【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第二十話 後篇 脱走-狂乱-

――第五研・武器保管庫

 

 武器の確保のために動いていたタカヤたち。

 無事に武器のある第五研の武器保管庫へとやってきていたのだが、対シャドウ化されていない幾つかの武器と召喚器を回収したところで、集まって来た黒服と研究員によって足止めされていた。

 

「大人しく投降したまえ。いまなら、まだ助けてやることも可能だ」

 

 ヘーガーは手に対シャドウ銃を持ちながら、隠れているタカヤたちに投降を持ちかけてくる。

 しかし、投降することなど出来ない。

 ここで捕まれば、待っているのは生かされた後、一度も自分で生きることも出来ぬまま、意味もなく死んでいく未来だけだから。

 ここへ来たのは全部で五人。うち二人は、やってきた研究員と黒服に撃たれ、既に動かなくなっている。

 相手が来るまでに僅かな武器を取ることが出来たので、まったく反撃出来ない訳ではないが、銃など使った事がないため十人近くいる者らを全て相手することは出来ないだろう。

 ペルソナに至っては、攻撃して建物が崩壊すれば自分たちも生き埋めになることは明白なため、使うことは出来ない。正に、万事休すだった。

 

「やれやれ、生き足掻くと約束しましたが、どうやら十を生かすための一になるしかないようですね……」

 

 どこか諦めたように呟くタカヤの横で、ジンが俯いたまま手榴弾を持って震えていた。

 

――中庭

 

 他の者らが作戦のため動いている中、先導部隊として先に外に出ていたマリア達は、スミレの持つ体長二十メートルを超す巨大なペルソナ、刑死者“テュポーン”に守られながら、中庭に陣取って待っていた。

 テュポーンはくすんだ赤色の長髪に黒い肌をした男性型のペルソナで、足はそれぞれが大蛇の尾のようになっており、背中には鳥の羽根ではなく蛇を編んで出来たような翼が生えている。

 そして、その大蛇の尾のような足で自分たちを囲んで、やってきた研究員と黒服の攻撃を防いでいたのだが、先ほど流れていた放送を聞いた途端に、第二研の者らが暴れ始めた。

 突然の事態にマリアもスミレも驚くが、いまスミレがペルソナを解除しては攻撃の的になってしまう。

 そのため、直接的な戦闘力を持たないスミレに代わり、バーサーカー状態になったマリアがペルソナを呼び出し、応戦していた。

 

「なんなんだ、お前はーっ!!」

 

 マリアは叫びながら、馬に乗った騎士のペルソナを虚ろな瞳で呼び出した男子を蹴りつけ、ティアマトの槍で相手のペルソナの胸を貫く。

 ダメージを受けたペルソナは消えていくが、休んでいる暇はない。

 マリアらを含めて先に逃げてきたのは十人、その内第二研は全部で三人。いまので一人倒したが、マリア以外の者らは急に味方が襲ってきたことで混乱し、まともに相手が出来ていない。

 この短時間で二人ほど殺され、さらに戦意が喪失している今、戦えるのはマリアだけだ。

 

「このぉおおおおっ!!」

 

 研究員たちの攻撃から身を守る要であるスミレに、第二研の女子が襲いかかろうとしていたため、マリアは湊に持たされた訓練用のナイフを、相手の顔面に向けて投げつける。

 乱回転しながら飛んでいくナイフは、柄が相手の鼻にぶつかり鈍い音をさせた。

 その間に、手に持ったククリ刀を握りしめ、疾走し、鼻血を流しながら倒れている女子に近付いて、逆手持ちに刀を振り上げ後頭部を強打した。

 先ほど投げたナイフと同じく、ククリ刀も訓練用の物であったため、切れてはいないだろうが、頭部にダメージを与えたことで後遺症等が残る可能性はある。

 本来味方である被験体にそれほどのダメージを与えることを心苦しく思うが、しかし、それでもマリアは、湊に託された自身の役割を全うするため、戦い続けた。

 

――通路

 

 突如襲ってきたセイヤとカズキが戦い始め、いくらかの時間が経った。

 その間に後ろから敵がやってきて、制御剤を取りに行ったカズキ達は挟撃に遭うが、一緒に来ていた一人がメノウを庇い頭部に銃弾を喰らって倒れた直後、デュスノミアのマハブフーラで通路を塞ぐ氷を作りだし、何とか背後からの攻撃を防いでいた。

 

「セイヤ、目を覚まして! ミナト君の言葉を忘れたの!?」

「…………」

「無駄だっ! 今、この野郎は、自分の意思で戦ってる訳じゃねェ。大方、第一研みてェに第二研の被験体も精神いじくられてたんだろ!」

 

 メノウの呼びかけにもセイヤは何の反応も示さない。

 そして、呼び出したフレイに斬りかからせようとしていたので、横からカズキのモーモスが大鎌で制し、カズキ本人もナイフでセイヤに斬りかかる。

 そんな二人の戦いを見ながら、メノウは自身を庇って死んでしまった者の事を想い、腕に抱いているケースに入った制御剤を何としても届ける方法を考える。

 後ろは既に追手が来ているので逃げようがない。

 探知をすると、別のルートから正面側へと回ってこようとしている者もいるが、セイヤさえ突破出来ればまだ逃げ切れる希望はある。

 だが、正気を失ってはいても、相手はあの被験体トップクラスの力を持つセイヤだ。

 同じレベルのカズキだからこそ、いまも相手を出来ているが、メノウや、もう一人の被験体では直ぐにやられてしまうだろう。

 

「……どうすれば」

 

 もう少し通路が広ければ、隙を突けば脇を通って行く事も出来た。

 しかし、現実は非情で、この広くない通路で横を通り抜けようとすれば、二人の戦いに巻き込まれてしまうだけだろう。

 そうして、焦りを覚えながら、メノウが親指の爪を噛みながら状況の打開策を考えていると、隣で俯いていた被験体が小さく呟いた。

 

「……君たちは行って。俺が何とかするから、その隙に」

「え?」

「うぉおおおおおおっ!!」

 

 メノウが聞き返すも、被験体の少年は答えず叫びながら駆け出し、ワーウルフのようなペルソナを呼び出しセイヤへと突っ込んだ。

 

「なっ!?」

 

 突然の乱入者にカズキも驚いているが、少年は棒で腹部を突かれながらも歯を食いしばってセイヤを押し倒し、抱きついたまま床に抑えつける。

 そして、ワーウルフ型のペルソナも、肩にフレイの剣が食い込んでいるが、腕に喰らい付き、その大きな手と爪を胴体に突き刺して動きの自由を封じた。

 

「何してるっ、さっさといけぇえええっ!!」

「っ!?」

 

 メノウは、一緒にいた少年のそんな行動に呆気に囚われたが、少年の叫びで我を取り戻し、ケースを大事そうに抱えると駆け出した。

 駆けていくメノウの後ろ姿を見たカズキは、少年がセイヤを抑えているので、今ならセイヤを殺す事も出来ると武器を握り直す。

 そうして、攻撃しようとしたその時、背後でガシャンッ、と氷の砕ける音が聞こえ、銃声と突撃してきた追手の靴音が近付いてきた。

 これでは、手を出している暇はないと、カズキがメノウを追おうとしたとき、少年の声が耳に届く。

 

「――――逃がしてくれて、ありがとう。元気でね」

「っ……!!」

 

 仲間を残し、メノウを追うカズキの背後で、耳に残る一発の銃声と少年の呻き声が響いた。

 

――管制室

 

 袖を破り、それで腕をきつく縛って止血した湊は、物影に隠れながら状況の打開策を練っていた。

 管制室が機能しないのであれば、足止めと研究員らの鎮圧に行くべきだが、このままでは、他の者らの助っ人に行く事も出来ない。

 一か八か、ペルソナを呼び出すと同時に天井に向けて攻撃を放ち、脱出を計ろうかと考えたそのとき、

 

《ミナト君、聞こえる!?》

 

 突如、脳内にメノウの声が聞こえてきた。

 このテレパシーのようなものは、探知能力の一部で、使う側が対象を指定して通信が出来るという能力だ。

 普通の人間では傍受できず、傍受するには同じ探知能力を有している必要がある。そのため、こういった状況で、味方同士で密かに会話できるのだ。

 

「なに? どうしたの?」

《あ、繋がって良かった! それが、急にセイヤとか他の何人かの被験体が寝返って、こっちの味方を襲い始めたの。さっきのコードなんたらって放送あったでしょ? カズキが、あれが原因だから、ミナト君に連絡しろって! ボクらは何とか逃げてるけど、他の二人はボクらを守って……》

「なに……?」

 

 メノウの言葉を聞いた湊は、直ぐに研究所全体の状況を把握すべく探知で探っていく。

 すると、メノウの言ったことが真実で、第二研の者らが、他の被験体に襲いかかっているのが見えた。

 それだけでなく、武器の確保に行ったタカヤたちや、先に外で待っているマリア達が敵に囲まれている。

 制御剤の方はカズキとメノウ、武器調達はタカヤとジンの他にもう一人第一研の被験体が残っているだけ。足止めは裏切った第二研の者以外は既に全員死亡している。

 

「な、なんで、こんな……」

 

 自分が逃げる手助けをすると言い、皆はそれを信じてくれた。

 だが、実際は、何もする事が出来ず、信じてくれた者らを死なせてしまった。

 第二研の者らが裏切るとは思っていなかったというのはある。

 対シャドウ銃が量産されていて、それを被験体の鎮圧用に使うと思っていなかったというのも勿論ある。

 しかし、完全に予想できていなかった訳ではない。

 第一研でマインドコントロールの実験があったのなら、他の研究室でも行っていたかもしれない。

 対シャドウ銃の理論と設計図はある程度まで出来ていたのだから、実際に量産して緊急時に備えていたことは十分あり得た。

 可能性はいくらでもあったのだ。

 それを湊は見逃してしまった。

 

「お、俺のせいで……皆が……」

 

 自分の行動が多くの仲間を死なせた事実に自責の念を感じていると、メノウの言葉が頭に響いた。

 

《――――お願いミナト君、皆を助けてっ》

「……っ」

 

 その瞬間、湊の中で何かが壊れた。今まで自分を形作っていたものが、音を立てて明確に壊れていく。

 

「あああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁァっ!!」

 

 不安はあった、仲間が死ぬことも考えていた、それでもこんな現実は嫌だと、認めたくないと否定する。

 突然の湊の咆哮に、チドリと松本も驚いているが、湊は蒼い瞳でカードを取り出すと、それをブーツに当てた。

 

「力を貸せ、チンロン!」

 

 湊がカードを当てると、そのままカードはブーツに吸い込まれ、無の鎧本来の機能により形状を変化させていく。

 眩い光に包まれた靴は、光が治まると、ブレードの周囲で風の渦巻いたインラインスケートのような形状になっていた。

 

「チドリは先に行って待ってろ、俺も後で行く! タナトス、メギドラ!!」

「っ、湊っ!?」

 

 湊はタナトスを召喚しながら、手に短刀を持って物影から飛びだし、松本へと迫る。

 背後では現れたタナトスが、湊に向けて手を伸ばすチドリを抱えて天井にメギドラを放ち、部屋を崩壊させながらも飛び立っていった。

 

「おのれっ!」

 

 同時に二人が別々の方向へ飛びだしたせいで、僅かに迷いが生じ、松本は最大の攻撃チャンスを逃す。

 だが、チドリを取り逃がすのは惜しくとも、松本の目的は湊を殺す事だ。

 すぐさま、湊に銃口を向けると、引き金を引いて銃弾を放つ。

 駆ける湊を追って、ダダダダダッ、と放たれ続ける銃弾がぶつかった床や壁とで火花を散らしながら、室内に銃声と兆弾の音を響かせる。

 だが、ずっと撃っているのに、それらは何故か湊には当たらない。

 

「くっ、何故当たらん!」

 

 物影から飛びだした湊は、部屋の壁に沿うように弧を描く形で接近してくるが、速過ぎて狙いが定まらないことは分かる。

 が、近付けば近付くほど、銃弾の速度を考えれば避ける事など敵わない筈だ。

 現に、何発かは身体を掠めているようで、薄っすらと血を流している。

 しかし、それでも直撃せずに、松本と直線になる場所まで走り切ると、湊は叫びながら壁を砕くほど強く蹴って飛んだ。

 

「松本ぉおおおおおっ!!」

「小僧ぉおおおおおっ!!」

 

 お互いに吼えながら、敵を殺すための凶器を向けあう。

 タナトスの攻撃で部屋の崩壊が始まっているが関係ない。自分は目の前の存在を殺さねばならないのだと、それでも、湊は止まらない。

 落ちてくる天井の破片を空中で足場にして蹴り、ブレードから風を放ち加速して、松本の懐を目指し一気に距離を詰めにゆく。

 そして、

 

「なにっ!?」

 

 撃ち続けていたことで弾切れを起こした松本は驚愕の表情を浮かべ、敵を穿つように突き出された湊の短刀を、深々と胸に突き刺されたのだった。

 

「ばか、な……」

 

 最期にそういって、手から銃を落とし倒れる松本。

 その様子を何も感じさせない瞳で見ていた湊は、落ちていた銃をマフラーに仕舞うと、直ぐに部屋を出ていく。

 向かうのは襲われている被験体たちの元だ。

 

――通路

 

「畜生ッ!!」

 

 制御剤の入ったケースを持ちながらメノウと共に走るカズキは毒づく。

 背後から迫ってきている追手が何度も発砲してきており、狭い通路でまともにペルソナで戦えない二人は、背後から撃たれぬよう、何度も道を曲がりながら外へ向かうことを強いられていた。

 しかし、このまま進むと、先ほどセイヤと戦っていた通路のように、長い真っ直ぐの道に出てしまう。

 そうなれば、狙い撃たれることは分かりきっている。

 かといって、今更引き返して別の道に入る時間はない。

 

「ごめん、ボクが道を間違ったからっ」

「黙ってろ! 今、そんなくだらねェ話してる暇はねェンだよ! テメェは、少しでも速く通路を突っ切ることを考えてろ!」

 

 自分がナビを上手く出来なかったからこんな状況になった。

 そんな風にメノウが謝ると、カズキは乱暴な口調で謝罪を拒否する。

 確かに、こんな状況になったのは、メノウの道案内のせいだ。

 しかし、メノウのナビがなければ、ここまで逃げることも出来なかった。それが分かっているため、カズキもメノウを責めるつもりはない。

 そうして走り続けていると、突如、乾いた銃声が背後から響いて来る。

 

「っ、追い付いてきやがった! 急げ、メノウ!」

「う、うん!」

 

 銃声が聞こえた後、直ぐ近くでカァンッと、銃弾が壁か床に当たった甲高い音がした。

 となると、それほど距離はもう離れていないのだろう。

 真っ直ぐの通路になるまでに少しでも距離を稼いでおきたかったカズキは、僅かに焦りを見せ、メノウにさらに速く走るように言った。

 メノウもそれに頷いて返すが、既に限界は近い。

 逃げている間ずっと走り続け、背後から追われている恐怖、自分たちが生き残らないと全員が死ぬという重圧、それらが重なって探知の力もあと少しで使えなくなるほど疲弊していた。

 

「きゃあっ!?」

 

 そして、ついに足をもつれさせ転倒してしまう。

 メノウが倒れたことに気付いたカズキは、急制動をかけて振り返るが、その視線の先に迫ってきている追手の姿を見てしまった。

 転倒のダメージを考えると、先ほどのペースで走ることは出来ない。ここは諦めて、ペルソナで応戦するかと考えたその時、背後からそれは来た。

 

『あぁあああああああああっ!!』

 

 二人の頭上を飛び越え、インラインスケート型の靴で床や壁を蹴って飛んでいく人影。

 特徴的な黒マフラーと後ろ姿を見る限り、それは湊にしか見えない。

 だが、自分たちの知っている湊とは何かが違っていた。

 

「ミナト、か?」

「っ、あの服……血?」

 

 思わず、二人は足を止めて見入ってしまった。

 元は他の男子の被験体と同じ薄水色だった服が、湊の着ているものは赤黒く変色していた。

 同じように、手や髪にも同じような色がついているが、それが血である事に気付くと背筋に寒いものが走る。

 一体、ここに来るまでに何があったのかと。

 

「なっ、エヴィデンスか!」

「撃て、撃ち殺せ!」

 

 黒服と研究員が湊に銃口を向けて発砲する。

 しかし、湊は靴から風を放って空中で方向を変え、それらを避けてゆく。

 

「あ、ああ、化け物ぉおおおお! くるなぁああああ!」

 

 追手の者らも、湊の全身の赤黒い色の意味に気付いたのだろう。恐怖で錯乱したように、一人の男が狙いも定めず引き金を引き続けると、湊は再び最低限の動きで銃弾を躱し切る。

 そうして、ついに追手のいる場所に辿り着いた。

 

『あぁあああああああああああ!!』

 

 狂気を感じさせる叫びをあげながら、通り過ぎる際に短刀で一人目の胴体を真っ二つにする。

 続けて、空中で体勢を変え、靴のブレードで二人の首を切り裂き、驚愕に固まっていた四人目の心臓へ短刀を突き立て壁に磔にする。

 

「こ、このぉ!」

 

 突きを放った直後の着地で、一瞬湊の動きが止まった隙を突いて、五人目の男が銃口を向けるが、男は銃口を向けたと同時に発砲すべきだった。

 探知で全員の動きが見えていた湊は、その場で宙返りすることで、ブレードから風の斬撃を飛ばし、男を頭からに真っ二つにしてしまった。

 

「マジ、かよ……」

 

 僅か数秒の間に起こった出来事に、カズキも理解が追い付かない。

 死体に変わった男たちの中央で佇む湊に、時間差で崩れ落ちてゆく男らの血が浴びせられる。

 もはや、血で濡れていない場所を探す方が難しい。

 だが、全身が血に濡れようと、湊は動じた様子もなくペルソナを召喚した。

 

『カグヤ、二人を回復しろ』

 

 どこかノイズが混じり二重に聞こえるような声で呼び出されたカグヤが、二人に回復スキルをかける。

 温かな光に包まれた二人は、身体の疲労も回復したことを感じるが、それでも今の湊の様子がおかしいことで動くことが出来ない。

 そうして、二人が固まったまま見ていると、背を向けていた湊が振り返った。

 全身に血を浴びながら、瞳だけは蒼い輝きを放っている。二人は、知っている。あれが自分たちの死を見透かす瞳だと。

 

『いけ。タカヤたちも()が助ける。途中のポイントまで先に行って待ってろ』

「あ、あァ。助かったぜ……」

「き、気をつけてね」

 

 引き攣った表情で答えた二人は、そのまま背を向けると、追加で湊が指示した場所を目指し走っていった。

 それを見送ると、湊も落ちていた銃を拾って再び走り出す。

 タカヤたちの待つ、武器保管庫へと。

 

――第五研・武器保管庫

 

 武器保管庫にいたタカヤたちは、いまだこう着状態が続いていた。

 いや、厳密に言えば、タカヤたちにかなり不利な状況だ。

 相手がなだれ込んでくれば、ろくに武器も使えない子どもなど簡単に鎮圧されるだろう。

 

(まぁ、それも時間の問題ですがね。カズキ達は無事に制御剤を届けられたでしょうか……)

 

 今計画の要となるのは、先導部隊のマリア達と、制御剤確保のカズキ達だ。

 どちらが欠けても、被験体らは研究所から逃げられず、死んでしまう。

 この場にいない他の者らの身を案じながら、タカヤは銃を両手で構えると、密かに近付いてきていた者の気配を感知し。

 男が転がるように飛びだしてジンに銃口を向けた瞬間、反対に引き金を引いた。

 

「ひぃっ!?」

 

 研究員らの使っている銃とは、明らかに威力が違うと思わせる銃声が轟くと、飛び出してきた男の胸部が吹き飛んで無くなっていた。

 それに驚いたジンが息を呑んでいるが、ジンを助けたタカヤは引き金を引いた瞬間、構えが不完全であったからか、反動で跳ねた銃に引っ張られる形で、後ろに吹き飛び転がってしまっていた。

 危うく物影から出そうになったところで、もう一人の被験体が咄嗟に掴んで止めてくれたことで、何とか物影に留まる事が出来た。

 

「ありがとう、ございます」

 

 肩が外れそうなほどの反動を受け、両手が痺れて使い物にならなくなったことを感じながら、タカヤが礼を言うと、少年は何やら口をパクパクとさせている。

 そこで漸く、先ほどの銃声で自分の耳が一時的に聞こえなくなっていることを理解した。

 しかし、仲間を守れたのだ。これくらいのダメージは安いものだ。

 そう思う事で、元の位置に戻ると、恐怖に固まっているジンの肩を叩いて微笑を向けた。

 

「驚かせてしまい、すみません。何せ、咄嗟のことでしたから」

「い、いえ、助けてもろうて、ありがとうございます……」

 

 顔色は悪いが、危ないところを助けられたことを理解しているのだろう。

 ジンは弱々しい笑顔をタカヤに返し、礼を言った。

 

(しかし、ここまでですかね。こちらが一人殺したことで、相手もただ拘束するだけでは済まなくなった。もう、手段を選んでこないでしょう)

 

 タカヤの推測は正しく、ヘーガーらも味方を殺された事で、これ以上待つことは出来ないと、重武装部隊を突入させようと考えていた。

 タカヤが先ほど使った銃は、“デザートイーグル50.AE”という最強の自動拳銃と呼ばれることもある、本来は猟に使うような代物だ。

 流石のヘーガーたちも、被験体がそんな物を持っていると分かれば、自分の身を守るためにも容赦はしていられない。

 そうして、ヘーガーが号令をかけようとしたとき、

 

「う、うわぁああああっ!!」

「なっ、ぎゃぁああああっ!?」

 

――――そこへ怪物がやってきた。

 

「……一体何が?」

 

 急に研究員らの断末魔が聞こえてきたことで、状況を確認しようと、タカヤが僅かに顔をのぞかせると、そこには血飛沫を被りながら、次々と研究員らを切り刻んでゆく湊の姿があった。

 他の黒服と違い、強化ベストを着ている者もいたのだが、そんな物は関係ないとばかりに、湊は短刀で肩から袈裟切りに身体を分断する。

 また、その隣にいた顔を引き攣らせていた男には、片足を振り上げ独楽のように回転しながら風の刃を放ち、足と首を飛ばした。

 瞬く間に武装した男たちが殺されていく光景を見て、ヘーガーは目を見開き呟いた。

 

「ゲ、化け物(ゲシュペンスト)……」

『――――シネ』

 

 最後の一人となったヘーガーの前に降り立つと、湊は冷たく言い放ち、左手で胸を貫き、心臓を直接握り潰した。

 

「ごぼっ……あ、が……」

 

 心臓を潰されたヘーガーは口から血を吐き、白目を向いて、そのまま後ろに倒れ数度痙攣した後、動かなくなった。

 床一面を血の海にした湊は、落ちている対シャドウ銃を回収していくと、その後、部屋の壁の死の線を切って廊下側に倒し、タカヤたちが歩けるように足場を作る。

 

『……他の皆は先に行ってる。お前たちで最後だ。行くぞ』

「ミナト、貴方は……」

『話してる暇はない。カグヤ、回復だ』

 

 タカヤの言葉を遮って、湊はカグヤを呼び出すと三人に回復スキルをかける。

 それにより、いくらか体調が戻った三人は、全身に血を浴びながらも、瞳を蒼く輝かせ続ける少年の後に続き、外に出られそうな壁を破壊するとカズキらの待つ合流ポイントを目指した。

 

――中庭

 

「はぁ……はぁ……」

 

 急に襲ってきた第二研の者らを大人しくさせると、マリアは疲れた様子で肩で息をする。

 かなりのダメージを与えたのだが、意識があるうちは、地を這いずってでも襲ってこようとするので、意識を刈り取るまで何度も戦うはめになった。

 また、他の者も同じように裏切ってこないか警戒していたため、精神的な疲労もそこに加わり、今のマリアは直ぐにでも倒れたい気分だった。

 しかし、倒れる訳にはいかない。

 未だ周囲を囲まれているという状況は変わっておらず、何発もペルソナを撃たれているスミレに限界がくれば、自分がまた戦わなくてはいけないのだ。

 

「ぐっ……そろそろ、まずいかもです……」

 

 足を押さえて、苦痛に表情を歪めてスミレが弱々しく話す。

 その原因は、ペルソナの受けたダメージが召喚者へと伝達するフィードバックダメージだ。

 普通の拳銃ならば、大したことはないのだが、今回、相手が使っているのは黄昏の羽根を搭載した対シャドウ銃。

 弾丸の威力をそのまま伝える対シャドウ弾には劣るが、その分、弾丸さえ補充すればいくらでも対シャドウ兵器として使えるという利点があり。

 味方が来るまで、動くことはおろか、建物を巻きこんでしまうことを考え、ペルソナのスキルを使って反撃すら出来ないマリアたちにとって、その長期戦も行える武装は非常に厄介だった。

 

「みな、と……」

 

 さらに、状況が悪化するように、ここでマリアのバーサーカー状態も解けてしまう。

 普段から好戦的になるカズキのような戦闘狂型と違い、マリアのようなバーサーカー型は脳のリミッターを一部外すこともあって活動限界が存在する。

 活動限界まで使用してしまうと、肉体の疲労からまともに動くことも出来なくなるのだ。

 

 そして、まわりにいる研究者と黒服は、被験体を守っている二つの障害の片方が消えたことで笑みを浮かべ、テュポーンへの攻撃を激しくする。

 防壁となっているテュポーンさえ、排除出来れば、あとはただの的でしか無い。

 相手もペルソナについて研究してきた者たちだ。どうやれば、より効果的にダメージを与えられるかは理解している。

 

「ぐぅ……ごめん、なさい……」

 

 数人がかりで、ほぼ同じ場所を狙われ、ついにスミレにも限界が訪れた。

 額に脂汗を滲ませ、足を押さえたまま地面に倒れると、テュポーンが消える。

 

「よし、やれ!」

 

 この瞬間を待っていたとばかりに、銃を構える者らを見つめながら、被験体は攻撃が来るのを待つ。

 しかし、それは空からの介入者によって、防がれた。

 

「モーモス、マハジオンガ!」

「デュスノミア、マハブフーラ!」

「ヒュプノス、メギドラです!」

 

 武器を構える者らを狙って放たれた攻撃魔法。広範囲に及ぶそれらは、攻撃のための手段しか持たぬ者たちを一撃で行動不能に追い込んでゆく。

 中庭にいた両陣営の者らが、突然のことに混乱しているが、倒れているマリアたちにもただ一つ分かったことがある。

 それは、

 

『タナトス、メギドラ!!』

 

 自分たちは無事に役目を全うできたことだ。

 

 チドリを送り届けたことで戻って来たタナトスと高同調状態になった湊が、極光の奔流で敵を薙ぎ払う。

 その間に、チンロンとスーツェーと共に降りてきたタカヤたちが、中庭にいた者らへ急ぐよう指示を出し、倒れている第二研の者らはそのままに再び湊のペルソナに乗りこんでいく。

 先に二つに分けていた制御剤を持って、武器調達でタカヤと一緒に行動していた少年は、中庭にいた三人の被験体と共にチンロンへ。

 タカヤ・カズキ・ジン・メノウの四人は、動けないマリアとスミレを二人ずつで支えながら、スーツェーに乗り込んだ。

 飛び上がっていく二体のペルソナ目がけて発砲する者もいるが、直ぐに湊がタナトスの五月雨切りで身体をいくつもの肉片へと変える。

 

『カグヤ、上の皆に回復魔法を。それと通信を繋いでくれ』

 

 かなりの高度まで上がっていく二体のペルソナを追って、カグヤが回復魔法を全員にかける。

 これから、二ヶ月の間は会えないのだ。ここで万全の体調にしておかなければ、潜伏中に死ぬ可能性もある。

 これ以上の死者を出させないため、湊は全力で魔法をかけた。

 

 そして、最後の連絡として、別々の方向へと飛んでいくペルソナに乗る者らに別れの挨拶をする。

 

《会うのは今から二ヶ月後の影時間。場所は港区のはずれにある旧陸軍の基地だ》

 

 研究員らに聞こえぬよう、戦いながらもテレパシーの形で通信する湊の音声には、やはりノイズが混じる。

 施設内での戦いを見ていた者は、その理由を何となく理解しているが、口を挿むことはしない。

 

《皆、死ぬな。仲間たちを守れなかった俺が言うのはおかしいかも知れないけど……生きろ。約束の場所に来れなくたっていい。無事に生きてくれ。それじゃあ、また会おう》

 

 悲しそうな笑みを浮かべながら呟き通信を切った後、湊は振り上げた左手を研究所に向ける。

 その動きに同調するように、タナトスも腕を振り上げ、持っている剣に輝きを集束させていく。

 

『滅べ、ブレイブザッパーァアアアアアアアッ!!』

《グルォオオオオオオオオオオオオオオオッ!!》

 

 咆哮しながら放たれた光刃は、中央から施設の基礎ごと分断する。使われていた建築材を融解させ、湊の心情を表すかのような深い傷跡がその地に残された。

 

『アイギス……』

 

 自分の手で付けられた傷跡を何の感情も籠もらない瞳で暫し見つめると、被験体らを助けに行く途中で見つけた機械の乙女に通信を繋ぐ。修復中により意識がなかったので、ちゃんと聞こえるかは分からない。それでも、この地を立つ前に言葉を残したかった。

 

《アイギス、俺はここを去る。でも、また会えるから。戦いの始まる、2009年までさよならだ》

《――――分かりました。どうか、お元気で》

《っ、アイギス……。別れる前に、話せて良かった》

《はい、わたしも八雲さんの声が聞けて嬉しいであります。外界の情報はシャットアウトされているので状況は分かりかねますが、あなたの事は絶対に忘れません。2009年。再起動したら、あなたに会いに行きます。ですから、どうかご無事で――――》

 

 そこでアイギスの意識が途切れたのか、湊は何も感じなくなった。

 あの日より一度も目覚めないアイギスが、何故、いま湊と通信とは言え会話できたのかは分からない。

 黄昏の羽根同士の共鳴か、はたまた、お互いに話したいと願った事で奇跡が起きたのか。

 しかし、どんな理由にせよ、唯一の心残りをなくせた湊は、そのままタナトスと共にチドリの待つ場所へと去っていった。

 

「エヴィデンスっ……」

 

 飛び立った湊へ、別館の隅で隠れるように、憎悪の瞳を向ける幾月に気付かぬまま。

 

――巌戸台中央区

 

 影時間が明けた頃、エルゴ研のあった場所から内陸側へ数十キロ離れた場所にある、巌戸台中央区の住宅街にチドリはいた。

 飛騨から満月に作戦が実行されると連絡を受けていたため、影時間にも拘わらず元研究員だった女性、栗原(くりはら) シャルマは、家の前に立って待っていた。

 連絡では、昔、月光館学園で出会っていた湊も一緒にくるという事だったが、実際に来たのはタナトスに抱かれたチドリだけ。

 そのタナトスも、チドリを送り届けると湊の元に戻るために直ぐに消えてしまった。

 チドリの話では、湊は他の被験体を逃がすために遅れてやってくるということで、それならば中で休んで待っているように言ったのだが、チドリは湊が来るまで断固として動かないと言い。

 子どもの扱いに慣れない栗原は、そんな風に言われてしまうと何も出来ず。しょうがなく、チドリに付き合って門のところで待っているというのが今の状況だった。

 

「はぁ……あの子の気配は感じないのかい?」

「まだ遠い」

「でも、こっちには向かってるんだね?」

「……うん」

 

 事前に飛騨から報告を受けて、チドリが探査能力を有していると知っていたため栗原が尋ねると、チドリはジッと遠くを見ながら頷いた。

 もしもの場合も想定していただけに、無事にこちらへ向かっていると聞いて、栗原も安堵の息を吐く。

 湊は自分たちの研究の最たる被害者。預かって匿うのも、罪滅ぼしという要素が強い。

 それを、何も償えぬまま、死なせてしまったとなれば、今ここで少年を想っているチドリにも申し訳が立たなくなるところであった。

 

(まぁ、無事と言ってもどの程度かは分からないけどね。少なくとも、大丈夫とは言い難い状態の可能性はある)

 

 腕を組んで、チドリの見つめる方向を同じように見ながら、栗原は考える。

 チドリの服に血がついていたことで、怪我をしているのか尋ねると、それは腕を撃たれた湊の血がついたものだと言っていた。

 他にも研究員らが対シャドウ銃なるものを開発して、被験体らに発砲していたらしいので、逃がしながら戦っていたのであれば、湊は満身創痍であることも十分に考えられた。

 そして、そんな風に栗原が一人考えに耽っていると、チドリが急に声を発した。

 

「来た!」

 

 見ると、確かに先ほどやってきたタナトスと共に飛んでいる人影が見えた。

 深夜という事で灯りが少なく、どういった状態かまでは分からないが、とりあえず五体満足ではいるようだ。

 飛行速度も速く、少し待っていると、すぐに湊は二人の前に降りてきた。

 しかし、湊の姿を見た二人は思わず息を呑む。

 なぜなら、全身が赤く染まっていたから。

 

「あ、あんた、それ……」

『俺の血じゃないよ。出会ったやつら、みんな殺してやったんだ』

 

 どこか上手く聞きとれない、壊れたスピーカーから聞こえてくるような声で湊が返すと、二人は自分たちの知る声とは違う響きに、呆然とする。

 そして、二人の様子に構わず、湊は蒼い瞳を血で固まった前髪で隠しながら、乾いた笑いを漏らした。

 

『アハハ、沢山、沢山殺した。黒い線を斬って殺して、血を浴びながら次のヤツを殺して。出会ったヤツらは全員殺してやったんだ』

「……もういいよ、湊」

 

 悲しい瞳を湊に向けて、チドリは歩み寄る。

 

『莫迦みたいに叫んでたやつもいたけど、そいつも殺して。赦しを請うてきたやつは、喋ってる喉を切り裂いて。ああ、素手で胸を貫いて心臓を直接握り潰したやつもいたっけ』

「もういいっ、貴方は頑張った! 湊は、八雲は、何も悪くないっ」

 

 これ以上は聞いていられないと、自分に血がつくことも構わず、チドリは湊の頭を自分の胸に強く抱いた。

 あれほど強かった少年の身体は、いまはまるで重さを感じない。

 

『大丈夫、()が守るから。敵を皆殺して、仲間を守る。アハハ、アハハハハッ』

 

 助けると約束した者らを死なせてしまった責任に打ち震えていた時、仲間の“助けて”という声を聞いた事で、湊は今まで無意識に踏み止まっていた人として超えてはならぬ一線を越えてしまった。

 その結果が、味方を守るために出会った敵全てを殺すという選択。

 

「大丈夫だから、もう大丈夫だからっ」

『アハハハハハハハハハハハハ――――』

 

 十を生かすために一の味方を切り捨てる作戦で、一を生かすために百の敵を殺した少年の乾いた笑い声が虚しく響く。

 チドリは涙を流しながら安心させるように湊を抱きしめるが、湊は糸が切れたように気を失うまでその空虚な笑いをやめなかった。

 

 

 


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