【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第二百九話 風花の田舎暮らし

深夜――桔梗組

 

 泊まるには少なすぎる荷物を置いた風花はそのままチドリに風呂に案内され、旅館並みの広さを持つ脱衣所にまず驚いた。

 小さな内風呂もあるとの事だが普段から使っているのはこちらで、広い分掃除も大変なのが悩みだという庶民には理解出来ない愚痴を聞きつつ、後で着替えやタオルは持ってくるからと風呂で使うタオルだけ受け取り扉を開ければ、そこには高級旅館だと見紛うばかりの温泉が濛々と湯気を立て存在していた。

 本当にこんな豪華な場所に住んでいるのかと疑いを持ったが、温泉に浸かれば様々な悩みは全て吹き飛んでリラックス出来、チドリの肌の綺麗さはこれが理由だったのかと思わず納得したほどだ。

 そうして、思わぬところで温泉を満喫した風花は、脱衣所に置かれていた新品の下着と浴衣を借りて、湊たちの待っていた居間に戻った。

 

「あの、お風呂ありがとうございました。お家に温泉があるってすごいですね」

「フフッ、お風呂はうちの自慢の一つなの。内風呂も外と同じ天然の温泉を引いてて、その他の生活用水は井戸水を汲み上げてるから、喉が渇けば蛇口からごくごく美味しい水が飲めるのよ」

 

 お風呂上がりで頬を上気させた風花に扇風機の近くに来るよう言って、桜は相手にお茶を入れつつ我が家の自慢出来る部分を話す。

 温泉も井戸水も鵜飼の趣味と身体の弱い桜のことを考えた設備であり、おかげで桜もチドリもそれほど気を遣わずとも美容にいい暮らしが出来ているのだから、美容にも興味を持っている少女としては素直に羨ましいですと笑みを漏らした。

 どこか似た雰囲気のある風花と桜がそんな風に和やかに会話していれば、待っていた湊が入れ替わりで風呂に向かう。

 それを目で追って相手がいなくなったことを確認したチドリは、小さく嘆息してから携帯を取り出すとラビリスに電話を掛け、家で心配している少女に湊がこちらに泊まる旨を伝える。

 どうして湊ではなくチドリが電話するのか風花は不思議に思ったが、よく考えれば湊は変なところで適当な人物だ。そのため、別に一日くらい連絡しなくてもいいだろうと考え、相手が家で心配して待っているとも知らず連絡を入れないなんて事もしょっちゅうだからこそ、急にこちらに泊まることが決まればチドリが連絡することにしているらしい。

 友人らのちょっと不思議な家でのやり取りを見ていた風花は。湊がいない間に持ってきた荷物が本日の授業の用意そのままと追加した全教科のノートだけであることを先に話しておくため、鞄を持ってくると中身をチドリと桜に見せた。

 

「あの、実は泊まる用意とか何も持ってきてなくて。行き先も聞いていなかったし、荷物は今日の授業の用意とノート類だけなんです」

「……それで良いんじゃない? 湊は多分あなたが行方知れずになったと偽装するつもりみたいだし」

 

 そも、風花は今日だけ泊まるものだと勘違いしているようだが、湊が連れてきた時点でチドリたちは数日ここで風花を匿うものだと思っている。

 着替えや学校の用意全てを持ってきていれば家出と怪しまれるため、湊も風花に失踪した日の学校の用意以外はほとんど何も持たせなかったのだろう。

 けれど、湊の考えをあまり理解出来ていない風花は、行方知れずになったと偽装するには学校に行ったらばれてしまうのではと疑問を持ち、もしかして行ってはいけないのだろうかと心配そうな表情を浮かべる。

 

「え、でも、学校はどうしたら……」

「分からないけど、誰にもバレずに授業だけは受けられるんじゃない? そうじゃなきゃノートを持ってこいとは言わないでしょうから。ああ、教科書と資料集は湊が貸してくれるわよ」

 

 学校を休めると聞けば普通の子なら喜ぶ。別に学校が嫌いだからではなく、好きに自分の時間を過ごせるとして喜ぶのだ。

 その点、真面目過ぎる風花はズル休みは気が引けてしまうようだが、湊がノートを持ってこさせたのなら、リアルタイムか録画で彼女も授業を受けられるよう取り計らうつもりに違いない。

 湊のマフラーの中には不思議な道具が入っているし、ペルソナに便利な固有スキルを持っているものもいるので、出席を諦めることにはなっても授業を受けることは安心してくれていい。

 チドリがそう話して風花の心配を取り除こうとすれば、二人が話している間に布団の用意をしていた桜も戻ってきて、どうして湊が風花をここへ連れてきたのかを改めて語った。

 

「みーくんは山岸さんが考える時間を作ろうとしているんだと思うの。誰も貴女がここにいるとは思わないし、ここでならゆっくり過ごせるでしょうから、ちょっとだけお休みして心の整理を付けていきましょうね」

 

 娘を通じて己の劣等感を晴らすためか両親たちに家では厳しく言われ、学校では森山たちからいじられ日に日にエスカレートしていく毎日。これでは本当に心が安まる時など無いだろう。

 人を見るのが得意な桜からすれば風花の限界は近い。大人しい彼女が爆発しても周囲への被害はないだろうが、一時期の湊のように心が壊れてしまう恐れがあった。

 心が壊れるというのは人が持つ一種の防衛機能。生命活動を行なう最低限の機能だけを維持し、自身を破滅させる可能性を持ったシステムを司る意思の部分だけストップさせるのだ。

 それによって自分で動くことは出来なくなり他者の助けを必要とすることにはなるが、自分の命を守ることだけは出来る。

 もっとも、ここへ連れて来られた時点で風花の運命は変わった。チドリや桜にも伝えた事で、今後彼女が森山たちから何かされそうになれば湊は表立って動くことだろう。全てを裏で済ませてしまう事も出来るが、風花が人のいる場で何かされそうなら湊は相手を社会的に殺す。

 そうならないようチドリもラビリスに事情を話して湊の動きに警戒するが、今日はもう時間も遅いのでとりあえず寝室に移動しようとチドリは立ち上がり、荷物をまとめていた風花に声をかけた。

 

「じゃあ、寝室に案内するわ。とりあえず、今日は私の部屋にするけど明日からは客間を用意するから」

 

 居間を出て長い廊下を進み奥まで行くと、桔梗組で数少ない洋室であるチドリの部屋に到着する。

 そこには既に風花用の布団が敷かれており、机の傍に荷物を置くように伝えると、チドリはベッドへ座り、風花は自分にあてがわれた布団に腰を下ろした。

 初めてくる友人の部屋に風花は感心したように見渡しているが、整理整頓された室内を見ても楽しくないだろうとチドリが思っていると、風花が突然小さく笑って話しかけてくる。

 

「ふふっ、お友達の家にお泊まりって少しワクワクするね」

「……私は実家だからなんとも言えないけど」

 

 風花にとっては友人の家にお泊まりだが、チドリにすれば自分の空間に他人が一人いるだけである。

 昔のチドリならば湊と桜以外の他人が部屋にいれば嫌がっただろうが、風花とは既に親しい友人という関係であるため、気にした様子もなく目覚ましをセットしてから携帯をいじる。

 それを見ていた風花は湊と約束したので電源は点けられないが、充電だけはしておこうとコンセントを借り、充電コードと携帯を繋いだところで気になっていた事を尋ねた。

 

「ねえ、チドリちゃん。チドリちゃんもペルソナとか影時間を知ってるの?」

「ええ、湊と出会ったのもそれが理由だから」

 

 二人の出会いに関係していると言うことはおよそ十年前からということになる。それほど昔から関わっていると思わなかった風花は思わず驚くも、チドリもまた湊に助けられたのだろうと心の中で納得し、知っているのなら教えて欲しいと青年について抱いた疑問を口にした。

 

「あの、助けて貰ってこういうのもなんだけどね。私、影時間に会った有里君が怖かったの。タルタロスってところにいた敵よりも、もっと暗い何も見えない気配を街中で感じて、それに意識を向けたら逆に気付かれてやってきたのが有里君だった」

「……感知型には種類がある。貴女の場合は知覚を広げていくタイプなのかもしれないわね。それだと感知型なら“触れられた”と気付く場合があるから、逆にハッキングされることも警戒しないといけない」

 

 かもしれないとチドリは言ったが、実際のところ自分の予想は当たっているとほぼ確信していた。

 同じ感知型でも種類があり、その中で最も多いと思われるのが自分の知覚をソナーのように広げて、それに触れたものを感じ取るというタイプなのだ。

 チドリも美鶴もアプローチの方法は異なるが系統は同じ。そして、風花も意識を向けて気付かれてしまったのなら同じはず。故に、そのタイプが注意しておかなければならない点を説明しつつ、ただ一人別系統の感知型能力を持つ青年についてはあえて隠して話を続ける。

 

「……貴女が湊を怖いと思ったのは実力差が大きいから。あれは世界のバグ、自称なんてふざけたことを言ってるけど間違いなく最強のペルソナ使いよ。そこらの雑魚シャドウじゃ千体集まろうと敵じゃないもの」

「そ、そんなにすごいんだ」

 

 風花は実際にシャドウを見ていないので強さの基準が分からないが、それでも千体の敵に囲まれても勝てる場面を想像すればすごいというのは理解出来る。

 ここへ運ばれる間も彼は自由に空を飛んでいたため、塔の外壁を簡単に破壊したことも含めて戦闘力が高いことは確実。自在に空を飛びながら地上の敵へと目掛けて攻撃を放つ彼を想像し、自分の知り合いが悪い人でなくて良かったと風花は思った。

 

「ねえ、これからもっとペルソナとかについて聞いてもいい? タルタロスとか影時間とかよく分からないけど、私も関わって行かなきゃいけないんだよね?」

「関わり方は貴女次第。だけど、当面はそうね。影時間を終わらせる方法も分からないし、自分の身を守るためにペルソナくらい呼べるようにした方がいいわ」

「私も何か出せるようになるの?」

「実際に能力を見てないから分からないけど、呼ばずに能力を一部使えているなら簡単だと思う。まぁ、慣れるまでは怖いかもしれないけどね」

 

 風花はまだ一般のペルソナ使いが召喚する場面を見ていない。湊は何もせずペルソナを呼べるので参考にならず、彼女もどういった風に召喚するのか想像もしていないだろう。

 チドリの召喚器は湊がくれた特別な品なので貸せないが、まだ古い召喚器は残っているし湊も特別課外活動部のコピー品を持っている。

 もし、彼女が召喚方法を聞いて実物の召喚器を見ても練習に乗り気ならば、それらを彼女に貸してやればいい。相手の大人しい性格から考えれば、引き金を引くまでに時間が掛かりそうではあるものの、落ち込んでいた彼女が新しい事に挑戦することにやる気を見せるなら、自分は湊のフォローも兼ねて相手の背中を押すだけだとチドリは応援する立場を取ることに決めた。

 

「じゃあ、明日からお願いします」

「……分かる範囲だけね」

 

 明日からと言っても実際はチドリは学校にも行くので放課後になる。しかし、風花がどうやって授業を受けるのかまだ方法を聞いていないので、そろそろ風呂からあがったはずの湊を呼びに行こうか考えたとき、控えめなノックの音がして湊が部屋に入ってきた。

 

「……明日の着替えを持ってきた」

「あ、わざわざありがとうございます」

 

 風呂上がりで下ろした髪を緩く布紐でまとめた湊は、その手に風花の着替えを持っていた。

 受け取った風花は広げてサイズを確認しつつ、湊が持ってきたという事はチドリの服では無いのだろうかと少女の方を向く。

 すると、チドリは自分のではないと答えるように首を横に振り、風花の持っている服が彼女に似合いそうな大人しめながらも可愛らしい花柄のワンピースで、湊の服装のセンスが増している事に気付いた。

 

「随分と可愛いのも持ってるのね」

「まぁ、デパートがそのまま入ってると思ってくれて良いからな」

 

 服に限らず湊のマフラーには大量の物が入っている。それこそデパート並みの品揃えで、仮に天変地異が起きて世界中が飢餓に見舞われようと、家族を養うのに余裕で数年は保つだけの蓄えがある。

 現在、風花が身に付けている新品の下着も湊のマフラーに入っていたものであり、中に食材から兵器まで何でも揃っていると知っている少女は準備が良すぎる青年に呆れ顔を浮かべるが、服を届け終わってもまだ湊が残っていたことで、明日のことを説明しないのなら何故帰らないのだろうかと不思議に思う。

 

「そろそろ寝るけど、まだ何かあるの? もしかして夜這い?」

 

 後半はちょっとした冗談である。まぁ、去年のクリスマス以降、彼だけがこちらに帰ってきたときは、桜たちに気付かれぬように細心の注意を払いつつ一夜を過ごしては、実は桜にだけはバレているという事を繰り返しているのはここだけの話だ。

 とはいえ、いくら何でも家庭環境といじめ問題で精神的に弱っている少女を放り出し、家族だけでなく友人も同じ屋根の下にいる状況で隠れていたす勇気はチドリには無い。

 何より、今日はそういう雰囲気ではなく、湊は不明だがチドリは学校に行くので夜更かしも出来ない。

 そう思って相手からの返事を待っていれば、湊は形状を変えて帯にしていたマフラーに手を伸ばし、掌サイズの紙箱を二つ取り出して、ベッドと布団に座る少女らそれぞれの前に落ちるよう放り投げた。

 彼が投げてから紙箱が落ちるまで目で追っていた少女たちは、最初はそれが何か分かっていなかった。しかし、自分のすぐ傍に落ちてパッケージが見えた瞬間、もう一人の少女に見られてはいけないと急いで手を伸ばす。

 

「ちょ、ちょっと湊!」

「あ、有里君っ!」

 

 二人が手に取りパッケージを隠しながら青年に文句を言ったのはほぼ同時だった。

 彼が投げた紙箱の正体、それは彼の会社で作っている避妊具。青年と肉体的な関係を持っている二人は当然それを見たことがあったので、こういった物を何も知らないはずの友人の目に入ってはマズいと思ったのだが、互いに全くの同時と言って良いタイミングで隠したことで、“何故、貴女がそれを慌てて隠すの?”という疑問が湧き、次いで彼が口を開いた事で全ての事情を察する。

 

「……こっちに泊まるときはそういう約束だったろ。それに治療行為って言っていたのに山岸には最近してやれてなかったからな」

「い、色々と聞きたいことだらけだけど、貴方それ正気で言ってるの? 二人じゃないのよ?」

「え? ええっ!? も、もしかして、今からその、そういう事をするつもりなんですか!?」

 

 チドリに対してはここ最近のお決まりであるため、風花に対しては記憶から感情を抜いて以降は会う時間がなくそういった行為をしていなかったため、湊は二人が揃っているので丁度良いと考えていた。

 けれど、少女らにとっては回数を重ねた今でも恥ずかしさが残っているというのに、友人も一緒となれば恥ずかしさはこれまでの比ではなく、今後の付き合いを考えると気まずくてしょうがない。

 何より、青年が自分の目の前で他の女を抱くのを目にすれば、絶対に嫉妬してしまうので、友情にヒビが入るという意味でも全力で遠慮したかった。

 だが、少女らが不安を抱く理由が、人数が増えることで満足出来なくなるためだと思った青年は、感情の読めない金色の瞳を二人に向けながら指をバキバキと鳴らして拳を握ってみせる。

 

「大丈夫だ。一線は越えてなかったが多人数相手は訓練で経験がある。まかせろ」

「心配はそこじゃない!」

「心配はそこじゃありません!」

 

 何をトンチンカンな事を言っているのか。風花ですらちょっと怒り気味に声を荒げ、彼から距離を取るためベッドに待避してチドリの背後に隠れる。

 そして、チドリも余程の事が無い限りは見せない真剣な表情で彼を睨み、ハッキリと拒絶の言葉を吐いた。

 

「出て行って。じゃないと大声出して桜を呼ぶわよ」

「……今、この部屋は別の時の流れにある。どれだけ大声を出しても外には届かない」

「もっとマシなことに能力を使いなさいよ!」

 

 桐条鴻悦が求めた時を操る神器の一つの答え。それがこんなくだらない理由で使われるとは神でも思うまい。そして、青年の主治医であるシャロンがこの能力の使い方を聞けば“このお馬鹿”と青年の頭を叩くことだろう。

 彼の細胞は全て不死化して分裂回数のリミッターが解除されている。しかしそれは、いつ癌細胞化しておかしくない状態であり、薬が効かない彼が癌に冒されればすぐ全身に転移して死に至るのだ。

 よって、肉体への影響が未知数な時流操作とファルロスによる蘇生や治癒は行なうなと厳命されているというのに、青年は誰かを抱くときにはほぼ確実に時間を引き延ばすため使用していた。

 理由は彼の体力ならば朝まで交わろうと問題ないのだが、相手の体力を考えると休む必要があるからだ。なるべく時間を圧縮して長い時間を過ごし、解除してから相手をしっかりと休ませる時間を確保する。

 そんな風に彼なりに気を利かせた能力の使い方だったが、それは同時に外界からの隔離を意味し、助けを求めたかった少女らにすれば逃げ場がないという死刑宣告に近かった。

 

『――――――っ』

 

 これから自分たちがどうなってしまうのか恐怖に怯えた少女たちは、逃げようと決意を固めるも彼の背中から現われた黒い影の腕に身体を拘束されてしまう。

 彼の使う蛇神の影は尻尾や触手のような形状にも出来るのだが、ここで腕型にしたのは少女たちへの配慮だろうか。

 しかし、形状がなんであれ捕まった事実は変わらない。ゆっくりと近付いた青年は立たせた少女らの帯を解くと、はだけた襟元からするりと腕を入れて少女らの肌に触れる。

 優しく触れられるだけで身体が熱を帯びていき、敏感な部分に触れられたときには声が出そうになるが、すぐ傍に友人がいることで唇を噛んで我慢する。

 そうして、快感と羞恥に身を悶えさせ、顔を真っ赤にして声を我慢しなければならない生き地獄を少女らが味わいながら、三人の夜は更けていった。

 

 

5月29日(金)

早朝――温泉

 

 時刻は朝の五時半、まだ僅かに星が見える薄暗さだが、そんな時間に温泉に浸かっていた青年の両隣には彼に身体を預けるように座る少女たちがいた。

 午前一時頃から始まった行為は、圧縮された時の中では五時間以上、現実世界の時間にして二時間ほどで終わった。

 まだまだ余裕という態度で煙管をふかしていた青年に対し、二人で一人を相手にしたにもかかわらず少女らは足腰が立たなくなり、学校にも行くチドリにとって三時から寝た程度では回復しないということで、さらに圧縮した時間の中で六時間ほど休ませて貰い、ようやく現実世界の時の流れに戻ってきて汚れた身体を綺麗にしたという訳だ。

 行為が進んで行く中、途中からトランス状態にでもなっていたのか、少女たちは恥ずかしく思いながらも友人の前で青年の唇を貪ったり、相手の上に跨がって乱れたりしてしまったが、休んで少し頭が働くようになれば気まずさしかない。

 全ては温泉に浸かりながらリラックスしたように夜明け前の空を眺めているこの男が悪いのだが、彼の両手が少女らの腰に回され足を撫でていても反応しないあたり、少女たちもまだまだ本調子ではないようだ。

 何より、異常な状態だったことでいつも以上に興奮していたのは事実で、それは自分の性癖や性格によるところだろうという自覚があるため、少女たちは青年だけを責めることが出来なかった。

 ただ、それでもこれだけは聞いておかなければとチドリは身体を離すと青年を見つめ、しっかりとした口調で彼に問いかけた。

 

「ねぇ、泊めてる間は毎日こんなことするの?」

「……いや、俺は帰るぞ」

「……そう、それならいい」

 

 流石にこれから毎日では身体が持たない。そう思っていただけに、青年の答えを聞いたときにはチドリだけでなく風花も安堵の息を吐いた。

 そも、青年以外は先ほどまでの行為が異常だと認識している。恋人同士だろうと高校生で経験するだけでも早いというのに、付き合ってもいない男女が三人で行なうなど……。

 彼がこういった事を異常と思わないのは、裏の世界で生きていく中で必要になるかもと様々なスキルを習得していたせいだが、裏の仕事をやめたのなら正しい情操教育を桜や英恵から受けた方が良いように思う。

 無論、今回の件を理由として説明することは出来ないけれど、彼がこの先誰かと恋人になって結婚するときの事を考えれば、青年を正しい道に戻すのは早い方がいいに決まっている。

 出来るだけ早い内に湊にとっての母親である二人のどちらかには伝えておこうと思いつつ、そろそろ上がろうとチドリが立ち上がれば、風花と湊も一緒にあがることにしたようで、タオルで一応身体を隠しつつ彼女に続いて脱衣所へと戻ってゆく。

 まだ早い時間なので出来る限り静かに引き戸を開けるとそこには、

 

「――――三人とも、着替えたらリビングに来てね」

 

 ニッコリと微笑む桜が背後に荒ぶる炎のオーラを揺らめかせ立っていた。

 

***

 

 あの後、身体を拭いて髪を乾かし、着替えた三人がリビングに行くとテーブルのところに三枚の座布団が敷かれ、向かいの席に厳しい表情の桜が正座して待っていた。

 彼女が怒っている理由など考えなくても分かる。愛し合う二人が若さ故の過ちで同意の上からそういった行為に及ぶのならある程度は目を瞑るが、いくら何でも三人でそういった事をするのは倫理的に認められないという事だろう。

 諫めることや軽く注意することはあっても、桜がこのようにハッキリと怒っている様子で説教しようとする事は殆ど無い。

 それだけに普段とのギャップから余計に恐ろしく感じて少女らがビクビクしながら青年を挟むように座れば、桜は凜とした態度のまま口を開いた。

 

「三人とも私が何を言いたいか分かる?」

『……はい』

「……いや」

 

 反省して落ち込んだ様子の二人に対し、青年だけは本気で分かっていない様子で首を傾げる。

 その瞬間、少女たちは嘘でもいいからここは「はい」だろと彼の頭を叩いてやりたかったが、特殊な育ち方をしているせいで感性がずれている青年が相手だけに、桜の方も相手が開き直っている訳ではないと分かって困った顔をしている。

 怒っているのがイリスであれば、ずれている青年だけ後回しにして少女たちに若い頃から歪んだ性愛を経験すると苦労するぞと諫めるのだが、残念ながら桜は身体が弱いことと極道の一人娘であったことで彼氏がいたことすらなく、大学院を出てすぐに二人の母親になったのでそちらの経験はない。

 よって、人生経験の豊富な先輩としてのアドバイスや説教は出来ないのだが、ここは改めて一般的な倫理観や道徳の方面から攻める事にしたらしく、キリッと表情を引き締めると言葉を続けてきた。

 

「あのね、まだ高校生とはいえ身体は出来ているから、若さが暴走してそういった行為に及んでしまう事もあるとは思うの。褒められた事ではないけど、ちゃんと二人が互いを想ってするなら、しょうがないとも思うから私も止めないわ」

 

 言って、勿論避妊等の最低限のことをちゃんとした上でならと付け加える。

 子どもは大人が考えている以上に成長しているもので、親も常に相手に目を届かせることは出来ないため、暴走するくらいなら条件を守った上である程度は認めた方がいいという判断だ。

 門限から男女交際のルールまで、ありとあらゆることを決めて子どもをコントロールしたがる親と比べれば、桜は子どもの意見も聞いてくれるので子どもにしてもありがたいだろう。

 しかし、いくら子どもたちの自主性を認めると言っても、流石に限度があると彼女は言葉を厳しくする。

 

「でも、今回のあなた達の行為はそうじゃないわよね? みーくんが二人と同時に付き合っているなら、それはそれで問題だけど特例として認めなくもないわ。だから聞いておきたいのだけど、あなた達の関係はどうなっているのかしら?」

 

 湊の器量があれば複数人と付き合うくらいはありそうである。女子の方もそれでもいいからと付き合いたがる可能性があるため、親としては複雑だが恋人関係を認めなくもない。

 よって、正確に状況を把握するためにも、現在の彼らをとりまく関係がどうなっているのか桜が尋ねれば、場の空気に取り込まれていない湊がさらりと答えた。

 

「山岸とはカウンセリングとして行なってる。チドリとは帰ってきたときの約束だからしてる」

「か、カウンセリング? えっとぉ……山岸さんはもしかして依存症とかなのかしら?」

「ち、違います! その、えっと、前に間違って有里君としてしまって、それから精神安定剤と同じ効果があるからってたまに誘われて……」

 

 カウンセリングと聞いて思い浮かぶのはスーツに白衣と眼鏡を装備した湊が、診断と称して診察室のベッドに風花を押し倒す光景。

 一部の層にはウケること間違い無しのシチュエーションだが、もしかして性依存症なのかなと尋ねて返ってきた言葉を聞いたとき、桜は湊がとんでもないことをしてしまったのではと険しい顔になる。

 

「みーくん、山岸さんに何をしたの? 事と次第によっては英恵さんも呼んで怒ってもらうよ?」

「ち、違うんです! 間違ってっていうのは私の勘違いが原因で、その、寝ている間にされてしまったと思って、ならせめて思い出に昇華させて欲しいって頼んだんです」

 

 勘違いで純潔を散らすことになった自分の初体験を話すのは恥ずかしいだろう。風花は顔を真っ赤にして涙目になりながらも、しかし、彼の名誉を守るために勇気を振り絞ってあの日のことを話した。

 けれど、哀しいことに風花の言葉は重要な部分が抜けていて要領を得ず、桜だけでなくチドリも首を傾げていると、湊が淡々と補足で説明を加える。

 

「前に貧血で倒れた山岸をホテルに運んだんだ。近くに寝かせて休ませる場所がなかったからラブホテルになってしまったが、寝ている間に俺がシャワーを浴びてきたことで勘違いが加速し、後は山岸の言った通り。精神安定剤というのも人との接触が安心感をもたらすという話で、色々と悩んでいた様子の山岸に一線を越えたなら深く悩まずカウンセリング感覚ですればいいと言っただけだ」

「……みーくん、もう少し一般常識のお勉強しようね。お医者さんとしての判断じゃなく、高校生の視点でも物事を考えられるように」

 

 彼が闇医者として働いていることを知っている桜としては、その知識と技術の高さは認めるものの、もう少し普通の子どもらしさを持って貰いたいと思わずにはいられない。

 人と異なる感性を持つ彼だからこそ救える者もいるのだろうが、デリケートな恋愛関係の話になれば彼の考え方は基本的にマイナスにしか働かない。よって、彼にちゃんとお勉強していこうと伝えれば、桜は気を取り直して話の通じる少女たちを大人として諫めた。

 

「事情は分かったけど、これからはこんな淫らな事はしちゃダメよ。その、みーくんが色んな女性とそういった関係を結ぶのは敢えて目を瞑るけど、ちーちゃんと山岸さんは自分がとっても価値のある女の子だって自覚を持って、相手が素敵な男の子でもどんどん条件を出して超えてくるまで許しちゃダメ」

 

 条件という高いハードルを超えてでも恋人になりたいという意思のある者でなければ、とても可愛い自慢の娘とその友人である少女たちには釣り合わない。

 だからこそ、かぐや姫気分で無理難題をふっかけろと桜は口にしたのだが、話を聞いた少女たちは同時に青年の方を見て、桜も彼なら簡単に条件をクリアしてしまいそうだと納得しかける。

 

「ああ、うん、みーくんが相手の場合は頑張って突っぱねて。簡単に許すような安い女じゃないって」

「でも、能力で身体の自由を奪われたら無理だし」

「うん、黒い腕で手足を捕まれて動けなかったもんね」

 

 同意の上だと思われた行為は実際のところ青年の独断であった。少女らの証言でそれを知った桜は完璧に作られた笑顔を見せると、少女たちに部屋に戻るように伝え青年だけをリビングに残し、丁寧に丁寧に何度も繰り返してしてはいけないことを教え込んだ。

 また、この件を英恵にも伝えられ、青年はそちらでも長い説教を受けることになるのだが、それはまた後の話である。

 

***

 

 早朝の説教も終わりチドリの部屋の換気や片付けが全て終わると、桜と子どもたちは一緒に朝食を食べていた。風花はこのまま家に残るので湊から受け取った私服のままだが、チドリと湊は制服姿になっており、食事を続けながらチドリは風花の授業について尋ねる。

 

「それで、この人の授業はどうするの?」

「……流行りの通信授業だ」

 

 言いながら彼はマフラーに手を入れて大きなテレビを取り出すと、それを近くのコンセントに繋いで電源を入れる。

 それを眺めていた三人は、いよいよもって彼のマフラーが猫型ロボットのポケットに思えてならなかったが、湊がその国民的アニメを知らない可能性が高いため、あえて何も言わずに画面を見てみるも何も映らない。

 無論、出入力のコードを差していないので映像は何も映らないのは当然だが、湊が見ておけと言って素直に少女らがさらに見ていると映像が流れ始めた。

 それは今彼らのいる部屋を上から見た映像で、どうしてそんな物がと上を見てもカメラなど存在せず不思議でしょうがない。

 試しにチドリがカメラのあるであろうポイントにハンカチを投げてみるも、映像は乱れることなく映ったままで、どういった技術なのか疑問に思った風花がそれを聞いた。

 

「あの、これってどうなってるんですか? 見えないカメラでもあるのかな?」

「……このモニターはある技術を応用して俺の能力の受信機として開発したものだ。映っているのは俺の能力で見ている光景で、カメラワークに制限がないから結構自由な角度で見れる」

 

 モニターは未来的な技術を多数内蔵したEデヴァイスの一部機能のみを使えるようにと、現代の技術と素材で再現した劣化コピー品だったが、湊の能力の受信機としては正常に稼働しており。

 青年は何もしていないというのに、まるで撮影用のラジコンヘリが移動しているようにカメラの視点を動いていく。

 テーブルの周りを見ていたと思えば地面すれすれになったり、そこから少し上を向いたときに立っていたチドリのスカートの中が映りかけて青年が蹴られたりもしていたが、音声も聞こえてズームも自在だと分かって、これなら遠隔授業も完璧だと風花はちょっとした感動を覚えた。

 家に置いてきてしまった教科書や資料集も全教科分を湊が出してくれたので、これで問題なく授業も受けられると安心する。

 もっとも、親にも黙って学校を休むのは気が引けるのだが、風花自身、自分がとても追い詰められていたことは分かっているので、ペルソナなど影時間に関わることを教えて貰ってから帰ってもいいだろうと思うようになっていた。

 そういった少女の心境の変化はとても大切で、両親や森山たちのとの関係はともかく、自ら命を絶つような危うさからは離れている証でもあった。

 かなりのショック療法ではあったが、湊が二人同時だろうと風花を抱いたことにも意味はあったようで、食事を取り終えた湊は見づらかったらモニターに話しかけるように言ってからバイクのタンデムシートにチドリを乗せて登校していき。

 それを見送った風花は世話になる代わりにと片付けを手伝い、桔梗組での生活をスタートしていった。

 

 

 


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