【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第二百十三話 怪談の聞き取り調査

夜――巌戸台分寮

 

 風花がペルソナを手に入れ、理論的な説明などを受けて能力の勉強を進めている頃、寮に帰ったゆかりは昼間の件で未だにご機嫌斜めであった。

 ムスッとした顔でロビーのテーブルに座り、コンビニスイーツのプリンを頬張る彼女の姿は異様としか言えず、ソファーの方で携帯ゲーム機で遊んでいた順平も顔を上げるとどうかしたのかと心配して声をかけた。

 

「あー、そんなにプリプリしてどったのゆかりっち?」

「別に何でもない」

「いやぁ、プリンをガツガツ食べるって花の女子高生のする行動じゃないっしょ」

 

 怒っているのは一目で分かる。不機嫌オーラ全開でやけ食いのようにプリンを食べている以上、これで普通ですと言われても誰も信じない。

 非公式に男子の間で行なわれた校内女子人気ランキングでも、見事にトップテン入りするほどの美少女がスイーツとはいえやけ食いはいただけない。

 これでは男子たちも幻滅ですぞと順平が暗に伝えれば、プリンを食べていたゆかりは顔を上げると鋭い視線でキッと睨んで知るかそんなものとばかりに暴言を吐いた。

 

「うっさいハゲ! 話しかけんな」

「えー……心配しただけでハゲって言われちゃったよ。したら真田さんならなんて言われるんだ?」

「おい、こっちに飛び火させるな」

 

 順平の向かいのソファーでグローブを磨いていた真田は、女子の癇癪になど付き合っていられないとばかりにノータッチを貫こうとしていた。

 そこに順平が話題を振ってきたことで驚いた顔をすると、おい止めろ、と本気で関わりたくない様子で巻き込まれる事を拒否した。

 しかし、このまま皆の集まる場所で不機嫌オーラを放ち、声をかけるだけで八つ当たりされてはかなわない。よって、無関係でいることを諦め、事態の早期収束を図るべく真田は妹から聞いていた彼女が不機嫌な理由を他の者にも伝える事にした。

 

「まぁ、岳羽のことは美紀から聞いている。なんでも昼休みに有里から謂われのない暴言を吐かれたと」

「そうか。まぁ、彼はたまにキツい言葉も吐くからな。岳羽もあまり気にしすぎるな」

 

 あの青年は綺麗な顔で平然と他人の心を抉るような言葉を放つ。別にそれで有名という訳ではないが、美鶴の耳にも届く程度には学内でも知られているため、今はショックだろうが彼にとってはそれが普通なので気にしすぎるなと美鶴は後輩を慰めた。

 美鶴たちよりも付き合いの長い少女も、その事はちゃんと分かっているのだろうが、けれど言われた言葉が問題なのだとゆかりはぽそり呟いた。

 

「……どブスって言われたんです」

『……え?』

「だから、有里君にどブスって言われたの。それも二回」

 

 一同がなんと言ったのか一瞬理解出来ず聞き返せば、ゆかりは眉を寄せてムスッとしながらもどこか落ち込んだ様子で話す。

 彼女が別れた現在も湊のことが好きなのは一部では有名な話だ。それを知らないのは高校入学組くらいなもので、中等部からいた生徒に二人が以前付き合っていたと聞いて驚く者もおり、フリーになった現在も交友が続いていることで両者が納得した上での円満な別れだったのだろうと周囲から思われているくらいだ。

 しかし、そんな現在でも仲の良かった二人が、相手の容姿を貶す言葉を吐いて険悪になるなど何があったのか非常に気になる。

 ただし、そこに触れる前に純粋な感想として、ゆかりをどブスと評価する湊の採点はどれだけ厳しいんだと順平は呆れ気味に言った。

 

「ゆかりっちでどブスって有里君ってどんだけ面食いなのよ」

「そう? 性格キツいし、ブスではないけどどブスには当てはまると思うけど」

「ブスに性格なんて関係ないだろう。というか、その違いはなんだ」

 

 順平や真田はゆかりの容姿は整っていると思っている。内面や妹の友人という部分も合わせると付き合いたいとは思えないが、それでも目の保養にはなるというのが年頃の少年としての正直な気持ちだった。

 けれど、同じ年頃でも男子と女子では考え方が異なるのか、七歌は自分も湊の意見に賛成だと言って周囲を驚かせ。その言葉の真意を聞き出すべく真田が聞き返せば、七歌は単純に評価する部分の問題だと口にする。

 

「え? だから、ブスは顔面崩壊じゃないですか。で、どブスは内面崩壊ですよ」

「……なんで分かるの? 有里君も同じ意味で使ってたんだけど。彼にとってブスは見た目で、どブスは性格ブスなんだって」

 

 “ブス”と“どブス”、二つの言葉は本来そのような違いで区別されたりはしていない。

 だが、七歌にとってはそれが当然であるかのように、どブスは性格ブスのことなのだと他の者に説明した。

 それを聞いたゆかりはちょっと驚いた顔をして、彼以外にも同じ感性で二つの言葉を使い分ける者がいるとは思わなかったと言いながら、今度は溜息を吐いて明確に落ち込み沈んだ様子で言葉を続ける。

 

「はぁ……私ってそんなに性格悪いかな。そりゃ、お世辞にも上品なお嬢様とは言えないけど、だからって性格ブスってほど他の人に迷惑かけて傷つけてはいないと思うんだけど」

 

 他の者からでも性格が悪いと言われれば年頃の少女としては落ち込んでしまう。それが好きな相手となれば尚更で、しかも言い方が“どブス”と一見容姿のことを言っているようにしか聞こえないとなれば余計に傷は深いものとなるのも当然だ。

 普段の姿からは想像も付かない落ち込みように、少女を心配した美鶴はフムと言葉を選びつつ、そんな事はないから大丈夫だと励ました。

 

「岳羽の性格だが私から見てもこれと言って粗はないように思える。部活動にも精力的に励み、女子ばかりだが交友関係も広いと聞いている。もし性格に問題があればこの現状はあり得ない」

「まぁ、確かにそうっスね。ちょっとサバサバしてっけど、あんま親しくない男子にも割と親切にしてるし、それで勘違いしちゃうやつもいるくらいだし」

 

 美鶴に続いて順平もゆかりのことを褒めて大丈夫だと安心させる言葉をかける。一部の女子からは快く思われていないようだが、それは湊と親しいことに嫉妬しているだけなので、別にゆかりの性格に問題があるわけではない。

 本人が嬉しいかはともかく、男子からはその応対の態度も含めて人気があることを伝えれば、ゆかりもそうかなと少し元気になりかけた。

 だが、そうやって他の者が少女を慰めていると、

 

「ああ、悪女ってこと? 八雲君って貞操観念ちゃんとしてそうだし、そういうビッチ系は嫌いなのかもね」

 

 ここでまた空気を読めない女が余計な一言を放った。

 立ち直りかけていたゆかりは自分はビッチ系ではないと思いつつも、湊が自分のようなタイプが嫌いだと言われたことが大ダメージだったようで、顔面からテーブルに突っ伏して機能停止してしまう。

 突然のことに驚いた順平が慌てて駆け寄り声をかけているが、そんな彼らを見てから七歌がソファーの方に視線を向けると、何故だか美鶴が気まずそうに視線を逸らしていたので、直前の自分の言葉に何か意見があるのかと問うた。

 

「おい、みちゅる。何故そこで視線を逸らすんだい? 何かあるならお姉さんに言ってみ?」

「みちゅるはよせと言っているだろう。それにいつ君が私より年上になった」

「こまけぇこたぁいいんだよ」

 

 こんなのはキャラに過ぎない。今はそんなツッコミなどどうでもいいので、何かあるならハッキリ口にしろと催促する。

 年長者を年長者と思わぬ彼女の態度は褒められたものでないが、長い付き合いで相手の性格を把握していた美鶴は諦めたように頭に手を当て、首を横に振ると、しょうがないといった様子で口を開いた、

 

「やれやれ、まぁ視線を逸らしたのは有里のことだ。彼はお世辞にも貞操観念がちゃんとしているとは言い難くてな。むしろ、風紀を乱す側ですらある」

「え、マジっすか? あ、そういや、前に家に行ったら後輩ちゃんとラビちゃんと川の字で寝てたっけか」

「ヘイ、ボーズ。その話をもっと詳しく聞かせてみな」

 

 別に誰彼構わず手当たり次第に女子を喰っている訳ではない。そういう点においては十分信用に足る人物ではあるものの、自分の庇護下においた者、もっと簡単に言えば彼が親しくしている女子数名とは既に関係を持っていることが確認されており、それらの一部は恋人関係にない状態だとの情報も得ている。

 これらは全て美鶴が彼らと接している内に自然と得た情報なので、知っているのは総合芸術部の人間くらいだろうが、美鶴や教師である佐久間が黙認しているから問題になっていないだけで、学校に伝われば最低でも一週間以上の謹慎処分となり、事態が重く見られれば退学や転校も考えられた。

 とはいえ、彼と関係を持っていることが確認されているのはゆかりとラビリスのみであり、美鶴から見てチドリも怪しいとは思っているが証拠はない。であれば、前者は恋人、後者は同棲していることで、高校生として褒められない行為ではあるにしろ一定の理解も得られ、風紀が乱れているとは一概に言えないだろう。

 そのため、やけに食いついてきた順平と七歌が話していても、それ以上その話題に口を出すことはしなかったが、他の者がいつまでも生産性のない話をしていたことでグローブ磨きを終えた真田が口を挟んだ。

 

「くだらない話はそれくらいでいい。それよりお前たち、言っていた調査は進んでいるのか?」

『……?』

 

 聞かれた順平と七歌は頭の上でクエスチョンマークを浮かべ首を傾げる。そんな話ありましたっけとでも言いたげな態度に真田は血圧が上がるのを感じるが、真田が怒鳴る前に今まで機能停止していたゆかりが顔だけソファーの方に向けて答えた。

 

「一応、調べましたよ。ただ、これ以上の情報収集は現地調査が必要って段階になっちゃって」

「どういう事だ。詳しく話してみろ」

 

 調査をしていてどのような経緯でその考えに至ったのか。気になった真田と美鶴が真剣な表情で尋ねればゆかりはこれまで自分が調べた事を他の者に話した。

 同様の事件があって計三人の女子生徒が病院に運ばれたことは美鶴も把握していたが、彼女たちが知り合いでポートアイランド駅の裏路地の辺りにたむろしていたとは初耳だった。

 一晩中家に帰らなかった日もあったとの事で、その日も家に帰らぬまま朝になって発見されたとなれば、確かにその日の様子などを知っている者がいないか現地調査しかない。

 話を聞いて納得した様子の二人は、よく調べてくれたとゆかりを労いつつ、今後の方針について話し続ける。

 

「フム、それは確かに普段からたむろしていて彼女たちを知る者に聞くしかないな」

「だな。前日の様子などを覚えているやつがいればいいが」

「ちょ、先輩らマジっすか!? 知らないのかもしれないッスけど、あそこチーマーとかもいてチョーヤバいって噂なんすよ?」

 

 事件解決の糸口を見つけるため現地調査に乗り気な二人に対し、順平はそれは危険だと待ったをかける。

 というのも、二人は噂などに疎くて知らないようだが、二人が行こうとしている場所はこの辺りでも有名な不良の溜まり場なのだ。

 暴力事件などざらで、タバコ代わりに違法な薬物を吸引している者もいると言われており、さらに有名なカラーギャングやチーマーも出入りしていると言われている。

 そんな場所に女子連れで高校生が乗り込むなどライオンの前に餌をぶら下げるようなものであり、絶対に反対ですと想像するだけでビビった様子の順平は熱弁した。

 

「そんなの噂だろ。いざとなれば女子を逃がす時間くらい俺たちだけで稼げばいい。シャドウを相手にするより簡単だ」

「危険のベクトルが違いますって! つか、武器もペルソナも使えないんスよ?」

「なら余計に気をつけないとな。決行は週末の夜にしよう。お前らもそのつもりで予定を空けておいてくれ」

 

 危険なら用心すればいい。そういってグローブと整備用品を持って立ち上がった真田は、他の者らに予定日を告げて階段を上がっていってしまった。

 それに対し、驚くことに女子からは反対の声が上がらず、順平は完全にアウェーな状況に置かれながらも、おかしいのは絶対に他の者たちだとまともな自分がしっかりせねばと謎の責任感に目覚めていた。

 

 

6月6日(土)

夜――辰巳ポートアイランド・裏路地

 

 それから数日が経ち、一同は一度寮に帰って不良たちが集まり時間まで待ってから裏路地を訪れていた。

 お世辞にも清潔とは言い難い空間に美鶴は眉を顰めるが、狭い路地を通って拓けた場所に出れば、噂通りにガラの悪い若者たちが酒やタバコを嗜みながら直接地面に座り込んで談笑していた。

 中には七歌たちと同じくらいの年頃の女子も混じっており、倒れていた女子たちがここに来ていたという話もあながち嘘ではないように思えた。

 しかし、目的があって訪れたとはいえ、ここの常連たちからすれば七歌たちは見慣れない余所者であり、学校の制服を着ているとなれば余計に悪目立ちする。

 笑って話していた男の一人は面倒くさそうに立ち上がると、裏路地に入ってきた美鶴らを威嚇するように肩をいからせて近付き、余所者はさっさと消えろと立ち去ることを要求してきた。

 

「オマエらちっと遊ぶとこ間違ってね? 制服なんか着てこんなとこ何しに来たんだよ」

「君たちに少々聞きたい事があってな。二、三、質問に答えてくれるとありがたい」

 

 威嚇するようにメンチを切ってきた相手にも怯まず、美鶴はしっかりと相手の目を見ながら淡々と自分たちがここへやってきた理由を告げる。

 彼女の後ろでは順平が不良相手にビビっているが、真田や七歌も美鶴と同じように静かに相手を見ており、脅せば簡単に帰って行くと思っていた男の思惑は外れたことになる。

 けれど、その程度で逆に怯む訳もなく、相手の男は僅かに意外そうな顔をしてからすぐに小馬鹿にしたような軽い嘲笑を浮かべた。

 

「ぷっ、君たちだってよ。オマエら目上のもんに対する言葉遣いもしらねぇのかよ」

「その制服って月高だろ。あーあ、私立のお坊ちゃん学校の生徒がこれじゃ日本の将来は暗いねー」

 

 男の年齢は分からないが近くにいてヤジを飛ばしてきた仲間がチューハイの缶を持っていることから、一応は成人を迎えていると判断出来る。

 無論、それは相手がちゃんと年齢確認を受けて店で買っていたらの話だが、少なくとも美鶴たちよりも年上であることは確かだと思われるため、美鶴は自分たちに非がないと理解しつつも事を荒げたくなかったことで謝罪を口にする。

 

「言い方が気に障ったのなら謝罪しよう。すまなかった」

「オマエらの学校じゃちゃんとした謝罪の仕方も習わねぇの? しょうがねぇからちょっと俺たちが謝り方ってやつを教えてやるよ」

 

 だが、その言葉を聞いた男は全然ダメだなと首を横に振り、教えてやるからちょっと来いよと美鶴の腕を掴もうと手を伸ばしてきた。

 咄嗟に危険だと思って七歌は相手を蹴り飛ばそうと動きかけたが、七歌が動くよりも早く真田が美鶴の前に立ち男の手を阻んだことで、男は面食らって動きを止めて美鶴の危機も未遂に終わる。

 そして、仲間に余計なことをしようとした男を真っ直ぐ見つめた真田は、背後に美鶴を庇ったまま欠片も怯みもせず男に向かって言葉を放つ。

 

「謝り方を教えるのなら言葉で説明すればいいだろう。わざわざ触れる必要はないはずだ」

「バカかオマエ。しらねぇってんで親切に手取り足取り教えてやろうとしてんだろうが。つか、テメェらみたいな余計なやつはいらねーよ。レクチャーし終えたらちゃんと帰してやるからテメェらは先に帰っとけ」

 

 男たちにとって必要なのは女子だけだ。タイプは異なるけれど三人ともが別々の魅力を持っており、整った容姿と服の上からでも魅力的だと分かるスタイルに雄としての本能が刺激される。

 己の持つテクニックと雄としてのシンボルによって美しい顔を苦悶の表情で歪ませ、足の先から頭の天辺まで相手の身体の全てを支配したい。

 そう思った男は女子たちの身体に向けていた視線を正面に戻すも、そこには静かに敵意を向けてくる少年が立っていたことで、目的を果たすには先に邪魔者を排除する必要があるなと男は面倒くさそうに頭を掻いた。

 

「あーあ、なんだよその反抗的な目は。こっちは親切で優しく言ってやってるってのにさぁ」

「もういいだろ。面倒だからそっちの野郎二人にだけお帰り願おうぜ。そいつらが帰ったら女の子は丁重におもてなしすっから安心しな」

 

 周りにいた男の仲間が数人立ち上がると真田たちを囲むように近付いて来る。

 同じ年頃の女子も近くにはいるというのに、その女子たちも男らが勝手に馬鹿やってると笑いながら見ている事で男らと変わらない下種さだと改めて理解出来た。

 情報収集のためにやって来たとは言え、こんな馬鹿なやつがいるのなら女子らは寮に残してきた方が良かったなと、真田は目の前の男たちを冷めた目で見ながら口を開いた。

 

「こんなのが同じ男だと思うと情けなくなるな」

「言うねぇ。んじゃ、そういう訳だから。怪我したくなきゃ今のうちに帰った方がいいぜ。女の子には残って貰うけどなぁっ!!」

 

 既に準備が出来ていた男たちは真田の一言が開戦の合図とばかりに拳を握って迫ってくる。

 男たちの狙いはあくまで邪魔者の排除、すなわち真田と順平だけがターゲットという訳だ。

 真田たちを痛めつけている間、美鶴たちを拘束しようと何人かの男は女子の方へ向かってくると思われる。

 しかし、くればそいつから地面にキスすることになるぞとばかり七歌たちも応戦の構えを見せ、こうなったらヤケクソだと順平も真田と共に女子を守ろうと敵の方を向けば、互いの拳が届く距離まで迫ったところで静かな声が響いた。

 

 

「――――随分と楽しそうだな」

 

 

 瞬間、その場にいる全員が全身総毛立ち動きを止める。

 空気が重い、ここだけ重力が増していると錯覚を起こしてしまうほどの重圧に膝を折りそうになるも、動けば殺されると本能が告げてくるために誰一人として動かない。

 まるで頭から冷水を浴びせるかのように、ヒートアップしていた者たちを一瞬で素面へと戻したそれは、これまで一度して味わったことのないほど濃密な殺意

 攻撃的な意識や怒りや憎しみから派生して放たれる殺気ならば、真田も公式戦で当たった対戦相手から感じたことはあるが、殺気と殺意は欠片もかすりもしないほど別物である。

 前者は悟らせないよう隠すことも可能ながら、攻撃しようとすれば自然と出てしまう気配。

 対して殺意は自分が胸の内に秘めた意識であり、そんなものは言葉にでもしなければ他の者は感知しようがない。

 だというのに、いまこの場にいる者たちは自分の身に大蛇が巻き付く光景を幻視し、それがとある青年の殺意であることをはっきりと理解していた。

 

「盛り上がってるようだがパーティーでもあったか?」

 

 そうして、誰一人として動けず固まっていれば、濃密な殺意を全員に向けている青年、有里湊がブーツの底を地面にぶつけて鳴らしながらやってきた。

 青年の傍らには彼とお揃いのチョーカーを首に巻いた金髪の少女が一人いるが、その少女は場に満ちる殺意を欠片も気にしておらず、普段通りだからこそ異常に映った。

 だが、真田たちに襲いかかろうとしていた男たちは、金髪の少女になど構っていられる状況ではないと、全身に嫌な汗をびっしょり掻きながら震えて青年に声をかけていた。

 

「あ、有里君、ち、違うんだよ。これは、迷い込んできたこいつらを脅して追い返そうとしただけでっ」

「そうか。だが、せっかく盛り上がっているんだ。少しくらい遊んでもいいだろう? 人間ボウリングなんかどうだ」

 

 言い終わるかどうか、そんなタイミングで青年は男の襟首を掴んで力任せに引っ張り、仲間たちの固まっていた場所に放り投げる。

 勢いよく放り投げられた男は仲間の男らにぶつかり、ぶつかられた方も巻き込んで一緒になって地面の上に倒れた。

 見事全員が倒れたことで湊は「ストライクだな」と呟くけれど、遊びはまだ終わらないとばかりに、傍に束ねて置かれていた建設用の足場をまとめていた紐を切ると、そのうちの数本を取ってこれまた力任せに投げる。

 

「……ダーツなんかも楽しそうだな」

 

 投げられた鉄パイプは男の仲間の身体すれすれの場所に突き刺さり、彼らの動きを物理的に封じる。

 そして、金属の棒が硬いコンクリートに突き刺さっていることで、僅かにでもずれていれば人の身体など簡単に貫通していたことを嫌でも想像させられ、精神的にそう強くなかったのか一人の少女が座ったまま過呼吸を起こす。

 

「過呼吸か? 心理的なものが原因でなり易いが、まぁ、アルコールの摂取等でなるときもある。治療自体は簡単だが面倒なので今は手っ取り早い方法を取らせて貰おう」

 

 不良少女の一人が過呼吸を起こしていることに気付いた青年は、相手の元までゆっくり歩いて近付くなり、左手を相手の首に伸ばして締め上げた。

 過呼吸を起こしている状態の相手になにをするのかと思えば、締め上げられた少女は白目を剥いて意識を失い、青年の手が離されたところで規則正しい呼吸を始めた。

 随分と荒っぽい方法ではあるが、精神的な負荷によって過呼吸を起こしているのなら、そもそもそんな事すら考えられない状態にすればいいという解決策だったらしい。

 つるんでる少女の一人を助けて貰ったことはありがたいが、だからといって男たちがしようとしていたことがなくなった訳ではなく、過去に青年に病院送りにされた経験を持つ不良の男らは全身を震わせながら赦しを請うた。

 

「わ、悪かった。謝る、謝るから許してくれ!」

「……謝ると言われても別に俺は怒っていないからな。お前たちも何も悪いことはしていないんだろう?」

「お、オレたちはそいつらを脅そうとしてたんだ。女子は中々の上玉だったし、楽しめればラッキーだと思って!」

 

 濃密な殺意という重圧を未だに受け続け、さらに突然知り合いが自分たちの知らない一面を見せながら現われた事で動けずにいる真田たちと違い、男たちは湊の怖ろしさを知っていたことで土下座をしながら自分たちの罪を告白する。

 やってきたばかりの自分にそんなことを言われてもと青年は男らの必死の懇願を軽く流すが、楽しめればラッキーという言葉を聞いたときには思わず呆れた表情になり、顔は男たちの方へ向けたまま被害者になりかけていた美鶴の元まで向かうと、青年は煙管を手で遊ばせるときのような自然な気軽さで背後から美鶴の胸を掴んで弄ぶ。

 

「楽しむ、ねえ。確かに身体は出来ているが……高校生だぞ。それに一人じゃ何も出来ない非力な雄が、数の暴力で女性を屈服させようとするのも気にくわないな」

 

 男たちが楽しもうと思っていた身体が如何ほどのものなのか。あくまで美鶴の存在は気に掛けずただ身体の感触のみを確かめるよう青年が弄れば、服の上からでも一目で分かるほど豊かな双丘は、青年の指が動く度柔らかな質感を残したまま形を変えてゆく。

 普段の彼女ならば触れられた時点で手を弾いていただろうが、現在の裏路地は全域が青年の支配圏内に入っており、無遠慮に胸を触れている手は美鶴にすれば首筋に当てられたナイフと変わらないのだ。

 余計な動きをすれば殺されると頭ではなく本能が認識してしまう状況で、どうして不良たちは謝罪のためだろうと動けているのか不思議でならない。

 だが、美鶴から離れた湊が土下座をしている不良たちの顔面を蹴り上げ意識を刈り取っていれば、その対象が傍観者に徹して男らを止めようとしていなかった少女まで及ぼうとした段階で、奥の方で動く気配があり制止の声が掛かった。

 

「その辺にしとけ。確かにこいつらは手を出そうとしてたが実際にはまだ出してねぇ。未遂の罰ならそれくらいでいいだろ」

 

 言いながらやってきたのは夏前だというのに、コートにニット帽という季節感のない格好をしていた荒垣だった。

 特別課外活動部のメンバーよりは今の湊の状態に耐性がついているけれど、いつまでもこんな重圧を受け続ければ精神が先に参ってしまうのは彼も同じだ。

 額に脂汗を掻きつつ、それでも止めねばならないと思ってやってきた彼が声をかけた事で止った青年は、数秒だけ蒼い瞳で荒垣を見たかと思えば、再び粛正という名の一方的な虐殺を再開しようした。

 しかし、彼の拳が少女に向かって伸びるよりも早く、今までずっと待っていた金髪の少女がもう飽きたと呟き彼の行動を止めた。

 

「ミナト、ここつまんない。いこ?」

「……そうだな」

 

 自分も粛正対象になると覚悟して止めに入った荒垣の言葉は無視されたというのに、金髪の少女が言えば湊はあっさりとその手を止めて殺意も納めた。

 それによって今までまともに動くことも出来なかった者たちは、思い出したように肺に空気を取り込むが、動ける状態になったときには湊も金髪の少女も姿を消していたので、タイミング良く彼らがここに現われた理由を尋ねることは出来なかった。

 しかし、真田たちからすればもう一人知り合いが残っていたので、そちらの少年に近付いて声をかける。

 

「シンジ、いたのか」

「お前らが来る前からな。それはいいが馬鹿かテメェ、こんなとこに女子なんか連れて来るんじゃねぇよ。お前が喧嘩に巻き込まれるのか勝手だが、そいつらに何かあったらどう責任取んだ」

「……すまん、考えが足りてなかった」

 

 会っていきなり説教を喰らった真田は、自分に非があったことで幼馴染みの言う通りだと反省する。危険な目に遭わせかけたことで女子たちにも謝罪し、直接的な被害はなかったので大丈夫だと許し合ったところで再び荒垣が口を開いた。

 

「んで、なんでわざわざこんなとこに来たんだ?」

「普段からここにいる者に少々聞きたい事があってな。月光館学園の女子生徒が校門前で倒れていた事件は知っているか?」

「一応な。ここに出入りしてたやつが何人も巻き込まれてたってんで話題にもなってた」

 

 美鶴に聞かれた荒垣はそれならここでも話題になっていたと話す。いくらまっとうな道からはずれた者たちが集まっているといっても、他に行き場がないからこそ集まっている者同士の繋がりは強かったりする。

 相手が月光館学園に通う生徒だったこともあり、直接話したことはほとんどないが荒垣にも覚えくらいはあった。

 

「そうか。私たちはその少女らの前日の様子などを知っていた者がいたら教えて欲しかったんだ。倒れた原因が分かれば、そこから情報を整理して死んだ生徒の怨霊とやらの話も分かると思って」

「なんだ、んなこと調べてたのか。死んだ生徒のこともここじゃ話題になってたぞ。事故にあった女子らが一人の生徒を苛めたらしくてな。人知れず自殺とかなんとかって話だ」

 

 被害者のアリバイを調べているかと思えば、怨霊の正体を調べるため動いていたと聞いて荒垣は拍子抜けする。

 しかし、すぐに表情を引き締めると美鶴たちが考えているよりも、真相はもっと生々しいものだぞと告げる。

 自分が会長を務める学園内でイジメがあり、被害者が自殺したという話を聞いたことのなかった美鶴にすればそれだけで衝撃的な話だ。

 真偽はともかくとして、今は出来るだけ情報が欲しい。そうして、顔を上げると美鶴は彼に被害者の名を尋ねた。

 

「……その苛められていた生徒の名は?」

「……山岸だ。加害者に対して有里が動いてない以上流石に死んではねぇと思うが、ここ数週間は学校にも顔を出してないって聞いた」

 

 そして、被害者の名を聞いた途端、美鶴よりもゆかりの方が顔を驚愕に染め、すぐ真っ青になるとなんの冗談だと取り乱す。

 

「な、何よそれ。私、そんなの全然聞いてないっ。風花が自殺って、いじめられてた素振りだって全くなかったしっ」

「落ち着け岳羽。いま君が動揺しても何も解決しない。私もグループを通じて山岸の件は調べるから、君は自分の知り合いから情報を集めるんだ。大丈夫、絶対に生きている。だから今は冷静になれ」

 

 大切な友人がイジメを苦に自殺と聞いて冷静ではいられないのは当然だ。しかし、荒垣も言っていた通り今回の件で湊が動いた気配がない。

 彼は独自のネットワークを持っているため、風花の死を知れば確実に加害者を家族ごと地獄に叩き落とすはずなので、それが成されていない以上生存は確定だと思って良いはず。

 根拠が一人の青年の行動とは随分と軽く思えるが、彼が強大な力を持つペルソナ使いだと知っている美鶴や荒垣にすれば、これ以上ないほどの信憑性があった。

 そして、彼らと同じように湊に対して絶大な信頼を寄せているゆかりも、彼が動いていないのが何よりの証拠と言われれば何よりも納得出来たことで落ち着きを取り戻した。

 混乱していた後輩が落ち着いたのを見た荒垣は、この様子なら大丈夫だなと話を切り上げることにし、自分も彼らに背を向けると用が済んだなら帰るようメンバーに促す。

 

「話はそんだけか? だったらもう帰れ。ここには近付くな」

「ああ、助かった。情報の礼に今度はがくれでも奢ろう」

「けっ、随分と安い礼だな」

 

 色々と予想外のことはあったが荒垣のおかげで情報が手に入ったのだ。お礼がラーメンと言われて荒垣は不服そうだが、それがただの軽口であることを真田は知っている。

 話は終わったとして全員が寮へと帰ろうとしたとき、今まで黙っていた七歌が顔をあげたかと思えば、何を思ったのか突然美鶴の胸を揉み始めた。

 触れられた美鶴は驚きつつも、当然、他人に触れられていい気分はしないので弾いて距離を取るが、どうしてこんな事をしたのか少女を問い詰めた。

 

「お、おいっ。急になにをするんだ!」

「え、いや八雲君に自由に触らせてたんで、パブリックドメインなのかなって思ったんですけど」

 

 七歌が美鶴の胸を揉んだ理由は湊が好き放題揉んで去って行ったからだった。彼が良いなら自分もいいはず。そんな謎理論を展開する彼女には呆れるしかない。

 けれど、七歌の口にした単語の意味を知らなかったことで、美鶴の胸を揉んだ七歌を羨ましそうにみながら順平がその意味を尋ねる。

 

「パブリー? 七歌っち、それどういう意味なん?」

「んー、簡単に言えばご自由にどうぞ的な?」

『なにっ!?』

「マジすか!?」

 

 言葉の意味を聞いて反応した声は三人分。七歌に尋ねた本人と、それに加えて帰ろうとしていた荒垣と順平の傍にいた真田だ。

 三人の男たちは驚きつつも視線は美鶴の胸に集中しており、いくら仲間といえど無礼にもほどがあると美鶴は腕で胸を隠しながら三馬鹿を怒鳴りつけた。

 

「そんな訳があるか! 煩悩に塗れた俗物共め、全員まとめて処刑するぞ!」

「でも、八雲君はオッケーでずるくないですか?」

「あのときは気にしている余裕がなかっただけだ。当然、有里にも認めた覚えはない。まぁ、今更追いかけて謝罪を求めるつもりもないが」

 

 そも、どうして湊が触ったのか分からない。不良たちが楽しめそうと言っていた身体がどんなものか確かめたのだと思われるが、初めてといっていい本格的な湊からの接触がボディタッチとは少し泣きたくなる。

 彼の母親も美鶴の母親もさらに言えば桜も全員が豊かな母性の象徴を持っているため、彼にすれば女性の胸は母親を感じることの出来る重要なものなのかもしれない。

 とはいえ、男子との交際経験もない美鶴にすれば、いくら彼が来てくれると言われようが身体を好きにさせるというのはハードルが高すぎた。

 なんとか膝枕辺りで妥協して貰えないだろうかと真剣に悩みつつ、ゆかりとも約束し彼女自身とても心配しているので風花の件もしっかりと調べようと考えながら、他の者たちと共に美鶴は寮へ帰っていった。

 

 

 


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