【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第二百五話 戦いを明けて

5月11日(月)

朝――月光館学園

 

 大型シャドウを倒した二日後、七歌たちは未だに疲れの残る身体を無理矢理に立たせ学校へとやって来ていた。

 来週に中間テストがあると既に教師に言われており、今週の授業も範囲に含まれる教科もあるため気は抜けない。

 ただ、あの日、七歌たちが乗っていた列車はあわや衝突という場所に放置されたまま影時間を明け、翌日の朝刊には重大なオーバーランとして取り上げられていた。

 ニュース番組でも勤務状況におかしな点はなかったか、車両の整備不良ということは考えられないかなど、様々な角度から事故について語られていたが、心身共に疲れ切っていた七歌たちは日曜日の夕方まで眠っていたのであまりニュースを見られていない。

 もっとも、美鶴だけは前衛ではなくバックアップだったため、ただ一人普段通りに起きて活動していたので朝からニュースを見て、大型シャドウとの戦闘について報告するためラボに行った際に詳しい話も聞いたようだが、どうやら運転手は給与カットなどペナルティを受けるのだとか。

 その話を聞いたとき、彼は影時間になるまで普通に運転していたので、悪いのはコントロールを奪って動かしたシャドウだと七歌たちも抗議をいれたが、大きくなりすぎた事態を収束させるためにもその決定が覆ることはない。

 けれど、母体グループである桐条グループにはちゃんと事情を知っている者がいるので、一時的に辛い境遇に置かれることにはなるが、その後のケアも含めてしっかりとフォローは入れるという。

 それを聞いたことで七歌たちは一応納得することにしたが、筋肉痛の残る身体で一緒に登校してきた七歌とゆかりは露呈した自分たちの弱点も含めて今後の戦力について話していた。

 

「やっぱり個々のレベルアップが必要だよね。不利な相手には何も出来ませんじゃ話にならないし」

「だね。ついでに言えば、美鶴さんのバックアップも限界を感じるから探知型の仲間が欲しいかな」

「あー、先輩って専門はむしろ戦闘なんだっけ」

 

 七歌たちは階層が上がるごとに強くなるタルタロスのシャドウに対抗するため、作戦室で自分たちの戦力を確認する意味も込めてミーティングを何度か行っていた。

 その際、美鶴本人の口からペンテシレアは本来戦闘型のペルソナであると聞かされ、バックアップに通信機などの補助機材が必要なのも、彼女のペルソナにとって探知能力はあくまで副次的にあるだけのオマケだからだという事だった。

 話を聞いたことで七歌たちも慣れているはずの美鶴が、どうしてアナライズに時間が掛かることがあるのかという謎が解けたため、現在では彼女のバックアップはあくまで補助であり現場で感じ取ったものを優先することに決めている。

 一ヶ月近く戦ってきたことで七歌たちも未熟ながら戦士としての勘が育ってきている。美鶴や真田もそれはちゃんと認めているので、指揮官である七歌の命令や作戦時の方針に背かないという範囲ではメンバーの独断行動も許されているのだ。

 ただ、そうは言っても敵が強くなっているというのにバックアップがこのままでは厳しい。美鶴の能力は相手を読み取るのに時間が掛かるだけでなく、知覚出来る距離に限界があった。

 本人が言うには既にいっぱいいっぱい。先日タルタロスを登った際に見つけた柵に覆われた階段より先に進めば、彼女の限界距離を超えて通信すらまともに出来なくなる可能性もあるという話だ。

 その事を思い出したゆかりは、便利な力に目覚めた友人なら探知型のペルソナも出せるのではと考え、試しにそんなペルソナはいないのかと尋ねた。

 

「七歌のワイルドで探知型のペルソナは出せないの?」

「んー、今のところは無理かな。そもそも私にそういう系統の才能がなきゃ探知型のペルソナも目覚めないだろうし」

「どういう人が探知型に目覚めるんだろうね。先輩の他にもいれば特定の才能を伸ばせば適性ありって分かるけど」

 

 ペルソナとは本人の心が具現化した分身である。故に、本人のパーソナリティが能力にも反映され、分かりやすいところでは熱血漢なところのある順平が火炎属性のペルソナに目覚めたなどが例として挙げられる。

 ただし、ペルソナの持つ属性スキルが性格診断のようにある程度予測出来るのに対し、探知型の能力は特殊タイプに分類されるので、桐条グループでも美鶴以外に発見出来ていないため詳細が分からないのだとか。

 もしも他にもいれば共通点から目覚めるために必要な才能や性格を割り出し、それを元に様々なペルソナを扱うことの出来る七歌も探知型のペルソナを手に入れる方法を模索する事も出来たが、現状分からないのならしょうがないと残念そうに溜息を吐いた後、ゆかりは気を取り直して隣を歩く友人に笑顔を向ける。

 

「でもまぁ、それぞれ一芸に秀でた状態だったから、七歌が万能型になってくれたのは心強いかな。その分負担をかけることになりそうだけど全員でフォローし合うのは変わらないし」

「いやぁ、便利ではあるけど万能じゃないんだけどね。一度に出せるのは一体だけって点は変わらないからさ」

「あ、そうなんだ。特訓で沢山出せるようにはならないのかな?」

「それはそういう才能がいるらしいよ。実際のところ、廃人になる可能性もあるからやらない方がいいみたい」

 

 複数同時召喚は理論上は可能である。けれど、自分の精神の一側面をペルソナとして固定化し具現させるワイルドにおいて、複数の側面を同時に具現化するというのは側面同士が混ざり固定化出来ないことや、具現化させる段階になって並列思考のような状態になって心身に過負荷が掛かる恐れがある。

 ただの不発という形で済めばいいが、過負荷によって回路がショートするような状態にでもなれば、ペルソナ能力を失うことや廃人になってしまう可能性があった。

 七歌はそれをベルベットルームの住人から聞いていたため試すつもりはないが、複数同時召喚が出来れば一人軍隊になるとして大幅な戦力アップと考えていたゆかりは、予想外に危険な技であると理解し目を丸くして驚いている。

 

「廃人って危ないじゃんそれ。てか、誰にそんな話きいたの?」

「ん? ああ、ベルベットルームってとこにいる人だよ。契約して訪れた人の手伝いしてるんだって」

 

 聞かれた七歌は答えながら校門を通って学園の敷地に入る。

 彼女は今日学校が終わればポロニアンモールに向かい、そこから前に見つけた青い扉を潜ってようやくベルベットルームを訪れる予定でいた。

 ワイルドの力を自覚し、さらに手に入れたペルソナを切り替える方法も既に理解しているが、どうやれば能力を活かしていけるのかアドバイスを貰いに行くのが目的であるが、加えてペルソナの目覚め方も聞いておく必要がある。

 先日は火炎の力が必要だと考えていたことで火炎スキルを持つネコマタに目覚めた。しかし、必要だと思ったらその力を持ったペルソナが目覚めるのであれば、バックアップが出来る探知型のペルソナがあればと考えている今それが目覚めないのはおかしい。

 もしかすると、七歌の持っている才能と力を求める心が合わさったときに目覚めるのかも知れないが、そういった部分についても訊いておくためにも、七歌は絶対に放課後は別の予定を入れないぞと固く心に誓う。

 一方、七歌が心の中でそんな事を考えている間、ゆかりは謎の組織であるベルベットルームについて思考し、結局情報が少な過ぎるとすぐにギブアップして相手をペルソナ研究機関と認識していいかを少女に尋ねる。

 

「それって桐条以外のペルソナ研究機関になるのかな?」

「別に研究はしてないと思うけど詳しい感じではあったね。というか、私以外にも契約してる客人がいるって言ってたし、ペルソナ使いや研究してる人って別に桐条以外にもいると思うよ」

 

 言われてゆかりの頭を過ぎるのは、自分が特別課外活動部に誘われた日の美鶴との会話だ。

 あの日、美鶴は桐条には自分も知らされていない暗部が存在すると言っていた。その中には孤児を集めて被験体とした“人工ペルソナ使い”とやらの研究も存在したらしい。

 当時被験体だった子供らはほとんどが命を落としたが、一部は施設を脱走して消息も生死も不明となっているとも聞いている。

 だとすれば、七歌が言っているように他にもペルソナ使いがいる可能性もあれば、桐条とは別ルートで影時間の存在を知って研究している機関があってもおかしくなかった。

 先日のような大変な戦いが続くのであれば、ゆかりとしては他のペルソナ使いたちがいれば協力したいし、出来れば有益な情報交換なども出来ればと思っている。

 ただ、相手が脱走した被験体だったとすれば、自分たちに酷いことをした相手だとして桐条グループとその関係者を憎んでいるかもしれない。

 それでは協力以前の問題であるため、交渉が決裂したり敵対されるくらいなら、現状維持のために遭遇すらしない方が良いのではと思ったとき、生徒玄関に向かっていたゆかりたちの耳に近付いてくる甲高いバイクの音が届いた。

 

「おっ、バイク通学とはシャレオツですな。私もそろそろ実家から送って貰おうかなぁ」

「なに言ってんの。あれずっと来てなかった有里君だよ?」

 

 暢気に自分も愛車を取り寄せてバイク通学しようかなと話す七歌に、ゆかりは我が校でバイク通学を認められているのは一人だけだとライダーの正体を教える。

 それを聞いた七歌は驚いた顔をしているが、彼女も湊がバイクで来ていることは知っていたはずなので、戦闘の疲れからまだ本調子ではない事が窺えた。

 とはいえ、いくら体調が万全でなくともテスト前だけあって今日を乗り切るしかない。テスト勉強は週末に集中して行うことにし、今日と明日は授業だけは聞き逃さぬようにして寮に帰ったらすぐ寝るに限る。

 テストが終わるまでは大型シャドウが現れでもしない限り美鶴も活動は休みだと言っていたため、とりあえず今日を頑張ろうと生徒玄関に入りかけたとき、ゆかりが何かを思い出したように顔を上げて口を開いた。

 

「あ、ゴメン。私ちょっと用事を思い出したから先に教室行っといて」

「んあ? 別にいいけどトイレくらい普通に行けば良いのに。小学生じゃあるまいし、別にゆかりの入った個室から爆音が轟こうがからかったりしないって」

「本気で違うっつの!」

 

 乙女の尊厳に懸けてそのような事象は過去にも未来にも起こり得ない。本気で違うからと怒り気味にゆかりは言って、七歌が生徒玄関に入っていくと自分は来た道を戻っていった。

 彼女がどういった用事を思い出したのかは気になるが、残念なことに今の七歌はベッドに全力ダイブしたいくらいに疲れている。

 故に、放課後にはベルベットルームを訪れる予定も控えているため、七歌は靴を履き替えると購買によって栄養ドリンクを買い。それをグイッと飲み干してから自分の教室へと上がっていった。

 

***

 

 以前の自分に戻るためモナドに籠もって武者修行をしていた湊は、昔の感覚を取り戻し、満月に現われるアルカナシャドウも倒したことで一区切りついたとして、数週間ぶりに学校へやって来た。

 彼のバイクは職員らと同じ駐車場に止めることになっているので、指定席となっている駐車スペースにバイクを停めて降りると、バイク側面のホルダーにヘルメットのベルトの金属部を通して鍵を閉める。

 別にハンドルにかけておいたりシートの上に置いていたとしても盗まれないとは思うが、風が吹いて落下した際に中の衝撃吸収材が割れてしまうかもしれないので、そうならないようホルダーにちゃんと通しておくのである。

 そうして、ハンドルロックもちゃんとかけてバイクから離れようとしたとき、校舎に近い駐車場の隅に一人の少女が立っているのが見えた。

 車が入ってくるので注意は必要ではあるものの、別に生徒は立ち入り禁止ということはないが、用事もないのに訪れて楽しい場所でもない。

 何より、相手は真っ直ぐ湊のことを見ているので、自分に用があるのだろうと推測した湊は、バイクの鍵を上着のポケットに仕舞い込みながら待っていた少女の前に立った。

 

「……何か用か?」

「はぁ……久しぶりに会ったのに随分な言い方だね君は」

 

 ずっと心配していたというのに、久しぶりに会った第一声があまりに素っ気なかったことでゆかりは微妙な表情を浮かべる。

 彼の瞳は今も感情のこもらない冷たい色のままだ。何かあったのだろうが、それについての説明も何もない状態で湊はただ突き放すように言葉を返してくる。

 

「用がないなら自分の教室に行け」

「それを話す前に君が色々言ってきたんでしょ。はぁ、その……あのさ、放課後に少しだけ時間貰えない?」

「理由によるな。俺も暇じゃない」

「えっと、ここでは言えないっていうか。周りに聞かれたらマズいと思うから」

 

 そう時間は取らせない。少しだけ誰にも聞かれない場所で話をしたいだけだ。

 とある理由からゆかりはそう言ったのだが、湊にすれば相手が気まずそうに口ごもっているだけで要領を得ず。単純に顔を貸してくれと言われているようなものなので、プライベートの忙しさから一切悩まず拒否の言葉を吐く。

 

「それで素直について行く人間がいたら余程のお人好しだな」

「わ、分かってるよ。でも、言えないじゃん。影時間の話だし……」

 

 ゆかりが彼と話そうと思っていたのは影時間に関わる内容であった。一般人がそれを知るはずもないが、湊は以前に七歌とゆかりからその話を聞いている。

 ただし、そのときの彼はゆかりらの話を思春期特有の妄想だと思っていたはずだが、ゆかりは湊側の事情など欠片も気にした様子もなく顔を上げると口を開いた。

 

「一昨日はありがとう。助けてくれて」

「……何の話をしてるんだ?」

「モノレールの話。ペルソナと一緒に列車を遅らせてくれたでしょ」

 

 何について礼を言っているのか分からないという湊に対し、ゆかりはちゃんと分かっているといった風にハキハキ答える。

 一昨日の戦いでは敵を倒してもまだ危険が残っていた。むしろ、敵だった大型シャドウより止まらない列車の方が命の危険を感じたくらいである。

 列車の止め方など知る者は一人もおらず、運転席に入ろうにも扉に鍵が掛かっていて、下手にぶち破ろうとすれば機械まで壊しかねないと二の足を踏んでいた。

 おかげでただでさえ過ぎてしまっていたタイムリミットを余計にオーバーし、必死に助かる方法を探りながらも心の中では諦めだしていたとき、ゆかりたちの見ている前でペルソナと共に列車を止めようと正面から受け止めた者がいた。

 あのとき、ゆかりも真田たちが言っていた事で相手を荒垣だと思っていたのだが、彼女はとある理由で相手が荒垣ではなく湊だと思ったらしく、何を言っているのか分からないといった態度を取っている青年に呆れ顔で気付いた理由を告げる。

 

「あのね、元カノ舐めないでくれる? 君のことずっと見てたんだから、バイクに乗るときとかちょっとした仕草の積み重ねで気付くっての」

 

 そう、ゆかりが相手を湊だと思ったのは、ヘルメットで顔を隠した相手が帰る直前にバイクに乗る際、バイクを跨いでハンドルを握るまでの仕草が湊とソックリだったからだ。

 乗り方など誰でも同じだと思う者もいるだろう。しかし、スタンドを上げてから倒さぬよう気をつけて跨ぐ者、跨いでからスタンドを上げて発進する者など、それぞれに慣れたやり方というものがあって、ずっと彼のことを見てきた少女は少ない情報から男の正体に辿り着いたという訳であった。

 少女自身の愛の重さの成せる技か、彼の傍にいた少女たちならば当たり前に気付くことが可能なのか、それは本人たちにすら分からないけれど、仮に湊に対して限定であろうと相手が優れた洞察力を持っている事を知った青年は、表情を一切変えないまま気付かれたことに対して一言だけ返す。

 

「……なるほど、次からはちゃんと先輩の動きをトレースすることにしよう」

「意外とあっさり認めるんだ?」

「否定してもお前の中では確定事項のようだからな」

 

 仮にここで湊が違うと言い張ってもゆかりは信じないだろう。別に気付いたことを他の者に話したりもしないだろうが、認めるまで付き纏われる事を思えばここで肯定しておいた方が楽に済むのは確実だ。

 そういった判断から湊はすぐに認めた訳だが、相手があまりにあっさりと認めた事で少し拍子抜けしたゆかりは、肩にかけていた鞄の中を漁って栄養補助食品のココアクッキーを取り出し、箱ごと彼に差し出して最初に言っていた事をもう一度伝えた。

 

「まぁ、そういう事だから放課後ちょっとでいいから時間ちょうだい」

 

 助けてくれたお礼だけでなく、彼がどれくらい影時間に関わることを知っているのかが聞きたい。

 以前、チドリが言っていたことが影時間やペルソナの研究であったなら、もしかすると湊も寿命を縮める劇薬を飲んでいたかもしれないのだ。

 彼の身を心配する少女としてはなんとしてでも聞き出し、裏の仕事で右眼や右腕を失ったことも含めて、彼がどのような過去を生きてきたのかを理解したかった。

 またそれだけでなく、ゆかりは影時間の活動を通じて、美鶴が自分たちの身を本気で心配しつつもまだ話していない事があると気付いていた。

 話せないのか、それとも話したくないのか。機密というものがあるので本当に全てを明かすことは難しいのかも知れないが、もし、それが自分や桐条グループを守るためであったならゆかりにも考えがあった。

 シャドウとの戦いは命懸けだ。七歌も言っていたがお互いの信頼関係が第一である。それを利己的な理由で反故するのであれば、ゆかりだって裏で勝手に動き回らせてもらう。

 彼女は十年前の事故の真相究明のために桐条に近付き、恐ろしい敵がいるのなら愛する人や友人を守ろうと思って戦いに参加することにした。

 世界や人々のためとよく口にする美鶴ほど使命に燃えていたりはしないし、顔も知らない人のために命を懸けて頑張るほどの情熱も持っていない。

 彼女にとっての世界とは親しい者のいる極狭い範囲であり、彼女が情熱をかけられるのは同じくその世界の枠の中にいる者のためであった。

 ゆかりが差し出したココアクッキーをジッと見つめる彼との会話は、今後の活動を続けるために非常に有益になるはず。そう思って返事を待っていれば、少し経ってから青年はココアクッキーを受け取り、箱から出した袋を開けて中身を食べつつ静かに答えた。

 

「……周囲に聞かれる心配がない場所だったな。以前、チドリが話をするため連れて行った喫茶店は覚えているか?」

「うん。駅裏の奥まったとこにあるお店だよね?」

「ああ、そこで合ってる。別々に行った方が見つからないだろうから放課後そこへ来てくれ」

 

 言われた場所への行き方をゆかりはちゃんと覚えていた。行ったのはチドリと一緒だった一度きりだが、紅茶もお菓子も美味しかったので雰囲気の良さもあって強く印象に残っている。

 どうせなら彼のバイクに乗せて貰いたかったけれど、高校から月光館学園に通い始めた者の中には湊と総合芸術部の者たちが親しいことに嫉妬している者もいるため、余計な火種を作らないために別々に目的地に向かうのは理解出来た。

 そして、彼から話をするための時間を作って貰う約束を交わすと、ゆかりは彼と一緒に校舎へと向かい。放課後のことを楽しみにしながら靴を履き替えて自分の教室に行った。

 

 

放課後――ベルベットルーム

 

 朝にゆかりと会う約束を交わした湊は、喫茶店フェルメールに向かう前に鍵を使ってベルベットルームを訪れていた。

 椅子に座る彼の正面には長鼻の老人とその後ろに三人の従者の姿が見える。

 別に雑談をしにここを訪れた訳ではない青年は、早速本題に入ろうと足を組み替えると姉弟の末弟であるテオドアに話しかけた。

 

「……そちらの業務が滞らないよう契約者を助けておいたぞ」

「はい、確認しております。この度はお手を煩わせてしまい申し訳ありませんでした」

 

 四月の頭に七歌の担当となったテオドアだったが、相手がワイルドの力の扱い方を知らなかったことでベルベットルームにも訪れず、依頼を通じて彼女の成長を促そうとも計画段階からまったく進んでいなかった。

 そんな状態で今回の満月戦に突入したため、せっかく担当になったにも関わらず相手が死ぬかと思ったが、テオドアの方からもベルベットルームに来ていない相手を少しフォローしてあげて欲しいと湊に依頼したことで、無事生還を果たしたのを確認したテオドアもホッと胸をなで下ろしていた。

 そして、テオドアからお礼の言葉を受け取った青年は、今日は約束があるから急いでくれと達成報酬の受け渡しを急かす。

 

「そういったのはいい。報酬分の働きをしただけだ。それより、今日はこの後に予定があるから報酬をくれ」

「それはどうもすみません。では、早速今回の報酬をお渡しします」

 

 丁寧な仕草で頭を下げた彼は、すぐに姿勢を正すと持っていた本のあるページを開き、そこに描かれていた魔法陣に指を這わせて中身を取り出した。

 輝く魔法陣の中から白い光に包まれてテーブルの上に現われたのは、随分と古臭く錆び付いた見た目の西洋甲冑の兜であった。

 フルプレートタイプではなく前面部が開いた簡単は造りではあるが、防具を必要としない湊にこんな物を渡しても意味がない事は相手も知っているはず。

 ならば、これは以前彼がくれたある品と似たものかと湊が考えていれば、正しく予想していた物であるとテオドアから説明が入る。

 

「これは昔八雲様にお渡しした無の鎧のアナザータイプになります。正しくはこれも無の鎧なのですが、便宜上区別するため無の兜と呼んでおります。こちらも八雲様の力に反応して形状が変化するので普段は別の形でお持ちください」

 

 言われて湊が兜に触れればすぐに光に包まれて変化が始まった。靴になっている無の鎧と違って頭部を守る物では日常的に身につけられる物も限られているが、光が治まると兜は銀色のイヤーカフになっていたため変化にはそれなりの幅があるようだ。

 試しに手にとってメガネにしてみたり、オペラ座の怪人のマスクにしてみたり、色々と変化させてみたところ、どうやら頭や顔だけでなく耳につける物も対象内である事が分かった。

 無の鎧は無の武器と違ってペルソナと合体させた際に特殊な効果を持つアイテムになり易いため、今回のこれもきっと役に立つことだろう。

 普段は最初に変化したイヤーカフとして身に着けておくことにした青年は、手に取って左耳に着けると報酬をくれた人物に礼を言う。

 

「感謝する」

「いえ、また無の鎧が手に入った際には報酬に回しますので、そのときは是非お受けください。本日はどうもありがとうございました」

 

 報酬を受け取った湊は相手の言葉に頷くと席を立って扉に向かう。今日は七歌もここを訪れるはずなので、鉢合わせしないよう急いで出て行くと、現実世界に戻った彼はゆかりが来る前に到着しておくべくフェルメールへ向かった。

 

 


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