【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第二百三十一話 テスト明けの過ごし方

7月18日(土)

午前――EP社

 

 私立である月光館学園と違い。普通の公立では土曜日は休日になっている学校は多い。

 EP社前のバス停で降りて敷地内へと入ってきた久慈川りせも、今日は学校が休みだからと朝から自主練のため社内のレッスンルームを目指してやって来た訳だ。

 トップアイドル柴田さやかとの合同フェスは来月に迫っている。多忙な相手とのレッスンは機会が限られているため、それ以外の時間に自分の曲とパートのレッスンを仕上げておく必要があった。

 おかげで仕事と学校のないときは基本的に通い詰めで、今では社内の人とも親しくなって頑張ってねと応援までされている。

 

「おはようございまーす!」

「おはよう、りせちゃん。レッスン頑張ってね!」

「はい、頑張ってきまーす!」

 

 入り口で通行証を通して建物に入り、社員とすれ違う度に元気に「おはようございます」挨拶しながら目的地を目指す。

 現在、“アイドル・久慈川りせ”はなんの実績もないペーペーである。知名度こそ湊の戦略のおかげで高まったが、それも“トップアイドルと共演する謎の新人”という一時の話題性によるものでしかない。

 そんな駆け出しにとって今のレッスン環境は破格の待遇で、最新設備の整ったレッスンルームで有名なトレーナーからマンツーマンで教えて貰えることなど今後数年はないだろう。

 レッスンが終わってからシャワールームに向かえば、天然温泉の引かれた広々とした浴場があり、事前に希望を出しておけばマッサージも受けられる。

 この会社の社員になれば習い事としてりせが現在受けているものと同じ環境でレッスンが受講出来、浴場の利用やマッサージは習い事のサービスとして無料で受けられるというのだから、芸能界を引退したらここで雇って貰えないかなとりせが考えてしまうのも無理はない。

 というのも少女にすれば青年には貸しがあるのだ。身体が硬いと馬鹿にされ、そこから身体を柔らかくするという名目で全身を揉まれたのだ。

 腕や足だけではない。服の上からではあるが尻も胸も触られ、股関節の辺りを揉むときには大事な部分にも触れられた。

 多感な時期の少女にとっては泣きたいほどの辱めであり、翌日はショックでレッスンに行けなくなったほどだ。

 けれど、彼の行なった肉体改造とやらの成果は本物で、たった一度のマッサージで確かに身体の柔軟性が増していた。

 おかげでダンスのキレも良くなり、無理矢理に押収されたようなものだが、対価を払っただけの価値はあったと言える。

 しかし、それはそれ、これはこれというやつで、アイドルとして身体を柔らかくして貰えた事は感謝するが、一人のうら若き乙女として先日のセクハラ行為に対する謝罪と賠償はなんとしてでもぶん取ってやらねば気が済まなかった。

 

(今日はプロデューサーいるかな? テスト期間だって言ってたけど)

 

 エントランスを抜けて建物の奥までやってくるとレッスンルームのある区画に到着する。

 それぞれの部屋は防音と防振がバッチリなのだが、一応、さらに各部署の営業室と離しておけばより安心ということで離れた場所にあった。

 通い慣れたりせはその中を歩き、現在はほぼ自分専用になっている部屋へと向かう前に更衣室でレッスン着に着替えようと思ったのだが、ロッカー室に向かう途中にある自販機の置かれた休憩スペースに知った顔を見つけたことで彼女は相手の許まで近付いた。

 

「あ、プロデューサー。おはよう、何してるの?」

「……お前を待ってたんだ。今日はレッスンは休み、その代わり一つ撮影の仕事だ」

 

 休憩スペースで一人コーヒーを飲みながらノートパソコンで作業していた青年は、りせがやってくるとパソコンを閉じて顔を上げながらそう話す。

 レッスンする気満々だったりせとしては出鼻を挫かれた形だが、“撮影の仕事”という言葉が頭に入ってくるとすぐに顔を輝かせて本当かと嬉しそうに尋ねる。

 

「仕事ってホント! あ、でも、井上さんは? 事務所にちゃんと話は通ってる?」

「ああ、許可も取ってある。マネージャーは今日は別の担当の挨拶回りで来られないから、俺が同行してやることになった」

「そうなんだ。でも、他所のアイドルのマネージャー業務しても大丈夫なの? ほら、こうギャラとかの話で」

「そも、仕事を取ってきて回してやってるのも俺だからな。言っておくがお前のマネージャーは俺と事務所の中継をしているだけで、最近は別の担当たちの仕事にかかりっきりだぞ。掛け持ちしていることもあって今の方が楽ではあるらしいが」

 

 フェスに出演するということで有名になり、りせは最近になって仕事が増えている。

 話題のアイドルとして朝のワイドショーで生歌を歌ったこともあれば、週刊少年誌のグラビアを撮影したりもした。

 おかげで湊と出会う前と後で給料が十倍以上違っているのだが、それらは湊がコネや権力を利用して多方面に声をかけたことで舞い込んで来ている部分があり、マネージャーの井上は事務所への連絡や売り出しの方向性的にOKかを判断するくらいしか関わっていない。

 そんな裏方の話を今まで知らなかったりせとしては、自分のアイドル活動が事務所の外の人間にほぼ任されていると知って驚きを隠せないが、考えてみればペーペーでしかない少女に専属マネージャーなど付くはずもない。

 そして、井上が他の駆け出しアイドルたちのマネージャーも兼任していることは知っていたため、現状、湊の売り方で仕事が出来ているならいいかと楽観的に考える事にした。

 

「そうなんだ。じゃあ、お仕事いこ?」

「先に着替えだ。その後に車で移動するから、日焼け止めを全身に塗っておけ。今日は屋外ロケになる」

 

 言いながら湊はりせが来た道を戻ってゆく。着替えというから更衣室に行くのかと思ったが、そちらはただのロッカールームで、これから向かうのはテレビ局でもよく見るようなメイクルームらしい。

 そんなものが会社に用意されているのは驚きだが、ここでは様々な習い事が出来るようになっているので、メイクルームもその道の資格取得用に現場そっくりにしているのだとか。

 案内されて中に入れば確かにテレビ局そっくりの造りだと納得する。もっとも、キー局の大きなメイクルームよりさらに広いが、それは実際に使う部屋か習い事用の教室かの違いだろう。

 一つの鏡の前にメイク道具が置かれ、壁際には何着もの服が掛けられている。メイクする場所は分かったが、衣装と実際の化粧はどうするのか疑問に思ったりせは可愛らしい服を眺めながら湊に尋ねた。

 

「ねぇ、撮影用の衣装ってどれ着ればいいの?」

「……別に好きなやつでいいぞ。夏ってことで爽やかなイメージの半袖なら何でもいい。お前のセンスに任せる」

「そうなんだ。あ、わたしこのブランド結構好きなんだぁ」

 

 掛けられている服は全て撮影に使えるものだと聞き、りせは今日使った衣装を後で貰ったり出来ないかなと考えながら服を選ぶ。

 彼女は知らないがここにあるのは全て湊の私物だ。他の者の着替え用にマフラーの中に適当に入れているものなので、本人に言えば二着だろうと貰っても構わない。

 ただ、それは後で知ることなので、りせはオレンジのワンピースに白のショートパンツを選ぶとこれに決めたと湊に渡した。

 

「プロデューサー、私これにする。外なら動くかもだしスカートよりパンツの方がいいよね?」

「……そうだな。じゃあ、着替えるついでに日焼け止めを塗るぞ」

 

 歌番組等には出演の経験があるりせもバラエティなどはまだ経験がない。しかし、テレビを見ている中で自分ならこういった部分を気をつけようとは考えていたので、今回は衣装選びの時点からそれを実践してみた。

 彼女より撮影等に慣れている青年も認めたことで、考えがあっていて良かったと安心したのも束の間。何故だか湊が自分の手に日焼け止めクリームを出したため、りせは嫌な予感がして後ずさりながら相手に行動の意味を問うた。

 

「ちょ……なんでプロデューサーが手に出してるの?」

「なんでって自分でやるより早いだろ」

「私は女の子で、プロデューサーは男でしょ!」

「図々しいぞ。いいからさっさと脱げ。服に隠れる部分にも塗るんだからな」

 

 夏の紫外線を甘く見てはいけない。服が薄くなった分、それを通過した紫外線が肌を焼くのだ。

 他所の商売道具を預かっている以上は最善を尽くさねばならないだろうと青年が言えば、少女は身の危険を感じて全力で逃げ出し、二メートルもせずに捕まってしまった。

 その時点でかつての肉体改造とやらを受けた際の記憶が蘇り、必死の抵抗も空しく顔にクリームを塗られると、今度は空いた両手で次々と服を脱がされ一気に下着姿まで剥かれた。

 中学生という年頃もあって未成熟だがその身体は女性になりつつある。それを恋人でもない男に見られるだけでなく、下着の中以外の全てを丹念に触られたとなれば少女のプライドはボロボロだった。

 文字通り全身くまなく日焼け止めを塗られた少女は、終わってから解放されても下着姿のまま床に座り込み、一仕事終えて煙管をふかしていた馬鹿を目に涙を溜めて睨みながら恨みを吐いた。

 

「うぐぅ……絶対に訴えてやる。事務所経由で厳重抗議してやるんだからぁ……」

「言っておくがさっき出たギャラの話で行くと俺の時給は一千万を超える。つまり、本来ならお前はこうやって無駄な時間を使わせている事に対して一千万を支払う義務がある訳だ。だが、それは俺の厚意によって免除されてきた」

「……それで?」

「別に遡って事務所に請求してもいいんだぞ。中堅のタクラプロじゃ自己破産しか道はないがな。所属タレントの一人や二人喰っても足りないくらいなんだ。仕事のために日焼け止めを塗った程度でゴチャゴチャいうな」

 

 文句が多いりせに対して湊は仕事だから割り切れと開き直って告げる。

 彼のギャラは実際はEP社の年収を時給に計算しなおした際の話で、別に仕事の出演料が時給一千万という訳ではない。

 だが、その部分を説明しなければ駆け出し自分と一世を風靡した相手にそれほど差があるのかと伝わり、所属タレント食べるという部分は下衆い例えだとは思ったが、確かに相手は仕事のために触ってきただけだと渋々納得して立ち上がった。

 

「……将来もし自伝を出すことがあったら、プロデューサーにはよくセクハラされたって書くから」

「枕営業をしていたと言われても良いなら好きにしろ。正直、お前の身体には欠片も欲情しないが」

「うっさいバーカ! 絶対にいつか後悔させてやるんだから。ウエストのくびれとスラッとした脚線美にメロメロって言わせてやるもん!」

「……胸も成長しろよ」

 

 相手が啖呵を切ったことで、それは将来が楽しみだと青年は薄い笑みを浮かべながら化粧台へ移動する。

 その動きで化粧も彼がするのだろうと理解したりせは衣装を着てから椅子に座り、慣れた手つきの青年からナチュラルメイクを施された。

 どうして男なのに他人の化粧に慣れているのかと尋ねれば、美術部だから色塗りは得意なんだと返されてゲンナリする場面もあった。

 とはいえ、彼の化粧は実に見事なものでりせも納得の出来であり、これなら別に美術部の色塗り感覚でも構わないと思える。

 着替えもメイクも終了し、湊が新たに出してきたジュエリーボックスから好きな物を選べ言われ、小物のアクセサリーも身に付けてりせの準備は万端。

 それじゃあ出発しようと車の待っている駐車場に向かう途中、少女はそういえばどんな仕事か聞いていなかったと隣を歩く青年に仕事内容を聞いた。

 

「ねぇ、プロデューサー。そういえば今日の仕事ってなんの撮影? バラエティ? それともグラビアとか?」

「……いや、AVだぞ」

 

 瞬間、少女は一陣の風になった。手足が千切れても構わないという覚悟で全力で振り、暴君から逃げなければと命懸けで元来た道を戻って人のいるエントランスを目指した。

 だが哀しいかな、魔王からは逃げられない。

 

「――――逃げるな」

 

 りせは己の持ちうる全力で走った。だというのに、エントランスまで十数メートルというところで後ろから抱えられ、まるで荷物のように肩に担いだまま運ばれてしまう。

 けれど、少女としてここはどうやっても逃げなければならない。全力で叫び暴れながらりせはそんな仕事は受けられないと抗議する。

 

「いや! 絶対に無理っていうか中学生にさせる仕事じゃないから! 事務所だって絶対許可しないし!」

「お前のマネージャーは経験がなくて初めてだからよろしく頼むと言っていたぞ」

「はぁっ!? ちょ、こら、井上ぇぇぇ!! 絶対許さないから覚えてなさいよぉぉぉ!」

 

 本人になんの確認もなくなんて仕事に許可を出しているのか。アハハと笑う眼鏡の姿を空の向こうに幻視しながらりせは次に会ったら殺すと心の中で誓う。

 だが、今はそんな事を言っている場合ではない。少女が全力で暴れようと気にせず進み続け、見た目以上に筋肉ゴリラなパワーを発揮している男を止めなければ己の貞操が危険なのだ。

 人助けで有名な相手ならば必死に頼めば聞き届けてくれるかもしれない。そんな淡い期待を抱きながらりせは叫んだ。

 

「ねぇ、ホントにイヤだから離して! 私、絶対にしない! てか、生理だから、いま生理になったから!」

「……もし事実なら驚きのタイミングだな。それよりお前、馬とかは大丈夫か?」

「う、ウマっ!? バッカじゃないの、てか変態過ぎでしょ!? 誰か助けてー! 犯されるぅぅぅ!」

 

 少女の必死な言葉を軽く聞き流し馬は大丈夫かと聞かれ、りせは驚きのあまり目を見開いてふざけるなと返した。

 なにせ馬のアレは人間のものと比べて倍じゃ済まないほどご立派なのだ。未経験の中学生がそんなもので純潔を散らせるはずがない。

 そう思って全力で周囲に助けを求めれば、相手が何を言っているのか一瞬分からず湊が立ち止まり、そこから数秒考えて相手の勘違いに気付いて誤解を解いた。

 

「……久慈川、言っておくとアニマルビデオの略だぞ。動物園のパンフレットと園内で流すPVの撮影だ」

「……へ?」

 

 そう、りせはAVと聞いてアダルトビデオに出演させられると思ったようだが、湊が言っていたのはアニマルビデオの事だった。

 馬が大丈夫かと聞いたのも乗馬の画を撮る可能性があったので、そういった大型の動物も怖くはないかと先に聞いたのだ。

 説明を受けたことで大人しくなったりせを湊が下ろせば、相手は耳だけでなく首まで真っ赤に染めて視線を逸らしつつ精一杯の強がりをいう。

 

「し、知ってたもん」

「……お前の心は汚れているな。そして、出会ってから短いがこれまで随分と手を掛けてやっていたのに、処女に獣姦させるようなやつだと思われていたとは哀しくて泣きそうだ」

「そ、それはゴメンってば。でも、AVって言ったら普通はアダルトの方だと思うでしょ」

「それは人による。俺は思わない」

 

 中学生のアイドルが随分と歪んだ性知識も持っている事に湊は呆れる。耳年増なだけともいうが、どちらにせよアイドルのイメージとしてはあまり良くないだろう。

 そして、自分が盛大な勘違いから青年を罵倒してしまった事に加え、アブノーマルな世界のことも知っていると青年に知られたことで少女は羞恥から顔を上げることが出来ず。次に口を開いたのは目的地の動物園についてからだった。

 

 

午後――月光館学園

 

 今日は月光館学園の期末テスト最終日。最後の科目も終えて地獄のテスト週間から解放された生徒たちは、それぞれの自由を謳歌しようと学校を出て行く。

 そんな中、七歌が順平やゆかりと一緒に靴箱まで降りてくると、丁度いいタイミングで風花やラビリスたちE組メンバーと出会い。真田や美鶴もやってきたことで一緒に帰ることになった。

 

「フゥ、夏の日差しが眩しいぜ……」

「お前はどういうキャラを目指してるんだ?」

 

 靴を履き替えて外に出ると太陽に手をかざしながら順平が呟いた。

 急に謎のキャラを見せてきた相手に真田は呆れ気味に尋ねるが、どうやらテスト明けでハイになっていることと屋久島旅行が楽しみな事が関係しているらしい。

 

「いやぁ、だって屋久島っすよ? 南の島、青い海と白い砂浜がオレを待ってるぜってなもんでしょう!」

「やれやれ、はしゃぐのはいいが事故だけは簡便だぞ」

「分かってますって」

 

 海での事故は陸でのそれよりも助けるのが難しい。ライフセーバーですら救助の際に死ぬこともあるのだから、普段から泳いでいる訳でもない一般人では助けるのはほぼ絶望的だ。

 そのため真田は先に釘を刺しておいたのだが、順平は分かっているのかいないのか判断に困る笑いをみせてきた。

 これで本当に事故にあえば洒落にならないが、今からしつこく言ってもしょうがない。そう思うことにして七歌も彼らの話には突っ込んでいかず、隣を歩いていたゆかりに旅行のことで話しかけた。

 

「そういえば、ゆかりは水着買った?」

「ううん。テスト期間中はそっちに集中したくて帰りに買おうと思ってたとこ。別にセールもやってなかったしさ」

 

 旅行に行くことが決まってから雑誌を見たりはしていたが、実際に店舗まで足を運ぶのは控えていた。

 やはり水着を買ってしまうと頭が旅行の方へ行ってしまい。少しずつ進めていた勉強の内容が抜けて行ってしまう気になるのだ。

 本当にそうなるかは本人のやる気次第ではあるが、ゆかりはその方法で勉強に集中出来たことで、終わった今はどんな水着にしようか考えていた。

 すると、七歌たちの後ろを歩いていて話が聞こえていたのか、ラビリスやチドリと話していた美紀が会話に参加してくる。

 

「なら、ゆかりさんも一緒に行きますか? 私たちも水着を買いにいく予定だったんです」

「あ、そうなんだ。そっちもどっか行くの?」

「うん。ゆかりちゃんらが旅行に行くって聞いとったから、ウチらも皆で泳ぎに行こかって話しててん」

 

 ラビリスたちがゆかりたちの旅行について聞いたのは先日寮に行ったときの事だった。

 別に旅行へ行く金がない訳ではないが、どちらかというと夏のイベントを楽しみたいということで彼女たちも同じ時期に泳ぎに行くことが決まったのだ。

 ただ、ラビリスたち総合芸術部のメンバーのうち屋久島の行くのはゆかりと風花のみ。残りは美紀とチドリとラビリスと湊という事になるので、ラビリスの言った“皆で”の中にもしや湊も入っていないよなと心の狭い男が一人目だけは笑っていない笑顔で妹に聞き返した。

 

「一体どこに行くんだ? 泊まりか?」

「日帰りのプールです。有里君が屋内プールの施設を持っているらしいのでそこに」

「ふえー……そんなの持ってるって八雲君って皇子ブームで稼ぎまくったの? てか、今日は本人はいずこに?」

 

 家にプールがある、ではなく、屋内プールの施設を持っているとは随分と規模が大きな話だ。

 それが湊の家ではなく彼の持ち物だというからさらに驚きは強くなり、本人がいないこともあって七歌がお金の出所と共に彼の所在を尋ねると、本人から連絡を受けていたチドリが携帯の画面を見つつ答えた。

 

「……湊は今日は仕事。アイドルとAV撮影に動物園に向かってるって」

「ちょっ、オレたちが勉強に精を出してるのに、有里君ってばどこで精を出そうとしてんのよ!? つか、十八歳未満が男優していいんか!?」

「……プロモーションのアニマルビデオだけど?」

「ですよねー。はい、知ってましたー」

 

 年頃の少年としてAVという単語につい反応してしまった順平は、チドリからゴミを見るような軽蔑しきった視線を送られ目を逸らしてしまう。

 ほぼ同時期に同じ勘違いをしたアイドルがいると知れば喜ぶかもしれないが、彼がその事実を知ることは一生ないので同級生の女子から変態のレッテルを貼られ終わることとなった。

 そんな風に、旅行に向けて高いテンションになっていた少年が落ち込みがっかりしていると、彼らの正面から歩いて近付いてくる者がいた。

 

「やあ、皆お疲れさま」

『理事長?』

 

 彼らの前にやってきたのは月光館学園の理事長を務める幾月修司だった。

 普段、相手は桐条グループのラボにいるので、こうやって昼から出会うのは本当に珍しい。

 その事を指摘しつつ美鶴はどういう用件かを相手に質問した。

 

「珍しいですね。今日はどうしたんですか?」

「ちょっとね。寮で暮らす子が増えるから、今日はその子を迎えに来たついでに寄ったんだ」

 

 そう言ってから幾月が横にずれると、彼の後ろにいた少年がひょっこりと現われる。

 少年の姿を見て相手が誰かを確認した一部のメンバーは驚いた。

 着ている物は同じ月光館学園のものだがそれは初等部の制服で、そして相手と既に知り合いの者もいる天田乾だった。

 

「どうも、こんにちは」

「あれ、天田少年て、え、寮で暮らすのって天田のことっすか?」

「ああ、彼は夏休み中も帰省しなくてね。でも、初等科寮に一人じゃ寂しいだろうから、その間だけ転居させようって訳さ」

「しかし、理事長。うちの寮は……」

「分かっているとも。だが、巌戸台分寮で暮らすということは彼もそうって事さ」

 

 いくら一人になってしまうからと言って無関係の者を寮に泊まらせる事は出来ない。

 そう思って美鶴たち特別課外活動部のメンバーが視線で語り合えば、言いたいことは分かっているよと優しく笑って幾月は彼にもペルソナ使いとしての素養があると言った。

 勿論、メンバーではない者たちは言葉の意味を理解出来なかったはずだが、きっと高校生の中で一人だけ小学生がいては気まずいのではという意味に取ったらしい天田は、夏休みの間だけとは言っても世話になるということで年上の者たちへ丁寧に挨拶した。

 

「もう少し先になりますが、皆さんよろしくお願いします。でも、随分と男女比が偏っているんですね。男子は僕を入れて三人ですか?」

「いや、今はいないがもう一人いるぞ。俺の幼馴染みだ。それと女子も四人だけでそこにいる三人は実家暮らしだ」

 

 今現在ここにいるのは男子生徒が天田を含め三人、それに対して女子生徒は七人と男女比がかなり偏っている。

 巌戸台分寮は同じ寮で男女が暮らすという珍しい状態ではあるものの、流石にこれでは男子の肩身が狭いのではと心配して尋ねた天田に、真田はチドリたちを指して友人関係だが寮生ではないと教えてやった。

 その説明で成程と納得した様子の天田は、紹介を受けたメンバーに視線を送っていき、丁度知っている顔があったことでラビリスのことを見ながら話題として出した。

 

「あ、そちらの方は有里先輩とバイクに乗ってる方ですよね。登校時間にたまに見ました」

「天田君も有里君のこと知ってるんだ?」

「有名ですから。それに最近初等部の方でも話題なんですよ。今度の劇場版フェザーマンRのキャストに入ってて、テレビ放送の方でも劇場版に先駆けて出演するのが決まっている事が告知されているんです」

 

 少年の口から湊の名前が出たことで、初等部でも知られているんだなとゆかりは軽い気持ちで考えていた。

 だが、天田からやけに熱の籠もった言葉が返ってきたことで押され気味になり、さらに言えば突っ込み所があったため改めて確認を取る。

 

「え、フェザーマンって日曜の朝にやってる特撮だよね? それに有里君が出るの?」

「はい。レギュラーではありませんがフェザーマンの先祖である“翼の民”の戦士シムルグとして登場するんです。映画と先行登場では翼の民の巫女ガルダとしてアイドルの柴田さやかさんも一緒に出ますし。特撮好きの間だけでなく一般の方からも注目を集めていますよ」

 

 正式名称・不死鳥戦隊フェザーマンRとは、日曜日の朝のスーパーヒーロータイム放送している特撮番組で、不死鳥戦隊フェザーマンからキャストや一部設定をリニューアルして作られた新番組だ。

 幼い男児だけでなくフェザーマンを見ていた大人からも根強い人気があり、最近では若手のイケメン俳優をキャストに起用していることもあってお母さんたちだけでなく一般の女性たちからも注目を集めている。

 しかし、そんな特撮番組にどうして湊とトップアイドルが出演するのかと疑問に思えば、そういえば野外フェスを企画していたので、その宣伝も兼ねて特別出演することにしたのだろうとすぐに疑問は解決した。

 本人は色々と面倒臭がりなのだが、変なところで凝り性なので今回の件もある意味では納得がいく。

 ただ、目の前にいる純粋にヒーローに憧れている少年には、大人の事情が絡んだ青年の思惑を話すことは出来ないなとメンバーの心は一致し、湊はいないのかなとソワソワしている彼に対してその部分は話さずに済むよう言葉を選んで七歌が会話を続ける。

 

「彼は今日お仕事でお休みだけど、天田君って結構特撮とか詳しいの?」

「え? いや、その、普通ですよ。起きたときにテレビが点いてて見るくらいで、劇場版は学校の先輩が出るなら見てみようかなって感じですし」

「そうなんだ。けど、最近は大人にも人気だからチェックしてるのかなって思ったんだけど、あんまり興味ないんだね」

「べ、別に興味がない訳じゃありませんよ。というかそういう七歌さんは詳しいんですか?」

「うんにゃ、ぜんぜん。名前は知ってるけどメンバーの色も知らない」

 

 七歌も本当は知っている部分はある。流石に登場人物の名前までは知らないが、メインキャラの色くらいは覚えていた。

 ただ、ここは天田と交友を深めるチャンスなので、敢えて知らないフリをしてどういう訳か子供らしく振る舞えない少年に自分で話させようと思ったのだ。

 すると案の定、興味がない訳ではないが詳しくない七歌に対し、自分が知っていることで良ければという態度を装いながら少年は饒舌に説明し始めた。

 

「赤、青、黄色、ピンク、黒が基本メンバーです。それから追加メンバーで緑と白も増えてますね。映画の有里先輩たちは先輩が蒼銀、柴田さんが黄金をイメージカラーにしていますが、先輩たちは古の存在ですから魔具という装備を付けるだけで変身はしないんです」

「へぇ、よくチェックしてるんだね」

「あ、その、興味があるなら解説本も持ってますから、寮で暮らし始めてから貸しますよ?」

「そうなんだ。じゃあ、そのときはよろしくね」

「はい!」

 

 自分の好きな物に興味を持って貰えて嬉しいのか天田は小学生らしい笑顔を見せた。

 以前から少年を知っているゆかりたちも、大人ぶって素直な態度を取れない彼のことを気にしていたので、七歌が相手のプライドを傷つけないよう気をつけながらちゃんと大人な対応してくれたことを内心で喜ぶ。

 そんな若者たちの交流を見守っていた幾月も同じ事を思ったようで、これなら一緒に寮で暮らしても大丈夫そうだねと微笑んだ。

 

「ははっ、仲良く出来そうでよかったよ。それじゃあ我々は少し手続きがあるから先に行くよ」

「皆さん、さようなら」

「うん。またね、天田君」

 

 校門の前にとまっていた車に乗り込み去って行く二人を見送り、七歌たちもさて行こうかと歩き出す。

 旅行の準備のため向かう場所を決めながら、メンバーたちは揃ってテスト明けの放課後を過ごした。

 

 

 


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