【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第二百三十四話 それぞれの場所で

夜――桐条別邸

 

 アイギスが対シャドウ兵器と聞いても半信半疑だったメンバーが別荘に戻ると、とりあえず全員が着替えて落ち着いてから話をしようという事になった。

 海に潜っていた七歌は勿論、他の女子たちもトレッキングで汗を掻いていたので全員が賛成し、男子たちも水着から私服に着替える前に潮風でベタついた肌をさっぱりさせようと男女別の大浴場に向かった。

 その間、アイギスの方は研究所で簡単なチェックを受けたのだが、全員が着替えて戻ったときには屋敷にいたため、女中に飲み物を用意させて全員が椅子に座ってから幾月が口を開く。

 

「さて、桟橋のところでも少し話したが改めて紹介しよう。彼女は対シャドウ特別制圧兵装七式アイギス。桐条グループが対シャドウ用に開発したロボットのラストナンバーさ」

 

 幾月から紹介されて一同の視線がアイギスに集まる。

 ヘッドフォンのように見えるクラッチユニット、手袋をしているように見える指先や首までを覆う白い布は全て日焼け対策のようにすら思える。

 しかし、それらは全てロボットである証で、服を脱げば手足や関節はもっとハッキリと機械のパーツが見えるらしい。

 もっとも、他の者たちに注目されても彼女は暗く沈んだ表情で俯き、他の者たちに見られようとほとんど反応しない。

 それが余計に人間臭く見えて、順平などは声を掛けた美少女がロボットだったという事実に項垂れている。

 

「人間にしか見えねぇのにロボットって……とほほ」

「ナンパまでしてたもんね。ドンマイ外道共」

 

 落ち込んでいるのは順平だけでなく真田や荒垣も同様だった。順平ほどハッキリと態度には出ていなくとも、自分たちがロボットをナンパしてしまったという事実が効いているらしい。

 それを見た七歌は満面の笑みで追い打ちを掛けるが、桟橋で銛を構えていた事情も分かっていなかった美鶴は、一体何があったのかと桟橋でのことを尋ねた。

 

「七歌、ナンパとはどういう事だ?」

「ああ、ここにいる外道たちは女子がいないからってビーチでナンパして歩いてたんですよ。ま、結果は全戦全敗。ていうか、あんな会話でよく女子の興味を引けると思ったなってレベルでした。で、最後に泣いているアイギスのところに三人で行ってナンパしたんです。泣いている女の子をナンパするだなんて男の風上にもおけないってんで、私は銛で貫いてやろうと思った次第ですが本当にやっとけば良かった」

 

 毒たっぷりの説明が終わると女性陣の冷たい視線が男子らを射貫く。別にナンパをしてはいけないとは言わない。だが、男三人で泣いている女の子を囲むのは外道の所行だ。

 七歌が真面目に銛で貫いておけば良かったというのも納得で、ゆかりや美鶴などは何故そこで躊躇ったのかとアイコンタクトだけで七歌に伝え、七歌もアイコンタクトだけで面目ないと謝った。

 女性陣のそんな器用なやり取りを見ていた男性陣は、その場に居づらそうに身体を小さくするも、よく考えれば七歌が別行動していた理由が気になったようで、テーブルの上に置かれたカップに口を付けてから順平が疑問をぶつけた。

 

「つか、七歌っちはなして一人だけ海にいたんだ? しかも銛まで持ってさ?」

「なんでって私は縄文杉みたことあるもん。潜る方が好きだからって別行動を伝えて、地元の漁業組合に許可貰ってから一人で魚をゲットしてたりしたんだよ」

 

 別に本格的に魚を獲っていた訳でない。ただ、ダイビングを楽しみながら海の幸もゲット出来れば一石二鳥である。

 そういった理由で七歌は屋敷に戻る際に大きなクーラーボックスを持ってきて、最後に女中に渡して晩ご飯に使ってくれと伝えていたのだ。

 素人には中々難しいというのに、休憩を挟みつつ何時間も漁をしていた体力と根気には恐れ入る。

 ただ、今はそれよりも対シャドウ兵器のアイギスについて語るべきだろうと、美鶴が脱線してしまった話を戻した。

 

「下衆たちの処遇は後で決めるとして、話をアイギスの方へ戻そう。理事長、対シャドウ兵器というのなら何故彼女は実戦に配備されていなかったのですか?」

「彼女は十年前の事故の際にシャドウと戦って損傷してね。修理が終わってから何度も起動しようとしていたんだが、何故か全く反応がなかったんだ。それがどういう訳か再び再起動して今に至ると」

 

 言われてなるほどと全員が頷く。どうして屋久島に研究所があるのかという疑問は別にして、起動しなかったのなら配備以前の問題である。

 十年前というと飛び散ったアルカナシャドウたちとの戦いの可能性もあり、当時はまだ美鶴すら力に目覚めていなかったので、単独でよくシャドウと戦えたものだと感心すらした。

 

「ロボットだなんて信じられないです。本当に生きてるみたい……」

「最初見たときは泣いてもいたもんね。あ、ていうか、アイギスはどうして泣いてたの?」

 

 ハードとソフトの両面に詳しい風花は、オーバーテクノロジーの塊であるアイギスに強い興味を示す。

 動きの一つ一つが本当に人間のようで、まだ少ししか聞いていないが言葉の受け答えも実にスムーズだった。

 こんなものを作ってしまう桐条グループの技術力には改めて驚かされるが、目を輝かせている風花の意見に同意しつつ苦笑した七歌は、そういえばナンパされる前から泣いていたが何故泣いていたのかと彼女に聞いた。

 すると、今まで俯いていたアイギスはゆっくりと顔を上げ、表情に影を落としつつも静かに質問に答える。

 

「……大切な人が、亡くなったんです。あの方のためにわたしは存在していたのに、助けられなかったんです」

 

 予想外に重い答えに一同は黙り込む。

 大切な人を亡くしたら泣くのは当然だ。しかし、彼女は作られた存在、人工的に生み出されたロボットである。

 そんな彼女がいくら大切な人を亡くしたからと言って、人間のように泣いたり出来るのかと思った七歌が幾月に一つ尋ねた。

 

「えっと、理事長、アイギスってマスター登録とかあるんですか?」

「いや、そんな機能はないよ。彼女は人類をシャドウから守るために作られているからね。ペルソナ獲得のために心を与えられているから、それで優先順位を付けることは考えられるが」

『ペルソナっ!?』

 

 幾月から齎された新たな情報を聞いて全員が立ち上がるほど驚いた。

 それを見て逆に幾月の方が驚いたりもしていたが、ロボットが心を与えられてペルソナが使えるという事実に一同は驚愕と動揺を隠せない。

 何せいくら精巧に作られようと相手は機械だと思っていたところに、実は相手も自分たちのように心があると言われたのだ。

 身体の構成物が異なる以外に違いが存在しないとなれば、本当に人間を相手にするように対応すべきだろうか。そんな事を考えながら風花たちは改めて幾月に確認する。

 

「ロボットなのにペルソナが使えるんですか?」

「まぁね。獲得出来たのは姉妹機の中でもラストナンバーの彼女だけだが、アイギスにもしっかりとペルソナが宿っているよ」

「マジかよ。んじゃ、アイギスもオレたちと一緒に戦えるじゃんか」

 

 そういう事なら彼女も立派な戦力になる。むしろ、対シャドウ兵器として生み出された彼女の方が本職ですらある。

 相手が機械であることは残念だが、服を着ていれば普通に可愛い美少女にしか見えないため、順平はこれでさらに寮が華やかになると笑って言えば、

 

「……ペルソナは使えません。喪失しました」

 

 アイギスの口から衝撃の一言が返ってきて再び場の空気が固まった。

 だが、すぐに彼女の言葉の意味を考えて立ち直った美鶴は、自分の心の結晶たるペルソナが消えることなどあり得るのかと首を傾げる。

 

「なに? 理事長、ペルソナ能力が消えるなどあり得るのですか?」

「あ、いや、それは僕も初耳だ。アイギス、ペルソナが消えたというのは本当かな?」

「はい。あの方が持ったまま逝ってしまわれましたから」

 

 自分のペルソナは大切な人が持って行ってしまった。彼女からペルソナを抜き取り、未だに返却されていないという事はそういう事だ。

 彼がいない世界で戦う理由もないのでなくても構わないが、七歌たちにすれば他人のペルソナを持っていくことが可能という事実の方が驚きだった。

 

「は? え、他人のペルソナを持ったまま死んだって、ペルソナって貸し出せるの?」

「それは聞いた事がないな。アイギス、詳しく経緯を話してくれないか?」

「……言いたくありません」

 

 聞かれたアイギスは目を伏せて静かに拒否し、これには他の者たちはおおいに驚く。

 通常、映画やアニメで見るようなロボットは人間の言う通りに行動し、それこそ絶対服従や従順といった感じなのだ。

 しかし、いまアイギスは七歌たちの目の前で回答を拒否した。明確に自分の意思で拒んだと分かるので、本当に心があるのだなと相手を一個人として認識しつつ、美鶴は重要なことなので少しでも教えてくれないかと食い下がる。

 

「アイギス、ペルソナの譲渡が可能かどうかというのは、戦力が常に不足している我々の活動において重要なことなんだ。貸したのは君の意思か、それともその大切な人とやらが他人のペルソナを使えるのかぐらいは教えてくれないか?」

「……あの方の能力です。あの方は他者の力を自分の物として使えましたから」

「そうか……。教えてくれてありがとう」

 

 渋々ながら答えてくれたアイギスに礼を言って、美鶴や幾月は途端に難しい表情になる。

 他人のペルソナを貸し出すことが可能であれば、現在候補者として挙がっている天田のような子どもを戦力として投入せず、彼のペルソナを大人が使っていくことも考えられた。

 けれど、実際は個人の持つ才能によるもので、そんな特殊な力を持っていた者がいたにも関わらず、接触する前に故人になってしまっていた事は桐条グループにとって大きな痛手だった。

 ただ、美鶴たちはそんな風に考えていても、ゆかりたちにすればアイギスとその人物の関係の方に興味があり、瞳には恋バナのときのような輝きを宿してアイギスに尋ねてみた。

 

「ねぇ、その大切な人って名前とか性別は? ていうか、どんな人?」

「名前は言えません。ただ、女性です。どんな人と聞かれればとても優しい人でした。機械であるわたしを対等な人間として扱ってくださり、わたしに幸せになって欲しいと言ってくれたんです」

 

 相手が死んだと言ってもアイギスは彼の事を誰にも話そうとは思っていなかった。ただ、性別くらいは知ったところでどうもならないので、彼が民間軍事会社“蠍の心臓”のメンバーから姫と呼ばれ、本人も自分の性別が女性でもあると言っていたのでそれを教えた。

 一緒に過ごした時間は一日にも満たない。だが、彼との会話の一つ一つが本当に大切な思い出として残っているのだ。

 そんな風に彼について話すアイギスはとても綺麗な顔をしており、聞いている全員が本当に大切な人だったのだなと理解する。しかし、同時にこの様子ではペルソナを失っていることもあってメンバーにはならないだろうと順平が残念そうに溜息を吐く。

 

「はぁ、せっかく新メンバーが増えると思ったのに、これじゃ巌戸台にはオレたちだけで帰ることになりそうだな……」

「……巌戸台? お願いします。わたしも連れて行ってください!」

 

 順平の呟きが聞こえたとき、アイギスは急に立ち上がって必死な様子で懇願した。

 彼女がこんなにも感情を表に出せると思っていなかった者たちは呆気にとられるが、それでも再起動を果たすと部長扱いの美鶴が代表して責任者の幾月に意見を求める。

 

「あ、いや、それは……理事長、良いんですか?」

「まぁ、ペルソナは使えなくても戦力にはなるからね。特別課外活動部に入る事自体は構わないよ。ただ、どうして急に同行しようと思ったのかは聞いておきたい」

 

 先ほどまではどうみても活動に乗り気ではなかった。“あの方”に対する執着だけは見せていたが、そのせいで他の者たちのことなど興味がないといった様子だったのだ。

 それが一転して急に一緒に行きたいと口にしたからには理由があるはず。参加自体は問題ないがそこはしっかり聞いておく必要があると幾月が尋ねれば、アイギスは服越しにネックレスをギュッと握りながらぽそりと答えた。

 

「巌戸台はかつてあの方が過ごしていた街なんです。だから、わたしもこの目で……」

 

 もう会えない。だから、せめて彼が過ごしていた街を、彼が生きていた世界を見たいと彼女は願った。

 本当に機械なのかと思ってしまうほど純粋な想いが伝わってくる。そんなアイギスの哀しくも尊い願いを聞いたゆかりたちは、もし自分が同じ立場だったらと考えて胸が苦しくなり、彼女の事を応援してやろうと援護に回った。

 

「先輩、アイギスも連れて行ってあげましょうよ。大切な人の過ごした街を見てみたいなんて健気じゃないですか」

「私からもお願いします。もう会えないなら、せめてそれくらいの願いは叶えてあげたいです」

「多数決取りまーす。アイギスを連れて行っても良いと思う人!」

『はーい!』

 

 七歌が多数決を取れば二年生組の四人が笑顔で手を挙げ、さらに七歌がアイギスの片手を掴んで無理矢理に挙げさせた。

 難しい立場の美鶴、大して興味のない真田、そもそも離脱していて話に加わって良いのか分かっていない荒垣は手を挙げなかったが、幾月を含めても手を挙げなかったのは四人なので、アイギスの手を挙げさせて五人分の票をゲットした賛成組の勝ちだった。

 後輩たちの強引な部分を諫めるべきかとも思うが、けれど、美鶴も個人的にはアイギスの願いを叶えてやりたいと思っていたため、苦笑しつつここは素直に認める事にする。

 

「フゥ、わかった。別に私も反対していた訳じゃない、理事長の許可も出ているし彼女も連れて帰ろう」

「皆さんっ、どうもありがとうございます!」

 

 一緒に巌戸台へ連れて行って貰える。それを聞いたアイギスは泣きそうな笑顔を見せて、深々と頭を下げて皆に感謝した。

 帰るのは明後日の午前中。よって、まだ丸一日残っているが、連れて行って貰えるだけありがたいので問題ないとアイギスは言い。他の者たちも傷心中の彼女に気を遣いながら交流を深めるべく、どんな内容なら話が出来るか手探りながら言葉を交わすのだった。

 

 

7月22日(水)

朝――EPシネマズ

 

 七歌たちが屋久島へ行っているとき、東京ではある一つの施設がプレオープンの日を迎えていた。

 実際のオープンは夏休み開始日である週末の二十六日だが、その前にオーナーの知り合いたちを招いて従業員がしっかりと動けるか、施設の利用に問題はないかを確認するという訳だ。

 そして、その施設の一つが地域最大の映画館であるEPシネマズ。

 既に上映が開始している映画に加え、今日はここで『劇場版フェザーマンR-時空を超えた戦い-』の関係者を除けば日本最速の試写会が行なわれるとして、招かれたちびっ子と保護者が大勢来ていた。

 

「有里、今日は招待してくれてありがとう。うちの家計状況じゃこいつらを遊びに連れて行ったりも出来ないから、今回の招待は本当に助かったし嬉しいよ」

「ま、再戦の約束を守れそうにないからな。ちょっとした罪滅ぼしだ」

 

 映画館の入り口のところで湊に話しかけてきたのは色黒の少年、かつて全中バスケの準決勝で大接戦を繰り広げた早瀬だ。

 彼の後ろには小さな弟妹たちがやって来ており、その手にはフェザーマンのソフビ人形などが握られている。

 

「すげー! 兄ちゃん、ほんとにシムルグとしりあいだったんだ!」

「シムルグ、魔具みせて!」

「こら、お前たち! 有里に迷惑がかかるだろ! 映画までもう少しなんだから大人しくしてるんだ!」

 

 ちびっ子たちは先週の放送で登場した戦士シムルグを見ていた。それ故、目の前に本物のヒーローが現われたと大興奮しているのだ。

 しかし、早瀬にすれば招待してくれた知り合いに迷惑をかけているだけなので、やめないかと弟妹を叱ってから湊に申し訳なさそうに謝罪する。

 

「悪い、こいつら話した日からずっと楽しみにしてたから」

「いや、気にしてない。子どもが寄ってくるのは慣れてるしな。まぁ、今日はジュースとポップコーンもタダだ。混む前に売店で買っていくといい」

 

 正式にオープンすれば当然映画館の売店ではお金を払う必要がある。

 ただ、今日は招待したお客様が相手なので、一般的な映画関連グッズは有料だが、ジュースとポップコーンはサイズに関係なく無料サービスしていた。

 父親が事故死したことで経済的に厳しい早瀬たちにすれば、映画などほとんど観に来る事も出来ないが、さらに一人一人にジュースやポップコーンが買い与えられることなどまずあり得ない。

 普段は大きなサイズで一つか二つ買って分け合っており、それはそれで家族の仲の良さが確認出来るかもしれないが、ちびっ子たちは“自分だけの”というワードにも心惹かれるらしく早瀬の手を引っ張って早く買いに行こうと急かした。

 元気いっぱいの弟妹たちに振り回される早瀬は大変そうに見える。ただ、それでも弟妹たちが楽しそうにしているのが嬉しいのか、湊に騒々しくしてすまないと謝ってから売店の方へ去って行った。

 そんな相手を見送った湊が招待客に挨拶しつつ、館内の見回りの仕事をして歩いていれば、今度は遠くから小さな少女が駆け寄ってきた。

 

「あ、せんせー! おはよー!」

「おはよう。だが、施設内では他の人間の迷惑になるから走るな」

「はーい!」

 

 黄色のワンピースを着て駆け寄ってきたのは、以前、喘息で夜間診療に訪れた少女だった。

 彼女の名前は宇津木千佳と言って、中等部の生徒会にいた宇津木香奈の妹である。

 少女は自分を治療してくれた湊のことを先生と呼んで慕っているが、他にも彼によって命を救われた同年代の少女が存在し、そちらの少女も一緒にやってきていた様で、宇津木妹から少し遅れてお嬢様といった姿の少女が走ってきた。

 

「もう、千佳さん! みーちゃまを見かけたからといって急にはしり出さないでください!」

「えへへ、ゴメンね雛ちゃん」

「あ、あの、会長。妹が本当にすみません!」

「湊君、にゃっちー」

 

 先に行ってしまった友人に怒っているのは以前小児癌で病院を訪れた桃井雛。彼女の家は裕福で、命を救ってくれた名医のいる街に住みたいという娘の希望を聞くかたちで、現在は巌戸台の方に引っ越して月光館学園に通っている。

 そんな子ども二人の保護者を務めているのは、湊の直属の部下だった宇津木香奈と湊の家の隣人で彼女の友人である羽入かすみ。

 二人とも今日は私服で夏らしい涼しげな服装だが、急に駆け寄って行った妹の非礼を詫びる宇津木はともかく、暢気にアイスを食べている羽入の事が気になった湊は一つ尋ねた。

 

「宇津木、気にしてないからそっちも気にするな。羽入、お前まさか水着を着てきて下着を忘れてないだろうな?」

 

 どうして映画館に水着を着てくるのか。それにはとある理由が関係していた。

 今日はここEPシネマズでプレオープンが行なわれているが、実は同時に隣の敷地の屋内プール施設などもプレオープンを迎えている。

 映画館は九時から映画の上映が始まるよう八時半から開いていて、プールの方は十時からの開園となっているものの、招待客は着替えている事が条件ではあるが施設の行き来を認められている。

 よって、映画を見終わってからプールに行こうと考えている者もおり、羽入たちもそういう計画だったようだが、言われた羽入は自分の荷物の中を探してから残念そうな顔をする。

 

「あ、忘れちゃったー」

「……はぁ、これをやるから荷物に入れておけ」

「わぁ、ありがとう!」

 

 そうだろうと思ったと溜息を吐いた湊は、自分のマフラーから紙袋を取り出すとそれを羽入に渡した。

 中には彼女のサイズにピッタリな下着が入っている。他人からすれば、どうしてそんな物を持っているのか疑問に思うだろう。

 しかし、嬉しそうに紙袋を受け取った少女は気にしていないようで、紙袋をそのまま鞄に仕舞うと満面の笑みで礼を言った。

 そして、物販を見てくると言った彼女たちと別れ施設を進み、湊が入り口の方までやってくると何やら係員の女性が小学生の男の子と揉めているようで、全く面倒なことばかり起きるなと思いつつ話を聞きに向かう。

 

「……どうかしたんですか?」

「あ、有里さん。実は招待客ではないお客様みたいで」

 

 言われて相手の方を見てみれば、何やらチケットを手に持った少年が不安そうな表情で立っていた。

 まぁ、湊も相手が荒垣に母親を殺された少年だとは気付いているのだが、少年の方はそんな事は知らないので純粋に同じ学校に通う生徒として先輩の湊に話しかけてくる。

 

「あの、僕、初等部の天田って言います。前売り券を持ってるんです。だから、ちゃんとお金は払えますから試写会を見せて貰えませんか?」

「……今日は金を取ってないんだ。前売り券を持っていても使う事は出来ない。というか、小学生だろ。保護者はどうした?」

「それは……」

 

 小学生以下の子どもも招待客には含まれているが、流石に保護者同伴で来てくれるようには伝えていた。

 しかし、ただ早く映画が見たくて来た天田はそんな話は聞いていないので、返事に困って俯いてしまう。

 だが、そんな風に湊たちがやり取りをしていると、天田の背後から一人の少年がやってきた。

 

「すみません、先輩。その子、僕の連れなんです。待ち合わせをしてたんですが先に行ってしまったようで、合流出来て良かったです」

「……木戸か。確かに招待客の連れなら入れるが、幼少期から他人の善意に甘えていると碌な大人にならないぞ。なにより、お前の嘘は分かり易すぎる」

 

 やって来たのは生徒会時代の部下だった木戸だった。相手は元々は規則等に厳しい潔癖症な性格だったはずだが、同じ特撮好きで困っている子どもを放ってはおけなかったのか咄嗟に嘘を吐いて助けようとしたらしい。

 もっとも、そんな嘘はすぐに見破られて湊に呆れた顔をされるのだが、湊が相手に対して呆れていたのは別の理由もあった。

 

「……というか、別に入れないとは言ってない。招待してなくても直接言いに来れば月光館学園の生徒は認めているしな。お前が前売り券なんて出すからややこしくなったんだ」

「え、そ、そうなんですか?」

「ああ。ただ、他の人間と違って一手間かかる。入り口を入ってすぐ右のところに特設カウンターがあるから、そこで自分の名前と生徒番号を書いて入館証を貰ってこい。木戸は嘘を吐いた罰としてついて行ってやれ」

「はぁ……了解です。というか先輩の対応が紛らわしいんですよ」

 

 そう。別に湊は入れてやらないとは言っていない。単純に金を取っていないので前売り券を出されても困ると伝えただけだ。

 相手が月光館学園の生徒であれば身元は保証される。故に、別に保護者がいなくてもちゃんと手続きをすれば認めると答え、体よく木戸にお守りをさせながら湊は館内の様子をチェックして回った。

 

***

 

 千を超える矢の雨が降り注ぐ。逃げ場などない。戦場に一人残った男を殺すため、獣王軍の者たちは次々と矢を放った。

 

《うおぉぉぉぉぉぉっ!!》

 

 男は両手に持った二振りの刀で矢を切り伏せてゆく。全てを防ぐ事は出来ず、腕や足を掠って切り傷が増えてゆくが、ただの一本たりとも男には刺さらない。

 そして、切り伏せながら前進し、倒れぬ男に動揺して敵軍に僅かな隙が出来ると男は一気に駆け出した。

 広い草原に蠢く敵、敵、敵。どこまでも広がる敵の総数は二万体。加えて、敵軍には獣王軍五星将の一人が含まれている。

 だが、それがどうしたと戦士シムルグは怯む事なく前進し、嵐のような激しさでもって敵軍と衝突した。

 

《相手はたった一人だ。倒して名をあげろ!》

《こいつを倒せばフェザーマンはすぐそこだ!》

 

 剣を、槍を、斧を、それぞれ得意な武器を持った兵士たちがシムルグを囲むように挑んでくる。

 戦場に残ったのはシムルグただ一人。他の者たちはこの先の洞窟に向かい。奥にある時の狭間から自分たちの時代に戻ろうとしているのだ。

 しかし、時の狭間から特定の時空に飛ぶには術者の協力がいる。よって、巫女ガルダがついていき、それが済むまでの時間稼ぎとしてシムルグが残ったのだ。

 ただ、それはあまりに無謀としか言えなかった。

 敵の数が二万だという事は分かっていた。そこに獣王直属の五星将が混じっている事も分かっていた。

 さらに言えば、フェザーリングで変身するフェザーマンのスーツと違い。シムルグの身に付けている魔具は巫女の力で能力を向上させている。つまり、巫女から離れてしまうと恩恵が受けられず、普通より丈夫な装備でしかないのだ。

 

《なんで倒れないんだこいつっ!?》

《クソッ、怯むな数で押せ!》

 

 だからこそ、特別な力も持たない古の戦士が残ったところで何が出来ると敵も侮っていた。

 本人も確かに無謀だろうなとは理解していたが、敵のように自分が何も出来ないとは考えていなかった。

 敵の槍を片手の剣で受け流し、身体が泳いだところを蹴り飛ばして数人を巻き込んで吹き飛ばす。続けて開いたスペースに走り込み、自分を無視して洞窟へと向かおうとする敵を背後から強襲して倒す。

 この先には守りたい者たちがいる。故に、ここより先は行かせないと、体中傷だらけになりながらもシムルグは戦い続けた。

 すると、一瞬辺りが暗くなり、嫌な予感がして真横に飛んで避けるとそれが空から降ってきた。

 

《我は獣王軍五星将が一人、緑山将の乱獅子なり! そなたを翼の民、戦士シムルグとお見受けするがどうか!》

《ああ、確かに私はシムルグだ!》

 

 三メートルを優に超える巨体。手にはさらに巨大な槍を持った獅子頭をした獣人。それはフェザーマンたちがシムルグに話した敵将の姿と一致していた。

 突然降ってきた乱獅子は相手がシムルグと分かると豪快に笑い、すぐに一分の隙もない構えを取ってくる。

 

《おお、やはりか! 参謀の指示で鳥共を追って遙々こんな時代に来たが、彼の戦士と刃を交えることが出来るとは僥倖なり!》

 

 乱獅子が槍を横薙ぎに振るうだけで竜巻が起こった。シムルグは両手の刀を交差させてガードしたが、竜巻にぶつかった瞬間に大きくはじき飛ばされる。

 それを追って乱獅子が一直線に突進してきたため、地に足がついた瞬間シムルグは横に飛んで回避する。

 乱獅子の攻撃は味方が巻き込まれる事を一切気にしていない。現われたときも、竜巻を起こしたときも、突進してきたときだって敵軍の兵たちが何人も倒れていた。

 これを利用すれば少しは楽を出来るかとシムルグは考えたが、そも、そんな余裕を持って挑めるような相手ではない。

 敵将の相手をしながら、さらに雑兵たちが洞窟に向かわぬよう気を配らなくてはいけないのだから、悠長に敵の数を減らす事など考えてはいられなかった。

 

《さぁ、いざ尋常に勝負、勝負ゥ!!》

《貴様の相手などしている暇はないっ》

 

 両手の刀を逆手に持ち替えると、シムルグは身体を低く屈めながら駆け出してゆく。

 相手は敵が自分に向かってきてニヤリと笑っているが、すぐに表情を引き締めると牽制のために横に薙ぎ、すかさず鋭い突きを放って貫こうとした。

 だが、シムルグもそんな相手の行動は予想していた。大切な巫女を守る役目を負っていたのだ。様々な武器に対する戦い方は勿論、体格で劣っている場合の戦い方だって頭に叩き込んでいた。

 敵が突いてきた槍に刀の腹を走らせ、一気に加速して接近してゆく。あまりの速さに乱獅子も驚愕するが、すぐに槍を片手持ちに切り替えて頑丈な鎧で覆った拳を接近するシムルグに向かって放つ。

 

《甘いわ!!》

《ハァッ!!》

 

 迫る拳をシムルグは紙一重で回避し、鎧の隙間を斬りつけて距離を取る。

 残念ながら鎧の下には鎖帷子を着ているので効果はなかったが、鎧の下を切られたという事実が乱獅子に危機感を覚えさせた。

 

***

 

 フェザーマンたちを元の世界に帰したガルダは、シムルグが洞窟の入り口を崩して塞いでしまったことで、中にある抜け道を通って急いで丘の上に出てきた。

 

《はぁ、はぁ……シムルグは?》

 

 自分が傍にいなければ魔具は使えない。それを分かっていても、ガルダは未来からきた子孫たちを元の世界に帰すため、彼が一人残って時間を稼ぐ事を了承した。

 だが、それは彼を心配していないという事ではない。本当はすぐにでも戻って彼の助けとなりたかったが、彼から自分の役目を果たすように言われて必死に耐えたのだ。

 そして、ようやく役目を終えて、戦場を見渡す事の出来る丘の上までやってきたのだが、そこから戦場を見たガルダはあまりの光景に言葉を失った。

 

《そ、そんな……》

 

 見渡す限り倒れている敵、敵、敵。洞窟までまだまだ距離がある一定のラインから洞窟側へは一体たりとも敵が来ていなかった。

 絶対に先へは行かせない。そう心に決めて戦ったシムルグは、それを守り通したのだ。

 けれど、戦場を見てガルダが言葉を失ったのはそれだけが理由ではない。今も尚、戦場には動く二つの影があったのだ。

 

《貴様ァ、いい加減に倒れぬか! その怪我ではどうせ生きられぬ! なのに、何故足掻くというのだ!》

 

 戦場の声がガルダの耳にも届く。彼女は巫女の力によって遠くの音も聞く事が出来るのだ。

 吠えながら槍を振るう乱獅子は、全身を覆っていた鎧は両腕の部分が砕かれ、胴体や背中を覆っている物も深い傷が残っている。

 言っている本人も既に満身創痍でありながら、ただの人間には負けられぬというプライドと、一部は自分が巻き込んだとはいえ自軍の兵たちを残らず倒されたこともあってコイツだけは倒すと決めているらしい。

 対して、無事なところを探す方が難しいほど全身に傷を負っているシムルグは、中程から折れた両手の刀を強く握り締めながら叫んだ。

 

《……決まって、いるだろう。死んでも守りたい者が、この先にいるからだ!》

 

 叫んだシムルグは最後の力を振り絞って駆け出す。自分の守りたい者を狙う敵を倒すことが出来るのならここで終わってもいい。

 

《うおぉぉぉぉぉっ!!》

《貴様ぁぁぁぁぁっ!!》

 

 シムルグの覚悟を感じ取った乱獅子も、改めてこいつは危険だと同じく残る力を振り絞って迎え撃った。

 衝撃波を生み出すほどの威力を持った渾身の槍の一突き。敵を捉えたと思った乱獅子は自らの勝利を確信した。

 だが、槍が貫く直前、シムルグの姿が突如視界から消えた。

 一体どこに消えたのか。そう思って僅かに空を見上げると、折れた刀を逆手に持って降りてくる敵の姿が映った。

 攻撃が当たる直前に飛び上がって回避したシムルグが、鬼気迫る表情のまま乱獅子へと迫る。

 しかし、そのとき自分が負けると直感で理解しながらも、乱獅子はどこかそれを他人事のように考え、両手に武器を持って降りてくる戦士の姿が翼を広げている鳥のようだと思っていた。

 そして、

 

《ぐ……が…………見事、なり……》

 

 逆手に持った刀を深々と胸に振り下ろし、貫かれた乱獅子はグラリと揺れるとそのまま仰向けになって倒れた。

 獣王軍五星将の一人を含む二万の軍勢を相手に一人戦いきり、勝利を収めた男は敵に刺さった刀を引き抜くと足を引き摺るようにしながら戦場を離れてゆく。

 それで彼が洞窟の入り口へ向かっていると理解したガルダは、両目に涙を溜めながら丘を駆け下りて彼の許へ向かった。

 

昼――EPシネマズ

 

 映画を見終わった天田はどこか呆けていた。それは隣に座っている木戸も同じで、館内を見渡せば同じような状態になっている者や、涙を流している者もいた。

 

「はぁ……今回の映画はすごいアクションでしたね」

「ああ、それに内容も大人向けだった」

 

 ざっくり説明すれば、敵の罠にはまって過去に飛ばされたフェザーマンたちが、自分のご先祖に助けられて元の世界に戻りタイムスリップさせた敵を倒すという内容だった。

 しかし、過去に飛ばされて追加装備やロボットを呼び出せないフェザーマンを倒すべく、五星将の一人が大軍と共に追ってくるという緊迫した内容で、ちびっ子たちや長年のファンたちも手に汗を握って見ていたのだが、元の世界に戻ってからしかロボットの戦闘シーンが出てこないだけあって今回の映画はアクションシーンにとても力が入っていた。

 男女問わず思わず格好良いと感じるシーンも沢山あり、これでワイヤーアクションを使っていないというからさらに驚きだ。

 一人残って戦うシムルグのシーンや、元の世界に戻って木の根元に折れた刀が刺さっている事で事情を察したフェザーマンたちが悲しむシーンなど、本当に大人も見られる内容だったことで歴代の映画も見てきた天田たちも大満足だった様子だ。

 まだ前売り券が残っているので、上映が始まってからもう一度見に来ようと思っていると、スクリーンの前にある舞台に繋がる扉が開いて誰かが入ってきた。

 一体誰だと思って天田がジッと見れば、それはフェザーマンを演じるキャストたちと今回の映画に登場したガルダ、シムルグ役のアイドル柴田と湊に映画監督だった。

 

「え、キャストが登場するなんて聞いてませんよ!?」

「……有里先輩は平気でこういうサプライズする人なんだよ」

 

 試写会という名目で上映されていたため、まさか監督も含めた映画のメインキャスト全員が登場するとは思わず館内は一斉にざわつき出す。

 湊のことを傍で見ていた者ならば、十分にあり得る話だったと予想し得た事態に頭を押さえているが、内心では嬉しいらしく前のめり気味に椅子に座り直している。

 それを聞いた天田は余計に湊がどんな人物なのか不思議に思っているようだが、しかし、今はキャストと監督の話を聞いておかねばと舞台の方へ視線を送る。

 監督から順に挨拶を始め、次にフェザーマンのキャストたちの番になり、それが終わると劇場版の特別出演枠の二人の順番が回ってきてマイクを持った柴田が隣に立つ湊と腕組みをしながら笑顔で挨拶をした。

 

《皆さん、こんにちは。最後の最後でシムルグと結婚した巫女ガルダ役の柴田さやかです》

 

 そう、実をいうとシムルグは死んではいなかった。瀕死の重傷ではあったが、どうにかしぶとく生き残り、もうあんな無茶はさせないからと泣きながら怒ったガルダが結婚を迫りゴールインしたのだ。

 では、どうして木の根元に刀が刺さっていたかというと、二人はフェザーマンから元の世界にある基地では古のアイテムから情報を読み取ることが出来ると聞いていたので、結婚報告をするため使えなくなった刀を利用していたのである。

 おかげで映画はハッピーエンドで終わった訳だが、映画から飛び出てきたキャストは現実世界での職業がある。

 それで考えると一度は交際報道があった二人が腕を組んでいるため、湊の初出演映画を観るためにやってきた一部の者たちからは声にならない悲鳴があがりかけた。

 しかし、訓練されたファンクラブ会員たちは他の者の迷惑になるからと声を我慢し、なんとか心の中ですぐに離れろと嫉妬の念を送るに留めている。

 そんな風にキャストたちの挨拶を終えると設定秘話や撮影時の裏話などが監督とキャストたちから明かされ、ダメで元々だと直談判に来て本当に良かったと思いながら天田はこの日の試写会を満喫してゆくのだった。

 

 


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