【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第二百一話 復調

影時間――深層モナド

 

 床に着きそうなほどの巨腕と化した黒い異形の右腕を携え青年が走る。

 この先にいる、この先に強い敵がいるからと、硬い床を蹴って狭い通路を抜けて大広間へと飛び込んだ。

 瞬間、迫るのは複数の銃弾。血濡れのコートにロングバレルマグナムという、巨腕の青年ともタメを張れるほど異形の姿をした死神が放ったものだ。

 

「らぁっ!!」

 

 青年は空中にいたまま、巨腕を振るうことで全てを叩き落とす。全てが必殺の威力を有していながら、しかし、青年の黒い腕はそれを勝る硬度でただ荒々しく防ぎきった。

 けれど、死神はそんなもので敵を殺せると思っていなかったのか、青年が着地するまでに広範囲に青白い雷を落とした。

 雷の落ちた床が黒く焼け焦げながら砕け、その破片を至るところに喰らっていた青年にも雷が降り注ぐ。痛みを感じるよりも早く、脳の奥の回線が切れたように意識がプツリと途切れそうになるも、青年はよろめきはしたがその場に立っていた。

 何にも守られていない生身の顔は表面が炭化し、眼帯に覆われていない左眼ははっきりと血管が分かるほど血走っている。

 だが、

 

「ペルソナァァァッ!!」

 

 意識をしっかりと繋ぎ止めていた青年は咆吼するように黒き死神を呼び出した。

 

《グルォォォォォォッ!!》

 

 青年に呼応するように雄叫びを上げながら現われたタナトスは、獣の頭骨を思わせる頭部の口を大きく開き、正面にいる敵へレーザーのように直進する紫電を放つ。

 攻撃の兆候を感知した刈り取る者は咄嗟に回避するも、完全に避けきることは出来ず左腕を焼かれた。

 けれど、その程度で死ぬほど相手も弱くない。残った右腕でリボルバーを振るって斬撃を飛ばすと、タナトスは棺から複数の氷槍を飛ばし打ち消した上で敵の退路を塞ぎ、自身も剣で相手に斬りかかり銃でそれを受け止めた刈り取る者ごと壁に衝突した。

 目の前の敵をタナトスが相手している間、傷が自動で治癒した湊は背後からの攻撃を感知し、巨腕の掌を広げて迫る炎弾を防ぐ。

 掌とぶつかり散っていく炎の隙間から見えたのは、タナトスが戦っているのとは別個体の刈り取る者。

 長時間一つのフロアに留まっていれば現われるため、刈り取る者が複数現われても湊は一切表情を変えず、敵に向かって駆け出しながら“隠者”のカードを砕く。

 

「刻め、ジャック!」

 

 両手にナイフを持ち、飛び出すように現われたジャック・ザ・リッパーは、その俊敏さを活かして敵の懐に入り込むと、敵を連続で切りつけその場に足止めする。

 切る、切る、切る、切る、切る、切る切る切る切る切る、コートごと切り刻まれ胸から黒い靄が漏れ出した刈り取る者は、その場でエネルギーを収束させ極光を解放しジャック・ザ・リッパーを引き剥がす。

 巻き上がった砂埃の中を突き進む湊は、吹き飛ばされたジャックが消えてゆくのを感じながら、敵がスキルを放とうと動き始めていた事で距離を詰めて巨腕で殴りかかった。

 

「はぁぁぁぁっ!!」

 

 振りかぶった拳で刈り取る者を捉えようとするも、斬撃を放てる敵の銃身と巨腕が衝突し互いに弾かれ後退する。けれど、すぐに両者は相手へと向かっていき巨腕と銃身をぶつけ合う。

 両手の銃を剣のように振るう死神に対し、湊の変化した腕は右腕だけ。それでも、青年はもっと速く、もっと強くと時に避けては逸らし、片腕でも敵の二刀に対処しきって何度も何度も拳を振るい続けた。

 そして、遂に限界がきた武器が銃身を歪ませ、互いに攻撃し合う事で保たれていた均衡が崩れた一瞬を湊は見逃さなかった。

 銃身の歪んだ武器を持った相手の右手に蹴りを入れ、そこを基点に反対の足で跳び上がり、打ち合っていた敵が突然飛んだことで思考にラグが発生して動きを止めた死神の頭部を異形の右手が掴む。

 彼の右腕は憎悪や怨嗟という負の感情の塊である蛇神の力の欠片を用いて形成したもの。物質化して物を掴めるようにすることも出来れば、エネルギーのまま利用し純粋な破壊力として解放する事も出来た。

 

「弾けろっ!!」

 

 叫んだ直後、巨腕の掌に集まった高密度エネルギーが一気に解放され、轟音と共に爆発が起きると死神の頭部が黒煙を上げながら消し飛んでいた。

 頭部を失い、持っていた銃を取り落としながら胴体が倒れるように消滅して行くとき、湊はそれを足場に大きく後ろに飛んで次なる敵の攻撃を回避する。

 部屋の入り口から地面を突き進み次々と生えてくる氷の槍。消えかかっていた死神の胴体も貫かれ消滅し、あのまま湊が残っていれば餌食になっていただろう。

 しかし、後ろに大きく距離を取ったにも関わらず氷の槍は青年を狙って迫っていたので、撃墜すべきと判断した彼は“恋愛”のカードを砕くと白銀の鎧に身を包んだ戦乙女を呼び出した。

 

「ブリュンヒルデ!」

 

 オーディンの命に背いた事で炎に囲まれた城で眠りに就いていたという伝承により、ペルソナとして呼び出された彼女は炎の力を宿している。そして、彼女は超重量の槍を軽々扱い、槍投げによって敵を貫いたという逸話を持っている事から、その手に持った鎧と同じ白銀の槍に炎を纏わせると迫り来る氷ごと敵を屠らんとその手より投げ放った。

 轟、と空気を押しのけ一条の光となった槍は炎の尾を宙に残したまま直進し、地面から突き出してきた氷を溶かし砕いてもまだ止まらず、さらにそのまま飛び続け部屋の入り口にいた混沌のキュクロプスの腹部に突き刺さった。

 湊を狙ってスキルを放ってきたシャドウはこいつだ。自我持ちではないにも関わらず、ブリュンヒルデは絶対に許さないと手から離れた槍に纏わせた炎を激しく燃え上がらせ、腹部を貫いた槍伝いに敵を内側からも燃やしてゆく。

 全身を炎に包まれた敵は藻掻くように暴れるが、湊までは距離があって何もすることが出来ない。何もしないまま、出来ないまま無様に燃え散った敵を見届けたブリュンヒルデは薄く笑うと光となって消えていった。

 しかし、敵とペルソナが消えても青年は戦闘状態を解除しない。なぜなら、何十体という数のシャドウが次々この大広間に雪崩れ込んできたから。

 

「タナトスっ」

 

 フロア中のシャドウが青年を狙っている。そう思ってもおかしくない数のシャドウが押し寄せ、飛んでくる砲弾やスキルを巨腕で叩き落としながら後退。そして、刈り取る者の首を刎ね飛ばしていたタナトスに声をかければ、青年の声に応えるように飛び上がったタナトスの姿が変化した。

 棺を繋いでいた鎖が砕け、解放された棺が一つ一つ独立した動きをしながら宙に浮けば、タナトスの背中からは紫の光沢を持った黒い光の翼が噴き出した。

 阿眞根を解放した日に湊の変化によって生まれた、平時ともシャドウとも異なるリミッター完全解放時の姿“冥王”。

 冥府の神にして王の力を知れと天井まで舞い上がったタナトスは、極光が反転したかのような赤と黒の禍々しいエネルギーを集め、宙に浮いた八つの棺もその蓋を開いて攻撃の発射態勢に移る。

 何十体、何百体いようと関係ない。全ての敵を蹂躙し殺し尽くさんと、青年自身も取り出した九尾切り丸に右腕の炎を纏わせ横薙ぎに振るい、シャドウの大群に向けて黒い炎の大波を放つと同時に命令した。

 

「やれっ!!」

 

 タナトスも含め合計九門、上空にあるそれらから撃たれるスキルは絨毯爆撃など生温いとばかりに空間を埋め尽くす。黒い炎の波に押し留められ直撃したシャドウが飛び散り、飛び散った破片も新たに撃たれた攻撃で蒸発してゆく。

 一撃や二撃ならば耐えられたシャドウもいただろう。けれど、怒濤のように押し寄せる力の波には抗えず、全てが終わったときには融解し赤くなった床や壁だけが残されていた。

 右に巨腕、左に大剣という出で立ちで部屋の奥から見ていた青年は、もうこのフロアにシャドウはいないと分かってゆっくり歩き出す。融解した床はマグマのように蒸気を立てる赤い泥と化しているが、青年は構わず進み。中頃に来たところで剣をある一点に突き刺すと、次の瞬間床の熱が消えて溶けて固まった硝子状に戻っていた。

 熱だろうと何だろうと存在するのなら殺せる青年ならではの消火方法だが、彼以外にこんな深い階層まで潜ってくるものはいないので、その行為はほぼ無意味。

 とはいえ、地下というほぼ密閉された空間にあんなものがあれば、空気が熱せられてフロア全体が熱くなる。それを嫌ったとすれば意味は十分にあったとも言えるだろう。

 床に突き立てた剣を再びコートに仕舞った青年は、自分が全盛期の精神状態に近付きつつあることを確認しながら、次の獲物のいるさらに下の階層を目指して去って行った。

 

 

5月1日(金)

放課後――辰巳記念病院

 

 有里湊が行方不明になった。

 七歌たちが靴箱であったあの日以降、家にも帰っておらず、誰も連絡がつかないという状態が続き。彼の家族である少女らは心当たりがないか学校から聞かれていたが、彼女たちでもどこにいるのか分からないという話だった。

 事情を知る者にすればチドリの探知能力でも見つけられないのかと疑問を持ったが、チドリのメーディアは生命の流れを感じ取る力があって、その力でメンバーの生体情報を共有し、付近の地形や敵を知る事が出来る。

 その際、メンバーの潜在能力一杯まで知覚情報を受け取れるので、直接見えていない場所の敵も分かるのだが、湊の場合は赫夜比売やバアル・ペオルの力でその回線を完璧に誤魔化すことや、自分の意志で一方的に遮断することも出来た。

 どちらも圧倒的な実力差があるからこそ可能なのだが、チドリの力で居場所が分からないとなると索敵範囲外にいるのか接触を断っているのか判断が付かず、居場所を探った本人も生きてはいるだろうが状況把握は不可能と断言した。

 もっとも、その辺りの話を知らない者にすれば、様子がおかしくなってすぐに消えたことになるので心配でしかなく、捜索願こそ出されていないもののプリンス・ミナトを中心に騒ぎは拡大傾向にある。

 放課後になって順平について病院にやってきた少女らもそれは同じで、湊がどこにいるのか気になりながらも、今は出来ることをしながら情報を待つしか無いと考え動いていた。

 

「えーと、二〇三号室、二〇三号室っと……お、あった」

 

 今日は真田が半日の検査入院と言うことで、お見舞いがてら荷物を持ってきた順平は、聞いていた病室を見つけて扉に手をかける。横スライドの扉をゆっくり開けて中に入りながら彼が挨拶すれば、

 

「ちぃーっす。伊織順平、きましたー」

「あん?」

「あ、れ? えと、ここって真田さんの病室ッスよね?」

 

 中に真田の姿はなく、代わりに夏前だというのにコートとニット帽を身につけた荒垣が一人でいた。

 彼のことを知らない順平は相手が柄の悪い不良に見えて萎縮するが、以前、彼と会ったことのあった七歌が手を挙げて声を掛けた。

 

「おう、また会ったな変態ニット帽!」

「誰が変態だ。つか、何しにきた?」

 

 初めて会った日に身体に触れようとしてきた相手だけに、七歌の中では相手が変態セクハラ野郎と認識されているようで、態度自体は軽いが言葉は中々に辛辣だ。

 順平や真田が相手でもそうなので、もしかすると男子が相手ならば基本的に毒舌なのかも知れないが、ここを訪れた理由を問われた彼女は笑顔のまま答える。

 

「真田先輩が痔の手術したって聞いたんでお見舞いですよ」

 

 そのような事実はない。聞いた荒垣自身も相手の言葉に首を傾げており、七歌の後ろにいたゆかりが彼女の発言に頭を押さえていれば、病室での会話が外まで聞こえていたようで、扉が開いて入ってきた真田が現われていきなり会話に参加してきた。

 

「勝手に人の病状を捏造するな。骨折がちゃんと完治したか検査のため一日入院しただけだ」

「あ、先輩お疲れっす。検査どうでした?」

「フッ、九頭龍が教えてくれた治療法により、予定よりもかなり早く完治したぞ。これで俺も前線に出られる。タイトル自体に興味は無いが、後輩にエースの座を奪われたままではいられないからな」

 

 ようやく本人に出会えたことで順平は笑顔になり、彼に頼まれていたトレーニング器具を手渡しながら診察結果を尋ねると、真田はフフンと得意気に口元を歪ませ、もうバッチリだと右手に左手の拳をバシンと打ち付けて見せた。

 彼は先月の大型シャドウ出現時に順平を逃がすため無理をして怪我を負ったが、それも七歌が言った酸素カプセルと加圧トレーニングの併用により治った。

 最初の診断で二ヶ月は掛かると言われていたところを半分まで短縮できた上に、トレーナー付きで体幹を鍛え直していたこともあって、落ちた体力は再び鍛えなければならないが本人はそれすらも待ち遠しいと嬉しそうだ。

 しかし、幼馴染みのそんな様子に呆れた顔をして荒垣が立ち上がれば、彼にも聞いておこうと思ったゆかりが口を開く。

 

「あ、そうだ。荒垣さん、有里君見てませんか?」

「有里? いや、しばらく見てねぇな。またどっか行ったのか?」

「はい。一週間くらい前から連絡が取れなくて」

 

 湊が行方不明になったのは初めてではない。前回は留学中に海外で行方不明になっていた訳だが、今回は国内にいて音信不通になっている。彼に限って攫われたりはしていないと思うが、一週間も連絡が取れないと色々心配になってくる。

 それを聞いた荒垣は自分が最後に彼を見たときの事を思い出し、いなくなったのが一週間前ならあのとき既に変化が現われていたのだろうと、彼に関わろうとする少女らに一言忠告しておくことにした。

 

「……アキ、それにお前らも、あいつにはあんま近付くな」

「お前がそんな事を言うなんて珍しいな。何かあったのか?」

「何もねぇよ。ただ、どういう訳か今のあいつはまともじゃねぇ。近付けば互いに不幸になるぞ」

 

 そう言い残すと彼は部屋を出て行った。荒垣が湊の何を知っているのか色々と気になるが、様子がおかしかったことは靴箱で会ったときに七歌らも見ていた。

 となれば、それ以降に荒垣も湊を見て雰囲気が変わっていることを知っているのだろう。あの状態を見れば心配になるのは分かるが、必要以上に脅すような事を言った意味について考えていれば、荒垣の忠告に首を傾げていた真田はベッドに座って順平の持ってきた握力グリップでトレーニングを始めた。

 幼馴染みの言葉が気になるだろうに、随分とマイペースだなとゆかりは微妙な表情になり、順平もやっぱりこの人は大物だなと苦笑いを浮かべる。

 

「は、ははっ、真田さんってよくトレーニングについてとか調べてたりしてるッスよね」

「ま、鍛える事が好きだからな。鍛えれば鍛えるほど身体は応えてくれるが、間違った方法では痛いしっぺ返しをくらう。そうならないためには鍛え方の勉強も必要なんだ」

 

 トレーニングはどれだけ頭の悪い方法でも何かしら効果はある。ただ、誤った方法では十分な効果を得られず、効果以上に負担をため込んで怪我のリスクを跳ね上げる。

 それでは鍛えた意味がなくなってしまうので、真田は最新のスポーツ医学も取り入れたトレーニング方法も調べており、自分なりに勉強した上で日々トレーニングに励んでいた。

 彼が筋トレをしている理由は自分が強くなるためらしいが、それはシャドウと戦う前から行われている。ならば、どういう経緯で現在の活動にも参加する事になったのか興味が湧いたゆかりは率直に尋ねた。

 

「あの、先輩ってなんで戦ってるんですか?」

「戦う理由か? ま、美鶴に誘われたからと言ってしまえばそれまでだが、元々ボクシングの試合だけでは強くなるにも限界を感じていてな。そんなときに美鶴からもっと自分を試せる場所があると言われたんだ」

 

 誘われたときは頭がどうかしてしまったのかと相手を疑ったが、いざ飛び込んでみると確かにボクシング以上の戦いがそこにはあった。

 怪我や命を失うリスクは常に頭にあるが、それ以上に強くなる実感と戦いの興奮が得られる。自分が本当に求めていたものはこれだったと、真田は特別課外活動部に入って良かったと自信を持って言えた。

 そんな真田の話を聞いていて、ボクシングだけでは限界を感じていたという言葉が出てきた事を意外に思った順平は、皇帝とまで呼ばれるほど鍛え上げた格闘技への思い入れはないのかとベッドの傍に立ったまま口を挟む。

 

「へぇ、んじゃボクシングも強さを得る手段ってことッスか?」

「まぁな。今でこそ愛着も湧いているが元々ボクシング自体に思い入れはない。素手でやる格闘技なら何でも良かった。昔、自分の無力さを思い知ったことがあったんだ。妹は俺が守る。そう思っていたのに、俺は妹が死にそうになっているときに助けに行くことすら出来なかった」

 

 そう話し握力グリップを強く握り締める真田の瞳には強い後悔と共に決意の色が映る。

 九年前に起きた孤児院の火事、そこで少年はただ一人の肉親を失いかけた。実の両親と死別し、唯一残った最愛の妹を守るのは自分の役目だと思っていたにもかかわらず、燃える建物の中に妹を残してきてしまい、助けに行こうにも制止する大人の腕を振り払う事も出来なかった。

 

「だが、そのとき俺の代わりに妹を助けてくれたやつがいたんだ。大人が止める暇もなくそいつはあっさりと助け出して、俺は余計に自分の小ささと弱さを思い知らされた。見た目は俺より小さくて、まぁ、実際に年下だったんだろう」

 

 今でもあのときの光景は脳裏に強く焼き付いている。空から降ってきたその人物は、長い黒髪を揺らしながら扉を破壊して中に侵入し、一分ほどで二階の窓をぶち破って美紀を背負いながら外に出てきた。

 大人たちは誰もが救出は絶望的だと思っていただろう。真田自身も火の勢いが強すぎて助けられないと思ってしまっていたのだから。

 しかし、その相手は誰にも出来ない事をあっさりとやってのけた。身体の大きさに関係なく、誰にも出来ないことを平然とやってのける姿に当時の真田は強さを見た。

 

「妹が無事だった安堵と助けにいけなかった申し訳なさで泣いていた俺にその女子は言ったんだ。……泣くほど大切なら自分の手で守れ。周りの制止を振り切ってでも、ボロボロになりながらで良いから助けろ。守る者にとって弱さは罪だ。そんなことじゃ、簡単に零れ落ちていくぞ、とな」

 

 あの日から真田はその言葉を胸に己を鍛えるようになった。一方的な約束ではあったが美紀を助けてくれた少女に誓ったのだ。絶対に強くなって今度こそ自分で妹を守ると。

 

「その言葉を胸に俺は自分を鍛えるようになった。もう二度と自分の弱さのせいで大切な者を失わないようにってな。まぁ、戦いに関しては、しばらくリハビリがてらという事になるが、俺も今日から前線に復帰する。改めてよろしく頼むぞ」

 

 そういってベッドから腰を上げると真田は荷物をまとめて帰る準備を始めた。既に診断を終えて帰って良いと言われているのだ。さっさと寮に戻って身体を鍛えたいに違いない。

 最初から大した検査はないと言われていた事で荷物も少なく、まとめ終えた荷物の入った鞄を持つと、反対の手で握力グリップを握りながら真田は部屋を出た。

 彼に続いて部屋を出た順平は先ほどの話に出てきた女子の件が引っかかり、修学旅行で事故の話を同じく聞いていたゆかりにこっそりと耳打ちする。

 

「なぁ、ゆかりっち。真田さん、女子って言ってたけどあれってさぁ……」

「言わない方が良いんじゃない。言われても信じないだろうし」

「だよなぁ。ていうか、言ったら真田さん的にミキティの彼氏として有里君を認めざるを得なくなるだろうし。むしろ、今後ミキティの彼氏としての最低条件が有里君レベルになりそうだもんなぁ」

 

 そう、真田は相手の容姿と髪の長さから女子と認識していたが、順平たちは美紀本人から相手が男子だと聞いており、さらに助けた人物が湊だと知っていた。

 これを真田に伝えれば本人は呆れた顔で何を馬鹿なと斬って捨てるに違いない。事実確認を取ってもまだ言えるかどうか見物だが、湊を嫌っている真田にわざわざ伝える必要性はないと判断し黙っておく事に決める。

 順平とゆかりがそんな事を話している間、先を行く真田と並んで歩いていた七歌がニコニコ顔で口を開いた。

 

「先輩、完治祝いに晩ご飯奢ってください。ラーメンとか牛丼でもいいですよ」

「なんで自分の祝いに後輩に奢らんといかんのだ」

「先輩がサボってる間にどれだけのシャドウを狩ったか覚えてないんですか? 少しくらい労っても良いと思うなぁ」

「ぐっ……」

 

 真田が休んでいた間、確かに七歌たちは素晴らしい活躍を見せていた。既に十階のフロアボスまでの攻略を終え、十四階にいるフロアボスの姿を確認するところまでは行っている。

 これまで見た事のないタイプのシャドウがボスだったので撤退したが、そう遠くないうちに倒してさらに先に進む事だろう。

 特別課外活動部がまだ三人だったときには行った事もないフロアに後輩が行っている。着実に力を付けているのも見て取れ、そのせいで余計に戦えない己に歯痒さを感じていたのだ。

 そういった活躍を労えと言われてしまうと、予想以上の働きをしている事実があるため、戦いを任せていた申し訳なさと先輩としての矜持によって断る事は出来ない。

 相手はそれらを理解して比較的安価な食べ物でOKだと言って来たのだろう。そう思った真田は強かなやつだと呆れながら渋々承諾する事にした。

 

「……トッピングは一つだけだぞ」

「よっしゃ、全盛り一択じゃー!」

「それは一つとは言わん!」

 

 トッピングメニューには確かに全盛りなるものが存在した。単品で頼んでいくよりも少しだけ安いのだが、一種類という意味で一つだけだと言った以上それを選ばせる訳がない。

 ケチ臭いと文句をいう七歌のことは無視して、話を聞いていたか不明な順平とゆかりに牛丼とラーメンどっちにするんだと問いながら、四人は一緒に病院を出るとそのまま食事へむかった。

 

 

影時間――深層モナド

 

 地面を走り迫る青白い電撃の進路上に青い虎が現われそれを吸収して消す。

 そして、身体の周囲にバチバチと帯電させながら獲物を睨んだ虎は、地を蹴って駆け出すと続けて迫る巨大な拳に自身の爪をぶつけて相殺した。

 

「大口真神、烈風撃!」

 

 マルタタイガーでありながら白虎のペルソナである“バイフー”が敵の攻撃を全て受けると、今度は攻撃に転じるため青年は巨大な白狼のペルソナを呼び出した。

 現われた白狼は身体の周囲に風を纏い疾走する。彼の通り過ぎた地面にはいくつもの刀傷が残され、纏っている風がただの己に属性を付加させるための物ではない事が窺えた。

 見据える先には小さな砦のようなシャドウ、皇帝“キングキャッスル”が再び電撃を放つ用意をして待っている。

 相手は攻撃を解放するだけで放てる状態にあり、ただ突っ込んでも返り討ちにあうだけ。ならば、既に接近している状態でどうするのか青年の判断を待っていれば、

 

「風を解放しながら進めっ」

 

 青年から実にシンプルな命令は飛ばされた。

 威力を上げるために密度を高くしていた風を、僅かに解放することで全身を覆う防壁にする。

 その分、疾風属性の斬撃という技本来の威力は落ちるが、近付いて攻撃を当てれば後にも繋がるので、喰らうダメージを最小に抑えながら相手にもダメージを与える策を取った。

 命令を受けた大口真神はすぐにそれを実行に移し、さらに進めば敵が広範囲に電撃を放った。防壁を展開してもいくらかの電撃が当たって白い毛を焦がすが、大きなダメージを負う前に敵に辿り着き、攻撃中で動けない敵に纏った風ごと体当たりをかけた。

 走って勢いのついた巨体にぶつかられ吹き飛ぶ敵の身体には、しっかりと刀傷が残りそこから黒い靄が血のように漏れ出し倒れる。

 

「アタランテ、刹那五月雨撃っ」

 

 弱点の疾風属性を喰らって倒れた今がチャンスとばかりに、湊は続けて月色髪の女狩人を呼び出し、その空間を埋め尽くすほどの矢の雨を降らせる。

 ドドドッ、と矢から聞こえるはずのない音が響き、青年の視線の先、先ほどまで敵がいた場所には光の滝が出来ていた。相手はダウンして防御も取れない状態だったのだ。これでは流石に生きていまい。

 攻撃が止み、舞った土埃が治まると、その場にはクレーターだけが残って敵の姿は完全に消えていた。

 邪魔な敵の消滅を確認した青年はペルソナたちを消すと再び歩き出す。

 直死の魔眼に頼りすぎない事も目的に含みながら力を試し戦っていたが、状態は既に小狼のときに戻っていると言って良い。自分の身を守る事よりも敵を殺す事を優先し、痛みがあってもそれは敵への殺意にすぐに変換され、ただ目的を果たすための機械であり続ける。それが湊の戻ろうとしていた過去の自分。

 ただ、本人にその自覚はないが今の彼は当時よりも質が悪い。昔の湊はどれだけ自分が不利であっても弱者を殺す事はなかった。相手が銃を持っていても子どもなら無力化はしても命を奪うまではしなかったのだ。

 けれど、海外での経験を経て、湊はそういった命も奪えるようになっていた。

 邪魔をするなら殺す。邪魔になるから殺す。そんなあまりにも命を軽く見るような他者には理解されない思考は、“特別な命は存在しない”という命の平等さを悪い方向から見た彼の特異な価値観に由来する。

 もっとも、そういった価値観を持っていながらチドリやアイギスを特別扱いするのだから、彼の在り方がその時点で矛盾を孕んでいることはいうまでもない。

 かつて茨木童子がファルロスに伝えた湊の性質は“矛盾すら内包した陰陽の調和”。それに照らして考えれば、彼にとって特別な命以外は全て価値がないという事なのだろう。

 自分勝手と言ってしまえばそれまでだが、現実での数日に匹敵する時間を戦いに費やした事で、彼はようやく元の状態に戻れたと一定の満足を示していた。

 蛇神から多くの力を引き出して異形と化した右腕の力を消すと、覆っていた力が消えた事で自由になった右手を何度か握って調子を確かめる。

 この腕も一度は失って新たに得た物の一つだ。何かを失う度に湊は強くなってきたが、大切な少女とその世界だけは失う訳にはいかない。他の物は全て不要と切り捨ててでも守ると己に誓い、青年はようやく地上を目指して去って行った。

 

 

 


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