【完結】PERSONA3 Re;venger   作:清良 要

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第二百三十六話 一学期終業式

7月25日(土)

朝――巌戸台分寮

 

 朝、他の者たちが一学期の終業式に参加するため学校に向かうと、薄いブラウンのプリーツスカートと青のタータンチェックのシャツを着たアイギスが階段を下りてきた。

 この服は湊に選んで欲しいとお願いして買って貰ったもので、今はまだ湊の選んだ組み合わせ通りに着ているが、徐々にファッションの勉強を進め、持っている服を自由に組み合わせていけるようになる予定である。

 それはそれとして、どうして彼女がおめかしして下りてきたかと言うと、昨夜言っていた通りに本日も出掛けてくるからだ。

 昨日は開けっ放しで出てきてしまったが、戸締まりはして欲しいと寮の玄関の合い鍵を貰ったことで、今日は外に出るとちゃんと施錠してから鍵をハンドバッグに仕舞って目的地を目指す。

 

「……対象A、建物を出ました」

《了解。十分に距離を開けたまま尾行し、彼女と接触する人物の情報を送れ》

「了解」

 

 そんな風にアイギスが外に出て道路を歩いていると、五十メートル以上の距離をあけて彼女を尾行する者たちがいた。

 今まさに通信していたのはスーツを着たサラリーマン風の男で、仕事の特別な通信機ではなく仕事の話をしている様に見せかけて携帯で話していた。

 これは日常に紛れる事で尾行対象と周囲から怪訝に思われないための策である。

 相手がロボットから人間になったという報告を美鶴から聞き、最初は桐条グループもいくらなんでも冗談だろうと考えていた。

 けれど、あのお嬢様がそんなおかしな冗談を言うだろうかと、改めて他の寮生たちにも確認をとって、彼女に風呂の使い方を教えるため一緒に入浴した風花から、身体は感触も含めて本物の人間と同じだった、という証言を受けて一応は信じる方向に決まったのである。

 無論、その後はグループの方で大騒ぎになった。

 桐条グループの中でもトップクラスの秘密である対シャドウ兵装という心を持ったロボット。その時点で数世紀先の技術なのだが、それを逆に人間にしてしまうというさらに未来の超技術を持った個人が存在するなど俄には信じられない。

 だが、実際にアイギスは人間になっていて、その相手は彼女が一番の大切だと公言している人物だったのだ。

 ある者はそれを聞いて、君嶋夕が彼女の一番大切な人と言っていたのは誰だ、と八つ当たりに近い言葉を吐いた。

 まぁ、もっとも可能性が高いという話だったので、それが外れたところでおかしくはないのだが、すると今度はその人物は誰だという話になってくる。

 アイギス本人が教えてくれれば手間も省けるが、彼女に話す気はないようで、美鶴から今日も接触するという連絡を受けて現在五十人体制で彼女の監視に動いていた。

 

「あ、対象が曲がります。継続、お願いします」

《了解。お前は別ルートから進み、対象から離され過ぎるな》

「了解です」

 

 アイギスの尾行を続けていると彼女は十字路に入ったところで左に曲がった。

 このまま男も同じ方向に曲がってもいいのだが、念には念を入れて曲がり角付近に待機していた者に引き継ぎを頼み、自分は三つ手前の角を曲がって尾行を中断する。

 相手の姿が見えなくなったことで、ふぅっと一息吐いて男も張っていた気を弛める。

 遠目から見ていれば相手は超のつく美少女にしか見えない。今は人間になっているのだから、実際に普通の美少女と呼んでも良いのかもしれないが、元のロボットだったときの姿を画像ファイルで見ていたこともあり、男の中には相手は人間の姿をした元兵器という印象が強くあった。

 五十メートル離れていたのもそれが理由で、もし万が一ロボットのときと同じセンサーの強度があれば、最低でもそれだけは離れていないと見つかってしまうと思ったのだ。

 

(はぁ……ロボットならともかく、化け物が人の中に紛れられるようになったなんてな)

 

 男からすればいくら見た目がよくても彼女は人造人間という感覚だ。

 人のようで人ではない。ロボットや人形の方がまだ“そういう物”として割り切って接する事が出来る。

 だが、先ほどまで見ていた対象は、ロボットが自分を人間と思い込んで人間社会に溶け込もうとしているように見えて、男としては酷く不気味で不快だった。

 これは所謂『不気味の谷現象』というやつで、ロボットの動作や外観が人間に似てくると人は好感を覚えやすくなっていくが、ある一定のところで逆に嫌悪感を抱く事になり、さらに似てくると再び好感を覚えやすくなるというものである。

 実際にアイギスと接するようになれば、相手にもちゃんと感情があって、身体も人間になったのなら普通の人間と理解出来るようになるだろう。

 しかし、男は彼女がロボットだったときから感情がある事を識らない。情報としては聞いているが、それはAIが人間のした簡単な質問に答えるようなレベルだと思っているのだ。

 よって、この神経を使う任務に既に嫌気が差しながら、せめて相手が前からやってくる少女のように普通の人間ならなと思い再び溜息を吐いた。

 

「――――ご苦労様」

 

 だが、男は前からやってきた少女の瞳を見たとき、急に何も考えることが出来なくなって元来た道を戻っていった。

 その男の背中を見送った少女は、紫水晶色の瞳を妖しく輝かせながら薄い笑みを浮かべると、少し先の路地に入るところで姿を消し、また別の場所に現われては情報部の人間たちに挨拶をしてまわった。

 

 

***

 

 寮を出たアイギスが待ち合わせ場所にやってくると、そこには既に湊が待っていて数名の女子に囲まれていた。

 今日は夕方頃に新しく入寮してくる者がおり、挨拶等をするためそれまでに帰ってきて欲しいと言われている。

 よって、限られた時間を大切に過ごそうと思って少し急いだというのに、待ち合わせしていた自分より先に他の女子と会っているとは何事だとアイギスはムスッとした表情を作る。

 そして、そのままズンズンと彼の方へ近付いていけば、女子たちの声が耳に届いた。

 

「あの、良ければ少しだけでもお話し出来ませんか?」

「バスケットボールをされていたときからファンなんです。こんな偶然二度とないと思うんで、どうかお茶だけでも」

「すみません。ここへは待ち合わせで寄っただけなんです。連れももう来たのでお話はまたの機会に」

 

 それだけ言うと湊は女子たちの前を通ってアイギスの元までやってきた。

 彼の連れが美少女だったことに女子たちは驚いたようだが、アイギスに対する嫉妬よりも純粋な羨ましさが勝ったのか、女子たちは心から残念そうな顔をして去って行った。

 

「楽しそうにお話していましたが良かったのですか? あちらは二人、こちらは一人。数的有利を考えれば戦力は先ほどの女性たちの方が上であります」

「……それはどうだろうな。他の人間はどうか分からないが、俺は君がいてくれればいい」

 

 去って行った女子たちもルックスは悪くなかった。それが二人となれば戦力的にもなかなかと言える。

 もしも、ここにいるのが順平や他の男子であったなら、一人の超美少女より二人の可愛い女子を取ったかもしれない。

 だが、自分には関係ないと湊がアイギスの手を取れば、悩むまでもなく自分を選んで貰えたことで機嫌をよくしたアイギスは、彼の手を握り返してから自然に恋人繋ぎに持って行く。

 彼女はそれが恋人繋ぎだという事を知らない。ただ、よくしっかりと繋ぐにはと考えて、こうするのが一番だと答えに辿り着いただけだ。

 西洋人の見た目をした美少女と、宣伝目的とはいえテレビにも出ていることでイケメン俳優として扱われるようになった青年が仲睦まじく手を繋いでいれば目立つ。

 

「忘れていました。おはようございます、八雲さん」

「ああ、おはようアイギス。昨日買った服、やはりよく似合ってる」

 

 しかし、本人たちは周囲の声など一切気にせず、とても穏やかな表情で挨拶を交わして歩き出す。

 芸能人の恋は基本的にお忍びのイメージが強いので、ここまで堂々とされていると他の者たちも美男美女のカップルで眼福だと思うだけでSNS等に情報を挙げようとも思わない。

 それは彼が普段から色々な人を助けていることで、大勢から慕われ幸せを願われていることも関係しているのだが、自分に善意が向けられる事などないと思っている青年は、周りから向けられる温かい気持ちと優しい視線に気付かずその場を去って行く。

 

「それで、今日はどこへ行かれるのですか?」

「朝食は食べたか?」

「食べていません。空腹、という初めての感覚を楽しんでいました」

「……そうか」

 

 人間になったばかりの彼女にとって、人の身で体験する全ての事柄は新鮮な驚きである。

 起きて最初にみた彼の顔、起きて最初に感じた手に触れる温もり、彼の胸の中で嗅いだ心やすらぐ香りなど、外界から受ける刺激を彼女は何でも楽しんでいた。

 それは自分の身体の中で起こる変化についても同様で、昨日の夜から何も食べていないことで感じている空腹も、これがお腹が減るということかと彼女は感心していた。

 ただ、青年の方は彼女に一切の飢えやひもじさを感じて欲しくないようで、少し考えてから顔を上げると飲食店のある方向へと進んでゆく。

 

「じゃあ、最初に少し食べに行こう」

「了解であります。八雲さんはどういった料理が好きですか?」

「……別に食べられたら何でも」

「それは料理人泣かせの一番良くない答えだと知っています」

 

 変なところで詳しい知識を持つアイギスは、そんな答えはよくないですよと湊を注意する。

 言われた本人はばつが悪そうに視線を僅かに逸らしたが、実際、彼は猛毒のある食べ物だろうと処理せず食べられるので、数億人に一人という繊細な味も分かる舌をしていようと、自分が食べる物に関しては味に無頓着であった。

 

「じゃあ、ハンバーガーでも食べに行こう。個人でやっている店なんだが、野菜も多くて密かに女性に人気なんだ」

「穴場や隠れ家的なお店と呼ばれるものですね。非常に楽しみであります」

 

 そんな彼もアイギスが食べるとなると真剣に考え、自分の持つ膨大な知識の中から味、量、店の雰囲気や立地に内装などを比較して最適な答えをはじき出す。

 まさに才能の無駄遣いといったところだが、本人はアイギスにより良き物をと考えているだけなので、本人にとっては自分の能力の本来の使い方はこういった方面が正しい。

 それが周囲には理解されないのが悲しいところだが、他人の意見などまるで気にしない彼は、第三者から見て無駄な能力の使い方できっちりとアイギスをエスコートするのだった。

 

 

放課後――巌戸台分寮

 

 学校から帰ってきた七歌たちは、天田を迎える準備をしつつ彼の到着を待っていた。

 その途中でアイギスもブランド物の紙バッグを持って帰ってきたが、荷物を置きに三階へ上がっていった彼女を見て、美鶴は小さく溜息を吐いた。

 

「はぁ……平然と帰ってきたな」

「ん? 美鶴さん、アイギスに帰って来ちゃダメって言ってたんですか?」

「いや、夕方には帰ってくるように伝えていた。ただ、実は彼女の知らない部分でちょっと問題が起こってな」

 

 キッチンで料理の下拵えをしていた七歌は、昨日の今日でアイギスを追い出してしまうのかと美鶴に尋ねた。

 それを聞いた美鶴はまさかと首を横に振り、ちゃんと帰ってくるように伝えていたが、桐条グループの方でとある問題が起きていたのだと説明する。

 

「君たちには伝えていたが、彼女の大切な人とやらの正体をグループの方で調べようとしたんだ。今日も会うという話だったので、情報部の人間が数十人規模で用心に用心を重ねて挑んだ結果……任務についた全員が海浜公園で釣りをしていたらしい」

 

 スーツ姿の者や買い物帰りの主婦にしか見えない数十人が、土曜日の昼間から竿を持って釣りに勤しんでいる光景は不思議に映っただろう。

 天気が良かったので釣りに出掛けたくなる気持ちも分からなくはないが、尾行を命じられておきながら任務を放って遊びに行くのはいただけない。

 自分も頑張って学校に通っているのにいい大人が狡くないかと、順平は桐条グループでの勤務形態について尋ねた。

 

「え、任務ほっぽって釣りとか桐条グループ的にありなんスか?」

「サボっていたなら当然罰則を受けるさ。だが、社の方で報告待ちをしていた人間が定時報告がない事を不審に思い。連絡がついた者に居場所を聞いて現場に行くと、インドア派も含め全員が真剣に釣りを楽しんでいたんだ」

 

 釣りをしていた者たちは声を掛けられてようやく正気を取り戻したが、どうして釣りをしていたのか覚えておらず、中には知らぬ間に高級な釣り道具を買っていてショックを受けている者もいたという。

 給料日になったばかりで数万円が吹き飛んだとなれば絶望も大きいだろう。

 報告を聞いて哀れに思った桐条武治は、個人の判断で希望者からは道具を定価で買い取ることに決めたようだが、今回の件はいくつも謎が残っているとして桐条グループも調査に動いている。

 その事を美鶴がメンバーたちに伝えると、グローブを磨いていた真田が少々小馬鹿にしたように笑って口を開いてきた。

 

「なんだ、そいつらは何者かに催眠術でも掛けられたと言いたいのか?」

「ああ。現時点では非科学的だろうと暗示を掛けられたとしか説明が付かない。そして、アイギスをマークしていた情報部の人間を的確に狙ったことを考えると、やったのはほぼ間違いなく“あの方”とやらだろう」

 

 聞かれて美鶴が頷いて返せば、信じられんなと真田は笑ってグローブ磨きに戻る。

 彼がそんな態度を取りたくなる気持ちも分からなくはないが、美鶴や桐条グループだって別に情報部の者たちのミスを隠蔽するためにこんな事を言っている訳ではない。

 ただ、自分もどちらかというと真田と同じ意見だとゆかりも会話に参加してきた。

 

「けど、催眠術なんて簡単にかけられるんですか? 情報部って映画に出てくるような秘密捜査官的なのですよね。なら、そういう尋問とか受けても何も話さない訓練とかしてそうですけど」

「そんな事が出来る知り合いがいないのでな。どこまで出来るかは正直分からない。というより、何でも出来るのなら今回の件は逆に不自然なんだ」

 

 ゆかりの持つ情報部のイメージは大体合っている。流石に映画に出てくるような精神的、肉体的にキツい拷問を受けても大丈夫というほどの訓練は受けていないが、情報を漏らさぬよう特殊な鍛錬を積んでいるため常人よりは口も固い。

 しかし、そんな者たちが簡単に催眠術に掛けられていた事に加え、催眠術に掛かっていた者たちの状態を考えるとおかしな点がいくつか浮かび上がってくる。

 美鶴がその事を指摘すれば、彼女が言わんとする事を理解した七歌がエプロンで手を拭きながらキッチンから出てきた。

 

「ああ、相手の行動を操れるなら“何を見てもスルーしろ”って、問題なしの報告だけさせておけばいいんですもんね」

「そういう事だ。そこから考えてグループの方では初犯だから見逃され、さらに次は無事では済まさないぞと警告してきたのではと捉えている。もっとも、帰ってきた際に何も言わなかったところを見ると、アイギス本人は自分の大切な人が裏で動いていたことを知らなそうだが」

 

 尾行されていた本人は裏で何があったのかを知らない。これは共同生活を続ける上では幸運だが、事態への対処としては非常に厄介と言える。

 何せアイギスは何も知らないのだ。大切な人とやらが本気で桐条グループに牙を剥いても、事情を知らないのではアイギス経由で謝罪を申し込む事も出来ない。

 むしろ、自分を餌にして相手をおびき出そうとしていたと知れば、彼女は桐条グループを卑怯者と罵って相手の許に行ってしまうかもしれない。

 どうして相手がアイギスを継続して寮に住まわせているのかは分からないが、今回の件が警告だとすれば、余計な事さえしなければアイギスを戦力として貸してくれるという事なのかもと美鶴らが考えていれば、寮の入り口の扉が開いて一人の少年が入ってきた。

 

「ごめんくださーい!」

 

 元気よく挨拶をしてきたのは初等科の制服を着た天田乾だった。

 荷物は既に届いているが、身の回りの物などすぐに使う物を入れた鞄を持ってやってきた少年を寮生たちはあたたかく迎える。

 

「よく来たな。初等科の寮とは違う部分もあるだろうが、しばらくはここが君の暮らす家だ。自由に寛いでくれ」

「ありがとうございます。今日からお世話になります、天田乾です。よろしくお願いします」

 

 迎えられた天田は少し照れた様子を見せながらも、順平よりもよっぽどしっかりした挨拶をしてみせた。

 ゆかりなどは天田とも面識があったので、茶化して順平にその事を指摘すれば、真田や風花が確かに天田の方が大人だなと真面目に頷き笑い声が響いた。

 自分より年上の者たちばかりの環境に最初は緊張していた天田も、他の者たちに釣られて笑って緊張が和らいだようで、寮の玄関の鍵を受け取りながらトイレの場所などを聞いていると、階段の方から音がして荷物を置いてきたアイギスが下りてきた。

 

「おや、そちらの方が仰っていた入寮者ですか?」

「うん。初等科五年生の天田君だよ。天田君、彼女はアイギス。ついこの前からここで暮らしてるの」

 

 どう見ても日本人には見えない容姿に天田は最初驚いた様子だった。

 高校生に囲まれる生活になることは分かっていても、流石に外国人までいるとは思わなかったらしい。

 だが、やってきたアイギスが挨拶をしながら握手を求めてきた事で、天田もそれに応じて無事二人は挨拶と握手を交わす。

 

「お互い新参者ですがどうぞよろしくであります」

「あ、はい。よろしくお願いします。えと、アイギスさんは外国のご出身ですか?」

「いえ、ニッポン生まれです。ですが、海外にいた時期もありますのでグローバルな視野で考える事が可能です」

 

 バッチリ外国人の見た目をしていても、日本生まれの日本育ちで日本語しか話せない者もいる。

 その点、アイギスは日本で作られたが言語インターフェースに英語も入っていたため、どちらの言葉も話す事が可能となっていた。

 加えて、数ヶ月の間は外国を一人で渡り歩いていたため、人間社会で生きるための一般常識は不足しているが、国や文化の違いに直に触れてきたことで物事に対して広い視野で考える事が出来るようになっている。

 よって、何かあれば遠慮なく聞いてくるといいとアイギスが言えば、天田も戸惑いつつその時はよろしくお願いしますと頷いた。

 

「さてと、じゃあ料理作り始めちゃうね。ささやかな物だけど二人の入寮歓迎会だから楽しんでね」

 

 新メンバー同士の顔合わせも無事に済んだので、今から準備を進めてしまおうと七歌がキッチンに戻ってゆく。

 既に下拵えは終えているので順番に調理を開始すればすぐに完成するだろう。

 歓迎会を開いて貰えると思っていなかった天田は照れながら感謝し、アイギスは料理をしている七歌を興味深そうに眺めるなど、二人の歓迎会は始まる前から賑やかだった。

 

夜――作戦室

 

「さて、アイギスが参加してくれる事になったので、お互いの戦力を確認する意味も込めて今日はタルタロスへ向かおうと思う」

 

 歓迎会を終えた後、明日から夏休みということで夜更かししても構わないだろうと、影時間まであと少しという時間になってから天田以外のメンバーが作戦室に集まっていた。

 天田は十時には風呂を済ませて就寝しており、この部屋自体は他よりも防音性能が高いためメンバーたちは気を遣わずに作戦について話す事が出来ている。

 そして、アイギス本人からペルソナを取り戻した報告も届き、ならばお互いがどの程度戦えるのかを知っておくべきだろうというのが本日の活動目的だ。

 

「へへっ、やっぱ新メンバーが増えるのっていいよな。つか、シャドウと戦いだしたのはアイちゃんのが先だろうけど、オレたちの戦いとかみたら結構驚くと思うぜ。特にうちの自慢のリーダー様の実力は頭一つ抜けてっからな」

 

 これまでの戦いで順平たちは自分たちの成長を感じていた。

 それは六月のアルカナシャドウとの戦いで大切な仲間を失った事も関係しているが、それを抜きにしても七歌の持つ力は特別で非常に珍しい。

 だからこそ、相手が気になるようにと順平が勿体ぶって言えば、狙い通りに話題に食いついたアイギスが七歌の方を向いて尋ねた。

 

「七歌さんはそんなにお強いのですか?」

「フフッ、君が活動していたのは十年前だったな。その間にシャドウやペルソナの研究も進み、当時の桐条グループではまだ知られていなかった事もいくつかあるんだ」

 

 不思議そうな顔をしているアイギスの問いに、美鶴が微笑を浮かべながら答える。

 実際のところアイギスが活動していた十年前は、桐条グループの方でも湊というワイルド能力者の存在を把握していたようだが、眞宵堂店主の栗原から聞かされるまで美鶴もワイルドのことを知らなかった。

 もしかすると、桐条グループにおいて十年前の人工ペルソナ使いの研究はなかったものとして扱われ、その中で得られたデータも同じように極秘とされ伝えられていないのかもしれない。

 その事は美鶴の推測も含まれるため教える必要もないだろうと話は控えるが、七歌の特別な力については現場で改めて確認して貰ってから話す事に決まり一同は移動することになった。

 話をしながら並んで歩く真田と順平を先頭に、七歌と美鶴、風花とゆかりと続いていき最後尾をアイギスがトテトテと追ってゆく。

 階段を下りてエントランスを素通りして出て行くメンバーたちの動きは慣れたものだ。

 愛用の武器をギターケースやらバットのケースに入れて偽装し、さらに学校の制服を身につける事で部活用具を持っているだけのように見せている。

 それを最後尾から観察していたアイギスは一人だけ制服がないため私服だが、先を行くメンバーたちは気にしていないのか構わず駅を目指した。

 移動するメンバーたちを追ってくる小さな影があることにアイギス以外気付きもしないまま。

 

――月光館学園

 

 影時間になる前に電車に乗る事が出来た一同は、そのまま月光館学園の前にやって来ていた。

 閉まっている校門の前に待機し、もう少しだなと携帯で時間を確認した七歌がジッと校舎を見つめる。

 すると、数秒後、時計の針が全て頂上を指したとき、世界が緑色で塗り潰され学校の校舎が姿を変え始めた。

 柵のような物が刺々しく飛び出してきたかと思えば、何もないところに階段が急に出てきたり、さらには一体何階まであるのだろうという具合にニョキニョキと建物自体が天を目指して伸びてゆく。

 これまで探索してきたメンバーにとっては慣れた光景で、アイギスにとっては知識だけはあったので初めて見ても驚くほどのものではなかった。

 しかし、夜中に揃って出て行く先輩らが気になって追ってきた者にすれば、自分たちの通う学校が急に不気味な塔に変貌したことは非常に衝撃的だったらしく、隠れていたことも忘れて声を出してしまった。

 

「な、なんなんですかコレ。学校はどうなっちゃったんですか!?」

 

 幼さの残る少年の声が急に聞こえたことでアイギス以外のメンバーが驚いて振り向く。

 するとそこには、寝る際に着ている半袖ハーフパンツのジャージ姿で呆然と立っている天田がいた。

 

「あ、天田!? 何故、君がここに!?」

 

 学校の変化に驚いている天田に対し、いるはずのない少年がいたことで同じくらい驚いた美鶴が思わず口を開く。

 他の者は美鶴が声に出したことと同意見だったことで何も言わなかったが、お互いに状況が飲み込めず話が進まずにいると、驚いている一同を不思議そうに見ていたアイギスが美鶴の問いに答えた。

 

「天田さんなら寮を出たときからずっと我々を尾行していました」

「ちょ、アイギス、気付いてたんなら何で止めないのよ!」

「寮で暮らすのなら彼もペルソナ使いではないのですか? 天田さんを作戦に連れて行かないという報告は聞いていなかったので、特殊任務気分でも味わっているのだろうと思っていたのですが」

 

 言われてみれば誰もアイギスに天田の事情を説明していなかった事に今更ながら気付く。

 あくまで作戦には参加しない候補生だと教えておけば、アイギスも尾行が始まった時点で他の者たちに天田の存在を報せていたに違いない。

 これは完全に連絡を怠っていた美鶴たちのミスだが、まさか入寮初日からこんな形でバレるとは思っていなかったので、どう説明すべきかと美鶴らは頭を抱えた。

 

 


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