【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第二百二十話 遠い背中

影時間――タルタロス・42F

 

 新戦力となる風花の加入、そして美鶴が前線に出られるようになったことで、一同は入寮したばかりの風花と共にタルタロスへ訪れていた。

 これまで使っていた通信機器を積んだバイクは現在修理中。風花に補助機材は必要ないため、通信機器を積まなくて良くなったこともあり、壊れた箇所の修理と一緒に一部を改修しているらしい。

 それを聞いた七歌は実家から届いた愛車のドラッグスター400を美鶴に見せ、今度の休みにでも一緒に近場を転がそうとツーリングの約束をした。

 

《前方からシャドウ反応! 敵の数三、嫉妬のクビドです!》

 

 タルタロスに赴く途中、そんな会話をしていたメンバーたちだが、テレパシーのように直接頭に響いてくる声を聞きながら敵を視認したことで、七歌たちは前衛を入れ替えて七歌と美鶴が前に出た。

 背中に羽の生えた赤ん坊のようなシャドウは恋愛“嫉妬のクビド”。新たに開いた四一階以降から現われるようになった新種だ。

 小さい上に飛んでおり、さらに手に持った弓矢で遠くから攻撃してくるので相手は非常に面倒くさい。

 だが、ここは一本道の狭い通路だ。他に逃げ場がない以上は正面からの撃ち合いになる。

 それを読んでいたからこそ順平と真田も入れ替わった訳だが、前に出た二人は既に準備は出来ているとばかりに敵を睨んで召喚器に手をかける。

 

《敵の弱点は氷結属性です。疾風属性は効かないので注意してください》

『了解!』

 

 改めて風花から弱点を教えて貰った事で前に出た二人の迷いは消える。

 イメージするのは亡き仲間の雄姿、どこまでも自在に氷を操ってみせていた彼女の技量と発想は非常にためになった。

 彼女が七歌たちに知らしめた氷結属性の有用性は、他の属性と違って実体を持っている点だ。

 魔法としての威力を発揮出来ずとも、物理防御や物理攻撃に転用することも可能。そして、放つときにも工夫すれば限られた力でも威力や効果を増す事が出来る。

 そんなヒーホーが自分たちに見せた戦い方を頭の中で反芻しながら二人は同時に引き金を引く。七歌が召喚するは女教皇“ハイピクシー”。美鶴のペンテシレアと同時に現われたペルソナは、胸の前で右手を構えるとそのまま素早く横薙ぎに振るう。

 すると、その手からたった一発の氷槍が高速で射出され、直近の敵の眉間に突き刺さり消滅させた。

 

「ペンテシレア、マハブフ!」

 

 自分たちの仲間が一撃でやられたことに動揺を見せたシャドウに向け、続けざまに美鶴が攻撃を放つべく力を練り上げる。

 先ほどの七歌は一発に絞ることで技の質を磨き、速さと威力を通常よりも上げてみせた。

 そして、それとは対照的な技の使い方として、本来は吹雪や氷槍の連射という形で放つマハブフで、美鶴は氷槍をより細かく鉛筆ほどのサイズで形成し氷針とも呼べる氷を多数作り出した。

 一度に扱える氷の量が決まっていて、氷槍ならば二十本程度しか作れないとしても、それを細かくすれば四十本の氷針を作ることが出来る。

 そんな風にして質より量を選んだ美鶴は逃げ場をなくすほどの氷針を撃ち放ち、一発では敵を倒せなくとも、当たって動きが止まったところに次々と追撃をかけることでシャドウを倒しきった。

 女子二人のそんな凶悪なスキルの使い方を見ていた順平と真田は、もしも自分たちが何かをしでかし“処刑”の対象になったらと想像し背中を汗が伝うのを感じる。

 

「うっわぁ、七歌っちのあれ完璧に殺し屋ってかスナイパーって感じっすね」

「美鶴の方を見てみろ。シャドウがハリネズミになってるぞ。俺はあっちの方が恐ろしい」

 

 いくら速くとも一発に絞ることで威力等の底上げをしている性質上、七歌の攻撃は連射が不可能となっている。

 今よりも成長すれば威力と速さを最高値に設定しながら二発、三発と撃てる数の上限も上がるかもしれないが、現状は一発のみで第二射にはインターバルを要する以上は避ければ終わりだ。

 しかし、美鶴の方は威力は弱くても完全に面で攻めているため、いくら真田の反射神経が優れていようが回避出来るものではなかった。

 よって、対処のしようがないという点において、美鶴の方が凶悪さは上だと真田は判断した訳だが、敵を倒し終えて戻ってきた二人はどこか不満げな顔をしていた。

 

「どうしたお前たち。敵を倒したのに何かあったのか?」

「何かあったという訳ではない。ただ、自分の未熟さにうんざりしていただけだ」

 

 真田に聞かれた美鶴は肩をすくめて答える。新たに編み出したスキルの運用法だったが、決して満足のいく出来ではなかったと。

 真田や順平にすればどちらも優れていたと思うのだが、本人たちは許容範囲のイメージにすら届いていないらしい。

 

「私も美鶴さんも今の目標はヒーホー君なんです。それで自分なりに工夫してスキルを使ってみたんですが、あまりに完成度が低くて背中が遠いと思ったんですよ」

「オレっちからしたら一撃必殺でいいと思ったぜ? 一発しか撃ってないから省エネにもなるし」

「そこはそうだね。でも、一発しかないから避けたり防いだりされたら終わりだし、今みたいに複数で来たら対処が間に合わないの」

 

 確かに一撃必殺になるよう一発に絞っている分、無駄にエネルギーをロスせずに済むという利点はある。

 エネルギー切れでヒーホーが死んだからこそ、七歌は継戦能力を向上させようと思ったのだが、その点については合格だと言えるだろう。

 だが、言ってしまえばそれだけなのだ。質の向上を目指して威力と弾速は上がったが代わりに連射性が失われた。

 今後の修練でその点を克服出来る可能性は勿論あるけれど、現状では先ほどの技がほぼベストと言う点では自分も一緒だと美鶴も己の技の反省点を述べる。

 

「私の方も似たようなものだ。通常のエネルギー消費量で広範囲をカバーして複数を同時に相手出来る利点はあるが、一つ一つの威力が元のスキルよりも大幅に下がる。よって、敵が強力なスキルを放って迎撃行動を取ってくれば、スキルで抑えることも出来ずに突破されるだろう」

 

 美鶴のスキルは逃げ場をなくす攻撃の死角を減らすためのもの。複数のシャドウを相手取っての戦闘を想定したものだ。

 彼女は先日の戦いで大型シャドウが二体だったことにより、通信機器を守ろうとして守り切れず結局やられてしまった。

 もし機材が無事であっても七歌たちまでの距離を考えると通信出来たかは不明だが、それでも美鶴は色々とやろうとして全て中途半端に終わってしまった形になる。

 機材は壊れてもまた作ればいいが、自分たちがやられたことでヒーホーに無理を強いる結果となり、最終的に彼女は限界を迎えて消えた。

 もう二度とあんなことにはならないよう、一人でも多数の敵を対処出来るようになりたい。そんな思いから編み出した技だったが結果は手数でどうにか敵を倒せる程度だった。

 これでは鎧を着たような敵や相手も強力なスキルを放ってくれば防がれ、一発逆転を狙える強力なスキルを獲得した訳ではない美鶴は持久戦で負ける。

 七歌も美鶴もまだまだ新技の構想を練っていこうとは思っているが、やはりヒーホーのようにやるには地力が足りないと己の無力を実感することになった。

 しかし、強さに対して貪欲になりつつある二人を見ていた真田は、今も強さを求め続けている者として、同じ問題にぶつかったことがあるからこそ理解出来ると最初の壁の越え方について一つアドバイスした。

 

「俺たちとあいつでは保有しているエネルギーの量が異なる。一瞬で練られる量も当然違うだろう。なら、俺たちは俺たちに出来るやり方でやっていくしかない。お前らのスキルの研究は無駄じゃないさ」

「フッ、そうだな。山岸という即戦力も加わったんだ。実戦の中で使える武器を増やしていこう」

 

 信頼する戦友から励まされた美鶴はフッと笑って諦めないぞとやる気を見せる。

 新たに仲間になった風花は素人とは思えないほど的確な指示を出し、前線で戦っている七歌たちを支えてくれているのだ。

 これまでよりも情報面で強化された事を考えれば、後は七歌たちが戦いの中で自分の長所や短所を基に戦い方を工夫すれば良い。

 次の大型シャドウが現われるのは約一ヶ月後の満月。それまでにチームワークも含めて成長していこうと一同は頷き合い先を目指した。

 

6月14日(日)

夜――EP社応接室

 

 七歌たちがタルタロス探索に出かけた次の日の夜。

 ジャパンEP社のビルの応接室には、久慈川りせとマネージャーの井上、そしてトップアイドルである柴田さやかとマネージャーの女性が座って待っていた。

 通常、待っている間の飲み物は紅茶とコーヒーのどちらにするかくらいしか訊かないものだが、部屋に案内した秘書のような女性は四人に喫茶店のメニューのようなものを渡し、それぞれにドリンクとスイーツを尋ねた。

 海外に本社のある世界有数の大企業だけあり、やはりお客様対応すらレベルが違うと思わされる歓迎の仕方だ。

 そんな場所に呼ばれて本当に騙されてないかと疑うのも無理はないが、マネージャーたちも含めて全員が注文すれば、糖質カットだから安心してくださいねと微笑んで女性は部屋を出て行った。

 相手が体型維持やカロリー計算に気を遣う職業だからこその心遣いだろう。それはまさしくおもてなしのプロだと思わされる対応だったが、頼んで数分で飲み物やスイーツが運ばれてくると、配膳係と一緒にスーツ姿の湊もやって来たことで、ミーティングをこの時間に指定した柴田が湊に最初に謝罪した。

 

「あ、有里君。ゴメンね、日曜日のこんな時間になっちゃって」

「いえ、こんなに早く会っていただけると思ってなかったので、お時間を作っていただいてありがたいくらいです。まぁ、飲み物やお茶菓子を食べながら話しましょう」

 

 やってきた湊はホワイトボードを部屋に運び込ませて上座に座り、飲み物やスイーツを他の者たちの前に並べていた女性にコーヒーを頼むとネクタイを軽く弛める。

 普通、客に会う際にわざわざだらしない格好になる必要は無いが、湊の場合は少しネクタイを弛めてもファッションだと思えるため誰も気にはしない。

 そうして、彼の飲み物が来るまで会議は始まらないので、他の者が言われた通り先にケーキやシュークリームを食べていると、出て行った女性がコーヒーと一緒にワッフルを持ってきたので、湊もそれを軽く食べながら話し始めた。

 

「では、まず最初に自己紹介から。ジャパンEP社の代表を務めている有里湊です。本日は野外フェス開催に向けて参加していただけるようプレゼンしようと思っています」

「あ、それ本当だったんだ。でも、学生なのに社長さんなの?」

 

 話を切り出した湊はマネージャーたちに自分の名刺を渡し、相手も慌てて受け取ると自分の名刺を渡してくる。

 こんなおやつを食べながらの名刺交換など聞いたことも無いが、マネージャーたちは事務所の方から嘘でも本当でもパイプを作っておけと言われていた。

 そのため、会社のビルを見て中に入ってからも緊張しっぱなしだったのだが、イチゴの乗ったミルクレープを頬張って満面の笑みになっていた柴田が一番知りたかった事を聞いてくれたので、適応力と度胸は流石トップアイドルだと思いつつ彼の言葉を待った。

 すると、切ったワッフルを優雅な仕草で口に運んでいた湊は、コーヒーで口の中をさっぱりさせてから綺麗な微笑を浮かべて返す。

 

「珍しいですか? 昔から女子高生社長や主婦社長なんてものが話題になっていたと思いますが」

「それは起業組でしょ。有里君の方は大企業の日本本部のトップな訳だし、相当なコネクションがないとなれないよね?」

「そういう事ですか。まぁ、これでも留学経験があるので海外にも伝手はあるんです。で、そこで出会ったEP社の方に能力を買われて広告塔も兼ねたお飾りの社長をやってます」

 

 自分でアイデア商品を開発して売るような起業組ならともかく、外国企業の社長など一般人が急になれるものではない。

 そこに一体どんな絡繰りがあるのか柴田が気にすれば、湊は名前ばかりの社長ですと答えた。

 湊の国内での知名度は確かに高いので、そんな青年が社長をしていれば嫌でも目立つに違いない。宣伝に金をかけずに済むことを考えれば中々の手だった。

 説明を受けて納得した様子の柴田はなるほどと頷き、なら早速仕事の話をしようと興味津々に尋ねた。

 

「それでそれで? 野外イベントは経験あるけど、野外フェスって初めてだから楽しみなんだけど。具体的にどういうことやるか決まってるの?」

「……ええ、メインはここに呼んだ二人です。ただ、柴田さんは特別出演という形にしたいと思っています」

 

 言いながら湊は用意していた企画書を両陣営に渡す。そこには会場やイベントの形式等全てが書かれている。

 よって、それを読めば理解して貰えるはずだが、今はここで直接口で説明した方が早いので、湊は柴田の方を向きながら紹介するように手でりせを指しながら話を続ける。

 

「イベントの名前は後で決めますが、メインはこちらのどブ……どブ川さんです」

「すみません、久慈川です」

「ああ、失礼。久慈川さんですね」

 

 名前を間違えられたりせは真顔で訂正する。明らかにどブスと言いかけていたので間違えた理由はハッキリしているが、どうせ紹介するならちゃんと名前を覚えておけと言いたげな様子だ。

 マネージャーの井上も何か言いたそうな様子ではあるが、先日のことがあって強くは出られず黙っている。

 すると突然、柴田が肩を振るわせ始め、目元に涙の粒を作りながらクフフッと我慢しきれず笑い始めた。

 

「ご、ゴメン久慈川さん。有里君が真面目に思いっきり名前間違えるからつい」

「いえ。この人、どブスって言いかけるから間違えたんですよ」

「どブス? えっと、久慈川さんってファンからそんな愛称で呼ばれてるの? 事務所が最初に考えてくれなかったの?」

 

 “どブス”など普通にしていて呼ばれる名前ではない。そも、蔑称なので名前と言って良いのかも不明だが、ほぼ接点のなさそうな湊からそう呼ばれるからには、もしかすると自分が知らないだけでファンからの愛称がそんな可哀想なものになってるのかもしれないと柴田は考えた。

 無論、そんなはずはないのだが残念ながら柴田は新人アイドルであるりせの事を全く知らなかったのだ。

 せっかく憧れの大先輩と会えたりせにすれば出会いを最低な形で演出されたため、ぶち切れてフルーツタルトを湊の顔面にぶつけても許されるレベルだろう。

 しかし、ここで切れても自分に一切良いことはないと分かっているため、湊への怒りで声を震わせながらも柴田に事情を説明した。

 

「愛称はりせちーってなってます。どブスなんて呼ぶのはこの人だけです。会ってから一回もまともに呼ばれてませんから」

「えー、有里君、裏では女の子にそういう事する人だったんだぁ。イメージ壊れちゃうなぁ」

 

 仮に事務所の先輩後輩や大御所と新人という関係だろうと、裏では下の者を蔑称で呼んでいると聞けばよくは思われない。

 それが全く別の事務所で、さらに男子高校生と女子中学生という年齢差も考えれば、湊が年下の子を苛めているようにしか思えないなと柴田はガッカリした顔で指摘した。

 もっとも、それは彼女の演技で内心ではどうしてそうなったのか気になっているだけなので、湊は軽く流しつつイメージが間違っているんですよと返す。

 

「最初からそういうタイプですよ。それに俺のどブスは世間一般じゃ性格ブスを指す言葉らしいです」

「性格ブス? あっ……」

「ち、ちがいますよ!」

 

 湊の言葉で何かを察したように柴田が視線を逸らせば、今度はりせが慌てて誤解ですと事の経緯を説明する羽目になった。

 それはりせ自身の失態だけでなく、マネージャーの管理不行き届きを他所の事務所にも知られることになるのだが、一緒に話を聞いている柴田のマネージャーは特に口を挟まずにいるのでここではどうもする気もないらしい。

 事情を聞いた柴田もようやく理解したようで、アハハと苦笑しながらある事について納得がいったと話す。

 

「けど、そっか。うん、前に共演したとき有里君と喋ってて不思議だったからさ。世間一般で認知されてる皇子キャラと雰囲気違うなって。素はもっと悪い子だったんだね」

「世間に求められているイメージを壊さないよう努力する部分もありますが、場面によってそう言ったものは使い分けます。公共の場で騒いでいる子どもを叱るときは普通に仮面を外しますよ」

 

 欠点無しの完璧超人、誰にでも分け隔て無く接する好青年。そんな一般人の作り上げたイメージを守るつもりなど湊にはサラサラない。

 普段はそれこそ無駄に波をたてる必要がないので愛想良くしているが、ここぞという時は自分の考えを優先して動くのだ。

 それを柴田が悪い子だと感じても別に構わないと言えば、今の方がいいよと彼女は笑ったので湊も脱線した話を戻すことにした。

 

「では、改めて説明しますが仮名称“久慈川りせfeat.柴田さやかフェス”が開催しようと考えている企画です。会場はこの敷地内にある広場を丸ごと使います。この前半分をステージに、後ろ半分で屋台とかを出していこうと思っていて、物販とかも屋台側に設営します」

 

 物販を屋台側にする理由は会場への行き帰りの途中で他の店でも金を落としても貰うためである。

 屋台はEP社の人間と桔梗組だけで十分な数を用意出来るため、それ以外はショッピングモールのテナントやりせと柴田の事務所関係者を呼ぶだけで十分だろう。

 よって、メインはあくまで人が来る流れを作ることなので、物販は大きめにスペースを確保し、十分な安全を確保して会場に行けなかった人でもグッズは買えるように手配する予定だと湊は言った。

 

「はい、質問! これはEP社が正式にスポンサーとして開催するって考えていいのかな?」

「ええ、ステージや衣装の一部に独自技術を使った製品を使うので、お披露目というかイベントでの使用が可能かのテストをしたいんです。なので、マスコミは一部入れますが基本EP社のみで開催します」

 

 共同開催など面倒でしかない。湊がそう言えば、両陣営はEP社にだけ話を通せばいいのなら楽だから問題はないとのこと。

 むしろ、その独自技術を使ったステージや衣装に興味があるようで、別途配布する資料でその点も後で伝えることを約束すればその件も了承して貰えた。

 その後も資金面、会場設営、警備等々、不明な点を順番に話し合い。湊が計画段階で既に実現可能なレベルの詳しいデータまで用意してくれていた事で会議は順調に進んだ。

 そうして、話も一段落し両陣営が前向きに参加を検討するという段階になったところで、これまで楽しそうに話を聞いていた柴田が真剣なプロの顔になって一つ良いかと話を切り出した。

 

「じゃあ、真面目な話として意見を言わせて貰うね。私としては楽しそうなイベントだなって思う。交通の便も良いし、夏って事もあってかなりの集客が見込めると思う。ただ、久慈川さんをメインにする理由が分からない。これは久慈川さんが嫌いだとか自分がメインになりたいって訳じゃなくて、単純にメインを張れるだけの知名度がないって意味」

 

 そう、イベント自体には何の不満もないのだ。これから進めて行く中で問題は出てくるだろうが、現時点ではステージや衣装の準備も予備プランまで用意されているので安心出来る。

 けれど、いくらイベント開催に問題がないとしても、無名のアイドルをメインにこんな大きなイベントをやっても成功するとは思えないと彼女は冷静に指摘する。

 

「私としては参加もいいと思ってる。ただ、今の状態で開催すれば間違いなくメインを喰っちゃって、久慈川さんの印象は一切残らないんじゃないかな」

 

 このままではりせは名前だけのメインとして終わる未来しか見えない。どんなに彼女が頑張っても、会場で初めて会うのでは集まる客は柴田のファンばかりになるだろう。

 柴田としては自分が精一杯輝いてファンを満足させられればいいので不満はない。

 だが、りせや湊は本当にこれで良いのかと彼女が尋ねれば、湊は真っ直ぐ彼女の視線を受け止めあっさりと答えた。

 

「でしょうね。でも、別にそれで良いのでは? こっちで舞台は用意します。でも、客の心に残るかどうかは本人の努力次第。どちらにも魅せる演出は用意しますから後は自分で頑張って貰うしかありません」

 

 これには柴田だけでなくりせや両陣営のマネージャーも驚いた顔を見せる。仮にも会社としてイベントを開催しようというのに、失敗したなら失敗したで構わないと言ってのけたのだ。

 湊側で出来ることは全てする。レッスンの場所やトレーナーも用意し、万全の態勢でサポートもプロデュースも行なう。

 しかし、最終的には本人のやる気次第。このチャンスに挑戦するかどうかもすべて本人の意思に任せる。

 簡単にそう言ってみせた湊を驚いた顔で見ていたりせは、持ち前の負けず嫌いが言い方向に働きすぐにやる気に満ちた瞳になると、マネージャーが口を挟むより先に湊と柴田の両者を見つめて口を開いた。

 

「やります。やらせてください」

「本当にいいの? 私、かなりスパルタっていうか付いてこれない子は置いていくタイプだよ?」

「レッスン中は絶対に足を引っ張ると思います。でも、本番にはしっかり並んで横に立ちます。立ってみせます。だから、どうかよろしくお願いします」

 

 トップアイドルと駆け出しの新人。両者の間には絶対的な差があり、それは実力だけでなくプロとしての意識の問題もある。

 だが、いくら実力が足りないとしても、やる以上は他の人間を納得させるだけの結果を出さなければならない。

 例え知り合いが勝手に送ったオーディションが切っ掛けでアイドルになったのだとしても、やるからにはトップアイドルを目指すと決めたのだ。

 これだけ用意されていて、さらに本物のトップアイドルと同じステージに立てる。なら、偶然落ちてきたこんなチャンスを前に逃げたくないとりせは参加を表明した。

 そんな一瞬の決断で表情の変わった少女を見た二人は、今の彼女なら挑戦する価値はあると心の中で彼女を評価するのだった。

 

***

 

 りせと柴田が共に参加すると決めた事で、詳しい契約内容等を事務所に伝えなければならないとマネージャーたちとりせは帰って行った。

 だが、この後はもう仕事もないからと柴田だけは残り、自分ももう帰るだけだからと言った湊と共にEP社近くのレストランに来て仕事の話をしがてら夕食を一緒にすることになった。

 もっとも、仕事のことよりも話題は専ら僅かな間でプロの顔も見せたりせの事だ。

 

「久慈川さん、素直で良い子だね。あんな子にどブスなんて言ったら可哀想だよ」

「ショッピングモールの中で大声で喚いてたんですよ。マネージャーもろくに諫められてなかったので、今も俺の中じゃ我が儘な子どもってイメージです」

 

 スプーンとフォークを使って少量のパスタを巻きながら柴田が苦笑すれば、真っ赤になるほどピザにタバスコを振った青年はそれを食べながらイメージは今も変わらないと返す。

 確かに話してみれば中学生らしい生意気さもあったが、あの勝ち気な性格は業界で上を目指そうとするなら必要なものだと柴田は思ったものだが、残念ながら湊は素人でありイベントにもプロデューサーとして参加するだけだ。

 なら、これ以上は言っても無駄かなと彼女もタバスコたっぷりのピザを平然と食べながらイベントについて思いを馳せる。

 

「でも、フェスかぁ……フフッ、楽しみだなぁ。お客さんとの距離も近いし皆の顔が見れそう」

「普通、こういったイベントのときは半年前からスケジュールを押さえるものだと思っていました。よく急でも入れれましたね」

「ああ、私はセルフプロデュース組だからね。ある程度は本人の感覚で仕事取ってきたりもあるんだ。マネージャーさんもメインは事務所への報告が仕事だし。結構自由だよ」

 

 聞いた湊はそれで彼女のマネージャーはほとんど話に入ってこなかったのかと納得する。

 りせの方は井上が主に仕事を取ってきて、売り出す方針も事務所と一緒に決めているようだが、トップアイドルクラスになると仕事も勝手にくるらしいので、後は今後の活動方針に沿う形で選んでいけば良いのだとか。

 よって、今回の打診も楽しそうだしOKと簡単に決めた訳だが、彼女としては副産物して貰える仕事も参加決定の決め手だと答えた。

 

「てか、おかげでCMとかの仕事も貰えるしね。女優転向前にコスメのCM貰えたのは本当にラッキーだよ」

「代わりに久慈川にはペットボトルの紅茶のCMを渡しました。イベントまでに久慈川には知名度を上げて貰う必要がありますからね。下地作りの一環です」

「私はコスメのCMと新曲二つ、久慈川さんは紅茶のCMと新曲三つだよね。持ち歌が足りないとはいえ強行軍過ぎてちょっと可哀想」

 

 ストローで冷たい紅茶を飲みながら柴田はスケジュール大丈夫かなとりせを心配する。

 柴田の方はこれまで出した曲があるので大丈夫だが、りせは駆け出しなせいでまだ一曲しか持っていなかった。

 これではカバー曲を歌うにしても限界がすぐに来るので、ソロで新曲を三つ、さらに柴田とのデュエットで一曲歌うことが決まっている。

 デュエット曲はフェスで初披露なので時間もあるが、ソロ曲は七月に入って隔週でリリース予定だ。間にはCMや雑誌のグラビア撮影まで入ってくるので、彼女のスケジュール帳は一気に書き込みが増えたことになる。

 ほぼ同じ条件で新曲やフェスに向けてのレッスンが控える柴田も忙しいはずだが、仕事の流れを既に理解している彼女にすれば自分の分は問題なくこなせるらしい。

 そして、既に用意してあったデモテープと歌詞カードを見ながら、楽しそうにしていた柴田は悪戯っぽい表情で湊の事を呼んだ。

 

「ねえ、プロデューサー」

「……別に最初から奢るつもりでしたよ」

「あ、そういうのじゃないよ。ていうか、年下なのに生意気だよ?」

 

 急に役職名で呼ばれた湊は奢ってくれと言う催促だと受け取った。

 けれど、柴田もトップアイドルなのでお金には余裕がある。何より自分がそういうのを武器にして奢って貰おうとする女だと思われるのは嫌だったのか伝票を取った。

 

「ふふーん、ここではお姉さんな私が払っちゃうもんね」

「……俺の年収は百億を超えてますよ」

「……有里君、足下が暗くてもお札は燃やしちゃダメだよ?」

 

 いくらトップアイドルでも年収百億には届かない。何よりお飾りの社長と言っておきながら、ただの学生がそんなに稼いでいると思っていなかったため、柴田は相手も普通の世界の住人じゃなかったと軽いショックを受けたようだ。

 だが、考えてみれば分かることなのだ。りせとの騒動から今日までに二人にソロ曲をとりあえず一曲は用意していたが、こんな短期間でプロに作詞作曲などして貰えるはずがない。

 ならばどうやって用意したのかというと、イメージに合う未発表曲を持っている者に売ってくれと頼みに行ったのである。

 まぁ、相手もプロなので簡単にはいかなかったが、最終的には金とおはなし(暗示)で解決出来た。それを全て金の力だと話す青年に柴田は遠い目をするが、その間に柴田の手から伝票を取った彼は最後にコーラを飲んでから席を立つ。

 

「まぁ、久慈川の方はスパルタでいいです。あれは限界にぶち当たるレベルにも達してないので」

「流石に駆け出しでぶつかられても困るけどね。でも、あのマネージャーさんもいい新人を発掘したね。彼女、伸びると思うよ」

「それはどういった根拠に基づいての意見ですか?」

「フフッ、トップアイドルの勘かな」

 

 会計を終えて外に出た二人は並んで駐車場まで向かいながら話す。

 トップアイドルまで登り詰めた者として見ればりせは中々に見込みがあるらしく、その彼女を見つけたというマネージャーの目も確かなのだとか。

 湊としてはその辺りはよく分からないが、身長差が三十センチ以上ある男に対して正面から物申す事が出来る度胸は大したものである。

 そういった肝の据わり具合が見込みに繋がるのだろうかと考えてる間に、二人はここまでやってきたバイクの許に到着した事で、青年が横に掛けていたヘルメットを外して柴田に渡した。

 

「途中まででも送るんで乗ってください」

「きゃー、送り狼に食べられちゃうー」

「……なるほど、群馬の山奥にでも置いてきましょうかね」

「あ、杉並区でお願いします」

 

 湊が相手だと冗談が通じない可能性がある。なので、本当に山奥に連れて行かれることを危惧した柴田は、受け取ったヘルメットを被りながら真面目に答えた。

 そんな相手の態度にフッと息を吐いた湊もヘルメットを被るとバイクに跨がる。

 彼の準備が出来たことで柴田も後ろに乗り、どこに手を置こうか悩んだ末に行きと同じように抱きつく形で腰に腕を回した。

 

「いいよー」

「じゃあ、行きます」

 

 同乗者の準備も出来たのなら早速駐車場を出る。交通量の多い時間帯なので進みは遅いかもしれないが、まだ夏前ということもあり夜でも気温は大丈夫だ。

 混んでいない川沿いの地道を行くなど軽い夜のツーリングを楽しみながら、湊は柴田をマンションまで送ってから帰っていった。

 

 そして数日後、レストランから出てきて一緒にバイクに乗るところが撮られた写真と共に、とあるスポーツ新聞の一面に二人の熱愛報道記事が載った。

 

 

 


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