこそ、他の者たちと違い芯がないせいで心がブレてしまい。ペルソナを制御出来ていなかったのではないか。

 小さくても良いから目的を持って行動していればあの事件は起きなかった。そう思うと後悔ばかりが浮かんできて、力とその責任について考えずにいた自分が、如何に馬鹿な子どもだったかと過去に戻って殴りたい衝動に駆られる。

 薬の瓶を強く握り締めて荒垣がそのように言えば、通学用の鞄からお茶のペットボトルを取り出して飲んでいたラビリスが軽い調子で返した。

 

「いや、別にペルソナってそういうもんちゃうから関係ないで。単純に力が馴染んでなかったんとちゃうかな」

「なんで言い切れる。ペルソナは心の力なんだろ。なら、そういう心構えも重要なんじゃねぇのか?」

 

 決意というのは心の方向性を定める意味もある。芯を作り、それを基に心の方向性を決めればブレない。

 ブレないということは安定するという事であり、何故それが無関係なのか分からず、荒垣は自分よりもペルソナに詳しい二人に尋ねた。

 といっても、相手が二人に尋ねようとこういった解説は基本的に湊の仕事だ。ラビリスも研究所時代に用語や当時の考察データをインストールされ、再び目覚めてからはEP社で行っている研究と新たに分かった情報を聞いているが、それでもそれぞれがどういった存在かという用語説明的な知識を持っているだけで、詳しい事は専門家には敵わない。

 その点、湊はシャドウやペルソナがどのような存在であるかを完璧に把握しているだけでなく、自身でも影時間に関わる事柄を研究して、新たな技術や装置まで開発しているので誰よりも詳しいと言える。

 ベルベットルームの住人も様々なことを知っているようだが、特定の分野に関しては湊の方が知っている物もあり、人間の中で最も影時間について理解しているのは間違いなく湊であった。

 

「重要と言えば重要ですが別にそれは戦闘に限った話じゃないんですよ。戦いへの心構えはペルソナの強さに影響するだけで、制御というか安定感は別の分野が関わってきます」

 

 自分が解説役になると分かっていた湊は面倒臭そうに話をする。

 心構えなどなくてもペルソナは安定するし、そんな戦いに関する考え方一つでペルソナを制御出来れば苦労はしない。

 むしろ、心構えや想いの強さというのはペルソナ自体の強さに関わってくる要素だ。守ると強く念じれば盾となり、敵は殺すと念じれば矛となる。

 湊のペルソナであるタナトスなどその良い例で、二体に分かれた湊本来のペルソナの攻撃的な部分を司るタナトスは、青年が敵への怒りと憎悪を燃やせば燃やすほど力を増していき、制御するためにセーブされた力を解放して本来の姿を取り戻していく。

 二度目の神降ろしの際に顕現した冥王タナトスもまだ完全体ではないが、元の状態と比較すれば冥王の力は軽く七倍まで跳ね上がっていた。

 湊の抱いた純度の高い感情をそのままエネルギーとして変換するのが阿眞根であり、その阿眞根の力を注ぎこまれたタナトスは、妹を守るために戦う真田やこれ以上の被害者を出さぬよう使命感で戦う美鶴よりも、強烈な意志を持った者の力を籠められているといえる。

 けれど、増したのは安定感ではなく戦闘力だった。戦闘タイプのペルソナだったから顕著に効果が現れたが、非戦闘タイプだったとしても同じように安定感ではなく能力が強化されていたことだろう。

 相手がタナトスの変化について知らないと分かっていながら、湊は構わずに話を進めて、実際のところなにが原因でカストールが暴走したのかを親切に教えてやった。

 

「まぁ、簡単に言ってしまえば先輩は目覚めるのが早かったんです。もう少し適性が上がっていれば他の二人と同じように戦えました。けど、カストールは弱点を持たない中々の力を持ったペルソナで、カストールの成長速度に先輩がついて行けなくなってしまったんですよ」

 

 免許取りたての初心者ではパワーのあるバイクを操り切れないように、力の扱いもろくに知らないペルソナ使いでは、予想以上の速度で成長するペルソナを制御しきれない。

 ただし、身体が大きいなどのアドバンテージがあれば、パワーがあるバイクに振り回される事もなく。徐々に運転に慣れて要点を押さえ、完全にとはいかずともバイクの性能をある程度は発揮できる。

 そんな風に、荒垣ももう少し適性が高くなってから目覚めていれば、最初のアドバンテージで制御を覚えて暴走させないペルソナの扱いが出来るようになっていたはず。湊がそのように告げれば、荒垣は僅かに視線を落としてから湊の方を見た。

 

「お前らはペルソナやシャドウについてどの程度まで知ってるんだ?」

「ウチはそない詳しないけど湊君はかなり詳しいやんな」

「……まぁ、そこそこな」

 

 訊けば大概のことには答えてくれる。死を理解し、シャドウの王を内包する青年は人間の中では最もペルソナやシャドウについて理解している人物といっていいだろう。

 ただ、そういった情報を教えるのは味方だけだ。そこまで詳しく話すつもりはないと、湊はラビリスにヘルメットを渡し、自分もグローブをはめて帰る用意をしながら言葉を残して行く。

 

「先輩は深く考え過ぎなんですよ。人を殺した酬いをいつか受ける。ただそれだけです。もっと上手くやれたとか、こうしていれば防げたとか、終わった事を考えても結果は変わりません。まぁ、今後に活かすためなら反省もいいですけど、力を捨てて責任から逃げた先輩には関係ないでしょう?」

 

 胸にナイフを突き立てられたかのように青年の言葉が深く心に突き刺さる。

 確かに荒垣がペルソナと自分の心の在り方について考えていたのは、過去をなかったことにしたいという責任からの逃避が理由だった。

 それは反省ではない。今後に活かすつもりがないなら考えても意味はない。素直に他の事に没頭して忘れた方が余程有意義だ。

 もっとも、人を殺して相手の子どもの人生まで歪めておいて、そこまですっぱりと割り切れる者は少ないだろう。

 彼の言葉に何か言いたそうにしていたラビリスにバイクに乗る様に言い。青年は「それでは」と短く挨拶をして去って行った。

 後に残された荒垣は胸の奥に苦い物が広がるが、ここで何かに当たってしまえば余計に惨めになる。この後の予定は特にないことから、ラーメンでも食べて帰ってしまおうと彼もバイクに乗ってその場を後にした。

 

 

 


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