――辰巳ポートアイランド
シャドウの巣であるタルタロスを探索するため、七歌たちは装備を整えると電車とモノレールを乗り継ぎ辰巳ポートアイランドを目指した。
彼女たちの装備はグローブタイプの真田を除き、全員がそれなりの大きさになるので隠して移動するのが難しい。
けれど、電車など公共の交通機関を使わないと移動に時間が掛かりすぎるため、一同は持ち運び用ケースに入れることで部活用具としてカモフラージュしながらなんとか辰巳ポートアイランドまでやってきたのだが、学校の最寄り駅で降りたところで意外な人物と遭遇する。
「お! おっすおっす、八雲君。こんな時間に奇遇ですな!」
その人物とは彼女らのよく知る有里湊その人。
階段の下に彼の姿を発見した七歌は、数段飛ばしで階段を降りきると嬉しそうに駆け寄って声を掛ける。
だが、声を掛けられた青年は大荷物の集団を見て目を細め、寮暮らしとはいえこんな時間に制服姿で彷徨くのは如何なものかと苦言を呈した。
「……おかしな格好で彷徨いてると補導されるぞ」
「トカゲの尻尾はいるから大丈夫だよ」
「あー、それ絶対にオレっちのこと言ってるよね。七歌っちに何かした覚えないのに言葉のナイフ刺さりまくりでオレっち泣きそう……」
どうして彼女がこんなにも自分にきついのか分からない順平は、徐々に慣れつつあるが心にダメージを負っているんだぞと泣く振りをする。
けれど、そのリアクションは全員に流され、本気で涙が出そうになっている順平を放置して、湊の前にやってきたゆかりがここで何をしていたのかを相手に尋ねた。
「てか、有里君はこんな時間になにやってたの?」
「岳羽に会える気がして星を眺めて待っていたんだ」
「ちょっ、な、なに変なこと急にっ」
優しい微笑で好きな人からそんなことを言われれば、本当に会えたこともあって運命的だとゆかりは頬が緩むのを止められなくなる。
シャドウ退治も兼ねたタルタロスの探索のためにやって来ておきながら、一人だけ耳まで赤くしてラブコメ展開に突入している少女を他の者は白けた様子で眺めているが、中でも冷めた瞳で相手を見ていた青年は、乙女心を弄んでおきながら冗談に決まっているだろと鼻で笑う。
「まぁ、それは冗談だがラビリスが課題のノートを忘れたから取りに来ていたんだ」
そういう青年の手には一冊の大学ノートが現われ、どんなマジックだと驚きつつ、この時間に中に入れて貰えたことも驚きだぞと真田がツッコミを入れる。
「お前、よくこんな時間に入れて貰えたな」
「生徒なんだから学校に入るために許可なんていらないでしょう」
「完全下校時刻を過ぎたら施錠されているだろ?」
「施錠されてるなら鍵で開ければいいじゃないですか」
言って今度はマフラーの下に手を入れ、湊は複数の鍵がついたキーホルダーを取り出して見せた。
彼の手からそれを受け取ったゆかりは自分たちの部室や弓道場の鍵と同系統のタイプを発見し、もしや学校内全ての種類のマスターキーを持っているのではと疑いの目を向けながら、最も詳しいであろう美鶴にも見て貰う。
受け取る前から嫌そうな微妙な表情をしていた美鶴は、一般の教室だけでなく理科準備室の劇薬用の保管棚の鍵まであることに驚いてゲンナリしているが、見終わると没収せずゆかり経由で湊に返却し素直な疑問を口にした。
「生徒が学園のマスターキーと思われる鍵を持ち歩いているはずはないんだがな」
「そういえば、有里君って中等部のときも屋上の鍵を持ってたよね。そういうのって本当はどこから手に入れてくるの?」
「どこからって職員室でご自由にどうぞと貸し出してるだろ」
湊が学校の鍵を持っているのは中等部の頃からだった。それを覚えていたゆかりが入手経路を尋ねれば、返ってきた青年の答えに全員が首を傾げてしまう。
確かに職員室には部室や体育館の鍵が置いてあり、クラスと名前を貸出票に書いて貸し出しもしている。
けれど、それはあくまで各教室の鍵であって、湊の持っているマスターキーは専用の金庫に保管されて貸し出していないのだ。
マスターキーの金庫が開けられるのは理事長、校長、教頭、学年主任、教務課長のみ。その中で湊に鍵を貸す可能性があるとすれば、桐条グループから彼を他校に行かせないようある程度優遇するように言われている校長と教頭だが、いくら優遇しろと言われていても学内の施設を自由に使われる危険性が出るようなことをするとは思えない。
故に、彼の鍵の入手経路は実際のところ別口だろうと思ったところで、美鶴は駅前の時計を見て少々慌て始めた。
「あ、有里、もうすぐ日付を跨ぐ時間だ。汐見が家で待っているなら早く帰った方がいいんじゃないか?」
「え、せっかく八雲君に会ったんだから、もう少しお話してもいいじゃないですか」
「いや、しかし……」
深夜とも言える時間に偶然にも湊に会えたことで、七歌が少しくらい大目に見てもいいじゃないかと不満げな顔をする。
ただ、美鶴が最初に見た時点で時計の針は既に十一時五八分を指していた。そして、七歌とやり取りをしている間も時間は進み、あることを危惧している美鶴が本気で拙いと冷や汗をかき始めたとき、時計の針が頂点を指してその時間が到来してしまう。世界が緑色に塗り潰され、適性を持たない者は棺桶のオブジェになる影時間だ。
「あっ……そっか。適性がない人は象徴化しちゃうんですね。確かに知り合いが棺桶になるのはあんまりいい気分じゃないかも」
世界が緑色に塗り潰されると、一同と会話していた青年が黒い棺桶のオブジェに変化してしまった。それを見たゆかりは自分たちが知り合いの象徴化を見ないで済むよう美鶴は気を遣ったのだろうと察し。同時に彼が被験体だったという話は、やはり一部が間違って伝わっていたと理解して、辛くもあるが彼にとってはこの方が良かったのだろうと不思議な質感の棺桶に手を触れる。
そんな彼女の後ろでは、気を遣ってくれた人認定を受けた少女が象徴化した湊を見て大いに混乱しているのだが、誰もそれには気付かず、不思議そうに首を傾げて棺桶を見ていた七歌が急にペシペシと棺桶を叩き出した。
「おーい、八雲くーん?」
「やめろ、九頭龍。それで有里の象徴化が解けたらどうするんだ」
「え? いや、だって八雲君が棺桶になるっておかしいじゃないですか」
叩いたくらいで象徴化が解けるかどうかは不明だが、ペルソナ使いという高い適性を持った者が干渉したとき何が起こるかは分かっていない。
ならば、不用意に無関係の人間を巻き込んではならないと真田は止めた訳だが、あまりにも七歌が湊の象徴化を納得していないようなので、一同を代表して順平がその理由を彼女に尋ねた。
「なして、有里君が象徴化したらおかしいと思ったんだ?」
「なんでって八雲君は適性持ってるじゃん」
こんなのは常識だ。そう言いたげに七歌は湊が適性持ちであることを断言する。
他の者にすれば目の前に答えがあるのに、彼女がそれで納得しない方が謎だが、組織に所属して日が浅いためにまだよく理解していないのだろうと真田は改めて象徴化について説明してやる。
「いいか? 適性を持っていたら象徴化はしない。象徴化したということは有里は適性を持っていないと言うことだ」
「いや、持ってますって。ねえ、美鶴さん。記憶を失ったら適性も失うんですか?」
訊かれた美鶴としては七歌の言っている事が正しいという認識だ。以前、湊が非常に強力なペルソナを呼び出して戦っているのを目にしており。何故今目の前で象徴化したのか彼女が訊きたいくらいである。
しかし、ムーンライトブリッジの一件で湊はペルソナの発現が不安定で暴走の危険もあり、制御剤を服用している怖れもあったはずだと思い出したことで、同じように象徴化してしまうこともあるのかもしれないと冷静になり、美鶴は七歌の質問について可能性の話だがと前置きした上で自分の推測を話した。
「……ふむ、そういった前例がないので分からないが、記憶は人格構成と深く結びついているからな。記憶を失うことで適性やペルソナを失う可能性もなくはない。だが、彼が適性を持っていると思った根拠を聞いてもいいか?」
「八雲君の家族が事故に遭ったのって影時間なんですよ。他の人は誰も不思議に思ってませんでしたが、八雲君の骨壺が空っぽのまま納められたのを覚えてますし。影時間の記憶補正が働いた以上は彼も影時間にいたって事ですよね?」
影時間の記憶補正は適性を持たぬ一般人に対し、集団催眠を遙かに超えたレベルで作用する。
荒垣の件やストレガの殺人依頼が全て事故で処理され、人を殺していながら両者が社会的な罪で裁かれていないのが何よりの証拠だ。
それを考えればあたかも遺体があるように葬儀が進められ、誰も不思議に思わぬまま納骨までされても不思議ではない。
約十年前から適性を持つ七歌の言葉だからこそ信憑性は高いが、話を聞いていた真田は八雲と湊が同一人物であるという前提が間違っている可能性はないのかと問うた。
「その話が本当なら可能性はあるな。だが、お前の言っている人物と有里が同一人物である確証はあるのか?」
「英恵おばさまが息子って呼んでる時点で確定じゃないですか。というか、八雲君も英恵おばさまの事を思い出してますし、ほとんど記憶も戻ってるはずなんだけどなぁ」
言われてみればと英恵の存在を知っている全員が思わず納得してしまう。そうなると今度は英恵が八雲を湊と呼んでいる疑問が生じるのだが、英恵が八雲と湊の関係性について何かしら知っていることは確かだ。
一方で、順平だけは英恵と面識がなかったので、ゆかりから美鶴の母親のことだと聞いて湊と美鶴は姉弟だったのかと驚いているが、以前同じようなことがあったため美鶴も今回はスルーし、ここで話していても湊が象徴化した事実は変わらないとタルタロスへ向かうことを一同に促した。
「事故が影時間におきたにしろ、当時偶然迷い込んだ線も捨てきれない。そして、象徴化している以上、今現在は適性がないのが現実だ。一日の影時間も限られているし、探索のため今はタルタロスへ急ごう」
『はーい』
影時間が明けたとき目の前から七歌たちが消えていても、記憶補正がかかり話を終えて去って行ったと認識されるはず。故に、彼に関しては放置しても問題ないと美鶴が先導すれば、七歌たちもそれに続いて学校のあった場所に急に現われたタルタロスへと向かった。
そして、全員が学校の敷地内に入ってタルタロスの入り口へ消えていこうとしたとき、棺桶のオブジェになっていたはずの青年が元の姿に戻り、面倒そうな視線を七歌たちの方へ向ける。
「……はぁ」
その溜息にはどんな意味が込められているのか。それは本人にしか分からないが、青年の背後に黒い死神が現われると彼らは空へと飛び上がり、彼ら以外に訪れた者のいないタルタロス上層部へと消えていった。
――タルタロス
「うっひゃー、うちの学校って変形機能があったんスね」
「物理的に無理だろ」
エントランスに入るなり馬鹿げたことを言う順平に真田が呆れて返す。落ちれば終わりと思われる通路周りの穴をのぞき込み、七歌がそれを後ろから押そうとしてゆかりに止められる一幕もあったが、全員がエントランス中央の開けた場所につくと順平が台座に刺さった剣を発見した。
「おっ、変な剣が生えてんじゃん」
「ほっほぉ……これは噂に聞く王様の剣ってやつですな。王様の資格があれば抜けるっていう」
台座に刺さっているのは装飾の施された黄金の柄を持つ見事な西洋剣。素人でも一目で普通の物ではないと分かる逸品であり、彼女たちより先にその存在を知っていた真田がそれを初めて見た日のことを語った。
「それはある日突然あったんだ。俺たちも試しに引っ張ってみたが一切抜けなかった」
「へへっ、じゃあいっちょオレっちが格の違いを見せてやりますよ。見たとこすっげー業物っぽいし」
選ばれし者だけが抜けるというフレーズが格好良い。オマケに自分が渡された太刀よりも豪華で切れ味も良さそうだと順平はノリノリで剣を掴んだ。
真田や美鶴という学内カーストトップ陣が抜けなかった物を自分が抜いたらどうなるか。ペルソナという特別な力にも目覚め、美男美女の集まる寮の一員にもなったイケイケの自分ならいけるはずと、順平は渾身の力を両手に籠めて気合いと共に剣を引っ張り上げる。
「ふんぬあぁぁぁぁっ!! ちくしょぉぉぉぉ、抜けねぇぇぇぇぇっ!!」
けれど、現実はどこまでも残酷だった。顔が真っ赤になるほど本気で引いてもビクともせず、最後は息切れを起こすほど疲弊して諦める結果となった。
戻ってきた順平は大見得を切った手前全力でヘコんでいるが、それを迎えた真田は呆れを通り越して哀れみすら覚えるとばかりに追撃を入れる。
「あそこまで無様に失敗したのはお前が初めてだぞ。違いは違いでも明らかな格下だったな」
「い、いやぁ、抜けてない時点で一緒ッスよ」
自分でもダサかった事は分かっているのでやめて欲しい。そんな風に順平が帽子を深く被り直して顔を隠していると、いつの間に移動したのか今度は七歌が剣の元へ行っており、両腕を組んで男らしく仁王立ちすると高らかに声をあげた。
「フッ……見ているがいい有象無象ども! いでよ、エクスカリバーァァァァァッ!」
偶然というか台座に刺さった逸話を持つ剣で最も有名な事から、彼女の叫んだ剣の銘は確かに合っていた。
すると、それだけが理由ではないだろうが、彼女が引っ張ると石と硬い金属が擦れる、ズズッ、という音が小さく鳴って剣がほんの少しだけ抜けた。
これまで誰にも反応しなかっただけに、僅かとは言え動いたのはすごいぞと美鶴たちも注目し、直前にチャレンジした順平と一緒に彼女を讃える。
「おお、マジで少し動いたぞ七歌っち」
「ふむ、およそ二センチと言ったところか」
「ふぐぐ……ダメだぁ、これ以上は動かない……」
刀身の殆どが埋まっていたため、二センチだけでも出てきたのは大きな進歩だ。それ以上は抜けなかった事で本人は不服そうだが、皆の元に戻ると彼女は美鶴の言葉から剣について自分なりの考察を語り出した。
「もしかしたら一日に二センチは動くのかもですね」
「本当に選ばれた存在なら一気に抜けるんじゃないのか? 毎日二センチという微妙な長さなら少なくとも一ヶ月は続ける必要がある。これは本命が別にいて準候補のお前は試されているのかもしれんな」
二軍スタートでも努力して結果を積み重ねれば一軍になれる。そんな風に七歌も剣から試されているのではと真田が言えば、七歌は剣のくせに偉そうだなと口をへの字に曲げてしまう。
転校当初の奇行が減ったとはいえ、彼女が変人であることは全員の共通認識だ。しかし、能力は確かで編入テストを満点クリアしつつ、たまに美鶴よりもずっと大人な視点で物事を見ている節もある。
ただ、それが彼女の平時かと思えばそうではなく、今のようにやたらと子どもっぽい部分もあって、それを見るとゆかりなどは性質が陽に偏っているが湊と似た面倒くさい性格の子だと認識できて、むしろ親近感が湧くほどであった。
転校して最初に出来た友人からそのように思われていると知らない少女は、無礼な剣の相手に飽きて今度はエントランスをぐるっと一周見渡していた。
そして、ある一点で視線が止まり。もしかして、あれがイゴールたちの言っていた扉だろうかと思ったこところで、別に用事がないから今すぐじゃなくていいやと後回しにすることを決定し、エントランスのほぼ中央に位置する階段を改めて見つめた。
「これがタルタロスを上るための階段ですか?」
「ああ、ここはあくまでエントランス。あの階段のゲートを潜ったところからタルタロスのダンジョンが始まるんだ。今日は新人の君たち三人に」
美鶴が話している間階段の方を見ていた七歌は、階段の影に何やら動く物を見つけて首を傾げた。
タルタロスにいるのならシャドウの可能性が高いけれど、だとすれば不意を突けそうなタイミングで襲って来ない理由が分からない。
相手は隠れているつもりかもしれないが、何やら頭巾とも帽子ともつかない青い被り物がチラチラと見えていたので、七歌は薙刀を片手に持ち替えると隠れている相手の元へ向かった。
「お、なんかみっけ」
「待て、不用意に近付くな。小さくても恐らくシャドウだぞ」
七歌の向かう先に美鶴たちも視線を向けた事で隠れている何かを発見する。
階段の影からこっそり見てきている相手は体長四十センチもなさそうだが、シャドウの力と体格には何の因果関係もない。小さくても強力なシャドウもいるため美鶴が静止の声をかけるも七歌は隠れていた者の傍まで進み、見上げてきている小さな存在と視線を合わせた。
《ヒホ?》
「それが名前なの?」
そこにいたのは天辺が尻尾のような形になった青い頭巾を被る小さな雪だるまらしき存在。頭巾と同じ色の襟巻きと靴も履いていてオシャレさんだなと思うが、やはり敵意や害意と言ったものは一切感じられなかった。
《ヒーホー》
「ははっ、なに言ってるのか全然分かんない」
七歌に訊かれて相手は首を横に振っているため、“ヒホ”というのは名前ではないのだろう。それは分かるが正しい名前は分からないので笑っていれば、相手はどうやれば伝わるかなと顎に手を当て考えるポーズを取ってきた。
美鶴の話ではシャドウは影時間に迷い込んだ者を襲うらしいので、言語によるコミュニケーションが取れる雪だるまは別の何かなのだろう。
そう思った七歌は相手を抱き上げると、そのまま美鶴たちの元に戻って捕まえた雪だるまを見せた。
「美鶴さん、雪だるま捕まえましたよ!」
「今すぐ捨てろ! 攻撃されたらどうする!」
正体不明の存在を安易に捕獲したことで、美鶴は何かあれば自分が対処せねばと召喚器とレイピアを構えて七歌と雪だるまから距離を取る。
もしも相手が油断させておいて攻撃してきたとしても、氷結属性のペンテシレアを持つ自分ならば対応できるはずだという判断だ。
けれど、後輩らはそんな美鶴の考えなどどこ吹く風とばかりに、ゆかりまで七歌の捕まえた雪だるまを見ようと近付いて行ってしまう。
「なんかこの前のシャドウとかと違うね。ていうか、これどっちかっていうとペルソナっぽくない?」
「あ、それ私も思った。野良ペルソナっていえば良いのか。なんか仲間になってくれそうだよね」
急に捕まえられても相手は大人しくしている。試しにゆかりが指を近づけると、相手は赤ん坊のような小さな手で優しく握り返して楽しそうに笑っていた。
これが全て罠にはめる演技なら大した役者だが、女子と一緒に楽しそうにしている雪だるまを見ていると、あれが敵だと思うことは流石の美鶴も出来なかった。
「先輩、ペルソナにもシャドウみたいな野良がいるんスか?」
「いや、そんな話は聞いたことがないが……確かに意思疎通が可能で敵意も感じないな」
順平に訊かれ試しに美鶴が相手をアナライズしてみれば、驚くことに相手はシャドウではなく本当にペルソナだった。隣でそれを聞いた真田も野良ペルソナとは珍しいと同じく驚いている。
だが、既に仲良くなった様子の七歌は相手がシャドウでもペルソナでも気にしないらしく、相手を床に下ろすとポケットからニコちゃんバッヂを取り出して頭巾に付けてあげた。
「よーし、君の名前はヒーホー君だ。ヒーホー君は七歌隊の名誉隊員に任命しよう!」
《ヒッホホー!》
「うむ、君の活躍に期待するぞ!」
新メンバーのヒーホー君は名前と缶バッヂに大いに喜び飛び跳ねる。そこまで本気で跳んでいる訳でもないのに、相手は七歌たちの腰辺りの高さまで届いているので、身体は小さいが身体能力は非常に高いのかもしれない。
そうして、新たなメンバーの加入を女子二人が歓迎していれば、急に真面目な顔になった七歌が中断していた話に話題を戻した。
「で、私らだけで探索してきたらいいんですよね?」
「あ、ああ、そうだ。だが、本気でその雪だるまも連れて行くのか?」
話をちゃんと聞いていて理解していたのは素晴らしいが、いくらペルソナでも素性の知れない相手を仲間として同行させるのかと美鶴は怪訝そうに尋ねる。
これで近くに召喚者がいればそちらを仲間に引き入れたいところだが、残念なことに美鶴の探れる範囲内に人はいない。そうなると、本当にヒーホー君を仲間として同行させることになりそうだが、問われた七歌はどこからその自信が来るのか分からないが、絶対に大丈夫だと力強い瞳で答えた。
「大丈夫ですよ。私、ゆかり、ヒーホー君の黄金チームで無事に帰ってきますって」
「いや、会ったばっかのヒーホー君を入れておいて、ナチュラルにオレをハブるのやめてくれよ。つか、チームって七歌っちが隊長で決定系?」
新人チームならばヒーホー君を除いてメンバーは七歌、ゆかり、順平の三人。既に七歌が隊長として話が進んでしまっているが、決まっていないなら自分がやりたいなぁとチラチラ様子を窺いつつ順平が聞けば、どうして七歌が隊長なのかゆかりがその理由を語った。
「私と七歌は真田先輩に怪我を負わせた大型シャドウを二人で倒しているの。彼女の適性は桐条先輩と同時期に目覚めてたらしいし、先輩が来ないならキャリア的に七歌が隊長として相応しいってわけ」
「なーるほど。んじゃ、慣れてくればオレっちが隊長やってみてもいい?」
順平は七歌に対し転校してきたばかりの新人のイメージがあったが、転校前から美鶴と面識があってペルソナ使いとしてのキャリアもあるとなれば、影時間における先輩と認めるしかない。
さらに、自分とほぼ同じ立場だと思っていたゆかりも七歌と二人とは言え強敵との実戦経験ありとなれば、しばらくは経験値稼ぎを続け戦いに慣れるしかない。
そのように今後の方針をまとめ、一人前となった暁には隊長もやらせて貰えないかと順平が改めて聞けば、
「んー、ペルソナのスキル構成によるけど順平は前衛アタッカータイプで、自分が戦ってると後衛への指示が難しいから多分無理。後衛タイプのゆかりも同じ理由で前衛に指示を飛ばしづらいだろうから、中距離型の私が消去法で指揮を執ることになるとおもう」
ヒーホー君と話していた七歌が顔をあげて難しい表情を浮かべながらそう告げた。
一見ただの変人だが七歌は自覚ある変人だ。別に普通にしておくことも出来るが、正攻法では勝てないと思わされた八雲に追いつくために他の者のしないことを試しているのである。
そんな彼女は先日のシャドウとの一戦も問題なく行えていたように、他の者と違って戦闘に慣れていた。それは旧家の跡取りとして護身術を習っていたからだが、元々今ある手札から取り得る戦術を把握し、効果的に切っていくという指揮官としての才能に恵まれている事も大きかった。
「事前に聞いた先輩らの戦闘スタイルを踏まえても結果は同じかな。補助も出来る美鶴さんは中距離型と言えなくもないけど、順平と真田先輩は性格的にも攻撃向き。二人の長所を活かすなら指揮は他の人間に任せて敵を倒しまくってくれた方がありがたいよ」
「ほう、随分と慣れている様子だな。美鶴が教えたのか?」
「いや、七歌は旧家の跡取りとして護身術に武道を習っていたこともあり、一緒に兵法も囓っていたらしい。中学時代と前の高校では一年の頃から生徒会長をしていたので、元から組織のトップに立ち指揮する事に長けていたようだな」
既に美鶴や真田を加えたパターンも考えられており、それぞれに合った役割分担まで頭の中で出来ていることに真田は素直に感心する。
これまでは美鶴が部長として作戦等も考えていたが、美鶴は指揮よりも後方支援も兼ねた指揮官補助の方が合っている。
政治的な駆け引きであれば前に出ても良いが、それが戦闘となれば七歌の方が指揮官に向いていることも自覚しており、ナビとして補助する役目がなくても任せられるようなら彼女に任せようとすら思っていた。
「ま、そういう訳で順平には敵をバッサバッサ切り伏せるエースとして頑張って貰うよ。真田先輩が離脱している間、男子は順平しかいないからね。頼りにしてるよ」
「お、おう! まっかせとけって!」
自分が隊長になれなくて不貞腐れるかと思われた順平を、七歌はエースという役割を与えることでモチベーションを上げさせた。一人だけの男子だから頼りにしていると付け加えたこともあって、順平のやる気はほぼ満タンと言って良いだろう。
新たにヒーホー君という仲間も加わったこともあって、新人チームとしての初陣にも関わらず出発直前の空気は非常にいい状態だ。
今日はまだ二階しか探索させるつもりはないが、美鶴たちも不思議と何の不安も感じず、とりあえずタルタロスがどんなところか見てこいと七歌を送り出した。
***
タルタロスの二階、ダンジョン部分に足を踏み入れた七歌たちは、エントランスに残った美鶴から地形についての情報を通信で貰いながら敵を倒し進んでいた。
「順平、行って!」
「おう! 見てろよ、オレの大活躍!」
現われた二体のシャドウ、臆病のマーヤと残酷のマーヤを確認した七歌は、チームの中で唯一火炎スキルを持った順平に相手を任せる。
ここに来るまでにも何体か倒していた順平も相性は覚えていたようで、すぐに召喚器を抜くとこめかみに当てて引き金を引いた。
「ヘルメス!」
気合いと共に呼び出された金属の翼を持った鎧のペルソナの名は魔術師“ヘルメス”。
ギリシャ神話において伝令の神とされており。彼の作った竪琴がアポロンから息子のオルフェウスに渡り、エウリュディケを連れ戻しに行ったときには同行したという話もあれば。ゼウスに雌牛に変えられた後、ヘラによって怪物に監視されていたイオを助け出したという逸話もある。
そのように仲間のペルソナと中々に関係の深い存在だが、ヘルメスは火の起こし方を発見したという逸話も持っており。当然、順平のヘルメスにも炎を司る力は備わっていた。
迫る臆病のマーヤに狙いを定め、ヘルメスは飛び上がると上空から炎弾を降らす。一発で敵は怯み、二発で体勢を崩し、三発目で直撃すると黒い靄になって霧散してゆく。
だが、敵はまだもう一体いて、ヘルメスの攻撃が流れ弾となって残酷のマーヤの侵攻は僅かに遅れたが、耐性があるせいでダメージを与えたとは言い難い。
しかし、敵がさらに進んでも順平は慌てたりせず、その場から横に避けることで後ろから来ていた味方に道を譲った。
《ヒッホー!》
空いた道を白い雪だるまが高速で滑っていく。スキルによって床を凍らし、ヘッドスライディングの体勢で進み続けたヒーホー君は、速度はそのままに敵に突っ込むと相手を体当たりで吹き飛ばした。
「氷で決めて、ヒーホー君!」
《ヒーホーォォォッ!》
小さくてもパワーは一級。体格で勝る敵を吹き飛ばしダウンさせれば、着地と同時に七歌の指示通り口から吹雪を吐いて敵を弱点の氷結で凍りづけにし、最後は限界が来たのか砕いて消滅させる。
見事入れ替わることで二体の敵を倒した一人と一匹は、順平がしゃがむことで楽しそうにハイタッチをしているが、前衛の二人に合流した七歌とゆかりも落ち着いており、これまでの連戦の疲れを感じさせていなかった。
一人で全ての敵を倒そうとするのではなく、相手によって入れ替わり対処していくチームプレーは、今日初めて組んだとは思えないほどスムーズに出来ている。それには美鶴のアナライズ結果を聞いた七歌の指示が的確なこともあるのだろうが、一番の理由は自分がしっかり女子を守らねばと責任感を持って順平が戦ってくれているのが大きいだろう。
「へへっ、オレら中々のコンビだな」
《ヒホ!》
最初は正体不明の野良ペルソナとして警戒していた順平も、ヒーホー君がちゃんと七歌の指示を聞いて戦っていたことで、共に敵を倒した今では連帯感を抱いていた。
お互いを認め合う一人と一匹の様子は見ていて微笑ましいが、普段の彼の様子からすると不気味なくらいしっかりしている。
頼りになるのは良いことだが、一体どうしたんだとゆかりは冗談っぽい口調で本人に尋ねた。
「ま、私らからすれば、初陣なのに頼りになりすぎてちょっと気持ち悪いけどね。悪い物でも食べた?」
「そりゃ、オレっちもエースですから? 女性陣を守るナイトにならナイト、なーんつって」
「ヒーホー君、そいつ氷像にしちゃってー」
《ヒホ!》
「うわぁぁぁ、やめろぉぉぉ!?」
調子に乗って溢した馬鹿な発言は聞かなかったことにしてやる。だから、安らかに眠れとゆかりはヒーホー君に頼んで順平を愉快な氷像にしてやろうと考えた。
頼まれたヒーホー君が頑張って吹雪で凍らせようとするも、順平は必死にそれらを躱してなんとか生還を果たす。
敵よりも味方の攻撃の方が恐ろしいわと肩で息をしている順平に、これに懲りたら次は言葉に気をつけろとゆかりが頑張ってくれたヒーホー君を労っていれば、ペルソナの力で七歌たちの様子を見ていた美鶴が通信を入れてきた。
《しかし、岳羽じゃないが私としても少々意外だ。学校生活での様子を聞けば、伊織はムードメーカーである分、感情に左右されやすいタイプだと思っていた。だが、今日の戦闘を見ている限り、戦闘で気分が高揚してきても頭は冷静さを保っているようだった。初陣となれば調子に乗ってもおかしくないというのにな》
感情で力が増幅するタイプはよくいる。調子がいいと神がかった力を発揮するが、一度ドツボに嵌まると中々力が発揮できなくなるため扱いは難しいが、そういったタイプだと思われた順平は意外なことに冷静な戦いぶりを見せていた。
その落ち着いた対処の仕方は素人とは思えぬレベルであり、普段のふざけた態度が演技なのではと思ったほどである。
しかし、美鶴の言葉を聞いた順平は暢気な表情のまま、どうして自分がこんなにも落ち着いて戦えていたのか心当たりがあると答えた。
「あー、それは多分あれッス。有里君の真剣ゼミの効果ッスね」
《真剣ゼミ?》
ゼミと言うからには研究会のようなものだと思われる。だが、あの面倒臭がりの湊が一般の生徒を招いて研究会を開くとは思えない。
故に、それはどういった物なのか聞き返せば、事情を知っているゆかりが今度は答えた。
「順平が勝手に呼んでる試験前の勉強会のことです。有里君の勉強法が気になって何人かで彼の家に行ったんですけど、彼が用意した対策プリントをやっただけで順平ってば底辺から平均以上の順位になったりしたんですよ」
《それは……随分と優秀な教師だな》
湊の学力が非常に高いことは知っていたが、他人に教えて成果を上げるほどだとは思っていなかった美鶴は、順平のクラスを担当する教師らを思って言葉に詰まる。
試験前の駆け込み勉強ならば長期的な記憶として定着するとは思えないが、それでも必要なときに必要な学力を発揮できれば成績の上では問題ない。
実際に順平は中等部の終わり頃からテストでは平均並みの点数を取っており、赤点常連の名は既に返上しなければならない状態だ。
これが全て湊個人のおかげで、さらに戦闘にまで活かせるとなれば、美鶴としてはアドバイザーとして雇いたいくらいであった。
「実際、有里君って教え方が上手いんスよ。オレとしては何も分かってないって感じだったんスけど、有里君はこれが分かってないからこっちも分からないってのを見抜いて、これをしてから次にこれをすれば出来るってゲームの攻略法みたいに教えてくれたんです」
《ふむ、だとすると戦闘も同じように自分の役割と次の行動を頭の中で組み立てていたのか?》
「いやいや、そこまでは無理ですよ。ただ、七歌っちが全体を見て指示してくれるんで、オレっちは自分の役目を果たして次の人に繋げばいいって考えてたんす。次もオレなら追加で指示が来るし、他のやつに指示がいけば邪魔しないようにしつつフォローにいけるようにって。ま、ターンバトル的な発想っすね」
順平がよくやるゲームでは味方は行動し終わると元の場所に戻ってくる。それと同じで順平も七歌の指示を基に自分のターン行動を取って、終わると他のメンバーや自分の次の行動のために動く準備をしていた。
ゲーム感覚ならば美鶴としては注意しておきたいところだが、順平はゲームの行動パターンを参考に戦闘中の行動を決めていただけだ。
《ゲームから着想を得たのはユニークだが、君のその思考は普通一朝一夕で身につく物ではない。明彦は未だに遊び気分が抜けていないが、我々の活動は映画のヒーローと違って一瞬の油断で簡単に命を落とすこともある。だが、そうやってチームで戦うことを意識して動いてくれる者がいれば、格段に危険は減り全員を助ける事に繋がるんだ》
それなら柔軟な発想を褒めこそすれ、窘めるのはお門違いだろうと通信の向こう側で美鶴も小さく笑う。
《切っ掛けをくれたのは有里かもしれないが、それを自分の力として活かしているのは君の才能だ。七歌も言っていたが私も君の力を頼りにさせてもらうぞ》
「へ、へへっ、うっす!」
土壇場で召喚に成功し二人がかりとは言え大型シャドウを倒したゆかり、面白い発想でチームの中で力を発揮する順平、そんな彼らを統率し自身も前線と後方支援を柔軟にこなす七歌。さらに野良ペルソナという不思議な存在も混じっているが、通信越しに彼らを見ている美鶴は素直にいいチームだと思った。
彼女の傍では戦力が整ったというのに己が戦えない事ですねている者もいるが、美鶴としては自分たちの後輩は新人ながらなんとも頼もしいじゃないかと期待感に溢れていた。
「よっし、敵も見なくなったし戻ろうか」
「ういっす。ヒーホー君、帰りもオレらがナイトだかんな。油断すんなよ」
《ヒッホホー》
今日はまだタルタロスがどういった場所か知って貰うだけなので、他のフロアには移動しないが、美鶴だけでなく戦っていた本人たちもこれならやっていけそうだという自信を持てていた。
帰るための脱出装置に向かう途中にもシャドウが出てくる恐れがあるため、リーダーの七歌は勿論、エースとして味方を守ろうとする順平とヒーホー君もしっかり周囲を警戒する。
そんな二人を後ろから眺めていたゆかりは、一番の新人が先輩ぶっちゃってと溜息を吐く。
「はぁ……あんたはまた偉そうに。言っとくけど私らの中で一番強いのヒーホー君だからね?」
「あー……それなぁ、桐条先輩の力で調べたらしいけど意外だよなぁ。適性値だっけ? それで言うと先輩らより高いんだもんな」
言われた順平は本当に不思議そうな顔で隣を歩くヒーホー君を見る。
なりは小さいがヒーホー君の適性値は美鶴たちよりも高い。これはアナライズした美鶴自身が一番驚いたことで、現在美鶴は約八千、真田は約六千の適性値を持っているのだが、ヒーホー君は二人を上回る一万ほどの適性値を持っていた。
対して順平とゆかりは三千にも満たず、目覚めて長い七歌もペルソナを鍛えていなかったため適性値は約四千と高くない。
つまり、新人三人の合計とヒーホー君単体でようやく同じくらいの適性値となる訳だが、適性値はあくまで保有するエネルギー量の様な物。ペルソナでスキルを放つときには最大出力の方が重要になってきたりもするので、適性が高ければ強いという訳でもなかった。
「戦闘は適材適所、向き不向きがあるから一概には語れないよ」
「まぁ、それもそうなんだけどさ」
パワーはないがスピードがある、スピードはないがタフネスがある、そんな風に何かで劣っていようと持ち味を活かせば戦闘は分からないものだ。
適性値を基に色々と考察するのはいいが、それで安易に強さを格付けするのは間違っていると七歌が指摘すれば、ゆかりも素直に認めて強さの話題はそこまでとなった。
そして、フロアのシャドウを全て倒してしまったのか敵に会わぬまま進み、最奥と思われる場所で七歌たちは変わった機械を見つけた。
「お、脱出装置発見。んじゃ、帰るから皆装置に近付いて」
後はこれを起動して帰るだけ。三人と一匹はすぐに装置の傍に寄ると七歌が操作したことで発生した光に包まれエントランスへと戻ってゆく。
今日は、タルタロスに来て早々変わった協力者との出会いはあったが、大きな怪我もなく探索を終えられた。そして、七歌たちが帰る支度をしていると、ヒーホー君が残るというのでエントランスで別れると、それでようやく七歌たち三人の初めてのタルタロス探索は無事に終えることが出来たのだった。