???――ベルベットルーム
「ほう……これはまた、変わった定めをお持ちの方がいらしたようだ……」
そんな言葉が聞こえ、少年が眼を開けるとそこは不思議な空間だった。
目の前にはテーブルがあり、その向こうには眼を大きく見開いた鼻の長い不気味な老人がいた。
「だ、だれ? ここはどこ?」
目を覚ました少年“八雲”は自分のおかれた状況が分からず困惑する。しかし、テーブルをはさんで向かいに座る老人は楽しそうに笑いながら口を開いた。
「ほっほっほ、失礼、申し遅れました。私の名は、イゴール。……お初にお目にかかります。こちらはエリザベスにテオドア。同じくここの住人だ」
イゴールという老人がそう説明すると、いつの間にか老人の後ろに控えていた二人が一歩前に出て八雲に挨拶をしてくる。
「エリザベスでございます。お見知り置きを」
「テオドアと申します。テオとお呼びください」
エレベーターガールとベルボーイを思わせる青い服を着た二人が、丁寧に身体を折って礼をするのを見て八雲はいくらか冷静になる。
というのも、二人もどこか人間らしからぬ雰囲気を纏ってはいるのだが、異国人風の整った容姿がその原因だと思えなくもなかったためだ。
不気味という意味で人間離れしているイゴールと比べると、八雲は二人の方がまだ安心できた。
なので、極力イゴールを直視しないよう気をつけながら、控えている二人の事を見つつ挨拶を返す。
「えっと、ぼくは八雲。数字の8に、空にうかぶ雲で八雲。あの、ここはどこ?」
「ここは夢と現実、精神と物質の狭間にある場所……。本来は、何かの形で“契約”を果たされた方のみが訪れる部屋でございます。貴方には、近くそうした未来が待ち受けているのやも知れませんな。……いや、どうやら小さくも既に契約を結んでいるようですな」
八雲は数えで七歳の私立月光館学園初等部に通う一年生。
成績はそれなりに優秀で幼いながらも様々な言葉を知っており、契約という言葉の意味も知っている。
だからこそ、そんなものを結んだ覚えがないために頭に疑問符を浮かべながら聞き返した。
「けいやく?」
「左様。お客人にとっては単なる口約束だったのやもしれませんが、それはこのベルベットルームへ訪れるに足るものでした。しかし、お名前と明確な返事をされていなかったようで、鍵をお渡し出来るほどではありません」
静かに答えるイゴールの言葉をゆっくりと三思九思し、自分が結んだという契約が何の事だかを八雲は思い出していく。
名前が不十分で明確な返事をしなかった。その事から考えられるのは、アイギスに力を貸した時の事だ。
確かに共に戦ったのだが、返事をする前にペルソナを召喚して戦いに移った。だから、イゴールの言う契約が不完全なのだろう。
そこまで考えた八雲は顔をあげると、自分から見てイゴールの右後ろに控えているエリザベスに話しかけた。
「じゃあ、ちゃんと何かけいやくしたらここに来ていいの?」
「八雲様がその意思を強くお持ちであれば」
「じゃあ、なにかけいやくする。なにがいい?」
契約の内容を尋ねられたエリザベスは、八雲の子どもらしい物言いと仕草に優しげに目を細める。
八雲の様な子どもがこの部屋に客人として訪れたことはなく。多くの者はビジネスパートナー程度の付き合いしかしようとしない。
だからこそ、八雲の様な純粋で真っ直ぐな存在が、自分のような客人の手伝いをするだけの存在と対等に言葉を交わす事が新鮮に感じたのだ。
そうして、そのままイゴールと視線を僅かに交差させると、エリザベスは分厚い本を持って八雲の元へと進んでゆく。
近付いてきた自分を相手が眼で追っている事に気付きながら、持っていた本の表紙を捲ると、それを八雲にも見えるようにテーブルの上に置いた。
「契約の内容の元になる部分は、八雲様がご自分でお決めになった方がよろしいかと存じます」
「ぼくが? じゃあ、やくそくをやぶらないとかでもいいの?」
「そうですね……。では、少々変えさせて頂きまして、『契約を果たすまで死なない』というのはどうでしょうか?」
「よく分かんないけどいいよ」
返事をした八雲は、エリザベスがどこからか取り出した羽ペンで、署名欄を指差されながら名前を書き始める。
その客人の横で、柔らかな笑みを浮かべているエリザベスとは対照的に、姉の意図が分からないテオドアはイゴールの横に控えながら僅かに顔をしかめる。
結んだ契約が不完全でありながら、その契約を果たすまで死ぬ事を認められないという契約。それはある意味で終わりのない呪いとも言えるようなものだ。
幼い八雲に対し、どうしてそのような契約を結ばせたのかテオドアは理解できなかった。
そうしているうちに、八雲は署名を終えて羽ペンをエリザベスに返す。署名欄にはその本の洋装に合わせるように『Yakumo Nagiri』と筆記体のアルファベットで書かれていた。
「……確かに。これで八雲様はこの部屋の客人として正式に認められました」
「うん。でも、ここって何するところなの?」
「ここは力を得たお客人の手伝いをする場でございます。ペルソナという言葉に覚えはおありですかな?」
イゴールに尋ねられると八雲は頷いて返す。ここにくる直前までそれを使って戦っていたのだ。
夢だったのかもと少し思ったりもしたが、ここに来て再び同じ言葉を聞いた事で先ほどの戦いが現実であったことを理解する。
しかし、それと同時に自分の両親が死んだ事も思い出してしまった八雲は、悲しさと辛さから目に涙を浮かべる。だが、それは横から伸びてきたエリザベスの細い指によって拭われた。
「ありが、とう……」
「いえ……。八雲様はある戦いで気を失ってここへと辿り着かれたのです。それはあなたのご両親の命が奪われた戦い。八雲様の心情を考えれば、涙を流すのも不思議ではありません。ですが、契約が続く限り私は八雲様の力となりましょう」
「うん」
二人の会話を聞きながらテオドアは先ほどの契約の意図を理解する。
契約が不完全な八雲は偶然にここに辿り着いただけの存在だ。よって、ここから出れば次に訪れる事が出来るかどうか分からない。
それを回避するために拘束力の強い契約を結び、孤独となった八雲と新たな絆を結んだのだ。
「ふむ……」
そんな二人の様子を見ながらイゴールは少し考える。
幼い事に加え、八雲の精神状態を考えるのであれば今無理に説明しても意味がないだろう。
それならば、現実世界にある肉体が目覚めた後、再びここを訪れたときにでも説明した方がよっぽど効率的だ。さらに、滞在中に予備知識をつけておけば理解も早く済む。
そんな風に考えをまとめると、イゴールは口を開いた。
「エリザベス、今後も続けてお客人の担当はお前がしなさい。現実のお客様が覚醒するまでの間に、力の制御法やシャドウやペルソナに関する知識。それらをお客人に説明することもお前に任せる。ベルベットルームと我々の役割については、再びお客人がここを訪れたときにするとしよう」
「承知いたしました。では、今日はお疲れでしょうから、八雲様を寝室へとご案内いたします。テオ、八雲様が着られる大きさの服を私の部屋へ持ってくるように」
「分かりました」
「では、行きましょう。ご案内いたします」
言いながらテーブルに置いていた分厚い本を右わきに抱えると、椅子から立ち上がった八雲の手をとってエリザベスは扉の一つを潜りベルベットルームから出て行った。
それを見送ったテオドアも直ぐに別の扉へと向かうと、八雲の着られる服を探しに去っていったのだった。
――エリザベス私室
エリザベスに案内された八雲は、そのまま大きなバスルームへと連れられエリザベスと共に入浴を済ませた。
そこからバスローブを着てある一室に通されると、テオドアの持ってきておいたらしい服に着替えさせられた。
これといって学校の制服に思い入れはないので気にしないが、寝巻用の着替えが床に着く長さのローブであったことは少々面倒そうにする八雲。
しかし、バスローブを脱いで新しい下着を身に付けると、エリザベスもゆったりとしたピンクのワンピースタイプのパジャマに着替えていたので、素直に着替えると一緒にベッドに入った。
「ねえ、ペルソナってなに?」
「ペルソナとは自身のシャドウを制御することよって得られる人格の鎧。端的に申しますと具現化した心の力、もう一人の自分と言ったところでしょうか」
部屋の灯りを消し、ベッドランプだけ点けた状態で会話をする二人。
初めての戦闘をしたことで疲労している筈なのだが、一向に疲れた様子を見せない八雲を不思議に思いつつエリザベスは質問に答える。
すると、八雲はエリザベスの方を向きながら質問を続ける。
「じゃあ、シャドウは?」
「人から抜け出た無意識の精神の化生。制御下に置かれたペルソナとは逆に、シャドウは人々が心の奥底に持っている本能で動きます。中には知能の発達した個体もおりますが、多くは獣のような行動を取るものばかりでございます」
「でも、ぼくが戦ったあいつはすごく頭がよくてつよかったよ?」
「あれは特殊な存在ですから。シャドウらの母たる存在に最も近い、言わばシャドウの王と言えるでしょう」
不安げな表情で尋ねてくる八雲の頭を撫でながらエリザベスが続けると、それを聞いた八雲は初めての戦いがそんな相手だったのならば、良く分からないまでも生き残った自分は大したものだと思っていた。
倒せなければ人類が滅ぶとアイギスが言っていたということは、自分が生きているのが倒せた事の証明になる。ならば、もうあんな事は起きないだろうと安心してエリザベスへの質問を続けた。
「エリザベスって何のおしごとしてるの?」
「我が主の補佐と訪れたお客様のお手伝いをしております。今の私はさしずめ八雲様の教育係と言ったところでしょうか」
「じゃあ、エリザベスはセンセーなんだね。いっぱいふしぎな事しってるし、すごいね」
「フフッ……。いずれあなたは私などでは到底及ばぬ程の力を手にするでしょう。ですが、そうなった後も変わらず接して頂けると幸いでございます」
優しげな笑みを浮かべると、エリザベスは八雲を寝かせランプの灯りを消した。
そうして、そのまま二人は眠りについたのだった。
***
二日目
――大部屋
目を覚ました八雲は洗面所に案内されて着替えると、身嗜みを整えてエリザベスについて行った。
そして、いくつもの扉の中から一つを選び潜ると、そこは体育館ほどもある大きな部屋だった。
扉の先の空間がとてつもない広さであった事に驚いている八雲が部屋の中を見渡していると、部屋の中央にいたテオドアが二人がやってきた事に気付き近付いてくる。
そのまま目の前までやってくると、丁寧にお辞儀をしてから話しかけてきた。
「おはようございます。昨夜はよく眠れましたか?」
「うん。テオはなにやってたの?」
「私は姉上に言われて、八雲様の訓練に使う的を用意しておりました」
振り返りながら自身が先ほどまでいた場所を指差すと、確かにそこには丸太のような物が数本立っていた。
ばらばらの間隔で、丸太自体の太さと高さも一定ではない様子。確かに的として狙うのならば、こちらの方が効果的だろうと八雲も思った。
「けど、なにであれをねらうの? それにくんれんって」
「八雲様にはペルソナの制御を覚えて頂きます。既に実戦を経験しておられるのであれば、何も難しい事は御座いません。ペルソナを呼び出し、思い通りにコントロール出来るようになれば、再び戦う事になっても身を守ることが出来ますから」
持っていた分厚い本を開きながらエリザベスが答えると、八雲も表情を引き締め、真剣な物へと変えた。
両親はもういない。それは自分に力が無かったからだ。しかし、今はもう守るための、戦うための力を持っている。
二度と大切な物を奪われないためなら、八雲はどれだけきつい訓練だろうと受けてやろうと思った。
「では先ず、ペルソナを呼び出してください……おや?」
「どうしたの?」
「八雲様のペルソナ全書に他のペルソナが……既にワイルドの力が覚醒している?」
エリザベスが持っていた本の名前はペルソナ全書。八雲に目覚めたペルソナを記録しておくための、言わば八雲専用のペルソナ図鑑。
確認されている全てのペルソナが描かれているが、八雲が目覚めたペルソナは白黒からカラーに変化するようになっている。
しかし、今はまだ力に覚醒しただけで、他のペルソナを得ている筈がないのだが、エリザベスの持っている本にはオルフェウス以外にもカラーで描かれているペルソナがいた。
もし描かれているペルソナが既に八雲に宿っているのであれば、教えることが変わってくる。
ペルソナは心の具現化であるため、本人のパーソナリティと同じく一人につき一体というのが基本だ。
しかし、稀に『ワイルド』という複数のペルソナを自由に付け替えて戦うことが出来る者がいる。
八雲もその力に目覚める可能性があることはベルベットルームの三人とも分かっていたのだが、ペルソナの覚醒、ワイルドの目覚め、それらの時期が予知されていた未来と変わっていることに僅かな疑問を抱いてしまう。
だが、既に目覚めているのであれば、その稀有な能力を活かす方法を教えた方が良いだろう。そう思い、気を取り直すとエリザベスは口を開いた。
「八雲様、いまご自分の中に何体のペルソナを感じますか?」
「え? えーと……分かんない。さいしょに出したオルフェウスと、他にぼんやりとしたのがなんかいるみたい」
「結構です。では、そのぼんやりとしたものの存在を意識して明確に認識してください」
「わかった」
しっかりと頷くと八雲は目を閉じて集中し始める。
ワイルドの能力であるペルソナの切り替えとは、精神の切り替えと同義。
心理学におけるペルソナのように状況に応じて仮面を使い分ける能力だが、幼く精神の未熟な八雲にはそれが出来ない。
八雲は両親だろうが友人だろうが同じように接していた。それはアイギスやベルベットルームの住人に対しても同じで、基本的に同じ自分で接してしまうのだ。
しかし、ペルソナは人に対してのものだけではない。家での自分、学校での自分、仕事での自分など置かれた環境ごとにもペルソナは存在する。
集中を始めた八雲の周りに薄い水色の光が集まり始めると、それが次第に色を変えていく。
「こい――――タナトス!」
色が濁り、全てを塗り潰す黒へと変わった時、瞳を開いた八雲に重なるように具現化した存在が背後から浮き上がった。
それは鎖で連なった棺桶を背負い、獣を思わせる形をした髑髏の仮面を被った死の神。
今の八雲が制御できるレベルの存在ではないのだが、八雲は落ち着いた表情で宙に浮いていた。
それを近くで見ていたテオドアは思わず呟いた。
「……あなたはペルソナで宙に浮かぶことが出来るのですね」
「え? あ、ほんとうだ。すごいね、タナトスの能力?」
「いえ、それは召喚方法の付与効果でございます。名称は特にございませんが、通常よりも高い同調率で召喚した場合そのような現象が起きるのです」
テオドアと違い、八雲の召喚方法に覚えのあったエリザベスが手を貸して八雲を地面に降ろしながら説明する。
それを感心ながら聞いていた八雲は現れた黒い死神を見て、どこか先日戦ったシャドウに似ていると感じていた。
雰囲気、持っている剣、顔を覆う仮面など共通点が多い。
しかし、シャドウの様な嫌な気配がないので、オルフェウスの胴体がどこかアイギスに似ていた事も含めて、今回呼び出したタナトスがシャドウに似ていることも偶然そうなのだろうと納得する事にした。
「高い同調率の為、通常よりも強い力を振るうことが出来ますが、その分ペルソナの受けたダメージがより多く返ってしまいます。ですので、このようなカードによる召喚にした方が宜しいでしょう」
そういってエリザベスはペルソナ全書の上にカードを浮かび上がらせると、本を閉じることで、パキィンッという音をさせてカードを砕きペルソナを召喚した。
小さな妖精型のペルソナ恋愛“ピクシー”は現れると、八雲のまわりを飛び始める。
それに触れようと手を伸ばすと、ピクシーも近寄り八雲の指を両手で包み握手の様に手を振った。
「ふふっ、こんな小さなペルソナもいるんだね」
「ピクシーはペルソナの中でもかなり小型の部類でございます。大きいものですと、そのタナトスの倍以上のものもおります」
「そうなんだ。えーっと、カードを出して、壊すっと」
話を聞きながら八雲はエリザベスの真似をして召喚を試みる。
いまだカードの出し方すら教えていないにもかかわらず、八雲は愚者のカードを出現させるとそれを握るように砕き、愚者“オルフェウス”を呼び出した。
「エリザベス、ぼくもできたよ」
「二体同時召喚……それも一体は同調状態だというのに……。八雲様、その召喚は他者に見せてはなりません。我々の前以外ではカードによる召喚で、呼び出すのは一体のみにしてください」
「どうして?」
「それはあなたが特別だから出来る事なのです。しかし、それを悪用しようとする者もいます。ですから、いらぬ危険に晒されぬよう注意するに越したことはありません」
そう言われてしまうと八雲も言う事を聞くしかないとタナトスを解除し、オルフェウスのみ呼び出したままにする。
「つぎは、なにをすればいいの?」
「ペルソナの切り替えをしましょう。オルフェウスを一度戻し、直ぐにタナトスに切り替えてください。そして、呼び出せたら再びオルフェウスと何度も練習いたしましょう」
「うん」
言われた通りにオルフェウスを戻すと、直ぐに死神のカードを出して握り潰す八雲。
そして、タナトスが顕現すると再び消して、すぐに愚者のカードを取り出し、何度も出しては切り替えるという行為を繰り返した。
その訓練を傍らで見守りながらエリザベスは八雲のペルソナ全書を見て考え込んでいた。
よくあるテレビゲームのように明確に実力が数値化出来る訳ではないが、今の八雲はただの子どもであり、仮にレベルをつけるとしたら1~5程度と言える。
しかし、八雲の召喚したタナトスは死の具現化というだけあって、かなり熟練した者でないとコントロールできない潜在能力を有している。
通常、自分の実力以上のペルソナを呼べば召喚失敗か、コントロールできずに取り殺される。
だというのに、八雲には暴走すら起きていないことが不思議でならず、エリザベスも原因を突き止めようと考えているのだが、明確にこれだと思えるものはなかった。
「ふう……」
「どうかされましたか、姉上?」
「いえ、少々、八雲様の能力に疑問が浮かんだものですから」
姉が難しい表情で溜め息を吐くなど珍しいと心配で声をかけてみたのだが、悩みの種を聞いてテオドアも納得した。
確かに八雲の力は他のペルソナ使いとはかなり違っている。二度目にしてはあり得ない召喚方法、得ている筈のない二体目のペルソナ、易々と同時に召喚するなど規格外にも程があった。
しかし、だからと言って本人に何か問題があるようにも見えない。
今も言われた通り、何度も愚者と死神のペルソナを付け替えているし。そもそも、同時召喚が可能なのであれば、付け替えるというよりは混在する意識のうちの該当する一部だけを表層意識としてあげるような感覚と思った方が近いかもしれない。
そう思ったからこそ、テオドアはエリザベスほど八雲の能力について疑問や異常性を感じていなかった。
「確かに少々特殊な力の発現の仕方をしておりますが、私にはそれほど異常には思えません。現に今も何度もペルソナを付け替えれていますし」
「……何故、自身の実力以上のペルソナが扱えないかを理解していないのですか? ペルソナは心の力。故に、本人の持つ身体的、精神的な力と密接に関係しています。その制限を超えて力を行使出来ている時点で、八雲様は精神に何か異常をきたしているのですよ」
「っ、では、その原因が消えれば力の制御を失う可能性も?」
「それは分かりませんが……」
エリザベスの説明を受けてテオドアも理解する。
自分たち力の管理者のペルソナ全書に記された存在を呼び出す召喚と違い、八雲は自分の心の仮面を付け替えての召喚だ。
心や精神状態を簡単にコントロールできないように、心の具現化たるペルソナも制御にはそれ相応の技量が必要になってくる。
それを無視してペルソナを使役できるというのは、八雲がその年齢ではあり得ぬほど精神が完成しているか。または精神が何かによって変質している可能性があるという事だ。
どこもおかしいように見えないからこそ、余計にその異常がどこに生じているのか分からない。
ただでさえ人間の精神などブラックボックスであるというのに、強力な能力を持っていながらそれがいつ暴走するかも分からないなど厄介な事この上なかった。
「エリザベス、もうなれてきたんだけど、次はなにすればいいの?」
「そうですね。今回は精神のみでお越しのようなので、肉体が現実にある以上は鍛錬しても仕方がないですし。肉体の鍛錬は夢を通じて来られた際にするとして、次はペルソナやシャドウについての知識を身につけるといたしましょう」
言いながらエリザベスは全書のオルフェウスのページを開き、そのまま八雲に見えるように本を向ける。
そこには八雲のオルフェウスの覚えているスキル、耐性や弱点などについて詳しく載っていた。
そして、エリザベスはその耐性や弱点の欄を指差しながら説明する。
「この弱点や耐性というのは、ペルソナやそのペルソナを装備している者へのダメージに関わってくる項目です。空欄は通常ダメージ、耐性は小ダメージ、弱点は大ダメージを受けます。また、無効・反射・吸収というのもありまして、無効は一切効かず、反射は魔法壁で相手に攻撃を返す効果となっており、吸収は敵の攻撃を魔法壁でエネルギー変換し取り込むことで回復することが出来ます」
「じゃあ、オルフェウスは電気と闇によわいんだね」
「ええ。しかし、注意する点がございまして、仮に火炎無効のペルソナを着けていても魔法由来の炎以外では効いてしまいます。例えばオルフェウスのアギで火事が起きたとして、この場合ですと元がアギという魔法なので火炎無効のペルソナを装備していれば炎を一切恐れる必要はございません。ですが、マッチの火で起こった火事ですと魔法由来ではありませんので、無効も反射も効かないということになります」
同じように魔法の雷ならば無効や反射で防げるが、単純に自然現象の落雷や電線に触れての感電であれば死んでしまうといってエリザベスは本を閉じた。
それを聞いた八雲は聞いた事を自分の中でゆっくりと整理していく。
項目には物理に関する欄もあり、斬・打・貫の三種となっていた。物理に魔法由来などあるのかと思ったが、ペルソナの攻撃がその判定に関係するかもしれないと納得する事にした。
そして、魔法由来かどうか見分ける方法は、実際に耐性などを持っているペルソナを装備して触れてみるしかないのだろうかと少し考え込む。
「……もしふつうの火で火事になったとして、それをペルソナのまほうの火で上書きすればだいじょうぶになるの?」
「そうですね。実際に試した者がいないため不明ですが、スキルで炎を放ち続けて身を守っていれば、通常の炎も効かなくなる可能性は大いにあります」
八雲の質問に答えるテオドアはどこか苦笑気味にそう返す。
通常の火を魔法の火で上書きして防ぐなど子どもが思いつく事ではない。発想の柔軟さこそ子供らしいと思えるが、どこか目の前にいる子どもは人と違っていると感じたのだ。
それは傍らで同じように聞いていたエリザベスも同様で、答えを聞いて嬉しそうに頷いている子供らしい表情と思考に大きなズレを感じる。だからこそ、いまここでその内面を知っておきたい。
八雲に起きている精神の異常、それが何であるのかを全く理解できないまま現実に帰しては、今後ベルベットルームの住人として万全なサポートをしていけないと思ったからだ。
「……八雲様、あなたは争い事が恐ろしいと思えますか?」
「あらそいごと? たたかいとか、ケンカとか?」
「そうです」
「んー……あんまりこわくないかも。痛いのはイヤだけど、たたかわないと守れないものもあるって分かったから。たぶん、これからはボクも守るためなら力をつかうとおもう」
エリザベスは、最も高い可能性として脳が恐怖を感じなくなっているかと思い尋ねてみたのだが、その答えから得られた情報は似て非なるものだった。
八雲は恐怖を感じない訳ではない。自身や己にとって大切な物を守る事に強い執着を持ち、守る際には危険から遠ざけるのではなく、その根源を自ら断つと考えるようになっていたのだ。
両親を失った直後に守ることが出来る力を得たことがそうなった原因だろう。
なぜ自分は両親が死ぬ前にこの力を発現出来なかったのかと己を責めている。その心の傷が力の根源であり、同時に八雲の隠れた攻撃性を表に出していた。
八雲の精神の異常の一端を理解したエリザベスは暫し考える。客人である八雲をどうすれば正しく導けるのかを。
「……難しいものですね。私には八雲様を導く方法が思いつきません。こんな時には己の人ならざる身が恨めしく思います。私が同じ人間であればかける言葉の一つでも思い浮かぶでしょうに。ですから、私は祈ります。八雲様の御心を救ってくださる方が現れる事を」
「なんのこと?」
「今は分からずとも構いません。ですが、その力は心の鎧。鎧とは守るためのものです。ですから、本当に大切な物を守るためにのみ力をお使いください。壊すのではなく、守るために」
悲しげな顔でそう告げてくるエリザベスの言葉を聞き終わると、八雲は急な眠気に襲われた。何故だかは分からない。しかし、立っている事も出来ず、八雲はエリザベスに支えられながら意識を失ったのだった。
本作内の設定
ペルソナの召喚に同調率があるものと設定。同調率が高ければペルソナをより上手く強力に扱える半面、ペルソナの受けたダメージが召喚者により多く返ってくる。
この力は本人の才能や精神状態によって影響してくるため、ワイルド能力者しか使えないものではない。