【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第二百十五話 救出の果てに

夜――桔梗組

 

 満月になると危険な巌戸台を離れて桔梗組で保護されている美紀は、チドリとラビリスの二人と一緒に桔梗組に来ると、桜と共に出迎えてくれた人物を見て目を丸くした。

 何故なら、ここ数週間休んでいて連絡も取れなかった友人が元気な姿でいたから。

 風花が出迎えてくれたことに驚いていた美紀に対し、風花の方もどうして美紀がここにやってきたのか驚きつつも疑問に思ったようで、家に上がったチドリの方から事情を説明し、まさか相手が影時間に関わっていると思ってなかった二人は再び同じような驚きの表情になっていた。

 そうして、全員が着替えを済ましてリビングに集まれば、湊が来るまで宿題でもしておこうと軽い勉強会をして過ごし。時間が遅くなってきたことでお開きになってから夕食の用意をしている途中で湊がやってきたため、一同は食事をしながら話そうとダイニングに集まっていた。

 

「でも、驚きました。風花さんがこちらで保護されていたなんて」

「あ、うん。偶然タルタロスに迷い込んだ日に有里君が来てくれて、少し自分のことを考えるべきだって連れてきてくれたの」

 

 本日のメニューは豚カツをメインに、おひたしと漬け物とひじき、お味噌汁とサラダ、さらに湊が好んで食べるからと桜お手製の揚げ出し豆腐や煮物も並べられ、栄養バランスも気にする女子にも嬉しいラインナップとなっている。

 ただ、青年の前だけキャベツ丸々一つ分の千切りが盛られており、それが壁になって他の席からは顔が見えづらいのだが、彼はテーブルの上座に一人で座っているので影響は少なかった。

 そんな一人でモリモリとキャベツや煮物を食べている彼を横目で眺めつつ、風花は自分と近い立場にある美紀のことを改めて教えて貰おうと口の中のものを飲み込み話しかける。

 

「美紀ちゃんはペルソナ使いじゃないんだよね?」

「はい。戦う力を持ってないので、危険な満月の日にこちらで保護していただいているんです」

「凶暴になるんだっけ? それと大型シャドウも出るとか」

 

 今日は満月だ。それはつまり一ヶ月の中で最もシャドウが凶暴な日ということであり、さらに大型シャドウが現われる日ということでもある。

 美紀の暮らす真田家は巌戸台にあるため、戦う力のない適性持ちが留まると見つかったときにとても危ない。それを未然に防ぐための保護であった。

 

「……話は終わったか? これから山岸がどういう立場を取るか話し合っておきたいんだが」

 

 いつの間にかキャベツの山を食べ終えていた青年が口を開く。

 少女たちを保護した張本人であり、もっと言えばチドリとラビリスを連れてきたのも彼なのだが、彼が助けた少女たちの視線が集まると、彼はマフラーから出来たての麻婆豆腐を取り出し、追加でそれを食べながら話を切り出した。

 

「今日の影時間に特別課外活動部がお前の救出のためタルタロスへ向かう。お前が向こうにつくなら俺はお前をタルタロスまで運ぶし、こちら側に残るのであれば自然な形で家に戻れるよう手配しよう」

 

 特別課外活動部が救出に動く以上、タルタロスに迷い込んだはずの風花は生死を問わずタルタロスにいなければならない。

 それはタイムリミットが来たということであり、今晩で彼女のここでの生活は終わりということだ。

 まぁ、一日では見つけられなかったと引き上げてくれるのなら、もう少しだけ延長しておくことも可能だが、自分のために救出班が動くと聞いた風花は申し訳なさそうにしており、これなら延長など言い出さないだろうと見越して湊は話を続ける。

 

「お前の能力を活かすのであれば特別課外活動部の方がいい。向こうにとってお前の能力は喉から手が出るほど欲しいものだからな。能力含めお前は誰からも必要とされるだろう。対して、俺はお前に能力的な価値を一切求めていない。ああ、誤解しないように言っておくが、山岸のことを無価値と言ってるんじゃない。俺が認めているのは山岸個人だ。例え何も出来なくともお前という人間がいてくれればそれでいい」

 

 能力的な価値を一切求めていないと言ってからすぐ、湊は風花を気遣うように言葉を付け足す。

 相手が傷つけるために言っている訳ではないと分かっている少女は、補足して貰わずとも意味を理解していたが、彼の気遣いが嬉しかったことで小さな笑みを浮かべる。

 しかし、それはそれとして、現状風花が選べる二択はどちらを選ぶにしてもメリットデメリットがあった。

 前者ならば自分も戦場に近い場所に行く必要がある代わりに、彼女もチームの力となって一緒に活躍することが可能だ。

 対して、湊側についた場合は彼女は何もする必要がなく、それは危険にも巻き込まれないと言うことだが、代わりに自分だけの価値を求めている彼女にすれば力を得たにも関わらず現状維持でしかない。

 テレビ越しに特別課外活動部の戦いを見学し、湊たちの指導によってタルタロスで実際にシャドウたちをアナライズしたこともあるからこそ、風花は自分があんな危険な場所に行って仲間の足を引っ張ってしまわないかと不安げな顔をする。

 すると、そんな彼女を見ていたチドリとラビリスが食後のお茶を飲みながら、考えてしまうのは分かるが深く悩むより感覚で決めた方がいいとアドバイスする。

 

「実感の違いと考えればいいわ。自分も一緒に何かしている実感が欲しいなら向こう。ありのままの自分を受け入れてもらいたいなら湊って感じよ。まぁ、何も出来なくても気にしないとは言ってるけど、湊は女としては求めてくると思うけど」

「ははっ、まぁやりがいのある職場と待遇のいい職場の違いみたいなもんやね。向こうにはゆかりちゃんもいはるし、別にどっち選んでも悪いことにならんと思うよ」

 

 そう、こちらには部活メンバーのほとんどが揃っているが、向こうにもゆかりがいる。顔見知りの美鶴や真田だっているのだから、別に向こうに行っても悪いようにはならない。

 そもそも、彼らはチームとして活動に当たってはいるが素人だ。鉄の掟がある訳でもなければ、別に命令違反で反省房にぶち込まれることもない。

 自分に自信のない彼女が悩むのは分かるが、間違っても助けてくれるのが仲間なのだから、彼女一人がそう背負い込む必要がないと言って貰えれば、少し悩んでから風花は決意したように顔を上げた。

 

「えっと、その、いっぱいお世話になって、能力の使い方も教えてもらって。本当に、本当に感謝しきれないくらい恩を感じてるの。でも、ゆかりちゃんたちが困ってるって知ったら、それを手助けしてあげたいって思ったの」

 

 とても辛い状態にあった自分に優しくしてくれた青年の許を離れるのはつらい。しかし、親のこと、友達のこと、そういった色々な事を考える時間を貰ったことで、風花は自分に何が足りないのかを掴みかけていた。

 それを本当に理解しようと思えば今のままではいられない。自分から挑戦していくつもりで動かなければ、きっと掴みかけているものすら忘れて今まで通りの自分になってしまう。

 そう思ったからこそ、風花は困っている友達を助けるためにも、自分は特別課外活動部に行こうと思った。

 

「だから、有里君の敵になるつもりはないけど、ペルソナ使いとしての私は特別課外活動部に行こうかなって思います。本当にゴメンなさい」

「別に謝る必要ないやん。最初から好きに選びっていうてたんやし」

「そうね。仮に貴女が敵になるとしても仮面舞踏会には情報の使い手が複数いるから、そうなれば貴女のことは完封出来るし問題ないわ」

 

 現在の仮面舞踏会の通常戦力はここにいる三人と一匹。そこにソフィアも加われば、ラビリスとコロマルを除く全員が探知能力を持っているため、ジャミングだけでなく能力を通じて風花の知覚に攻撃する事も可能だ。

 強力な後方支援を封じてしまえば、単純な戦闘力でも勝っている仮面舞踏会が圧倒的に有利。湊がいなくても一方的に倒せるだろう。

 自分たちが戦う姿など風花は想像していないだろうが、チドリたちはいずれぶつかることもあるだろうと思いながらも口には出さず。風花の選択をただ尊重した。

 そうして、風花が向こうにつくと決めたことで、食事を終えたメンバーらはただ談笑していたが、最後まで一人で食事を続けていた湊が食べ終わったとき、食器を下げて戻ってくると準備を始めようと風花を立ち上がらせた。

 

「さて、方針が決まったら山岸をタルタロスに送る準備をしないといけないな」

「えと、行方不明になった日の格好をしておけばいいんだよね?」

「ああ、加えて疲労状態になっておく必要もある。お前は半日ほど影時間を体験していることになってるからな」

 

 今現在、風花は湊から貰った服を着ている。学校でそのまま行方不明になったのに私服で発見される訳にはいかないので、風花は桜がクリーニングに出してくれていた制服に着替える訳だが、さらに連日の影時間で疲労困憊という状態にしておく必要もあると青年は言った。

 

「でも、疲労状態ってマラソンでもしたらいいのかな?」

 

 ペルソナに目覚めて召喚の練習もした風花は既に影時間に適応している。そのため、影時間を体験しても召喚などをしなければ疲れたりもしないが、あくまで救出される際の状態を行方不明のままだったように見せかけるためのものだ。

 その必要性は風花もちゃんと理解しているものの、しかし、簡単に疲労状態になどなれる訳もないので、どうやって疲れればいいかなと首を傾げつつ青年を見上げれば、風花とジッと見ていた彼は風花の手を掴んで部屋を出て行こうとする。

 

「しばらく出来なくなるからな。“そういった”方法でいいだろ」

「え? ええっ、ちょっと待って! だって、今からそんな事してたらっ」

 

 自分がこれから何をされるのか一瞬で理解した風花が抵抗するも、青年に手を掴まれている時点で逃げようがない。

 部屋から出る際に風花はチドリたちに助けてという視線を送ってきたが、連日のことで疲れていた二人の少女は、一人の少女の尊い犠牲に感謝しつつ静かにお茶に口を付けて見送った。

 

「あの、風花さんたちは一体なにを……?」

「ははっ、知らん方がええこともあるんよ」

「……気になるなら湊の私室に行けば分かるわよ。ただ、そのときは参加させられるでしょうから、子どもでいたいなら近付かないことね」

 

 あの部屋にいま近付けば捕食される。それは例えでも何でもない純然たる事実だ。

 近付いても無事に済む唯一の例外は桜だと思われるが、そも桜は恥ずかしさもあって終わって身を清めたお風呂上がり頃にしか近付かないため、行為中に近付いて大丈夫かどうか本当のところは分からない。

 けれど、美紀が近付けば確実に純潔を散らすことになる。少女も彼を憎からず思っている一人だと思われるが、初めてが友人らに見られながらというのは嫌だろう。

 故に、終わって出てくるまで絶対に近付くなと暗に伝えれば、意味を理解したらしい美紀は風花が湊とそういった関係を持っているという事実に対しても顔を赤らめ俯いた。

 

 

――月光館学園

 

 影時間が訪れるまでに体育倉庫に侵入しなければならない特別課外活動部のメンバーたちは、それぞれがしっかりと準備を整えた上で校門前にやってきていた。

 次にシャドウに狙われる危険のある森山は寮の空き部屋で保護することに決め、彼女だけを寮に残して集まった一同は、友達を助けるためやる気を見せているゆかりを筆頭に、妹の友人を無事保護してやりたいという真田や、前線で指揮官を務める七歌が救出部隊として侵入することになっており、情報支援の美鶴とその護衛として残る順平は危険な侵入を試みる彼らを心配した。

 

「三人ともマジで気をつけてな。山岸さん助けるにも自分らが無事じゃなきゃムリだからさ」

「うん、心配してくれてありがと。けど、可能性を考えると先輩の言ってた方法が一番高いと思うからさ」

 

 心配してくれる順平に七歌は笑顔で返し、危険でも可能性の高い方法を選んでいくしかないと答える。

 自分たちがこうやって話している間も相手は一人で怖い思いをしているかもしれないのだ。絶対に助けてあげなきゃと七歌もやる気をメラメラと燃やし。いつでもOKだぜと早速作戦行動に移ろうと提案する。

 それを聞いた真田は、その前にやることがあると今にも敷地に入ろうとしていた二年生たちを呼び止めた。

 

「まぁ待て。まずは鍵を手に入れるところからだ」

「え、先に用意してないですか?」

「当たり前だろ。教師も帰る際に鍵が揃っているかチェックする決まりなんだ。盗んでいれば当然ばれる」

 

 影時間前に侵入すると分かっていながら鍵を準備していないと聞かされ、ゆかりは何という無能だと真田を冷たい瞳で見る。

 すると、悪いのは俺じゃないと真田が理由を話すも、理由はどうあれ準備不足である事実は変わらないとゆかりの評価は低下したままに終わる。

 理不尽なクレームをくらった真田が怒りに震え、それを順平が抑えて抑えてと宥めながら、ゆかりが美鶴と一緒にどうやって鍵を取りに行くか話し合おうとしたとき、一人の少女が不敵に笑ったかと思えば声色を特徴的なだみ声に変えてポケットから何かを取り出した。

 

「テレテテッテテー、“万能スペアキー”!」

 

 言いながら彼女が高く掲げたのは一つの鍵束。それは以前、とある青年が持っていた物に酷似しているが、それを取り出す際の変な小芝居はなんだとゆかりがツッコミを入れる。

 

「いや、なんのモノマネよ」

「なんのって青狸だけど?」

「というか、それは本物か?」

「本物ですよ。八雲君に夜中の学校に侵入したいから一日貸してって言ったら、何個か持ってるからあげるってくれました」

 

 美鶴に問われ七歌はあっさりと入手経路をばらす。とある青年の持っていた物と酷似しているのではなく、いま七歌が持っている物がまさにそれだったのだ。

 確かに学校から鍵を盗むよりも、何故か学校全ての鍵を所有している彼から借りた方が、様々なリスクを考えると簡単に済むだろう。

 事前にちゃんと考えて鍵を手に入れていた七歌を褒めてやりたいとも思うのだが、美鶴としては重要な鍵があまりにも杜撰に管理されていると知って頭が痛いと手で押さえた。

 

「取り扱い注意の薬品棚の鍵もあるというのに、そんな簡単に鍵束を配られると困るのだが……」

「まぁ、今回はいいだろう。終わればお前が預かって保管していればいい」

「え、私が貰ったんですからあげませんよ」

 

 八雲から貰った物をあげる訳がない。馬鹿言ってんじゃねえよと七歌が真田を冷たくあしらえば、先輩を敬わない女子二人に真田は肩をふるわせ、再び順平がここは我慢ですと彼を宥める一幕があった。

 だが、これで容易に侵入出来ることになった。あとは影時間になる前に三人が体育倉庫に潜み、他二人が後からエントランスで待機しておけばいい。

 危険だとは思うが、これも風花を救うためだと全員は気合いを入れ直し、絶対に助けるぞと心を一つにしてから任務にあたった。

 

 

――影時間

 

 結果から言えば山岸風花は簡単に見つかった。

 バラバラになってしまった七歌たちが合流した頃、歩くのもやっとという酷く疲弊した様子だったが風花が現われ、そんな彼女にゆかりが肩を貸す形で転送装置を探して現在はフロアを歩いている。

 お守りだと言って風花に召喚器を渡した真田は美鶴たちに合流したことを伝えようと思ったが、どうやらここは索敵圏外らしく音声はぶつ切りになって上手く伝わらなかった。

 

「うわっ、大きな月」

「そういや、今日は満月ってテレビで言ってたよん」

 

 通信は上手くいかなかったが、それでも既に合流した真田たちがエントランスに戻れば問題ない。

 そうして先を目指して歩いていると、外が見える廊下にさしかかったところで、巨大すぎる月を見たゆかりが声を上げ。それに答えるように七歌もテレビで聞いたばかりのことを伝える。

 二人の会話を聞いていた真田は先行しつつ暢気なものだと思っていたが、友達を助けられて気が抜けたのだろうと注意はせず、自分が気をつけていればいいかと周囲を警戒する。

 だが、そんなとき突然通信機から乱れた音声が入ってきた。

 

《きこえ……敵…………いそい……っ》

 

 最後にブツッ、と音を立ててから反応が消える。真田たちが呼びかけても応答はなく、何かあったとしか思えない状況に真田たちの顔には焦りが浮かぶ。

 すると、これまでゆかりに支えられていた風花が、何やら怯えた様子で頭に手を当て口と開いた。

 

「な、なにか、来てます。大きな二つの反応が下にっ」

「大きな反応? まさか、やつらが来たのかっ!?」

 

 風花が合流した際、どうやってシャドウから逃げていたのか聞けば、彼女はなんとなく気配が分かると答え、もしかすると探知型の能力を持っているのかもしれない事が分かった。

 そんな彼女の言葉だからこそ、大きな二つの反応があると聞いた真田は、例の大型シャドウが現われたのかと考え、美鶴たちが危ないと言って駆け出した。

 彼を追ってゆかりたちも走って行くが、ゆかりたちは救助者を連れているため遅い。よって、真田一人が先を行く形になり、後を追って走る七歌は到着までゆかりと会話をしながら進む。

 

「ねえ、さっき思ったんだけどさ。前のモノレールの日も満月だったよね。それで今日も満月に敵が来た。これ偶然だと思う?」

「大型シャドウは満月に現われるってこと? 最初の腕いっぱいマンが現われたのも満月なら可能性は高そうだけど」

「一ヶ月周期くらいと思えばほぼ合致してるよ」

 

 最初に現われた大型シャドウ“マジシャン”も、前回現われた“プリーステス”もほぼ一ヶ月周期であり、極めつけの今回。これはほぼ確定と言っていいだろう。

 イレギュラーと思っていた大型シャドウの出現周期を突き止めた二人は、この情報は次回以降の活動に役立つはずだと他の者にも伝えることにし、ならば、絶対に生き残らなければならないと先に戦っている美鶴たちを助けるため転送装置の元へ急いだ。

 

***

 

 先に到着した真田の目に飛び込んできたのは、煙をあげながら横転しているバイクと傷つき倒れる美鶴と順平。そして、剣を持った大型シャドウと杖を持った大型シャドウを相手に、ボロボロになりながら一人で戦っているヒーホーの姿だった。

 いくら攻撃してもヒーホーのスキルは効いていないようで、ヒーホーはただ敵が順平と美鶴の許へ行かないよう氷壁や氷刃で妨害している。

 しかし、いくらヒーホーが頑張ろうと敵は二体。剣で氷壁が砕かれると、もう一体のシャドウの杖から放たれた風弾を横殴りに喰らい小さな身体が吹き飛ぶ。

 それらを見た瞬間、真田は全身の血が沸き立つかのような熱を感じ、それが怒りであると理解しながら召喚器の引き金を引いていた。

 

「貴様らぁっ!!」

 

 呼び出されたポリデュークスが杖を持ったシャドウに接近し、ヒーホーの分だとばかりに拳で殴りつける。

 身体の表面は金属のような質感だったが、そんなものは関係ないと力の限りに拳を振り抜けば、敵はくの字に身体を曲げて吹き飛んだ。

 石柱に背中をぶつけた敵はそのまま倒れているが、こんなものでは怒りは治まらない。

 真田は自分を仲間意識をそれほど強く持つタイプではないと思っていたが、こうやって目の前でやられているのを見れば、理性など吹き飛んで敵を沈めてやると駆け出すほどには仲間思いだったことを理解する。

 美鶴も順平も全身ボロボロだ。強大な敵を前にしても、真田たちの安全のため通信機だけは守らねばと奮闘したのだろう。

 そして、二人が倒れてからも、ヒーホーは小さな身体で必死に戦い彼らを守ってくれた。

 まだ意識を手放していないヒーホーは、動かない身体を頑張って起こそうとしているが、真田が後は任せろと強い意志の籠もった瞳を向け、自分の拳を握り締めると剣を持ったシャドウへ駆け出す。

 弱点を突いたのか杖のシャドウはまだ起き上がってこない。状況は一対一であり、それは真田にとって好都合だった。

 接近に気付いた敵が剣を振り上げるも、真田はチドリに言われてから鍛えていた攻撃の予測軌道を読み切り、横薙ぎに振るわれた剣を身体を沈み込ませることでやり過ごすと、そのまま身体を起こす勢いを乗せて腹部に拳をめり込ませた。

 金属製のナックルが敵の腹部にぶつかったとき赤い火花が散る。質感が金属のそれと似ているとは思っていたが、実際に身体が曲がる金属で出来ていたようで、もはや鎧と変わらないなと真田は心の中で吐き捨て距離を取る。

 そのタイミングで七歌たちも遅れてエントランスに到着し、倒れている美鶴たちを見たゆかりが慌てて回復魔法をかけた。

 

「お願い、イオ!」

 

 回復魔法によって傷のいくつかが治っても二人は動かない。意識を失っているだけで命は無事だが、それでも仲間をこんな目に遭わせた者を赦しはしないと七歌も召喚器を抜いた。

 

「ベリス、二連牙!」

 

 現われた騎兵のペルソナは馬を器用に操り剣を持ったシャドウに接敵すると、手に持った槍で二連突きを叩き込む。

 しかし、攻撃を喰らっても敵は怯んだ様子もなく、貫通攻撃が効かないのかと七歌は舌打ちをした。

 

「貫通無効! ゆかりは物理攻撃以外に専念!」

「了解!」

 

 すぐに情報を共有して仲間に指示を出す。味方がやられて頭に血が上ろうと、リーダーである七歌は判断力を残しておかなければならないのだ。

 だが、味方に指示さえ出せば彼女もある程度は自由に動く。先ほど真田の攻撃を喰らっていたということは、相手には打撃は効くということ。

 

「ゾウチョウテン、突撃!」

 

 ならば有効な技が判明するまでは効く技で敵を攻撃するしかない。

 鎧を纏った武人のようなペルソナは相手が振るった剣を手に持った錫杖で弾き、空いたボディを渾身の力で殴りつける。

 

「ウソッ、なんで効かないの!?」

 

 だが、その攻撃を喰らった敵は平然と立っていた。予想外の事態に後退していた真田も驚いており、一体どういうことだと考えていれば、復帰した杖のシャドウのスキルがゾウチョウテンを襲った。

 先ほどヒーホーを攻撃したものと同じ風弾は、疾風が弱点のゾウチョウテンに効果抜群。一撃で消えるゾウチョウテンからのフィードバックダメージに七歌は喘ぎ、味方が攻撃を受けたことで真田が再びペルソナで攻撃を試みるが、今度は杖のシャドウにも攻撃が通らなくなっていた。

 先ほどまでは効いていた攻撃が通らない。これまで出会ったことのないシャドウの能力に一同は動揺する。

 これが仮に一度でも受けた攻撃が効かなくなるというタイプならば、状況は既に積んでいるといえる。攻撃の種類と同じ数だけしか相手にダメージを与えられないということは、つまり一撃必殺並みの威力が要求されるということだ。

 今の七歌たちに大型シャドウを一撃で倒せるほどのスキルはなく、さらに言えばあと何属性攻撃可能なのかも分からない。

 ゆかりはとりあえずダメージを受けた七歌や、未だに気を失っている美鶴たちを移動させて回復させているが、いくら自分たちの傷を癒やそうと敵が無事ならジリ貧でしかない。

 アナライズが出来る美鶴が意識を取り戻せば状況も変わってくるが、頭から血を流していた彼女が意識を取り戻してすぐにペルソナを呼べるとは思えないため、七歌は味方を連れて撤退することも考え始めていた。

 そして、タルタロスの入り口に視線を向けたとき、彼女の視界に戦場へヨタヨタとおぼつかない足取りでやって来る者の姿が映る。

 

「森山さんっ!?」

 

 やってきた者の姿に驚き、最初に声をあげたのは風花だった。

 どうして彼女がこんな場所にいるのか。意識がハッキリしていないようで、自分が戦場に向かって進んでいることに気付いている様子はない。

 そして、そんな闖入者の存在にシャドウも気付いたようで、剣を持ったシャドウが森山の方へと向かっていく。

 

「クソッ、なんで来たんだ!」

 

 このままでは不味い。敵の足止めをしようと真田が向かおうとするも、杖のシャドウが今度は炎弾を放ち行く手を遮ってくる。

 避けた真田は咄嗟に召喚したポリデュークスの雷で二体のシャドウを攻撃し止めようとするも、結果は先ほどと同じで敵にダメージはない。つまり、剣のシャドウが森山へ近付いていくのを止められなかったという事だ。

 

「風花、あたし、風花に謝らなきゃってっ」

 

 今の彼女に敵の姿は見えていない。ただ風花に会って謝らなければならないという意思のみで動いているようだ。

 けれど、そんな彼女の事情などシャドウには関係ない。あと数メートルというところに迫った彼女を切り裂かんとシャドウは立ち止まり剣を振り上げる。

 

「ダメ、森山さん! 逃げて!」

 

 このままじゃ死んでしまう、だから逃げろ。そういって駆け出そうとする風花は、近くにいたゆかりに止められてしまう。

 

「風花、危ないから下がって!」

「でも、森山さんがっ」

 

 真田は杖のシャドウに足止めされ、真田とゆかりらの中間地点にいる七歌では間に合わない。

 森山本人は未だ意識がハッキリとせず、自分から相手の攻撃圏内に進み続けている。これでは見殺しにするようなものだと風花は必死にゆかりの拘束を解こうと暴れるが、哀しいかな体格差に加え運動部と実戦で鍛えているゆかりに力で勝てるはずもなく、風花は黙って森山に剣が振り下ろされるのを見ているしかなかった。

 

「やめて――――!」

 

 杖のシャドウの攻撃を多少喰らってでも突破し、森山の許へ駆けつけようと真田も向かうが既に遅い。

 風花の心からの叫びも空しく、人の身の丈より長大な剣が森山に向かって振り下ろされる。

 剣は森山の胴体を捉え、彼女の腰から上が下半身と別れを告げて飛び、硬い床にぶつかると音を立てて砕けた。

 

『――――え』

 

 一体何が起こったのか。確かに剣は森山の胴体を分断したはずだと、事態が飲み込めない者たちの声が重なる。

 切り飛ばされた森山の上半身は床にぶつかると砕け、大小様々な透明の欠片になって床に散らばる。

 そして、さらに視線を奥に向ければ剣の届く範囲よりも入り口側に、未だ無事な姿の森山が立っていた。

 

「贋物? いや、しかしあれは……」

 

 状況が分からず真田は杖のシャドウの攻撃に注意しながら、分断された森山だったものを遠目から観察する。人の下半身ほどの大きさをした透明な塊になったそれは、周囲で何かがキラキラと細かく光っており、さらに白い煙を出しているようだった。

 見ていた真田はドライアイスに似ているなと思ったところで、もしやと小さな仲間に視線を向ければ、倒れていた彼が指先から魔法を使っているのが見えた。

 彼の操る属性は氷。それは周辺と温度変化を起こすことも可能な術であり、危険を感知した彼は他の者が気づくよりも先に森山と同サイズの氷柱を作り出し、温度変化で像を歪ませてあたかも森山がそこまで既に進んでいるように見せたのだ。

 

「お前ってやつは!」

 

 自分も瀕死だというのに、そんな状態でも他の者を助けようとする彼には頭が下がる。

 敵に攻撃が効かないことで絶望を感じ始めていた真田は、彼の活躍によって心の中に熱いものが蘇ってくるのを感じた。

 そして、それは真田だけではない。七歌やゆかりもヒーホーが森山を助けてくれたと気づき、先ほどまでの焦りが消えてここをなんとか突破しようと前向きな気持ちを取り戻す。

 敵の能力の正体は分からないが絶対に勝って生き残る。頑張って勝とうと七歌が仲間に号令をかけようとしたとき、七歌は視界の端に映っていた小さな仲間の変化に気付いた。

 

「ヒーホー君っ!?」

 

 見ればヒーホーの身体が半透明になって消えかかっていた。それはペルソナを消すときや耐久限界を迎えた際に消える状態に似ている。

 そう思ったところで、七歌たちは自分たちが彼に対して一つの勘違いをしていたことに気付く。

 いくら自我を持ったように自律行動していようと彼は一つの生命ではなくペルソナだ。となれば、耐久限界を超えれば当然のように消滅してしまう。

 人ならば瀕死状態でもスキルや自然治癒等で回復を見込めるが、ペルソナにおいては回復スキルを使おうと肉体ダメージが回復するだけで、身体を構成しているエネルギーが還ってくる訳ではない。

 ヒーホーはただでさえ瀕死状態だというのに、さらに遠隔で高度にスキルを使ってしまった。これでは耐久限界を超えエネルギー切れになって当然だった。

 

「待ってて、いま私が力をあげるから!」

 

 エネルギーが切れようとしているのなら、自分の力を分け与えればいい。方法など知らないが七歌はヒーホーに駆け寄ろうとする。

 しかし、ここで再び杖を持ったシャドウが今度は広範囲にスキルを放って妨害してきた。

 仲間が消えようとしている今、お前の相手などしている暇は無い。真田と七歌は同時に引き金を引いた。

 

『邪魔をするなぁぁっ!!』

 

 一瞬で現われたポリデュークスの雷とエウリュディケーの風が融合し敵を壁まで吹き飛ばす。その間に七歌がヒーホーまで駆け寄ろうとしたとき、消えかかっていたヒーホーが突然光に包まれた。

 まさか、もう消えるのか。心がざわつく七歌たちが見ている前で、光に包まれたヒーホーの姿がゴスロリ調のドレスを着た少女に変わった。

 ペルソナの姿が変わる場面など初めてみた一同は呆気にとられるも、少女の姿になっても相手は消えかかった半透明なままで、それは限界が近いことを表わしていた。

 ならば、やはり自分が力を分け与えねばと七歌が近付こうとすれば、ヒーホーだった少女は首を横に振ると小さく笑った。

 

《……一緒に遊んでくれて…………ありがとう……》

 

 鈴のような可愛らしい声が耳に届いた次の瞬間、少女を中心に風が渦巻いた。エントランスの気温が急激に失われていき、あまりの寒さに美鶴と順平も意識を取り戻したようで何が起きているのだと周囲を見渡している。

 だが、そんな二人を除いた他の者は、少女が最期の魔法を放とうとしていることを理解し、何も言うことが出来なかった。

 床や壁が凍りつき、敵シャドウの体表面も白くなって動きが鈍くなる。ギシギシと音を立てながらやってくる敵がスキルを放つも、それらはすぐに凍りついて消滅する。

 氷の風が渦巻くこの空間は彼女の領域。氷結結界ともいえる攻防一体の術を発動した彼女は、これまで様々な攻撃を無効化してきた敵がその場から一歩も動けなくなったことを確認すると二体のシャドウに向けて手をかざし呟いた。

 

《――――摩訶鉢特摩》

 

 摩訶鉢特摩、別名を大紅蓮地獄。八寒地獄の最下層にして、そこへ堕ちた者は寒さによって肉体が折れ砕け、最後には噴き出した血の花を咲かせるという。

 彼女の放った術はまるでそれを再現するかのようにシャドウの身体を凍らせ、渦巻く風の衝撃で倒し粉々に砕いた。

 砕けたシャドウたちは靄になって消えていき、血の赤い花とはいかなかったが黒い花を見事に咲かせた。

 

「ヒーホー……君?」

 

 その時々によって攻撃がランダムに効かなくなるという規格外の力を持った敵は消えた。だが、その代償として仲間が一人消えようとしている。

 実感の湧かない七歌が呆然としながらヒーホーだった少女に近付き声をかければ、もうほとんど消えかかっている少女が振り返り見惚れるような笑顔を浮かべた。

 

《……さようなら……ばいばい》

 

 少女はそう言い残して完全に消えた。彼女のいた場所には七歌があげたニコちゃんバッヂだけが落ちて残っている。

 死ねば消えてしまうペルソナやシャドウだからこそ、身に付けていた物が一つ残っていることで彼女が消えたことを実感させられた。

 一歩一歩ゆっくり近付き落ちているバッヂを拾った七歌は、その場に座り込んで震えた声で言葉を漏らす。

 

「お、女の子なら、最初から言ってよ……私、ずっとヒーホー君って、男の子の名前で呼んじゃったじゃん……」

 

 これまで仲間と一緒に何とかやってこれた。だが、分断されただけで今回のような結果になってしまった。

 相手が大型シャドウだった、特殊な力を持っていた、そうやって敗因などいくらでも挙げられるが結局は自分たちが弱かったという事実に行き着く。

 敵を倒すことは出来たがそれはヒーホーのおかげだ。七歌たち特別課外活動部は今日初めてチームとして敗北し、その結果一人の仲間を失った。

 やりきれない結果に真田は床を殴りつけ、これまでどんな時でも弱さを見せなかったリーダーもこの日だけは涙を流した。

 

 

 


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