【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

210 / 504
第二百十話 騒ぎと訓練

5月30日(土)

朝――月光館学園

 

 生徒たちが丁度登校してくる朝の時間、月光館学園高等部の正門前では人だかりの出来る騒ぎが起きていた。

 後から来た者たちは何があったんだと先にいた者たちに尋ね、どうやら生徒が一人倒れていたらしいと話が広がってゆく。

 件の人物と思われる女生徒の傍には教師たちが集まっており、少しすれば救急車が到着して学年主任の教師が付き添い運ばれていった。

 朝からそのような光景を目にした生徒たちは「すごかったね」「怖いね」と口々に語っているが、そんな中で顔を青くしながら救急車の去って行った方角を見ていた少女が一人いた。

 明るい茶髪に意図的に焼いた小麦色の肌、派手なメイクにつけ爪やアクセサリーを多数付けた、所謂ギャルと呼ばれるタイプの少女の名は森山夏紀。

 彼女は湊やチドリと同じE組に所属する生徒だが、その風貌もあって周囲から不良と呼ばれるタイプの生徒とばかりつるんでいて、他のクラスメイトとはほとんど交流していなかった。

 そういった理由もあって顔色の悪い彼女に誰も声をかけていなかったが、救急車が完全に見えなくなった事で移動しようとした森山の傍に目立つ青年が一人立っており、相手が眼帯を付けていない左眼で森山を見ていた事で、不意を突かれる形になった森山はビクリと肩を揺らしてから相手に何か用かと突っかかっていく。

 

「なんか用? デカい図体で傍にいられるとジャマなんだけど?」

「……お前は最後だ」

「はぁ?」

 

 一体何の話なのか。相手とまるで話した事のない森山は言葉の意味が理解出来ず首をかしげ、天才と周囲から持て囃されるだけあって変人なのかと冷たい目を向ける。

 すると、話はそれだけだというかのように青年は去って行ってしまい、後に残された森山は言葉の意味への疑問だけが残って不完全燃焼に終わる。

 訳が分からない変人の相手など今後することはないと思われるが、これまで自分とは相容れないタイプの人間だと思っていた湊に対し、今日の出来事で余計に不信感が大きくなったことで、森山は湊に近付かないでおこうと心に決めて校舎へ向かってゆくのだった。

 

***

 

 女子テニス部に入部した七歌が朝練を終えて教室にやってくると、クラスは校門前で倒れていた生徒の話題で持ちきりだった。

 七歌が来たことに気付いた順平が手を上げて挨拶し、朝練のときに倒れていた少女を見たかと聞かれたため首を横に振って返すと、相手は期待が外れて惜しそうな顔をしていたので、ここまで話題になったことに疑問を感じていたこともあり、七歌はこれまでどの程度の情報を集められたのか聞いてみた。

 

「順平はどれくらい知ってるの?」

「ん、気になる? 気になっちゃう? まぁ、倒れてた理由とかは又聞きだったりで信憑性はビミョーなんだけど、とりあえずウチの学年の女子みたいよ」

 

 同じ学年であってもクラスが違えば一度も会話したことのない相手もいる。七歌の場合、四月に転入してきたばかりなので余計に知り合いがおらず、順平が倒れていた生徒のクラスと名前を教えてくれてもピンとこなかった。

 少女のそんな様子を見た順平は自分もそうだと笑ってフォローを入れ、時間潰しも兼ねてここまで聞いた倒れていた理由をいくつか話し、その中では持病や急性アルコール中毒が一番あり得るかなと個人的見解を返す。

 そんな風に二人が話していればゆかりも登校してきて、何やら疲れた様子だったことで何かあったのかと声をかけた。

 

「疲れてるっぽいけどどうしたの? 二日目?」

「違うから。てか、仮にそうだったとしても男子の前でする話題じゃないっての」

 

 机のところまでやってきたゆかりは、もう少し慎みを覚えなさいと七歌のおでこをピシャリと叩く。

 男子が女子の生理について知りたいかどうかは不明だが、ゆかりはそういうのを知られると気持ちが悪いので、男子も暮らしている今の寮では気をつけて生活していた。

 七歌や美鶴もその辺りはしっかりと分別を付けているため、誰かの時期がくれば風呂の順番等それとなくフォローし合っているが、七歌は元の性格もあって平気で軽口を飛ばすときがある。

 それは絶対に違うと分かっているからこその冗談なのだが、少女が“二日目?”とゆかりに尋ねたとき、一部の男子がこっそりと聞き耳を立てていることに気付いたゆかりは、思春期だろうともう少し自重しろと呆れ気味に溜息を吐き、自分の席に落ち着いてから疲れている理由を話した。

 

「校門のところで倒れていた子いたでしょ。昨日、その子が話してるのをちょっと見たから、先生にこんな様子でしたよって伝えに行ってたの」

「ほーん、それで?」

「まぁ、先生たちもそうかって感じだったかな。普段から素行がいい方じゃなかったみたいだし、夜通し行方不明からの発見ってことで事件性があるかどうか調べるみたい」

 

 生徒には事情をあまり話さないのが普通だが、前日の様子を伝えに行った生徒だと話が違ってくるのか、ゆかりは少しだけ聞くことが出来たらしい。

 もっとも、伝えに行ったのが倒れていた生徒のクラスで副担任をしている佐久間だったので、それなりに親しい者だからと教えてくれた部分もあるだろう。

 ゆかりから新たな話を聞けた順平は顎に手を当てて考え込んでいるが、七歌としては相手がE組の生徒ならば湊が何か知っているのではと考え、聞きにいってみようかと提案する。

 

「ねぇねぇ、八雲君に話を聞きにいかない? 同じクラスの子のことなら知ってそうだし」

「んー、多分無駄かなぁ。有里君って他人に興味ないからクラスメイトの名前も覚えてなかったりするのよ。何年か同じクラスになってる相手でもそれだから、不良っぽい子なら余計に関わりなくて覚えてないと思う」

 

 あれだけ人助けしている人間がそんな性格だとは誰も思うまい。しかし、しょうがないと苦笑する彼女にすれば湊が人間嫌いなのは常識であった。

 彼が人助けするのは弱者を助けるのは当然のことだから。他人を不幸にする存在が許せないので、己の出来る範囲で障害を排除しているのだが、幸か不幸か彼は他の者よりも出来る範囲が広かった。

 そうして助けているうちに正義の味方やヒーローのように讃えられるようになり、本人の知らぬところで彼ならば誰でも助けてくれるという噂が一人歩きしているのが現状だ。

 だが、彼は他の者に興味を持っていない。慕っている後輩の世話を焼くなど甘い部分はあるが、自分で出来ることを楽したいがために彼に頼めば冷たい言葉で断られるのだから、本人も言っている通り本来彼は他者と関わるのが好きではないのだろう。

 青年のことを従弟と呼んで慕っている七歌も、流石にそういった部分までは知らなかったようで、意外そうにしながらも残念だと口を尖らせている。

 情報を得たいのか、湊との話の種にしたかったのか、それは本人にしか分からないが、彼から有益な情報が得られそうにないと分かった七歌は一気にやる気をなくして机に突っ伏してしまった。

 そんな少女の反応を見て順平とゆかりは思わず笑ってしまい、倒れていた女子の件はここまでだとホームルームが始まるまで雑談で時間を潰した。

 

放課後――桔梗組

 

 本日の授業が終わり、湊の能力を利用した通信授業でしっかりと授業を聞いてノートを取っていた風花も、お茶にしようと桜に誘われたことで縁側に座り、熱いお茶と水饅頭を食べて湊たちが帰ってくるのを待っていた。

 やってきて一夜明けた日こそ両親に連絡しないで良いのかなと心苦しく思っていたが、携帯電話を湊に没収されたことで少し吹っ切れたこともあり、彼女はここでの隠居生活を受け入れつつある。

 両親になにも言われず、森山たちから苛められることもない。両親だけでなく友人や学校の先生には心配をかける事になるが、一番親しい部活メンバーの半数には事情を理解して貰っているので、授業もちゃんと受けられることもあり風花としては気持ちが楽だった。

 ここでの生活はチドリが起きるのと同じ時間に起きて一緒に朝食を取り、彼女が登校している間に片付けを手伝って、授業の時間はお茶などを飲みながらではあるが勉強に集中し、昼は桜と一緒にご飯を食べてから午後の授業を受けて、放課後はお風呂や屋敷の掃除を手伝いつつ食料品を買いについて行ったりしている。

 田舎だけあって知り合いもおらず、周辺を散歩することも問題なく出来るため、色々と制約が多くなるとばかり思っていた風花は拍子抜けしたくらいであった。

 

「もうすぐ来ると思うからもう少し待っててね」

「はい」

 

 隣で朗らかな笑みを浮かべお茶を飲んでいる桜に言われ、風花もつられて同じように微笑み頷いて返す。

 明日は日曜日で学校も休み。そのため、学校が終わってから湊がラビリスも連れてやってくることになっており、風花たちは彼らの到着を待っているのだ。

 影時間、ペルソナ、シャドウ、それらについて最低限の説明はチドリから受けており、知識としては理解することが出来ている。

 風花のペルソナは召喚せずとも相手の気配を感知出来ていると言うことで、ほぼ間違いなく探知型か探知能力を持っているとみられているが、未だに召喚自体は一度も行なっておらず、ペルソナ使いだとは聞いているチドリの召喚も見せて貰っていない。

 相手が敵でなければ見せたところでデメリットは存在しないが、どうせ湊が来てから召喚の練習をすることになるので、チドリが言うにはそのときにでも見せてくれるという話だ。

 宿るペルソナは基本的にそれぞれ姿が異なるらしく、湊の黒いペルソナが禍々しくも対極である神々しさや力強さも感じたことで、風花はチドリのペルソナも強さと美しさを兼ね備えた存在なのかなと密かに楽しみにしていた。

 そうして、お茶の時間を楽しみながら風花が桜と共に待っていれば、急に突風が吹いて庭に敷かれた砂利の一部にクレーターのような穴が開いた。

 

「きゃあっ」

「え? え?」

 

 突然のことに一体何が起きたのかと桜と風花は目を丸くするが、次の瞬間、何もなかった場所からチドリとラビリスとコロマルが現われ、最後に何やら帽子のような物を手に持った湊がクレーターの中心に現われたことで、先ほどの突風は彼らがやってきたことで発生したのだと分かった。

 しっかりと地面に降り立ったラビリスは風花と桜を見つけて手を振って挨拶し、コロマルも尻尾を振りながら嬉しそうに二人に駆け寄る。

 待っていた風花と桜はラビリスとコロマルを迎えるが、その後ろをゆっくりと歩いてくるチドリと帽子をマフラーに仕舞う湊に先ほどの突風は一体何だったのか尋ねた。

 

「みーくん、さっきの風は何だったの? 見えないくらい速く飛んできただけ?」

「……いや、ハデスの隠れ兜を使ってたんだ」

 

 言いながら湊は仕舞ったばかりの帽子を取り出して見せてきた。

 ハデスの隠れ兜とは、ギリシャ神話に出てくる冥府の神たるハデスの持っている被れば姿が消える兜のことだが、彼の言っていることが本当なら彼の持っている帽子を被れば姿が消えることになる。

 いくらペルソナなど不思議な存在がいると言っても、帽子一つでそんな事が可能なのかと二人が信じ切れずにいれば、湊が実際に目の前で帽子を被ってみせた。

 すると、彼が言っていた通りに一瞬で姿が見えなくなり、コロマルが姿の消えた湊を探そうと匂いを嗅いでいるが発見出来ないようだった。

 姿が消えるだけでもすごいというのに、匂いまで消えて犬が追跡出来なくなるとは高性能にもほどがある。それについて桜がどんな原理なのか尋ねようと思ったのだが、相手が消えたままなのでどこに向かって聞けばいいのか分からない。

 風花も一緒になってキョロキョロと辺りを見渡して湊の姿を探せば、立っていたチドリが庭の砂利を手に取って何もない空間に向かって放り投げた。

 その結果、ラビリスから三メートルほど離れた場所で不自然に砂利が落下し、姿は見えなくともそこに存在することが分かり、桜も居場所が分かって安心したように声をかける。

 

「みーくん、ありがとう。もう兜を脱いでいいわよ」

「……そうか」

 

 言われて兜を脱いだ湊が現われたのは、なんと砂利の落下した地点ではなく桜と風花の背後だった。

 これには二人だけでなくチドリたちも驚く。一瞬で移動した訳ではなく、彼は最初からそこにいた。ただ、兜を被ったまま背中から黒い腕を庭まで伸ばしていただけで。

 

「……小細工なんて卑怯」

 

 ちょっとした工夫で湊の居場所を看破したつもりになっていたチドリは、そんな伸縮自在の腕を出して居場所を偽装するなど狡いと湊を睨む。

 けれど、青年は黒い腕を消してから兜を仕舞いつつ、どこか卑怯なんだと感情の読み取れない瞳を少女に向けて返した。

 

「その程度で居場所がばれるなら意味ないだろ。触れている物も消えるからこそ色んな用途で使えるんだ」

「覗きにしか使わないくせに」

「全て見てるのに覗く理由がないな」

「……変態」

 

 ハデスの隠れ兜の効果対象は被っている者だけでなく、被っている者が触れている物も含まれる。

 先ほどチドリたちが突然現われたように見えたときは、湊が黒い腕でチドリたちを掴んだままタナトスで空を飛び、周囲から見えないよう兜で姿を消していたという訳だ。

 以前は超高高度を飛んで地上から見えないようにしたり、時流操作で視認出来ない速度で飛ぶことで姿を隠していたが、前者は同乗者の負担が、後者はいつ肉体に限界が訪れるか分からない湊の肉体への負担が問題となっていたので、先日テオドアから貰った無の兜にタナトスを融合してハデスの隠れ兜を作ってからは愛用するようにしていた。

 そして、無の武器や鎧とペルソナを融合してもペルソナ全書があれば再召喚は可能なので、隠れ兜を作ってすぐにエリザベスに呼び直して貰っており、タナトスは現在も湊の手持ちに存在している。

 隠れ兜とタナトスが同時に存在する矛盾について説明を受けている少女は、青年が他の者がいる前で堂々と覗かずとも裸体は拝めると言い切ったことで頬を染め、そのまま着替えてくると言い残し玄関の方へ逃げるように去って行ってしまった。

 一応、この場にいる女性陣は全員が青年を取り巻く女性事情やらを理解しているので大丈夫だが、流石に外でそういった発言をすれば少女たちの名誉に関わる。よって、桜の方からそれとなく諫めておくことにして、足を洗う必要のあるコロマルをラビリスが抱き上げて玄関の方へ向かうと他の者たちもようやく動き出した。

 

***

 

 制服から部屋着に着替え、コロマルも足をちゃんと洗って貰ったことで家の中を歩き回れるようになると、約束していた通り風花へのペルソナ講座が始まった。

 講師は一番詳しい湊が務めるが、彼の場合色々と他のペルソナ使いと異なる部分があるので、何かあれば補足出来るようチドリとラビリスも傍に控えている。

 そうして、マフラーからホワイトボードを取り出し、湊が魔眼殺しのメガネをかけて準備が完了したところで、以前から聞こうと思っていたことを風花が尋ねた。

 

「あの、前から聞きたかったんですけど、有里君のマフラーってどうなってるんですか?」

「……その質問は今しなければならない事なのか?」

「あ、いえ、あの、ごめんなさい……」

 

 聞けば親切に教えてくれる青年が相手だったことで、風花はこれまでと同じように尋ねただけだったのだが、返ってきたのは冷たい視線と突き放すような言葉。

 それを受けた少女は自分が悪いことをしてしまったと思い、半分涙目になりながらすぐに謝ったが、青年の方を見れば二人の少女が同時に彼を殴っていた。

 

「初っ端から何で泣かせてるのよ」

「気になっただけやのに、素直に教えてあげてもええやん」

 

 二人の少女が放った拳は青年の手で軽々と受け流される。実力差を考えれば当然の結果だが、別に彼をボコボコにすることが目的ではないため、攻撃が無効化されたチドリたちは、座布団に座り直すと湊に代わって風花の質問に答えた。

 

「湊のマフラーは特別なマジックアイテムで中に物を入れられるようになってるの。内部は時間凍結されるから、食べ物の保存とかなら冷蔵庫とかより高性能よ」

「オマケに収納の上限がないから何でも放り込んでおけるんよ。まぁ、四次元ポケット的なもんやと思ってもらったら分かりやすいかな」

「そうなんだ。さっきの兜もだけど有里君って不思議なものを色々持ってるんだね」

 

 風花も聞く前からそんな気はしていたが、ラビリスが四次元ポケット的なものだと口にしたことで、やっぱりそういったアイテムだったかと予想が当たったことに内心で喜ぶ。

 少女たちに勝手にばらされた青年は気にしていないのか、今はホワイトボードにこれから説明することを書き込んでいるが、風花も少し気になっていただけだったので、マフラーの謎が解ければ今度こそペルソナ講座の始まりだと聞く姿勢になった。

 

「……もういいのか?」

「うん。いきなり話の腰を折ってごめんなさい」

 

 別に湊も怒って先ほどのように返した訳ではない。元々ペルソナの話をする予定だったので、先にそちらを聞いてからでいいのではと思って聞き返しただけだ。

 しかし、今の湊は感情が読み取りづらいので、彼をよく知るチドリたちも彼が怒っていると勘違いしてしまった。

 彼がイレギュラーを嫌がるタイプであり、説明しようと思った矢先だったことも勘違いされた要因の一つだが、とっくに気にしていない彼は準備が出来たならと説明を始めた。

 

「まず、ペルソナとは己の精神の一部、無意識の領域に存在する己の精神の根幹と捉えてもらっていい。本来、人は人のままで精神を具現化することなど出来ない。しかし、現実世界が影時間という異界と繋がることで、影時間に適応するべく具現化出来るようになるんだ」

 

 説明しながらホワイトボードを指す湊。そこには無意識の領域について絵で描かれており、風花の心の中でも極狭い範囲が今回の話の核である無意識の領域だと示されている。

 本来異能など持たない人間が、影時間という異なる理の世界に触れることで異能を発現させる可能性を持つようになるが、風花はその説明を聞いて「アレ?」と首を傾げた。

 

「あの、有里君は影時間じゃないのにペルソナを呼んでましたけど、影時間じゃなくてもペルソナって出せるんですか?」

「既に力に目覚めていれば出せる。影時間中だろうと俺たちがいるのは現実世界だからな」

 

 いわれて風花も成程と納得する。影時間は自分たちのいる現実世界を上書きするように出現している。ベースはあくまで現実世界なので、影時間に力に目覚めたとしても力は残るという訳だ。

 簡単な説明ながら理解して貰えたようなので、続きを話すぞと湊は話を進める。

 

「次に、ペルソナを呼び出す方法だがコツが分かれば道具を使わなくても呼べる。だが、速度や確実性を重視するなら召喚器という補助器具を使った方が楽だ」

 

 そういって彼がマフラーから取り出した物をみて風花は目を見開く。

 光に当たって鈍く輝く金属の塊は、どこからどう見ても拳銃である。勿論、本物など見たことはないが、玩具にしては出来が良すぎて怖さすら感じるため、風花は少々怯えた様子を見せながら湊に尋ねた。

 

「え、これ、拳銃ですよね?」

「弾は出ない。弾倉の部分に黄昏の羽根という能力を補助するものが入っている。これで自殺アクションを行なうことで、死を意識して無意識の領域からペルソナを引っ張り上げるんだ」

 

 頭に銃口を向けて引き金を引く。とても簡単だろうと言ってくる湊に風花は引き気味だ。

 そも、自殺アクションという単語があるのかも不明だが、弾は出ないと言っても銃は本物。それを使って自殺の真似事をするなど正気の沙汰ではない。

 今回も青年が独自の感性で間違ったことを言っているのではと思い、風花は彼の傍らにいる友人たちに視線を向けるが、二人の少女はとくに何の反応も見せていなかったことで、彼の言っていることが本当だと思い知る結果に終わる。

 

「あ、あの、本当にこれじゃないとダメなんですか?」

「……別に死を意識出来るならナイフでもいいぞ」

「ナ、ナイフはちょっと……」

 

 召喚のトリガーが死を意識することである限り物騒な形になるのは避けようがない。他の方法を青年から教えて貰うも、ナイフの方が生々しいので余計に怖いと感じた風花は尻込みしてしまう。

 少女のそんな反応を見た他の者たちは、やはり普通はこうなるなとある意味予想通りだったことで安心する。

 これで風花が躊躇いもせず召喚を試みていたら、死を恐れないほど自分の命への執着が薄れているとして心の状態を疑わなければならなかった。

 死を怖がるのは当然のこと。むしろ、そういった葛藤があるからこそ、召喚出来たときには大きな力が生まれるのだ。

 せっかく説明して貰ったというのに恐怖で召喚に挑戦出来ないでいる事で、青年たちに申し訳なく思っている少女へラビリスは大丈夫だと安心させるよう声をかける。

 

「風花ちゃん、別に今すぐやなくてええんよ。時間はあるんやし、とりあえず召喚器を持ち歩いて慣れていったらどうやろか」

 

 今の風花は死への恐怖と未知への恐怖が混在している。ならば、先に未知への恐怖を薄れさせる準備期間を設けてはどうだというのがラビリスの提案だ。

 流石に外で持ち歩けば呼び止められるだろうが、この家の中で持ち歩く分には弾もはいので問題ない。

 ラビリスが湊の方をみればホルスターを出してくれたので、それを受け取って召喚器を納めてラビリスは相手に渡した。

 

「湊君も言っとったけど弾は入ってへんからね。とりあえず、銃に慣れていこうな」

「う、うん。ごめんね。すぐに出来なくて」

「……それが正しい反応だから気にしなくていいわよ」

「うん、ありがとうみんな」

 

 丁寧に説明するだけでなく、召喚に踏み切れるよう気を遣ってくれる皆の優しさが嬉しかった。

 風花はそんな皆の気持ちに応えるためにも、頑張って慣れていこうと決意を新たにホルスターと召喚器を受け取り、召喚器に慣れる訓練を始めるのだった。

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。