【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

216 / 504
第八章 -Advance-
第二百十六話 前を向く


6月10日(水)

朝――巌戸台分寮

 

 あの日、山岸風花を救出した七歌たちは、彼女を病院へ連れて行くという美鶴と別れ寮に戻った。

 気を失っていた順平と美鶴も、目覚めたときにいた少女がヒーホーだったと七歌らの反応から気付いていたようで、自分たちがちゃんと戦えていればと七歌たちに謝ってきた。

 しかし、今回の敗北は自分たち全員の責任であり、命懸けで敵を倒してくれた彼女に報いるためにも強くなろうと全員の心が一つになった。

 

「いってきます、ヒーホー君」

 

 そして、大切な仲間を失った先日の戦いは、普段はふざけていた七歌にも一つの変化をもたらした。

 制服に着替えて学校へ向かう直前、七歌は部屋のコルクボードに留めたニコちゃんバッヂに挨拶をしてから部屋を出る。

 そのバッヂは名誉隊員に与えたのに、自分の許へ帰ってきてしまった思い出の品だ。

 先日の戦いは全員が弱かったから負けたという話になったが、リーダーを務めていた七歌は他の者にはそう言いながらも、自分に対しては納得出来ていなかった。

 あれは作戦を組んだ自分の責任である。大型シャドウが現われようと順平たちを退かせることが出来ていればヒーホーの消耗は軽微で済んだ。エントランスに戻った自分たちが敵を牽制しながら風花を外に出しさえすれば、後はヒーホーが氷の壁でも作って敵の足止めをして時間を稼ぐことも出来ただろう。

 こうやっていれば敵にも勝てたなどと、そんな風に終わってしまったことを言ってもしょうがない。頭ではそう分かっていても心は素直に納得してくれない。

 だからこそ、七歌はもう絶対に負けないと心に決め、タルタロスに行くとき以外にもより高度な自主練を行なうようになった。

 まだ始めたばかりだが七歌以外のメンバーも既に動き出している事を彼女は知っている。ヒーホーの消滅にショックを受けているのは全員が同じで、彼らもまた己の無力を痛感したのだ。

 もうヒーホーは助けてくれない。なら自分たちが強くなるしかない。もう二度と仲間を失わないために。

 そうして、七歌も他の者たちも次の戦いに向け、既に前を向いて歩き始めていた。

 

昼――ポロニアンモール

 

 七歌たちが学校で勉学に励み、風花が病院の個室で一人寂しく入院している頃、ようやくリニューアルオープンを迎えることが出来た古美術眞宵堂には店主ではなく一人の青年の姿があった。

 以前よりも店が広くなり、さらに壁の陳列棚を増やして貰ったことで置いてある品数は随分と増えた。

 しかし、骨董品屋というのは一部の層にしか需要がない。新装開店などと謳っても足を運ぶ者もほとんどおらず、リニューアルオープンに際して客が来ることを楽しみにしていた栗原は少々ショックを受けたようで目玉商品を仕入れてくると出かけてしまった。

 正式な店員は店主である栗原しかいないので、彼女が出かけている間は必然店を閉めておくとしかないのだが、使い勝手のいいバイトの青年がいたことで彼女は湊を召喚するなり出かけていった。

 一応、湊は元バイトであって、現在もバイトとして働いているのはチドリだけなのだが、勉強する意味のない湊と違って彼女は授業を受ける必要がある。

 それ故の人事だと言われてしまえば湊も納得するしかなく、風花がある意味社会復帰したこともあって、少しぐらいは栗原の頼みを聞いてやっても良いだろうと彼は大人しく店番を引き受けていた。

 誰もいない店の奥、一人パソコンで仕事をしながらコーヒーを飲む姿は実に画になっている。だが、そうやってEP社の仕事をしていた湊は、突然心がざわつくような感覚を覚え、一体何だと顔を上げて周囲数キロ圏内を索敵する。

 

「――――――っ」

 

 例え日中であろうと異常があれば動く必要がある。そう考えながら索敵した湊は、ここに存在するはずのない気配を感知し、そしてそれと共に自分の知るものとよく似ているが若干異なる複数の気配も見つけたことで、先ほどのざわつくような感覚を覚えたのはこれのせいかと当たりをつける。

 見つけた気配の数は合計十三。それらはベルベットルームの扉がある奥の路地からゆっくりと広場の方へ出てきて立ち止まっている。

 すると、交番にいる桐条側の協力者である警官が接触し、離れるとそれぞれが分かれてモール内を散策しはじめた。

 

(なるほど、“そういう存在”なのか)

 

 最初は紛い物かと排除を検討していた湊だが、自分が彼女の気配を読み間違えるはずがないという絶対の自信を持っている青年は、突然現われた気配が本物であると理解したことで、この世界または時間軸の存在ではないと看破した。

 そして、待っていれば気配の一つが近付いてきて、引き戸を開けるカラカラという音が聞こえれば、蝶々を模したデザインのバイザーを頭に付けた少女が店に入ってきた。

 

「ごめんくださーい。って、ここ何屋さんなんでしょう? 雑貨屋?」

 

 その声と姿は久遠総合病院で働いている水智恵に似ているが、身体の一部が明らかに人のそれではなく、さらに言えば腕などは球体関節になっている。

 どう見ても相手は人間ではないものの別に差別する気のない湊が黙っていれば、物珍しそうに店内を眺めながら入ってきた少女は奥のカウンターにいる湊に気付いて会釈してきた。

 挨拶がちゃんと出来ることは良いことだが、見ていると随分とぎこちない様子でまだ慣れていないようですらある。

 そんな珍しい客を湊が眺めていれば、先ほど突然現われた反応のうちの一つがやってきて、扉を開けるなり怒った様子で先に来ていた少女の名を呼んだ。

 

「メティス、勝手に色々な場所に行ってはダメでしょう! それにここは雑貨屋じゃ、なくて……」

 

 入ってきた少女は怒っていたはずなのに湊の姿を見るなり言葉を失っていく。

 月光館学園の制服に身を包み、煌めくような金色の髪をふわりと肩に垂らす少女は、青い瞳を揺らしながら青年をジッと見つめると口に手を当てる。

 

「……ようこそ、古美術眞宵堂へ」

 

 そんな少女に向かって青年が静かに口を開けば、

 

「八雲さんっ」

 

 瞳に大粒の涙を溜めた少女はもう一人の少女を放置したまま、カウンターに陣取る青年の許までやってくると彼に抱きつき声をあげて泣き出した。

 先にやって来た少女は後から来た少女の突然の反応に目を丸くし、それは青年も同じでとりあえず彼女が泣き止むまで優しく頭を撫でていた。

 

 

***

 

 少女が泣いていると、少ししてから彼女の仲間たちも店に集まってきた。

 やってきた者たちは全員が湊の姿を見ると驚き、数名の女子が金髪の少女と同じように大粒の涙を流していたが、とりあえずこれでは話が出来ないからと、青年が赤髪の少女に準備中の札を出すように指示してから少女が泣き止むのを待った。

 彼女や他の少女らが泣き止むまでは少しの時間を要したが、全員が店に入った時点で店の中の時間が外よりも速くなるように時流操作を施している。故に、ここで一時間喋っていようと外では数分しか経たないので、泣き止んだ少女らが顔を洗って目を冷やしてからでも何の問題もなかった。

 店が広くなったことで椅子を置くだけの空間が出来たため、カウンターを囲むように湊がマフラーから出した椅子を配置すれば、他の者たちはそれに大人しく座り、湊のマフラーから取り出されたコーヒーと紅茶をそれぞれが受け取ったところで最初に泣いた少女・アイギスが申し訳なさそうに謝罪を口にする。

 

「すみません、突然……」

「いや、大丈夫だ」

 

 別に泣いたのはアイギスだけではない。最初に現われたメティスという少女を除けば、女子は美鶴以外の全員が涙を流していたし。男子も真田と荒垣は驚いた顔をしていただけだったが順平や天田は少し涙ぐみ、コロマルはコロマルで嬉しそうに尻尾を振っていたため、全員が大きく反応したことに違いはない。

 ただ、それでもアイギスは急に出会って泣いたことで困らせたと感じているようで、別にそちらの事情はおおよそ把握しているからと、湊はマフラーからクッキーなどのお茶菓子を出しながら自分から話しかけた。

 

「それにしても、未来人の客を相手にするのは初めてだな」

「未来人って、八雲君どこで気付いてたの?」

「お前たちが来た時点で気配には気付いていた。そして、お前たちが本物であることも分かったから、力の大きさでもっと未来から来た本人なのだろうと推測したんだ」

 

 ただ会っただけで未来から来た本人だと分かる者などそういないだろう。湊自身も最初は紛い物と疑っていたが、彼がアイギスやチドリの気配を読み間違える訳がなく、さらに他の者たちの力が現在の彼らより大きくなっていることで“成長した姿”と認識出来たわけだ。

 他の者にすれば平然と時間旅行者の存在を受け止める彼の柔軟な頭にも驚きなのだが、アイギスの隣に座っていた蝶々型バイザーを付けた少女は湊のことを知らなかったので、短い会話の中で見せた彼の優秀さを讃えながらアイギスに彼が誰なのかを尋ねる。

 

「感知型の能力を持っているにしてもすごい読みですね。姉さん、この人は一体誰ですか? あの寮にはいなかったみたいですけど」

 

 あの寮、とは未来の巌戸台分寮のことだろう。湊はそもそも寮に住んでいないのでいなくて当然だが、ここには寮で暮らしていないはずのチドリとラビリスとコロマルもいる。そこから推測するに彼らがこことは別の世界の人間でなければ何かに対処するため集まったに違いない。

 今後への影響を考え、不必要に未来の情報を得てはダメだからと読心能力をオフにしている湊は、会話という短いやり取りの中から重要な単語を抜き出しつつ、現在向こう側で起きている事態をしっかりと把握しようと彼女たちの会話に耳を傾ける。

 

「この方は百鬼八雲さん。最強のペルソナ使いでわたしたちの大事な仲間。そして、わたしの一番大切な人」

「最強のペルソナ使い? なら、なんで私たちのいた世界のこの人は姉さんのピンチに駆けつけてくれないんですか? 正直に言って鈍っている他の人よりずっと頼りになると思うんですけど」

「それは……」

 

 聞かれたアイギスはとても言いづらそうに言葉に詰まる。他の者も反応は同じで、メティスだけが訳が分からないと首を傾げているので、事情を察した湊が他の者に代わって彼女に理由を語ることにした。

 

「メティス、だったか? 未来の俺が協力しない理由は簡単だ。そっちの俺は既に死んでいる。だから手助けしようにも出来ないんだ」

「……え? な、なんで? だって、え、でも、最強のペルソナ使いって姉さんが言ったのに、そんな人がどうして?」

 

 未来の自分が死んでいるなどと平然と宣う青年に、言われたメティスはどう反応して良いのか困っている。

 自分の信頼する姉が最強のペルソナ使いだと呼んだことも関係しており、そんな強い人間がどうすれば数ヶ月後に故人になるのか不思議でしょうがない様子だ。

 相手を困らせるつもりのなかった湊は気にしなくていいと返すけれど、そんな青年とは対照的に他の者たちは自分の死期を既に悟っているという彼の態度に納得がいかず、メンバーを代表してチドリが少し怒ったように彼に問いかけた。

 

「貴方、この時から既に自分が死ぬことを知ってたの?」

「まぁ確証はないが予感としてな。ああ、先に言っておくがニュクスとの戦い以降の話はしてもいいが、それより前のことは話すな。こことそちらが完全な地続きかどうか分からない以上、下手に未来の情報を俺に与えて分岐させる必要はない」

 

 黒々としたコーヒーの入ったカップに口を付け、自嘲するように口元を歪める青年に思わず他の者たちは言葉を失う。

 彼は眼に宿った力により万物の寿命を視ることが出来る。それは即ち死という概念を理解しているという事だが、そんな彼にすれば自分の命の終わりすらも感じ取れるようで、こうまで自分の命に対して執着を持っていないとどう声をかけていいか分からなくなる。

 しかし、それでも何か言わなければならないと、紅茶に視線を落としていた美鶴が顔を上げて口を開いた。

 

「自分が近い未来に死ぬことを予見しておきながら、君は随分と冷静にこちら側の状況も考えてくれるんだな」

「完全な地続きか分からないと言ったでしょう。もし、俺がここで首を刎ねて死ねば、ここはそちらから見て別の過去ということになる。時間というのはそれくらいあやふやなものなんですよ」

 

 美鶴たちからすればここは自分たちの過去という認識だ。けれど、死と同じように時間を概念的に理解している湊にすれば確実にそうだと言えるものではないらしい。

 分岐世界やパラレルワールド、自分たちのいる世界を基準にそれらをどう捉えるかが重要なのだが、彼がいうには世界とはリアルタイムで分岐して異なる世界が生まれるものだということだ。

 昼食に蕎麦とうどんのどちらを食べるか。そんな些細なことなら分岐は起きないけれど、未来からきた観測者がいたとしても、例えば彼らの世界で生きていた人間が死ぬような事態が起きればそれは観測者の目の前で別世界に分岐したといえる。

 だからこそ、湊は自分たちのいる世界が存続するルートに分岐したアイギスたちの世界と同じものになるよう、本来知り得ないニュクスとの戦いに関する情報を一切得ようとしなかったのだ。

 ただ、そんな二人のやり取りを聞いていたゆかりは、ちょっと待ってと口を挟んで、先ほどの会話で自分が気になった点について青年に尋ねた。

 

「てか、有里君いま普通に美鶴さんと会話したよね? え、いいの?」

「それはお前たちが勝手に勘違いしてるだけだ。俺は何も分かっていない状態の馬鹿と話す気がないだけで、自分が戦う理由を理解している状態になっていれば美鶴さんとも普通に会話する」

「フフッ、確かに以前の私は自分から見ても酷い状態だった。あんな状態の私に付き纏われていた君にはさぞ不快な思いをさせたことだろう。過去の私に代わって謝罪させてくれ」

 

 ゆかりが気になったのは湊が普通に美鶴と言葉を交わしていた事に関して。

 彼女の記憶ではこの時期の彼は美鶴と言葉を交わしていなかったようで、だとすれば普通に会話している今の光景は異様に映ったことだろう。

 ただ、それは湊も言ったように周囲の勝手な思い込みであり、本人は戦う理由を理解している状態の美鶴ならば会話もした。

 美鶴も昔の自分がどれだけ酷いものだったのか自覚はあったようで、彼女が昔の自分のことで彼に謝罪すれば、脱線していた話を戻すぞと真田も会話に参加してくる。

 

「話を戻そう。有里、俺たちの世界のお前は時限式で開く箱に手紙を入れていたんだ。その内容はただ二つ。一つは“俺を頼れ”、そしてもう一つが“妹を、メティスをよろしく”だ。これらに心当たりは?」

「ないですね。ただ、そっちの俺も今の俺と同じように未来から来た先輩たちに会ったんでしょう。だからこそ、過去の俺を頼るように伝え、さらにここで出会ったメティスを信用して良いと判断したってところですか」

 

 彼らがいうには寮の作戦室の奥、幾月が使っていた部屋の中に三月三十一日から四月一日になる直前に時間設定された電子制御の箱があり、その中に二枚の便箋と大量の宝玉輪が入っていたという。

 今の湊にそんな事をする理由も心当たりもない。だが、時の空回りが起こったことと中に入っていた手紙の内容から察するに、アイギスらの世界の湊は彼女たちが事件に巻き込まれると知っていたのだろう。

 湊がどこでメティスの存在を知るかなど今をおいて他にない。故に、そちらの世界の自分も同じように未来から来たアイギスたちに会ったのだろうと言えば、便箋に書かれていた内容を知らなかったらしいメティスが不思議そうに首を傾げた。

 

「私が妹? あ、でも、姉さんの大切な人ってことは、私にとっては兄さんなのかな。兄さん、兄さん、兄さん……うん、素敵な響き。あの、貴方のことを兄さんって呼ばせてもらってもいいですか?」

「……どうぞ」

 

 呼び方など好きにすれば良い。湊がそう返せばメティスは嬉しそうに顔を綻ばせる。

 相手はアイギスの妹を自称するように湊たちより幼いらしい。そう思って見ていれば納得の反応ではあるのだが、一部の者には湊に既に心を開いている様子が納得出来ないようで順平から不満の声があがる。

 

「えー、妹ちゃんってばここ来るまで一緒に戦ったオレたちより、会ったばっかの有里に懐くとか薄情じゃね?」

「まぁ、僕たちもまだ仲間として信用してませんからお互い様でしょう。有里さんの手紙がなきゃ同行も遠慮して貰いたかったですし」

 

 実際のところ順平もメティスをまだ信用し切れていないようだが、天田の方はもっとドライに手紙があったから同行を許していると取れる言葉を放つ。

 メティスとメンバーらの出会いは最悪で、どうやら彼女がメンバーらを排除しようと攻撃したらしいが、その辺りのことに興味のない湊は単純に気になった部分について指摘した。

 

「……なるほど、そちらの伊織は俺を呼び捨てなのか。となれば余計に別の過去という見方が強くなるな」

「ああ、六月ならまだオレっちも有里君呼びだったぜ。ちょっとした理由があって途中から呼び方変えただけでさ」

「また話が脱線してるぞ。コイツが言ってた過去と繋がった理由とか色々と話すことがあんだろ」

 

 別世界である証拠の一つだと思ったが、実際はまだ時期が来ていないだけの違いだったようで、それならばと湊は別世界かどうかの判断を保留にする。

 そして、再び脱線しかけた話を荒垣が戻しつつ、メティスを指してから、どうして二つの異なる時間軸の世界が繋がったのかなどの疑問を解消していこうという。

 メティスを除く他の者たちも同じように疑問は持っていたようだが、これは別世界か純粋な過去かで話も変わってくるものの、繋がった時点では純粋な過去だという前提で考えれば、それほど難しい話ではないと青年が答えた。

 

「……それ自体は簡単に予想出来ますよ。時の狭間は集合無意識の空間でしょう。つまり、シャドウやペルソナの持つ時空間に干渉する力を空間自体が持っている。なら、閉じ込められ孤立無援状態になり補給が見込めなくなったことで、全員が食料や治療薬などライフラインの確保を求めたため、その想いが場の力に方向性を持たせて色々と調達出来るここに繋がったんでしょう」

「え、なんで願っただけで繋がるの? てか、どういう理論で組み立てた予想よそれ」

 

 湊にとっての常識は他の者にとってすんなりと理解出来るものではない。

 その考えに至った彼の頭の中身を見てみたいとゆかりは呆れた顔になり、彼女以外も時の狭間がどういった空間なのか詳しい説明も受けずに理解出来ている時点で、彼が自分たちとは異なる視点で物事を捉えていると理解し諦めた顔をしている。

 ただ、メティスは事前に彼と同じ考えに至っていたらしく、湊も考えた末に同じ結論に至ったことが嬉しかったようで得意気な顔を見せる。

 

「ほら、私がした説明と一緒じゃないですか。兄さんの言ってることは多分合ってますよ。あそこは心の世界みたいなものだから、全員が願ったことで想いが大きくなり願いにも反応したんだと思います」

「へー、てか湊君よぉそんなん分かるな。当事者のウチらもよく分かっとらんのに」

「俺は元々時を概念的に理解しているからな。お前たちとは感じ方が違うんだ」

 

 僅かな時間の差しか存在しないけれど、“過去”の人間である湊が自分たちより状況を理解している。彼ならばと納得する気持ちがあると同時に、やはりそれでも不思議でしょうがないとラビリスは苦笑する。

 もっとも、時流操作を使える湊にすれば、時を概念で理解していれば状況から推測するのはとても簡単だった。

 二つの異なる時間に置かれた世界が繋がった理由もおおよそ理解出来、他の者たちがお茶菓子に手を伸ばしながらライフラインが確保されたが今後どうするかと話し出せば、湊の隣に座っていたアイギスが事の発端について彼の意見を聞きたいと口にした。

 

「あの、八雲さんはどうして時の空回りが起きたんだと思いますか?」

「……そうだな。タルタロス消滅の揺り返しで時の狭間が出現した事が切っ掛けではあるだろうが、寮だけが切り離されたってことは原因が寮内に存在すると思った方が良い」

 

 彼女たちの話によれば時の狭間はとても広いらしい。寮の床下の階段から降りることの出来るどこまでも広がる砂漠のような空間。そこにいくつかの扉があって、扉を潜った先のダンジョンの最奥にあった扉がこちらの世界に繋がった。

 どこまでも広がる砂漠のような空間というのは異界化していると判断して良い。影時間は現実世界に重なるように現われていたが、時の狭間は完全に心の世界側の空間という訳だ。

 それが寮の地下まで伸びてきたのは偶然かもしれない。だが、寮だけが空間的に切り離され時の空回りに巻き込まれたのなら、その原因は寮かそこにいる者たちにあると判断すべきだろうと青年は話す。

 

「まぁ、簡単に言えばお前たちが原因ってことだ。時の狭間は近くにいる者の精神の影響を受けるようだし、お前たちが先へ進むことを恐れているか、もしくは過去に囚われているんだろう」

「そんな、だって私はちゃんと前を見てるよ。君がいなくなって哀しかったけど、でも、守ってくれた世界だからそこで強く生きていくんだってっ」

 

 彼の言葉にそんなことは無いとゆかりが反論した。ここにいる青年に言ったところで意味はないのかもしれないが、それでも“同じ存在”である彼には自分がちゃんと歩き出していると理解して貰いたかったから。

 しかし、彼女の想いなど知らないとばかりに湊は全てを見透かすような金色の瞳を彼女に向け、それはお前がそう思い込んでいるだけだと告げる。

 

「……それは前しか見てないんだ。起こった事実を受け入れたんじゃない。見るのが嫌で、だから前しか見ないことで目を逸らしている。ほら、お前も過去に囚われているじゃないか」

 

 過去ばかり見ている幾月。今を生きるストレガ。それらと違い、過去を引き摺り未来しか見ていない青年だからこそ、少女が誰よりも過去に囚われているとすぐに分かった。

 他の者たちも彼の言葉に思うところはあったのだろう。気まずそうに視線を落としているが、直接指摘された少女は図星を突かれたからか、怒った様子で勢いよく立ち上がると感情のままに叫んだ。

 

「い、一体誰のせいだと思ってるのよ! あなたが、あなたが何も告げないで一人でニュクスと戦いに行って、それでそのまま……帰ってこなかったんじゃない……」

 

 途中から声を震わせ、瞳から大粒の涙を溢し、最後には顔に手を当てたままゆかりは椅子に腰を落とした。

 隣に座る美鶴らがゆかりの肩を抱くようにして落ち着かせているが、湊としてはいくら責められようが自分とは無関係なので知ったことではない。

 他の者たちもゆかりの言葉を聞いて複雑そうな表情で湊を見るが、同じ存在ではあるがここにいる湊を責めても何の解決にもならないとは理解しているようで、ゆかりの背中を撫でていた七歌が話を進めるため彼に今後どう動くべきかを尋ねた。

 

「八雲君、原因が私たちにあるならどうすればいいの? そう簡単に過去への未練をなかったことには出来ないと思うんだけど」

「別に未練自体は大した問題じゃない。というか、俺が語ったのは今回の件が起きた原因であって解決策じゃないからな」

 

 そう、湊が語ったのは“どうして時の空回りが起きたか”というアイギスの問いに対する答えだ。

 原因を究明したところで現在の状況に陥った理由しか分からない。そこから解決策を考えることも出来るかもしれないが、青年には既に事態を収束させる方法が見えているのか、アイギスを挟んでさらに隣に座っているメティスの方を見ると彼女に話しかける。

 

「メティス、時の狭間にはあとどれだけ扉がある?」

「えっと、沢山です。兄さん」

「そうか。まぁ、それを全部攻略してくるといい。そうすれば、お前たちの未練が形になって現われる。寮を三月三十一日に繋ぎ止めている楔がな」

 

 正確な数は数えていなかったようだが、それでも湊の役に立たねばとメティスは笑顔で答えた。

 状況を一番冷静に見ていると考えて彼女に尋ねた方にすれば当てが外れた訳だが、別に具体的な数を理解していまいがやることは同じである。

 全ての扉のダンジョンをクリアし、最後の扉の最奥で待っている存在を倒せ。とても簡潔にそう告げた青年は、未来から来た者たちに必要な物資を渡すと自分たちのすべきことをしてこいと彼女らを送り出した。

 

 

 




補足説明

 今回の話はペルソナ3FesのEpisode Aegisを過去側から見た話となっている。
 過去に来たメンバーが原作と異なっているのは、単純に彼女たちがそのメンバーたちが無事に生き残った世界の人間だからである。

 

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。