【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第百八十三話 霊園での出会い

9月25日(木)

午前――霊園

 

 残暑も和らぎ涼しくなった風で秋の訪れを感じる九月下旬。岳羽ゆかりは母と一緒に今年も父親の墓参りにやってきていた。

 母からは学校を休む必要はないと言われているが、まだまだ父親の死の真相を確かめる方法が見つかっていないだけに、墓参りくらいはちゃんとやりたいと思って来ている。

 桐条グループと接点を持って真相に近付けば命日前後の休日に来るかもしれないが、十年という節目を迎える前の年の時点で何も分かっていない以上、このまま分からずに終わるかもしれないという不安も湧いてくる。

 ただ、父親への近況報告にやってきた今日だけは、そういった父を心配させるようなことは考えずに学校での暮らしや友人に彼氏といった者たちの事を話そうと思っていた。

 掃除の道具を持って二人が墓の前に到着すると、今年はまだ誰も来ていないようで枯れた花を広げた新聞に置き、水をかけ歯ブラシなどを使って彫られた文字の部分もしっかりと綺麗にしていく。

 

「はぁ……やっぱり墓石の掃除って大変だね。去年は先に誰かがやってくれてたけど上手な人っているんだね」

「コツもあるんでしょうけど一番は根気よ。綺麗になってねって思って掃除するの」

 

 そこで眠る者の事を悼みしっかりと想いながら汚れを落として行く。綺麗にするコツを知らないのなら、そうすれば綺麗になるとゆかりの母である梨沙子は話すが、寮生活で自分の部屋を軽く掃除する程度のゆかりとしては精神論よりコツの方が聞きたかった。

 とはいえ、いくら愚痴ろうと手を動かさない事には綺麗にならない。父の眠る場所は綺麗でいて欲しいため、悪戦苦闘しながらも頑張り続けていれば、手向ける花の茎を切って長さを合わせていた梨沙子が唐突に話題を振ってくる。

 

「ねえ、ゆかり。掃除しながら聞くのもなんだけど、いつになったら有里君を連れて来てくれるの?」

「ぶふぉっ!? ちょ、お父さんの前でやめてよ!」

 

 別の場所なら聞いてもいいという訳ではなく、むしろ聞くなというのがゆかりの正直な気持ちだ。

 けれど、聞くのならせめて場所を選んで欲しい。父親の墓前だと恥ずかしさがどうしても出てしまうから。

 

「お父さんもきっと心配してると思うの。浮いた話のなかったあなたの近況も聞きたいだろうし。相手が皇子となれば苦労もあるんでしょ?」

「いや、そりゃ自由にならない部分もあるけど、別に学校に行けば普通に会えるよ」

 

 梨沙子の言う通りゆかりにはずっと浮いた話がなかった。ルックスは非常に整っており、性格も特別悪いという訳でもない。なのに恋愛話がないとなると、周囲の人間とちゃんとやれているのかと心配になって当然だ。

 ただ、別に浮いた話がなかった訳ではなく、告白は何度もされていたが断っていたから母に話していなかったのである。

 今も有名になってしまった湊との関係をマスコミに撮られないよう注意しているが、話さないだけで交際はそれなりに順調だと少女は返した。

 しかし、ゆかりが面倒臭そうに受け答えしていたため、梨沙子は心配した困り顔をして娘の交際に少しだけ口を出す。

 

「親として言っておくけど、若さにまかせて暴走しちゃダメよ。男の子はまだ結婚出来ないんだからね」

「なっ、こんな場所でする話じゃないでしょーが!」

「お参りが終わったらお昼ご飯までしか一緒にいないじゃない。人がいっぱいいる場所じゃ彼の事は話せないし」

 

 母の言葉にゆかりは顔を真っ赤にしてTPOを弁えろと返す。

 そこには図星を突かれた動揺と照れも混じっているが、梨沙子が遠回しに避妊だけはしっかりしろと言ってきたのだから、何で既に一線を越えているとばれているのか分からない少女の反応も当然だ。

 けれど、梨沙子も別に本当にそういったところまで進んでいると確信があった訳ではない。虫の知らせか女の勘か、湊が大人っぽい雰囲気だからというのもあってカマをかけただけであった。

 それもゆかりの動揺しまくりの反応で確信に変わるが、親としては高校生になったばかりの娘が既に純潔を捧げていると聞けば複雑だ。テレビで見た感じでは誠実そうな青年だったが、娘との将来をどのように考えているのか親として聞いてみたい。

 磨き終えて乾いたタオルで墓石を拭いていた梨沙子が彼氏を紹介しに来いと言おうとしたとき、ゆかりたちより早くからお参りに来ていたと思われる家族が奥の区画から歩いて来た。

 鶏がらの様な痩せた中年女性、豚のように太った中年男性、父親に似て肥えた大学生くらいの茶髪の男。着ている服から裕福そうではあるが、品のなさから今の代になって栄えた成り金だと思われる。

 近付いて来る一家は霊園だというのに大きな声で喋っていて、近付いて来る彼らの会話はゆかりたちの耳にも届いた。

 

「はぁー、やっと終わった」

「こらこら、出来は悪かったがあいつは一応私の弟でお前の叔父なんだぞ。ここを出るまではちゃんとしてなさい」

「っても、別に会ったことなんてほとんどないし。叔父さんの補償金が貰えたのはラッキーだけど、毎年の墓参りはいい加減面倒っていうか」

「来年で丁度十年だ。それまでは我慢しないとな」

 

 自分の弟や親戚が亡くなったらしいが、それにしては彼らの会話は耳を疑うような内容だった。

 いくら面識がほとんどなかろうと死者を侮辱するような言葉をわざわざ口に出す必要はない。それが本人の眠る霊園内となれば尚更だ。

 けれど、彼らはそんな事など関係ないとばかりに大声で話を続ける。

 

「桐条グループと岳羽とか言うオッサンも余計な事してくれたよな。自分らの利益のために非合法な実験をしてたってニュースでみたし。そういうクソのせいでオレらが苦労するんだ」

「はっはっは、確かにな。だが、神様ってのはちゃんと悪事を見てるもんだ。実験に関わっていた人間は天罰がくだって全員死んでるからな」

 

 大勢の人が亡くなったというのに、男と父親は笑ってざまぁみろと話している。

 天罰がくだったというのなら、その事故に巻き込まれた者も何かの罰で死んだとでもいうのだろうか。ポートアイランドインパクトで亡くなったらしい父親の弟であり男の叔父にあたる人物のこともぞんざいどころか、むしろ見下している節すらあるため、相手は自分たちの都合の良いように解釈して話のネタにしているのだろう。

 周りに人のいない状況であれば勝手にすればいいが、そういった話を死者の眠る霊園でするなど常識がないにもほどがある。そこに事故で亡くなった者やその家族がいるなら尚更だ。

 年月が経って久しく聞いていなかった父を侮辱する言葉に、ゆかりはカッと頭に血が昇るのを感じる。掃除道具をその場に置くと先ほどの発言を撤回させるため男らの元へ向かおうとする。

 

「あいつらっ」

「ダメ、ゆかり。やめておきなさい」

「なんでよ! 何も知らないあんなやつらに、お父さんのこと好き勝手言われてるんだよ!」

 

 感情に任せて出て行こうとするゆかりの腕を梨沙子が掴んで止める。

 娘を止める彼女の表情もまた辛そうだが、それならば何故相手に何も言わないのかゆかりには理解出来ない。

 部活で鍛えているため腕力はゆかりの方が強い。故に、掴まれている腕を振り解いてしまおうと考えたとき、突如男の足が止まった。

 

「あ、あぎゃぎゃぎゃっ」

「お、おい、急にどうした?」

「変な事はやめなさい優一!」

 

 今まで普通に馬鹿笑いしていた男は、急に地面に寝そべると腕と足をバタバタとさせながら暴れ始めた。上等そうなスーツも土で汚れ、困惑顔の両親が相手を立たせようとするも、男は激しく暴れてその手を拒む。

 突然理解不能な奇行を目にしたゆかりも呆気にとられ、先ほどまで感じていた憤りも急速にしぼんで行き。息子の急変に戸惑う一家をゆかりたち親子が遠目から見ていれば、

 

「――――ああ、それ駄目ですね。憑かれてますよ」

 

 霊園の入り口側からよく通る青年の声が響いた。

 何故彼がここにいるのかは分からないが、黒いマフラーを首に巻いた湊はポケットに手を入れたまま一家の下に進み、好青年の爽やかな仮面を被って男の両親に声をかける。

 

「もしかして、死者の眠るこんな場所で死者を冒涜するような事を仰いませんでした?」

「い、いや、そんな事は」

「ぐぎゃっ!? ぐぎゃっ!?」

 

 指摘を受けて焦ったように父親が答えれば、男の様子はさらに酷い物になる。

 それを澄ました顔でジッと眺める湊は顎に手を当て、軽く観察しながらポソリと呟く。

 

「干渉が強くなりましたね。これはもう無理かなぁ」

「む、息子に何が起きてるんだ!? 頼む、教えてくれ!」

 

 状況を分かっているのは一人だけ。つまり、男の両親にとって頼れるのは湊しかいない。それを分かっている湊は、相手が縋りついてきたところで内緒話をするような抑えた声で男の置かれた状況を説明した。

 

「怒った死者の魂が息子さんの魂に直接干渉してるんです。器は無事でも中身が駄目になったら一生パーのままになりますよ。いますぐ寺でお祓いして貰った方がいいです。ご家族揃って死者に詫びて、二度と侮辱せず馬鹿な真似もしないと反省してね」

 

 幽霊や祟りなど迷信だと思っていたのだろう。湊の言葉を聞いた二人は青い顔をしているが、男が暴れるのをやめたタイミングで父親が肩を貸して急いで霊園を出ていく。母親の方は携帯でお祓いをしてくれる寺を探していたようで、そんな去って行く一家と入れ違いで今度は二人の女性がやってきた。

 一人は美鶴の母親である桐条英恵、もう一人は彼女のお傍御用を勤める和邇八尋である。

 お参りの荷物は全て和邇が持ち、ハンドバッグだけ持って英恵がやってくると、近付きながら先ほどの事も見ていたようで英恵は困った顔で湊を叱った。

 

「はぁ……こら、酷い事をしてはダメでしょ?」

「……俺じゃなくて霊がやったことだろ」

「坊ちゃま、お戯れはほどほどになさいませ」

 

 周りからは男が突然奇行を始めたようにしか見えなかったが、後から来た二人は湊が相手に何をしたのか分かっているようで若干呆れ気味だ。

 しかし、ゆかりにすれば彼がこの場にいる事の方が驚きで、三人が近付いて来ると真っ先にその事を尋ねた。

 

「な、なんで有里君がここにいるの? っていうか、英恵さんとお付きの人も一緒だし。さっきの人に何したの?」

「坊ちゃまは英恵様と共に岳羽詠一朗氏の墓参りに来たのです。そして、先ほどのあれはあの男性に向けて殺気を放っただけです。言い換えれば恐慌状態になっていた訳でございます」

「いや、殺気を放つってそんな……」

 

 答えてくれたのは青年ではなくお付きの女性だったが、漫画やアニメじゃあるまいし、いくらなんでも殺気とやらで人を狂わす事など不可能だと思ってしまう。

 そうしてゆかりが疑いの目を向けていれば、湊は突然霊園の傍にある林の方を指差した。

 どこにでもある木の生い茂った林でしかないが、そこがどうかしたのかと思って見ていれば、湊が「三、二、一……」とカウントを取り終えた直後、ゼロと口にしたのと同時に大量の鳥たちが鳴きながら飛びあがって行った。

 人よりも動物の方が気配に敏感だというが、百メートル以上離れた場所に殺気を飛ばしてしまう青年への驚きの方が強く、ゆかりも母の梨沙子もポカンと呆けていれば、事情を知っていたらしい和邇がさらに補足で説明してくれる。

 

「ゆかり様も急に目の前にナイフを出されれば恐怖を感じるでしょう? 殺気とはそれを己の放つ重圧でのみ引き起こす技術です。目に見えないからこそ余計に混乱するのですが、まぁ、先ほどの男性もしばらく休めば問題ないかと」

「そ、そうですか」

 

 聞いたゆかりはどこの殺し屋だとツッコミをいれたくなったが、よく考えれば本当に殺し屋なので洒落にならないと思って直前に口を閉じる。

 英恵と和邇はもしかすると知っている可能性もあるけれど、ここにはゆかりの母親もいるので彼の事を話すのはマズイ。

 故に、殺気を飛ばせる部分はこれ以上触れない事に決め、ゆかりは最初に気になった事を改めて尋ねた。

 

「あ、てか、お父さんのお墓参りってなんで? 別に、つ、付き合ってるからってそこまでしなくても」

 

 墓前とはいえ付き合っている彼氏がくれば親への挨拶と言える。命日にしっかり来る辺りが真面目っぽい彼らしいが、そういうのは流石にまだ早いよと照れてゆかりが頬を染めれば、対する青年は小馬鹿にしたように鼻で笑った。

 いくらなんでも失礼だろうと、瞬間拳が出そうになるがここには互いの母親が揃っていて、そんな人たちの前で彼氏を殴るのはマズイかもしれない。

 ここでは自分が大人になるべきだと肩を震わせつつも我慢し、ゆかりが湊からの精神攻撃に耐えていれば、今度は母親同士が顔を合わせて梨沙子の方から挨拶を交わす。

 

「ご無沙汰しております」

「いえ、こちらこそ。お線香をあげさせて頂いてもよろしいですか?」

「はい、是非お願いします」

 

 親族に許可を貰って湊たちは線香と花で故人を悼む。お供えも持ってこようと思ったが、こういうのはカラスや猫など動物に持っていかれ易いので、供えた後は持って帰る様に言うところも多い。

 岳羽詠一朗の眠る霊園では別に持って帰れと言われていないものの、近くに林があるため動物が来やすい。そんな場所でエサとなる物を置いて墓を汚されると困る事もあり、三人は手を合わせて冥福を祈ってから立ち上がった。

 三人が三人とも丁寧な所作でしっかりと冥福を祈ってくれていた事が分かり、梨沙子が英恵に感謝の言葉を伝えていると、親同士が話している間、子どもたちも子どもだけで会話をする。

 

「……おじさんの命日に災難だったな」

「ん、まぁね。慣れてるっちゃ慣れてるんだけどさ」

 

 ここを訪れるタイミングが被ったのは偶然だろうが、三人で一緒に来たはずなのに湊だけ先に到着したのは、きっと彼だけ先ほどの一家の会話を遠くから聞きとったからに違いない。

 以前のゆかりならば一人で解決できたと助けてくれた湊にも突っかかっていただろうが、自分が求めていた強さは一人で何でも出来ると強がっていては手に入らないと分かった今は、素直に助けて貰ったことを受け入れ、あんな馬鹿の言葉一つで頭に血が昇ってしまった事を反省していると返す。

 しかし、そう話すゆかりが少し寂しそうな顔をしていた事で、正面に立っていた湊は彼女の頭に優しく手を置いて、馬鹿相手に手を出さずに終わったお前は偉いと褒める。

 

「大切な人を侮辱されたら怒って当然だ。岳羽は何も間違っちゃいない。ただ、女性しかいないときに危ない事はするな。ああいう馬鹿を殴りに行くなら俺が傍にいるときにしてくれ。馬鹿が逆切れして来ても絶対に守るから」

「うん、ゴメンね。心配してくれてありがと」

 

 突然頭に手を置かれたゆかりは驚くがすぐに嬉しそうな笑顔を見せる。

 父が死んでからは頭を撫でてくれた男性など湊しかいない。知らないおじさんが撫でようとしてきたときには不快感を覚えて避けてきたが、好きな人の手は温かくて気持ちがいいのでゆかりも頬を染めて嬉しそうにする。

 ただ、そんな二人の桃色空間を展開するときには、ギャラリーの存在に注意しておかねばならない。

 

「はぁー……いいですね、この少女漫画みたいな雰囲気。皇子って呼ばれる理由がようやく分かった気がします」

「女の子に優しいのは昔からなんです。お母さんにそう躾けられていたので、成長した今では助けてくれる皇子様って皆さんに思われているみたいで」

「なるほど、本当に娘には勿体なく思ってしまいます。親の私がいうのも変ですが、娘のどこが気に入ったのか分からなくて」

 

 気付いたときにはもう遅い。母親たちは子どもたち二人の甘い空気に表情を緩ませ、自分も少女だった時代にこんな恋愛がしてみたかったと話に花を咲かす。

 二人とも良家の娘だったので一般的な恋愛結婚とは言い難く、そういった事もあって少女漫画のような皇子様との甘い恋愛に強い憧れを抱いている部分があった。

 故に、二人が共通の話題で盛り上がるのはいいのだが、その中に聞き捨てならない部分があった事で、見られていた恥ずかしさに顔を真っ赤にしたゆかりは、勝手に見るなと怒りながら娘の魅力を分かっていない母親に教えてやれと湊に強くいった。

 

「ほ、ホントにこの人たちはー! ほら、言ってやってよ私の良いとことかさ!」

「……まだ昼間だぞ」

「ちょ、何を想像したっ!?」

 

 昼間から言えないような良いとことはどこか。あまり想像したくないが身体など所謂女としての部位についてだと思われるため、ゆかりは思わず胸の前で両腕をクロスさせて距離を取る。

 それを見た湊が薄く笑った事でからかわれたと気付き、怒ったゆかりの拳が彼の腹部に届くまで一秒と掛からなかった。

 

昼――そば処“たかまつ”

 

 午後から湊たちは別の場所に行く予定があるが、お昼ご飯を一緒に食べるくらいは大丈夫だと、五人は揃って霊園近くの蕎麦屋に来ていた。

 長方形の席の下座に和邇が座り、彼女から見て右側の近い方から英恵と湊、反対側は近い方から梨沙子とゆかりが座り、親がいる事もあってなんとなくお見合いのようでもある。

 それぞれ山菜蕎麦や鴨南蛮蕎麦など好きな物を頼み、温かいお茶を飲んで待っているとずっと話を聞きたいと思っていた梨沙子が興味津々な様子で湊に喋りかけた。

 

「最近の子どもがどんな風に遊んだりするのか知らないんだけど、有里君はゆかりとどんな風にデートしてるの?」

「大きく分けると目的ありと目的無しの二パターンですね。目的ありだと数日前から遊園地や新しく始まる映画に行くって決めて予定を立てます。ただ、いつもそういう訳ではなく、待ち合わせの場と時間を決めてショッピングモールに行って服や雑貨を眺めたりってときもあります」

 

 恋人の母親に話を聞かれてもノータイムで答えられる辺りは流石の一言。

 自分の母親が話好きのおばさん状態になっていてゆかりは恥ずかしそうだが、子どもたちの話に興味があるのは英恵も同じだ。和邇だけは気配を消して控えているが、娘と違って湊が質問に答えてくれると分かった梨沙子はさらに質問を続ける。

 

「この子って昔からいちご大福は白餡しか認めないとか、そういう細かいとこで五月蝿いんだけど迷惑かけたりしてない?」

「ええ、面倒なときは無視しているので大丈夫ですよ」

 

 驚きの白さ。そう言いたくなる綺麗な微笑で黒い発言をする湊に他の者たちは固まる。

 若い二人のことなのでどんな関係を築こうが自由ではあるが、面倒なら無視するというドライ過ぎる対応を聞いた梨沙子の表情は娘への心配で陰り、これでは悪い印象を与えてしまうと思った英恵が逆にゆかりにも聞いてみることでフォローを入れる。

 

「あ、えっと、ゆかりさんはこの子と一緒にいて大丈夫? 少し我儘なとこがあるから大変だと思うのだけど」

「あー……今のところは大丈夫です。まぁ、なんだかんだ中学からの付き合いで慣れてますし」

 

 聞かれたゆかりは「少し?」と首を傾げそうになるも我慢する。本当はかなりの我儘プーだが、それを理解して付き合えば総合的にはいい彼氏なのは間違いないからだ。

 答えるまでの僅かな間で少女の苦労を感じ取った英恵は、息子が苦労をかけてすみませんと申し訳ない気持ちになるも、梨沙子にはなんとかばれなかったようで、運ばれてきた蕎麦を食べながら尚も会話は続く。

 

「そうだ。付き合ってるって聞いてからずっと訊こうと思っていた事があるの。ねぇ、有里君。どっちから告白したの?」

「……それは試用期間も含みますか?」

『試用期間?』

 

 二人はまだ付き合っているだけの恋人関係だ。同棲やら恋人の状態を結婚までの試用期間と呼ぶ者もいるが、その恋人の状態にも試用期間があると言われ母親たちは頭に疑問符を浮かべる。

 彼女たちの視界の端では何で話してしまうんだとゆかりが頭を抱えているが、青年は物理的に黙らせないと話をやめないので、食事中で無駄に席を立てない以上、彼を黙らせる事は不可能だった。

 

「まず、俺と岳羽は正式に付き合う前に、恋人関係とはどんなものかと知るために仮の恋人になっていたんです。そのときは一応、俺の方から持ちかけて岳羽も了承して契約を結びました。それからしばらく仮の恋人でいたのですが、岳羽の方が本気になってしまったことで、自分を好きにならない相手を選んだ俺の読みが外れてしまい。よく考えろと一度距離を置いたんです」

 

 無駄に優雅に蕎麦をすする青年の言葉に、母親らは余計に混乱した様子を見せる。

 そも、恋人に興味があって付き合ってみるという考え方は理解できるが、どうしてそこで仮の恋人という微妙な関係になるのかが分からない。

 話をしていると子どもたちはゆかりの方が一般的な感性を持っているので、湊から言い出したと聞いたときにはそうだろうなと納得も出来た。なのに、ゆかりの方も了承したと聞いてしまうと、最近の子は感覚派なのかと自分たちの世代とずれを感じた。

 そんな母親たちをよそに椎茸の天ぷらに塩をかけて食べていた湊はそれを飲み込み、母親たちに箸を動かす様にいってから続きを話す。

 

「そして、その結果報告として岳羽が選らんだのがクリスマス・イヴで、ディナーの最後に正式に付き合ってくださいと告白されました。まぁ、それはこっちも予想していたので、ちゃんと考えたなら認めるしかないと話を受けた感じです」

 

 色々と面倒な手順を間に挿んだが最後はゆかりから告白して恋人になった。それを聞いた母親たちは本人たちがいいなら気にしないでおこうと納得する。

 ただ、どうも話を聞いていると湊の方は別にゆかりを好きになった訳ではないように聞こえた。

 形だけの恋人からゆかりが本気になってしまったように、付き合ってから好きになることもあるので、付き合いだした時点では別に好きでなくとも構わない。

 しかし、今もそうだとすれば純潔を捧げてしまっているであろう娘が不憫なので、梨沙子は母親として娘の恋人にどう思っているのかと尋ねた。

 

「じゃあ、有里君はゆかりの事は別に好きじゃないの?」

「大切に想っていますよ。ただ、一般的な好きとか愛してるって気持ちは理解出来ないので、そんな自分でもいいのかはちゃんと聞きました」

 

 娘を大切に想っていると聞いて梨沙子は一先ず安心する。だが、自分の気持ちなのに好きかどうか分からないというのは理解出来ない。

 湊の返事を聞いた梨沙子が難しい表情をすれば、母親が多分勘違いしていると察したゆかりが補足で説明を入れた。

 

「その、有里君ってお父さんと同じ事故でご両親亡くしててさ。それからちょっと色々あって、人との関わり方とかの感覚が一般とは違うの。大切な人たち以外は全部他人とかって感じでね。まぁ、そういうのを理解して付き合ってて大切にもして貰えてるから別に心配しなくて大丈夫だよ」

 

 湊は梨沙子が勘違いしたように自分が相手を好きかどうか分からないのではない。一般的な好きや愛しているという感情を概念として理解出来ないのだ。

 その分、青年の言う“大切に想う”というのは、一般人からすれば重い愛が籠められている。文字通り命懸けで守ろうとする姿は狂愛と呼んでもいい。

 実際に目にしていなくとも、ゆかりは彼の身体に残った傷痕からそれを感じて、そんな彼の在り方も含めて受け入れて愛している。

 だから、母親が心配するような事はないと彼への信頼が籠もった瞳を真っ直ぐ向けてくれば、娘がいつの間にか自分の知らない強さを持っていた事に驚きつつ、梨沙子はそういった愛の形もあるんだなと感心して同じ母親の立場である英恵に話しかけた。

 

「なんか、思っていたよりも最近の子って大人な考え方でちゃんと付き合っているんですね。私は縁談で詠一朗さんと出会った形ですから、恋愛も知らなかった自分と比べて、子どもだと思っていた娘の方が大人な考え方で正直驚いています」

「私も武治さんとは家同士の縁談で出会いましたから同じようなものです。子どもたちの年の頃なんて、テレビに映るアイドルや俳優を格好良いと言っていたくらいで、他は友人と楽しく過ごしていたものですから」

 

 英恵も湊たちが付き合う経緯を今まで知らなかったが、先ほどの会話から湊の経歴についても知った上で付き合っていると察し、そんな心の強さを持った子が恋人で安心したと笑顔を見せる。

 本人たちがしっかり考えているなら口出しするのも野暮なので、その後はただ普段のデートの様子や思い出について聞いていれば、根掘り葉掘り聞かれて耳まで赤くなったゆかりが、現状を打開しようとさも今思い出したように話題を変えた。

 

「あ、そういえば、去年お墓の掃除してくれたのって英恵さんだったんですね。すごく綺麗にしていただいてたんで助かりました。ありがとうございます」

「いいえ、昨年は訪れていませんから私ではないですよ」

「あれ? じゃあ、誰がやってくれたんだろ」

 

 桐条家の人間ならお参りに来てもおかしくない。そう思って今日来てくれた英恵が去年も掃除してくれたと思っていたので、予想が外れたゆかりは他に誰かいたかなと不思議そうにする。

 すると、追加で頼んだ山菜ご飯を食べていた湊が顔をあげて口を開いてきた。

 

「多分、俺だ。他に寄るところがあったから九時前に来て掃除しておいた」

「え、なんでお墓の場所知ってたの? ていうか、あのときまだ仮の恋人だったのに」

 

 てっきり湊は英恵の付き添いで来たと思っていた。それだけに、あの日は今日と同じで十時過ぎくらいに行っていたので、九時前に来て掃除をしていたなら辻褄が合うと思っても、彼が個人でお参りに来る理由が分からずゆかりは半信半疑だ。

 そうして、ゆかりが何でと不思議そうにしていれば、またこの子は話していなかったのかと困った顔をして英恵がある情報を少女に伝える。

 

「ゆかりさん、この子と貴女のお父さんは知り合いなの。元々月光館学園の初等部に通っていたから、辰巳ポートアイランドでお仕事されていた詠一朗さんと出会う機会もあってね」

「うそっ!? え、待ってよ。そんな話聞いてない!」

 

 出会ってから四年目にして知る衝撃の真実。彼氏と父親は知り合いだった。そんな馬鹿なと驚くゆかりの隣では梨沙子も目を丸くして驚いており、言われた青年の方は蕎麦湯を飲んでからシレッと呟いた。

 

「……別に聞かれてないからな」

「いや、そこは聞かなくても話すでしょ。普通に」

「自分の常識が世間の常識だと思うなよ?」

「こっちの台詞だっつーの!」

 

 その台詞はそのままそっくり返す。怒り気味にゆかりが言えば、公共の場所だからと母親たちが少女を宥める。

 普段はいい彼氏だったりするというのに、たまに本気で驚く事や下衆な発言をかますから油断ならない。母親たちに宥められたゆかりは冷たいお茶を一気に煽って冷静さを取り戻した。

 だが、そんな少女に対して青年は自分もヒントは出していたと告げる。

 

「というか、中学二年の夏祭りにちゃんと言っただろ。ある人からお前をよろしくと頼まれたって」

「ああっ、確かに言ってた! いや、でも、普通にお父さんと君が知り合いって気付ける訳ないじゃん!」

「想像力の欠如だな。第一、修学旅行の真田もそうだったが、別に俺がお前らやその知り合いと過去に出会ってたところで別に大した問題じゃないだろ。知らなくても普通に接してこれたんだから」

 

 湊が部活メンバーに話していなかった繋がりと言えば、チドリたちにも黙っていた英恵に始まり、修学旅行で語った美紀を助けていた幼少期のエピソード、さらに部活メンバーにとってはテニスの大会で明らかになった桐条家との話に加え、恋人にも黙っていた彼女の父親と面識があったことなどかなり多い。

 確かに知らなくても家族や恋人としてやってこれたのだから、話しても話さなくても信頼関係の構築に影響はなかったと言える。

 けれど、知っていたなら教えて欲しいというのが正直なところで、食べ終わりお会計を済ませて外に出たゆかりは、ここで別れる前に少しだけ聞いておこうと車に向かおうとする湊に父の事を尋ねた。

 

「ねえ、お父さんとどんな事話したの?」

「……基本的に家族の自慢を聞いてたな。誕生日ケーキの前で笑顔で写るお前の写真を見せてきて、美人の妻に似て可愛い娘だろって言ってきたり。まぁ、普通って返したらどうみても天使だろって怒ってきたりもしたが、ジュースを買ってくれたりと俺にも優しかったよ」

 

 ついでに言えば、娘が彼氏を連れて来ても絶対に認めないというエピソードもあったりするのだが、恋人になっているだけでなく既に何度も肌を重ねていることもあって、話すとゆかりが罪悪感を覚えるかもしれないのでそれは秘密にしておく。

 岳羽詠一朗との思い出について語る湊は優しい目をしていて、聞いていたゆかりたちも彼にとって父は本当に優しい人だったのだなと素直に感じられた。

 父の命日に意外なところで父の思い出話を聞けて、ゆかりだけでなく妻であった梨沙子も懐かしい気持ちを覚える。

 

「お父さんってば外でもそんな感じだったんだ……」

「有里君、そんな昔にしたあの人のお願いを覚えていてくれてどうもありがとう。貴方みたいな子がゆかりの初めての恋人でちょっと安心しました」

 

 霊園では心ない言葉で傷付いたが、自分たちの知る岳羽詠一朗の姿を知ってくれている者がいた。

 それが嬉しくて二人は笑顔になり、娘をよろしくと幼少期に聞いた頼みを未だに覚えていてくれた青年へ梨沙子は礼を言った。

 既に和邇が運転席に乗っている車に向かおうとしていた湊は、故人の家族からそんな事を言われて意外そうな顔をし、すぐに表情を普段通りのやる気のない物にすると小さく呟いた。

 

「……岳羽が一番辛いときに守ってあげられなかったんです。だから、今度こそおじさんとの約束を果たします。それじゃあ、今日は失礼します」

 

 それだけ告げると湊は英恵たちの待つ車に乗り込み、ガラス越しにゆかりたちに礼をして駐車場を出ていった。

 後に残った二人も見送りを終えた事で車に乗り込むが、シートベルトを締めながら梨沙子は今日会った青年について思って事を口にする。

 

「有里君って不思議な子ね。なんか、どことなく追い詰められてるような顔をしてたわ」

「……うん。たまにああいう顔するんだよね。お父さんの事で周りに色々言われたのなんて有里君のせいじゃないのにさ」

「優しくて不器用なのかもしれないわね」

「うん、私もそう思う。なんか私よりもお父さんのこととかで悩んでる感じするし」

 

 梨沙子と同じ事をゆかりも感じていた。本人たちが既に乗り越えていても、傷付いた過去があるということ自体に湊は後悔を見せることがある。

 別に彼に救ってくれと頼んだ訳ではない。けれど、助けられなかったのは事実だというように、湊は自分の無力さに憤り被害者にすまなそうな顔をするのだ。

 なんでそんな風に考えるのかは分からないが、優しくて不器用というのは中々あっていると思う。

 シートベルトを締め終え、母の運転する車が出発すると、窓の外を眺めていたゆかりは湊にとって岳羽詠一朗とはどんな存在だったのだろうかと考えていた。

 

 

 


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