【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

218 / 504
第二百十八話 新しい玩具、新しい仲間

夜――ポロニアンモール

 

 切れた湊に後頭部にカラオケ割引クーポンを投げつけられ、さらに“どブス”呼ばわりされた少女は驚きにかたまり口をパクパクとさせている。

 一緒にいた男も同じように驚いているが、自分が身を挺して守るべき商品(タレント)に危害を加えられた事実によって再起動を果たし、相手の方が体格的に勝っていようと大人の男として物申さずにはいられないと湊に詰め寄った。

 

「君、急に女の子に何してるんだ!」

「……黙れ無能。公共の場でみっともなく喚き散らしているガキも諫められないくせに、よくそれで偉そうに口が聞けたな」

 

 近付いてきた眼鏡をかけた男は、傍に来ると余計に湊が大きく見えたのか不機嫌そうなオーラにも圧倒され思わず二歩後退ってしまう。

 しかし、ここで引いては少女を守る者としての役割を果たせないため、男は自分たちの非を謝罪しつつ一般常識として先ほどの行為は許されないと反論した。

 

「そ、それは申し訳なかったと思う。しかし、それでも見ず知らずの人間に物を投げるなんて許される事じゃない」

「歌いたいと騒いでるからカラオケのクーポンをやっただけだ。好きなだけ歌ってさっさと帰れ」

 

 言われて男が少女の近くに落ちている物を見れば、確かにすぐそばのカラオケ店の割引クーポンに違いなかった。

 少女が歌いたいと言っていたことも事実で、湊もその願いを叶える助けになるものを渡しただけとなると、男は立場的に微妙と判断したのか強く責める事が出来ない。

 もっとも、いくら正当に聞こえる理由があろうと、突然物を投げてぶつけた時点で傷害は成立している。ただ、それで話題になってしまうと売り出そうとしている少女の将来的にマイナスに働きかねないため、少女に怪我らしい怪我がないことから男は湊が反省を見せればこの場で収めようと思っているようだ。

 湊の性格を知っていればまずあり得ないと諦める選択肢なのだが、初めて会った男が知らないのも無理はない。

 そんな相手からの謝罪を待っている男に対し、湊はむしろお前がちゃんと頭を下げて謝れと完全に見下す形で冷たい視線を向ける。

 すると、

 

「ねえ、どブスってどういうこと?」

 

 今まで固まっていた少女が湊の傍までやってくるなり、先ほどの言葉はどういう意味なのかと問いかけてきた。

 実際のところ彼女も言葉としての意味は理解しているだろう。無論、“どブス”を性格ブスという意味で使っているとは思っていないだろうが、そうでないなら単純に自分の容姿が酷く醜いと言われたと思っているはずだ。

 相手がどういった経緯で芸能界に足を踏み入れたのか青年は知らない。親か知り合いがオーディションに応募したのか、それとも自分からタレントになろうとして養成所にでも通ったのか。

 湊にすれば相手はただの我が儘で五月蝿いだけのガキなので欠片も興味はないが、そんなに知りたいのなら教えてやると相手の質問に答えた。

 

「……お前がどブスだってことだ」

「だから、なんで私がどブスなのよ? 別に自分が特別可愛いとかいうつもりはないけど、そこまで言われるほど容姿が悪いとも思ってないんだけど」

「誰も容姿の話なんてしてない。救いようのない内面を指してどブスと言ったんだ」

「そういうのは性格ブスっていうの! あたしは違うけど!」

 

 やはり世間一般では性格ブスをどブスとは言わないようで、相手の少女は紛らわしいと地団駄を踏みながら抗議の声をあげてくる。

 その際、自分は違うと言ってくるあたりいい性格をしていそうだが、お前のことなど知らないとばかりに湊が聞き流していれば、言い合いをしている二人を観察していた男が何かに気付いたように言葉を発した。

 

「君、もしかして皇子かい?」

「井上さん、この失礼な人しってるの?」

「つい最近も話題になってただろ。バスケとテニスの両方で注目を集めた選手で、大手事務所からもスカウトされてるっていう。うちのスカウトも挨拶で名刺は渡せたって言ってたけど、その後もどこにも入ってないらしいね。けど、年末特番とかにも出てるし業界じゃ先輩だよ」

 

 少女から“井上”と呼ばれた男は湊の正体に気付き、すぐに不味いなという顔をする。

 男はあくまで少女のマネージャー、少女の方は活動ジャンルが不明だが駆け出しや下積みと呼ばれる段階を抜けていないことは湊でも理解出来た。

 となれば、芸歴や経歴から湊の方が業界内で先輩の立場であり、さらに湊は話題になったことでマスコミだけでなく共演した大御所とのパイプも持っているため、湊が少女の頭にクーポン券を投げつけたことが諍いの発端とはいえ井上は強く言い返せないという訳だ。

 テレビ出演の経験があると言っても一般人のカテゴリーに自分をおいている湊に業界の常識は通用しないが、相手がそれを知っているはずがないので、勝手に勘違いしてくれているなら利用してやろうと湊も急に強気になって相手に少し尋ねる。

 

「……どこの事務所だ?」

「タクラプロだけど?」

「なんだ中堅のくせに所属タレントの躾けも出来てないのか。ここ数年の新人発掘率の悪さの原因はそこだな」

 

 井上の方に聞いたつもりが少女の方が答えてきたが、タクラプロは湊も名前は知っているし、先ほど井上が言っていた通りスカウトの名刺も残っている。

 音楽方面に強いのか所属タレントはアイドルや歌手など音楽に関わる者が多く、モデルや俳優を専門としている者より肩書きはアイドルのまま女優業もしているようなタイプが多い。

 名刺を貰ってから調べた程度の知識ながらその程度は知っていたため、デビューした新人が悉く消えている最近の現状を指摘しつつ、湊は少女の態度から見て当然の結果だと井上に告げた。

 すると、言われた井上は確かに将来有望な新人は発掘出来ていないと複雑な顔をするも、しかしこの子は違うんですと熱意の籠もった目で見ながら返してきた。

 

「確かにここ最近までは不振でしたが、この子はこれまでの子と違って光るものがあるんです。公共の場で騒いでいたこと、監督する立場でそれを諫めることが出来なかったことは確かにこちらの落ち度です。ですが、この子の未来が既に決まっているような言い方は取り消していただけませんか?」

 

 マネージャーだから彼女を高く買っている訳ではなく、これまで大勢の担当を見てきたからこそ別格として買っているらしい井上は真剣に言葉を伝えてくる。

 反省もするし、謝罪も勿論する。しかし、この子の未来についてだけは聞き捨てならないと。

 だが、湊は少女の態度や振る舞いに問題があると指摘しただけで将来について言った覚えはない。そこは間違えてくれるなと真剣な表情をしたままの井上に淡々と返した。

 

「別にどブスの未来に対してどうこう言った覚えはない。こんなやつでも売り出し方で簡単に上まで行けるしな」

「簡単にって、自分じゃ出来もしないくせに」

 

 湊が少女よりも先輩であると理解した時点で井上は対応を改めていたが、少女の方は未だにどブス呼ばわりされていることもあって湊にタメ口を聞いていた。

 さらに、どうせ持て囃されていただけだろうと話題になったのは実力でないと言いたげな様子も見せてきたことで、こいつはどこまでも救いようがないなと湊も思わず嘆息する。

 

「お前と一緒にするな。俺は出来なきゃ言わない。なんならお前のステージだって用意してみせるぞ?」

「学校の文化祭で呼んでくれる程度でしょ?」

「月光館学園は有名進学私立でギャラを考えると小遣い稼ぎに良いはずだが、そんなものなら俺が用意したとは言えないな」

 

 桐条グループ出資の有名進学私立に加え、皇子効果もあって、月光館学園はいまや国内でもトップクラスの知名度を持っている。そこの文化祭となれば駆け出しのタレントとしては是非とも出させて欲しいと逆に頼んでもいいくらいだ。

 けれど、「アチャー……」と顔に手を当てている井上と違って少女は状況を正確に把握しておらず、公立の小学校や中学校のような手作り感溢れる文化祭を想像しているのかショボいと思っている節があった。

 感じ方は人それぞれであるため湊はわざわざ訂正しようとは思わなかったが、ギャラは良いんだぞとだけ返すと、自分のマフラーに手を伸ばしてそこから都内の地図を取り出し、それを相手にも見えるように広げてある部分を指さした。

 

「……この一帯は全てうちの土地だ。この公園は遊具のない草原だから、ここにステージを設営して周辺に出店を作れば野外フェスが開催出来る」

「え、これ広さは?」

「出店との距離を作ることを考えても二万人は呼べるな。まぁ、どブスにそれほどの集客力はないだろうが」

 

 普段は市民や入院患者の憩いの場となっている公園も、湊が言えば簡単に野外フェスの会場にすることが出来る。

 そも、無料開放しているだけで湊の管理する土地なのだ。ずっと使えないならともかく、数日間だけ祭りの会場になると言うことなら文句も出ないだろう。

 二万人というのは低めに見ての話であり、実際は安全性を確保した上で三万人だろうと呼び込めると思われるが、お前じゃ無理だなと湊が冷たく笑えばムッとした顔をしてから少女がマネージャーの方を向いて大声で言った。

 

「井上さん、この仕事取って! 二万人だろうと呼び込んでこの人のこと絶対ギャフンて言わせてやるんだから!」

「ええっ、いや、そんな簡単に言われても。というか詳細も詰めてないし、何よりりせ単独で二万人規模の野外フェスは僕も無理だと思うし……」

 

 いくら少女に可能性を感じていると言っても少女はまだ駆け出しだ。クラブでサプライズライブを開催するなど、そういった地道な営業を続けて知名度を上げていく必要があるというのに、いきなりこんなトップアイドル規模の仕事を単独で行なうなど大爆死しにいくようなものだ。

 それでも少女は自分を馬鹿にしてくる湊を見返してやりたいのか絶対にやると言い張っている。

 

「……あ、こんな時間にすみません、お久しぶりです」

 

 そうして井上がまたしても我が儘な少女をコントロール出来ずにいれば、いつの間にか地図を仕舞っていた湊が仕事用の携帯を取り出してある者に電話をかけていた。

 人と話している途中で電話をかけに行くなど余程の事だ。湊の口調は明らかに目上の者に対してのものであり、こっちがテレビで見ていたときの姿かと井上は彼の不思議な二面性をそっと眺める。

 対して、少女の方は途中に電話で抜けるなど業界人として常識がないとムスッとしているが、電話でしっかりと話が出来たらしく湊も別れの挨拶をしている。

 

「ええ、はい、じゃあそちらの都合に合わせますのでまた時間が決まり次第お電話ください。失礼します」

 

 話し終えた湊はすぐに携帯を仕舞うと戻ってくる。待たされた少女は不機嫌になって湊を睨むが、戻ってきた湊はそれを気にした様子もなく仕事の話だとして口を開いた。

 

「いま柴田さやかさんに連絡を取った。夏頃で良ければスケジュール的にフェスに参加出来るらしい。事務所やマネージャーとも相談する必要があるから、参加するかどうかを決める前にイベント概要を聞くミーティングをしたいとのことだ」

「ええ!? サーヤがそんな簡単にOK出したんですか!?」

 

 湊の話を聞いて驚いたのは井上だ。彼の言ったサーヤとは以前の年末特番で湊と共演したアイドルであり、現在の彼女は女優業にシフトしつつも業界でも五本の指に入るトップアイドルまで登り詰めている。

 そんな相手とパイプを持っており、さらに簡単な電話で前向きにイベント参加を検討すると返事を貰えるのはすごいことだ。

 少女単独ならば二万人など不可能だろうが、トップアイドルも参加するとなれば集客力においての問題は完全にクリアされる。中堅プロダクションの駆け出しのアイドルが到底参加出来るはずもないフェスに今ならば参加出来ることもあり、これはすごいぞと興奮気味に井上は突然舞い込んできたチャンスがどれほどの物かを熱く語った。

 

「りせ、これはチャンスだぞ! サーヤが参加するならイベント自体の注目度も上がる。そこで君も観客の記憶に残れば一気に知名度がはね上がるだろう!」

 

 無論、トップアイドルと同じ舞台に立つとなれば相応の苦労がある。主役にばかり注目が集まって一切記憶に残らない可能性もあるのだ。そこで未だ実績のない自分と相手の違いを自覚して折れることも十分に考えられるが、だとしてもチャンスがあるなら挑戦すべきだと井上は言う。

 しかし、駆け出しアイドルのシンデレラストーリーよろしく熱血な展開を繰り広げようとしている男には悪いが、青年は考えの読めない冷たい瞳のまま男の勘違いを指摘した。

 

「勘違いするな柴田さんはオマケだ。“どブスfeat.柴田さやかフェス”と呼んでもいいが、やるならとりあえず大見得切ったお前を主軸にしたイベントにする」

「なっ!?」

 

 湊の言葉に井上は思わず言葉を失う。雑誌のインタビューすら半年以上前から申し込まなければアポの取れないトップアイドルを、駆け出しアイドルのオマケとして起用するなど前代未聞だ。

 誰が見てもどちらが真の主役かなどハッキリ分かるだろう。けれど、名前が先に来ているなら少女の方がイベントの主役という扱いになる。

 ということは、イベントの主役でありながらフェス当日に大勢の客の前でモブとして扱われると言う訳だ。

 公開処刑どころの話ではない。完璧に、完膚なきまでに、ここに立っている青年はトップアイドルを夢見る少女の心を折ろうとしている。それを理解した井上が一転して冷静になり少女に参加を思い留まらせようとすれば、

 

「だからどブスじゃない! あたしには久慈川りせって名前があるんだから。呼ぶなら“久慈川りせfeat.柴田さやかフェス”って呼んで!」

 

 駆け出しアイドル・久慈川りせはそう言って湊に啖呵を切り、フェスへの参加に闘志を燃やしていた。

 それを眺める青年が心の中で“アイギスが来るまでのいい暇潰しを見つけた”と考えているとも知らずに。

 

――巌戸台分寮

 

 湊がそんな風にアイドルとも言えないタレントの卵と遭遇している頃、七歌たちは寮の作戦室に集まって全員が来るのを待っていた。

 部屋の中には既にゆかりと美鶴を除くメンバーが集まっており、理事長もコーヒーを飲みながら全員が揃うまでもうすぐだとゆっくりしている。

 そうしてさらに雑談しながら待っていれば、控えめなノックの音が聞こえ、すぐに扉が開くと美鶴とゆかりに連れられやってきた山岸風花が部屋に入ってきた。

 案内されつつ風花がテーブルのところまでやってくると、七歌はポケットからクラッカーを取り出し風花の方へ向けてから紐を引っ張る。

 

「きゃあっ」

「フー! 退院おめでとう!」

 

 驚いた風花は手で頭を押さえてしゃがみ込み、クラッカーから飛び出たカラーテープと紙吹雪が彼女の上に降り注ぐ。

 突然の七歌の奇行に仲間たちは何をしているんだと白い目を向けるが、風花が驚きつつも退院を祝って貰ったことに礼を言っていることでまぁいいかという空気になる。

 散らばったゴミを回収し、全てゴミ箱に捨てると新しくやってきたメンバーの分の飲み物を用意し、全員の前に飲み物が行き渡ったところで幾月が口を開いた。

 

「皆、集まってくれてありがとう。そして、山岸風花君は初めまして。僕は月光館学園の理事長をしている幾月修司だ」

「あ、はい。どうもはじめまして」

 

 一応、案内のパンフレットにも書かれていたので理事長の名前等は知っていたが、こうやって目の前で会って話した事はなかったため風花は恐る恐るといった感じで挨拶を返す。

 小柄な少女の硬い様子を見て幾月は緊張しなくていいよ笑顔を向けてやり、さらに隣に座っていたゆかりがクッキーでも食べるかと声をかけたことで風花の方の緊張も和らいでゆく。

 ここにいる者は理事長と七歌を除けば風花にとって顔見知りばかり。七歌も前に会ったことはあるので風花にとってアウェーという訳ではない。

 そのため、今は飲み物とお菓子でも楽しみながら話そうと言いながら、理事長は今回の風花の件と併せて先日の満月のことを切り出した。

 

「山岸君のことも含めて皆ご苦労だったね。まさか大型シャドウが複数現われるとは予想外だったが君たちが無事で良かった。彼……いや、正確には彼女なのかな? 君たちがヒーホーと呼んでいたペルソナのことは聞いているよ。自我を持ったはぐれペルソナが存在したとは驚きだが、彼女のおかげで君たちが無事だったことは幸運というほかない」

 

 これまで桐条の研究で自我持ちのペルソナやシャドウの存在は発見されていない。それが偶然にもタルタロスで見つかったのは運命の悪戯のようにも思えるが、そんな希少種のおかげで七歌たちが無事に生き残れた。

 そう、皆が助かるため、いや、皆を助けるためにその希少種が犠牲になったのだとしても。

 つい先日まで一緒に戦っていた仲間が死んだ。その事実は今も七歌たちの心に傷として残っており、それが人間ではなかったとしても関係ないとして、リーダーを務めていた七歌は自分の力不足を悔しがるように強く拳を握って呟くように声を出した。

 

「……気付く要素はあったんです。ちゃんと満月に敵が来ると気付いていれば、それにも対応した作戦を練ってヒーホー君が死ぬこともありませんでした」

「そう簡単にはいかないさ。何せ前例はたったの二度。一度目は強襲に近い形だったし、二度目も桐条君が偶然見つけたに過ぎない」

 

 七歌の言った“気付く要素”とは三回目である先日の満月を経ての考察だ。たった二度、それも全く別の場所、別のタイプの敵が出現したというのに、それらの共通点に気付いて三度目の敵の出現を予測するなど不可能に近い。

 

「君たちにとっては大切な仲間だったんだろう。だが、子どもを戦わせている大人としては、犠牲になったのがペルソナでよかったというのが正直な気持ちさ。シャドウの突然変異か、それとも誰かの残留思念がペルソナとなったのか。その存在自体に疑問は残るが、もしかすると召喚者の許に戻っている可能性もあるんだからね」

 

 冷たいと思われた幾月の言葉も最後まで聞くと風花を除く全員がハッとさせられる。

 言われてみれば確かにそうなのだ。ヒーホーのことは完全に独立した存在だと考えていたが、もしかするとどこかのペルソナ使いの許に戻っているかもしれないのだ。

 もしも、彼女を呼び出していた召喚者がいたならかなりの実力を持っている事は確実。ヒーホー自身の強さもそうだが、何よりも影時間を足した分だけとはいえ召喚し続けていたことになるのだから。

 ヒーホーの完全消滅よりは、破格の力を持ったペルソナ使いが存在したという話の方が希望が持てる。あくまで想像の域を出ない話ではあるが、もう二度と仲間を失わないよう強くなろうとしている者たちにも、少しくらい都合の良い希望を持つことは許されるはずだった。

 とはいえ、それはそれとして、いくら七歌たちが犠牲にならずに済んだと言っても、チームにおいて重要な戦力が抜けた事実は変わらない。その事は現実として受け止め考える必要があると美鶴は口にした。

 

「ですが、どちらにせよ我々が強力な戦力を失ったことも事実です。同じ氷結属性を扱うからこそ、私はヒーホーほど応用力もなく自在に魔法が使えないと自覚しています」

「あいつは守りの要だったからな。ミスをフォローして貰ったことも一度や二度ではない。もうやつの助力を得られないということは、今後は今まで以上に慎重に進まなければならないと言うことだ」

 

 そう、満月に大型シャドウを倒したなら、もしかすると再びタルタロスの上層階への道が開かれているかもしれない。

 上に行けば行くほど敵が強くなっているというのに、ここに来て自分たちを守ってくれていた存在が抜けた事はかなりの痛手だ。

 ワイルドの力を持つ七歌も驚異的な速度で力を付けてはいるが、チーム全員を守るほど余裕がある訳ではない。それは他の者も同じで、自在に氷で壁や足場を作ってフォローしてくれたヒーホーの抜けた穴を埋めることは到底出来そうになかった。

 せっかくヒーホーが生きている可能性があるかもという事で明るくなりかけたメンバーらも、信頼していたからこそ欠けた存在の大きさを嫌でも理解させられ再び沈んでゆく。

 普段はムードメーカーな順平や空気を読まない真田や七歌までも似た状態で、コーヒーを飲みながらそんな子どもらの様子に思わず苦笑して見せた幾月は、そう悪い話ばかりじゃないと場の空気を変えるべく別の話題を振った。

 

「確かにそうだ。だが、悪い話ばかりではない。桐条君、山岸君に説明はしておいてもらえたかな?」

「はい。入院中に少しですが、シャドウや影時間など用語について既に把握して貰っています」

 

 既に説明済みだという報告を美鶴から受けた幾月は満足そうに頷く。

 それを見たゆかりらが何の話だろうかと首を傾げれば、コーヒーのカップをテーブルに置いた幾月が風花の方へと身体を向けるなり口を開いた。

 

「では改めて説明しよう。我々は特別課外活動部、影時間に現われるシャドウたちから人々を守るため作られた組織だ。シャドウを倒すことが出来るのはペルソナという異能に目覚めた者のみ。そして山岸君、検査の結果君にも力があることが分かった」

 

 救出後に改めて検査をすればいつペルソナに目覚めてもおかしくない数値が計測された。その報告を受けていたからこそ、幾月は退院前に美鶴経由で風花に説明していたのだ。

 退院したばかりの少女を危険な活動に巻き込むなど間違っているだろう。しかし、ヒーホーが抜けた今だからこそ、幾月は貴重な戦力を欲していた。

 

「君自身もプライベートで色々と大変なのは分かってる。だが、こちらもなりふり構っている余裕がないんだ。単刀直入に言わせてもらうが仲間になってくれないか? 人々をシャドウという脅威から守るために、君の持つ、君だけの力を、我々に貸して欲しい」

 

 理事長という立場ある大人が真っ直ぐ見つめ真剣な眼差しで頼んでくる。そういった状況に加え、幾月は風花が悩んでいる“己の価値”を肯定する言葉を口にしてきた。

 今の彼女にとってそれは非常に嬉しい言葉だ。相手が知っていて口にしたのかは分からない。だが、ここに来る前から既に考えを決めていた少女は、こちらでも受け入れて貰えるならと自信なさげながら微笑で答えた。

 

「その、私なんかの力で良ければ」

「え、ちょっと、そんな簡単に決めていいの? 特別課外活動部に入るってなったらこの寮に住むことにもなるんだよ?」

「あ、うん。その説明も受けてるよ。ただ、ちょっといま両親と成績とかのことで上手くいってなくて、少し距離をとって考えたい気持ちもあるから丁度良かったっていうか」

 

 友人の事を心配したゆかりがちゃんと時間をおいて考えた方が良いと言えば、風花は心配してくれてありがとうと礼を言いつつ大丈夫だと返す。

 親と上手くいっていないことで距離を取りたい気持ちはゆかりにも理解でき、むしろ、その事に関しては先輩であるため強く反対は出来ない。

 もっとも、最初は母親から距離を取る意味もこめてやってきたゆかりも、青年に相談して色々と母親の立場を考えつつ、自分も人を好きになったことで母親の弱さを責められないと思うようになれたが、一人の女としての勘で相談のためだとしても風花を湊に近づける気になれなかった。

 何か理由があるのかと聞かれれば勘としか言えないのだが、それでもこういったときの予感は当たるものだ。一年生の終わり頃から幼さが抜け、風花も高校生らしく可愛さの中に女性らしさも感じるようになったことで、今の風花なら誰かと恋仲になることも十分に考えられる。

 すると、彼女と恋仲になる可能性のある第一位に湊がやってくるため、友人と泥沼バトルに突入したくないゆかりは、優秀な相談相手になってくれる青年を今回は紹介しないでおこうと心の中でこっそり少女に謝罪した。

 そんな風にゆかりが一人で良心の呵責などに耐えていると、仲間になることを決断してくれた風花を歓迎すると美鶴が優しい表情で話しかけていた。

 

「ご両親への説明はこちらで上手く計らおう。学業に関して悩みがあるのなら、私や明彦で空いた時間に勉強を見てやることも出来るしな」

「おい、勝手に決めるな」

「なんだ、お前は後輩であり妹の友人でもある者に勉強を教えてやることも嫌だというのか?」

「ぐっ……」

 

 自分のトレーニングの時間が削られることを嫌がった真田は不満を漏らすが、大事な妹の友人が相手となると無碍には出来ない。

 これが湊ならばせいぜい一人で苦しめと全力で見下しながら拒否するのだが、残念ながら相手は妹の友人の中でもとびきり善良な少女だ。これは観念するしかないと肩を落とし、分からないところがあれば聞きに来いと告げた彼を見て、幾月は仲が良くて素晴らしいと楽しそうに笑う。

 

「ははっ、まぁ山岸君が仲間になってくれて嬉しいよ。それで活動の話に戻るんだが、これが隊員の証である腕章と召喚器だ。見た目は拳銃だけど中が埋められているからね。仮にマガジンを入れても弾は撃てないんだ」

「あ、どうも、ありがとうございます。えっと、これを頭に当てて撃てば召喚出来るんですよね?」

「ああ、そうだ。だが言ってしまえば自殺するようなものだからね。活動までにという期限はあるが君の心の準備が出来たときでいいよ」

 

 救出の日に一度は渡された召喚器が再度戻ってきた。仲間になると決めた以上は腕章も召喚器も風花のものである。

 だからこそ、自分のペースで良いと言ったのだが、召喚器を手にした風花は立ち上がって何も置かれていない場所に行くと、心を静めて召喚器を額に当てると呟きながら引き金を引いた。

 

「――――ペルソナ」

 

 皆が見ている前で風花がペルソナの召喚を試みた。適性は足りている。なら必要なのは異能を顕現させる強い心だけだ。

 ガラスの割れるような音が響き、水色の欠片が風花を包むように回り始める。これは召喚が進んでいる証、故にほぼ成功したと言っていい状態になったのを確認した真田は、手にしてすぐ召喚に踏みきった彼女の思いきりの良さを思わず褒めた。

 

「受け取ってすぐにとは意外と肝が据わっているな」

「女は出産も出来ますからね。土壇場での肝の据わりっぷりは男とは比べものになりませんよ」

 

 七歌の説明は一見まったく別の話のようだが、言われて見ると関係しているように思えなくもない。

 これが彼女が“馬鹿と天才は紙一重”と言われる所以かと思わず納得しかけたところで、風花を包んでいた召喚光が治まり、召喚した少女はペルソナの内部にいた。

 随分と珍しい形での召喚に一瞬気を取られるが、すぐに再起動を果たした美鶴は風花のペルソナの力を把握するべく質問した。

 

「山岸、ペルソナの中に入っているがそれは動けるのか?」

「えっと、ダメみたいです。というか戦闘向きじゃないみたいで攻撃手段もありません」

 

 ペルソナの体内にいる少女は目を閉じて何やら念じるような仕草をみせ、すぐに何もすることが出来ないと申し訳なさそうに告げた。

 折角召喚したにもかかわらず動けず、さらに固定砲台のように止まってスキルを放つことも出来ない。これではただの的になるぞと美鶴が考えていたとき、先日の救出時のときの事を思い出した真田が美鶴に重要な話を伝え忘れていたと説明する。

 

「そういえば、山岸は召喚前からシャドウの位置を把握して逃げ回っていたらしいぞ」

「と言うことは動けない事も含め索敵に特化したペルソナという訳か。ふむ、今後は護衛に残す戦力も考えておく必要があるな。もう二、三人仲間が欲しいところだが……」

 

 先日満月の戦いでサポート係に護衛が必要だと実感したばかりだ。風花の力も範囲や発動時間の把握はしきれていないため、それらは今後タルタロスの攻略をする中で知っていけばいいだろう。

 だが、タルタロスを攻略していきながら、風花の護衛もしていこうとなると明らかに人数が不足している。こればかりはどうしようもないのだが、美鶴は顎に手を当て難しい表情で考えた後ふっと力を抜いた。

 

「まぁ、この話は今はいい。山岸、仲間になってくれてありがとう。また入寮等については後日話そう。下に車を待たせているので今日は送っていく」

「はい。あの、皆さん、これからよろしくお願いします」

 

 時間も遅いので今日はここまでにしよう。そう言って美鶴は風花から腕章と召喚器を受け取ると、それが元々入っていたアタッシュケースに仕舞い込む。いくら入部が決まったと言っても流石に本物の拳銃を改造した召喚器は家に持って帰れないからこその一時回収だ。

 風花がいつ入寮するかもまだ決まっていないが、既に仲間になることは確定しているため、美鶴に連れられ部屋を出て行こうとしたとき、風花は綺麗な笑みを浮かべてこれから仲間になる者によろしくと挨拶をした。

 その笑顔を見たメンバーたちは、ヒーホーという仲間を失ったことで落ち込んでばかりいたが、自分たちはこの笑顔を助けることはできたのだと思うことが出来た。

 新たな仲間が増えただけでなく、思い掛けないお返しを貰えたことで笑顔になった一同は、家に帰る風花を寮の玄関まで見送ることにして全員で一緒に作戦室を出て行くのだった。理事長ただ一人を部屋に残して。

 

 

 




本作内の設定

 原作内で荒垣が九月の満月戦にてエスカペイドで機器トラブルで大きなイベントが一つ飛んだと話しているが、P4でそれがりせのサプライズライブであったことが語られている。
 その時期について明確な設定がなかったことで、本作内では六月十一日にイベントがあったと設定する。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。