【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

211 / 504
第二百十一話 怖い話

6月1日(月)

夜――巌戸台分寮

 

 学校から帰り、夕食なども食べ終わってから七歌たちがラウンジでのんびり過ごしていれば、順平がなにやらニヤついて話しかけてきた。

 理由は先日校門の前でE組の生徒が倒れていたのが、実は怨霊の仕業だという噂を入手してきたからというものだったが、何故だか真田と美鶴がその話に興味を示し、知りたいのなら教えましょうと順平も得意気になる。

 幽霊や怪談が苦手なゆかりはとても嫌そうな顔をしているが、ここで一人だけ部屋に戻れば逃げたようで負けた気持ちになるのか、彼女も席に着いて他の者と一緒にテーブルを囲んだ。

 ラウンジの明かりを消し、懐中電灯を持ってくれば準備は完了。雰囲気が出てきて楽しくなってきたのか真田は小さく口元を歪めて聞く体勢になっているが、全員集まったことで順平がいざ話そうとしたとき、彼よりも早く懐中電灯で自分の顔を下から照らし口を開く者がいた。

 

「じゃあ、洒落にならないほど怖い話を始めます」

「え? 七歌っちからスタート?」

 

 せっかく話す気満々になっていたというのに、いきなり七歌に主導権を握られたことで順平は面食らってしまう。

 しかし、他の者にすればあくまで余興であるため、リラックスした様子で腕組みなどしながら、どちらから話してもいいぞと七歌の話も聞く気になっている。

 こうなってしまうと誰が最初に話すか揉めている間にだれていくので、場の空気を優先した順平はションボリしながら七歌に順番を譲ることにして聞き手に回った。

 そして、懐中電灯で下から自分の顔を照らしていた少女は、他の者の準備が整ったところで静かに口を開いた。

 

「……四十二歳、童貞、高卒、フリーター」

 

 瞬間、場の空気が固まり全員がなんとも言えない表情になる。ワクワク顔を浮かべていた真田も一瞬で現実に引き戻された気分なのか、いたたまれない様子で言葉を漏らした。

 

「……確かにそれは恐ろしいな」

「ちょっ、それ恐さの種類ちげーから! つか、妙にリアルなのやめろって!」

「あんたは明日は我が身っぽいもんね」

 

 このメンバーの中では順平だけがそうなりそうだとゆかりは指摘する。もっとも、童貞というステータスを所持し得る男子は二人しかいないので、単純に成績から最終学歴の予想を立てただけなのだが。

 言われた順平は「そ、そんなことねーし」と動揺しながら必死に否定しているが、彼らの様子に構わず懐中電灯で自分を照らしていた七歌はぽそりと話を続けた。

 

「……行きずりの男と一晩の過ち、二ヶ月生理無し」

 

 これはまた胸にズンと来る重い内容である。男子たちは何も言えず顔を俯かせているが、女子たちは彼らよりも話の怖ろしさを理解していることで、女性として同じ立場になった場合を想像したらと素直な気持ちを話す。

 

「うわぁ、本当にそれマジで洒落にならないよね。認知させることも出来ないだろうし……」

「自分の軽率な行動も原因の一つだからな。相手だけを責めることも出来ない」

 

 一度の過ち一生の後悔。子どもに罪はないとしても、父親の欄が空白のまま生まれることになり、父親のことで苦い思いをした母親がしっかりと育てられるか分からない。

 自分はそんな事にはなるまいと女子たちは固く決意するが、自分たちの所属するコミュニティー内である一人の青年を中心に爛れた人間関係が形成されていると知ればどんな反応をするのだろうか。

 とはいえ、それはそれ、これはこれで七歌は自分の話はこれで終わりだと、まるでマイクのように持っていた懐中電灯を順平に渡す。

 

「私からは以上です。さ、順平どうぞ。空気はあたためておいたよ!」

「えー、この空気でオレの番かよ……はぁ」

 

 空気は温まるどころか極寒、共に現実味のある暗い未来についての話だったことで想像しやすかったため、話が始まるまで楽しそうにしていた真田すら今は真顔だ。

 これでどうやって夏の怪談のように盛り上げればいいのか分からず、順平は途方に暮れながらも精一杯の語りで行ってやると声を作り静かに話し始める。

 

「どうも、こんばんは。伊織順平アワーのお時間です。……世の中には、どーも不思議なことって、あるようなんですよ……ご存知ですか? 遅くまで学校にいると……死んだはずの生徒が現れて、食われるよ、って怪談……」

 

 誰の真似なのか分からないが、無駄に上手い順平の語りに一度冷え切った空気が再び熱を持つ。

 寒い方が怪談には向いていると思われるが、実際はそうでもない。そも、そうであれば蒸し暑い夏よりも冬の方が盛り上がる。

 一応、盆の時期というのも関係あるが、怪談をするには生暖かい空気の方が臨場感が出るため、少し頭がぼうっとしてくる温度が望ましい。

 明かりを消す前に空調の温度も設定変更しておいた順平は、真田たちが聞き入っていることを確認しながら、つい先日の事だがと言葉を続けようとした。

 

「……私の知り合いに」

「あ、なんか倒れてた子、前日の晩に学校に来てたらしいですね。んで、学校来てたから死んだ生徒の怨霊に喰われて倒れてたってオチらしいです」

「へいへーい、七歌っちよー。携帯で掲示板調べて先にまるっと喋るのは反則っしょー。どうすんのよこの空気、伊織順平アワーが開幕と同時に閉幕しちったじゃん」

 

 話す前にオチまで言われた順平はテーブルに額をぶつけそうになるほどガックリと落ち込む。

 懐中電灯で自分を照らしていたことで順平からはしっかり見えていなかったようだが、七歌は順平が話し始めた時点でテーブルの下で携帯をいじり、学校の掲示板サイトを開いて件の怪談とやらの内容を読んでいたのだ。

 原文は別に順平のようにアレンジはされておらず、純粋に倒れていた子を夜の学校付近で見かけたとだけ書かれ、他の者たちはその書き込みに対して、学校に行ったから幽霊に魂を持って行かれたんじゃないかと冗談を飛ばしている。

 七歌から携帯を受け取った美鶴も原文を読ませて貰い、その間に順平が空調の温度を戻して明かりを点けて帰ってくれば、美鶴は腕を組んで難しい表情で考え込んでいた。

 

「どうした美鶴? 今の話で気になる部分でもあったのか?」

「そうだな。私自身まだはっきりとは言えないが、この死んだ生徒の怨霊というのがどこから出てきたのかが引っかかってな」

 

 何がこうも引っかかるのか違和感の正体が分からないとしながらも、死んだ生徒の怨霊という怪談が出来るくらいには噂になっていると知って美鶴も驚いたらしい。

 噂は事実無根であってもトラブルの種になり易い。しかし、生徒会長という役職に就いていながら、生徒の間で噂になるほどの話題に今まで気づけていなかった。その事を反省しながら噂の元となった事柄について顎に手を当てて考え込んでいる美鶴に、真田が率直な疑問なんだがと一つ問いかけた。

 

「うちの学校で死んだ生徒なんているのか?」

「高等部という話ならいないな。だが、十年前の事故で多数の生徒が怪我を負い、さらに初等部の生徒が一人亡くなっていると聞いている」

 

 聞かれた美鶴は表情を暗くしながらも答える。自分のグループが引き起こした事故が原因で小学生だった生徒が一人犠牲になったのだ。当時の事故に美鶴は関係ないとしても罪悪感を覚えてもしょうがない。

 他の者たちもどう反応すべきか悩んだようだが、順平は事故には触れずに亡くなった生徒が存在した事実にのみ食いつき聞き返す。

 

「え? んじゃ、女子を襲った怨霊ってその生徒なんスか?」

「んな訳ないじゃん。倒れてた子って高等部から入ってきた子だよ? 十年前の初等部に通ってた子と接点なんてあるはずないし。てか、幽霊とかあり得ないし」

 

 順平の言葉を鼻で笑ったゆかりはあり得ないと切って捨てる。

 倒れていた生徒は高等部から入学してきた生徒だ。相手のことを知らないと言っても、中等部からいたゆかりもそれくらいは分かっていた。

 高等部から来た生徒がどうやって初等部に通っていた生徒と接点を持つというのか。噂では怨霊は恨みで女子を襲ったらしく、いくら何でも接点もない相手を恨むとは思えない。

 よって、怨霊など嘘っぱちだと強がりつつゆかりが言い放てば、順平の向かいの席に座っていた真田が不敵に口元を歪めて反論してきた。

 

「そうとも言い切れんぞ。うちは私立だからな。倒れていた生徒が公立の小学校に進学しただけで、幼稚園や保育園では同じところに通っていた可能性はある。怨霊が夜中に学校を彷徨く生徒と遭遇して十年ぶりの再会を喜んだ……なんて話も考えられるだろ?」

 

 そう。相手が幼少期にどこに住んでいたかは分からないが、小学校以前に出会っていた可能性がまだ残っている。

 二人は大の仲良しだったが一人が小学校を受験したことで離れ離れになり、十年の時を経て最悪な再会を果たしてしまった。なんて事も考えられるのだ。 

 せっかく精一杯の強がりで否定したというのに、真田のせいで再び可能性が浮上したことでゆかりは涙目になる。

 すると、ゆかりの援護という訳ではないが、今度は七歌が真田の意見をあり得ないと真っ向から否定した。

 

「いやいや、それはないですよ」

「何故そう言い切れる? 別に倒れていた生徒の経歴を知ってる訳じゃないだろ?」

「はい、倒れていた子に関しては知りません。ただ、死んだ生徒のことは知ってるのであり得ないって話です」

 

 少女の言葉を聞いた一同は驚いた顔をする。それも当然で、今年になってから東京にやってきた相手が、十年前の東京にいた人物のことを知っていると言われても普通は信じられない。

 けれど、相手が無駄な嘘を吐くような人物ではない事を知っている一同は、とりあえずどういう事なのかを確かめるべく、昔から島根にいたのではと尋ねた。

 

「あれ? 七歌っちって島根県民じゃなかったん?」

「へい、ボーズ。私は父親の実家と住んでた場所が島根だっただけで、生まれ自体は母方の実家がある東京なんだぜ。里帰り出産ってやつさ」

「へぇ、多分一生使うことはない無駄知識だわ」

 

 生まれは東京、育ちは島根。覚えていても使う場面はないと思われるが、七歌のプロフィールにまた一つ詳しくなったところで謎は解けずに終わる。

 彼女がどうして死んだ生徒を知っているのか。これは直接訊いてみるしかないだろうと判断し、ゆかりは身体を隣に座っている七歌の方に向けて単刀直入に訊いた。

 

「それは良いけどなんで七歌は死んだ子を知ってるの?」

「なんでってニュースになってたし、新聞にも犠牲者名簿が載ってたもん」

「当人だとちゃんと確認したのか? 広い日本で同姓同名なんていくらでもいるだろ」

「いや、百鬼八雲なんて珍しい名前は一人しかいませんよ。まぁ、死んだことになってるけど、本人はちゃんと生きてるんで怨霊はありえません」

 

 その名前を聞いて全員がそういう事かと理解する。七歌の話が本当であれば確かに死んだはずの生徒は名前を変えて生きているため、倒れていた生徒とどれだけ因縁があろうと怨霊としては干渉出来ない。

 ただ、それは美鶴の言っていた犠牲者と七歌の知っている犠牲者が、本当に同一人物であったならの話だ。

 

「美鶴が言っていた亡くなった生徒は九頭龍の従弟なのか?」

「ああ、そうだ。身内を亡くした生徒はいたが当人が死んだのは八雲しかいない」

 

 そう答えた美鶴に対して七歌は「死んでませんって」とツッコミを入れているが、他の者にすれば怨霊の正体について振り出しに戻っただけでなく、死んだはずの生徒が名を変えて生きているという新たな疑問が生じたことになる。

 七歌が普段から自信満々に確信に満ちた瞳で話すことで同一人物説を信じそうになるが、いざこうやって考えてみると湊は両親が死んでいる事以外は謎が多く、チドリも彼についてほとんど語らないので七歌の話の方が真実だと思えるくらいだ。

 一応、ゆかりは彼が桐条の研究所を脱走してから、どのような人生を歩んできたか聞いている。それをここで話すつもりはなく、むしろ墓まで持って行こうとすら思っているが、その話もあくまで十年前の事故に遭ってからの人生でしかない。

 世間では妖艶な雰囲気と中等部入学以前の素性が不明であるため、神秘的だとかミステリアスで良いとも言われているけれど、やはり自分の知り合いのことは気になるのか、順平は七歌の従弟である“八雲”を知っている美鶴に実際はどうなのか尋ねる。

 

「あの、有里君ってマジで七歌っちの従弟なんスか? 名前とか聞いてると色々違うんですけど」

「本人が否定している事が答えだろう。それ以上は私に聞かれても困る」

「でも、先輩は有里君の実家のこととか知ってたじゃないですか。七歌が転校してくる前から」

 

 ゆかりが特別課外活動部に誘われた際、美鶴は両親を失った彼が自分の弟になる未来もあったと言っていた。桐条家と付き合いがあって、別邸に住む英恵から可愛がられている子どもなど限られている。

 七歌も英恵が息子と呼んでいる時点で確定だと言っていたので、彼が素性を隠す理由は不明だが八雲本人である可能性は極めて高い。

 どうしてそれを理解している美鶴までもが真実を話さないのかゆかりも気になったが、指摘された美鶴は顔を僅かに俯かせて複雑な面持ちで黙ってしまった。

 これでは話が進まないと他の者が悩みかけたとき、湊にも七歌の従弟にもさして興味を持っていなかった真田が第三者の立場から思い付いた事を口にしてきた。

 

「単純にあいつが九頭龍の相手を面倒くさがっている可能性もある。美鶴や順平より岳羽の方が親しいんだからお前から聞いてみればいいんじゃないか」

「ん、そうですね。今度聞いてみます」

 

 言われてみるとそれも考えられる。あれで湊は人の好き嫌いが激しいので、七歌のように人の話を聞かないで纏わり付いてくるタイプなど湊は最も嫌がるタイプに違いない。

 会話を聞いていた七歌は真田に「ぶっ飛ばすぞ童貞野郎!」と自分が湊に面倒に思われているはずがないと怒っているが、ゆかりは友人の名誉のために敢えてスルーして今度本人に聞いてみることにした。

 雰囲気が以前のものに戻ってしまった彼が教えてくれるか不安はあるものの、チドリは彼の素性について話せる範囲をハッキリと線引きしているため、本人に聞かないことには真実には辿り着けない。

 そう思ってゆかりが決意を新たにしたところで、脱線してしまった話を戻そうと美鶴が仕切り直す。

 

「さて、話が逸れたが怨霊についてもう一度話し合おう」

「つっても、そんなのよくある話じゃないんスか? 昔死んだ生徒が……なんて鉄板ですし」

 

 順平の言う通り学校にまつわる怪談では死んだ生徒の霊ネタは鉄板だ。大会前に亡くなったエースであったり、イジメを苦に自殺した生徒であったり、バリエーションは豊富だが死んだ生徒ネタというジャンルは共通していると言える。

 お嬢様である美鶴もそういった知識はあったのか、順平の言葉に頷いて返しながら、それでもそこから地道に調べるのが最善だと告げる。

 

「確かに怪談としてはありふれた内容だ。しかし、その怨霊とやらの元となった生徒が誰なのか、どうして倒れていた生徒は夜の学校に来ていたのか。欠けているピースを埋める事が出来れば事件の詳細も明らかになるだろう」

「となれば調査が必要だな。丁度良い、倒れていた生徒と同じ学年の方が調べやすいはずだ。お前たちの方で情報を集めてこい」

『えー……』

 

 調査は任せたぞと言ってくる真田に二年生トリオは嫌そうな顔をする。噂の元を調べてくるだけで危険のない任務だというのに、三人が同時に嫌な顔をしたため真田の方も驚くが、嫌がる理由を聞き返す前に七歌が声を作ってわざとらしい演技を始めた。

 

「聞きました伊織さん、童貞さんったら自分が恐いからって後輩に頼まれましたのよ?」

「嫌ですわね九頭龍さん、その呼び名だとわたくしにもダメージが入るんでございますのよ」

 

 調べるのが面倒な七歌は真田を煽って自分で調べさせようと画策する。けれど、その呼び名は傍にいる少年にもクリティカルヒットでダメージを与えるものであり、言葉を返した後も「高二なら大丈夫、まだ普通だし」と自分に言い聞かせていた。

 後輩らのそんな態度を見ていた真田は直前に煽られていたこともあり、額に青筋を浮かべて不真面目な後輩ら怒鳴りつけた。

 

「ゴチャゴチャ言うな! 同学年故の調べやすさ以外にお前たちに頼んだ理由はない。適材適所であたるのもチームワークだ。ちゃんと自分の役割を果たしてこい」

『……はーい』

 

 怨霊の話がどんな真実に繋がっているのかは分からない。しかし、それにもまずは情報が必要なので、しっかりと調べてくるよう言われた三人は渋々了解し、雑用でストレスが溜まるのなら今日はストレス発散にタルタロスへ行こうかなと七歌が提案したことで、一同は本日タルタロスに挑むことが急遽決まった。

 

 

影時間――タルタロス

 

 上空から襲いかかってくるヴィーナルイーグルの攻撃を横に飛んで回避し、受け身を取りながら転がった七歌はすぐ振り向いてペルソナを呼び出す。

 

「フォルネウス、ブフ!」

 

 現われたエイのようなペルソナ、皇帝“フォルネウス”はヴィーナスイーグルの背後を取り、その翼に向かってブフを放ち凍らせてみせる。

 弱点である氷結属性を喰らっただけでなく、飛ぶための翼まで封じされた敵は固い地面に不時着し、その隙を逃さないとヒーホーが地面から氷柱をはやして敵を串刺しにする。

 その攻撃が決め手となってシャドウは黒い靄になって消えていき、周囲に敵の気配もない事から七歌はメンバーに警戒態勢を維持しつつ小休憩と指示した。

 

「ぶはー、マジで飛んでる敵はやりづれぇなぁ。オレの武器だと速さについていけねーし」

「まぁ、対空戦力としては岳羽の弓には勝てないからな。届かない敵にはどうしようもない」

 

 当てることが出来ればどでかい一発とコンビネーションを持つ男子二人は大活躍出来る。けれど、先ほどの敵のように空を飛ぶタイプが相手では射程圏外なため、二人はペルソナで戦うほかなく、中距離型の七歌や遠距離型のゆかりに頼ることになってしまう。

 敵にいいように翻弄されていることを悔しく思いながらも、自分の力をしっかりと理解している二人は事実を事実として受け止め、先ほど敵を倒したばかりの小さな仲間を労う。

 

「お前はいつもよくやってくれているな。一つを極めればどんな敵にも通じるんだと改めて思い知らされる」

《ヒホ?》

 

 戦いに慣れてきたと言ってもタルタロスを登って行くにつれ敵も強くなる。一瞬の油断が命取りになり、油断していなくても敵が強くて窮地に立たされることもあった。

 そんなとき、他の者のフォローが間に合わない状態でも、ヒーホーだけは氷結魔法を駆使して仲間を守り、攻守の要となって全員を助けてくれる。

 氷結魔法が効かない敵が相手でも、氷の壁を作って時間を稼いだり、吹雪で敵の視界を封じて仲間を助ける姿は、自分の力が通じないときどうすればいいと焦る真田たちの良い見本にもなっていた。

 通じないからと言って何も出来ない訳ではない。それを教えてくれる小さな仲間はチームにとって既になくてはならない存在になっていた。

 

《私のバックアップがもっと上手く出来れば、ヒーホーにばかりフォローさせずに済むんだがな。前線で戦っている君たちには本当に申し訳ない》

「お前は元々戦闘タイプだからな。補助して貰えるだけ十分だ。それに新戦力が後方支援タイプの可能性だってある」

「え、なんすか? 新しいペルソナ使いが見つかったんすか?」

 

 真田が口にした新戦力という言葉にいち早く反応した順平が詰め寄るように尋ねる。

 今もチームとしてまとまっていて、強くなる敵とも戦えてはいるが、ヒーホーを除けば一番の新人である順平は自分が先輩になるためペルソナ使いとしての後輩を待ち望んでいた。

 そんな人が見つかったなら早く連れてきて欲しいと目を血走らせて順平が言えば、真田は近いから離れろと相手にジャブを食らわせつつ候補者のことを伝える。

 

「離れろ順平。まだ適性が見つかっただけで、ペルソナは今後覚醒するかもしれないという段階だ」

「いてて……それでも仲間が増えるなら良いことじゃないですか」

 

 候補者でもいないよりはいい。適性がある時点で覚醒の可能性は高いのだ。

 新メンバーの登場に今からワクワクしてきた順平は、ここが一番大事なんですけどと前置きをして、その相手がどんな人物なのか真剣な様子で尋ねた。

 

「で、相手は女子っすか? それとも野郎? オレっち可愛い女子がいいなぁ」

「性別が何か関係あるのか? まぁ、相手はお前たちと同学年だ。そして知り合いでもある」

 

 知り合いでもある、そう言った真田は真っ直ぐゆかりを見てきた。

 ここで三人のうちの一人を見たからには、新メンバーはゆかりととても縁のある人物という事だろう。

 同じ学年、ゆかりと縁のある人物、そして候補者になるだけの高い適性を持っている者。それらの条件からある一人の人物を頭に思い浮かべ、もしかしてとゆかりが動揺していれば、

 

「え、まさか、それって……」

「ああ、E組の山岸だ」

「うわぁ、私の知らない子だぁ」

 

 予想外の人物の名が上がったことでゆかりと順平はずっこけ、唯一立ったままでいた七歌は知らない子ですねと笑顔を見せる。

 後輩らのそんな派手なリアクションを見た真田は首を傾げるが、立ち上がったゆかりは期待させておいて酷いですと真田を非難した。

 

「今度こそ有里君かなって思ったのに紛らわしいですよ」

「何が今度こそなのか分からん。俺は一度もあいつが候補者だなんて言った覚えはないぞ」

「はいはい、そうですね。てか、風花がペルソナ使いかもってどうしよ。あの子、物騒なのとか苦手だろうし戦うなんて無理じゃないかな……」

 

 湊でなかったことは残念だが、知り合いが仲間になってくれるのは嬉しい。しかし、相手があの優しくて大人しい風花となれば、戦いに向かないのでは心配の方が勝った。

 

《あくまで適性が見つかっただけだ。それに戦いが苦手なら非戦闘タイプのペルソナに目覚める可能性の方が高い。彼女とはまた話をしようと思っているが、岳羽が望むなら君もその場に同席してくれて構わない》

「あ、はい。そのときはまた教えてください」

 

 友達が心配なら話し合いに付いてきていい。美鶴がそう提案すれば、ゆかりもそれは助かりますと小さく安堵の息を吐く。

 一応知り合いではある順平と、相手を全く知らない七歌からすれば不思議な感じだが、大切な友人が相手となれば戦いに巻き込みたくないものなのだろう。

 自分にはそうまで思える友人がいるだろうかと考え込む二人に、美鶴がそろそろ先へ進もうと言ったことで一同は陣形を整え、どこから敵が来ても良いよう備えながら迷宮を進んでいった。

 

――桔梗組

 

 七歌たちがタルタロスを進んでいるのと同時刻、桔梗組の湊の私室には大型液晶で探索中の特別課外活動部の姿を眺める者たちが集まっていた。

 巨大なベッドの中央に座っていた湊は手の中で煙管を遊ばせつつ、ベッドの下でクッションに座っている風花に声をかける。

 

「……随分と心配されていたな」

「うん。でも、ゆかりちゃんたちはこんな風に戦ってたんだね」

 

 風花は湊の不思議な力は見ていたが、シャドウとの戦いは実際には見ていなかった。

 そのため、これもペルソナやシャドウを理解するために必要だからと、昼間は授業を受けるために使っている液晶で実際の戦闘を見せたのである。

 友達が武器を持って恐ろしい敵と戦い、足などに小さな怪我を負っている姿を見た風花は心配そうだったが、彼らの話題が自分のことになるとゆかりが心配してくれるのが嬉しかったのか小さな笑顔を見せた。

 

「まぁ、これくらいやったら別に心配せんでええけどね。一緒におる雪だるまのペルソナがいれば余裕で勝てる敵やねん」

 

 そんな少女に声をかけたのは、湊の左側でベッドに俯せになりながら観戦していたラビリス。

 彼女に敵の強さを計測する力はないが、フロア毎のシャドウの強さは記憶しているので、ヒーホーがいれば大丈夫だと断言することが出来たのだ。

 

「……けど、刈り取る者っていう強い敵もいるのよ。それが出たら流石にあれじゃ勝てないから、そのときは逃げるしかないわね」

 

 現状、あのフロアで警戒すべきは一体のみ。現われれば空気が変わり、鎖を引き摺る音が聞こえるので絶対に分かる。

 もしタルタロスに行くことがあるようならそれだけは頭に入れておいてと、湊の右肩に頭を乗せて寄りかかっていたチドリは静かに伝えた。

 

「皆はあんな恐いのと頑張って戦ってるんだね。私、全然知らなかった……」

「……知らないのが当然だ。むしろ、この時間に適応出来る方が異端だと思ってくれて良い」

「うん。でも、せっかく力を持ったから、明日からちょっとずつ召喚の練習も頑張っていこうと思うの」

 

 自分の知らない世界やそこで戦う友人を見た風花は、これまでの自分の常識がどんどん崩れていくのをハッキリと自覚した。

 こんな危険な世界にこれから自分が飛び込まなければならないのかと思うと恐くて震えてくるが、今はまだ湊たちが守ってくれている。

 ならば、自分が今すべきなのは一刻も早く自分くらいは守れるようになることだろう。

 まだまだ召喚器に対する恐怖は残っているし、自分に本当にそんな力があるのかという不安もある。

 けれど、自分の事は信じられなくても友人の事は信じられるため、ベッドの方へ振り返った風花は少し吹っ切れた笑顔を見せて特訓を頑張ると三人に宣言した。

 だが、そんな少女の決意の宣言を聞いた青年は、感情の籠もらない瞳を少女に向けたまま小さく呟いた。

 

「……どんな高尚な決意も全裸だと格好がつかないな」

『剥いだ本人に言われたくない』

 

 青年が呟いた直後、途端に三方向から同じ指摘が入る。

 仲良く四人で観戦していた訳だが、クッションに座る風花も、湊の傍にいる二人も、そして能力を使っていた本人も今現在一糸纏わぬ姿だった。

 別に彼らに家では裸で過ごすなどという習慣はない。しかし、ならばなぜ服を着ていないのかと言うと、特別課外活動部のことを教えると言って部屋に呼んだ青年が、やってきた少女たちの服を脱がして行為に及んだからだ。

 確かに影時間まではまだ時間があったが、先日桜に怒られていながら再びしてくるなど誰が予想出来るだろうか。

 今回初参加のラビリスも流石に多人数はインモラルにもほどがあると怒って抵抗したが、蛇神の力の欠片など生身で吹き飛ばせるものではなく、最後には彼の毒牙にかかってまともな思考力を奪われた。

 体力と技術、どれだけ抵抗しようと相手の自由を奪う異能、それら全てが凶悪に噛み合った相手に勝てるはずもない。行為を終えて疲れていた少女たちは、休憩とも言える観戦タイムに突入しても服を着る気になれず、時間が経つにつれ他の者がいる場でも全裸でいることに慣れて体力が復活してきた今も裸だったのが事の真相だ。

 そんな異常な状態にした張本人は間違いなく青年であるため、お前だけには言われたくないと少女たちが指摘すれば、青年はそうかと短く答えてそのままベッドに寝転がり、液晶の電源を風花に切らせると「今日はもう寝るぞ」と部屋の明かりを消した。

 翌朝、彼らを起こしに来た桜は裸のままベッドで眠る四人を目にするのだが、その後彼らが圧縮した時の中で数時間の説教を受けたのは言うまでもない事である。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。