【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第二百六話 質問事項

放課後――ベルベットルーム

 

「ようこそベルベットルームへ、随分と久方ぶりですな」

「まぁ、用がなかったので!」

 

 学校帰りにポロニアンモールを訪れて狭い路地の奥にある扉を潜った七歌は、以前夢で来たことのあるベルベットルームにやってくるなり笑顔で挨拶して席に着く。

 ここまではっきりと用事がなかったと言われてしまうといっそ気持ちが良い。担当者であるテオドアだけはようやく客が来てくれたため安堵の息を吐いているが、他の者が素直すぎる七歌の様子に小さく笑っていると、イゴールも正面に座った少女の反応に笑みを漏らしてやって来た理由を尋ねた。

 

「フフッ、では本日は用があってここを訪れたという事ですかな?」

「新しいペルソナに目覚めたんですけど、これってもっと増やしたり出来るんですか?」

 

 七歌に目覚めた新たなペルソナは魔術師“ネコマタ”。愚者“エウリュディケ”の存在も自分の中に感じるので、ペルソナが変化したのではなく単純に増えただけのようだ。

 力を使うには自分の中でスイッチを切り替えればいいだけ。七歌は心の中で呼び出す存在を意識し、白い仮面を付け替えるというイメージでペルソナを変えているが、それはあくまで彼女のやり方だ。

 もし他にワイルドの力を持った者がいれば、そちらはそちらで自分なりのイメージを持ってペルソナを切り替えるに違いない。

 けれども、ペルソナは召喚しなければ自分の心の中にのみ存在するため、誰であろうと呼び出すときには宿る存在に意識を向ける必要がある事は確かだ。

 方法は違えど手順は同じ。そう考えながら七歌が今後ペルソナを増やしていく方法について聞けば、イゴールは少女の前に力を求めてこの部屋にやってきた客人のことを思い出しながら、当時彼にしたものよりも詳しい説明を口にする。

 

「ワイルドに目覚めたのであれば、お客人にも可能性の芽が見えるようになったはず。シャドウとの戦いの後、カードが見えたときには空想の中でカードを引いてみてください。ソードならば武器、コインなら金銭、カップならば生命力、ワンドならば経験といった風に対応したものを得られます。そして、その際にペルソナを引けばペルソナを得られると言う訳です」

 

 ワイルドであれば新たなペルソナを手に入れるのは存外簡単だ。契約者となっていることが前提条件ではあるが、シャドウと戦ってから頭の中に浮かぶカードの中からペルソナに対応している一枚を引けばいいだけ。

 その際、他のカードに手を伸ばせば別の効果を発揮してくれるが、七歌は当面の間は戦力増強を目標に掲げているので、可能性の芽と遭遇すればペルソナ優先でカードを引くことだろう。

 ただ、可能性の芽という方法以外にもペルソナを手に入れる事は出来るはず。何故なら七歌は自力でネコマタを目覚めさせたのだから。

 

「なるほどなるほど。で、他にも自分で目覚めたりもあるって訳ですね?」

「ええ、ペルソナはお客人の心が形を成したもの。貴女の心に変化や成長があれば、それは当然ペルソナにも現われます」

 

 可能性の芽はあくまで外的要因である。外の変化に対して対応するだけであり、それ以外に内的要因として己の精神の変化によって目覚める事もあるのだ

 前回の七歌は追い詰められたことでネコマタに目覚めたが、今後ペルソナを手に入れるようになれば手に入れたペルソナ同士を融合させるペルソナ合体も必要になる。

 今はエウリュディケも含めて二体しかいないのでやらないが、近いうちにそういった事も行なうようになるため、指を組み直したイゴールの後ろに立っていたテオドアが会話に参加し口を開いた。

 

「そして、そこからが私の仕事となります。私は七歌様のペルソナ同士を合体させ新たなペルソナを生み出す事や、七歌様が手に入れたペルソナを記録し、それを再度呼び出す事が出来るのです」

「ほう、合体とな」

 

 合体に関しては主にイゴールが担当し、またイゴールにしか出来ない高度な合体もあるけれど、簡単なものならばテオドアにも可能だった。

 さらに記録したペルソナを記録した状態のまま呼び出す事が出来るので、金銭的な余裕がありさえすれば素材に使って呼び出し直すということも出来る。

 合体して生み出されたペルソナは基本的に素材となったペルソナよりも高レベルになるため、スキルや耐性にもよるが利用して損はない。話を聞いて理解した七歌も興味深そうに何度も頷き、今後は積極的に利用しようと考えたところで、今朝ゆかりと話していた事を思い出したのでそれもこのタイミングで聞いておくことにした。

 

「あ、そうそう。探知型のペルソナって私も目覚めるかな?」

「七歌様は随分と強さをお求めの様子。そういった方は戦うペルソナに目覚めやすいので可能性がゼロとは言いませんが難しいかと」

「むぅ、己のストイックさが裏目に出たかぁ。ま、そういう事ならしょうがないね。じゃあ、また新しいペルソナをゲットしたら来るからよろしくね! バイバーイ!」

 

 話が終われば即退散。疲れているからしょうがないのかもしれないが、出て行く背中を見送りながら随分と忙しい人だと姉妹は笑い、とりあえずでも説明を済ますことが出来た末弟は安心した表情をしていた。

 

 

――喫茶店“フェルメール”

 

 放課後、運悪く掃除当番に当たっていたゆかりは掃除を終えると急ぎ足で学校を出て、途中少し迷いそうになりながらもどうにか目的の店を見つけることが出来た。

 人通りの少ない少々寂れた雰囲気の隠れ場的な店だが、裏の仕事に関わっていることもあって簡単には辿り着けないようになっているのかもしれない。

 そんな事を考えながらゆかりが店の扉を開ければ、カウンターでグラスを磨いていた店主の五代が笑顔で少女を迎えてくれた。

 

「やあ、いらっしゃい」

「どうも、有里君って来てますか?」

「ああ、彼なら奥にいるよ」

 

 前に座ったカウンター席ではなく、目的の青年は奥のテーブル席で書類を眺めながらコーヒーを飲んで待っていた。

 今日のお客は彼だけのようで、前のドレス姿の女性もいつもいる訳ではないのだなと思いつつ席に向かい、そのまま彼の正面の椅子に荷物を置くと座ったばかりのゆかりに湊がメニューを渡してきた。

 

「……先に飲み物とかを注文しろ。食べながら話した方が気も楽だろ」

「うん。えっと、ホットのアップルティーとミルクレープで」

 

 メニューを受け取る際、彼の方を見ると左耳に見覚えのないイヤーカフが増えている事に気付く。

 以前から持っていたのか、それとも待ち合わせ場所に来るまでに手に入れたのか、それは本人に訊かない限り分からないだろうが、注文を終えてアクセサリーの増えた彼をジッと見ていれば、湊は英語で書かれた書類に視線を落としたまま口を開いて来る。

 

「それで? 答えられる事ばかりじゃないが何が聞きたいんだ?」

 

 どう切り出そうかと考えていた事もあって、ゆかりは相手の方から単刀直入に話題に入ったことに僅かに感謝する。

 相手が色々と事情を抱えている事は知っている。最近では彼が七歌の生き別れの従弟である可能性まで浮上していて、古くからの知り合いらしい美鶴もそれを否定しなかったために信憑性は高いが、だとすると七歌の言っていた“八雲君”と名前が異なっている疑問も新たに浮かんでくるので、ゆかりは何から聞くべきか迷ってしまう。

 彼の素性、これまでの人生、どうして関わるようになったのか、今も関わっているのか、訊きたいことが多過ぎて悩んでいる間に五代が飲み物とケーキを持ってきて、その際、「一つ一つ訊いた方がいいよ」と笑顔でちょっとしたアドバイスをくれた。

 考えすぎて訳が分からなくなっていたゆかりにとって、五代からのアドバイスは思考を一度リセットするに大変効果があった。

 確かに考えるも何もゆかりは湊のことを何も知らないのだ。裏の仕事に関わるようになった経緯も、本当にペルソナ使いであるかも詳しいことは何も知らない。

 ここを話し合う場所として選んだ湊や、アドバイスをくれた五代の様子から察するに、ここではペルソナについて話も問題ないと思われる。どうみても影時間に関係なさそうな人物ではあるが、五代も湊やチドリとは古くからの知り合いらしいので話だけは聞いているのかもしれない。

 そう考えたゆかりはテーブルの上に置かれたカップを手に取ると、アップルティーの香りで心を落ち着かせながら味も楽しみ、ふぅっと一息吐いてから最初の質問を口にした。

 

「えと、有里君もペルソナ使い……でいいんだよね?」

 

 そう、まず初めにするべき質問はこれだ。相手が黒い騎兵のようなペルソナを召喚していたのは見たが、世の中にはヒーホーのように野良ペルソナという存在もいる。

 あの黒いペルソナがそうだとは思えないが、話の切り口としては悪くないと思っていたところ、湊は書類に視線を落としまま頭上に一瞬だけカストールを呼び出した。

 店はそれほど広くないので完全に呼び出していたら大変だったが、上半身が現われかけたところで消していたので、五代も驚きはしたものの苦笑で済ましている。

 具現化しかけたペルソナを見てもその程度の反応と言うことは、やはり五代もペルソナの存在を知っていたという事になるが、連れが迷惑をかけてすみませんとゆかりが頭を下げたところで先ほどの質問に対し青年が言葉を返してくる。

 

「これで納得したか?」

「いまどうやって出したの? 召喚器は?」

 

 青年がペルソナ使いだと言うことは理解出来た。けれど、その召喚方法にゆかりは戸惑いを隠せない。

 先ほど彼は書類に目を通していただけで他には何もしていなかった。そう、召喚器で頭を打ち抜くという一連の動作を行っていないのだ。

 一応、なくても召喚は出来るがかなりの集中力が必要で安定召喚は出来ないと聞いてはいたが、召喚には召喚器が必要という固定概念を持っていたゆかりにすれば驚きでしかなく、本当に召喚器が必要ないのか確認を取れば湊は顔を上げてコーヒーに口をつけてから答えた。

 

「あんな玩具なくたって召喚は可能だ。そも、あれは他の被験体のために開発しただけだからな。元々俺には必要ない」

「開発したって君が? 桐条グループの研究所にいたのってやっぱりペルソナ関係だったの?」

 

 召喚器は必要ないという彼の手の上に一枚のカードが現われる。初めてみたゆかりはこれがペルソナの力の宿る核なのだろうかと不思議に思うが、召喚器を開発したのが彼ならば桐条グループでペルソナの研究に関わっていたのは確実だ。

 だとすれば、彼もチドリと同じように制御剤を飲んでいた可能性があるため、以前象徴化していたことについても合わせて尋ねることにする。

 

「ねぇ、四月の下旬くらいに駅前で会ったの覚えてる?」

「お前らがタルタロスを見に来たときのことか?」

「そう。けど、君あのとき象徴化してたよね? もしかして適性が安定してないの?」

 

 適性が安定しないこととペルソナの制御が上手くいかないことは同義ではない。そも、ペルソナは一定以上の適性を持っていなければ目覚めないのだ。

 ペルソナとはシャドウたちのいる心の世界での自分である。自己の存在を確立することでペルソナまで存在の濃度は増すが、一時的に現実世界と繋がるだけの影時間ではなく、本当の心の世界ならば他の者たちもシャドウという形で存在はしていた。

 ペルソナを得た者たちはそういった心の世界の自分すら自分自身に宿る場所を変えるが、代わりに現実での肉体に心の世界でも存在出来る力が付与される。

 そのため、ペルソナを得た者は力を完全に失うでもしない限りは適性を持ち続け、仮にその力が不安定だったとしても日によっては象徴化してしまうなどという事は起こり得なかった。

 ただ、何も知らない少女にそれを説明するのは面倒なため、湊は玉藻前の力を引き出して象徴化してみせると、すぐにそれを解除して人の姿に戻って改めて先日の真相を語った。

 

「こうやって象徴化したように偽装しただけだ。別にバレようと気にしないが知られない方が楽ではあるからな」

「それもペルソナの力なの? なんかペルソナって思ってたより便利って言うか戦う以外にも色々と出来るんだね」

 

 ゆかりの中でペルソナは戦うことと通信及び探知することしか出来ないイメージがあった。

 勿論、彼女のそのイメージは間違っていないし、ほとんどのペルソナは戦う力を持っていて一部の探知型と呼ばれるペルソナには存在の探知等の力を有している。

 けれど、似たような超常の存在であるシャドウは先日モノレールを操って見せた。同じ事がペルソナにも出来るかは不明であるが、湊の持っているペルソナは姿の偽装という初めて見るタイプの能力を持っていたことで、ゆかりとしてはペルソナやシャドウの力は自分の想像よりも幅広いと思い知った。

 普通ならばこれで途方もない存在に関わったと脱力するところだが、幸か不幸か少女の前にはそれらに詳しい人物が丁度いる。

 よって、今日は彼が色々と教えてくれるようなので、ゆかりもお言葉に甘えてミルクレープを一口食べながら彼に尋ねた。

 

「有里君ってペルソナとか影時間についてどこまで知ってるの?」

「……質問内容が曖昧すぎる。もう少し具体的に言ってくれ」

 

 湊も無条件に何でも教えてくれる訳ではない。訊かれれば答えられる範囲で答えてくれるものの、それはゆかりがちゃんと具体的に質問をすればの話だ。

 勉強で考えれば分かりやすいが、全部分からないから教えてと言う甘えた馬鹿には教えたくなくなり、こことここが分からないと自分で出来るところはやろうとする者になら教えてやる気になるという話である。

 それに気付いたゆかりは自分の中で優先順位を決め、七歌や美鶴でも詳しく分かっていなさそうな事柄に対しての質問を中心に尋ねてゆく。

 

「んー、じゃあワイルドって知ってる?」

「一人につき一体というペルソナの原則に縛られない能力だな。ペルソナには愚者から世界及び宇宙まで二十四種のアルカナが存在するが、ワイルドなら死神以降のアルカナも扱えるようになる」

「く、詳しい……。てか、そんなに沢山のアルカナなんて知らないけど、どうして死神以降はワイルドじゃなきゃ扱えないの?」

 

 ペルソナやシャドウがアルカナというものでグループ分けされていることは知っていたけれど、その分類が本当にタロットと同じ数だけ存在するとはゆかりも思っていなかった。

 青年の言葉を聞いて思わず怯みかけるも、しかし、すぐに気を取り直して紅茶に口をつけつつ、通常のペルソナ使いとの大きな違いである死神以降のアルカナが扱える理由について訊いた。

 すると、青年は五代にコーヒーのおかわりを注文して、先ほどから見ていた書類の一部にボールペンでチェックを入れながら再度答える。

 

「アルカナは人の成長過程や人生を表わしていると言われている。そして、死神は文字通りに“死”だ。人は死を超えられない。だから普通の人間は生者のアルカナである刑死者までしか目覚めないんだ」

 

 聞いてなるほどと思うと同時に新たな疑問も湧いてくる。アルカナに意味があるのは知っていたが、それほど占いに凝っている訳でもないゆかりは個別の意味までは把握していなかった。

 その点に関しては寮に帰ってからでも調べるとして、今は完全にアルカナの制約を無視出来るワイルドの特異性というか異常とも言える部分が気になる。

 人は死を超えられない。これは当然のことであり人以外の生物としても当たり前の事だ。

 臨死体験をしたという者も希に聞くが、ほとんどは意識不明の状態や心臓が一度止まっただけで、完全に心臓や脳の活動が止まってから数日後に復活した者の話など神話の中にしか存在しない。

 だというのに、ワイルドはその概念の象徴たる死神以降のアルカナですら扱えるというのだから、生物的な死を超えてしまえる存在なのだろうかとゆかりが考えてもおかしくなかった。

 しかし、今はそんな哲学的な要素も混じった話をして話題を広げている時間は無い。ただでさえ多忙で中々捕まってくれない彼を個人的な理由で拘束しているのだから、ゆかりは甘えてしまってはダメだと自制して改めて聞きたいことに話題を戻す。

 

「じゃあ、ワイルドの話に戻るけど複数体呼び出すと廃人化する危険があるっていうのは?」

「事実ではある。自己認識や自身の定義付けが甘いと、中途半端に繋がって自我が戻ってこれなくなる場合もあるんだ。それに加えて消費エネルギーも増加し、さらにどちらも自分であるため二体のペルソナを動かすときには右手と左足で別々の字を書くくらいの器用さがいる」

「えと、右手と左手じゃなくて?」

「ああ、別に左手と右足でもいいが、左右の手で別々の字を書く以上の難しさがある。手で言うなら五本の指で別々の文字を書くイメージでもいい」

 

 左右の手で別々の文字を書くことなど意外と簡単だ。文字の綺麗さを別にすれば一週間も練習すれば余程のポンコツでもない限り単語くらい書けるようになる。

 ここにいる青年は幼少期から両利きであったため当然にようにそれが可能であったが、一度もやった事のないゆかりにすれば難度の非常に高い技であり、想像するだけでそれ以上だと分かる足と手で文字を書くなど不可能に思えた。

 ただ、五本の指で別々の文字を書くイメージでもいいと彼が口にしたとき、その口調からもしかいして彼なら出来るのではという考えが一瞬過ぎったが、ゆかりはそれを言葉に出さぬまま様々な事象に詳しい彼に情報の出所を聞いた。

 

「どうしてそんなに色々知ってるの? チドリとかも知ってる感じ?」

「自分の力、敵の正体、それらをろくに調べもせずに戦う方が不思議だと思うが?」

 

 聞かれ彼はゆかりを一瞥し、さも当然とばかりに言葉を返すとすぐ書類に視線を戻す。

 この質問をすれば彼の背景を少しは理解出来ると思っていたゆかりは、返ってきた言葉に思わず撃沈して肩を落とした。

 そう、彼にすれば知っていて当然、むしろどうして分かるまで調べないのかそちらの方が不思議なのだ。

 裏の世界で生きてきたからか知らないが、彼は情報が命よりも大切になる場面もあるという考えで。情報を制すれば圧倒的不利を覆すことも可能なので、現状、実力が不足しているゆかりたちにすれば彼の在り方は見習うべきであった。

 もっとも、ゆかりは今まさに勉強している最中なので、ならここで聞いて知っていけば良いよねと気を取り直し、一口大に切ったケーキを口に運んで新たな質問を投げた。

 

「あ、ねぇねぇ、どうして真田先輩たちは有里君のペルソナを見て荒垣さんだと思ってるの? もしかして同じペルソナとか?」

「ああ、その認識で合ってる。ペルソナは本来自分の分身であり固有の能力だ。だからこそ、普通同じペルソナを持っているとは思わない」

 

 ゆかりは真田たちが相手を荒垣と言っていた事で最初は荒垣だと認識していただけで、細かな仕草を観察していれば湊であると気付けた。

 ならば、普通、一緒に戦ってきた者なら顔が見えなくても別人であると気付くはずだが、同一のペルソナを所持しているのであればその限りではない。

 ペルソナは固有の能力、持ち主によって姿や能力が異なり、例え兄弟や親子でも同じペルソナなどいないというのが桐条側での常識だ。それ故、長くペルソナ関連の事柄に関わり、完全にそう思ってしまっている者ほど引っかかりやすい心理トラップだったという訳だ。

 今後はさらに荒垣の動きもトレースするらしいので、実際に近付いたりしない限りバレることはそうそうないだろう。彼の平穏を願っていた少女としては関わっている時点で色々と複雑だが、しかし、既にどっぷりなら突っ込んで聞くことも出来るとして彼の強さについて聞いてみた。

 

「有里君って強いんだよね? 適性値だっけ、あれで言ったら私たちとどれくらい差があるの?」

「……適性値は保有するエネルギー量としての見方なら正しい。だが、純粋な強さの話なら適性値が低くても一撃に籠められるエネルギーが多ければ格上に勝つことも出来る。だからこそ、そういった話は不毛でしかない」

 

 強さは数値で簡単に表せるものではない。適性値はあくまで目安であり、その値が示す本当の意味は保有するエネルギー量である。

 なので、適性値を比較した際に分かるのは継戦能力くらいなもので、実際の実力を測りたいなら一撃の強さであったり、ペルソナの持つ耐性を比べた方がマシだと思えた。

 そんな風に比べることが間違っていると話す湊に対し、ゆかりはそれはそうかも知れないが、一概に間違いとも言い切れないのではと返す。

 

「でも、強くないと適性は高くないんでしょ?」

「……まぁ基本な」

「じゃあ、今の有里君の数値を教えてよ。私っていうか私たちは五千くらいで、真田先輩は七千弱、桐条先輩は八千強だよ」

 

 今の冷たい瞳の彼が入学当初の状態だとすれば、自分が教えれば相手が断れない事は知っている。

 どうして今の状態になったのかも勿論尋ねたいが、今日は影時間に関わることを教えて貰いに来たのだ。

 よって、今は気になっていた彼の実力を聞いて、自分たちと彼の差を性格に把握したかった。

 そんな彼の性格などを利用した少々ずるい作戦だったが、案の定、彼は呆れた様子を見せながらもちゃんと答えてくれた。

 

「……はぁ、桐条側のデータを見れば分かる。四月の身体測定時の俺の数値は十万だ」

「じゅ、十万ってとんでもなく強いじゃん」

「中学一年の時点で三万は優に超えていた。俺が強いんじゃない。お前らが弱すぎるんだ」

 

 現在の特別課外活動部の戦力を合わせても中学時代の湊に遠く及ばない。合計数値が即ち強さという訳ではないが、彼女たちが必死に戦っても湊の方が余力を残してエネルギー切れになると聞けばショックを受けずにはいられないだろう。

 そして、本人の口から自分が強いのではなく、ゆかりたちの方が弱いのだと断言されれば、自分たちの力不足を痛感したばかりの少女としては痛いところを突かれた気持ちになり、相手が彼ということも弱さを僅かに見せてしまう。

 

「ねぇ、もし良かったらで良いんだけどさ。タルタロスの探索とかたまに出る大型シャドウとか、出来れば一緒に協力して戦わない?」

「……一方的な依存を協力とは言わないな。一人で倒せるのにわざわざ足手まといを連れて行く意味がない。正体がバレようとお前らと手を組むことはないと言っておく。それじゃあな」

 

 今日の話はこれで終わり。書類をまとめてマフラーに収納し、そう告げて席を立った湊は五代の前に一万円札を置いて店を出て行ってしまった。

 唐突に話を切られたゆかりにすれば消化不良であり、もっと話を聞きたかったしあんな言い方しなくてもと不満が残る。

 

「……もう、何よあの態度」

「ハハッ、まぁ彼にも色々とあるんだよ。昔から誰かのために戦ってばかりだからね。君らのお守りをしながらだと逆に難しいのさ」

 

 自分勝手な態度で帰ってしまった湊に不満を漏らすゆかりに、五代は紅茶のおかわりを持ってきて笑いかける。

 彼のことをよく知る大人から見ても湊の態度は褒められたものではないが、先ほどのゆかりの発言はそれもしょうがない申し出だったのだ。

 湊とゆかりたちでは実力に差があり過ぎる。これで共闘などしようものなら、ゆかりたちは快適に戦えるかもしれないが、湊はフォローに力を割くことになって実力を活かしきれない。

 仮に単独の湊が一晩で百体の敵を倒すとすれば、共闘状態なら半分以下になる可能性もあるレベルであり。これではゆかりたちの倒す数が増えたとしても湊単独で戦った方がいいくらいだ。

 数値によって実力差を理解したゆかりもそう言われると何も言い返せず。しかし、気分が治まらなかったことで追加のケーキを頼むと、紅茶のおかわりを飲みながら湊の置いていったお金でやけ食いをしてから寮へ帰っていった。

 

 

深夜――マンション“テラ・エメリタ”

 

 影時間も明けて時計の針が一時を指した頃、湊は現実世界の時間にして数週間ぶりに家に帰った。

 ラビリスとコロマルが既に寝ていると思って静かに扉を開けたが、リビングにはまだ明かりがついていて、玄関の扉が開いた音に気付いたラビリスがムスッとした表情で彼を出迎える。

 

「おかえり」

「……ただいま」

 

 彼は誰も起きていると思っていなかったが、少女の反応からするとわざわざ待っていたらしい。別に帰るとも何も伝えていなかったのだが、コロマルがバルコニーで寝ているので静かにと一言注意しつつ廊下を歩く彼女は湊に色々と聞いてきた。

 

「ご飯はどうしとったん?」

「今朝、岳羽がカロリーチャージのココア味をくれた」

「はぁ……やっぱ食べんとおったんや」

 

 行方をくらませて数週間経っていたというのに、食事を聞かれて今朝のことを答える時点でおかしい。彼のマフラーには食料が大量にはいっているはずだが、何日も戦い続けておいて食事もしないなど身体に悪いとしか思えず、私室に入って着ていたコートを脱ぐなど着替えるのを手伝いながらラビリスは心配したんだぞと彼に伝えた。

 

「勝手に感情消しとるし。かと思ったら行方くらますし。ホンマに心配ばっかさせんといてよ」

「……必要な事だったんだ」

「それでもや」

 

 彼が目的のために動いていることは分かっている。影時間を終わらせ、チドリやラビリスたちが平和で暖かな世界で生きていけるよう全力を尽くすのが彼なのだから。

 しかし、だからといって心配しない訳ではない。彼の性格を知っているからこそ、またどこかで無茶をしているのが簡単に想像出来てしまい、こうやって帰ってきて顔を見るまで安心出来ないのだ。

 

「先にお風呂にするん?」

「……別にどっちでもいい」

「それが一番困るんやけどね。まぁいいわ。ウチもまだ入ってなかったから」

 

 彼が身体の汚れを殺して清潔な状態を保てることは知っている。ただ、それでも普段はちゃんとお風呂に入っているので、とりあえずご飯の前にお風呂に入ってしまおうとラビリスも着替えを持って一緒にお風呂に向かう。

 話したいこと、聞かなければならないことは沢山あるが、今は無事に帰ってきたので別に良い。どんな事をしていたかは食事中に聞いていくとして、二人分の着替えを持っていたラビリスは脱衣所に到着するなりそれをカゴに放り投げ、急に彼の方へ向き直ると抱きつきながら背伸びをして唇を奪った。

 

「フフッ、おかえり湊君」

 

 急にキスされた青年は感情の消えた瞳でありながら少女を見て不思議そうにしている。

 少女にすれば触れ合うことで安心はより深いものになり。心配をかけたのだからこれくらいは許されるだろうといった考えだ。

 そして、相手の不意を突いたことで、悪戯が成功したように嬉しそうな笑顔を見せた少女は、そのまま自分と相手の服を脱がせると一糸纏わぬ姿のまま彼の手を引いて浴室に入っていき。久しぶりに一緒の入浴だったことで長い時間を一緒に過ごした。

 

 

 


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