【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第百九十一話 少女の勧誘

3月8日(日)

午後――月光館学園

 

 先日、高等部の卒業式を終えたばかりの月光館学園。休日にもかかわらずそこへやって来た岳羽ゆかりは、約束の時間には遅れていないなと腕時計を見ながら、生徒会室の前まで来ると軽く扉をノックした。

 すると、中から「どうぞ」という女性の声が聞こえてきたので、ゆかりは失礼しますと言いながら扉を開き中に入った。

 

「来てくれてありがとう。休日に呼び出してすまないな」

「いえ、大切な話ってことなんで気にしてません」

 

 部屋の中にいてゆかりに話しかけてきたのは桐条美鶴。来年度には生徒会長になると見られている本校母体グループのご令嬢だ。

 そんな彼女の向かいの席にやってくると、相手に座ってくれと言われてゆかりは素直に席に着く。

 美鶴の方を見れば何やら分厚いファイルが置かれているものの、彼女はすぐに話し始めるつもりはないらしく、沸かしておいた電気ポットで紅茶を淹れ、それをゆかりと自分の前に置いた。

 

「話をするのにお茶の一つもないというのは寂しいからな。飲みながら話をしよう」

「はい、いただきます」

 

 来るまでに冷えていた身体を温めるためにカップを手に取り口を付ける。電気ポットで淹れた紅茶だが普通に淹れるよりも美味しく感じ、ゆかりはそれで相手が紅茶を淹れるのに慣れているのだろうと察した。

 静かに紅茶を飲むゆかりの正面では、美鶴も上品な仕草でカップに口を付けているが、正直に言えばゆかりは相手が苦手だった。

 文武両道、容姿端麗、家柄もよく、公私をきっちりと分ける公平さを持っている事で周囲からの信頼も厚い。

 似たような男をゆかりは一人知っているが、あれは力を見せることで周囲を黙らせているタイプなので、力の見せ方や使い方に関しては正反対と言える。

 そう考えたところで、そういえば二人は親戚ではないが似たような関係だったなと思い出し、呼ばれた理由を聞いていないゆかりは、もしかすると湊に関係する話だろうかと推測した。

 

「あの、今日呼ばれたのって有里君関係ですか?」

「ん? いや、別に彼は関係ないが。どうしてそう思ったんだ?」

「先輩と私って有里君を挟まないと接点がほとんどないじゃないですか。だから、何か彼のことで訊きたいことでもあるのかなって」

 

 同じ学校に通う先輩と後輩だが、別に部活が一緒という訳でもなく、相手が湊のまわりをチョロチョロしているうちに少し話すようになっただけ。

 桐条家主催のパーティーに出席して面識があったとしても、湊がいなければ会えば挨拶を交わすくらいの関係にはなっていなかっただろう。

 ゆかりがそれを理由として湊関連の話だと思っていたと言えば、美鶴は確かにそうだなと苦笑しつつ改めて今回の話に湊は関係ないと否定した。

 

「君が彼と交際していた事は知っている。まぁ、中等部にいた者にとっては有名な話だからな。ただ、それと今回の件は関係ない。もし仮に有里のことを訊くなら、吉野や汐見を呼んだ方が早いだろうしな」

「じゃあ、今日はなんで?」

 

 湊の話を聞きたいなら家族であるチドリやラビリスに尋ねる。恋人だったゆかりしか知らない事もあるだろうが、美鶴は他者の恋愛事情に首を突っ込むタイプではないので、恋人同士の思い出かもしれない部分に触れることはないのだ。

 しかし、そうなると美鶴はゆかり個人に用事があって呼び出した事になる。知らない仲ではないけれど、やはり繋がりは薄いので呼ばれた理由に心当たりもなく、紅茶のカップをテーブルに置いてゆかりは相手の答えを待った。

 

「先日、君は辰巳記念病院に行ったな?」

「え? ああ、はい。なんか最近変な夢を見ちゃって寝不足が続いてたんで」

 

 ゆかりが呼ばれた理由を相手に尋ねると、美鶴は唐突に関係ない話題を振ってきた。どうして知っているのか分からないが、相手の言う通りゆかりは変な夢を見て寝不足が続いていたので、先日湊にアドバイスされた事を思い出して辰巳記念病院に向かった。

 病院では変な夢を見るという話をして、何か大きな不安を抱いているのが原因ではないかと医者に言われ、それはまさしく当たっているのだが、美鶴も同じ日に病院に来ていたのだろうかと思っていれば予想外の言葉が返ってくる。

 

「知っているかもしれないが、あそこはうちのグループの経営する病院でな。そこである検査をして特別な兆候が見られた場合は連絡が来るようになっているんだ。結論から言おう。君が夢だと思っているものは夢じゃない。毎夜午前零時に発生する影時間と呼ばれるものだ」

 

 この人物は急に何を言い出すのか。呆気に取られるゆかりに対し、美鶴は手元にあったファイルを開いて書類を見せながら話を続ける。

 

「どこか湿った生暖かい空気、緑色の空、異形の塔、巨大な月など現実とは思えないものを君も見たのだろう? 先ほど言ったとおり影時間は毎日発生している。だが、それを知覚できるのは適性を持った一部の者だけだ。私はそういった者を集めてシャドウと呼ばれる化け物と戦っている」

 

 見せられた書類は以前チドリが勧誘を受けたときに見せられたのと同じ物だ。それぞれの単語について説明が書かれており、一般人がこれだけを見ればゲームか何かの設定資料かなと思ってしまうだろう。

 案の定ゆかりもそう感じたようで、困惑した表情を浮かべながら美鶴に言葉を返した。

 

「いや、あの、急にそんなこと言われても。っていうか、これ先輩が考えたんですか?」

「簡単に信じられないのは分かる。だが、こちらも真面目に話しているんだ」

 

 紅茶のカップに手を伸ばし口を付ける美鶴は、休日に人を呼び出して冗談を言うほど手の込んだことはしないとはっきり答える。

 けれど、それを聞いたゆかりはむしろ冗談であって欲しかったと微妙な顔をしながら、とりあえず情報をもう少し集めようと質問していくことにする。

 

「それであの、先輩はなんでシャドウってやつと戦ってるんですか?」

 

 人を襲う化け物がいたとしても、だからといって自分が戦うという発想には通常ならない。

 いくら一般人とは別世界で生きる名家のご令嬢であっても、戦えば危険なのは分かっているはずで、自分が怪我をすれば周囲の者が心配することも分かっているだろう。

 だからこそ、どうして高校生でしかない彼女が戦っているのかを知りたかったのだが、美鶴はシャドウの危険性についてから話してきた。

 

「岳羽も無気力症という言葉は聞いたことがあるだろう。世間では精神疾患と認知されているものだ。あれは正確には病気ではない。シャドウに心を食われた者が陥る症状だ」

「心を食われるって?」

「言葉の通りだ。シャドウは影時間に迷い込んだ人間を襲って心を食べる。そして、食われた人間は無気力症を患った影人間になってしまうんだ。現在、グループの方でも治療法を研究しているが現状効果的なものは見つかっていない」

 

 無気力についてはゆかりもニュースで見て知っている。弓道部の友人の近所にも無気力症にかかっている人がいる話は聞いていたし、それほど遠い世界の話ではないとは思っていたが、それとシャドウという非日常の存在が繋がると聞いて思わず首をかしげた。

 化け物に襲われても死なないのは朗報だと思える。普通、ゲームや漫画の話なら化け物に襲われた人間は死ぬか同じ化け物になるのがセオリーだ。その点、優しいと言っていいのかは不明だがシャドウなら襲われても命は助かるのだから、心配は続いても突然の別れに悲しむことはない。

 ただ、無気力症という病気と認定されておきながら、桐条グループほどの力を持ってしても治療法を発見できないとなれば、その“心が食われる”ということに恐れを感じてしまう。

 ゆかりの表情にそんな思いが出ていたのか、美鶴も遊びのない真面目な表情でさらに詳しく続ける。

 

「まぁ、突然回復するケースはいくつか報告されているが、既に一ヶ月以上無気力症状態で入院している者もいる。無気力症状態が長く続けば、他の者と同じように突然回復しても後遺症が残り完全に元通りにはならないらしい」

「その、後遺症っていうのは?」

「まだ後遺症の残った被害者がいないのであくまで推測だが、無気力症が完全に抜けきらなくなるらしい。ぼーっとしやすくなったり、感情の起伏が乏しくなる可能性があるそうだ」

 

 後遺症の症状で言えばそれほど深刻ではないと思える。だが、無気力症は夢遊病患者のように徘徊することや、廃人のように街中で動かなくなっている者もいる。

 ふらふらと道路に飛び出すことや、相手の意識がはっきりしていないのをいいことに犯罪のターゲットにされることも考えられるのだ。

 桐条グループはまだ無気力症の原因をシャドウに心を食われた結果だと思っているが、湊は己の心の弱さが原因でシャドウが抜け出てしまっていると知っている。けれど、本人たちの弱さが原因だとしても影時間がなければそうはならなかったので、シャドウを狩ることで無気力症の拡大を防ぎ治療に勤しんでいた。

 以前助けられた事で青年がシャドウを戦っていることは知っていても、その地道な活動の真の理由を知らない美鶴は、無気力症と絡めてシャドウの危険性と放置できない理由について話をする。

 

「治療法が見つかっていない以上、我々に出来るのは被害者を減らすことだけだ。だから我々は対シャドウ部隊を編成し影時間に戦っている。そして、君にもその適性が見つかった。単刀直入に言おう。岳羽、我々と共にシャドウと戦って欲しい」

 

 強い意志の宿った瞳で真っ直ぐゆかりを捉え、美鶴は人々を守るために仲間となり戦って欲しいと頼む。本当なら即戦力どころか主力部隊になれる湊たちに仲間になって欲しいのだが、湊が桐条グループの下に付く訳がないことは美鶴も理解していた。

 ならば、せめて戦力の確保をしなければと、相手が湊に声をかけられている可能性も考えつつ、新たに見つかった適性持ちであるゆかりを勧誘したのだが、仲間になって欲しいと言われたゆかりは演技ではなく本当に影時間に関わることを知らない様子で戸惑いを見せてきた。

 

「ま、待ってください。ちょっと混乱してるっていうか。これが真面目な話だっていうのも半信半疑でむしろ疑ってるし。ていうか、なんで私なんですか?」

「最初に言っただろう。影時間は適性のある者しか知覚できない。さらに、ペルソナというシャドウに対抗できる力に覚醒する可能性がある者は適性持ちの中でも限られる。現時点でグループが確認しているのは君で四人目だ」

 

 四人目というのはあくまでグループが確認している人数の話。変な夢を見るという形で病院に相談に来たゆかりと違って、湊、チドリ、ラビリスの三人は適性値は十二分に足りているが確証が掴めていないためここでは除外されている。

 話を聞いたゆかりは自分が確認されるまでたった三人でいたのかと疑うような視線を向けるも、美鶴は相手の視線を気にした様子もなく今回強く勧誘する理由を述べる。

 

「シャドウには通常兵器は効かないんだ。ペルソナに覚醒したペルソナ使いが剣や銃を使えばダメージを与えられるが、同じ武器を使ってもただの適性持ちではダメージを与えられない。いま組織にいるペルソナ使いは私ともう一人。後の一人は今は部隊を離れているので、戦力は常に求めている状態なんだ」

「そ、それは大変ですね……」

 

 話の流れからゆかりはもしかして巌戸台分寮に住んでいる者がそうなのかと考える。突然自宅通いから寮生活に変わった真田や、現在休学中の荒垣が分寮生なので可能性はかなり高い。

 美鶴が冗談でこんな事を言うとは思えず、さらに特徴の一致する分寮生がいる状態でくだらない作り話の設定モデルにするとも思えないので、簡単に信じることは出来ないが話だけはちゃんと聞こうと休憩も兼ねて一旦別の話題を挿むことにした。

 

「先輩、少し関係のない質問をしてもいいですか?」

「ああ、私に答えられる事なら何でも訊いてくれ」

 

 今回、美鶴はゆかりに頼み事をする立場だ。故に色々と質問をしても答えてくれるはずという打算があったが、案の定、美鶴は嫌な顔一つせずに誠実に答える姿勢を見せてきた。

 父のことを彼女に尋ねたい気持ちはあるが、十年前はまだ小学生だった美鶴が深い部分まで知っているはずがないことは湊も言っていたので、ゆかりはここでは別のことを尋ねるため口を開いた。

 

「あの、桐条グループが病気の研究をしていたって話を聞いたことはありませんか?」

「病気の研究? それはどんな病気なんだ。医療部門もあるから常に病気については研究しているが、君が訊きたいのは何か特定の病気についてなのだろう?」

 

 ゆかりが知りたいと思ったのは湊やチドリの過去について。湊が桐条グループの研究施設にいたのはポートアイランドインパクトで両親を失った後だ。

 数年の違いでしかないが、世間に公表されていない研究の中でも、人々のためになる病気に関するものなら子どもにも聞かせている可能性はある。ゆかりはそこに賭けた。

 

「えっと、詳しくは分からないんです。ただ、何年も前に公にされてない病気の研究をしてて、最悪人が死ぬこともあるのに被害を防ぐ方法も見つかってなくて、抗体の存在は仮説として分かっていたけどずっと見つかっていなかったらしいんですけど」

 

 説明しながら要領を得ない質問だと相手に申し訳なくなる。ただ、ゆかりとしてもチドリにそうとしか聞いていないので、これ以上は相手が知っていて察してくれる事を祈るしかない。

 訊かれた美鶴はというと質問の内容を理解できていない様子だったが、紅茶を一口飲んで考え込む素振りを見せれば、少々の時間をおいてから考えが纏まったらしく言葉を返した。

 

「ふむ……曖昧すぎて分からないが、それは無気力症の事ではないのか? 公にされていないものでうちが研究しているといえば無気力症が代表的なものだが」

「あ、あれ? あ、でも、シャドウって病原体じゃないですよね? それに化け物の抗体っていうのもよく分からないことになりますし」

 

 言われてみると確かに合致している部分はあった。けれど、チドリは病気と言っていて、説明もそれになぞらえていたことで、やっぱり違うのではとゆかりは尋ね返す。

 質問者自身が自分の質問に色々と混乱しているようだが、問われた美鶴はシャドウを病原体として見る発想はなかったと感心した表情を見せ、考え方によっては実に的を射っていると肯定した。

 

「無気力症の原因はシャドウだ。そして、シャドウに対抗できるペルソナはその抗体と言えなくもない。シャドウの研究を進めるうちにペルソナの存在が示唆され、私が覚醒するまでずっと立証されていなかったしな」

 

 影時間に関する知識を持たない人間には、シャドウを病原体に例えた説明の方が分かりやすいかもしれない。これは一つメモしておこうと話しながら手帳にペンで書き込む美鶴。

 研究者たちはシャドウはもっと危険で謎の多い存在だと言うだろう。しかし、相手は何の知識もない素人。それなら相手でも理解できるものに例えた方が話も円滑に進む。

 こういった柔軟な発想を持っている者は貴重なので、ゆかりにその話をした人物が誰か尋ねようとすれば、顔をあげた美鶴の視線の先では直前の美鶴の言葉に疑問を感じている少女がいた。

 

「え、でも、天然の抗体を持ってて研究されてたって……」

「ふむ、君の話はいくつか重要なピースが欠けているように感じる。そもそも、その話は誰から聞いたんだ?」

 

 最初は柔軟な発想をしている相手として興味を持ったが、少女に桐条が非公開にしている研究について話をした人物としても気になってくる。

 それが本当に病気に関する研究の話であったとしても、相手は桐条の深い部分まで知っていて情報をリークした事になるのだ。

 現在も内部にいるなら一度グループの中を洗わなければならないし、既にグループを離れていたり、外から調べてそこまで調べ上げたのなら、内部情報をこれ以上リークされないよう対策を取らなければならない。

 そう思って、美鶴が相手の名前を教えて欲しいと頼めば、ゆかりは何度か口を開きかけては閉じて、最後に申し訳なさそうな様子で俯き気味にぽそりと言った。

 

「あの、すみません……言えません……」

 

 言えないと回答を拒否するとき、拒否に至った理由として様々なことが考えられる。

 相手の様子を観察していた美鶴がゆかりから感じたのは、知らないから答えられないというものでも、約束だから言えないというものでもなく、話せばその人物に危険が及んでしまうかもという不安だった。

 感情を隠せないのは未熟な高校生としては自然だが、それだけに中学生から月光館学園にいる彼女にそこまで思われる人物は絞られてしまう。

 当事者であった彼や彼と共にいる少女たちなら、グループが世間に隠し続けている研究について知っていてもおかしくはない。そう思って美鶴は、とある青年のためならしょうがないなと少し話をすることにした。

 

「……これは独り言だが、グループには私も知らされていない暗部が存在する。その中にはシャドウに対抗するため、ペルソナを人工的に覚醒させようと、集めた孤児を被験体とした人体実験もあったらしい」

「その被験体になった子たちはどうなったんですか?」

「ほとんど死んでいる。ただ、一部は施設を脱走して生き延びているようだ」

 

 その脱走して生き延びた一部の被験体が彼であるとは説明するまでもない。ゆかりも美鶴が察した上で言葉を濁して真摯に話してくれていると理解し、黙って相手の話の続きを聞く。

 

「私がこの件を知ったのは偶然だった。父がそのような非人道的な行為をしていたと信じたくはなかったが、色々と状況証拠が揃って認めざるを得なかった。父に訊いても、当時を知る研究員に訊いても、きっと何も答えてくれはしないだろう。子どもが知る必要はないとな」

 

 子どもは感情で動く生き物だ。どれだけ賢くても経験不足で間違いを犯す。

 故に、桐条をはじめとした大人たちは、美鶴が余計な不安を抱くことを防ぐためだけではなく、情報が漏れるリスクを避ける意味も込めて全ては伝えるつもりがなかった。

 知る者が増えれば増えるほど情報漏洩のリスクが跳ね上がる事を理解している美鶴は、既に関わっていることもあって大人たちの対応を勝手だと不満に思う部分はある。

 けれど、どれだけ教えてくれと頼んでも口を割らない事も分かっているので、大人たちが話してくれるまで自分から尋ねに行く気はなかった。

 ある意味で大人とも言える美鶴の対応に、ゆかりは一定の理解を示しつつも納得までは出来ないようで、僅かに呆れの色を混じらせながらもう調べないのかと聞いた。

 

「先輩はそれで調べるのをやめたんですか?」

「まさか。私はこの件に関して非常に強い憤りと失望を覚えている。お父様のことは今も尊敬しているが、知った以上無条件に全てを肯定するほど盲目的ではいられない。何も話してくれないというのなら勝手に調べるまでだ」

 

 青年が関わってくると話は自分の母にまで及ぶことになる。彼以外にも犠牲になった子どもがいることは分かっているので、美鶴はいけるところまで調べていくと彼女にしては珍しい悪戯っぽい笑みを浮かべた。

 それを聞いたゆかりは相手も色々と複雑な事情に首を突っ込んでいるのだなと意外そうにし、成果は違うが自分も同じように調べて回っていたことで、相手の行動の根源的な理由は一体なんなのだろうと尋ねた。

 

「それは……贖罪ですか? 犠牲になった子どもへの」

「桐条の罪として背負う覚悟はある。だが、私がこの件に執着するのは犠牲となった者たちへの贖罪というより、何も知らず過ごしてきて、彼に押しつけてしまっていた後ろめたさによるところが大きい」

 

 彼同様に犠牲になった子どもたちには申し訳ないが、執着の理由は酷く個人的なものだと美鶴は続ける。

 

「こんなことを言えば呆れられるだろうが、申し訳なさと同じくらい惜しい気持ちと悔しさがあるんだ。一つ違っていれば姉弟として生きる道もあったはずだからな。私はずっと弟妹が欲しかったから余計にそう思ってしまう」

 

 それは既に終わってしまった可能性の未来。回収された少年が研究所ではなく英恵の屋敷に運ばれていれば、事故の原因を知っても少年は桐条たちを恨まなかったかもしれない。

 両親を失ったことで出来た心の傷は、英恵が母となり美鶴が姉となることで少しでも癒やせてやれたはずだ。

 血の繋がりなど些細なことで、利口で愛らしかった少年が弟になれば、周囲から弟に甘すぎる姉と言われようと美鶴は彼に愛情を持って接していた自信がある。

 けれど、現実はそうではなく、手を血で汚してまで力を求めた彼は、桐条武治を殺すと断言するまでに憎悪を抱いていた。青年の憎しみの炎を消すことなど彼が懐いていた英恵ですら不可能であり、英恵も誰にも止めることは出来ないと言っていた。

 誰も救われない未来へ進むことが決定している事を思えば、美鶴とて何か出来ることはないかと足掻かずにはいられないが、現時点では何も出来ることはなかった。

 そうして、美鶴の口から青年の過去についての情報を得たゆかりは、今日呼ばれた理由のことを思い出して、自分が戦えば湊たちを戦いから遠ざけられるのかなと少し考えた。

 

「……先輩、私はイメージが湧かないんで平和のためとかそんな大きい理由では戦えません。ただ、自分が知らなきゃいけないこと、知りたいことに繋がっている気がするから、自分と大切な人のためになら協力します」

「ああ、それでもいい。君の力を貸してくれ」

 

 協力していれば父のことも調べられるかもしれない。そんな打算を含みつつも、ゆかりは自分の大切な人と友達を守ることに繋がるのであればと美鶴の申し出を受けることにした。

 シャドウやペルソナなど、ゲームや漫画としか思えない設定については未だ半信半疑ではある。

 ゆかりの表情からそれを理解しながらも、美鶴は協力してもらえれば詳しい話は追々でも大丈夫だろうと、勧誘成功に安堵の息を吐いて新たな仲間の加入を歓迎した。

 

 

 


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