【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第二百二十一話 戦いと日常の影響

影時間――深層モナド

 

 上層フロアよりも強力なシャドウらが跋扈している深層モナド。

 その地下五階までやってきていたラビリスたちは、フロアの中央にある大部屋で一体の敵との戦闘に移っていた。

 クナイを咥えたまま赤い瞳を敵に向けて部屋の中を駆け回るコロマル。

 それを叩き潰すように大樹のような太さの黒い触手が頭上から振り下ろされ、元いた場所の床を叩き割っていくがコロマルは最高速を維持して捉えられるのを防いでいた。

 

「アリアドネ、ストリングアーツ“剣”!!」

 

 コロマルが必死に敵の攻撃から逃げていると、これ以上はさせないとばかりに巨大な戦斧をウィングモードにして背負ったラビリスが推進器で加速して追いつき、再び振り下ろされようとしていた触手を剣型にした赤い糸で半ばから切り落とした

 切断された先端側は床に落ちると霧散して消滅する。しかし、それで安心は出来なかった。

 何故なら、切断したはずの部位が切断面から再び生えてきて復活したから。

 それを見たラビリスは空中で姿勢制御しながら舌打ちをするが、悠長にその場に留まることなど出来るはずもなく、完全に復活した触手は狙いをラビリスに変えて再び動き出した。

 ラビリスは正面から叩き潰そうと迫ってくる触手を視認した瞬間、最大速で真後ろに飛んで壁に到達する。

 

「っ、でりゃー!!」

 

 そして、そのまま壁に辿り着くと最後は慣性に任せながら外した戦斧を手に持ち、三角跳びの要領で壁を蹴って飛び出すと触手に向け全力で戦斧を振り下ろした。

 刃が触れる瞬間にはガキンッと硬い物に当たった感触が手に伝わってくる。

 けれど、現在の彼女は生身でありながら戦闘時には機械のときとほぼ同じ出力を出せる。

 その理由は湊が拘り抜いた彼女の人工骨格が力を生み、そして反動を吸収して肉体へのダメージを最小限に抑えるからだ。

 おかげで彼女は日常生活でのリミッター制御ではなく、戦闘時の出力の上昇という形で活動を行えている。

 そんな彼女が戦斧で唐竹割りを繰り出せば、触手は容易く真っ二つに裂けていった。

 

「チドリちゃん!」

 

 触手を半ばまで切り裂き着地したラビリスは、今度は切り上げで触手を再び短くしながら仲間に呼びかけた。

 敵を挟んで反対側にいたその相手は意識を集中しながら召喚器を額にあて、カッと目を開くと静かに呟く。

 

「お願いメーディア……マハラギオン!」

 

 引き金を引いた少女の頭上に羊の頭部を持った女性型ペルソナが現われる。

 手に持った金色の杯に灯った炎が激しく燃え上がり、そのまま複数の炎弾になって部屋の中央にいる異形の敵に次々と着弾する。

 全身を覆う黒い影、狐のような造形をした頭部、二メートルを越す巨大な両腕、そして先ほどからコロマルやラビリスを襲っていた触手の正体は、敵の腰辺りから生えている尻尾だ。

 現在は一本しか生えていないが、敵の頭部は狐のような造形をしている。身の丈以上に大きな腕のせいで狐だとは断定出来ないのだが、もしも敵が狐だとすると最悪のパターンを想定しなければならない。そう、敵が大妖九尾を模した姿に変化するという事を。

 

「ダメ、攻撃が通らない!」

 

 百を超える炎弾を敵に叩き込んだチドリが叫ぶ。

 全ての攻撃はしっかりと当たっているのだ。だが、敵はそれらを避けも防ぎもしない。

 理由はすぐに判明したがどうやら炎に対して耐性を持っているようで、メーディアの攻撃では敵を覆っている影を剥がすことも出来なかった。

 これでは敵にチドリを認識させただけで奇襲を掛けるのも難しくなっただけである。

 炎での攻撃が通らないと判断したチドリはメーディアを消し、すぐにその場を離れるように駆け出す。

 すると、ラビリスに切られた尻尾が再生するのと同時に、敵の腰辺りから新たな尻尾が生えてきてチドリが元いた場所に真っ直ぐ伸びると壁に穴を開けた。

 一本目の尾は鈍器として使っていたというのに、二本目は先端が鋭くなっていて貫通力に特化しているらしい。

 

「あんなの当たっただけで死ぬじゃない……」

 

 判断が遅れていればお腹の風通しがよくなっていたところだ。思わず冷や汗が流れるも敵と一定の距離を開けているチドリに焦りはない。

 それは他のメンバーにも同じことが言え、ラビリスが一本目の尾の相手をしてくれたおかげで逃げられたコロマルも既に息を整えている。

 もっとも、現状で有効な攻撃がラビリスとアリアドネの斬撃しかない以上、そこを突かれてしまえば攻撃手段を失ったチドリらに勝ち目はない。

 どうやって現状を打破するか考えながら二人と一匹が敵との距離を保っていると、突如敵が天井の方へ向いて吠えた。

 

《ガァァァァァアアアアアッ!!》

 

 敵の雄叫びによって大気が振動する。あまりの音量に不意打ちを喰らったチドリたちは一瞬くらっとするが、全身がビリビリと震えていたおかげでその場に縫い付けられる形になり転倒は免れる。

 しかし、全員がそれで足を止めてしまった事に変わりは無く、今までに地面についていた両腕を上げると敵は床を砕くほどの踏み込みで駆け出した。

 姿がぶれたように見えるほどの加速。自分へと迫っている敵を見ていたラビリスにすれば、一歩ごとに空間移動しているようにすら感じられた。

 

《ガァァァァッ!》

 

 数メートル先の床を踏み砕いた敵が目の前に現われる。右腕を高々と上げ、ラビリスも人を超えた反応速度でそちら側に戦斧を構えるが、横薙ぎに振るわれた敵の巨腕は戦斧の防御ごとラビリスを殴り飛ばした。

 ガードの上から殴られたラビリスは、そのまま武器を手放して地面を転がり動かなくなる。

 たったの一撃。

 ラビリスは生身でも機械のときと同じだけの働きが出来るように作られている。それは当然耐久力にも反映されているのだが、そのラビリスをして一撃で仕留められてしまう攻撃に、チドリは嫌な汗が背中を濡らすのを感じた。

 次は自分かコロマルか。そう考えながら斧を腰のベルトに付けたストラップに下げ、同じベルトに差していた刀に切り替える。

 刀を使った戦闘という意味では湊に軍配が上がるけれど、チドリはその飲み込みの速さで鵜飼から教わった剣術を完璧に習得している。

 咄嗟の攻撃ならそれぞれの手に持った手斧よりも両手で掴んだ刀の方がいなしやすい。

 そのような判断で武器を持ち替えたチドリだったが、ラビリスを倒し終えた敵は右肩を引いて向きを変えると、床に両腕をついて口元にエネルギーを集め始めた。

 

(何よそれっ)

 

 収束するエネルギーを見た瞬間にチドリはそれが危険だと理解していた。

 開放されたときエネルギー弾のまま飛ぶのか、それともレーザーのように光線として撃たれるのか分からない。

 しかし、集まっているエネルギーの量がチドリの想定を遙かに超えているのだ。

 

(これなら刈り取る者の方がマシじゃない!)

 

 刈り取る者もメギドラオンを撃ってくるが、あちらの収束させるエネルギーは辺り一面を焼き払う程度。

 対して、狐顔の攻撃はフロア全てを焼き払うのではないかという桁違いの熱量を感じた。

 自分に向かってそんな物が撃たれると分かってチドリは射線から逃れようと走るが、もしも、その攻撃が放射型で津波のように押し寄せるのならチドリに逃げ場はない。

 少しの間ならペルソナに掴まって上空に逃げられるけれど、敵が少しでも上を向けば終わりだ。

 収束しているエネルギーの色は全てを塗り潰すような黒。たまに赤い揺らめきのようなものが見えているため、以前、湊のタナトスと無の銃を融合させた特殊武器“ウィオラケウス”と同じ虚無属性の攻撃だと思われる。

 であるならば相殺だけでなく防御すら不可能だろう。虚無属性はあくまで湊が便宜上名付けただけで正式な分類がある訳ではない。

 しかし、その性質は万能属性に近く、相殺以外の方法では防御出来ないだけでなく、生命力の対となる死の力であるため生物やシャドウには余計にダメージが入るようになっているのだ。

 敵がシャドウであっても確実に弱点を突くことの出来る攻撃が、今まさに馬鹿みたいな出力で放たれようとしている。

 流石のチドリもこれは終わったかもしれないと死を覚悟した。

 

「アオーンッ!!」

 

 だがそんなとき、敵を挟んで反対側にいたコロマルが遠吠えしながらペルソナを呼び出した。

 彼はチドリと同じ炎や呪殺の使い手だが、攻撃の効かない敵に対して何をしようというのか疑問が湧く。

 もっとも、必死に攻撃の射線から逃げようとしているチドリに冷静に考える余裕はない。よって、助けてくれるなら急いでくれと心の中で祈っていれば、コロマルのペルソナ・ケルベロスが尻尾から炎を噴射し弧を描くように駆けて狐顔の真横からタックルを仕掛けた。

 スキルを加速に用いるなど器用な使い方だと褒めたいところだけれど、残念ながらチドリとしては敵が転けたときに収束したエネルギーが解き放たれるのではと怖くて仕方がない。

 心配する少女が走りながら横目で見る中、タックルを喰らった敵はほんの僅かに体勢を崩しかけるも床についていた両腕で踏ん張り耐えきった。

 耐えきった敵はそのままコロマルに一切構うことなくエネルギーの収束を続け、これで終わりかと思えば、敵が体勢を崩しきっていないと分かったコロマルが追加で指示を送り、三つあるケルベロスの右頭部が下から抉り込むように敵の喉笛に噛み付く。

 

《グオオオオオオオオオオオオオオ――――――ッ!!》

 

 攻撃の発射台たる頭部に直接攻撃を喰らった敵は思わず天井へ向く。

 その際、溜めていたエネルギーも天井に向かって放たれるが、大部屋の天井を貫きそのまま複数のフロアをぶち抜いてしまっていた。

 どこまで貫通したのか、また外への影響はないのかなど心配な点はいくつもある。ただ、コロマルの機転により直近の危機は去り、部屋全体を攻撃の余波である熱気が包むも迫る死を回避した事でチドリもコロマルも思わず緊張の糸を弛めてしまった。

 

《ガァァァァァッ!!》

 

 攻撃を邪魔された敵がその隙を見逃すはずもなく、吠えながら首を振って喉笛に噛み付いていたケルベロスを投げ飛ばすと、そのまま三本目の尾を生やし鋭く尖らせたそれで貫いた。

 胴体を完全に貫通されたことで具現化を維持出来なくなったケルベロスは消え、ペルソナの受けたダメージの一部が召喚者にフィードバックされる。

 

「きゃうんっ」

 

 通常のシャドウとの戦闘で還ってくるダメージよりも遙かに重いダメージがフィードバックされ、驚いたコロマルは声を上げながら苦しそうに俯く。

 どんなに痛みに慣れている者だろうと痛覚があれば不意打ちの痛みに反応するのはしょうがない。

 ただ、運が悪いことにコロマルが現在身を置いているのは戦場だった。

 

「ダメ、避けなさい!」

 

 遠くにいたことで見えていたチドリが呼びかけるように叫ぶ。

 その声で気付いたコロマルがハッとして顔を上げれば、敵がその場で回転して横薙ぎに振るった尻尾が目の前に迫っていた。

 ペルソナを召喚しても既に間に合う距離にはなく、気付いたのが遅かったことで逃げることも出来ない。

 ならば、攻撃を受ける瞬間に自分から飛んで攻撃を逃がそうとコロマルは考えた。

 その犬らしからぬ発想は湊から戦闘訓練をみっちり受けていたからこその考えだが、振るわれる途中で巨大化した尻尾を相手にそれを成功させるのは非常に困難だった。

 

「――――っ」

 

 大型トラックに激突された並みの衝撃を受けたコロマルの身体は、蹴られたサッカーボールのように簡単に飛んでいき背中から壁に衝突する。

 ぶつかった瞬間に壁には血液が付着し、内臓や骨にダメージがいったのかコロマルは血の泡を吹いて地面に落下した。

 そんな一連の光景を眺めている事しか出来なかったチドリは、理不尽な強さの敵と己の弱さに対する苛立ちで食いしばった奥歯をギリリと鳴らす。

 遠目から見ても一目で無事ではない事が分かる。ラビリスも一撃でやられ地面を転がり、頑張ったコロマルも壁に衝突して重傷を負った。

 チドリは追い込まれている状況の中でも、今は離れた場所にいる敵を一人でどうにか出来る訳がないと分かっている。ただ、せめて二人を回収して撤退出来ないかと思考を巡らせているのだ。

 

(それぞれの尾の性質が変化しないのかどうかが知りたい。鈍器がそのままなら良いけど、三本共が貫く形状になったら厄介過ぎる)

 

 運が悪いことに敵の尾は三本まで増えてしまった。二本目と三本目は同じ性質のようだが、それだけに別々の方向から来れば動きを制限され、残った一本目の尾まで同じ性質に変化すれば追い込まれ貫かれる未来しか見えない。

 だが、もしも一本目がそのまま鈍器でいてくれるのなら足場に利用出来る可能性があった。

 尻尾同士はお互いを傷つけないはずなので、鈍器を足場に一気に敵へと近付いてコロマルがやったように喉笛に刀を突き立てられるだろう。

 現状判明しているチドリやコロマルでもダメージを与えられる箇所。そこに最大の一撃を決めて時間を作るというのが撤退までの流れだ。

 もっとも、作戦を考えたチドリ自身かなり自分の理想が入ってしまっている事を自覚している。

 攻撃が当たるからと言って尻尾に触れて無事かは不明だし、喉笛に刀を突き立てても効かない事も考えられる。

 何より自分とほぼ同じ体型のラビリスはペルソナで運ぶにしても、重傷のコロマルを抱えて全力疾走して敵から逃げ切れるとは到底思えなかった。

 それでもチドリが作戦を実行に移そうと思ったのは、単純に怪我を負った仲間の命が心配だったからだ。

 このまま放置すれば死んでしまう。一刻も早く治療出来る場所に連れていって治療して貰わなければと急かす内なる声に一人頷いて返したチドリは、刀を持つ手に力を籠めると敵に向かって一気に駆け出した。

 チドリに動きがあったことで敵も反応し、左右から二本目と三本目の尻尾を伸ばす。

 そこまでは想定内だったチドリは前進することを止めずに、自分に迫ってきた貫く尻尾を刀で逸らして対処した。

 敵までの距離はおよそ二十メートル、もし相手が鈍器の一本目を使うのならこの辺りしかない。

 そう考えながら最後の一本が来ることを願っていたチドリは、敵がパンチを繰り出すような右腕を引くモーションに移っていたことに驚愕し、腕も尻尾のように変幻自在だったという最悪の可能性に気付いた。

 二本目と三本目の尻尾はチドリを己の正面に迎え入れる罠。まんまと誘い込めば最後は変化させた腕で料理してやればいい。

 そんな敵の考えが理解出来る状況に置かれたチドリは、敵の右腕が馬上槍のような形状に変化するのを見ると、それに対処すれば生き残れるはずと最後まで諦める気は一切なかった。

 

「――――え?」

 

 もっとも、それはチドリが勝手にそう思っているだけで戦況は刻一刻と変化するものだ。

 そのまま馬上槍に対処して攻撃をしかけようと思っていたチドリに向かって、今まで足を止めていた相手が一気に駆け出し目の前に現われた。

 化け物の脚力を持ってすれば可能な動きだが、あと少し間合いがあると思っていたチドリにすれば不意を突かれた形だ。

 既に腕を引いていた敵はただ右手を突き出すだけでいい。対してチドリは間合いを再度計測し直して、迫り来る馬上槍を絶妙な角度で逸らさなければならなかった。

 そんな達人技を不意打ちによって冷静さを欠いた状態で出来るはずもなく、チドリが反応しきる前に敵の馬上槍が少女の胸を貫こうとした

 

《そこまでじゃ!》

 

 とき、チドリのさらに後方から女性の声が響き、チドリと敵との間に一振りの刀が割り込んだ。

 勢いのついた攻撃を飛んできた刀が受けきった事に驚いている間もなく、チドリは浮遊感を感じると次の瞬間には後方に投げ飛ばされ地面を転がる。

 突然の荒っぽい扱いで感じた痛みに思わず怒りを覚えるが、チドリを掴んで後ろに投げ飛ばした本人は、飛ばした刀とは別の刀を二振り出すと両手に持って馬上槍を切り刻み、敵が後退しようとすれば最初に飛ばした刀を足で投げて喉笛に突き刺した。

 弱い部分に攻撃を喰らった敵は怯んで動きを鈍らせ、その隙を見逃さなかった女性は敵の懐まで入り込むと右手切り上げでアッパー気味に頭部を切り裂き、左手の刀を横に振るって右足を切りつける。

 頭部と足に同時にダメージを喰らった敵はバランスを崩し倒れそうになるも、女性はまだ倒れる事は許さないとばかりに喉に刺さっていた刀の柄尻に膝蹴りを入れて転倒を防いだ。

 

《ほれ、さっさと畜生との繋がりを切らんとお主が死ぬぞ》

 

 女性は敵の正体が最初から分かっているような口調で語りかけ、倒れる事が許されなかった敵の左脇腹を切りつける。

 他の者が頑張っても中々傷つけられなかった全身を覆う影は容易く切り裂かれ、敵が呻き声と共に切られた部位から血を流せば、全身を覆っていた影が霧散して中から青年が現われた。

 その瞳は本来白い部分が漆黒に染まり明らかに普通ではない。だが、霧散していった影が一つの塊になると徐々に形状が変化したので、影の正体が青年に憑依していたのだと分かった。

 変化した影は最終的に金色の髪に豪華絢爛な赤い着物を纏った女性になる。

 戦いに乱入した女性は赤い着物の女性を睨んでいるが、湊の瞳が通常の状態に戻ると青年が赫夜を呼び出してコロマルとラビリスに治療を施したことで会話が始まる。

 

《ほれ見ろ八雲。このような下劣な畜生に肉体を貸すから小娘共が死にかけるのじゃ》

《人のせいにしないでくださいますぅ? これでも大分手加減してましたし、悪いのは弱すぎる相手の方ですよ》

 

 チドリたちを殺しかけたと指摘された玉藻の前は、悪びれた様子もなく全てチドリたち側の弱さが原因であると反論する。

 これまで行なわれていた戦闘の真相だが、それは玉藻の前に肉体の支配権を与えた湊を相手にどこまで戦えるかという実戦トレーニングだった。

 シンクロ率を上げて完全にペルソナ化してしまえる湊だからこそ、憑依という自我持ちのペルソナに逆に肉体を貸し与える事が可能なのだが、自我持ちは個体によって湊以外の人間に対するスタンスが異なっている。

 だからこそ、死んでもそれは弱いのが悪いという考えの玉藻の前では、本気で死にかける事態に発展する超スパルタになってしまったのだ。

 

《莫迦か。あの犬であっても殺していれば貴様は八雲の怒りに触れ、その小汚い魂ごと破壊されておったわ》

《あんな無謀な攻め方する方が悪いでしょ。私は言われた通りにほぼ死ぬくらいまでなら自由ってのを実践しただけですし》

 

 口では色々言いつつも基本的には面倒見のいい鈴鹿御前が怒っても、湊自身が最初に許可を出していたからと玉藻の前はハンと鼻で笑って聞く耳を持たない。

 まぁ、彼女の主は湊なのでそれ以外の者の言うことは聞く必要も無いのだが、訓練とは受ける側にも教官を選ぶ権利があった。

 蛇神の影である黒い腕を伸ばして気を失っているコロマルとラビリスを回収していた湊に近付き、チドリは普段からやる気のない目を向けると率直な感想を告げる。

 

「湊、こいつ嫌。こんな訓練じゃ強くなる前に死ぬ」

「……そうか。そういうギリギリの感覚が実戦だと重要になってくるんだが、まだそういう段階にないなら他のやつにしよう」

 

 四体の大型シャドウが倒れたことで敵も強くなってきている。

 だからこそ、湊はより安全が確保された状態で強敵と戦えるように実戦訓練を考案したのだが、残念ながら裏社会流の鍛え方は一般人に合わないようだった。

 自分も似たような実際の殺し合いの中で強くなってきた青年は、ならば次の教官役は誰にすべきか真剣に考え込みながら、再び少女たちの想像の斜め上をいく鍛錬を思い付くのだった。

 

 

6月18日(木)

昼――職員室

 

 昼休み、それは午前中の授業で疲れた脳に休憩と食事で栄養を与え回復させる時間である。

 もっとも、昼休みに食事をするのは生徒だけではない。中には生徒と同じように食堂に向かう者もいるが、職員室では教師たちが弁当やパンなどそれぞれが自由に食事を取っていた。

 

《えー、お二人は以前年末特番のバラエティ番組に共演した事が切っ掛けで知り合っており、その際に連絡先を交換して親密になっていったのだと思われています》

《私もそれ見ましたよ。皇子がサーヤちゃんをお姫様抱っこして助けていたんですけど、本当に格好良くってドキドキしました》

 

 ただ、点けられているテレビで流れている昼のワイドショーを見ると、それを見ていた教師たちは揃って溜息を吐く。

 普段は別にテレビなど点けてないのだが、今は学校の方にもテレビ局や雑誌記者などマスコミ関係者がやってくるため、生徒たちが外でインタビューを受けていないかという確認のためにも見ておかなければならないのだ。

 男性アナウンサーとコメンターとして出演している演歌歌手の女性が話すのを聞いていた鳥海は、近くの机でモシャモシャとバケットで作ったサンドウィッチを食べている教師の方を向くと、お弁当のトマトを口に運びつつ厭みをたれる。

 

「そっちのクラスは楽しそうで良いですね。話題にも事欠かないし」

「あれは嘘って有里君は言ってました。だから何も悪くないです」

 

 言われた佐久間も実際は熱愛報道でダメージを受けているようだが、湊は本当に付き合っているなら隠さずに認めるタイプだ。

 故に、彼がそんな事実はないと言った以上は信用していい。

 彼のことをよく知っている佐久間や櫛名田、さらに去年の担任だった英語の寺内なども理解しているようだが、残念なことに他の教師たちは半信半疑という者が多いようだ。

 七歌やゆかりのクラス担任である鳥海は、どちらかというと他人の恋愛などどうでもいいという立場ではある。

 ただ、一時期の皇子ブームのように学校周辺にマスコミやファンが集まり、さらに湊関連用の専用ダイヤルだけでなく学校の方にも取材の申し込みやファンからの嫌がらせの電話が掛かってきていたため、もう少し彼に大人しく過ごすよう言えないのかという意味で新担任の佐久間に言ったのだ。

 

「まぁ、恋愛なんて個人の問題だから、アイドルだろうとお姫様だろうと自由に付き合えばいいと思いますけど、有里君にはもう少し自分の立場を自覚するよう言ってください」

「有里君は一般人ですよ。他の子と同じように過ごして良いと思います」

「本人の認識と周囲の反応は別です。これが他の男子生徒なら一般の男子学生としか報道されなかったでしょうけど、彼は既に業界人として扱われているから大事になってるんですよ」

 

 本人がなんと言おうと既に一般人とは認識されなくなっている。今回の熱愛報道がその証拠だと鳥海が言えば、コーヒーを飲んでいた佐久間はニッコリと百パーセント作られた笑みを浮かべて返した。

 

「いやぁ、有里君は残念ながら“有名な一般人”なんですよ。運動部の活動も既にしていない以上は、写真を撮られたりするのは普通に肖像権やらパブリシティ権の侵害ですし。今みたいに学校の周りを囲んで他の生徒の学校生活にも影響が出てる点については軽犯罪扱いです」

「大会のインタビュー以外でテレビに出てる以上は一般人じゃ通用しないでしょ。まぁ、他の生徒の学校生活に影響が出てる方はそうかもだけど」

 

 佐久間の認識としてはマスコミが騒ぎすぎているのが問題であって、湊自身の対応に落ち度はないと思っている。

 アイドルと付き合っているなどという事実はなく、本人が否定し続けても嘘と決めつけて騒いでいるのもマスコミだ。

 なら、ここは自分たちがすべきなのは、教師としてしっかり生徒を守ってやる事だと佐久間は語る。

 

「鳥海先生も有里君のクラス担任になりたがってたんですし、今はマスコミに対応に追われて大変でも生徒を守ってあげましょうよ」

「うーん。まぁ、そうなんだけどね。生徒たちも同じ話題で騒いでるし、実際のところ彼が大きく動かないと火消しは無理だと思うわよ」

 

 珍しく真面目な佐久間の言葉に同意しつつも、鳥海は事態はそう簡単には終わらないと捉えていた。

 騒いでいるのは何もマスコミだけではない。一般消費者、もっと身近で言えば生徒や保護者も彼のことを知りたがっている。

 統率が取れていた『プリンス・ミナト』ですら内部分裂を起こしかけている以上、本当に大変なことが起きる前に湊自身の手で何かしらの対応を取る必要が出るのも当然だった。

 彼に余計なことをさせたくない佐久間はその案に当然渋い顔をするけれど、頭が良いだけあって効率や効果の面で見て鳥海の意見の正当性は理解している。

 学校側もいつまでもマスコミやファンからの攻撃が続くようなら対応を考える必要が出てくるため、それなら仲の良い佐久間の方から青年に何か行動を起こす予定はあるかと尋ねた方がいいかもしれない。

 鳥海との会話でそこまで考えた佐久間は、残っていたパンとコーヒーを一気に食して片付けると、自分から湊に少し話をしてみますと言って職員室を出て行った。

 

 

 


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