【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第二百七話 テスト明けの過ごし方

影時間――タルタロス

 

 湊がまた登校するようになってからすぐに中間テストが行なわれた。決まった時期に行なわれるため慣れたものだが、一般的にはテストが終われば開放感に包まれて自由を謳歌しようとする。

 しかし、湊は授業とテストでやっている事に違いはあれど、拘束時間が長い事に変わりはないとテストが終わった日の影時間にタルタロスへやって来ていた。

 黒いロングコートを纏った彼の後ろには、またすぐどこかにいなくなるのではと疑っている少女らと一匹の犬が追従しており、階段や地下階層への扉のある開けた場所に着いた時点でラビリスが口を開いた。

 

「湊君がおらんかったから来るんも久しぶりやな」

「特別課外活動部の方も今日は来ないみたいだし。調子を戻すには丁度ね」

「わふっ」

 

 彼女たちは特別課外活動部のメンバーよりも高い実力を持っているが、自分たちだけでタルタロスを訪れる事はほぼない。

 というのも、青年と一緒にいるために自分たちも力を付けようとは思っているものの、現在開放されているフロアではボスが相手でも簡単に倒せてしまい。被害の拡大を防ぐためシャドウを狩ること自体も目的にしている青年と違って彼女らには旨みがないのだ。

 それならばEP社の地下演習場で実戦形式の訓練を積んだ方がマシであり、実際に少女らと犬は一緒に格闘術やペルソナの特訓をしていた。

 火炎スキルが得意なチドリとコロマルは共に炎の使い方を工夫していたし、ラビリスも固有スキルのストリングアーツで複雑な形状を瞬時に編めるように練習した。

 おかげでタルタロスにも通わず実力は伸びているが、やはり訓練と実戦では緊張感が違う。

 今日はそういった実戦の勘も取り戻せればと思っているが、少女らがエントランスで話していると、階段の影からヒーホーがひょっこりと顔を出し、湊の姿を発見すると白い光に包まれ姿を座敷童子に変化させながら駆けよってくる。

 

《……八雲…………今日は一緒……》

「……ああ、どうせあいつらは来ないからな」

 

 ゆかりが死なないよう保険として彼女には待機して貰っている。座敷童子にとっては一日は影時間の分しか進んでいないが、それでも愛しい我が子と離れていると寂しいのか、今日は一緒に回れると聞くと嬉しそうに小さな笑みを見せた。

 青年はそんな相手の頭に左手をかざし、自分と離れていても戦えるようエネルギーを送っているが、それが終わるまで暇だったチドリたちは周りを見渡してエクスカリバーが長くなっている事に気付く。

 

「……なんか前に見たときより伸びてるわね」

「ホンマや。地震とかで押し上げられたんやろか?」

 

 前にチドリたちが見たときには、危ないからと湊が押し込んだ事で鍔の辺りまで埋まっていた。

 しかし、いま見れば二十センチほど抜けてきており、勝手にこうなったのであれば影時間の度に塔が生える際の振動などによって押し上げされた可能性が考えられる。

 そんな簡単に動いて大丈夫かなと心配し、ラビリスとチドリが押したり引いたりするも、剣は微動だにせずやっぱり壊れているとチドリが柄に蹴りを入れたところでエネルギーの補充を終えた座敷童子が話しかけてきた。

 

《……それ……あの子たちが、ちょっとずつ抜いてる、の…………》

 

 彼女のいう“あの子たち”とは、ヒーホーの姿でお守りをしている特別課外活動部のメンバーの事である。

 見た目的には明らかに年下に思えるが、どれだけ譲っても中学生が限界の姿だろうと彼女は幕末から明治を生きた人間で、結婚と出産経験もある立派なレディーであるため、そんな彼女からすれば周囲から大人っぽいと言われる美鶴ですら幼い子どもに過ぎない。

 もっとも、そんな彼女もヒーホーの姿のときには子ども扱いされ、さらには性別を男だと思われて七歌たちに接されているが、その事は特に気にしていない座敷童子は七歌たちの慎ましい努力を見ており現在も継続中であることを全員に教える。

 すると、動くなら一気に引き抜いたら良いのではと純粋に疑問に思ったラビリスが、どうしてそんな面倒な事をしているのかと尋ねた。

 

「なんで一気に引き抜かんの?」

《……選ばれてないから……一日に二センチしか、ダメって……》

「剣のくせに人を選ぶなんて生意気ね」

「くぅーん」

 

 道具は使う人を選べないとはいうが、この剣に関しては例外であった。チドリはそれを生意気と切って捨て、耳を垂らしたコロマルは一つの武器を手に入れるため苦労する者たちを想い同情の鳴き声を上げた。

 もし、特別課外活動部のメンバーが少女らの言葉を聞けば、気持ちを分かってくれてありがとうと涙を流すに違いない。

 少しだろうと剣を抜けるのは七歌しかおらず、今も来れば抜いているのは意地になっているからだが、輝く刀身がここまで見える状態にするのも苦労したのだ。柄の長さと剣の幅から計算して今でようやく三分の一ほどと思われるが、残り三分の二を抜くにはおよそ一ヶ月は掛かると予想される。

 部活動や成績の維持など本業たる学園生活をしっかりとこなしながら、影時間には人々のためにシャドウと戦ってタルタロス攻略を行なうのは並大抵の苦労ではないはずだ。

 剣を抜くのはそのオマケかも知れないが、それでもここまで抜けた剣は少女らがタルタロスを訪れた証であり努力の結晶であることは間違いない。

 しかし、そんな事に一切の興味を抱いていない青年は、ただ危ないからと柄に手を置くとそのまま剣を奥まで押し込んだ。

 

「あ、せっかく三分の一くらい抜けてきとったのに」

「……俺には関係ない」

 

 せっかく頑張っていたのに可哀想だと眉根を寄せるラビリスに、青年は欠片の興味もないとたった一言返してモナドへ続く扉に向かってしまう。

 この剣の正統な所有者は彼であり、それを放置しようが何しようが自由だ。七歌たちの事情や努力だって知ったことではないと言われれば確かにそうだろう。

 ただ、それならそうで引っこ抜いてマフラーに収納しておいてもいいはず。彼のマフラーの中には使っていない武器も多数納められており、今更一振り増えたところで何の問題もない。

 それでも回収しないのは自分に聖剣が似合わないというただ一点のみが理由だが、昔のような状態に戻ってしまった彼に言っても無駄なので、ラビリスたちは黙って彼の後を追った。

 

***

 

 T字路の交差点に陣取った知恵の輪のような金属に絡みついた蛇型シャドウ、恋愛“淫欲の蛇”が全身から炎を放ち狭い通路を埋め尽くそうとする。

 しかし、黒いコートを揺らし左手に持った長大な白銀の剣を青年が振るえば、剣圧によって炎は中央から真っ二つに割れる。そうして剣の一振りで出来た道を駆け抜けた青年は、スキルを放っていたことで無防備な姿を晒していた敵に勢いのまま力任せに刃をぶつけて金属ごと叩き切った。

 硬い金属ごと身体を切られた敵は地面に落ち、そのまま闇に帰るように黒い靄となって消えてゆくが、敵を倒した青年はシャドウが消えるよりも早く動き出し、右の通路から迫っていた氷槍に大剣をぶつけて砕きながら防ぐ。

 モナドに出てくる敵は実に優秀だ。敵が最も嫌がるタイミングを知っているのか、交戦中ならば攻勢に出ようとしたタイミングを、戦闘が終わったなら終わった直後を狙って攻撃を仕掛けてきた。

 氷槍の向かってきた方向に視線を向ければ、混沌のキュクロプスが二体やって来ており、先ほどの攻撃を仕掛けてきたのはどちらかである事は確実。

 ならばと青年は駆け出し、大剣を左手に持ったまま右腕を黒い炎で覆って異形の巨腕に変えると、二体のシャドウが同時に放ってきたマハブフダインに向かって腕を突き出し炎の盾を展開した。

 敵に向かって青年が進めば、氷が巨腕の掌に触れる度に、ジュッ、と溶けた氷がそのまま蒸発する音が聞こえる。

 一瞬にして辺り一面を氷の世界に出来るほどの攻撃ですら容易に防がれ、それ以上の攻撃を持たぬシャドウは勝てないと判断し逃げようとした。

 だが、敵が迫ってから逃げるのでは意味がない。相手がスピードに乗っているのに対し、シャドウらは動き出しからスピードに乗るまで時間がかかる。

 まして、相手が人を超えた化け物ならば見えた時点で逃げていても遅いくらいであった。

 

「ハアァァァッ!!」

 

 逃げようとする敵に追いついた青年は、右手の巨腕を裏拳のように振るうことで手前の敵を壁に埋め込み動きを封じ、奥の敵には持っていた大剣をランスのように突き出して胴体を貫いてやる。

 それぞれを一撃で仕留められれば楽だが、流石に二体同時にやるのでは完璧とまではいかない。

 ではどうするかと思えば、これまで青年が着ていた黒いコートだった物が炎の様に揺らめき、背中側から黒い炎で出来た腕が二本伸びるとシャドウを掴んで燃やし始めた。

 彼が今着ているコートは満月の夜に着ているマフラーを変化させた物ではない。黒い腕を形成する要領で蛇神の力の欠片をコート状にしたものであり、元がただの影であることからすぐに形状や形態を変化させることで防御や攻撃など様々な状況に対応することが出来た。

 そうして、黒い炎に捕まれたまま敵が燃え散ると、青年は異形の巨腕を消してコートを元に戻し。そのタイミングで後から追ってきていたチドリらが息を切らして追いついてきた。

 

「ちょっと、少しはペース考えてよっ」

「ん、はぁはぁ、コロマルさんでも追いつけへんとか先行き過ぎやで」

「……わふっ」

 

 敵が現われる度に先行して倒しに向かい、それからさらに見つけて倒しに行くというのを繰り返していた事で、青年は少女らとかなり距離を開けてしまっていた。

 もっとも、犬で他の者よりもスピードに自信のあるコロマルだけは、かなりギリギリではあるものの付いて行けそうだった。

 けれどそれは、距離を離されないというだけの話であって、湊に近付いていける訳ではなかった。

 相手の攻撃に対処しながら敵を屠り、複数出てくればその分だけ余計な手間をかけて殺していながら、最後にはコロマルすら完全に振り切ってしまえば、肩で息をして呼吸を整える少女らも呆れるしかない。

 一緒に来たのだからもう少し考えろとチドリらが訴えれば、言われた湊はコートから複数の腕を出して幾重にも少女らを覆い。迫っていた砲弾を防いでから審判のカードを砕いて青い天使呼び出す。

 現われたアザゼルは少女らの背後に降り立つと、通路の奥の奥から攻撃してきた戦車“洗礼の砲座”を見据えて極光を放ち、過ぎ去った通路の表面を融解させながら敵も蒸発させた。

 

「……別に付いてこいと言った覚えはないからな。敵を殺してる俺に追い付けないなら、素直に諦めて上のフロアでも登っていたら良い」

 

 敵からの奇襲攻撃を防ぎ、カウンターでスキルを放つまで僅か四秒。カウンターが着弾して敵を殺すまではプラス二秒ほどと思われる。

 走り続けた疲労もあるのだろうが、完全に不意を突かれたチドリらは自分たちが対応出来るタイミングではなかったこともあって、余計に青年と自分たちの実力差を思い知らされ悔しい表情を浮かべるしかない。

 今の青年の強さは異常だ。以前から強いことは知っていたが、今日は魔眼を一切使っておらず、ペルソナだってカウンターの一撃に呼び出した以外は、チドリらと一緒に追いかけてきていた座敷童子しか出していない。

 記憶に紐付けされた感情を消して昔の状態に戻り、さらに数日間モナドに籠もったことで昔の感覚を完璧に取り戻して仕事屋時代の強さになったとチドリは思っていたが、仕事屋時代が精神状態や戦闘の勘の全盛期ならば肉体の全盛期は現在と言える。

 それら二つが噛み合ってまさに最高の状態に仕上がったとなれば、一言で言って化け物と呼ぶしかない強さも納得がいく。しかし、それらが様々なものを代償として支払って得られるものだと分かっている少女は、青年がそこまで自分を犠牲にしなければならないのかと辛そうな表情で尋ねた。

 

「……ねぇ、湊。刈り取る者だって倒せるほどの力を得たのに、貴方はまだ力を求めるの?」

「敵がそれ以下なら杞憂で済む。だが、人の手に負えない脅威が来る可能性を否定出来ない以上、これで十分と甘い見通しでいる事は出来ない」

 

 満月の度に他のシャドウよりも力を持った大型シャドウがやってくる。チドリたちもその事は聞いているし、だからこそ満月の日には美紀を桔梗組で保護していた。

 ただ、彼女たちが聞いているのはそれだけで、そのシャドウたちはどういった存在なのか、十二体全てのシャドウを倒せば何が起きるのか、そういった事は何も聞かされておらず、尋ねても湊が答えないせいで純粋にアルカナシャドウの強さしか脅威として認識出来ていない。

 

「それはそうかも知れないけど、だからって貴方が一人で何とかしようとする必要はないでしょう」

「うん、ウチらだってちょっとずつ強くはなっとるし。桐条の方でも新しいペルソナ使いは見つけてるみたいやん。一人では無理でもウチらの力を合わせたら出来るかもしれへんやろ?」

 

 だからこそ、彼がどうしてそこまで力を求めようとするのか分からず、何かあれば自分たちも一緒に頑張るとラビリスも微笑を浮かべれば、湊は一切の感情が籠もっていない冷たい瞳を少女らに向けて言葉を返した。

 

「……他人は信用しない事にしてる。任せて何かあったとき俺が傷つくなら信じた自分の馬鹿さ加減を嗤うだけで済むが、それが他の者を傷つければ目も当てられない」

 

 これは以前、ラナフで蠍の心臓にいたとき、武器の整備を他の者に任せないのかと聞いたレベッカに彼が答えた事と同じものだ。

 どれだけ備えて完璧だと思っていても、誰かの思い付きの行動などでイレギュラーが起こってしまうことは珍しくない。

 それがカバー出来る範囲のことなら何も問題ないが、備えていたものでは対応しきれないとなれば犠牲や不利益が生じることもある。

 彼はその生じたものが自分に向くなら構わないと思っている。任せるというのは一種の賭けであり、この場合は彼が賭けに負けただけの話だ。

 だが、その被害が他の者に及ぶとなれば償いきれない。なので、彼は他者の力は一切信じず、己の力すら疑いながら自分で何事にも対処しようと考えているのだった。

 

「私は他人じゃない」

 

 しかし、それを青年から言われた少女は、悲しみを内に秘めたまま怒った様子で言葉を返す。

 自分と彼は確かに血の繋がりもなく、戸籍上は他人であることは認める。それでも一緒に過ごしてきた十年という年月は存在し、その中で育んだ絆や想いがある。

 他人を信用しないというスタンスは分かったが、自分は“家族”だと少女が遠回しに言えば、青年はマフラーから青い縁取りのされた白銀の銃を抜いて腕だけを後ろ向きに引き金を引いた。

 

『っ!?』

 

 彼の突然の行動に驚いた少女らは彼の後ろに伸びる通路の奥に視線を向ける。

 響いた銃声は二発、火を噴いたファルファッラから放たれた銃弾は十数メートルの距離でもしっかりと敵を捉え、剛毅“天神の武者”の甲冑の胸部分を砕き、もう一発で頭部を兜ごと吹き飛ばして消滅させる。

 会話をしながらでもちゃんと周囲を警戒し、敵が出れば即座に殺す反応速度は恐ろしさすら感じるが、彼にとってはこの程度何でもないようで銃はすぐに仕舞って口を開いた。

 

「……家族だというのなら君は家にいてくれ。俺は君たちが戦うことに反対なんだ」

「それやと、ウチらが戦わんようになったら湊君も家におるんやんな?」

「俺の活動は無気力症の治療も兼ねている。君たちとは事情が違う」

 

 敵を殺した事で再び歩き出した彼は、治療目的も含んでいる時点でチドリたちが戦うのとは事情が異なると切って捨てる。

 大型シャドウを倒した直後は回復傾向にあるものの、無気力症の患者数は段々と増しており、EP社が余っていた広大な土地に病院を建てていなければ、近所の病院だけでは患者の受け入れすら厳しい状況になっていたほどだ。

 湊は事前にこうなることを見越して病院を建てておいた訳だが、いくら無気力症患者用の入院施設を作っていたとしても、現在のペースで増えるようではすぐに限界が来てしまう。

 となれば根本的な解決策が必要となり、大量のシャドウらを吸収している大型シャドウが現われるまでは、今回のようにシャドウらを狩って持ち主に戻るよう仕向ける必要があった。

 シャドウがどういった存在であるかの説明を受けている少女らも、彼がこうやって敵を倒し続けることの意味は分かるので、自分たちが今回何も出来ていない事を考えれば黙るしかなかった。

 そうして、チドリらも彼が戦うことに異論を挟まなくなると、湊は一人で先行しながら数十体のシャドウを倒し、チドリたちも座敷童子の力を借りつつ協力してシャドウを倒して力を付けていった。

 

5月24日(日)

午後――長鳴神社

 

 試験を終えた七歌は休日ということで久しぶりに買い物に出かけると、午後には長鳴神社の中を駆け回っていた。

 

「見よ、これが飛び込み大車輪だ!」

 

 境内を全力で走った七歌はその勢いのまま大きな鉄棒に飛びつき、腕を伸ばしたまま一回転して見せる。

 普通の人間ならば勢いに負けて手を離しそうなものだが、身体能力の高さにセンスも合わさって無事に技を終えた彼女はシュタッと着地し、それを傍で見ていた少女が瞳を輝かせて拍手を送った。

 

「わぁー! お姉ちゃんすごい!」

「フフン、もっと褒めるが良い。あ、でも舞子ちゃんはまだ危ないからダメだよ。高校生くらいになるまで封印しておいてね」

「うん!」

 

 七歌を尊敬の眼差しで見つめる少女の名は大橋舞子。以前、気まぐれに神社へ立ち寄った際に知り合いになり、どうやら訳ありの家庭のようで少女が一人で寂しい思いをせぬよう七歌も気に掛けて度々会っているのだ。

 舞子にしてみれば姉が出来たようで嬉しいらしく、一緒に神社の境内で遊んだりタコ焼きを買って分け合いっこしたりしたときには笑顔を浮かべている。

 もっとも、流石に家庭内の事情にはあまり踏み込めないので根本的な解決までは出来ないが、それでも一緒にいるときは楽しく過ごせるように気を配っていることもあり、両者の仲は非常に良好と言えた。

 

「ねぇねぇ、お姉ちゃん。ここって白いワンちゃんがいるんだよ。しってた?」

「ん? いや、一回も見てないから知らないなぁ。どこにいるの?」

「わかんない。前は一人でおさんぽしてたりもしたけどいなくなっちゃったの」

 

 舞子は七歌と出会う前から一人でよくここを訪れていた。そのとき、神社に住む白い犬と出会って何度か遊んでいたのだが、未だ一度として出会ってなかった七歌が居場所を尋ね返せば、舞子は残念そうに眉を寄せて最近は見ていないと答える。

 少女の言葉が真実で犬が一匹で散歩していたのなら野良の可能性が高い。となれば、いなくなったのは保健所に捕まったか、何かの事故に巻き込まれ死んでしまったのではと七歌は推測した。

 ただ、それを思い付いたまま口にすれば少女の笑顔が曇ることは確実であるため、もっとポジティブに考えようと七歌は別の意見を口にした。

 

「自分だけで散歩して帰ってこれるなら随分と利口な犬なんだね。もしかしたら飼い主が出来て貰われていったのかもね」

「そうなのかな? 一人はさびしいから家族ができたならうれしいね!」

 

 犬だろうとたった一匹でいるのは寂しいはず。新しい飼い主のもとで新たな家族と一緒に幸せに暮らしてくれていれば嬉しい。

 優しい少女が心からそう願って笑顔を見せれば、七歌も釣られて笑顔になって二人で笑い合った。

 愛らしい少女とその少女に慈愛の瞳を向ける美少女。二人の間にはコミュニティという絆が存在し、それがなくても七歌は寂しそうにする少女を放ってはおけなかっただろうが、オカルト的な物だろうと繋がりを示すものがあると嬉しいと七歌も思っていた。

 家に帰っても少女が辛い思いをするのなら、せめて一緒にいる間は笑っていて欲しい。そんな風に考えている七歌が舞子と一緒に楽しい時間を過ごしていれば、時計を目にした舞子が残念そうに呟いた。

 

「あ、もうこんな時間だ。舞子、おうちに帰らなきゃ」

「そっか、気をつけて帰ってね」

「うん。お姉ちゃんバイバイ! またあそんでねー!」

 

 いくら休みの日でも小学生が遅くまで外にいる訳にはいかない。設定されている門限までにちゃんと家に着いておくため舞子が別れを告げれば、七歌は再び会うことを約束して少女を送り出す。

 また遊んで貰えると分かって舞子も嬉しそうに去って行き、その背中が見えなくなれば七歌もやることがないので帰ろうかなと考えた。

 

「んん?」

 

 だが、七歌が帰ろうかと考えたタイミングで石段を登ってやってきた者がおり、その人物らに視線を向けた七歌は見知った顔がいたことで首を傾げた。

 やってきたのは合計三人。オレンジのフード付きパーカーを着た小学生くらいの少年、黒いキャップとタンクトップを身に付けたヒゲ面の男、そして休みの日のラフめな格好をした茶髪の少女だ。

 ヒゲ面の男と茶髪の少女は七歌と同じ寮で暮らす者たちなので知っているが、残る一人の少年については一切情報がない。

 またテスト明けの休日に順平とゆかりが一緒に行動していることも不思議で、何やら怪しい関係を想像した七歌はお参りしている少年を後ろで眺める二人にこっそりと接近し、少女の肩に手を置くと水くさいぞと声を掛けた。

 

「水臭いぜご両人。そういう事なら教えてくれれば良かったのに」

「あ、七歌。こんなとこで偶然だね。てか、急に何の話してんの?」

 

 突然現われてよく分からないこと言ってきた友人に対し、ゆかりは休日に外でばったりとは珍しいと思いながら、もう一回説明して欲しいと頼んだ。

 すると言われた七歌は、こういうのは言うだけ野暮だろとしらばっくれる相手に粋に笑って見せて返す。

 

「おいおい、そんな野暮なこと口にさせないでくれよ。大丈夫、美鶴さんたちには上手く言っておくから多少遅くなってもいいし」

「……はぁ?」

 

 一方、七歌に言われたゆかりは本気で意味が分からないと不快そうに眉を寄せ、目だけ本気になると普段よりいくらか低い声色で言葉を発した。

 

「七歌、笑えない冗談はやめてくれる? もしあんたがふざけて言ったことがある人の耳に入って誤解されたら、私は誤解を解くためにあんたと順平っていう犠牲を払うことに些かの躊躇いもないよ」

「いやぁ、オレっちも巻き込まれた側なのに一緒に戦犯扱いされるってどうよ」

「あんたが消えれば誤解も消えるでしょ」

「へいへい。ったく、ゆかりっちってば有里君が絡むこととなると冗談すら通じなくなるんだから」

 

 ゆかりが言ったある人とは彼女の想い人である湊のことだ。他の人に誤解されるのも迷惑極まりないので嫌だが、湊の耳に入って誤解されようものなら速やかに原因を排除して誤解を解かなければならない。

 あまりにマジな目でそれを口にしたゆかりに順平も思わず呆れ、持っていたジュースに口を付ければ、ならば本当は何をしていたのか改めて七歌が尋ねる。

 

「んで、本当は何してたの? 子連れデート?」

「七歌、私は友達には本気でぶつかっていくタイプよ。次はグーで行くから」

「先に説明すれば七歌っちもいわねぇってば。あー、子連れってのはあれよね。天田少年のことだろ?」

 

 新学年が始まった当初、七歌とゆかりはお互いに険悪な雰囲気を見せていた。

 事情を知らぬ者たちにすれば女子同士の争いは恐ろしくてしょうがなかったが、今日に関して言えば三人一緒だった説明も簡単に出来る。

 今までお参りしていた少年が順平たちの元へやってくれば、順平は丁度良いからと少年を七歌の正面に立たさせて自己紹介するように言った。

 

「はじめまして、天田乾っていいます。お二人とは神社に通ってるうちに知り合いました。今日は来る途中にゆかりさんと会って、暇だから一緒に行ってくれるって歩いてたとき、オクトパシーのタコ焼きを食べながら歩いていた順平さんにも会ったんです」

「そうそう。ゆかりっちが天田と知り合いとは知らなかったんだけどさ。まぁオレっちも買い物は終わってたからついでだしご一緒したって訳よ」

 

 そう。三人一緒だったことを説明すればたったそれだけだ。ゆかりと順平はそれぞれ別口で天田と知り合っていて、今日は偶然出会って一緒に話をしながらやってきたに過ぎない。

 面白みに欠ける真相を聞いた七歌は残念そうな表情を浮かべ、すぐに普段通りの顔に戻ると自己紹介してくれた少年に挨拶を返した。

 

「私は九頭龍七歌、この二人とは偶然同じクラスになって、寮も偶然同じってだけの赤の他人だよ。あ、皆から皇子って呼ばれてる有里湊君のことは知ってる? 彼とは従姉弟同士だから他人の二人と違って特別な関係だよ」

「天田君、こんな事言ってるけど自称だから騙されないでね。有里君は七歌のこと知らないって言ってるし」

「オイ、ピンク。私と八雲君の仲を嫉妬するのは分かるけど、そうやって子どもに嘘を教えるなよ」

「はぁ? 嘘も何も有里君は知らないって言ってたじゃん。おまけに半分無視されてるし、私とあんたのどっちが正しいかなんて一目瞭然でしょ」

 

 そして、少年の前で再び女同士のバトルが勃発する。

 七歌の場合は別に湊を男として見て自分が特別な存在になろうとしている訳ではないが、血の繋がりがあることをとても特別だと思っているようで、それを否定してきたゆかりを鋭い視線でキッと睨む。

 対して、ゆかりはゆかりで元カノという他者より一歩進んだ存在であると認識しており、影時間関連のことが片付けば再び告白して彼女の座に返り咲こうと思っているため、血縁者だろうが彼にとっての特別であろうとする者や自分の夢を阻もうとする存在に容赦する気はなかった。

 

「やめいって。初恋もまだな小学生に女子同士のドロドロした部分は刺激強いからな?」

 

 ただ、本人たちにとっては譲れない戦いかもしれないが、第三者からすればムキになって大人げないとしか思えなかったりするため、小学生の前という事もあって順平は柄ではないと自覚しつつ少女らを諫める。

 

「順平さん、お二人は有里先輩のことで何かあったんですか?」

「あー……説明は難しいけど、とりあえず有里君に関することなら相手より上に立ちたいっぽいぜ」

「へぇ、高校生にもなると人間関係も複雑なんですね」

「うん、この二人を一般的な高校生と見るのは間違ってるけどな」

 

 素直なのかませているのか判断に迷うが、天田は順平の説明で高校生なら七歌たちのような事も普通と認識したらしく、小学生の男子が女同士の醜い争いにトラウマを覚える事態だけは回避された。

 もっとも、七歌とゆかりは言い争っていないだけで互いに睨み合っているため、門限があるからと天田が先に帰ってしまえば、順平は本当にどうしようと頭を抱えたい衝動に駆られながら、偶然ロードワークに出ていた真田がやってくるまで途方に暮れていた。

 

 

 


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