【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第十九話 前篇 脱走-兆し-

8月15日(火)

夜――第八研・被験体用寝室

 

 ついに、作戦の決行日となった。

 現在の時刻は、午後十一時。後一時間で影時間となる頃、ベッドに腰掛けながら、目を閉じて湊は意識を集中していた。

 

(まず最初に全ての研究室を回って被験体を逃がす。その後、分かれて避難経路・武器・制御剤の確保に動く。俺はチドリを連れて、足止めしながら施設の制御系を奪う。どれだけサポート出来るか分からないけど、俺の働きで皆の作戦の難易度がだいぶ変わってくるな)

 

 閉じていた目を開け、自身の後ろで穏やかな寝息を立てているチドリとマリアの寝顔を見つめる。

 マリアとは今日でしばらく会えなくなるが、マリアもそれを了承していた。

 年齢的には同い年だが、精神的にマリアはまだまだ未熟で、直前になって我慢できなくなることも考えられたが、マリアはしっかり自分の与えられた役目を全うしようと意気込んでいた。

 

(強い子だ。この子も絶対に守らなきゃ。約束をちゃんと守るんだ)

 

 寝ている少女の頭を撫でながら、作戦の成功を祈り。少しでも成功率を上げるため、時間が来るまで計画の手順を何度も確認していた。

 そして、影時間の二十分前に二人を起こすと、準備をさせ。影時間になると同時に、研究室を抜けだした。

 

影時間――エルゴ研・第二研究室

 

《ビーッ、ビーッ、ビーッ!》

「ん? 何の騒ぎだ!」

 

 研究室のスピーカーから聞こえてきた警報に、幾月が状況を確認するよう他の研究員に指示を出す。

 そして、モニターまで走って、研究所内の状況を示す画面を表示させると、それと同時に研究室の扉が音をたてて倒れてきた。

 金属製の扉が固い床にぶつかる音に、研究員の視線が行く。

 その先には、蒼い瞳をした湊が、無銘の短刀を手に持って立っていた。

 

「エ、エヴィデンス……」

「お前らに用はない。邪魔すれば殺す」

 

 湊の登場に驚くのも束の間、研究室の中へと走って入って来た湊は、そのまま奥の被験体たちのいる部屋へと向かう。研究室の広さと規模こそ違えど、他の研究室の中で第二研だけが、第八研と同じく被験体らの部屋が隣接しているのだ。

 そして、短刀とはいえ、相手が武器を持っていることで、研究員らが怯えていると、奥の扉の前に到着した湊は短刀を数回振り。金属製の扉が、まるでバターで出来ているかのように、一切の抵抗も感じさせず音もなく切り裂いた。

 斬られた扉は、研究室の扉と同じように、音をたてながら倒れて崩れる。

 幾月の立っている場所からでも僅かに見えたが、扉の中ではこの時間は寝ているはずの被験体らが皆立ちあがって待っていた。

 

「全員行くぞ! 指示通り分かれて進め!」

『おおっ!!』

 

 湊の言葉に被験体たちも声を上げて答え、次々と脱走してゆく。

 その表情は、どこか決意の色を見せており。被験体らのそんな表情を初めて見た研究員らは、動揺した。

 だが、事態に気付いた幾月は、机の裏にあった被験体が脱走したことを知らせるための緊急ボタンを押す。

 いくら動揺しようが、最低限の責任は果たす。伊達に室長を務めている訳ではないのだ。

 

《被験体が脱走しました! 被験体が脱走しました! 各員、装備を整え。被験体の鎮圧に向かってください!》

 

 幾月がボタンを押した事で緊急時の音声が流れ、先ほどの警報以上に、研究所中に事態が知れ渡った。

 第二研の最後の被験体が廊下へと出ていくのを待っていた湊が、その事実に表情を険しくさせ、舌打ちをしている。

 

「チィッ、余計なことを! チンロン、マハガルーラ!」

《ウォォオオオオオオオオ!》

 

 湊がカードを砕くと、青龍が現れ、室内の温度を下げながら口元に収束した空気が、解き放たれると同時、荒れ狂う風となって研究室内の全てを蹂躙していく。

 

「ぐあっ!?」

 

 ファイルに綴じられていた書類が風によって舞いあがり細かい破片となって散り、何かを計測していた機械が圧力に耐え切れず、煙を出して爆発する。

 さらに、その場で堪えきれなかった研究員が吹き飛ばされ、壁や床にぶつかり、身体のいたる所に怪我をして血を流していた。

 幾月も倒れた衝撃で眼鏡の右のレンズにヒビに入り、視界が安定しない。

 だが、なんとか痛む頭を手で押さえながら顔を上げると、ペルソナを消していた湊に廊下からやってきたチドリが声をかけていた。

 

「湊、時間がない」

「わかってる。行こう!」

 

 そういうと、湊は高同調状態でカグヤを呼び出し、腕にチドリを抱きながら飛びあがり廊下へと出ていった。

 

***

 

 先に出ていった者を飛んで追いかけてきた湊は、先頭にいたセイヤに合流すると、隣を飛びながら並走する。

 後ろから研究員や黒服が追ってきているようだが、カグヤで探知している湊には、追い付かれる前に合流できることが分かっていた。

 

「ミナト! 向こうは先に行ってるのか?」

「制御剤は、予定通りカズキとメノウと他に二人くらい確保に向かってる。武器はタカヤにジンと三人くらい付いて行った。他はマリアとスミレが先頭になって外へ向かってるよ」

 

 隣を走りながら話しかけてきたセイヤに、訓練で使っていた合成樹脂製の武器を渡しながら返す湊。

 本物の武器は、タルタロス探索のときしか渡されず、タカヤたちはそれを求めて今も走っているのだが、訓練に使っていた合成樹脂製の物でもないよりはマシだ。

 そのため、湊は事前にいくらかの武器をマフラーに収納して、今回の作戦時に被験体に配った訳である。

 そして、ただ一人本物の武器を持っている湊は、瞳の色を金に戻し、手に持っていた短刀は今はお姫様抱っこされたチドリが持っている。

 湊がここに来るまでに被験体らを逃がした順番は、第一・第四・第五・第二研の順。

 第一と第四を優先したのは、制御剤と武器の確保員がそちらに固まっていたからで、第二研が最後だったのは、施設の部屋が最も離れていたためである。

 

「足止めに何人か残ってるみたいだから、セイヤも後続を先導の脱出部隊に合流させたら、何人か連れて足止めに向かって。俺はチドリと先に行って、施設の機能を奪う!」

「わかった! そっちも頑張れ。無茶して死ぬなよ!」

 

 手をあげて言って来たセイヤに頷いて返し、湊は再びカグヤを加速させると、第二研の者らを後ろに残し廊下を進んでいく。

 施設の機能を奪うには、防火シャッター等の管理を行っている区画に入る必要があるが、そちらの警備は他よりも厳重だ。

 施設の倒壊を防ぐため、あまり強力なペルソナのスキルで戦う訳にもいかない。

 

「……この先に研究員が何人もいる。武器も持ってるみたい」

「わかってる。このまま突破するから、しっかり掴まってて」

 

 湊と同じように、ペルソナを呼ばずとも探知出来るチドリが、進む先の通路を見つめながら注意してきたことで、言われた湊も頷いて返す。

 探知で把握できた人数は六人。全員が研究員なので、戦闘に慣れている黒服と違い、少しでもビビらせることが出来れば突破は容易いだろう。

 そして、さらに進むと、探知の結果通りに拳銃を持った白衣の男たちがいた。

 

「き、きたぞ! 全員撃てぇ!」

「し、死ねえ!」

「っ、ガルーラ!」

 

 相手が撃ってきたことで、チドリが首に回している腕に力がこもるのを感じながら、湊はカグヤに魔法を放たせる。

 狭い通路なので逃げることも出来ずに、放たれた風で全員が吹き飛び倒れていた。

 それを確認し、敵を無力化出来たことで、チドリの身に危険が及ぶ心配の無くなった湊はとりあえず安堵する。

 そして、相手が発砲してきても速度を落としていなかったので、研究員らの上にきたとき、湊はそのまま素通りするかと思われたが、チドリの予想とは裏腹に、湊はペルソナを出したまま何故か床に降りた。

 

「どうしたの? 急がないと、マリア達の方がもたないわよ?」

 

 降りると同時に、お姫様抱っこを解除されたチドリが、一刻を争う場面での湊の行動を怪訝に思い尋ねる。

 すると、魔法を喰らって倒れながら呻いていた研究員の持っている銃を手に取り、湊が口を開いた。

 

「これ、黄昏の羽根を積んでる……。クソッ、開発はまだしてなかった筈なのに、もしものときは被験体を制圧出来るようにって、隠れて対シャドウ銃を量産してたんだ!」

 

 湊が研究員の銃が気になった理由、それは敵の撃ってきた弾の一発がカグヤの左肩に命中した際、受けたフィードバックダメージが想像よりも高かったためだ。

 ただの拳銃であるのなら、ペルソナが喰らっても触れた感触があるだけで、ダメージと呼べるものは受けない。

 しかし、湊はカグヤが銃弾を受けたのと同じ部位に、今も鈍い痛みを感じている。

 その理由が、湊に隠れて量産されていた黄昏の羽根搭載型の拳銃、対シャドウ銃による攻撃だったのだ。

 世界のためと謳っておきながら、結局は、管理しきれなければ子どもらを殺すつもりだったことを改めて理解し。

 湊は、怒りながら研究員の持っていた銃を全て回収すると、カグヤに命じた。

 

「マハジオ!」

《ルルゥ!》

 

 両手を前に突き出したカグヤの手から、青白い閃光が走り、倒れていた研究員らの意識を刈り取った。

 そんな、突如起こった事態に、チドリは驚き目を僅かに見開いていたが、直ぐに冷静さを取り戻すと、気絶した者らに怒りと憎しみの視線を送っていた少年を見つめ、強く拳の握られた腕を取って話しかける。

 

「……湊」

「……分かってる、行こう」

 

 それだけ答え、湊は預けていた武器を仕舞ってチドリを抱き上げると、再び管制室を目指し、カグヤで飛行しながら移動を開始した。

 

――薬品開発部

 

 制御剤の確保のためにやってきたカズキとメノウ。さらに、第一研に所属している男子が二人いるが、ここまで大した戦闘もなく無事に辿り着くことが出来た。

 開発された制御剤は特別な薬品なので、耐火性の銀色のケースにいれられ厳重に保管されている。

 だが、今回はむしろ、その厳重な保管方法によって、ケースごと持ち運べるようになっていたので、カズキらは幸運だったと笑みを浮かべた。

 

「小分けに出来そうな袋も見つけたし、行こう。結構、近くまで研究員が来てる」

「あァ、テメェらもさっさと逃げンぞ!」

 

 メノウに答え、大きなケースを抱きかかえながら、カズキを先頭に部屋を出ていく。

 ここにいる筈の研究員が一人もいないことが気になったが、大方、先ほどの放送にあった被験体鎮圧用の装備を取りに行っているんだろうとして、逃げる距離を少しでも稼いで置くことにした。

 メノウがデュスノミアを呼び出し、探知しながら廊下を走り続ける。

 すると、突如、先ほどの警報とは別の放送が流れてきた。

 

《コード、メメント・モリ! コード、メメント・モリ!》

 

 聞こえてきた声は、第二研の幾月のものだった。

 メメント・モリというのは、聞き慣れない言葉だが、その前にコードといっていたからには、何かしらの作戦用の隠語なのだろう。

 ここでそんな作戦コードを流したという事は、自分たち被験体を鎮圧するためのもの以外考えられない。

 文字通り生命線である制御剤を届けられなければ、仮に逃げられたとしても、全員が死ぬことになる。

 それだけは避けねばと、カズキが気を引き締めていると、後ろを走っていたメノウが口を開いた。

 

「今のどんな作戦だろうね。ボクらを追ってきてるのは何人か確認出来るけど、なんか数が少ない気がするよ」

「被験体の数はどうだ? 何人残っていやがる」

「被験体? ちょっと待って……っ、ど、どうして? なんで、そんなっ」

 

 カズキに言われたメノウが意識を被験体らの方に向けると、急に動揺を見せ出した。

 それだけで別動隊になにかあったことが分かってしまう。

 しかし、動揺するメノウの言葉からは、実際の状況を把握することまでは出来ない。

 よって、カズキは冷静になって正確に報告するよう、メノウを怒鳴りつけた。

 

「馬鹿野郎! テメェが冷静さ失ってどうする。探知が消えちまったら、オレらは死ぬンだぞ! 落ち着いて、状況を話せ!」

「っ、ご、ごめん。でも、仲間同士で戦ってるんだよ」

「仲間同士だァ? 被験体で寝返ったヤツがいるってことか?」

「分かんない。けど、これは……」

 

 言いかけたその時、長い長い通路の先にとある人影を見つけ、メノウは言葉を止めた。

 

「テメェ……」

 

 どこか虚ろな目をして立っている、その人物を見て、カズキはケースをメノウに投げ渡すと、訓練用のナイフを手に持ち、叫びながら飛びかかった。

 

「なに裏切ってンだ! セイヤ!」

 

 カズキが斬りかかると、セイヤは持っていた棒で、ナイフをいなし距離を取る。

 だが、逃がすかと、カズキは身を屈め、地を蹴り、今度は刺突でのど元を狙う。

 

「オイ! 何で裏切ったか聞いてンだぞ! 答えやがれ!」

「…………」

 

 刺突を棒で受け流して躱し、セイヤが反撃に後頭部を狙った棒を振り抜いてくる。

 それは屈んで回避し。お返しに足払いをかけるが、飛んで距離を取られたことで振り出しに戻る。

 自身の言葉を受けても、セイヤは無言のまま戦い続けていることで、どこか様子がおかしいことにカズキも気付く。

 だが、何があったのかが分からない。ただ一つ言えるのは、

 

「メノウ、ミナトに連絡しろ! さっきの放送は、被験体のヤツらを寝返らせるタメのもンだ!」

 

 先ほどの放送がトリガーであることだけだった。

 

――別棟

 

「逃がさんぞ、絶対に……」

 

 そう呟きながら、館内放送用のマイクの前に立っていた幾月は、険しい表情で拳を握りしめる。

 先ほど、湊が研究室を襲って来た後、他の研究員に直ぐ被験体らを鎮圧するよう命じて、本人はこの離れた場所にある、もう一つの管制室にやってきていた。

 棟自体が分かれているので、湊たちのいる本棟の施設を制御することは出来ないが、放送することくらいは出来る。

 そのため、湊らが来る筈のない、この安全が確保された場所で、事前に仕込んでいた仕掛けを発動させたのだ。

 そうして、放送を終えた幾月が、通信機から聞こえてくる本棟の状況を把握しようとしていると、背後から足音が聞こえてきた。

 被験体が来る事などないと思っていた幾月は、緊張から額に汗を滲ませ、左手に銃を構えて振り返った。

 

「誰だ!」

「おー、怖い怖い。あまり物騒なものは向けないでください」

 

 銃を持っている幾月に対し、足音の主は、部屋の入口までやってくると立ち止まり、軽い口調で返した。

 相手の姿を確認した幾月は、構えていた銃を僅かに下げ、不思議そうに尋ねる。

 

「飛騨博士? 何故、ここに?」

「何故? 簡単なことです。貴方が……いえ、君がここに来ると思ったからですよ、幾月君」

 

 白衣のポケットから抜かれた右手で、眼鏡の位置を直し、飛騨はそう返した。

 普段、飛騨は幾月の事を“幾月室長”か“貴方”と呼んでいた。

 それを、わざわざ目下の者を呼ぶように言い直したことで、幾月は飛騨に何かしらの思惑がある事を理解する。

 

「懐かしい呼び方ですね。その呼び方は、先代がいた頃以来でしょうか? ですが、緊急時とはいえ、今は同じ立場です。上の役職に就いている者が、公私を混同されては示しが付きませんよ」

「ええ、確かに。しかし、君が心の内に狂気を宿していたのも、その先代がいた頃からですからね。話をするなら、当時と同じようにしようと思ったんですよ」

 

 言いながら飛騨は歩を進め部屋に入ってくると、十メートルほど離れた場所で、幾月の正面に立ったまま両手をポケットに入れて佇む。

 飛騨が何の話をしようというのかは分からないが、幾月はいつでも銃を構えられるようにしながら、話を続けることにした。

 

「狂気? ……何を仰っているのか分かりませんが、無駄な話をしている暇があるなら、職員たちとともに、被験体の鎮圧に向かうべきではありませんか? 私も今から向かおうと思っていたところです」

「私が行ったところで変わりませんよ。それに、鎮圧は先ほどの放送を聞いた第二研の子どもたちが協力してくれているでしょう。フフッ、君のことだから、謀反を起こした時点で殺すような仕掛けを施していると思ったのですが、マインドコントロールで手駒にするとは、いくらか子どもに優しい設計ですねぇ」

「ほう……、現場を見ずに先ほどの放送の意味まで理解するとは」

 

 同じ研究室の者らにも話していない、秘密裏に自分の研究室の被験体に施した処置。

 ある特定のキーワードを聞いた時、キーワード決定時に教えた命令を忠実に実行させる。

 それが先ほどの放送と、脱走しようとしていた被験体が急に寝返った理由だ。

 以前、第一研が行ったマインドコントロール実験で被験体の性格に変化が起こったため、マインドコントロールはエルゴ研全体でタブーとなっていた。

 当時は、幾月も表面上は反対派の立場を取っていたので、ばれぬよう細心の注意を払っていたのだが、まさか気付く者がいるとは思わず。幾月も苦笑で返す。

 

「やはり博士には敵いませんね。仰る通り、あれは予め設定していたキーワードを聞かせる事で、キーワード設定時に仕込んでおいた命令を実行させるという単純なものです。催眠状態なので、ペルソナは弱くなりますが、動揺している相手を無力化するくらいは出来ますよ」

「まぁ、被験体が脱走者を押さえていれば、物影から対シャドウ銃で撃ち殺せますからね。自分たちの安全を考えた良い作戦です」

「殺すだなんて、ちゃんと生かしたまま確保しますよ。どうしたんです、博士? 今日はやけに言葉が辛辣ですが」

 

 普段のおどけた様子を一切見せない飛騨の態度に戸惑っている。

 そんな風に尋ねてきた幾月を見て、フッと小さく口元に笑みを浮かべた飛騨は、白衣のポケットからある物を取り出すと、それを幾月に向かって投げた。

 

「っ!?」

 

 突然、自身目がけて物を放られたことで、幾月は身体を固くするが、それがケースに入れられたCD-ROMだと分かると、空いていた手で受け取った。

 

「……これは?」

 

 受け取ったそれを幾月は眺めるが、どこにも内容を示す情報が書かれていない。

 このタイミングで渡したのならば、何かしらの意味があるのだろうが、渡してきた人物が人物だけに内容も確認せずに読みこませるのは怖いものがある。

 そうして、幾月が視線を飛騨に戻すと、飛騨が静かに答えた。

 

「それは、私の友人、岳羽詠一朗の遺言です。事故現場で録画された、あの事故の真相と、いつか訪れる滅びについてのね」

「何っ!?」

 

 飛騨の言葉を聞き、幾月が対峙して初めて動揺を見せる。

 相手の言ったことが真実であるかを確認するように、すぐさま機械にCDをセットすると、流れ始めた音にノイズの混じる映像に目をやっている。

 

《この記録が……心ある人の目に触れる事を……願います》

 

 それに構わず、飛騨は言葉を続けた。

 

「君は知っていたのでしょう? あの少年にデスが封印されていることを。アイギスのメモリから回収できた情報。その一部に改竄の痕跡がありました。まぁ、単純に終盤を消しただけですし、他の方は気付いていなかったようですがね」

 

 丁度のタイミングで映像を見終わったのだろう。

 幾月は険しい表情で、CDを機械から取り出すと、ケースに入れて上着のポケットに仕舞い、声を荒げて飛騨に拳銃を向けた。

 

「貴様、これをどこで手に入れた! 他の者にもこれを見せたのか!?」

「発見したのは事故現場です。余計な混乱を防ぐため、ご当主含め誰にも見せていませんし、マスターデータとコピー一つしか残していません。ああ、勿論、それがコピーですよ」

「マスターデータはどこにある? 言えっ」

 

 普段の静かな物腰とは打って変わって、幾月は全く余裕のない様子で、いまにも引き金を引くのではないかという剣幕で拳銃を向け続けている。

 そんな相手の態度が面白いのか、拳銃を向けられていながら、飛騨は右手の人差し指を立てると楽しげに答えた。

 

「ンッフッフー、マスターデータは少年に渡しました。彼は岳羽詠一朗と知り合いでしたからね。遺言だと教えておきましたし、いつか家族に渡してくれるでしょう」

「エヴィデンスにだとっ、貴様なら呼び戻せるだろう。今すぐアイツを呼び戻せ! デスの器を失う訳にはいかない!」

「いやいや、出来ませんよ、そんな事。少年は自ら飛び立つことを決めたのです。それを止める事など、誰にも出来はしない」

「っ!?」

 

 直前まで浮かべていた笑みを消し、飛騨がポケットから取り出した拳銃を構えたことで、幾月も息を呑む。

 研究員の中でも、ある種真っ当な神経を持ち合わせていた飛騨が、人を殺すための道具を手にした。

 古くからの付き合いがあるだけに、幾月は表情を強張らせ、それを信じられないという目で見ている。

 そうして、お互いに銃を向けあう形で立ったまま、飛騨が口を開いた。

 

「少年は知能も知識も非常に高いレベルで持ち合わせています。ペルソナを使われれば、直接戦って彼に勝てる者などいませんし。今回の脱走でも、それらを駆使して多くの被験体らと共に逃げるつもりだったのでしょう。……ですが、たった一つ致命的なミスがありました。それは、彼が未だ経験不十分な子どもだったという事です」

 

 話している間も、飛騨は相手の心臓を狙って構えた銃を一切ぶれさせず。幾月の行動を制限する。

 しかし、今も研究所内で戦っているであろう少年を想う表情は、慈しみの中に悲しさを混じらせた、どこか泣きそうなものだ。

 

「彼は我々を脅していましたが、誰一人殺していませんし、後遺症の残るような怪我を負わせてもいません。結局、人を傷付けることを嫌う優しい少年なんですよ。だからこそ、手段を選ばない狂った大人には勝てない。彼は英雄へと祭り上げられただけの、ただの人間ですから」

 

――管制室

 

 カズキらの向かった薬品開発部と同様に、もぬけの殻だった管制室に到着するなり、湊は先ほどの放送を聞いた。

 影時間であるにもかかわらず、この管制室以外にも施設中に放送できる場所があったことも驚きだが、湊はそれよりも管制室内の惨状に言葉を失ってしまった。

 

「どう、して……。機器類が、破壊されてる?」

 

 そう、もぬけの殻だった管制室だが、そこにあった機器類は、全て破壊されていた。

 弾痕や爆発によって焼け焦げたと思われる跡、そして、破壊された影響でまだ室内が他の場所よりも暑いため、それが行われたのは騒動が起こってからなのだろう。

 自分たちがやってきて施設の制御を奪うことが予想できていたとは思えない。

 何故なら、他の研究室の人間が湊のエールクロイツの効果を知っている筈がないから。

 

「湊、どうするの?」

「飛騨さんじゃないとすれば、一体誰が? こっちの力を知らない人間が、こっちの行動パターンを予想できる訳が……」

 

 壊れて沈黙する機械を見つめながらチドリが問いかけてくる。

 しかし、第八研の部屋に置かれていた手紙によって、飛騨が今回の脱走に協力してくれていることを知っている湊は、答えずに、自分たちの手を事前に封じてきた者の正体を考えることに集中してしまった。

 それにより、背後に現れた気配への対処が僅かに遅れる。

 

「っ!? 危ない!」

「きゃあっ!?」

 

 気配を察知した湊が、傍に立っていたチドリを抱えるように物影へと飛び退くと、二人が元いた場所に銃弾の雨が降り注ぐ。

 

「痛っ……」

 

 ダダダダダッと、銃弾が放たれ続ける音が部屋の中に響き渡る。

 一時的に周囲への警戒の集中を解いた事で、攻撃への反応が遅れ、チドリを抱えるように物影へと飛び退く際に右腕に銃弾を一発受けてしまい。

 湊はその部位を押さえながら、入り口にいる人物に物陰から視線を送る。

 そこには、サブマシンガンを手にした、オールバックの男が立っていた。

 

「フハハハハッ! 無様だなぁ、エヴィデンス。いくら力を持とうが所詮はガキの浅知恵。どんな手を使ってかは知らないが、貴様が施設のコントロールを奪おうとするのは分かっていたさ」

「松本……」

 

 呟き、腕から感じる焼けるような痛みに耐えながら、湊は松本を忌々しそうに睨む。

 その間、隣にいるチドリが泣きそうな顔で、湊の怪我を負った部位を押さえているが、今の湊に宥めている余裕はなかった。

 

(油断した。前に脅したことで、相手は殆ど抵抗してこないと思ってたのに……)

 

 心の中で自分の見通しの甘さを反省しながら、湊は状況の打開策を練る。

 治療しようにも、いまいる物影では回復スキルを持ったペルソナが隠れきることが出来ないので、松本の持っているサブマシンガンタイプの対シャドウ銃の餌食になる。

 メッチーならば隠れたまま呼び出せるだろうが、悪魔の呼び出しにはペルソナよりも力を必要とする。

 この後のことを考えると、少しでも力を温存しておきたいため、力の消費の大きい存在は湊に召喚を躊躇わせた。

 

「どうかね、この銃の威力は? 人間である我々が、シャドウやお前たちのような化け物と戦えるよう開発したのだ。まぁ、開発は成功と言っていいだろう。何せ、あのエヴィデンスに怪我を負わせることが出来たのだから」

 

 言い終わると、松本は再び引き金を引いて、湊たちの隠れている物影に向けて弾丸を放ってきた。

 狭い場所で兆弾も考えず放たれ続ける魔弾の雨は、隠れている湊らの命を脅かす。

 一発の弾丸は足元に突き刺さり、一発の弾丸は耳元をかすめて通過する。

 湊は一緒にいるチドリを自分の身体で守るため、覆い被さりながら耐えているが、それでも身体に当たらないのは、持って生まれた悪運の賜物か。

 

「フフッ、この程度で死んではいまい。何せ、貴様は両親を見捨ててまで生き延びた呪われた子どもだからなぁ」

 

 瞳を狂気に染め、楽しそうに口元を歪めて嗤う松本は、空になったマガジンを取り外すと、新たに装填し直しながら続ける。

 

「親の死によって得た力はどうだ? 攻撃してきても良いんだぞ? この部屋が崩壊しても良いのならな」

 

 安い挑発だが、湊も部屋の崩壊の危険性は理解していたので、苦虫を噛み潰したような表情をしながらも手を出す事が出来ない。

 先ほど手に入れた拳銃を使うことも考えたが、チャンスは飛びだした一瞬しか無く、初めて使う武器でそんな精密射撃など出来る訳がない。

 失敗すればチドリは確実に殺される。

 自分だけの命で済むなら大博打も構わないが、チドリの命までベットすることなど出来はしなかった。

 

――別棟

 

「ハハッ、おかしなことを言う。後世に語られることはないが、彼は間違いなく英雄だ。両親を失いながらも、力に目覚め、アイギスと共に人類を滅ぼす存在と戦い、最後は自分の身を封印の器とすることで世界を救った。これが英雄以外のなんだというのかね?」

 

 飛騨の言葉に幾月は嘲笑を浮かべて返す。

 湊を英雄などと呼びたくはないが、人類を守ったという意味では、湊は間違いなく英雄として称賛されてもおかしくなかった。

 今回の脱走劇もそうだ。人類にとっての英雄だった少年は、今回は子どもたちの英雄として、皆を率いて自由を目指す。

 規模は違っていても、英雄は運命によって選ばれた者しかなることは出来ない。

 選民思想の強い幾月は、湊を疎んではいても、ただその一点だけは認めていた。

 しかし、飛騨はそれをまたもや否定する。

 

「……彼は人々の願いを押し付けられた哀れな犠牲者ですよ。君が言った通り、彼は英雄と呼ばれるに相応しい功績を残した。しかし、滅びは再び訪れる。少年を運命という名の鎖で縛りつけたままね」

 

 デスの器になった湊は、再び訪れる滅びに向かう戦いへ駆り出される。

 逃げることは出来ない。何故なら、飛び散った十二のシャドウらは、湊に封印されたデスと一つなろうとするから。

 

「英雄は運命によって選ばれた者だけがなることを許される。逆を言えば、英雄になるべき者は、そういった運命を歩むことになる。エヴィデンスもその一人だっただけだ」

「違います。彼は我々に巻き込まれただけの普通の少年ですよ。確かに才に恵まれた者ではあったのかもしれない。しかし、彼はその優しさから、アイギスの望みを叶えるため自分に出来る事を精一杯やったに過ぎません」

「フハハハッ! 面白いことを言う。しかし、デスは子どもが精一杯やった程度で戦える存在ではないのだよ。そう、普通の子どもならばね」

 

 頑なに湊は普通の人間だという飛騨の主張を、幾月は論理的に潰す。

 ペルソナに目覚めたばかりで湊はデスと戦っていた。

 だが、力の使い方もろくに知らない子どもが、シャドウの王とも言える存在と戦えている時点でおかしいのだ。

 現在の湊ならば分かるが、訓練を積んだ被験体のトップクラスの者ですらデスと戦うことは出来ないだろう。

 見た者に『死』をイメージさせ、放つ気配が明確な力の差を嫌でも理解させる。

 湊は親を奪われた憎悪と、アイギスの望みを叶えるという想いで、それを捩じ伏せたが、誰もがそんな事を出来る訳ではない。

 他の者ならば脳がどれだけ命令を発しても、身体は金縛りに遭ったように命令を拒否する。意思という名の理性を、生物としての本能が上回るのだ。

 あらゆる分野に精通する飛騨が、そんな単純なことを理解していない訳がない。

 そう思った幾月は、冷静さを取り戻し、嘲笑を浮かべながら尋ねた。

 

「博士はアレを頑なに人に留めておきたいようですが、何かあるのですか? 英雄になっては拙いことでも」

 

 尋ねながらも、幾月は飛騨が何かしら拘る理由があることは明白だと思っていた。

 エルゴ研全体の研究方針や、研究結果について議論することは今まで何度かあったが、飛騨の意見は全て論理的且つ客観的な考察もなされた、他の者を思わず唸らせるものばかりであった。

 それが、湊に対する主張だけは、筋道立っておらず、飛騨個人の主張止まりでしか無い。

 銃を構える姿は落ち着いていても、その胸中には不安が拡がっている筈だった。

 そうして、幾月が尋ね言葉を待っていると、僅かに間を開けて、やっと飛騨は口を開いた。

 

「神話の天使と同じく、英雄は怪物を別の角度から見ただけなのですよ。しかし、彼はそんな者ではない。普通の人間よりも、少しばかり他者に優しくなれる、どこにでもいる少年です」

「フフ、どんな理由かと思えばそんな事でしたか。ですが、博士も分かっておられるでしょう。アレはまだ人間側にいるに過ぎないだけだと。……そう、既に扉は開かれている。後は、たった一歩踏み出すだけだ」

 

 踏み越えれば、二度と戻ることの出来ぬ深淵。

 湊がチドリにいて欲しいと願う場所の対極。

 幾月は冷笑を持って、湊がそこへと堕ちるのは時間の問題だと告げる。

 しかし、飛騨も銃を両手で構え直し、一歩も引かずに返す。

 

「そうはさせません。そのために、私はここへ来たのだから」

「そのためにここへ? 申し訳ないが、理解しかねますね。私を足止めしたところで、何の意味もないでしょう?」

 

 対シャドウ銃を使おうが、正面から戦えば湊に勝てる筈がない。そんな事は本人が一番分かっている。

 だというのに、飛騨は真面目に言っているようで、直ぐに言葉を返した。

 

「狂気は災いを呼び、災いは英雄たり得る者を呼び寄せる。私の知る限り、内に狂気を宿しているのは君と松本室長だけだ。そんな者を、彼のいる舞台にあげる訳にはいきません」

「私のこの胸に渦巻く感情が狂気? クフフ、面白いことを言う方だ。これは狂気ではない。嘆きだ! 人間の手により、虚無の王国となってしまったこの世界へのな! そのために、まず貴方から死んでもらう!」

「っ!? がはっ……」

 

 空いている腕を広げ、幾月が高らかに宣言した直後、飛騨は背後から腹部を貫かれる痛みを感じ、口から血を吐きながらその場に倒れた。

 激痛で視界が歪む。身体に力が入らない。

 しかし、一体何が起きたのかと背後に目をやると、虚ろな瞳で槍を握った一人の少女が立っていた。

 

「あな、たは……」

「フフフッ、偉いぞ。よくやった」

 

 倒れたときに手から離れた飛騨の銃を拾い上げ、幾月は静かな笑みを浮かべながら、飛騨と少女の元までやってくる。

 そして、血のついた槍を握っている被験体の少女の頭を撫でると、幾月は倒れた相手を見下しながら言った。

 

「私が一定時間戻らなければ、ここへ来るようこの子には命じていたのですよ……。それにしても博士、貴方は実に惜しい人だ。貴方も私のように先代の思想に対し、理解を持っていれば良き友人となれたのに。まさか、あの愚かな彼、岳羽詠一朗と同じ考えを持つとは」

 

 幾月の持っていた銃が火を吹き、発射された鉛玉が飛騨の左足の太ももへと吸い込まれる。

 

「うぐぅっ!?」

 

 槍で貫かれた身体と、銃で撃ち抜かれた足から血を流し、床に赤い水たまりを作っていく。

 その苦痛に脂汗を流しながら表情を歪める様子をみて、幾月はさらに楽しそうに口の端を吊り上げた。

 

「博士の研究データはありがたく使わせて頂きますよ。今回の騒動で被験体らはいなくなるでしょうが、子どもなんてまた集めれば良いだけだ。エヴィデンスは捕らえた後、薬で脳を破壊し、時が来るまで地下で飼ってあげましょう。デスの器という、生きた屍としてね」

「やめな、さい」

「フハハハハッ! 何をやめろというのです? アレに情でも湧きましたか? 安心してください。貴方の望み通り、エヴィデンスは人のままモノに変えてあげますから」

「違います……“名切り”の血を、甘く見てはいけない……」

 

 息も絶え絶えに飛騨が言ったその時、

 

「っ、なんだ!?」

 

 建物全体に揺れが走り、どこからか爆発音が聞こえてきた。

 状況を把握しようと、幾月は機械のところまで駆けてゆき、本棟の映像を確認しようとするが、画面には砂嵐しか表示されない。

 どうやら、本棟のカメラが潰れてしまっているようだ。

 

「い、今のはなんだ? ヤツは何をした!」

 

 聞こえ続ける爆発音と、人々の悲鳴。防音性の高い建物だけに、離れているこの別棟にまで聞こえてくるなど本来ならばあり得ない。

 状況を把握するための映像が見られないと分かり、幾月は血に服が汚れるのも構わず飛騨を掴み起こし詰問した。

 すると、僅かな衝撃でも顔が引き攣る程の痛みを感じている筈だが、失血で意識を朦朧とさせながらも飛騨は口を開いた。

 

「……少し、遅かったようですね。ぐっ……はぁ、彼は被験体らの危機を知り、踏み越えてしまったようだ。彼を追い詰めたのは我々です。素直に逃がしていれば良かったものを……エルゴ研はもう終わりです」

 

 離れていても感じる“消えてゆく命”と“死”の気配。

 あの日、ムーンライトブリッジへ飛び去ってゆくデスを一目見たときですら、いまのような感情は抱かなかった。

 そんな、滅びを求めている幾月が、本能が近付くことを拒否していると感じてしまったのだ。

 しかし、それを否定するように、幾月は言葉を荒げて飛騨に詰め寄る。

 

「アレはなんだっ、あんなモノ、私は知らないぞ! 英雄や怪物とはその者の内面と行動の話しだ! しかし、アレではまるで本物のっ」

「伝承の……怪物だと? そう、ですね。人々に畏怖されたであろう、名切りの起源はそこかも知れない。血に宿る殺しの力を持った彼は、死を間近で見て能力に目覚めた時点で既に第一の扉を開けていた。そして、今回のことがトリガーとなって、普通の人間が辿り着くよりも奥に隠された禁忌の扉を開けてしまったのでしょう……」

「ナギリとはなんだっ、それがアレの力の正体か?!」

「名を断つ存在らしいです。目覚めたのならもう遅い……。君も死にたくなければ逃げなさい。怪物か死神か、いまの彼が何かは分かりませんが……出会えば死は避けられない」

「くっ、おのれっ!」

 

 飛騨の言葉を聞くと、焦りを浮かべた表情で幾月は立っていた少女を連れて駆け足で部屋を出ていった。

 血に染まり、部屋で倒れている飛騨は、薄れゆく意識の中、独り想う。

 

(ああ、これが“死”ですか。何もない、完全な無。こんなものに救いなど無いというのに……)

 

 桐条の先代当主、それに幾月は滅びに救いを感じていた。

 だが、近付いてくる死を知った飛騨は、死には無以外は何も存在しないと思った。

 そうして、視界が暗くなり音が遠くなるのを感じながらも、遠くから感じる湊の気配に意識を寄せながら、弱々しく呟く。

 

「守って、あげれなくて、済みません。ですが、どうか幸せに生き、て――――」

 

 結局、湊を守ることは出来なかった。

 湊がチドリに温かい明るい世界で生きて欲しいように、飛騨は湊にも同じ場所で生きて欲しかった。

 しかし、それはもう叶わない。

 幾月の足止めすら満足に出来なかった事に、申し訳なさを感じながら、影時間の中、飛騨は二人の子どもの幸せを願い、静かに息を引き取った……。

 

 

 


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