【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第二百三話 モノレールにも乗れーる

――EP社・個人研究室

 

 EP社地下区画の最奥に存在する青年のみ入る事を許された研究室。

 明かりも点いていないその部屋の中央には人が一人入れるカプセルが横たわり、カプセルの中ではある少女にそっくりな魂のない器が静かに眠っていた。

 栄養を点滴で摂取し、電気刺激によって筋肉が衰えぬよう調整し、そして青年が定期的に生命力を分け与える事で器を保つ。

 カプセルの傍らに独り立つ青年は手から蛍火色の光の粒を放出しながら、何の感情も宿らないはずの蒼い瞳に僅かな慈しみの色を浮かべて少女を見る。

 

「……アイギス、今夜あいつらが来るんだ」

 

 眠る少女には魂がない。故に何も答えない。

 それでも湊は今夜やってくる敵の訪れを器でしかない物に伝える。

 

「影人間の増加速度を考えると食べているのは一体。なら、今夜やってくるのは“女教皇”だろう」

 

 やってくるのは他のシャドウよりも力を持ったデスの欠片たち。しかし、それらは一度にやってくる訳ではない。

 死に近付くほど力を増すのかは不明だが、デスに近いアルカナを持つシャドウほど復活までに時間を要するようで、前回は魔術師“マジシャン”一体のみが復活していた。

 やつらの復活に必要なエネルギーは人々から抜け出たシャドウを吸収する事で得ている。最近になって無気力症の影人間が増加傾向にあるというのもそれが原因であり、久遠総合病院でも多数の無気力症患者を受け入れることでデータはしっかりと取れている。

 それを元に前回のマジシャンが現われた時よりも少し増加しただけと判明しているため、今回やってくるのは女教皇“プリーステス”のみと思われた。

 

「影人間が見つかっているのは駅周辺。なら、敵も駅周辺か列車に現われると思う」

 

 復活する満月の日になってからしか姿を現さないとはいえ、敵の出現ポイントを事前に予測する事は可能だ。

 相手が最初に姿を見せるのは十年前の事故で飛び散った欠片が落ちた場所。そのデータは残っていないけれど、落ちた場所から動かずにエネルギーを集めているとすれば、当然ながらその周辺での被害が最も多くなる。

 港区の巌戸台で被害が多いなら敵が来るのは巌戸台。巌戸台の中でも影人間がよく発見されるのが商店街なら、敵が現われるのは商店街と見て間違いない。

 そんな犯罪のプロファイリングのように敵の出現箇所を既に予想していた湊は、駅周辺と線路沿いで特に影人間の発見が見られる事から、駅周辺よりも列車の可能性の方が高いと思っていた。

 ここで線路ではなく列車と睨んだのは、落ちた場所から動けないはずなのに被害者の発見される範囲がかなり広範囲に亘っていたことが理由である。

 落ちた場所が線路なら動けない、しかし、相手が列車自体に乗り込んでいるのなら一緒に線路沿いを移動出来る。これならば被害者の発見場所の件も説明が付くため、湊の読みはほぼ当たっているはずだった。

 

「……きっと、あいつらも出張ってくるんだろう。岳羽がおじさんの事を知るためとはいえ、本当に……」

 

 鬱陶しそうな表情を浮かべる彼の脳裏を過ぎるのは、四月の下旬頃からタルタロスを訪れるようになった特別課外活動部の姿。

 彼らは人々のため、影時間を終わらせるために戦ってタルタロスの謎を解き明かそうとしている。

 掲げる理念は立派だと思うけれど、実力が伴っていなければただの大口を叩く馬鹿でしかない。サポートも補助機械に頼らなければならないレベルであり、今後もタルタロスを登っていくのならすぐに限界がやってくるのは目に見えている。

 では、そちらは諦めて満月のアルカナシャドウのみを狩るかと言えば、タルタロスを登れない以上ペルソナを安定して鍛える事も出来ないので、良くて敗北悪くて味方が死亡する未来しか見えなかった。

 戦力は増えて個人も徐々に強くはなっているため、サポートさえしっかりしていれば今後もタルタロスを攻略していけるかもしれない。ゆかりを守るために湊が置いてきたプチフロストも力を貸しているので、刈り取る者が出ない限りはきっと大丈夫だろう。

 もっとも、七歌たちからはヒーホー君と呼ばれ男子として扱われているものの、プチフロストの中身は座敷童子なので正しい性別は女なのだが、彼女は召喚時に湊が籠めた力が枯渇するか、敵の攻撃を受けて耐久限界を迎えない限りはタルタロスのエントランスに待機している。

 湊の呼びかけや本人の意志で湊の中に戻る事も可能だが、次の戦場が列車の中だとどちらにせよ特別課外活動部の方からは彼女に何の指示も送れないはずなので助力は期待出来ない。

 狭い場所でチームワークなど発揮しきれないため、必要なのはチームとしての強さよりも個人の力だが、スキルによっては自分で自分を危険に晒す事にもなりかねない以上、今回も彼らがやってくるのであれば様々な場所での戦闘経験のある青年自ら彼らの補助に出向く必要があった。

 

「……それじゃあ、何も知らないやつらのお守りをしてくる」

 

 少女の器に別れを告げた青年は部屋を出る前に、黒いロングコートを身に纏って黒いフルフェイスのヘルメットで顔を覆う。

 別に正体がばれても構わないが、出来れば誤解してくれていた方が動きやすいので、今日もまたペルソナと手にした武器で勘違いして貰うのだ。

 全身に漆黒を纏った青年は自分の研究室に複雑な暗号キーのロックをかけ、誰も入れないようにしてから離れると、地上部に用意してあった大型バイクに跨がり敵の待つ場所へと去って行った。

 

 

5月9日(土)

影時間――作戦室

 

 昨日もタルタロスに行った事で今日は休みにしようと決めた日の夜。真田が作戦室を訪れると美鶴がコンソールを操作して一人で何かをしていた。

 彼女は現在の特別課外活動部において、唯一索敵タイプの力を持つ特別なポジションにいる。その彼女が一人で何かをしているという事は、タルタロス探索の翌日だというのに今日も街中のシャドウの様子を窺っているのだろう。

 戦闘とは勝手が異なるとは思うが、ペルソナの力を利用する以上、あまり根を詰めすぎると精神力が枯渇して倒れる恐れがある。

 そうなればメンバー全員が心配するに違いないので、座っている彼女の元まで近付けば少しは休めよと声を掛けた。

 

「探索もないというのに随分と精が出るな」

「なんだ、明彦か」

 

 やって来たのが真田だと分かった美鶴は短く息を吐いて肩の力を抜く。

 別に声を掛けられて驚いた訳ではないが、作業に集中していた事もあって知らず疲労を感じており、声を掛けられて集中が途切れたなら少しばかり休憩しようと思ったのだ。

 とはいえ、一日の影時間は限られている。なので、今行っている作業は継続しつつ、チームの休みと決めた日にまで自分がどうして作業を行っていたのか訳を話す。

 

「前線に出ている者たちが休んでいるからこそ、バックアップの私は力の精度を上げる意味も込めて、街中にイレギュラーシャドウがいないかを探っていたんだ」

「それはご苦労な事だが、実際、タルタロスと比べ広範囲の索敵は可能なのか?」

 

 それは素朴な疑問だった。真田のペルソナには探知能力がないので勝手は分からないが、本人曰くそう強くもない能力で街一つをカバーするなど出来るとは思えない。

 けれど、今まさに目の前でコンソールをいじりながら作業をしていたため、強くないなりに全く出来ないということは無いのだろう。

 そんな風に真田から率直に尋ねられた美鶴は、指を組んだまま掌を前方に向けるようにストレッチしながら眉根を寄せて答えた。

 

「正直に言わせて貰えば難しい。元々、私のペンテシレアは索敵に応用出来る能力があるだけで戦闘タイプだからな。昨日辿り着いたタルタロスの行き止まりよりも上のフロアに行けば、私の力ではサポートも難しくなるだろう」

「なら、今後タルタロスの探索を続けていくなら、専門かどうかはともかく強力な索敵能力を持つメンバーを早急に探す必要がある訳か」

「そうなるな」

 

 出来る事なら見つかったその日の内にでもメンバーに加わって欲しい。それが、メンバーの命を預かりながらも己のサポートの力の限界を感じている美鶴の素直な気持ちだった。

 タルタロスがただのダンジョンであればこうも力は求められなかった。敵のアナライズさえ出来れば後はフロアマップでも作成すればいいのだから。

 けれど、タルタロスには日によって構造が変化する特性があった。待機時の拠点としているエントランスとフロアボスのいるフロアだけは例外だが、他のフロアは階数に関係なく翌日には構造が変わってしまうため、行った日ごとに索敵してマップ情報と敵やアイテムの有無を教える必要がある。

 上に行くほど敵の強さも増すので、味方の生存ためにも余計に補助の力が求められるのだが、かと言って前線メンバーはどうだと聞かれれば、そちらも十分とは言い難いと美鶴ははっきり告げる。

 

「現状、戦力は揃ってきているが安心とは言い難い。火炎と電撃は伊織とお前しか持っていないからな。どちらかがやられてしまえば大幅な戦力減だ」

「そう簡単にやられたりはしないさ。まぁ、戦力が増えるのは大歓迎だがな」

「ああ。最重要は探知型、時点で不足している属性スキルを持つペルソナ使いが望ましい。もっとも、後者に関してはワイルドとやらがいれば解決するんだが」

 

 ない物を言ってもしょうがないのかもしれないが、美鶴は前に眞宵堂で聞いた特殊なペルソナ能力者が味方にいてくれればと思ってしまう。

 通常一人につき一体というペルソナの制限を無視して、複数のペルソナを己の力として呼び出す事が出来。同時に複数体呼び出す事は出来ないけれど、現われた敵に応じて呼び出すペルソナを変えることで即座に対応することが出来るという。

 どういった種類の才能を持っていれば身につけられるのかは不明だけれど、もしも、そんな類い希な能力を持つ者が味方にいれば戦術の幅が広がることは確実。

 ひょっとすれば探知型のペルソナに目覚めることもあり得るので、仮にまだ力に目覚めたばかりでペルソナが充実していなくても、美鶴としては希少な力を持つ者がただ仲間になってくれるだけでも大歓迎である。

 もっとも、現実はそうではなく、サポートも前線メンバーもギリギリで保たれている状態。考えるだけで頭を押さえたくなるところだが、美鶴が頭に手を当てる前に話を聞いていた真田が口を開いた。

 

「ワイルド? なんだそれは、桐条の秘密兵器か?」

 

 言われて美鶴はそういえば真田に伝えていなかったなと反省する。

 彼は美鶴に次いで二番目にチームに入った古参メンバーだ。影時間の発生が桐条グループの研究が原因であることも伝えており、ゆかり以降に入ったメンバーよりも事情を理解しているとも言える。

 二人だけでイレギュラーシャドウと戦っていた時期もあっただけに、彼のことは非常に信頼してはいるのだが、ワイルドのことを知る切っ掛けとなった青年と彼の関係があまり良好でないこともあって、無意識のうちに話すのを避けていたようだ。

 別に湊のことなど欠片も話題として出さずに伝えられるのに、変に気を遣い過ぎて情報伝達に不備があったのは己の落ち度だとして、美鶴は伝えていなかったことを謝罪しながら彼にワイルドの説明をする。

 

「いや、ペルソナ能力の上位種と考えてくれればいい。複数のペルソナに目覚め、状況に応じて切り替えられる能力だ」

「随分とまた便利な能力だな。ペルソナは自分の心だろ。それを複数なんて多重人格でもなければ無理じゃないのか?」

「詳しい事は私も知らない。ただ、そういった能力が存在する可能性が示唆されているんだ」

 

 確かに真田の言う通り、己の分身であるペルソナを複数持つということは、精神が複数無ければ説明が付かなくなる。

 本来の心理学用語としてなら、ペルソナは状況や個人ごとに対して向き合う際の顔という意味なので、ワイルドのように敵に応じて切り替えて対峙する方が正しい本来の意味に近いと言えるが、美鶴自身もワイルドに関しては知らないことの方が多い。

 故に、深く掘り下げて変に喋り過ぎてしまう前に、話はここまでだと打ち切りかけたとき。二人の傍にあった装置からけたたましい警告音が鳴り響き、モニターに映るグラフには敵の到来を告げる大きな波長が見られた。

 

「敵か?」

「どうやらそうらしい。だが、この反応は通常より大きいな。まさか……」

 

 グラフの波長は頂点と底辺よりもさらに大きな数値を表わしている。これほどの力の規模を持つ敵など先月現われ真田を負傷させたシャドウや、いつかの悪魔のような姿をしたシャドウしか見たことがない。

 現われる前に影人間が増加するという傾向も合わせて考えれば、前者が出現したときの状況に酷似しているが、まだ決めつけるには情報が不足していると美鶴が言いかけたとき、グラフの波長を見て瞳をギラギラとさせながら嬉しそうに口元を歪めた真田が己の拳を逆の掌に打ち付けた。

 

「フッ、復帰早々リベンジマッチとは心が躍る」

「明彦、遊びじゃないんだぞ」

「分かっているさ。あいつらを起こしてくる。お前も準備を進めておけ」

 

 前回は順平を逃がすために怪我を負ったが、そう何度も負傷して戦線を離脱していられない。部活に出られないのも困るし、危険な戦いを後輩たちだけに任せるのも嫌だった。

 だからこそ、真田もやる気は十分に、今夜は前回のような無様を晒すつもりはないと言い切って部屋を出て行った。

 

***

 

 真田が他の者たちを起こしに行ってくれば、少し経ってから制服に着替えて召喚器も身につけた二年生トリオが順番にやってきた。

 普段から被っている野球帽の位置を調整しながら現われた順平は、自分が最後だったことに気付いて他の者に謝りつつ、今日突然呼ばれた理由は敵が出たからかと尋ねた。

 

「すんません、遅くなりました。つか、休みに呼び出しって事は敵っすか?」

「ああ、先月出たのと似た大型の反応を感知した。といっても別個体だから能力も違うだろうがな」

 

 答えながら美鶴はコンソールを操作し、前回の大型シャドウの波長を今回のと並べるように画面に表示する。

 同じ種類の敵ならばタルタロスに出ようが、イレギュラーシャドウとして街中に出ようが、ぴったりと重なる波長が記録されるはずだが、並べられた今回と前回では反応の大きさは似ているが、その波長自体ははっきり別物と分かるほどに異なっていた。

 同じシャドウならば当然あり得ないため、実力が前回とほぼ同規模の別個体であることが分かる。

 それを見て前回の敵をギリギリで倒したゆかりの表情が強張れば、一緒に戦っていた少女は真面目な表情のままモニターを眺め尋ねる。

 

「場所はどこなんですか?」

「モノレールだ。駅から線路上を歩いて向かって貰う事になる」

 

 続けてコンソールを操作すると港区の地図が表示され、何度か拡大してからようやく自分たちの知っている場所だと認識出来る状態になった。

 美鶴がモノレールと言っていた通り、敵がいるのは駅などではなく駅と駅の間にあるまさに線路上といえる地点。これなら巌戸台駅から歩いて行くしかないなと考えたところで、ここから直接現場に向かうことで発生する弊害に七歌は眉を寄せて難しい顔をした。

 

「ヒーホー君を連れてくる暇はなさそうですね。狭い場所なら氷結が一番使い勝手のいいスキルなんですけど」

「ああ、申し訳ないが一日の影時間は有限だ。今回を逃せば次の影時間に敵がどこに現われるか分からない以上、チャンスを無駄にしないためにも呼びに行っている暇はないな」

 

 美鶴も七歌から指摘される前にその事には気付いていた。前線に出ているメンバーの中で最も強い適性値を持ち、攻守の要にもなっていたヒーホーが抜けるということは、下手をすればチームのバランスを失って連携が取れなくなる危険を孕んでいる。

 さらに、順平の火炎や真田の電撃のようなダメージと直結する攻撃と違って、氷結ならば狭い場所でも周囲への被害を最小限に抑えて使える。

 そのため、こういった時にこそ頼りにしたいのだが、時間が限られているのなら呼びに行っている時間も無い。

 美鶴がバイクを飛ばせば、七歌たちがモノレールに行っている間に連れて来られるかもしれないが、その間のバックアップが期待出来ないとなるとアクシデントが起こったときが恐い。

 よって、戦力に不安があろうと今日は二年生トリオと真田で敵を攻略するしかない訳だが、ヒーホーの抜けた穴を補う戦術について七歌が考えていれば、腕を組んで自信ありげに立っていた真田が恐れる必要などないだろうと後輩たちに発破をかけた。

 

「なに、先月は岳羽と九頭龍だけで倒せたんだ。似たようなものなら戦力も増した分こっちが有利だろ。油断は出来んが戦う前から恐れる必要も無い」

「真田さんもやる気満々ッスね」

「当然だ。今日はリベンジマッチのようなものだからな。この拳で敵をリングに沈めてやるさ」

 

 男子二人は前回の大型シャドウに良い思い出がない。むしろ、苦い思い出の方があるくらいで、順平はビビってしまったときに真田が囮を務めて寮まで全力疾走で逃げ帰り、真田は真田で順平の囮になったときに攻撃を避けきれずに肋骨にヒビを入れられた。

 だからこそ、今回の戦いは前回の雪辱を果たすための大事な一戦といえ、強敵が出たことを内心で喜んでいるほどであった。

 そんな“男のプライド”のために戦おうとする彼らの心情の考察など出来ないだろうが、七歌やゆかりも最近の影人間の急増についてはよく思っておらず、原因が今回のシャドウであるならば早急に倒すべきとの結論に至った。

 少し強くなったくらいで大丈夫だろうと油断してはいけない。しかし、相手の強さを前に自分の実力を過小評価して動けなくなってもいけない。自分がやられれば味方もやられてしまうという緊張感を持ちつつ、真田の言った通り背負いすぎずに行こうと七歌はメンバーらに声を掛けて目的地へと向かった。

 

――巌戸台駅

 

 装備を整えた前線組の四人が寮を出て駅に向かうと、少し経ってから後ろに機材を積んだバイクに乗った美鶴が到着した。

 彼女のバイクを知らなかった順平は格好良いと目を輝かせていたが、すぐにどうして影時間でも動かせるんだという疑問を抱いたようで首を傾げている。

 

「あれ? 影時間って電子機器はダメって話じゃなかったんスか?」

「これは特別製だ。寮の作戦室に置いてある機械と一緒で黄昏の羽根を積んでいる。だから影時間にも動かせるんだ」

 

 組織の作戦室だから……といった理由で、これまで順平は意識していなかったのだろうが、彼は寮の作戦室で影時間でも稼働する機械を既に見ている。

 美鶴のバイクもそれらと同じで動力部に黄昏の羽根を積み込むことで起動出来るようになっており、もしも街中にシャドウが現われても簡単に移動できるようにと小型化された通信補助機材と共に街の中を駆けていた。

 そんな彼女の話を聞いた順平は、積んでいた機材のアンテナを立てている相手を見て、こんなに沢山の機械が動かせるのなら影時間でも不便に思うことはなくなりそうだと軽い口調で呟いた。

 

「へぇ。んじゃ、そのナントカって鳥の羽根があれば影時間でも結構快適に過ごせそうっすね」

「黄昏の羽根は生物の羽根ではない。構成している物質すら不明なオーパーツ。それが鳥の羽根の形をしているから黄昏の羽根と呼ばれているんだ。私たちの召喚器にも積まれているんだぞ?」

 

 言いながら美鶴は取り出した召喚器のグリップ部分を指して、この青く光っているのがそうだと教える。

 鳥どころか生物由来ですらなく、全く未知の物質だと聞いて順平も驚いているが、美鶴がそんな風に後輩らに教えていると、シャドーボクシングでウォーミングアップを済ませていた真田が口を挟んできた

 

「雑談はそれくらいで良いだろう。時間もないし敵の元へ向かうぞ」

「お前は自分が戦いたいだけだろうに……。まあいい。今日はここからバックアップを担当する。君たちは早速モノレールに向かってくれ」

『了解!』

 

 駅前に残る美鶴と別れた一同は改札を素通りしてホームに行くと、ホームの隅にある点検用の入り口から線路に下りて歩いて進む。

 このままずっと進んで行けば海の上に出てしまうのだが、流石にそこまで行く前に着くよねと思いながら歩いていたゆかりは、眩しいくらいに輝く満月を眺めて傍らをゆく七歌に話しかけた。

 

「田舎の線路を歩いたことはあるけどさぁ、都会でモノレールの線路を歩くって不思議な感じだよね。てか、今日は満月か。現実時間よりも大きいからか結構明るいよね」

「うん。てか、影時間の月って明らかに太陽光の反射じゃなくて自分で光放ってるよね」

 

 自ら光っているように見える月は、実際は太陽の光を反射しているだけというのは小学生で習う常識だ。

 しかし、今も影時間の街を照らしている巨大な月は、明らかに自ら発光しているようにしか見えず、現実時間の月とは別物なのかなという疑問を七歌に持たせた。

 ただ、いくら気になったとしても今は作戦行動中。駅を出てから五分も歩けば目的の銀色の車両が見えてきた。

 

「お、あったあった。てか、思いっきり扉が開いてるね。駅でもないのに開く訳ないっつの」

「まぁ、仮に罠だとしても敵が中にいるなら入るしかない。先に俺と順平が入って敵が襲ってこないか確かめる。九頭龍と岳羽はそれから入ってこい」

 

 そういうと真田は軽々と上って列車に乗り込んでいく。後に続いた順平も剣を列車の中に置いてから上り、真田と一緒に中を警戒して様子を確かめてくれている。

 デリカシーのない男子二人が思わぬところで気を利かせてきたのが意外なのか、そんな二人の偵察が終わるのを待っている間七歌は素直な感想をゆかりに告げた。

 

「先輩も女子に気を遣ったり出来たんだね」

「まぁ、美紀っていう妹がいるしね。ちょっとだけ重ねて見てるんじゃないの?」

 

 実際のところそれが正解である。自分の妹の同級生、ゆかりに至っては中学時代からの友人だ。いくら彼女たちが戦えると言っても、真田より年下の女子であるという事実は変わらない。

 故に、真田は男の自分こそが危険な役目を負うべきだと考えており、作戦行動中も基本的には彼女たちが直接敵と戦わずに済むよう囮になることもあった。

 

「敵はいないようだ。お前らも上がってこい」

「ほら、手ぇ貸してやるぜ」

『そういうの間に合ってるんでいいです』

 

 大きな武器を持っている女子らにこの高さは辛いだろうと親切心で言ったのだが、見事なシンクロで断れて順平は涙が零れそうになる。

 しかし、男は簡単に涙を見せてはならないと決めているため、上を向きながら女子らに背中を向けた順平は、隣で腕を組んで立っていた真田に話しかけた。

 

「真田さん、最近の女子って人の善意を平気で踏みにじってきますよね」

「一部の人間だけだろ。俺の妹はそんな事はしない」

「いやぁ、ミキティもゆかりっちとかの影響受けてる可能性ありますよ。有里君とかチドリンも居ますから」

 

 笑いながら言った瞬間、横から拳が飛んできて順平は真横に吹き飛ぶ。何が起こったのは一瞬分からず尻餅をついたまま顔を上げれば、そこには拳を突き出した状態の真田が立っていた。

 

「人の妹を馴れ馴れしく呼ぶな。そして、美紀はあれで頑固だ。しっかりと自分というものを持っているから岳羽たちの悪影響は受けていない」

 

 フンス、と鼻から息を吐いてお前は何も分かっちゃいない告げる真田に、順平は一回目は殴らず口だけで言って欲しかったなと思いながら痛む右肩を押さえ立ち上がる。

 敵がいないからこそこんな事をしていられるのだが、男子二人の会話は女子の耳にも届いており、何もしてないのに美紀に悪影響を与える存在と言われたことにゲンナリしながらゆかりが愚痴をこぼす。

 

「ねぇ、なんか私すっごいディスられてるんだけど」

「不良っぽいイメージ通りじゃん」

「どこがよ。花も恥じらう乙女ですから」

「先に自分のスカート丈を恥じらおうぜミス・ピンク」

 

 お前のパンツ、ピンク色。列車に乗り込む際に短いスカート丈のせいで見えていたぜと七歌は指摘する。言われたゆかりは頬を染めて五月蝿いと返すが、男子と女子がそれぞれ緊張感のない様子を見せていれば、急にプシューと音をさせ開いていた扉が一斉に閉まった。

 

「あ、閉まった……」

「どうやら敵もお出ましのようだな」

 

 そして、前方の車両から生首のようなシャドウ、女教皇“囁くティアラ”が数体やって来たことで、敵も自分たちの侵入に気付いたようだと真田は拳を構えながら言った。

 閉じ込められ、敵がやって来たことで戦闘モードに移る七歌たちをさらなる変化が襲う。

 

「お、おおっ!? な、なんか動いてね? これ動いてね?」

 

 そう、武器を構えて七歌の指示で動こうとしたとき、突如列車が動き出したのだ。

 窓の外を流れる景色はドンドンと加速していき、この調子ならすぐに普段乗っている時よりも速くなると思われた。

 

《何があった。列車が急に動き出したぞ!?》

「私たちが侵入したことで敵も動き出したみたいです。多分、列車のコントロールを奪ってるんじゃないかな?」

 

 そして、駅前からペルソナを通じて状況を見ていた美鶴も、どうして動くはずのない列車が動いているんだと慌てて状況を尋ねてきた。

 答える七歌の様子はいたって冷静だが、周囲の様子も見ている美鶴はこのまま進んでしまえば大惨事になる事を仲間に告げる。

 

《動いているのはその列車だけだ。そのまま進み続ければ十分後には前の列車にぶつかるぞ!》

 

 シャドウがコントロールを奪っているのは乗っているこの列車だけ。ならば、一本早い列車は先の方で止まったままなので、進み続ければ当然海の上で衝突することになる。

 もし仮に列車がなかったとしても、この列車の向かう先は終点である辰巳ポートアイランドだ。列車にはぶつからずとも駅の壁に衝突し無事では済まない。

 状況はまさに最悪、制限時間内に強力なシャドウを倒して列車を止めなければならないのだ。こんな状況で落ち着いてなどいられないはずだが、拳を構えた少年はそれでこそ燃えるとばかりに瞳をギラつかせ獰猛な笑みを浮かべた。

 

「それはマズいな。なら、一ラウンドでけりをつけよう」

「え、えっと、一ラウンドって五分くらいだっけ?」

「三分だよ。喋っている時間が惜しいし。雑魚は押しのけて先頭車両まで行くよ!」

 

 衝突まで残り十分。少女たちの命懸けの作戦が始まった。

 

 


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