【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第百九十話 十年目を前にして

2月26日(木)

夜――月光館学園・女子寮

 

 父の死の真実を知る。そのために巌戸台へやって来た少女は、自身の見通しの甘さと現実の厳しさに打ちひしがれ、部活を終えて寮に帰ってきてから一人廊下の休憩スペースでぼうっとしていた。

 当時の新聞記事や特集記事を載せた雑誌を見ても、書いてあるのは桐条グループと研究主任だった岳羽詠一朗への非難、そして実験を行った理由とされる勝手な憶測ばかり。

 研究主任ではあったがまだ若かった岳羽が、どうして成功を焦って危険な研究をしようというのか。人によっては若くても焦るかもしれないが、ゆかりの覚えている父はもっとおっとりとした人の良い性格であった。

 そんな父が自分から危険な研究を進めていくとは思えず、結局、有益な情報を得られていないことで、ゆかりは自分の能力では十年前の出来事など調べられないのではないかと諦めムードに入っていた。

 

(有里君にあれだけ言っといてこれだもんなぁ。お父さんのことは何も分からない。調べる糸口も分からない。結局、やったことは自分で告白しておきながら、自分勝手に振って有里君を振り回しただけ。本当に自分が嫌になるわ)

 

 自分がここで呆けている間に食堂の利用時間が迫っていた。館内放送でそれを聞いたゆかりは、しまったと表情を歪めるがすぐに今日はいいかと諦める。

 世間で騒がれるようになった無気力症ではないが、気持ちばかりが先行して実際には何一つ出来ていない自分に嫌気がさし、ゆかりは何もする気が起きなくなっていた。

 こんな事なら父のことを諦め、素直に湊と交際を続けて幸せな生活を謳歌していれば良かったと考えてしまう程度にだらけている。

 途中、心配して友人が様子を見に来てくれたけれど、相手はゆかりが思春期特有の将来の不安を覚えていると考えて気楽に行こうとアドバイスをして去って行った。

 本当はそんな話ではないのだが、訂正するのも面倒で、このまま部屋に帰って今日は寝てしまおうかと考えたとき、廊下の向こうから寮母の女性がやってきた。

 

「あ、岳羽さん。あなた、岳羽さんでしょ?」

「え、あ、はい。そうですけど」

 

 やってきた寮母と話をするため立ち上がれば、相手は会えて良かったとホッと息を吐いた。

 名簿を見ればどの部屋で暮らしているかは分かるけれど、部屋にいなければ寮内を探すか、最悪登録してある番号に電話をかけなければならない。

 そこまでせずに見つかって良かったと笑った女性は、手に持っていた封筒を差し出しながら口を開いた。

 

「良かった。探していたのよ。はい、あなた宛のお手紙。差出人は岳羽詠一朗さんって方よ」

「は? ちょっと待って、そんなはずっ」

 

 十年前に死んだ者から手紙が来るなどあり得ない。けれど、寮母が嘘を吐く必要性もないことで、ゆかりは一体どういうことだと混乱しながら手紙を受け取り確認した。

 そこに書かれていたのは間違いなく手書きの父の字。しかし、封筒と書かれた文字の様子からどうにも年季が入りすぎていると思って裏を向ければ、そこには封筒に印刷された「ムーンライトブリッジ開通記念」という文字があった。

 つまり、これは一時期流行った未来への手紙と呼ばれる、いわゆるタイムカプセル的なものらしく。およそ十年経ったことでこうして送られてきたと言うわけだ。

 父のことを諦めかけていたときに自分の許に来るなど、運命の悪戯を感じずにはいられない。

 その可能性は低いと理解しつつも、この手紙には何かしら父の行っていた研究のヒントが書かれているのではと、ゆかりは淡い希望を抱いた。

 

「あの、どうもありがとうございますっ」

「あ、ちょっと、受け取るならサイン! それに荷物も忘れてるわよ!」

 

 手紙を受け取ったゆかりは自分の部屋へと走った。この際、ヒントなどなくてもいい。ただ十年前の父が自分にどんなメッセージを送っていたのか知りたかった。

 父の手紙を持って駆ける少女の瞳には、諦めかけていたとは思えぬほどの力が戻っていた。

 

 

2月27日(金)

放課後――月光館学園

 

 金曜日の放課後、部活はないがラビリスが掃除当番になっていたことで、揃ってEP社に行く用事のある湊は時間潰しも兼ねて教師からの頼まれごとで資料室に資料返却に来ていた。

 そして、時計を見てそろそろ掃除の終わる時間かと思って部屋を出ると、彼の後ろから少し顔の赤い風花が出てくる。

 ただの資料返却でどうして顔が赤くなっているのか他の者が見れば疑問に思うだろう。ただ、今この場には二人しかおらず、誰も尋ねないので中で何があったかは本人たちしか分からないが、湊が施錠したタイミングで遠くから呼びかける声が聞こえてきた。

 

「あ、有里君と風花じゃん。二人も掃除当番だったの?」

 

 やってきたのは鞄と一緒に部活の用意を持っているゆかりだった。湊たちが所属している総合芸術部は休みだが、弓道部にも所属している彼女はそちらの活動があるらしい。

 近づいてくるゆかりを見て風花が気まずそうにしていても、湊はいつもと変わらぬ態度で返事をした。

 

「今週は当番じゃないが、五限目に使った資料を片付けに来ただけだ。山岸、手伝ってくれて助かった。また今度ジュースでも奢る」

「う、うん。別に気にしなくていいよ。それじゃあ、今日はちょっと用事があるから先に帰るね。ゆかりちゃん、部活頑張ってね」

「あ、うん。お疲れー」

 

 鞄を持ってきていた風花は二人に頭を下げて別れを告げると、パタパタと急ぎ足で去って行った。

 湊が用事を終えた彼女を送り出したようにも見えるが、会ってすぐに帰られたことでどこか避けられたような気がしたゆかりは、青年の様子をジッと観察してから、先ほどの風花の様子がいつもと違ったような気がして湊に探りを入れる。

 

「……ねぇ、風花と何かあった?」

「何かとは?」

「いや、その、仲が縮まるようなこととかさ」

 

 チドリや佐久間のように明確な執着を持っているわけではないが、風花も以前からやんわりと湊を意識する場面が度々見られていた。

 女の勘と言おうか、好きな人を目で追っていると自然とまわりにいる女子の姿も入ってきて、最近で言えば風花の割合が増えている。

 そこに先ほど見たばかりの光景を足せば、ゆかりと別れてフリーになった湊が、今度は同じ部活仲間である風花といい仲になってきているという推測が立つ。

  既に別れたゆかりに二人の仲をどうのこうの言う権利はないが、まだ湊を好きでい続ける少女としては気になってしまい。多少、歯切れの悪い訊き方になったが湊は普段通りのやる気のなさでそれに返してきた。

 

「まぁ、四年も同じクラスだしな。それなりに親しくはなれたんじゃないか?」

「そういうんじゃないって。何だろう。えーっと、距離感みたいなのがさ。近くなったような気がして」

 

 そんなものは訊かなくても分かっている。

 と言うより、ゆかりが尋ねている意味を理解していながら、青年は敢えてズレた回答をすることで遊んでいるらしく、気付いたゆかりが真面目に答えろと責める視線を送れば湊は苦笑して別の話題を振ってきた。

 

「なんだ。疲れてるのか?」

「……うん。少し疲れてるかも。ごめん、ちょっと充電させて」

 

 話を逸らされた気もするが、言ってゆかりは湊に抱き付く。こんな姿を他の者に見られれば大変だが、幸いな事に二人のいる廊下には誰もいなかった。

 湊と別れてから父の事を調べ始め、まるで成果のないまま十年が経とうとしている事実にへこみ、こんな事なら父の件は諦めて湊と別れず普通の幸せを選べば良かったと考えてしまう程度にゆかりは疲れていた。

 何も言わなくてもそれらを察してくれる湊の優しさが嬉しくて、頑張るためにちょっとだけ休ませて欲しいと抱き締めて貰ったゆかりは、彼に優しく包まれ胸に広がっていた不安が解けていくのを感じ、本当に魔法みたいだと久しぶりに穏やかな笑顔を見せた。

 

「ありがと、結構元気出た」

「愚痴はまだいいのか?」

「そっちはまだいいかな。なんか昨日の夜に変な夢みちゃってさ。それで寝不足で疲れてたの」

 

 今後への不安と父のことを強く意識させる切っ掛けの手紙が来たからか、ゆかりは昨夜変な夢を見てしまったと湊に話す。

 空気が生温い感じがリアルでねと苦笑したとき、話を聞いていた湊はゆかりの頭を撫でながら彼女の体調を心配してきた。

 

「夢は精神状態が深く関係してくる。仮に似たような夢を続けてみるなら、病院でカウンセリングを受けるなり、睡眠導入剤を処方して貰うなりした方がいいぞ。幸いなことに近くに大きな病院もあるしな」

「うん。続くようだったらそうする。じゃ、私は部活だから。またね」

「ああ、またな」

 

 会う前と会った後でゆかりは明らかに表情が違っていた。彼女のいう充電とやらは効果抜群だったようで、離れて小さくなっていくゆかりの足取りは軽い。

 しかし、それとは対照的に見送る青年は、先ほどのゆかりの話について真剣な顔で考え込んでいた。

 

(……タイムリミットか。岳羽の目的を考えれば、あいつは桐条側に行った方がいいんだろうな)

 

 ゆかりの見た夢というのは特徴から言って影時間の事だろうと途中で察していた。

 湊の周りにいる者たちは影時間に適応し過ぎている湊の高い適性に感化されてか、素質がある者は既に覚醒や適性獲得への兆候を見せている。

 真田の妹である美紀がその代表で、彼女はペルソナに目覚めるほどの適性はないが、既に影時間の適性を完全に獲得し、シャドウが凶暴化する満月には桔梗組の方で保護されていた。

 そして、今回の事でゆかりも既に適性を獲得したと判断でき、彼女がペルソナを覚醒させるのはそう遠くないだろうと湊は読んでいる。

 同じく風花も徐々に適性が高まっているため、覚醒すれば二人も他のペルソナ使いと共にいるようになると思われるが、桐条に近づこうとしているゆかりはS.E.E.S.へ所属した方が彼女にとって有益で、風花に関してはどちらでも構わないはず。

 現在既に美紀を保護しているので、それが二人に増えようが三人に増えようが構わないと考える湊が生徒玄関へ向かうと、丁度そのタイミングで上から降りてきた少女が湊に声を掛けてきた。

 

「あ、弟君だ。やっほ、元気してる?」

「時任先輩……卒業前だってのにまだ学校に来てたんですね」

「まぁ、ボクシング部のマネージャーは卒業式まで引退しないからね。進学の準備もそれほどないし、家でゴロゴロしてるより部活してた方が楽しいんだ」

 

 柔らかな笑顔で話しかけてきたのは三年生でボクシング部マネージャーの時任亜夜。

 湊に言わせれば真田に惚れているという男の趣味が悪い先輩だが、彼女は十年前の事故で亡くした弟に生意気なところが似ている湊によく構っていた。

 構われている方も過干渉は面倒だが、相手くらいの距離感ならば別に問題ないと許容しており、もうすぐ卒業する少女と他愛のない雑談を交わす。

 けれど、先ほどまで影時間について考えていた湊は、感覚が敏感になっているのか話の途中で気になることがあり、自分だけ別の時の流れに乗るとアベルの剣を呼び出し亜夜の胸を貫いた。

 アベルの剣は“楔の剣”と呼ばれる特殊な武装で、普段は切れ味のいい実体剣だが、赤い光を纏うと相手の適性やペルソナを奪う魔法剣になる。

 そして、魔法剣状態の剣を引き抜くと彼女の中から小さな黒い欠片が現れ、それを手のひらの上で浮かせながら湊は自分の中にいるシャドウの王に話しかけた。

 

「ファルロス、これは何だと思う?」

《何だと思うって訊かれると、僕の力の欠片かなって答えるしかないんだけど》

 

 湊の手のひらの上でゆっくりと回転する黒い欠片は、通常のシャドウよりも濃い気配を漂わせている。明らかに普通の物ではないと思って取り出したが、まさかファルロス本人の力の欠片だと言われ、湊は飛び散ったのは十二体のアルカナシャドウだけだったはずだと聞き返す。

 

「お前の力は俺に封印された本体と十二のアルカナシャドウに分かれたんじゃなかったのか?」

《お皿を床に落とすと大きい塊と小さな欠片が出来るでしょ? 大きな塊のアルカナシャドウは自律行動を取ったけど、自然消滅するはずだった小さな欠片もいくつか人の中に入り込んでたみたいだね》

「抜き出した以上影響はもうないよな?」

《適性持ちでもないし、大丈夫のはずだよ。ああ、けど、僕の力は少し回復するみたいだ》

 

 本来なら消えるだけの力の欠片が、どういう運命の悪戯か少女の中に入り込んでいた。

 そのままにしていれば欠片の影響で人格に変調をきたすことや、傷が癒えてアルカナシャドウが復活してくれば、通常のシャドウよりも強い力を宿すデスの欠片を求めてシャドウが彼女を襲うかもしれない。

 それを未然に防げただけでなく、欠片を取り込むことで中にいるファルロスに僅かにだが力が戻った。まだ完全に外に出ることは出来ないが、ペルソナ召喚の応用で湊がエネルギーを肩代わりすれば一時的に実体として顕現出来るようになったのだ。

 試しに出てきたファルロスが廊下の窓を開けて見せると、友人を見ていた湊は小さく笑って口を開いた。

 

「……名前、考えておかないとな。力が戻れば人として過ごすんだろ?」

《うん。君と同じ学校に通ってみたいからね。洒落た名前を期待してるよ》

「ああ、今と同じように男性器の意味になるものを選んでおこう」

《う、うん。そこは別に普通の名前でいいかな。マーラとかダビデとか付けられても困るし》

 

 ファルロスとは確かに男性器という意味を持つ単語だが、別にわざとそういう意味を意識して名乗った訳ではない。というか、自分は男性器ですと自己紹介する者などいるはずがない。

 なので、湊は気を利かせて同じ意味になるよう考えるつもりだったのだろうが、ファルロス本人はその名が男性器の隠語になった神や世界一有名な包茎男の名前にされても困るので、あくまで日本人の名前でいいよと彼に説明しておいた。

 

――EP社・研究区画

 

 掃除を終えたラビリスと合流した湊は、バイクを走らせてEP社の地下にある研究区画までやってきた。

 IDを提示して中に入るとき、今日もまた公安の人間が一般人を装い病院や食堂の方を彷徨いていたと警備から報告を聞き、また後で対処しておくと答えて湊は廊下を進む。

 隣を歩くラビリスは落ち込んだ様子でため息を吐いているが、なぜ彼女がそんな様子なのか分からない湊は、いい加減鬱陶しいのであきれ気味に声をかけた。

 

「さっきから何でため息を吐いてるんだ?」

「なんでって、分かるやろ。もう一週間以上もおらんねんよ? はぁ……せっかく遊ぼうと思てボールも買ったのに、コロマルさんってば誰かに貰われたんやろか」

 

 ラビリスが暗い理由、それは長鳴神社の犬であるコロマルがいなくなったからだ。

 つい先日までは見かけたというのに、ここ一週間ほどは朝も夕方も見かけなくなり、後で食べてくれと置いていったドッグフードも鳥が食べていて、コロマルが帰ってきた形跡は一切なかった。

 誰かに飼われているのならいいが、もしも、事故にあったり保健所に保護されているなら心配である。彼の安否が気になってため息が出るのもしょうがないと少女が言えば、それを聞いた青年は聞いて損したと鼻で笑った。

 

「犬の一匹や二匹いなくなったところで別に生活に影響はないだろ」

「影響あるし。ていうか、湊君が飼わせてくれとったら心配せんで済んだんやで?」

「俺は責任を持てないから飼わないと言ったんだ。君よりずっと現実的だよ」

 

 冷たい物言いにラビリスはムスッとした表情を浮かべ、あまりに薄情すぎると責めるように睨んだ。

 けれど、なんと言われても湊はペットを飼うことは反対で、どうして自分から苦労と責任を負おうとするのか理解できないと首を振る。

 コロマルは飼い主がちゃんと躾けていたのかとても利口で、悪意を持って近づこうとする者以外には吠えたりもせず大人しいものだが、それでも日中は誰も居ない家に留守番させることになったり、ほぼ毎日散歩に連れて行く必要があったりと手間がかかる。

 ペットとの触れ合いで得るものは当然あるに違いないけれど、それならEP社で行っているペットの躾け教室のアシスタントのバイトでもすればいいと湊は考えていた。

 そうして、湊のことを冷たいと言ってラビリスがへそ曲げつつ部屋の前に着けば、カードキーを通して扉を開けながら湊が一言告げた。

 

「それとな、あの犬ならここにいるぞ」

 

 青年の声が消えるか否か、ゆっくりと自動で開いていく扉の中を見たラビリスは目を見開いた。

 

「コロマルさん!」

「わん!」

 

 驚きつつも、久しぶりの再会を喜びラビリスが駆け出せば、コロマルも嬉しそうに尻尾を振ってやってきた。

 少女は相手がどうしてここにいるか分からないだろう。ここに連れてきた張本人は、足にすり寄ってきた相手の頭を一度撫でると準備のため部屋の奥に行ってしまうが、ラビリスは相手の頭や首をわしゃわしゃと撫でながら、彼の首に見覚えのない首輪がついている事に気付いた。

 

「あれ、コロマルさんその首輪どうしたん? 前に湊君にもろたやつ外してもたん?」

 

 丸っこいパーツの付いた変わった形の首輪。どことなくヘッドフォンのようにも見えるが、ヘッドフォンは頭に沿う部分にのみカーブを描いたパーツが付いていてリングにはなっていない。

 そうして、観察しているとラビリスは自身のコアである黄昏の羽根が目の前の首輪に反応している事に気付き、もしや黄昏の羽根を積んでいるのかと思ったところで部屋の奥からやってきたシャロンが彼女の疑問にあっさりと答えた。

 

「それはワンちゃん用の召喚器よぉ。坊やがその子を連れてきてから作ったの」

「召喚器って嘘やろ!? え、コロマルさんもペルソナ使えるん?」

 

 彼女が驚くのも無理はない。ペルソナとは高次の精神を宿した者しか獲得する事の出来ない異能であり、それは死と向き合うことでのみ発現させる事が出来るのだ。

 ラビリスの主観ではどんな頭のいい動物でも死という概念を理解できず、故にペルソナとは人間のみが獲得できる力だと思っていた。

 けれど、コロマルがここにいて主任であるシャロンが嘘を言うとは思えないので、一体どういうことかラビリスは視線で湊に尋ねた。

 

「この前、影時間にシャドウと戦ってるのを見つけてな。やられそうになってたから力を貸して、戦闘終了後に治療と事情説明のために保護したんだ」

 

 簡単な説明だが実に分かりやすい。世の中珍しいこともあるもんだとラビリスはコロマルを撫でながら素直に驚いている。

 

「ほわぁ、犬でもペルソナ使いになれるんやね」

「わん!」

 

 まるで、どうだと言っているかのように誇らしげな顔で鳴くコロマルを、ラビリスはすごいすごいと褒めてやる。

 そんな二人の姿を視界に捉えながら、色々な器具を持ってきて用意している湊は追加でコロマルの情報を話す。

 

「軽く戦闘訓練もしたんだぞ。練度はまだ甘いが獣だけあって危機察知能力と敏捷性に優れてる。本能で死を当たり前のものとして受け入れているし、こいつのペルソナの伸び代は他の者より遙かに高い」

「へぇ、やっぱコロマルさんはすごいんやね。あ、ウチもペルソナ持ってるから、これからは一緒にタルタロスとか行こな」

「わふ」

 

 いくら説明を受けてもペルソナを駆使した戦闘は実際にやってみなければ分からない。犬用の召喚器が完成してから、湊は最初にラビリスを目覚めさせた第二演習場で戦闘訓練を行った。

 犬だけあって牙と爪は人のそれより鋭く強いが、流石に戦闘で酷使すればダメージが蓄積して日常生活で使えなくなってしまう。

 そこで湊は相手にナイフを咥えるようにアドバイスし、すれ違いざまに切りつけるという方法を最初に覚えさせた。口に咥えているため顔という急所を敵に近づける必要があるものの、慣れてくれば三角飛びの要領で器用に切って離脱することも可能になっていた。

 コロマルの成長には湊も素直に驚き、ならばペルソナはどうだと実際に召喚させれば、犬でありながら炎を一切恐れず、湊が蛇神の影から呼び出した亡者共を苦もなく倒した。

 獣としての危機察知能力に加えてバトルセンスの良さも見受けられ、極めつけとしてコロマルのペルソナである剛毅“ケルベロス”は潜在値が他の誰よりも高く、それは大きな変化が必要ないほど彼の心にしっかりとした芯があってぶれないことを表わしていた。

 アナライズでも確かめコロマルのペルソナ使いとしての期待値を把握した湊は、これは予想外の拾い物だと密かに喜んでいる。

 そうして、中々に信用できる戦力を手に入れた湊は、全ての準備を終えたようで戻ってくるとラビリスに話しかけた。

 

「さて、そろそろいいか?」

「あ、うん。一緒に来てって話やったけど、今日はなにするん?」

 

 彼女は湊に研究所に一緒に来てくれと言われやってきただけで、ここで今日何をするのかまでは聞いていない。

 新しいパーツのテストであったり、使っている戦斧の改良版を試すなど、彼女はこれまで様々な研究に協力してお給料を貰ってきた。

 湊と暮らすようになって服や日用品に食料品と言った物を買うようになり、まともな金銭感覚を身につけた彼女にすれば少し貰い過ぎではないかという額だが、ラビリスのテストしたパーツや技術が将来的には軽量且つ高性能な義肢として活用されるようになるので、医療の発展に対する貢献度を思えば決して高すぎるという事はない。

 そして、ラビリスもこれからは自分のお小遣いからコロマルの世話用品を買おうと思っているため、コロマルのエサ代のためにも頑張るぞとやる気を見せれば、

 

「ラビリス、今日から君には人間として生きて貰いたい」

 

 湊がそう話し、武田とエマがタイヤ付きの酸素カプセルらしき大きな機材を運んできた。

 機材の半分は透明になっており、そこから見えた中にはラビリスそっくりの少女がまるで寝ているかのように横たわっている。

 先ほどの青年の言葉と併せて考えれば、もしや、本当に彼は神の領域に踏み込んだ禁忌の研究を完成させたのかとラビリスは動揺しながら尋ねた。

 

「え……これ、え、ホンマに? ホンマのホンマに完成させたん? だって、ウチと会って一年くらいしか経ってへんよ?」

「坊やが本物の馬鹿だったからねぇ。基礎理論は一緒に組んだし、培養中の調整も手伝ってたけど、ほとんどこれ一人で作り上げたようなものよ。貴女たちを早く人間にしてやるんだってね」

 

 ロボットを人間にするために掛けた時間がたったの一年。実際にはラビリスと会う前からシャロンたちと一緒に研究はしていたが、それでも半年しか違わず、湊は一年半で対シャドウ兵器用の生体ボディを作り上げた。

 カプセルの中で酸素マスクを付けている入院着の少女は、本当に今にも目を覚ましそうで、これで魂だけが宿っていないなどまるで信じられない。

 けれど、実際にシャロンたちも脳波や電気刺激で反応を見て、一切覚醒の兆候が見られなかったことで、これが植物状態とは別の症状だと判断し、未だ完全には信じ切れていないが湊の悲願が達成されたことを認めた。

 

「な、なぁ、大丈夫なんかな? ウチが人の身体になったら、これまでの記憶を失ったりとか、ペルソナ使えんくなったりとか、機械やから出来てた無茶も出来なくなるんやろ?」

「まぁ、生身だからねぇ。耐久性っていうの? 人らしく言えば怪我のしやすさは格段に高くなるけど、それって人としてはしょうがない話よ。普通の生き物は死んだら終わりなんだもの」

 

 これで君は人になれる。そう告げられた少女は不安な表情を浮かべ、湊とシャロンを交互に見ながら自分の正直な気持ちを伝える。

 

「ウチ、人になりたいって思ってたけど、ははっ、なんかいざなれるって言われると怖いわ。今なら大破しても新しくボディ作ればいいんやもん。怪我やってダメージフィードバックをカットすれば腕がもげても戦えるし。シャドウとの戦闘を考えたら今のままの方がええと思うんよ」

 

 シャドウとの戦闘は決して楽なものではない。明らかな格下であっても、一つの油断で大怪我を負わされることもある。

 今のラビリスの身体ならばパーツ交換ですぐに復帰できるが、もし人の身体になれば腕がもげれば治らなくなり、その後は足手まといだからと戦線に出られなくなる。湊の傍にいようと考えている少女にとって、それはあまりにデメリットが大き過ぎる。

 故に、シャドウとの戦闘が終わるまで様子を見ないかと提案すれば、彼女の瞳をまっすぐ受け止めた青年が口を開いた。

 

「……ラビリス、君が怖いと感じるのは分かる。死への恐怖は生き物が持つ本能だからな。それを理解している君の心は既に機械の域を超えている。ただ、生きるというのは死への恐怖だけじゃない。人になれば君は新しい命を宿すことも出来るようになる」

 

 ロボットと人の最大の違い。それは子を成す事が出来るかどうか。

 彼女もどうすれば子どもが出来るかは知識として知っている。今の身体は生殖器内部までは作り込まれておらず、そういった事をする相手もいないので勿論経験はないが、病院の方で仕事を手伝う中で赤ん坊を抱かせて貰ったことはあった。

 見るからにとても脆くて、触れることすら不安になってしまうくらい弱い存在。それなのに命の輝きに溢れていて、赤ん坊を抱いたときラビリスは心の奥に不思議な温かさを感じた。

 人になれば少女もあの尊い存在を宿し、産むことが出来るようになるという。それを聞いたラビリスの心が動きかければ、

 

「一応補足しておくとさ。完全な人間って訳でもないのよ。臓器とかは生体パーツだから人のそれと同じ機能だけど、どうしても求める細胞の強度に達してない部分があって、そういった点を解決するために超微小サイズにした黄昏の羽根を全身に取り込んでるから、平時でも付与効果で一般人より身体能力とかは高くなってるわ」

 

 シャロンがさらに説明を加え、セーフティーをかけている現在よりも自然な形で高い身体能力を発揮できると太鼓判を押した。

 ただ、いくら身体能力が保証されても心配事は残っている。

 

「じゃあ、ウチの中におるもう一人のウチはどうなるん?」

「彼女は君の別の側面だ。根っこで繋がっているから分離は出来ない。まぁ、生身で別人格に近い物を保持しているのは不安かもしれないが、全ての記憶をコアと一緒に移すから、そこは安心して欲しい」

 

 ラビリスの中にいるもう一人の彼女とは、負の感情を司り攻撃的な別人格であるシャビリスの事だ。

 本人は湊以外にそう呼ぶことを許可していないけれど、面倒なので研究時の仮名称としてそれは採用されていたりする。

 そんなシャビリスの人格は、ラビリスが受け継いだテストベッドの姉妹機たちの感情データとラビリス自身の負の側面が結びついたものであり、厳密には別人格という訳ではない。

 彼女を分離するという事はラビリスの人格を一部切り離すということなので、そんな事は技術的に不可能だと湊は告げた。

 どうせなら彼女も別のボディに移って、一つの個として生きればいいのではと考えていたラビリスは肩を落とすも、そんな彼女にシャロンは一番気にしていた戦闘面についての情報を付け加えた。

 

「ああ、あと生体ボディでもオルギアとE.X.O.は使えるわよ。オルギアは肉体の活性化による身体能力のアップだけだけど、E.X.O.はコアと全身に取り込んだ羽根を共鳴させて、その間はペルソナの鎧で全身を覆ってるような状態になるわぁ。オルギアはともかく後者は使用後に疲労感がドッと押し寄せるでしょうけど、三分くらいは問題なく使えるから、羽根の付与効果も含めて影時間の活動は前とほぼ変わらない力を発揮できるんじゃないかしら」

 

 十年前に作られたアイギスのオルギアモードには、使用後にオーバーヒートで動けなく欠陥があった。それを現代の技術で解決し、クールダウンが完了するまで再び使用出来なくなるものの、効果が切れても戦闘を続けられるようにしたのが改良版オルギアモード。

 理論は異なるが人の身体でも黄昏の羽根を搭載したままになるラビリスは、そこから全身にエネルギーを送ることで細胞を活性化させ、通常の運動と同じ負担で一時的に身体能力にブーストをかける事が出来る。

 正式名称“エクストリーム・オルギアモード”ことE.X.O.は、それをさらに発展させたもので、ペルソナ召喚時のエネルギーを黄昏の羽根に送って増幅し、増幅させたエネルギーで今度は自分の肉体を包み、限界ギリギリの力を使うことで使用後の負担は大きいが、ペルソナの鎧を纏いながらオルギアモード以上に身体性能を引き上げる新技術だ。

 改良版オルギアモードはEP社製対シャドウ兵器ボディのイヴにも搭載してあるが、E.X.O.はペルソナの力を利用する関係で、黄昏の羽根を宿し肉体の強度もある湊とラビリスの二人しか使用出来ない。

 それが生身になってからも使えるというのは朗報だが、彼女は最後にもう一点だけ教えて欲しいと質問を口にした。

 

「ロケットパンチは?」

「……それいるのか?」

「あると便利やねん」

「分かった。アームドギアとして開発できないか検討してみる。ただ、現状、戦斧にチェーンが付いてて中距離もいけるから、緊急性は低いと判断しての開発になるから期待するなよ」

 

 一応、ラビリスたちの人工骨格は肘・肩・膝の関節で分離する事が出来るようにはなっている。外した部位にはこれまで開発した武装を装着できるものの、生身で分離した場合は肉ごと切り離すことになってしまう。

 湊はそういった痛みを平気で我慢して血を流しながらパーツを換装できるが、生身で感じる痛みを知ったラビリスやアイギスが同じように我慢して戦闘を続けられるとは思えない。

 よって、湊はロケットパンチを鎧も兼ねた新武装として開発してみると彼女に約束した。

 日常生活には必要ない物も、戦闘という非日常の中では慣れ親しんだ武器として信頼しているため、咄嗟に頼りたくなるときがあるかもしれない。

 そう考えて気にしていた少女も最後の不安が取り除かれれば笑顔を浮かべ、湊たちによろしくお願いしますと生体ボディへの移行を頼んだ。

 行う作業は大きく分けて四つ。まず彼女の記憶を吸い出し記憶媒体としての黄昏の羽根に移す。そして今度は光の粒状にした羽根ごと記憶を脳に定着させ。それが終わってからようやくラビリスのコアである黄昏の羽根を移植する。

 身体にメスを入れて傷つけたくない湊は、黄昏の羽根の分解と再構築が可能な者が自分しかいないため一人でこなし。それらが終わってから、ようやく締めである生命力の供給で全ての羽根を共鳴させ、彼女の肉体の全機能を目覚めさせると、記憶と人格はそのままに肉体の移行を無事に成功させた。

 

 


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