【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第二百四話 ギリギリの戦い

影時間――モノレール

 

 前方からやってくる天秤型のシャドウ、魔術師“炎と氷のバランサー”が炎を飛ばして来たことで順平のヘルメスが盾となり皆を守る。

 ヘルメスが敵の攻撃を防いでくれている間に後ろから勢いをつけて跳んだ真田が座席に着地し、相手の真横から拳を振り上げて殴りかかる。

 正面に向かって攻撃している最中に横からの奇襲を受けた敵は倒れ、その瞬間を狙ってゆかりのイオがガルを放つと敵は吹き飛びながら黒い靄となって消えた。

 しかし、そいつを倒しても奥にはまだ敵が残っている。最初は一ラウンドでけりをつけると言っていた真田も、こうも敵が多くてはろくに進むことも出来ないと苦虫を噛みつぶした表情を浮かべた。

 

「美鶴、残り時間は?!」

《残り七分ほどだ! しかし、敵を倒しても止まるには距離がいる。それを考えればあと五分ほどと見た方が良い》

 

 現在動いている列車は敵を倒しても止まるまでに距離が必要になる。もしも、その場でピタリと止まれば慣性の法則で七歌たちだけが列車の移動していた速度で壁に叩き付けられるので、残り時間が想定よりも少ないことを告げられても当然だと納得しか出来ない。

 けれど、納得したところで焦らない訳ではない。七歌たちだって死にたくはないのだから、急いで敵を倒そうとしている。

 こうも敵が多いのは予想外だったが、普段のタルタロスの探索時と比較すれば、ヒーホーが抜けているにもかかわらず一体倒すのに掛かっている時間は少ないくらいだ。

 

「次、来ます!」

 

 身体がピンク色の手袋になった魔術師“ダンシングハンド”が来たことで、既に構えていた七歌が薙刀を持って飛び出し、敵を切り上げ、浮いた敵をさらに横薙ぎで叩いて一瞬にして倒しきる。

 しかし、今まさに敵を倒したばかりというその瞬間を狙って放たれたのか、正面から彼女に向かって氷刃が飛んできていた。

 

「七歌っ!?」

 

 敵を倒した直後というのは誰でもわずかに気が抜けやすい。次の車両への入り口にいた炎と氷のバランサーもそれを分かっていて狙ったのか、攻撃を終えたばかりの七歌に氷刃が迫っていた事でゆかりが悲痛な叫びを上げた。

 ここでもし七歌が倒れれば時間までに大型シャドウを倒すのは絶望的だ。それは戦力の減少というだけでなく、メンバーの精神状態が不安定になりまともに戦えないという理由が大きい。

 氷刃が迫っている七歌もそれは分かっているのだろう。自分の死が仲間の死に直結すると。

 そして、もう避けられないと誰もが思ったとき、七歌は薙刀を握る手に力を籠め、普段は赤褐色の瞳を深紅に変えると、足を高速で振り上げいなすように氷刃の側面を蹴りつけることでやり過ごし、足を再び地に着ければ攻撃を放ったことで隙を晒していた敵に向けて薙刀を投擲した。

 

「ハァァァァッ!!」

 

 槍には斬ったり刺したりする以外にも、投擲することで敵を貫くという使用法もある。

 七歌はそれを薙刀で再現しただけだが、全身のバネをフルに使って投げられた武器は敵の仮面のど真ん中に突き刺さり、敵が消え去るとカランと音を立てて床に転がった。

 攻撃への対処からカウンターまではほんの数秒の出来事であり、七歌がやられると思って飛び出しかけていた順平と真田は前傾姿勢になりかけたところで止まっていたが、全てを一人で対処しきってしまった友人が無事なことでゆかりは安堵の息を吐いた。

 

「はぁ、良かったぁ……。ホント、心配させないでよぉ」

「いやいや、あれくらい大丈夫だって。前の大型シャドウのときも同じような事はしてたでしょ」

 

 笑ってこれくらいは余裕だと話す七歌にゆかりはそうだっけと首を傾げる。

 前回はあまりにも必死だったことで周囲を見ている余裕がなかっただけだが、言われてみれば剣を持った腕が伸びてきたときに信じられない反射神経で対処していたような気がする。

 ならば、今回の単発攻撃くらいは簡単に対処出来て当然かとゆかりが思ったとき、七歌が無事良かったと安心しつつもカバーに入るのが遅れた男子たちは申し訳なさそうに謝罪した。

 

「わりぃ、あそこはオレっちがすぐにカバーに入るとこだったよな」

「いや、距離で言えば俺の方が近かった。すまん。しかし、よく一人で捌けたな」

「今は未来が視えてるんですよ。だから、多少速いくらいの攻撃なら“後の先”で対処出来ます」

 

 そう話す七歌を見たとき、他の者は初めて瞳の色が変わっていることに気付いた。

 彼らの身近にもこれまで湊という金色の珍しい瞳を持つ青年がいたが、今の七歌も宝石のような綺麗な深紅の瞳になっており思わず言葉を失う。

 他の者が驚いている間も七歌は気にせず落ちた武器を拾いに行っているが、先ほどの言葉も含めて一体彼女の身体に何が起こっているのか心配そうにゆかりが尋ねた。

 

「ね、ねぇ、目の色が変わってるけど大丈夫なの? 目の血管切れてたりしない?」

「ああ、大丈夫、大丈夫。これ家の一族に希に発現する特異体質だから」

 

 別に血管が切れたことで目が赤くなっている訳ではない。それならば戦闘可能という意味でも安心だが、彼女の出生について何も聞かされていない者にすれば謎が増えただけだ。

 もしも本当に未来が視えているのなら戦闘に置いて凄まじいアドバンテージを持っている事になるが、それならば今までその能力を使っていなかった疑問が残る。

 こういった事は早めに解消しておいた方が良いと考えた真田は、拾った武器の刃が欠けていないか確認していた七歌に近付き説明を求めた。

 

「未来が視えると言ったがどういう意味だ?」

「それは進みながら話しましょうか。時間もないですし」

 

 残り時間は刻一刻と減っている。重要な事ではあるものの話すのは構わないが、それでダメでしたでは悔やみきれないだろうと七歌は先を急ぐことを提案して他の者も後に続く。

 次の車両にいけば再びダンシングハンドが現われたが、真田のポリデュークスが正面にジオを放って動きを止め、すかさず順平が大剣で切りつけて敵を倒しきる。

 指示を飛ばさずとも素晴らしい連携を見せた事で七歌も笑顔で頷き、瞳を普段の赤褐色に戻すと自分も奥にいた女教皇“偽りの聖典”に向かってエウリュディケのガルを放ちながら先ほどの問いに答えた。

 

「うちの一族は龍の末裔で不思議な力を現代まで残しているんです。ただ、どれくらいの力を受け継いでいるかは個人差があって、十二歳前後に血に目覚めるまで分かりません」

 

 九頭龍の目覚めは百鬼よりも早く元服前にはほとんどの者が己の力を自覚する。それは言葉を話せるようになった頃には親から自分の一族と名切りについて聞かされ、両家の秘密と在り方を知っているからだが、七歌も他の龍よりは遅かったが中学生になったくらいには目覚めていた。

 

「そして、それらは等級が設定されていて四級一爪から特級五爪までの五段階あります。あ、ちなみに私は上から二つ目の一級四爪です」

 

 話ながら次の車両への扉を開け、目の前にカブトムシ型のシャドウである皇帝“死甲蟲”がいたのを見た瞬間、ゆかりが召喚器を抜いてイオを召喚し相手の弱点であるガルをお見舞いした。

 戦闘に入る前に不意打ちを喰らった敵は吹き飛び倒れるが、その際に奥にいた臆病のマーヤ二体を巻き込んだのでチャンスが生まれる。

 召喚しっぱなしだったゆかりと新たに呼び出し直した七歌のペルソナが揃ってガルを放ち、合体した二つのスキルは列車の窓が割れるのではないかというほどの振動を車両に与えながら、倒れていた三体の敵を全て飲み込み霧散させた。

 

「で、等級が上になるほど使える力が増えていくんですが、一級四爪以上だと魔眼といって瞳に異能が宿ります」

「それが先ほど言っていた未来が視える力なのか?」

「ええ、能力も人によって異なりますが、私のは“未来視(さきみ)の魔眼”といってとても近い未来を視ることが出来ます。まぁ、常時発動し続けられる訳ではないですし、その情報を活かせるか別の話ですが」

 

 能力を使っている間、七歌には通常の視界と重なるように数秒先の未来の映像が見える。それは敵が攻撃を放って自分に飛んでくる映像であったり、真横に飛んでこちらの攻撃を回避する映像であったりと状況によって異なるが、現実の時間にして一秒にも満たない一瞬の間に終わるため、七歌はこれまで窮地に立たされれば見た映像を元に反射神経をフルに使って攻撃を捌いていた。

 彼女の視る未来とは確定的な物ではなく、そのまま誰も何もしなければそうなるという未来である。人によってはそれを未来予測と呼ぶかも知れないが、視た未来を変えられるかどうかは本人次第だ。視てから行動に移すまでの僅かな時間にしっかりと対応を考える必要もあれば、間に合うかどうかも分からないため反射神経を求められる。

 七歌の的確な対処の理由を聞いた他の者は、便利だが活かせるかどうかは本人次第だと理解したためピーキーな能力だと思ったようだが、自分の能力を見事に使いこなしている少女は思い出したように仲間たちに口止めをしておく。

 

「あ、これ結構大事な話なんで秘密にしてくださいね。必要だと思ったから仲間には明かしただけなんで、美鶴さんもグループの人間に話したりしないこと。これ破ったら島根に帰るんで」

 

 口調はいつも通りのものだが、通信越しに聞いていた美鶴も七歌の言葉が本気であると理解し肝に銘じる。

 彼女は必要だと感じた事で仲間には明かした上で他の者には他言無用と言い、美鶴にはさらにグループの人間にもと念押しした。わざわざそのよう言うからには、そこには桐条武治や幾月修司も含まれているのだろう。

 別に彼女も彼らを信じていない訳ではないと思いたいが、本来なら一族の者以外には話してはならない情報を教えてくれたのだ。力を貸してくれているだけでもありがたいため、美鶴が口外しないことを約束すれば他の者たちも同じように頷いて返した。

 話が一段落したタイミングで炎と氷のバランサーが現われたため、七歌が斬りつけたところを真田のポリデュークスが殴りつけて倒せば、先ほどの魔眼の話と合わせて気になることがあったのか順平が口を開いた。

 

「そういや、有里君のことを親戚つってたけど、マジなら七歌っちのご家族とか有里君もそんな不思議な力もってんのか?」

「お父さんとお爺ちゃんは二級三爪だから魔眼は持ってないよ。八雲君のお父さんは私と同じ一級四爪で、八雲君は他の龍より目覚めるのが遅かったけど三年くらい前に特級五爪に目覚めてる。だから、二人とも魔眼は持ってるだろうし、八雲君はさらに特級五爪にのみ許された異能を持ってるはずだね」

 

 個人差があると言ったように能力の詳細は不明ではあるが、一級四爪以上であれば魔眼持ちは確定である。

 故に、それ以下の七歌の父と祖父は二級三爪の霊視までしか使えないが、湊の父親である百鬼雅は魔眼持ちだったと聞いているし、さらに上の特級五爪に目覚めた湊は別の能力も持っているはずだと彼女は簡潔に答える。

 さらに加えるとすれば、過去の名切りに認められる者が現われない限り当主を空座としておく百鬼と違い、九頭龍では最上位の等級に目覚めた者が当主となる仕来りがある。

 同じ等級がいれば先着順になるが、兄と父よりも上位だった百鬼雅は鬼の婿養子になる際に継承権を放棄するよう言われており、それからは先代だった七歌と八雲の祖父が当主を務めていた。だが、目覚めた七歌が新たな当主となり、さらにその後に目覚めた八雲が最上位だったことで現在の当主は八雲なのだが、それを他の者に伝えても八雲が当主なら結婚して家を継ぐのかと聞かれるだけなので、七歌は八雲本人が記憶を失っていると思っていた事もあってその部分は伏せておいた。

 そうして、さらに敵を倒して進みつつも時間は過ぎて残り五分を切った頃、先ほどの順平と同じように七歌の一族の特異体質について気になったらしい美鶴が話しかけてきた。

 

《……七歌、その魔眼とやらは絶対に瞳の色が変わるのか?》

「え? ああ、多分そうじゃないですか? 力を使う間は神の血を呼び覚ましてる訳ですし」

 

 七歌も他の魔眼持ちを実際に見た訳ではないので断言は出来ないが、自分の体感からすると魔眼の使用で瞳の色が変化するのは別に血行が良くなってなどという理由ではない事は少女にも分かる。

 魔眼の発動はまさに血に宿る古の神の力の行使であり、神と違って脆弱な肉体である人間が力を使えば影響が出るのは当たり前だ。家に残る古文書によれば中には使用するにつれて視力を失っていった者もおり、特にデメリットのなかった七歌は幸運な部類といえるだろう。

 始祖の時代から数千年経って人の肉体となった以上、魔眼の発動時に瞳の色が変化するのはほぼ確定事項だが、どうして美鶴がそんな事を聞いてきたか気になった七歌は、もしかしてと理由に当りをつけた上で予想した事に対して否定の言葉で返した。

 

「でも、八雲君の金色の瞳はあれ魔眼じゃないですよ。よく分からないけど違うと思います。綺麗ですけど」

《いや、それではないんだ。前に彼の家に行ったとき》

 

 以前、祝勝会として湊の家に行ったとき美鶴は彼の瞳が蒼色になるのを見た。風花の手作りケーキを食べて魔眼が発動する意味はよく分からないが、あのときのケーキは一般人が食べれば命の危険があったに違いない。

 七歌の話を聞いた感じでは発動は任意のようだが、仮に命の危険に晒されたときも発動すると思えば、当時の状況は実によく当てはまっている。

 そうして、彼が八雲だと知っている美鶴が湊の魔眼について口にしかけたとき、

 

「桐条先輩っ」

 

 言葉を遮るようにゆかりが大きな声を出しながら、今日初めて見るテーブル型のシャドウに矢を射った。

 言われて気付いた美鶴は慌ててアナライズをかけ、相手の弱点を知ると他の者に七歌が指示を出して倒しきる。

 これで話を再開させることは出来るようになったが、戦闘が終わると美鶴は作戦行動中にもかかわらず雑談をし過ぎたと自分を戒め、以降は作戦の方に集中することをメンバーたちに告げた。

 

《すまない、敵への反応が遅れてしまった。残り時間もないし私はバックアップに集中しよう》

 

 敵を倒して列車を止める必要があることを考えれば賢明な判断だ。少しでも早く倒すためにはバックアップで最短ルートともいえる攻略の道筋を示して貰った方がありがたい。

 けれど、いくら新たな敵が来たからと言っても、先ほどのゆかりは少々強引で意図的に美鶴の話を切った気がしたことで、順平は後ろにいるゆかりの様子を気にして声を掛けた。

 

「どったのゆかりっち?」

「別に、敵が来てたからサポートをお願いしただけだよ」

 

 確かにそれはそうかもしれない。だが、似たような敵とはタルタロスでも戦ったことがあるため、そこまで直ちにサポートを要するとは順平には思えなかった。

 前衛組の後に続いて走るゆかりが何か気まずそうな表情をしているため、空気を読んだ順平はそれ以上何も訊かなかったが、彼女と美鶴の間に何かあるのなら近い未来に問題になるかもしれない。その事を思うと後でリーダーである七歌に相談した方が良いかもしれないが、今は目の前の事態を解決することが先だ。

 そうして、四人がシャドウらを蹴散らしながら進めば、一同はやっと先頭車両に到着して今回の本命である敵の姿を目にする事が出来た。

 

「ようやく出会えたな」

「うっわぁ……なんかすげー格好してるぞ」

 

 先頭車両に踏み込んだ七歌たちが運転席の方に目をやれば、客室と運転席を隔てる壁を背にした状態で足を開いて座った大型シャドウがそこにいた。

 左が黒、右が白というように身体の色が左右で違ったおり、その髪の毛は自由に動くリボンのような形状をしている。

 その特異な見た目もさることながら先頭車両に入った瞬間に室温が数度下がったように感じ、見れば窓ガラスや椅子の表面が薄らと凍っていたことで七歌は自分の勘違いではないと理解した。

 

「寒いね……これは氷結確定かな」

 

 相手の属性が氷結であるならば弱点を持つ真田は分が悪い。となるとある意味で対になる火炎を使える順平が鍵になってくるが、それも敵に近づければの話だった。

 皆が武器を構えながら敵を見ていれば、敵は髪の毛であるリボンを伸ばして攻撃を仕掛けてくる。突然のことだったが警戒していたことで全員が反応し、上手く横に飛んで避けたところで無残に切られて落ちた吊革を手に順平が敵の攻撃の切れ味に驚く。

 

「おいおい、吊革が綺麗にスパッと切れてるんだけど」

「喰らえば終わりだが避ければ問題ないってことだ」

「そんなシンプルにいかないッスよ!」

 

 当たらなければどうと言うことはない。楽しそうに口元を歪めながらそう話す真田に、順平は当たれば終わりじゃないかと怒り気味に返す。

 真田の言うことはもっともだが、ここは狭い列車の中だ。おまけに相手が氷結属性スキルによって常に冷気を放出しているため窓や壁だけでなく床や座席まで凍っているところがある。

 もしも意気込んで攻撃をしかければ、知らずに凍った箇所を踏み、そのまま滑って転倒してしまう恐れもあるため、自在に動く相手の髪の毛だけでなく戦いのフィールドそのものにも気を巡らせる必要があった。

 

《マズいぞ、残り三分を切った!》

「順平!」

「任せろ! こい、ヘルメス!」

 

 残り時間がないと言われ、七歌の指示を聞いて順平は前に出ながらペルソナを召喚する。

 現われたヘルメスは敵に向かって炎弾を放つが、相手は顔の高さに氷刃を形成しそれで迎え撃つと、威力の違いからか炎弾を霧散させて尚突き進んできた。

 避ければ仲間に当たると判断した七歌は持っていた薙刀を横薙ぎに振るい、氷刃の横っ面を叩いて砕きながら、攻撃を放った直後の敵にダメージを与えるべくさらに指示を送った。

 

「ゆかり!」

「了解、ペルソナ!」

 

 ゆかりのイオは先ほどのヘスメスのように正面の敵に向かって風の刃を飛ばす。相手はまだスキルを放ったばかりで連続では形成出来ないはずだ。

 これで倒せるとは思わないが、相手がダメージを受ければ僅かでも隙が生じるに違いない。互いの実力に明確な差が存在し、さらに時間がない以上はたたみかけられるときに全力を籠めるしかない。

 迫る風の刃がその切っ掛けとなるはずだったが、あと少しというところで敵の髪が顔の前で複数交差し、ゆかりの放ったスキルを完全に破壊して消し去った。

 

「先輩、同時に行きます!」

「わかった!」

『ペルソナ!』

 

 こうなっては仕方がない。一連の攻撃に合わせて自分たちもスキルを放ち、それによって無理矢理に相手の隙を作り出す作戦にシフトすれば、七歌のエウリュディケは真田のポリデュークスと一緒になってスキルを放った。

 時間をおいた事で再度形成されようとしていた氷刃を風の刃が破壊し、出来た隙を雷の槍が逃さんとしてついに敵の顔面を捉えようとする。

 しかし、それをまたしても髪の毛が幾重にもなって防いだことで、七歌は小さく舌打ちをすると敵が複数撃ってきた氷刃を連続で破壊してから現状を仲間に説明する。

 

「ダメ、あいつの髪の毛が厄介過ぎる。魔法は相殺されるし、物理で攻撃しようにもあれで止められてカウンターを喰らっちゃう」

 

 敵を見て思い出すのは先月現われた魔術師の大型シャドウ。あちらは何本もある腕を伸ばして七歌を攻撃してきたが、今回の敵も自分が動かない代わりにリボン状の髪の毛だけを器用に動かして全てに対応してくる。

 魔法スキルを防いだり破壊出来るだけの強度を持つのなら、ヘルメスやポリデュークスが物理スキルで攻撃を仕掛けようと相手はそれを受け止めるに違いない。

 そして、受け止められ動きの止まったペルソナに向けて相手は氷結スキルを撃ってくるので、カウンターの餌食になりたくなければ、完璧な隙を引き出すまで他の手段で攻めるしかない。

 

「順平、ゆかり!」

『ペルソナ!』

 

 今度は順平とゆかりが同時にペルソナを召喚し炎と風を合わせて敵に攻撃する。

 けれど、風の助力を得て渦巻き進む炎は、敵の放つ吹雪によって相殺されてしまい。これでは自分たちの精神力が減るだけだと順平はデタラメな敵の強さに悪態を吐いた。

 

「チクショウ、こっちは合体技だぞ!」

「ちがう、足りないのは純粋な火力だ。燃やさなきゃ、あれを突破しなきゃ勝機は無い」

 

 二体分の攻撃を止められて信じられない気持ちは分かる。だが、敵と拮抗する攻撃を見ていた七歌は、今のスキルはただ合わさっただけで相乗効果は生まれていなかったと分析した。

 相手の攻撃を突破するために必要なのは火力、もっと単純に言えば全てを燃やすほどの熱量。敵の吹雪を溶かして相手まで届けば良いだけの話なのだ。

 

《残り一分だ!》

「九頭龍、もう時間がないぞ!」

 

 一分を過ぎれば自然な減速では止まりきれずぶつかる。通信越しにも美鶴の焦りは伝わり、真田だけでなく順平とゆかりの表情にも不安が宿り始めた。

 しかし、そうは言われても七歌だって最善だと思う手を考え続けてはいた。ただ受け身ばかりではいてくれない敵の攻撃を防ぐために仲間に指示し、その間も自分は出来ることは無いかと頭を働かせる。

 必要なのは炎。風と合わせても範囲が広がるだけで炎自体の威力の上昇はそれほどでもない。なら、どうやれば炎の力を上げることが出来るのか。

 

「考えろ、考えろ、使える手はあるはず、まだ、まだ私はこんなところで死ねないっ」

 

 死ねない。まだ自分は百鬼一家の事故の真相を掴んでいない。その想いが頭を過ぎったとき、七歌は不思議な力の目覚めを感じ取った。

 そう、全ての可能性は自分の中にあったのだ。

 

「順平、この一撃で仕留めるからありったけで撃って!」

「わかった!」

 

 迎撃をゆかりと真田に任せて順平は退がってくると七歌の隣に並び集中力を高める。残り少ない力を全て絞り出すためには相応の時間が必要なのだ。

 彼が力を溜めている間に七歌も自分の準備をする。目覚めた力を解放するよう、頭の中で愚者の仮面を外し、新たに魔術師の仮面を被る。

 あと少しでタイムリミットなのは分かっているが、これで失敗すれば全て終わり。だから、せめて後悔だけはしないよう二人は目を見開いて敵を見た。

 

『ペルソナっ!!』

 

 溜めた力に呼応するように二人の頭上で激しく水色の欠片が回転する。先に形作られ具現化したのは召喚にも慣れた順平のヘルメスだ。

 そして、ヘルメスと共に渦巻く欠片の中から現われた七歌のペルソナは、白いキトンを身につけた女性のペルソナではなく、肌にピッタリとした黒い衣装に身を包んだは獣人型のペルソナ、魔術師“ネコマタ”だった。

 現われた二体は同時に炎を放つと二体分スキルが合体し、敵の吹雪を押しのけるだけでなく床や窓ガラスの氷を溶かし始めた。

 車両内の全てを照らすほどの熱量には真田もゆかりも驚き退がるが、彼らの視線は変化した七歌のペルソナと初めて炎に飲まれた敵に注がれている。

 

「違うペルソナだと……」

「よく分かんないけど、行けるよ二人とも!」

 

 全身を炎に焼かれている敵は苦しそうに藻掻いているが、相手は手で顔を覆って頭を振り乱しているだけで立ち上がって移動する素振りは見せない。

 これで立ち上がって近接格闘を挑まれていれば大変だったが、動かないのであれば押し切らせて貰う。最後の一滴まで出し尽くすように二人は心を燃やしてスキルを放ち、

 

『ハァァァァァァァッ!!』

 

 もうこれ以上は無理だという段階まできて、敵もようやく限界を迎えたようで黒い靄になって消えていった。

 敵の取り逃しはなく、大型シャドウの気配も完全に消滅した。そうして、今回の騒動の元凶である敵を倒した二人は、やりきった清々しい笑顔のまま座り込むと小さなガッツポーズを浮かべた。

 

「もう無理……今日はこれで限界だよ」

「よ、よっしゃ……なんとか、倒したぜ……」

「お前たち、よくやってくれた。後は列車が止まるのを待つだけだ。美鶴、時間は?」

 

 敵を倒したなら後は自然に止まるのを待つだけ。座り込んだ二人に真田とゆかりが手を貸し、列車同士の距離を測っていた美鶴の返答を待てば、少しして通信機から震えた声が返ってきた。

 

《ダメだ、間に合わない。お前たち、急いで後部車両に避難しろ! その列車は一分後には前の列車に衝突する!》

 

 敵は無事に倒せたが時間が掛かりすぎた。七歌がもっと早くにネコマタを出せていれば、いや、そもそも列車に乗ってなどいなければ、そんな風に色々と思うことはあるかもしれないが、何をどう考えたところで四人が列車に乗っていて衝突まで残り僅かなことは変わらない。

 

「ちょっ、どうにかして止められないんですか!?」

「ブレーキをかければまだ間に合うはずだ!」

 

 ゆかりの言葉に真田が急いで止めるぞと動き出す。運転席は目の前、客室とを隔てる扉さえ開けば運転席には簡単に入れるのだ。

 

「クソッ、鍵が掛かっていて開かないっ」

 

 だが、防犯のためもあって当然のように鍵は閉まっている。ここにいるメンバーにピッキングスキルを持つ者はおらず、正攻法では開けられない以上、何か別の方法で開けるしかなかった。

 扉は順平と真田が揃ってタックルしてもビクともせず。本当にもう時間がないと焦る順平はいっそのことペルソナのスキルで扉をぶち壊してしまおうと提案する。

 

「真田さん、ペルソナでぶち破りましょう!」

「ダメ、威力を間違えたら機械を壊しかねない」

「じゃあどうすんだよ!」

 

 それを七歌が冷静にダメだと却下し、ではどうするかと本当に最後尾の車両まで逃げることも視野に入れ始めたとき、運転席の窓から正面を見ていたゆかりがレール上に何かがあるのを見つけた。

 

「……なに? 人?」

 

 

***

 

 七歌たちが列車の中で騒いでいたとき、影時間の生温い風にコートを揺らし、黒いスモークのヘルメットを被った男はレール上にいた。

 ここは真下が海になっていてモノレールの高架橋を渡ってくる以外に来る方法はない。つまり、偶然通りがかったという訳ではなく、男は今日ここで起こる事件のために来たことは明白であった。

 

「……カストール」

 

 彼の視線の先には迫ってくる列車が見えた。あと数十秒で到着するだろう。僅かに下り坂になっているため速度に乗っている状態では自然に止まることも殆ど期待出来ない。

 乗っている者たちも列車の運転など出来るはずがないので、止めるにしろ減速させるにしろ外部から協力する必要があった。

 男はコートから抜いた召喚器をヘルメット越しに頭に当て、そのまま引き金を引くと黒い騎馬に乗ったペルソナを呼び出して横に並ばせる。もっと別の方法もなくはないが、色々と考えた結果これが最善だと選んだ男はペルソナと共に列車の到着を待った。

 

***

 

 その光景は列車の中からも見えていた。列車が迫っているにもかかわらず、相手はレール上に立ってペルソナを呼び出し並んでいる。

 ギリギリではあるが避けるだけの空間は空いているというのに、そこを利用して回避しようとせず、むしろ堂々と立っていることから相手の狙いは簡単に察する事が出来た。

 

「馬鹿なっ。無茶だ、やめろシンジ!」

「荒垣さんっ!?」

 

 客席と運転席を隔てるガラスを強く殴りつけて真田が叫ぶ。もう距離はない。逃げるなら今しかないとゆかりも心配して叫んだが、その声が届くことはなく列車は男とペルソナに正面からぶつかった。

 だが、彼らの心配を余所に男とペルソナは撥ね飛ばされも巻き込まれもせず、列車に押されて後退はしているがしっかりと耐えつつ立っていた。

 

「す、すげー……列車と相撲とって耐えてる……」

 

 あまりの光景に順平も思わず乾いた笑いを漏らす。異能であるペルソナだけならば分かるが、一緒になって召喚者も列車のブレーキになろうとするなど正気の沙汰ではないのだから。

 男とペルソナがブレーキとなったことで列車は徐々にではあるが減速している。ただ、このままでは止まる前に男に限界が来てしまう可能性があった。

 自分たちを助けるために大切な幼馴染みが命懸けで止めようとしている以上、仮に機械が壊れる恐れがあろうと、もはや真田に手段を選んでいる余裕はない。

 

「九頭龍、悪いがドアをぶち破らせて貰うぞ!」

 

 腰の召喚器に手を伸ばすとそれを額にあて、先ほどこの案に反対していた少女に謝罪しつつ引き金を引こうとする。

 どれがブレーキかなど知るはずもない。だが、こういった乗り物には緊急停止用のスイッチやレバーがあるはずだった。扉が開けばそれを全員で探せば良い。だから、それまで保ってくれと願いつつ真田の指が動きかけたとき、

 

「ちょっ、ま、待ってください! 前、前に壁がっ」

 

 レールのさらに先を見ていたゆかりが今度は白い大きな壁を見つけて大きな声を上げた。

 壁は完全にレールを塞いでおりそれは奥まで続いているようですらある。どうやっても壁までに止まることは不可能で、列車を正面から押さえていた男もフロントガラスを伝って屋根の上まで上って行ってしまった事で、順平は手を顔の前に突きだして顔を背けながら恐怖のあまり叫んだ。

 

「ちょっ、やめて、まだ死にたくねぇよぉぉぉぉぉ!?」

「ダメ、ぶつかるっ!?」

 

 そして、列車は壁とぶつかり車体が小さく揺れた。ぶつかったにしてはあまり衝撃はなかったが、それでも急ブレーキが掛かったことで七歌たちが座り込んでいれば、いつの間にか列車は完全に停止していた。

 

「……と、止まった?」

「一体何がどうなってるんだ?」

 

 窓の外を見ても風景は後ろに流れていない。走行時の揺れも一切ないことから止まっている事は確実。

 壁とぶつかるときには死を覚悟していたが、列車がぶつかった衝撃で潰れるということもなく自分たちの無事を確かめると、状況を把握しようと窓の外を見ていた七歌が先ほどまで壁だった白い物体が高架橋の上を覆い尽くしているのを見つけ、よく観察することでようやくそれの正体を理解した。

 

「あ、皆見て。さっきの壁の正体って雪だよ」

「なるほど、雪がクッションも兼ねたブレーキになって止まったと言う訳か」

「でも、こんな季節に雪なんてどこから……」

 

 全員が壁だと思っていた物は高く積もった雪だった。フワフワのパウダースノーでも豪雪地帯のようにガッチリ固まった雪でもなく、絶妙な硬さと柔らかさを併せ持った良質の雪は、その重量でブレーキの役目を果たし、柔らかさによってクッションの役目を果たした。

 おかげで列車は前の列車までそれなりの距離を開けて止まることが出来た訳だが、梅雨前のこの時期の東京に雪などあるはずもなく、一体誰がこんな物をとゆかりが思ったとき、離れた場所にある前方の列車の屋根の上から手を振る者の姿を発見した。

 

《ヒッホホー!》

『ヒーホー君っ!?』

 

 一同が驚くのも無理はない。ヒーホーの普段の待機場所はタルタロスのエントランスで、彼に探知能力がないことは全員が確認している。

 故に、ヒーホーが七歌たちの危機を察知することなど出来るはずもないのだが、列車の屋根から飛び降りて雪の上に着地した相手は、どういう訳だか仲間のピンチに気付いてしっかりと準備していてくれたようだ。

 フロントガラスの外ではヒーホーに続いて七歌たちの列車の屋根に待避していた男も降りてきた。すると、ヒーホーが指を鳴らして雪を消していたので、両者が知り合いだと気付いた順平たちは連係プレーだったのかと思わず納得の息を漏らす。

 

「マジかよ、オレらのピンチを察知して助けに来てくれたのか」

「だとするとシンジは雪の準備が終わるまでの時間稼ぎだったという訳か。どちらにせよ無茶をするやつだ」

 

 焼け石に水としか思えなかった男の働きにも意味はあった。ヒーホーが雪の用意をする時間を稼ぎつつ、雪のクッションでも止まれるレベルまで減速させるのが目的だったに違いない。

 助けてくれた事は感謝してもしきれないが、もっと自分の身の安全も考えてくれと真田が嘆息したとき、外にいたヒーホーが男の後に続いて前の列車の傍に停めてあったバイクのタンデムシートに座っていた。

 

《ヒーホー!》

 

 バイバイ、そう言っているかのように手を振り、ヒーホーは七歌たちに別れを告げる。

 てっきりこの後も一緒にタルタロスまで見送ることになると思っていたゆかりは、バイクに乗る男をジッと見つめてからヒーホーに視線を移して意外そうに口を開いた。

 

「あれ、帰っちゃうんだ」

「ありがとう、ヒーホー君!」

「マジでサンキューな!」

 

 聞こえるかどうかは分からないが七歌たちが列車内から手を振れば、後ろ向きに座ったヒーホーも大きく手を振り返してきた。感謝の気持ちもちゃんと伝わったようで一先ず安心し、発進して遠ざかってゆく黒いVMAXを見送れば、ようやく列車の扉も開いたことで七歌たちは外に出た。

 

「はぁ……疲れた。二人がいなきゃ死んでたよ……」

《危険な目に遭わせてすまなかった。私にもっと力があればもっと速く正確に敵の情報を伝えられ、今回のように君たちを危険に晒すこともなかったはずなのに》

「それは俺たちにも当てはまる事だ。もっと力があれば敵をすぐに倒せていたんだからな」

 

 落ち込んだ様子の美鶴に己の不甲斐なさに憤りを感じた様子の真田が返す。

 敵はなんとか倒したものの、今日の出来事は自分たちの力不足を実感する結果だった。

 タルタロスで戦えていたのもヒーホーの存在が大きく、彼が抜ければ様々な部分に改善の余地があることを一同は知った。

 自分たちが死ぬ直前だったことも大きくのしかかり、駅に向かいながら話すメンバーたちを暗い雰囲気が包みかけたとき、先頭を歩いていた順平が全員に振り返って笑顔を見せる。

 

「まぁ、何にしても無事だった訳ですし。強敵を倒した祝いに帰りにラーメンで食っていきましょうよ。オレっち今日はすっげー疲れてお腹ぺこぺこで」

「こんな時間に開いてるとこなんてあるのか?」

「巌戸台の駅近くにあるんすよ。すっげー古くて小さいッスけど、そこの塩ラーメンは飲み会の日のシメに最適だとか」

 

 今日の順平は剣にペルソナに大活躍だった。疲労から空腹を感じるのも無理はなく、普段ならばこんな時間に夜食を食べることに反対な女子たちからも反対意見は出ず、それなら自分も特に異存はないと真田も笑って快諾した。

 

「よく分からんが良いだろう。今日のMVPはお前と九頭龍だからな」

 

 いつもなら七歌がMVPを決めているが、今日のMVPは間違いなく二人だろうと真田は断言する。道中の雑魚を散らす際には真田も活躍していたが、大本命を倒すには二人の力が不可欠だった。

 故に、真田の言葉には誰も異論を挟まなかったが、その事で聞くことがあったと思い出したゆかりが隣を歩く七歌に向き直って質問をぶつけた。

 

「あ、そういえば七歌のさっきのペルソナってなんなの? 他にもペルソナ持ってるとか聞いてないんだけど?」

「フフン、これが数多のペルソナを自在に使役するという私の眠れる才能“ワイルド”さ。まぁ、ずーっと忘れてたんだけどね」

 

 追い込まれた事で思い出して使うことが出来た訳だが、七歌はずっと用事がないからとベルベットルームに行っていなかった。行ったのは夢を通じて呼ばれたときのみで未だに鍵を使って自分で行ったことはない。

 そのせいでとある末弟は深く落ち込んでいるのだが、今日の事を切っ掛けに七歌は彼らの元を訪れるつもりでいる。

 ようやく説明や仕事が出来るようになるため、今後は彼もしっかりと職務に励んでいく事だろう。

 ただ、それはあくまで七歌の事情であり、話を聞いたゆかりにすればそんなすごい力を忘れていた事に驚きを隠せない。

 

「んー、使ってなかっただけで前から出来たってこと?」

「そうらしいよ。使えなかったのは自覚がなかったからだけど」

「なんじゃそりゃ……」

 

 通信機の向こうで話を聞いていた美鶴も同じ感想を抱いたに違いない。ずっと半信半疑だったワイルドの覚醒者が仲間に現われた事は良いことだ。血の繋がりを考えれば運命を感じるが、知っていたなら話していて欲しかった。

 自分の力不足を痛感した一日だったが、七歌がもっと早くにワイルドを使えていれば戦術の幅も広がって美鶴からも指示を送る事も出来た。それによって大型シャドウに辿り着くまでの時間も短縮出来たはずなので、今後はチーム全体のためにも七歌に力に関して何か忘れていないか美鶴はたまに尋ねることに決めた。

 会話に参加せずにそうやって美鶴が色々考えていれば、ゆかりと同じように今日の出来事を振り返っていた順平が突然不思議そうに首を傾げ、さらに腕組みまでして全身で疑問を表現してくる。

 

「あれ? そういや、桐条先輩のバイクって影時間でも動く特別製なんスよね?」

《ああ、そうだ。まぁ、今回のようにシャドウが制御を乗っ取れば他の機械も動くと判明したがな》

「いや、それもなんですけど。オレっちが言いたいのは、さっきヒーホー君を連れて帰った人もバイクに乗って行ったよなぁって」

『あ……』

 

 そのとき、順平を除く全員の声が重なった。

 確かに思い出してみれば男は大型バイクで器用に列車の横を抜けて帰って行った。美鶴のバイクはラボで手を加えた特別製だが、同じような物が世間に出回っているはずがないので、では、相手がどこで特別製のバイクを手に入れたのかという疑問が湧く。

 その点については幼馴染みの真田も勿論答えを持っていなかったが、前に正月に会ったとき荒垣がバイクで来ていたため、彼が免許を取ったことを知っているぞと真面目に答えた。

 

「まぁ、前に免許を取ったとは聞いているから法的には問題ないな」

《そうじゃないだろう。ここで考えるべきは誰が荒垣のバイクに黄昏の羽根を積んだかだ。自分でやったとすれば羽根の入手経路も知る必要がある》

 

 彼も召喚器を持っていることから羽根を一枚所持していると言えるが、召喚器を使っていたことを考えれば、それとは別にバイクに搭載した羽根を持っていなければ説明がつかない。

 搭載すること自体はエンジンに組み込めばいいのでそう難しくもないが、大変貴重な羽根をどうやって手に入れたか美鶴が悩んでいれば、一枚を同時に使う方法もあるのではと七歌が口を開いた。

 

「んー、バイクに召喚器を挿し込んでるとかじゃないんですか? そしたら一つの羽根でも行けますよ」

《ふむ、それは新しい発想だな。まぁなんにせよ本人に聞くまでは答えは分からないか。では、君たちはそのまま駅に向かってくれ。影時間が明けるまでにはちゃんと着けるはずだ。その後はグループの者に向かわせるので待っていてくれ》

「了解っす。あ、帰る前にラーメン食いに行くんで送るのはそこまででいいですからね」

《わかった。食べてくるのは構わないがあまり遅くならないようにな》

 

 武器を持って店に行くことは出来ない。加えて、今日の彼らは本当にボロボロで歩いて帰ることなど出来ないだろう。

 そう思った美鶴が送迎を向かわせると言えば、七歌たちは安堵の息を吐いて駅まで歩いて行き。装備を送迎の者たちに預けると真田の奢りでラーメンを食べてから寮へ帰った。

 

 


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