【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第二百十四話 救出に向けて

深夜――巌戸台郊外

 

 七歌たちが不良と一触即発の状態になっている現場に偶然にも遭遇した湊は、以前した“一般人に迷惑をかけない”という約束を破ろうとした不良たちにちょっとしたお仕置きを終えると、共にいたマリアと一緒に巌戸台郊外までやって来ていた。

 彼の左腕をぎゅっと掴んでいるお姫様はどこかご機嫌斜めで、彼女が機嫌を損ねる理由に心当たりのない湊は、きっと月に一度やってくる女性特有の理由に違いないと最低な当りを付けるも、自分で勝手に決めつけておきながらそれが間違いであることには気付いていた。

 彼の肉体性能は人よりも優れている。それらは動物に近く、肉眼で数キロ先が見えたり一部の動物のように赤外線などを肉眼で捉えることも可能で、嗅覚も例外ではなく様々な匂いを嗅ぎ分けられるのだ。

 よって、知られれば変態と罵倒されるに違いないが、青年は月経時の女性が近付いてくれば匂いで気付く。仮に嗅覚を封じられても触れた体温の違いから判断することも出来、今のように生来の腕である左手に触れていれば嫌でも気付けた。

 匂いと触診の結果マリアは白。別に下着の色を指している訳ではなく、現在の彼女は平時の状態で月のものまで期間があるという意味だ。

 そも、調べなくても周囲の人間の生理周期くらい彼は把握している。頼る大人のいないストレガの女性陣が初潮を迎えた際に世話をしたのは湊であったし、付き合っていたゆかりや風花に関しては肉体関係を結んでいることで彼女たちの方からなったときにしばらく出来ないと伝えてきていた。

 そういった理由で時期を把握し、それとなく彼女たちをフォローしてきた彼だが、女性特有の理由でなければ何が理由なのだろうとボンヤリと考える。

 心を読んでしまえば一発だと頭で理解しつつも、仕事でもなければ極力使わないと決めているのは、彼なりに人付き合いに誠実であろうとする気持ちの表れである。

 まぁ、生きること自体に不器用な彼が自分の力だけでなんとかしようとしても無駄でしかないのだが、そんな彼のことを理解している少女は可愛らしく頬を少し膨らませながら拗ねた表情で青年に話しかけた。

 

「ミナト、大きいおっぱい好きなの?」

「……突然だな。何を思ってその考えに至った?」

 

 質問に質問で返すのは頂けない。それを分かっていても青年は彼女が急に変な質問をしてきたことで理由を尋ねるしかなかった。

 すると少女は湊と繋いでいる手に僅かに力を籠め、視線を道路に落としながらポツリと答えた。

 

「ミナト、さっきおっぱい触ってた。あの大きいのがいいの?」

「……別に大きさで選んだ訳じゃないが」

「じゃあ、あのおっぱいの人が好きなの?」

「それはない。というか、胸しかないように言うな」

 

 マリアがジッと見つめながら美鶴のことが好きなのかと問うてくれば、湊はとても静かに落ち着いた声であり得ないと否定した。美鶴の名誉のために胸以外にも見るべき点はあると擁護するオマケ付きで。

 彼にすれば非常に珍しいと思える行動だが、他の者たちは美鶴に対する湊のことを一部誤解していた。

 湊は別に美鶴個人は嫌っていない。もっと言えば“英恵に似ている”という点に置いて容姿は好きな部類ですらある。ただ、父のことで視野が狭くなっており、罪を背負うと言いながら自分自身の戦う理由すら誤魔化して仲間たちに嘘を吐いているのが許せないのだ。

 つまり、器として捉えれば気に入っているが、その中身が心の底から嫌悪する部類の無能であるため現在の対応となっている。

 そこまで詳しく話したりはしないが、とりあえず美鶴を好きだなどという事実はないと断言したことでいくらか機嫌の戻ったマリアは、嬉しそうに彼の腕を自分に引き寄せ、ここ最近でさらに育ってきた豊かな双丘の谷間に挟み込んだ。

 

「マリアも大きくなった」

「……そうだな」

「触らないの?」

「別に発情してる訳じゃないからな。第一、もう目的地に着いた」

 

 彼が自分にはしてくれないと思ったときには落ち込みそうになっていたが、いつの間にか目的地に着いていたと知るとマリアはキョトンとしながら目の前の雑居ビルを見上げた。

 昭和という時代を感じさせる古びた外観、時間帯もあって緑の非常灯しか点いておらず、周囲には点々と民家や小さな店があるだけで外には人の気配を感じず、昼間は普通の田舎の風景が夜にはなんとも不気味に映る。

 こんなところはアナログな防犯設備しかなく、警備システムもいれていないところが多い。入り口のガラス製の扉の前に立った青年は右腕に黒い炎を纏わせると、その炎を伸ばして扉の鍵穴の中に入れて解錠した。

 元は力の塊であるため形状は変幻自在、それを鍵穴に入れてしまえば労せずスペアキーに早変わりするという訳だ。別に炎を使わずともピッキングスキルを持っているが、どちらが早いかなど比べるまでもない。

 静かに中に入った湊たちはビルに一つしかない階段を上り、人の気配のある三階まで真っ直ぐ進む。古いビル特有のやや埃っぽい臭いにマリアが顔を顰めつつも、階段から二番目に近い部屋から小さな明かりが漏れていたことで湊はそこまで進むと扉を開けた。

 

「だ、誰だっ!?」

 

 薄暗い部屋に入るとメガネをかけた小太りの中年男性と、三十代と思われる切れ長の目をした女性が中にいた。どちらもスーツを着ており、いやらしい理由で密会していた訳ではないようだが、人が突然入ってきたことに驚いた男が叫んだことで両者は距離をあけて対峙する形となった。

 二人は小さなライトで自分たちの足下を照らし、それによって外に明かりが漏れるのを防いでいたようだが、その明かりを男が向けてきたことで、今なら顔も見れるだろうと湊は薄い笑みを顔に浮かべる。

 

「……自分の上司の顔くらい覚えておけ」

「しゃ、社長っ。違うんです、これは研究に必要な情報を貰おうとしていただけでっ」

「……そういうのはいい」

 

 男はやって来たのが湊だと分かった瞬間慌てて言い訳をするが、それを聞いた青年は途中で五月蝿いから黙れと男に口を閉じさせる。

 湊が今日ここへやってきたのは研究員の一人が情報を持ち出し、それを外部の人間に売り渡そうとしているとの話を耳にしたからだ。

 医療や人間工学に偏っているものの、EP社で行なっている研究はオーパーツである黄昏の羽根を使用していることもあり、その技術は他の企業の数年先をゆく。

 中でも生体パーツと呼ばれる人の細胞を培養して作る義肢など、実用可能レベルで既に完成していると分かれば世界中からオファーが殺到し、先天的後天的に関係なく身体障害者たちの希望の光になるとしてノーベル賞も狙えるものだろう。

 だが、いくらそれが人の助けになると言っても、湊がその研究を始めたのは自分の右腕とアイギスたちの身体を作ることが目的だったので、契約時点でそれを認めているシャロンが一部技術を一般用義肢に流用する以外は誰にも使わせるつもりはなかった。

 

「お前たちのことなんか最初から信用していない。女や金、家族の問題等で簡単に裏切る可能性があるんだ。個人の生活状況によってはあり得るだろうし、自分の大切なモノのために動くことを咎めるつもりない。だが、こちらの不利益になるのならそれは容赦しないと最初に言ったはずだ」

 

 確かに研究結果を公表ないし他企業に売れば、それによって技術は目に見えて進歩するに違いない。

 だが、急激な技術の変化に現場が対応出来るかというとそうではなく、逆に扱いきれない技術によって大きな事故が起きることも考えられる。

 湊はそれらを考慮し、またその技術を使って肉体を手に入れた少女らを守るためにも、余計な問題が起きないよう守秘義務を徹底させていたのだ。

 男はそれを破り、よりにもよって湊が憎んでいる組織の人間に売ろうとした。裏切り者の男は当然始末するが、情報を見たこの女も同様に対処すると青年は氷のように冷たい瞳を向ける。

 

「そして、桐条の研究員。お前も同じだ」

「ま、待って! 私はただ取引を持ちかけられただけで、正統なビジネスとして情報を受け取ろうとしただけなの!」

「知らない。興味もない。こちらの機密情報を見た時点で生かしておく理由がない」

 

 部屋の温度は急激に下がってゆく。夏前だというのに窓の表面に薄らと氷が張り、自分たちの呼気が白くなっていることでそれが現実だと理解する。

 ペルソナ等については一部の研究員しか知らされていないため、そこに含まれていない男は一体何が起きているのか分かっていないようだが、女の方は桐条のラボに務めていて適性者候補のリストにも目を通していたようで、どのような力が放たれようとしているかを理解し全身を震わせている。

 

「ま、待って有里君っ。貴方のその力は世界のために役立たせる事が出来るのよ。私と一緒に来てくれれば、同じ力を持った人たちを紹介できるわ」

「……興味がないと言っただろ。世界のため、人々のため、そんな耳障りの良い言葉を謳うやつを俺は信用しない」

 

 同じ氷結の力を司るペルソナを持つ美鶴と七歌を知っている女は、召喚せずとも現実まで影響を及ぼす能力はまさかに規格外だと評価する。

 室温はさらに下がり続け、顔や耳が痛くなってきても女は湊から視線を逸らさず交渉するも、青年は欠片も心に響かないと冷たい瞳で二人を射貫く。

 

「もういい。そのデータは手向けにくれてやる。向こうで自由に使うといい」

 

 記憶を探れば男はここに持ってきたコピーの他は私物のパソコンにしかデータを残していない。ならば、目の前のものを処分した後に男の自宅を訪れパソコンを回収ないし処分すればいい。

 よって、青年は冥土の土産だと口にすると、黒い炎をコートのような形状にしてマリアに纏わせる。彼のマフラーも外気をある程度遮断する効果はあるが、いちいち着せる手間を考えれば蛇神の影の方が手早く済むのだ。

 共にいる少女の安全を確保出来たことで準備は完了。これでもう何も気にする必要ない。震える大人たちが怯えた顔をする目の前で、彼は冥王の姿をした黒い死神を呼び出した。

 

「――――ニヴルヘイム」

 

 現われた黒い死神から波紋のように白い波動が放たれる。部屋の中にあった机や椅子が白く固まったかと思えばすぐに崩れていき、同じように波動が研究員らに届くと二人は凍りつき一瞬で絶命した。

 死んだ二人はそのままゆっくり倒れ床にぶつかる。すると身体は崩れて肉体だった破片と共に赤い細かな粒が広がった。

 二人の持ち物も一緒に崩れて元が何だったのか分からなくなったため、これで情報が余所に渡る心配はないだろうとビルを後にする。

 彼の後に続く少女は不思議な感触のコートに関心を持っているようだが、彼が指を鳴らすと炎のようになって霧散してしまったことで少々残念そうな顔をした。

 それを見た湊はマリアを慰めるように頭を撫でてやり、相手が気持ちよさそうな顔をするのを眺めながら研究員の男の家を目指してビルを後にした。

 

 

6月8日(月)

朝――月光館学園

 

 週末に裏路地で情報を集めたことで、休みが明けて学校に来るなり、ゆかりたちは風花の件を確かめるべく職員室を訪れていた。

 失礼しますと職員室に入れば、風花のクラス担任である江古田のもとに美鶴とギャルっぽい見た目の生徒が既におり、ギャルっぽい見た目の生徒は思い詰めた表情で何やら話していた。

 

「自殺でもされたらヤバいと思って、夜中にマキが閉じ込めた体育倉庫に行ったんだけど。そしたら、あんなことになっちゃうし。他の子も探しに行ったけど、そのたびに皆帰ってこなくなってっ」

 

 やってきた七歌たちも途中から話を聞いたが、どうやら彼女たちは風花を体育倉庫に閉じ込め、後で様子を見に行く度に仲間が校門前で見つかる事態になっていたらしい。

 学校に行ったのが夜中というのが気になり、倒れていた少女たちの様子が無気力症に似ていたことで、七歌はもしかして影時間に迷い込んでシャドウに襲われたのかと推測した。

 七歌が気付いたということは美鶴もきっと同じ答えに辿り着いているはずだが、江古田から森山と呼ばれた生徒が話を終えると、美鶴は森山に先に職員室を出ているように言い。彼女が出て行ってから改めて江古田に向き直り口を開いた。

 

「ここ数日の山岸の欠席は“病欠”と届けていらっしゃいますが、先生は山岸が行方不明だとご存じだったのでは? 知っていて何故警察に届け出ないのですか?」

「これが事件に巻き込まれているとなればすぐにでも届け出るが、家出や駆け落ちなら動くだけ山岸を追い詰めることになるだろう? 思春期の子ども相手には慎重さも必要なんだよ。ご両親も様子を見ることで納得されていらっしゃる」

 

 江古田の言っていることは正しくもある。森山の話が真実であれば風花は苛められてことになり、そんな彼女は現在の自分の置かれた環境から逃げたくて家出をした可能性がある。自分の意思で動いているのなら下手に騒ぎになれば余計に彼女を追い込むことになってしまい。追い込まれている相手をさらに追い込めばそれこそ取り返しのつかない事態になりかねない。

 それなら、ある程度相手に考える期間を与え、頭が冷えるのを待った方が良い結果に落ち着きやすい。

 既に両親とも話をしていたことで、江古田の言い分も一理あると思ってしまった美鶴は複雑な表情を浮かべたが、これ以上話しても有益な情報は得られないとして職員室を出て行く美鶴に追従する形で七歌たちも廊下に出た。

 職員室の独特な空気から解放された順平はホッと息を吐いているが、そんな彼を呆れた顔で見ていた七歌とゆかりは、何やらエントランスホールの方が騒がしい事に気付き、待っているはずの森山がいないことで嫌な予感がして急いでエントランスホールに向かう。

 美鶴と順平もそれに続いて生徒玄関であるエントランスホールに来たが、そこには予想通り森山がいて、今来たばかりの様子の有里湊に何故だか食ってかかっていた。

 相性が悪そうな二人は一応同じクラスらしいが、何を揉めているのか話を聞こうと近付けば、少々不穏な言葉が七歌たちの耳に届いた。

 

「アンタが、アンタがマキたちを襲ったんでしょ!」

 

 襲ったとは随分と物騒な言葉だ。そんな事を口にしながら森山が今にも湊に掴みかかろうとしていたことで、順平は止めとけと肩を掴んで相手を止める。

 

「ちょ、タイムタイム! 有里君ってば何にも関係ないでしょーよ」

「マキが倒れてた日の朝、コイツがアタシに言ったんだよ! お前は最後だって! それから順番に皆倒れて、最後に私だけが残ったなら犯人はコイツしかいないじゃん!」

 

 確かに一人目の被害者が発見された日にそんな言葉を聞けば、状況から見ても彼が事件と無関係とは思えなくなる。

 激情で身体を震わす森山の迫力に順平は思わず手を離して彼女を自由にしてしまうが、相手が再び湊に向かっていくよりも先に、今度は湊が感情の読めない瞳で森山を見ながら静かに口を開いてきた。

 

「……お前の友人とやらは発見される前日の深夜から学校に向かい、そのまま朝になってから校門前で発見されたんだ。その時間帯のアリバイを持つ俺がどうやってそいつらを襲うんだ?」

「アリバイなんて口裏合わせてるだけでしょ!」

「はぁ……考える頭もないなら人間の言葉を話すなクズ。アリバイは街中の防犯カメラでも確認出来る。そして、お前の友人たちは病院で“無気力症”と診断されているんだが、俺がどうやって離れた場所にいる人間を精神疾患にしたか言ってみろ」

 

 口調は静かなものだが、自分を犯人扱いした人間に対して湊の方も辛辣な言葉で返してゆく。

 完璧なアリバイ、どうやっても不可能な状況、それらが揃っていても犯人だと思うなら証拠を出せ。

 彼の主張は当たり前のものだが、それでも森山はまだ納得出来ていないようなので、湊はあの日の言葉の意味を語った。

 

「前のあれはお前が少しでも苦しむよう脅しただけだが、言った通りの結果になったなら良かった。他者の尊厳を踏みにじっておきながら、自分たちが罪悪感に駆られれば掌を返すその図々しさは尊敬に値するな」

 

 本当に風花を心配しているのなら警察にでも届け出ているはず。しかし、彼女は学校にこそ相談したが、結局それは様子を見ようということになって成果を得られていない。

 そんな無駄なことばかりしている状況を見て、湊は彼女が本当に救いたいのは風花ではなく罪悪感を感じている自分なのだと断言した。

 取り返しのつかない事をしてしまった訳ではない、という確証とそれによる免罪符が欲しいだけ。風花に対して全く心配していない訳ではないだろうが、結局は嫌な事から逃げたいだけなのだ。

 それを見透かした湊は金色の瞳に時折蒼色が混ざりつつも、口の端を歪めて馬鹿な奴らだと校門前で倒れていた生徒らを心の底から侮辱する言葉を吐いた。

 

「いっそ本当に死んでくれれば感謝の心から花の一つでも手向けてやったものを、無気力症程度とは随分とつまらない結果になったな。ああ、お前らみたいな価値のないやつに期待するだけ無駄だったか」

「コイツ、殺してやるッ!!」

 

 自分の友人たちを価値がない存在と言われた事で、森山は我慢の限界に達して掴みかかろうとした。

 しかし、森山が距離を詰めようとした瞬間、湊の左手が彼女の首に向かって伸ばされていた。

 一般人からすればその手は相手の首をただ掴もうとしているようにしか見えなかっただろう。だが、一切の感情が消えた瞳と彼の気配から、七歌はそれが殺すための毒手だと気付いて横から森山を突き飛ばしていた。

 そして、彼の方にも変化があり、見れば腕を伸ばしきる前に背後から二人の少女が接近し、その身体と腕を掴んで止めていた。

 

「やめなさい、湊」

「気持ちは分かるけどアカンよ」

 

 彼を止めていたのはチドリとラビリス、彼女たちは中々やってこない湊を迎えにきたようだ。

 森山を突き飛ばしたことで入れ替わる形になった七歌は、数十センチほどの距離まで詰められた彼の手を見て、彼女たちが止めていなければ自分がやられていたと思わず安堵の息を吐く。

 突然突き飛ばされた森山は状況を理解していないようだが、やってきた少女らが湊をそのまま連れて行ってしまったので、安全が確保された七歌は煽ったのは彼だが貴女も悪いと森山を諫める。

 

「森山さん、貴女が友達を馬鹿にされて怒ってたように、八雲君も山岸さんのことで相当怒ってたんだよ。貴女たちのせいで山岸さんは行方不明なんだし、少しは八雲君の気持ちも理解してあげて」

「……わかったよ」

 

 それを言われると森山もばつが悪そうにする。高校入学組の彼女は湊らの関わりを知らないが、中等部からいる者にすれば湊の怒りは当然なのだ。

 自分と友人の関係に置き換えて考えてみろと言われ、冷静になった彼女はそのまま落ち込んだ様子で去って行ったが、残った者たちは先ほどの光景で先日のことがフラッシュバックしたと疲れた顔でお互いを見合った。

 

「ぶっはー……マジで朝から嫌な汗かいたわ。山岸さんのことで激おこなのは分かるけど、この前の件もあるし有里君てば怖すぎだっての」

「そんな暢気な話じゃないよ。いま本気で人が殺されかけたんだから」

 

 未だに湊に対して若干の距離を感じている順平は、彼の纏う独特の張り詰めた空気は苦手だと身体を解すように腕を回す仕草をしてみせる。

 その気持ちは分からなくもないと七歌は思ったが、けれど、事態はかなり危険なところまで進んでいたと告げる。

 そして、あまりに現実味のない七歌の言葉に順平とゆかりは不思議そうな顔をすれば、美鶴も彼女の言葉を肯定するように頷き、あのままチドリたちが来なければ起こっていたであろう惨劇を二人に説明した。

 

「七歌が森山の助けに入り、吉野と汐見が有里を止めてくれたから無事に済んだが、誰も止めていなければ有里は森山の首をへし折っていた」

「は? え、首へし折ったら死んじゃうじゃないッスか!?」

「だから本気で殺したいくらい怒ってたんでしょ。百鬼は愛が深い一族なの。大切な人を傷つける存在は何があっても許せないんだよ」

 

 大切な人を傷つける存在を許せないというのは分かる。順平たちだって友達を傷つける者がいたら怒りを覚えるし、仕返しをしてやろうと考えることだってある。

 しかし、それで躊躇いもなく相手を殺せるかと聞かれれば答えはノーだ。いくらなんでも殺すなんてことは理性がストップをかけて出来ない。

 百鬼の愛はそれすらも容易に超えてしまえると七歌は話すが、それを純粋な愛と呼んで良いのか順平たちには分からなかった。

 

 

放課後――生徒会室

 

 そして、その日の放課後。森山から事件の被害者たちの様子などを詳しく聞き込んできた美鶴が招集をかけたことで、特別課外活動部のメンバーは生徒会室に集まっていた。

 全員が集まったことを確認した美鶴は、他の者が入ってこないよう内側から鍵をかけると、座ってくれと着席を促し全員が落ち着いたところで話を切り出す。

 

「来る前に森山からもう少し話を聞いてきたが、彼女の友人たちが校門で発見される前日に何かの呼び声を聞いていたそうだ。無気力症になったことを考えれば、その呼び声はシャドウの物だろう」

 

 当初は意識不明で原因は調査中となっていたが、意識を取り戻したあとの様子が無気力症と一致したことで、校門前で発見された全員が無気力症と診断されていた。

 ただ、その件については病院側から伏せられ身内しか知らないはずなのだが、湊はどこで彼女たちの病状を知ったのだろうかと美鶴の中に疑問を残しつつ、いま聞かされた話によっていくつかの謎が解けたなと真田は不敵に笑う。

 

「なるほど、あいつらは自分の狙ったターゲットに呼び声で干渉し、それによって影時間に落とすという訳か」

「え、それじゃあシャドウって人をちゃんと区別してるってことッスか?」

「そういう事になるな。選定基準は分からないがやつらは明確に人類を狙っている。それがようやくはっきりした」

 

 これまでも無気力症という形で犠牲となった者を出していたが、てっきり偶然影時間に迷い込んだ者が襲われるとばかり思っていた美鶴たちにすれば、シャドウの方から人に干渉して来るというのは晴天の霹靂だった。

 それはつまりシャドウは明確に意思を持って人を襲っているということになり、人間にすればシャドウは天敵ということになる。

 偶然ならともかく向こうから襲ってくるとなれば認識を改める必要がある。シャドウは人類の敵だと。

 

「それで私たちは何をすれば良いんですか?」

「森山の護衛……と言いたいところだが、今回は山岸の救出任務が優先だ」

 

 一同がシャドウについて新たな共通認識を持ったところで、ゆかりが集められた理由について尋ねれば、美鶴は少々言い淀みながら風花救出について詳しく他の者に話す。

 

「山岸は体育倉庫に閉じ込められて姿を消した。鍵は掛かったままでそれは不自然だ。となれば、彼女は学校がタルタロス化した際に迷い込んだ可能性が高い」

「影時間を足した分しか時間が経過していないとすれば、山岸は恐らく無事だろう。だが、シャドウにいつ襲われるか分からない。よって、今夜にも作戦を決行しようという訳だ」

 

 ペルソナ使いである七歌たちも慣れるまでは影時間の活動で普段以上の疲労を感じていた。となれば、まだ目覚めてもいない風花の疲労はその比ではなく、シャドウに襲われる危険もあるためスピード勝負という訳だ。

 さらに真田は遭遇確率を上げるため、行くときは風花と同じように体育倉庫からだと他の者にも告げ。補助の美鶴とその護衛に誰が残るかという話になったときには、友達は自分の手で助けたいとゆかりが救出隊を強く希望したことで順平が残ることに決まった。

 次にシャドウに狙われそうな森山を寮で一時的に保護し、その間に七歌たちは風花を助けにタルタロスへ向かう。作戦内容が決まったことで意識の切り替わったメンバーたちは、絶対に助けようと誓い合い、放課後の時間を準備に費やした。

 

 




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